宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2016年05月

60人の日帰り体験の受け入れ準備・・・これからの過疎地の寺院に求められるものとは!

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昨日の日曜日は、鳥取のヨガの先生三人が集まり、お寺でヨガを楽しむ。
参加者の皆さんも先生も、それぞれに深いヨガスクールになったようです。

お寺でヨガって、鳥取ではまだ珍しいということもある。

私自身は、本堂を使っていろんな人の出会いや癒しにつながるのであれば
良いと思っています。

そしてヨガって何?
ってことから、先生や参加者の思いを感じることも大切だと思う。

その中でいろいろと感じることや気づいたことがありました。

そんな思いがあった今日。

6月2日に鳥取市尚徳大学の健康コースの野外学習が宿坊で開催される。
その準備で会場設営を行いました。

参加者は約60人、テーマは「こころの授業」です。

60人を受け入れる準備は、授業の座席作りと昼食でお出しするイタリアン
精進料理の席作り。

配膳の関係があって、授業が終わってから昼食の座席を用意していたので
は間に合わない。
それぞれ60席を用意しておく必要があります。

特に高齢者の方々も多いので、授業では椅子席を用意する必要があります。
それと昼食の座席は一か所では無理なので、テーブル席の食堂と和室の
座卓席、さらには本堂の両側にテーブル席と座卓席をそれぞれに準備する。

一応人数分はそれぞれ確保できました。

人数が多いときはプロジェクターも使います。

その周りに椅子を配置して行く。
今回は、暑さと寒さをそれほど考慮しないで済むのが楽な所。

今まで37℃の猛暑のときに54人、2月の寒波のときに55人を受け入れた
こともあります。

そして今回は、お寺さんの紹介でとっておきのツールも加わりました。

今まで本堂でマイクを使ったこともありますが、安いだけあってあまり音と
使い勝手が良くなかったのです。

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今回お世話になったのが、ワイヤレスマイク2本とワイヤードマイク1本が
同時に使えるAPです。

これはかなりスグレモノです!

キャスターもついていて移動も楽、さらに何と言っても音質が良い。
いろんな効果音機能も付いていて、歌手の方でも簡易的なら使えるという。

もちろんワイヤレスマイクは本堂中使えて、ハウリングも少ない。

そして何と言ってもその価格が衝撃的でした。

通常だとワイヤレスマイク1本でもかなりの値段がします。

よく使われているタイプのものでマイクセットで20万円くらいするのが普通。
やはり高いので私としては中々購入することができませんでした。

それに比べると、この製品は機能が充実していて価格は本当に安かった。

これでマイクも充実して、皆さんにお話しがしやすくなりました。

20人くらいまでだとマイクは要りませんが、それを超えるとやはりマイクが
あった方が良いですね。

しっかりと楽しくて気づきの多い授業にしたいと思っています。

などなど・・・、お寺のこれからを考えると、いろいろ思うことがあるのです。

まして私のお寺の様に、過疎地にあって檀家数が激減しているお寺にとって
のこれからの方向性とか。

たとえば檀家だけに頼っていては、お寺は絶対にやって行けません。
それは現状を見れば明らかです。

これから過疎地の人口が増えることは無く、さらにはその檀家さんも高齢化
や後継者がいないということで衰退が目立つようになってきました。

その檀家さんをこれからも守って行くためには、お寺が力をつけるしか方法が
ありません。

その方法はというと、それはそのお寺の置かれた環境や状況によってすべて
が違うということです。
さらには、そこにいる人が違うのです。

なので、そのお寺ごとに方向性を見極める必要があります。

私が目指しているのは、小規模で多機能さらには高機能なお寺。
そこに完全にオープンなお寺です。

それがこれからのお寺のキーワードになるでしょう。

たとえば私のお寺は山間の過疎地にあり、鳥取市内から小1時間かかります。
でも昨年は、その鳥取市内から日帰り体験のグループがたくさん来られました。

田舎ではあまりお寺に行くと言う習慣がない。
せいぜいが自分のお寺での葬儀や法事、しいていえば行事くらい。
それがこんな山の中のお寺にやって来られるのは不思議でしょう。

宿坊に来られる方々は、そのほとんどが他宗派です。

それにはいろんな理由がある、それが積み重なって行くことが大事だと思う。

小規模ということは、お寺は基本的に私と坊守の二人で運営しているということ。
そしてそれぞれが、それぞれの役割を果たして行くことも求められる。

多機能は、たとえば食事を提供するとか宿泊ができるとか。
実はこのポイントが一番大きいかも知れません。
お寺にとってこれ以上の多機能はないし、これを始めることで展開は大きく変わ
って行きます。

ワークショップや研修会を一日提供できるし、宿泊での対応も可能になる。
実際に、グループで来られて法話や体験をされる方々がたくさん来られる。
ここだけ見ていると、とてもお寺離れとか仏教離れなど感じません。

高機能は、一つには設備の充実があるでしょう。
これは経費も掛かるので自由にはなりません、でも少しづつでも手がけて行くし
かありません。
宿坊の売上もほとんどがこの設備投資に消えて行きます。
でもそれで良いのだと思っています。
それはお寺や庫裡に手が入るということになり、いつかはそれが魅力になる
ときが来るでしょう。

もう一つの高機能は、運営側のノウハウの蓄積です。
たとえば日帰り体験でも、最初は10名程度でもアタフタしていました。
食材の調達、食器や備品の調達まで。
もちろん食事を作るということも・・・。

それが今では、40人分くらいのイタリアン精進料理を作るのは問題なくなり
ました。今は60人までの受け入れ態勢ですね。
今までも40人~50数名は何度か受け入れてきています。
一度経験すれば二度目はかなり精神的に楽になるので、とにかくやってみる
という実践しかありません。

あとは、体験や法話、さらには相談などの力もそれに当たりますね。
これは実践を積むことで、確実にアップして行きます。

これからも小規模多機能で高機能、さらには完全オープンなお寺を目指す。
それが過疎地寺院のこれからの方向性であると信じています。


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今日はお寺でヨガの日でした!

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今年から、お寺でヨガをやっている。

と言っても私が運営しているのではなく、近くに住むヨガの先生が主体となっ
て運営されています。

今日は、中原啓子先生(写真中央)の日。

いつもはマイ先生(写真左)ですが、企画側に専念されていました。
たまには他の先生見るのも重要なことだそうです。

そこで気づき生れたりするのでしょう。

鳥取市内のヨガスタジオ、YOGA STUDIO in mocoで教室を持っておられる
インストラクター三人が集まっておられた。

そうなんだな、それぞれに集まって深めているんだな・・・。
そんなことを感じた。

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今日は参加者と先生を合わせて15人と、かなりの人数になりました。
ヨガは人数が多いと、一人一人を見るのが大変だとも仰られていた。

keiko先生(中原先生)のヨガは、大きな笑いもあったりで楽しい時間が過ぎ
ていました。

お昼は皆さんでイタリアン精進料理を召し上がられた。

そして午後は写経、皆さんとても熱心にされていた。

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一通りの流れが終わったのが午後3時くらい。

参加された皆さんの満足感はとても高かった様です。
オーガナイズされたマイ先生もご苦労様ですね。

でも参加者の皆さんが帰られたあと、三人の先生は本堂に残ってみっちりと
ヨガを2時間くらいされていました。

自分たちでお互いに感じ合い、そして高め合うのですね。

それが終わった後、コーヒーを飲みながらヨガのことをいろいろ尋ねてみた。
私は瞑想はしますがヨガはしたことがないので、普段思っていることを投げ
掛けてみました。

それぞれに三人の方が思いを持っておられて、とても興味深い話を聞くこと
ができました。

なるほど、なるほど・・・。

あとおもしろかったのは、先生にはそれぞれにキャッチコピーがあるということ。

たとえばkeiko先生は、カロハス。
マイ先生は、ヨガマイマイ。
saki先生は、syukla(シュクラ)。

それぞれの由来も聞くことができた。

今日はちょっとだけですが、ヨガのことを深めることができました。

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25歳、心を整えスイッチを探すとき・・・。

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宿坊には女性の一人旅の方が多い、でも男性も一人旅で来られます。

昨年から今年は、なぜか20代の方が宿坊に来られることが多くなりました。

それもなぜか25歳の方が多いのです。

今までは30歳の方が多かったのですが、25歳の方も増えてきた。

仏教体験もされますが、やはり一番は瞑想でしょうか。

こころソリューションや仏教のこともお話しします。

社会人になって数年経った頃、少し仕事にも慣れてきた。

そんなとき、自分自身のことを見つめるときであるのかも知れません。

さらに、これからの自分をどう進めて行けばよいのかを、考えるときでもある
のだなと思う。

さらに自分をステップアップさせようと考える。
それと、自分自身の仕事や人生が、今では少し物足りないと思ったり。

自信を少しなくしてたりすることもあるかも知れません。

いろんな思い入り混じった感覚、そういうときが25歳なのかも知れませんね。

自分を見つめる、心を整える、もっと知識を得たい、仏教の体験をしてみたい。
自分自身の方向性をしっかりと見据えたい、どっちに進めばよいか迷ったり。
新しい道を選択するときとか・・・。

そんな感じだと思う。

人生は一度だ、ということは簡単です。
でも、だからこそ常に人生は迷いの中にあるということでもあるのです。

そんなとき、友達に相談しても実は解決策にならないし、相談した結果は、
あまり役に立たないということを知っておいたほうが良い。
さらには家族や先生などもそれに近い。

友だちの場合は、視点が同レベルなので意味がないのです。
家族や先生は、それぞれの価値観が優先する。

そして何より利害関係が微妙に入ってくるということもあります。

利害関係がなく、客観的に判断でき、さらに様々な経験値があった方が、より
多くの視点から判断ができるということになるのです。

ただ何でも相談によって解決できるとは思っていない。
でも、より多くの視点から判断ができると思っています。

そしてこの宿坊は、一日一組にしています。

それは、お一人お一人とゆっくりと向き合うことが大切だからです。

体験も相談も、一対一でなければその思いに触れることはできません。
そしてその方だけに向き合うことが大切なのだと思っています。

25歳はスイッチを探すとき。
それは自分の方向性を見つめるということ。

どんなスイッチが自分にはあるのか、ただ未来は開けている歳だ。

そんなときはここにきて、ゆっくりと心を整えて行けばいい。

何かを思うことがあれば、一度この宿坊に来てみるのも良いと思う。

そう心が動くということも大切なこと、しっかりと心を整えようとしていると
いうことだから。


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「かもめ食堂」と「森の墓」と・・・ヘルシンキとストックホルム

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昨晩、DVDを久しぶりに借りてみた。

借りたのは「かもめ食堂」。

古い映画ではあるけど、女性には根強いファンの多い映画だと思う。

話題になった頃に何度か見ようとしたことはありますが、最期まで通して見る
ということはなかった。

どうしても途中で退屈になってしまうのです。
映画の中の声が良く聞こえないと言ったこともあったかも知れません。

確かに今回も声が聞き取りにくいと思った。

「かもめ食堂」はフィンランドのヘルシンキで、日本女性には観光スポットに
なっているそうです。
なんとなく惹かれるのでしょうか・・・。

女性には転機があると思います。
そんなときに何となく癒されるというか、何となく気になると言うか。
この三人に自分を重ね合わせるような感覚なのかも知れません。

今回、何度目かのトライで最後まで見ることができました。
今回もさすがに途中で止めるかなと思ったりもしましたが、途中からは引き
込まれた様な感覚もしました。

声が分かりづらいのも、あえてそうしてるのかということも。

今回この映画を見ようと思ったのは、いろんな思いがあってでした。
この夏に北欧に行きたいと思っている。

目的地はストックホルム、そしてヘルシンキの二都市だけ。

元々北欧に行こうと思ったきっかけは、お墓を見に行きたかったから。

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「スコーグスシュルコゴーデン」、日本語で森の墓と言う場所。

GW中に宿坊に来られた方が、ストックホルムに留学経験があるといわれて
いた。

このお墓の話しをすると、「行ったことがない」と言われた。

でも話しを続けてると、「そこには何度も行った」ということが分かった。

つまり彼女はそこをお墓とは思っていなかった、そこは森の公園だと認識
していたのでしょう。

そんなお墓がストックホルムにある。

私の夢はお墓を造ること。
それも今までの日本にはなかった様なお墓を。
お墓のイメージを変えるものを創りたいと思っています。

であれば、そこに行ってみるしかない。

100年前にできたお墓だそうですが、すでに世界遺産になっている。

そしてヘルシンキ。

「かもめ食堂」を見ていたとき、少し宿坊と重なるのを感じた。

宿坊光澤寺に来られる方に、この三人の姿が重なって見えた。

もちろん誰もがという訳ではない、ただときどきこんな方たちが来られる。

人生の転機だったり、何となくこの先をどうするかと考えるとき・・・。

そんなときに行ける場所があればいい。

宿坊光澤寺はそんな場所であればと思っている。

「ああ、なるほど・・・」

だからヘルシンキなんだなと思った。

この映画は空気感、宿坊も空気感が重要なテーマ。

そして仏教と瞑想。

ヘルシンキとストックホルム。

そしてお墓。

これからの10年のために行っておきたい場所がある。

「かもめ食堂」は宿坊光澤寺、スコーグスシュルコゴーデンはやずブータン村
のイメージと重なるのかも知れない。

それを見に行くことにした。


そこはどんな場所だろうか?


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時間の空いた一日、人生を遊ぶ・・・

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今日は久しぶりに時間が取れたので、所用を済ませることにした。

朝から鳥取市内に出かけ、ある事務所に書類を届け打合せをし、その足で
地元の八頭町役場に行き、助成事業の書類の申請を済ませました。

お昼は後回しにして、若桜宿にあるお寺さんにアポイントを入れ、お忙しい
中時間をいただき30分打合せをしました。

その後は若桜宿の寺通りを通って、ダイニングカフェ新に行ってお昼を食べ
ることに。

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お昼の時間をだいぶ過ぎていたので、お店には僕一人。

お寺さんに車を停めさせてもらうお願いをして、座卓に座る。

こんなときにと持っていた仏教書があった。
食事が運ばれてくるまで、ゆっくりと文字を追う。
もう何度も読み返している本です。
ここに書いてあることが理解できなければ、本当の仏教を感じることはでき
ないなと思っている。

そこから日本の宗派仏教へと思いをつないでゆくことが大切だと感じる。

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そうこう思いを巡らせていると、豚の生姜焼き定食がやってきた。
ここのお店は豚肉がメインで美味しい。

人のいない若桜宿で何もしないで過ごす。

それはそれで、何もない今日という日常でも心は遊ぶのです。

お昼を食べてお寺に戻る。

少ししていたら、来月に日帰り体験で来られる方が下打ち合わせに来られた。
お茶をお出しして少し(と言っても結局2時間くらいかな・・・)お話しをする。

ここでは言葉遊びを楽しみます。

何もない日常の中で遊ぶ。

結局人生って、遊びなのだなと感じたり・・・。

お釈迦様の伝道も、遊びなのかも知れません。

日常を遊ぶ。

遊びだからこそ、自分の思いのままに真剣に楽しむことができる。
肩肘なんか張らなくていい。

だから人生って遊びなのだと思う。

日常って、実は一人一人の物語のことを言うのです。


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長生会のみなさんに「いのち」のことをお話しする・・・

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もう初夏を感じる五月の日、同じ八頭町内の「長生会」の皆さんが宿坊に
お越しになられました。

実はご予約を受けたとき、正式な会の名前をお伺いしていませんでした。
でもみなさんお元気だなと感じていた。

やはり名は体を表すかな・・・。

午前中は、「いのち」と「こころ」のお話しをさせていただきました。

私よりも人生の大先輩である皆さんにお話しするのです。

それも「いのち」のことを・・・。

いくら僧侶であったとしても、軽々しくは話せることではありません。

ただ、宿坊に来られた皆さんお一人お一人の現実の言葉をお伺いしている。
それは本当に様々な思い、そんな思いをお伝えする。

そしてそれが、生きる意味と言う命題にもつながって行くのです。

この皆さんは、「長生会」という名前を付けておられる。

そこにもいろんな思いが重ねられていることでしょう。

お一人で来られる方もグループで来られる方もいらっしゃいます。

それでも、お一人お一人に・・・。

そんなことを感じながらお話しをする。

ただ一つ、「今ここにいることが幸せ」だと感じられるかどうか。

そんなこともあります。


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「Slow Death Cafe」・・・ただゆっくりと死を想う、というワークショップに参加してみました。

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夜7時から鳥取市で開催された、ただゆっくりと死を想うというワーク・ショップ
「Slow Death Cafe」に参加してみました。

人はそれぞれに、死に対する想いは違う。

ただそれぞれの死をそれぞれに想うということ。

親しい人の死をなかなか受け入れられないこともある。

そんなとき、その死について想いを寄せる。

そんな時間を共有するということ、ただそれだけ。

でもそれで良いのだろうと思う。

死を受け入れられない人生は虚しいということではない。

そんな人に出会えた、そんな人と一緒に過ごした、それはすごく尊いこと
ではないか。

今回のワークショップに参加してみて、私も自分なりの経験と重ね合わせてみる。

お寺、そして宿坊では、死という問題に向き合うことも多い。
それは自分の体験ではないけれど、死には向き合って行くことでもある。

そして自分なりに、死を想っている。

それは決して苦しいことでもなく、ただその死を見つめてみる。

僧侶として向き合うときは、そこに感情は入れ込まないようにしています。
向き合うけれど、そこに自分自身が引き込まれることはできない。

ただその死をしっかりと見つめる。
そしてご遺族もしっかりと見つめて行く。

作法や読経はすべての神経を集中させる。

それでなければ、しっかりとした葬儀はできない。

私は、法話や講演では、死を遠ざける話はしない。
なぜなら、生きるということは死ぬということだからだ。

ありのままに見るということ、それは死を見つめることでもある。

しっかり生きるとは、自分自身の死をしっかりと捉えることができたときである
かも知れない。

ちょっと、いろいろ考えたワークショップでした。

そろそろ私自身も、死をテーマにしたワークショップをやってみる頃なのかな。

私の法話のテーマは、常に仏教的見方からの「いのち」と「こころ」です。

それは常に死というものを前提にしている。


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月夜の宿坊・・・三人の方が来られる。

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今晩は、宿坊に三人が来られた。

一組のご夫婦と若桜鉄道の山田社長でした。

テーマの一つは、田舎暮らしです。

実際に田舎で暮らせるのかどうか・・・。

具体的には何も決めていなくても、そんなことに興味を持たれておられる方
は多いでしょう。

そんなとき気になることは、コミュニティーの存在。
やはりそれによって、暮らしぶりも変わって来るでしょう。

私が思うことは、コミュニティーは自分たちで作ればいいということ。

やずブータン村もそうですが、特にこれと言った決まりはない。
ただ、集まりたい人が集まる、ただそれだけ。
何のハードルも設けない。

田舎は自然が豊富ですが、そのかわりウィンドウショッピングはできない。
と言った様に、それぞれの価値観で決まること。

でも野菜は新鮮なものが安く入る。
どちらが良いかは、それぞれ。

今は田舎も暮らしやすくなってきている。
そうは言っても、どこか拠り所となるところはあった方が良い。

いつでも、やずブータン村はその場所になると思います。

無理をせずとも暮らして行けると思います。

ただ、生活だけは自分たちで組み立てないといけない。

これから都会から田舎に移る人が増えるでしょう、そんな受け皿には鳥取
って意外と良いところだと思いますよ。

三人をお見送りしようと外に出ると、まばゆいばかりに月が輝いていました。

人の影がくっきり映るくらいでした。

田植え前の田んぼには、山の影と月が写っていた。

こんな夜も、田舎ならではですね。


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今日は、「第6回 宿坊で語り合うガン患者の集い」です!

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今日は宿坊光澤寺で、「第6回宿坊で語り合うガン患者の集い」を開催して
います。

います、と書いたのは一泊二日なので、明日も続くからです。

ゆっくりと自分の思いを語りたい、誰にも邪魔されずにガン患者だけで話し
をしてみたい。

そんな思いで、宮本直治さんが企画しコーディネートされている会です。
毎年春と秋に開催していて、今回で6回目の開催となります。

四季の自然の中にある宿坊でゆっくりと過ごしていただきたいということも。

今回はお二人ということもあって、話しがすごく弾んだようです。

話し合いに入られてからもずっと話し声と笑い声が聞こえてきました。

コーディネーターの宮本さんは、大阪北野病院の薬剤師で僧侶でもあります。
ガン患者支援団体である「神戸ゆずりは」の代表もされていて、結構忙しく
されています。

そんな中でも、この「宿坊で語り合うガン患者の集い」は続けておられる。

宿坊としても、この集いは重要なものです。
やはり、いのちを見つめて行く上で、しっかりと考えて行かなければならない
ものだから。

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夕食にはイタリアン精進料理をお出しします。

地元産の旬の野菜を中心なので、とても身体に優しい。

これもこの会の楽しみの一つになっています。

明日の朝はお勤め(自由参加)、そして朝食後は瞑想体験を私が担当し
ます。

これからもずっと続いて行けばいいですね。


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お寺復興と観光町おこし・・・寺と宿坊の二大テーマです!

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お寺の復興と観光町おこし。

この二つが、光澤寺と宿坊光澤寺の二大テーマです。

お寺の衰退と町の過疎化は切っても切れない関係にあります。
それぞれがそれぞれに似通った問題になる。

今日は午前中お参りに行った後、午後は鳥取市に出かけて二つの会議に
出席しました。

一つは宗派の研修会。
もう一つは、地元八頭町観光協会の役員会です。

その二大テーマに関係する会議、ただ直接ではないけど・・・。
それらに関わることで、自分のことも見えてくるってこともあります。

宗派の研修は、門徒推進員研修会。
宗派の活動でも、この門徒推進員が活動しているかどうかが、その地域の
活動のバロメーターになります。

研修会の後、私の方で今年度の門徒推進員の方々の新しい取り組みについ
て説明をさせていただきました。

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これからますます、活動が展開すれば良いなと思います。

皆さんの熱心さにも頭が下がります。

そして、今日の会議の結果を打合せに組長のお寺さんお寄りしました。
するとそこで、お寺のこれからについてお話しがありました。

おーっ!
そう来ますかって感じです。

その後気合を入れてもう一か所回った後、夕方から開催される八頭町観光
協会の役員会に出席するために八頭町役場へ。

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こちらには宿坊光澤寺の立場としてです。

もちろん観光で町おこし。

こちらは今月の27日の総会に向けての事業決算報告と今年度の計画に
ついての確認です。

八頭町観光協会も最近はかなり活性化してきました。

八頭町は自由な感覚があって、とてもいい感じになってきています。

かなり前向きで、皆さんそれぞれに盛り上がっている様です。

若桜鉄道の支援もしっかりと・・・。

今日のどちらも、直接は関係ないと言えばそれまで。
でも、そこに関わることが大事なのだと思います。


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世界に愛の輪を広げよう・・・久松愛の輪の皆さん

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すごいタイトルになりました!

でも実は、今日宿坊にいらっしゃったのは、鳥取市の「久松愛の輪」の活動の
皆さんです。

きっと世界に愛の輪を広げて、平和で住みやすい社会を作ろうとされていら
っしゃるのかなと、私が勝手に想像しております。

10時過ぎにお寺に到着され、午前中は本堂で法話をさせていただきました。

10時前に買い物帰りに国道29号線を通ったら気温は29℃になっていました。
最近は日中は暑くなっても、朝晩は意外と冷え込むことが多いですね。

でも今日は30℃近くになるのは間違いない。

本堂は風通しも良く、それほど暑さは感じない。
逆にこれくらいの方が寒くないので、法話を聞かれていても丁度良いくらいだっ
たかも知れません。

法話の内容は、「いのち」と「こころ」の話しを中心に、地域のことや若桜鉄道、
さらには日常と思考などを織り交ぜてお話しさせていただいた。

みなさん真剣に耳を傾けて下さっておられたのが印象的です。

話しの時間は、ちょっと時間オーバーしましたが・・・。

それでもお話しを終えると、今度は昼食の準備。

イタリアン精進料理を配膳して行きます。

今日は皆さんテーブル席をご希望でしたので、テーブル席をご用意しました。

食事の間もみなさん楽しそうに話が盛り上がっていた。
みなさん愛に満ち溢れておられるのでしょう。

そういえば今日の法話で、愛と執着の話しもしました。
愛は慈悲とLOVEとがあるということ・・・。

慈悲は無償の愛、つまり見返りを求めない愛のことですね。
と言った感じ、LOVEは必ず見返りを求めてしまう、なので執着になります。

でも慈悲の前に自分が幸せになるということが大切ですよ・・・。
利他の前には必ず自利が必要だということを知っておいてください、とお話し
しました。

幸せになる方法も・・・。

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お帰りの際も皆さん笑顔でさわやかな感じがしました。

生きるっていいですね、たとえどんな苦難があろうとも・・・。

生れたことですべて「いのち」は完結しているということなのだろうと思う。

だからここにいることが素晴らしい、そして幸せなのですね。

私も皆様にお話ししながらも、楽しい時間を過ごさせていただいています。
そして気づきもあるのです。


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マイ先生の宿坊でヨガ・・・今日はドラマーさんとのコラボも

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今日のお寺は、ニシダ マイさんのヨガの日です。

今日はドラマーさんも来られると聞いていましたが、実はドラマーさんって?
という感じで、どうなるのか興味がありました。

五月の一日、朝方はやはりまだ冷え込むが、昼間はかなり気温が上がる。
それでも、この本堂は風が吹き抜けるので、今ぐらいの気候が一番過ごし
やすいのかも知れません。

先ず最初は、ニシダさんのヨガ指導があります。

その後に、ドラマーの石田さんのドラムの音に合わせた、リラクゼーション・
ヨガが始まります。
イメージはスリーピング・ヨガって感じでしょうか。

でも本当は瞑想なのだそうです。

ドラムもアドリブで、静かな音を出して行かれます。

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ヨガ終了後に、お二人の写真をお撮りしました。

ニシダさんが石田さんのドラムを聞いて、ヨガに合わせてみたのだそうです。
これはちょっと新しい流れかも知れませんね。

ヨガファンの方は要チェックかも知れません。

ところで、マイさんのお寺でのヨガはこれで3回目となります。

本堂ということ、つまり仏様の空間。
さらには山里にあって、周辺の音がほとんど聞こえない。

静かな中でゆっくりとヨガができる。

静かに時間が流れ、そして自分をゆっくりと見つめることができるのでしょう。

やはりお寺はハコモノだけあって、どんなふうにも使うことができる。

こんな過疎地の田舎のお寺でヨガが楽しめるとは、不思議なものです。

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お昼には宿坊のイタリアン精進料理。

先ずは食前の言葉を唱えてから、いただきます。

イタリアンでも精進なので、身体には優しいですよ。
地元の新鮮な食材を使ったものです。

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そして、午後には本堂で写経も体験されて行かれます。

これで結構こころを整えて行かれるのだなと感じます。

これからも宿坊の楽しみとして、続けていただけるとよいですね。

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にしても、マイ先生の瞑想のポーズはすごいですね。

ゆったりとしている上に、とても安定感があります。

ここまで安定したポーズを取られる方は少ないですね。


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五月の陽射しに輝く

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今年の五月はまだ寒さが続いている。

GWが空けても、なかなか暖かくならないのです。
最近は、日中は暖かくなってきましたが、朝晩は意外と冷え込んでいる。

今日もそう、昨晩はかなり冷え込みました。
朝方は寒いくらい、日中は暖かくなったけど、また夜は少し冷え込んでいる。

そんな五月の一日、陽が少し傾きかけた頃。

バスルームに続く廊下、ステンドグラスが日差しを受けて明るい。

カーテンと暖簾は風で揺れている。

宿泊の方は、夕方この廊下を通られることは少ないので、あまり見かけない
でしょう。
夜は外は真っ暗で、ステンドグラスも色彩はない。

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その暖簾をくぐると、脱衣所を通してバスルームが見える。

そして今日も青が床に光っている。
このブルーは濃くて綺麗に反射している。

床の色のマッチングもあるのでしょう。

ここから見えるシーンも、最近お気に入りです。

思いつきのままに設計図もなく造った脱衣所とバスルーム。
すべてその場で考えた。

イルカデザインのブルータイルと、ブルーのガラスタイルも、思いつきのままに
ネットで注文する。

今のカタチになるとは、当初まったく予想してなかった。

面白いものだ、意識しない方が上手く行くこともある。

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宿坊にある二枚のステンドグラス。

これも宿坊を始める前に、気になってネットオークションで買っていたもの。
当初は置く所もなく、そのままになっていました。

でも今は、納まるところに納まっている。

このステンドグラスはイングランドのものです。

やはりデザインや鉛の枠、そしてガラスの雰囲気は出せそうで出せない。

まあそんな風に生きて行く。

なるようになる・・・。

それが人生だ。


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仏教の本質って、要は「こころソリューション」ってことです!

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今年に入って、宿坊に来られる方々。

その中で、今まで以上に20代という世代の方がとても増えました。

この宿坊を訪れる方々は、様々な目的を持って来られます。

田舎でゆっくりしたい。
お寺に泊まってみたい。
仏教体験に興味がある。
仏教の話しを聞いてみたい。

そんなことから、心のことを聞いてみたい。
心のことを解決したい。

悲しみや苦しみ、悩みを聞いて欲しい。

そう悲しみや苦しみをどうしてよいか分からない、とか・・・。

お寺って、本当にいろんな機能があり、いろんな役割がある。
そして、その気になれば本当に多くの方々のよりどころになるのです。

決して葬儀や法事が寺院や僧侶の本分ではない。
それはお釈迦様や親鸞聖人が、そのことに一言もふれていないことからも
明白なことでしょう。

では仏教の目的って何だろうか・・・?

それはごく簡単なこと。

「こころソリューション」ってことだけなのです。

ソリューションって、私が企業に勤めていた頃によく使われ始めた言葉です。
実際に私がKDDIの東京にある本社勤務だったとき、私のいた部署が、
ソリューション事業本部のソリューション営業部だった。

このときのソリューションは、首都圏の法人営業でした。
首都圏には日本の主要企業の本社があり、その企業に対して通信に関する
問題解決のコンサルティング営業だった。

データ通信・音声通信・インターネット・海外ネットワーク・データセンター・
auモバイル、それらを企業に対して提案し、その企業の通信の問題解決を
図ると言った感じです。

でも仏教はというと、そうただ心の問題を解決することだけなのです。

現在、宿坊でやっていること。
それって実は仏教の本分であって、実際にお寺がやっている葬儀や法事は
サブテーマでしかないことがお分かりでしょう。

葬儀や法事は、本来は心のケア、つまりグリーフケアが主体です。
先祖供養などは仏教には本来全く関係ない。
これはインドのヒンドゥーや中国の儒教や道教を取り入れたものでしかない。

心の問題解決の方法によって、本来の宗派は分かれているのです。

たとえば浄土真宗的に言えば、自力か他力かということ。
禅もそう、心の問題を解決するためのもの。
念仏もそうです、心をどう整えて行くかというテーマです。

なぜなら、仏教は心のことしか説かないからです。

苦しみ・悲しみ・喜び・悩み・ストレス、これってみな心が生み出すもの。
その心をどう捉えて行くのかだけが仏教なのです。

宗教と言っても、それがキリスト教やイスラームと本質的に違うところなの
ですが、そこを理解している僧侶は少ない。

なぜなら仏教が「こころソリューション」だと認識していないからです。
日本の仏教が日本独自のガラパゴス仏教になっていることさえ気づかない。

仏教は四苦と八苦をどの様に認識し、そしてその苦から心をどう解き放って
行くのか。

それがメインテーマなのです。

実は今、宿坊でやっていること。
それが「こころソリューション」。

それって他のどんなお寺よりも、仏教の本質であるということになります。

今そこにある苦しみや悩み、ストレスをどう解き放つかだけですから。


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それぞれの宿坊体験がある!

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今日は一気に暑くなりました。

コタツを終おうかどうしようかと思っていましたが、さすがに今日はコタツを
終うことにした。

そんな五月の日曜日、宿坊の日帰り体験にお越しくださいました。

女性お二人です。

人には、それぞれにいろんな思いがあると思います。

体験は、ゆっくりと写経をされた。
お二人で周りを気にせずに写経に専念できます。

それがこの宿坊の最大の特長です。

外は気温が上がりましたが、本堂内はまだそれほどではありません。

暑くもなく寒くもない、そんな感じの一日。

今日は日曜日で、もう一組の体験の方もいらっしゃいました。

そちらも女性お二人でした。

それぞれに、それぞれの思いを持って来られる。

普段は一日一組なのですが、今日は二組をお受けすることになりました。

やはり日曜日しか休みが取れない方もいらっしゃいます。
お二人やグループになると、中々時間を合わせることも容易ではないでしょう。
無理のない範囲でお受けすることもあります。

一組は午前中に写経、もう一組は午後に心ソリューションと瞑想。
昼食はそれぞれ別室をご用意しています。

それぞれが気を遣わなくて良い様に。

仏教に親しむ、そして体験をする。
さらには、いろんな思いを持って来られる。

それぞれにそれぞれの宿坊の楽しみ方があるでしょう。

私はそれをそのままに受け止めるだけです。

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いただいたシルクフラワーを飾ってみた・・・

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GW中に遊びに来られた知人の方から、お手製のシルクフラワーなるものを
いただきました。

シルクと言っても本当のシルクを使う訳ではないそうです。
一般的にその様にいわれているのだとか・・・。

なかなかオシャレなものなので、どこに飾ろうかと思案。

いろいろと考えた結果、玄関を上がってすぐ右手にある事務所&BARのドア
に、飾ることにしてみました。

このドアは、客室に向う縁側の廊下の正面になるので、お客様はいつも目に
つく所です。

ここにこのシルクフラワーがあれば、華やかなイメージになります。

小物も少しづつ宿坊の中に増えて行きます。

そんなことも宿坊をやることの楽しみの一つなのです。

あまりゴチャゴチャになっても良くないけど、ちょっと気になるものがあれば、
それも楽しみになります。

お金を掛けると、豪華なものは揃えられるかもしれないけど、それよりは一品
づつ自分の気に入ったものや、いただいたものを置いて行く方がいい。

今年で宿坊を始めて5年目になります。

宿坊を始めたころに比べると、かなりイメージも変わったと思う。
今までの所、宿坊の売上はほとんど設備や備品の投資に消えています。

でもそれで良いのでしょう。

常に変わらないもの、それは仏教です。
そして日常は常に変化している。

10年目に宿坊がどうなっているか、それも楽しみなのです。

あと1年で丸5年が過ぎる、そして来年からは次の区切りである10年先を
目指して行きます。
そうなると僕もいよいよ60代ってことになります。

60代からの人生を楽しむには、やはり40代~50代にいろいろと準備を
しておく必要があります。

その下地があった上でなら、60代にいろんな夢や希望が持てます。
一度きりの人生なのですから、60代からを楽しむことが大切だと思う。

幸いにも、私は45歳で会社員を辞め仏教の道を歩き始めた。
生活は不安定でも、一生その道を歩んで行くことができます。

とりあえずは生きてさえいられれば良い。
そして50歳でお寺に戻り、そこから宿坊を始めようと考えた。

今年からは別のプロジェクトもスタートさせます。

自分の人生なので、自分で楽しむしかない。
そしてそれが周りの人たちを支えることにつながれば、それが有り難い。
そんなことをいつも考えています。


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保育所の花まつりから・・・

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今日は旧八東町地区の保育所の花まつりでした。

地区にある五ヶ寺の住職が三か所の保育所を周ります。

旧町内の五ヶ寺はすべて違う宗派、曹洞宗・浄土宗・黄檗宗・真言宗・そして
浄土真宗になる。

すべて違う宗派ということもあってか、適当な距離感もあって春の花まつりと
秋の戦没者慰霊祭は合同で行っています。
あと年一回の研修会も継続している。

今回の花まつりは私の当番であったので、園児たちへのお話しをしました。
園児たちへのお話しは、大人の言葉で話しても通じないので、園児たちにも
分かるような言葉を使います。

日頃はそこまで考えないので、こちらもべんきょうになったりすることがある。

合併後は、旧町によって取り組みが違うのですが、花まつりと慰霊祭は、
旧八東町では今まで通りのやり方で続いています。

ただ、園児の人数がここに来て大幅に減っています。
今日最後に訪れた安部保育所のある安部小学校には、この春の新入生は
3人だったそうです。

丹比校区にある大きな村でも、小学生が2人しかいないそうです。

急速に過疎と高齢化、そして少子化が続いている。
少子化と言っても、一軒の子どもの数も減っているが、後継者がいないと
いう実態もありますね。

いまはそれでも高齢者の方々が元気だが、年を経るとともに高齢化が進む
だけとなるのです。

その準備をいまから10年くらいかけてやって行かなくてはなりません。

その準備が「やずブータン村」なのですが、あまり時間は掛けられないなと
思っています。

これからは日本経済は衰退の一途をたどるでしょう。

そうなると助成金や補助金も無くなってしまいます。

そのときに何とかしなくては、では遅いのです。

地方創生の助成金も、相変わらず訳の分からないものにしか支出されて
いない。
全く過疎化や少子化の役に立つものはない。

一体皆、何を考えているのでしょうか。

バブルや高度成長期の感覚が抜けない人たちがやっているので、そうなり
ます。

実は、日本にはそれほど時間は残されていない。

そう感じています。







葬儀での読経の印象・・・仏の意志

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今日は葬儀でした。

松江であった実践運動の会議の欠席連絡をして、葬儀に臨みました。

その葬儀に参列されておられた方から、そのときの印象をfacebookに
メッセージを下さった方がおられました。

読経を瞑想しながら聞いておられたとのこと。
そのとき感じたことは、「山の尾根を霧に包まれた山頂目指して歩いている
イメージになった」ということでした。

さらに、「目指すは天界への導き・・・みたいなことだった。目は冥ってても
脳は無になっていた」

そんな印象をいただきました。

もちろんそれは、私の読経のせいだけではないかも知れません。

でも実は、私は読経をするとき、そこにいろんな思いを持って唱えています。
もちろん自力とかという意味ではありません。

そういうものを通り越して、そこに意味を感じているということ。
ただし唱えている私には何もありません。

何もないからこそ、そこに思いが伝わるのだと思います。

私が読経すると、そこに何かを感じられる方は実際に多いですね。
そのことは時々言われることがあります。

仏様を感じられる方はとても多い。

お経をそのままに伝えたい、それは波動となって伝わって行くものだと感じる。
だからこそ思考を超えて伝わって行くのだと。

今日はたまたま具体的な印象をお伝えいただいたので、この様なことを書い
てみました。

そのお経の意味は分からなくても、その真理は伝わって行けると信じています。
言葉に囚われることなく、心に伝わって行くこと、それが読経の醍醐味であると。

お経は読経になって、エネルギーとなり波動として伝わって行く。

それは仏の意志であると信じているから・・・。


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通夜でした・・・

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今晩は通夜でした・・・。

連絡をいただいたとき、京都の西本願寺に参拝し鳥取に着いたときでした。
本当は、その日は奈良に行く予定にしていたのですが、待ち合わせしていた
方が体調が良くなくキャンセルになっていました。

その日から、また京都と松江に宗派の研修や会議に出席する予定になって
いた。

というと、スケジュールが埋まっていたので、それらをキャンセルすることに
なる。
逆に考えると、キャンセルさえすれば日程はフリーになるということです。

研修や会議はキャンセルできるパターンです。

法事やお客様の場合はキャンセルできませんね・・・。

最近、新年度の宗派の会議が教務所のある松江で開催されることが多い
のですが、なかなか出席できないでします。

明日の実践運動の会議も欠席ということになりました。

それでも、やはりお葬儀がお寺にとって一番重要度が高い。
ただ、あらかじめ予定できないものですが。

今回の方は、50代前半の方でした。

ご両親も突然のことで、まだどうしてなのか十分に受け止められないでしょう。

今晩の通夜は霧雨となった・・・。

人生って思い通りには行かないものだな。

通夜のお勤めは、たくさんの方弔問に訪れる。

私のお寺では、通夜の勤行中には焼香しないことにしています。

焼香があると、それだけでザワザワするし、焼香が終わればサッサと帰られる
ことも多い。

あくまでも通夜とは故人を偲ぶときである。
であれば読経と法話をしっかりと受け止めて欲しいと思います。

読経も法話も、いつも通り全身全霊で取り組む。
それが僧侶としての役割だと思っています。

それはしっかりと受け止めて行きたいからです。

それがご遺族の方や弔問の方に少しでも届けばいい。

まだ若い・・・。

私だって、いつどうなるのか分からぬ身です。






救いって執着?

浄土真宗では救いを説きます。

その救いとは何か?

阿弥陀如来の救い、それは本願になります。

その本願は、まだ仏となる前の菩薩のときに立てた願い。

菩薩、そう法蔵菩薩と言うお立場のときに願いを立てる。

そして精進を重ね、その願いを成就される。

成就した結果、阿弥陀仏・阿弥陀如来という存在になられた。

その願いを浄土真宗では本願と言います。

本願とは、すべての衆生が必ず救われて、極楽という浄土に生まれ
ることができると言うもの。

でもそのすべての衆生とは、私の建てた極楽と言う浄土に生まれた
いと願った人である。

願った人はすべてということで、別に願わない人まで生まれさせると
までは言っておいでではありません。

それはそうだ、生まれたいと願っていない人まで生まれさせるのなら、
余計なお世話だろう。

では誰が救われるのか・・・、というと私。

仏様と私と言う関係になるので、私になる。

でも救われたいと願っていはいけないことになっています。

自分が願うとそれは自力になるから。

本願は他力なので、自力の心がそこに入ってはいけない。 

仏教は執着から離れることが基本です。

救われたいと自らが願った瞬間にそれは執着でしかなくなる。

執着になった瞬間に、その願いは苦の元へと転換して行くのです。

願いはいづれ不満足になって行く。

不満足になれば、それは苦となる。

単純明快なことですね。

なので、浄土真宗では願いは阿弥陀さんの側にあるとするのです。

となると執着ではなくなるということ、我がはからいを捨て去ること。

でも本当を言うと、日常の中ではこの執着を捨て去ることはできない
でしょう。

なのでお釈迦様の時代、出家者である僧侶は無所有・無所得・無
生産でなければならないとされた。

つまり自給自足でさえ認めてはいなかった。

それは今の私が痛感していること。

すべての執着を捨て去るには、それしかないと思います。

でもそれって、インドだから生まれたのかなあと思う。

寒いシベリアでは仏教は生まれなかったでしょうね・・・。

と話が逸れましたが。

我がはからいを捨てることがポイントです。

と言われても、さてそれができるでしょうか?

絶対他力の信心とは、その願いに一切の疑惑を持たないことと
言われています。

それでも自力を頼りにする自分と言う存在、そこから完全に解脱
するのです。

自分を捨て去らねばならない・・・。

でもそんな浄土真宗の方々はいらっしゃるでしょうか?

執着バリバリ、本山は僧侶の衣の色さえ階級の様に決めている。

そういうものなのですね、教団運営って大変です。

教団運営は100%執着になります。

なので教団運営と教えとは全くマッチングしないと言う前提です。

日常は執着の世界、つまり教団は日常のこと。

私たちも日常と言う物語の中でしか生きてはいません。

もちろん仏教はこの日常から離れることを目指している教えです。

つまり現世を日常と置き換えたなら、この日常を意識している限り
そこに仏教の目指す道はない。

現法涅槃・・・、現生正定衆とはいかに。

日常と言う意識の輪廻の世界から解脱することが仏教だからです。

救われないといけないとか、救われるはずだとか、という救いを
意識した時点で、その救いは絶対他力ではなくなります。

そこを離れた瞬間が大切ってことですが、そんなことは凡夫の私に
など分かるわけがない。

だからこそ阿弥陀如来の本願はそこに向けてあるのだと・・・。

どうしようもない自分でしかないな・・・、という思い。

まあいえば、「それでいいのですよ!」ということ。

所詮、日常の意識の中から抜け出すことなどできない自分なのだ
から。

つまり悟りの世界、仏の世界と日常と言う迷いの世界、世間がある
ということに気づく。

気づきの先にあるもの・・・。

その先にすべてを捨て去った、つまり何もない世界が広がる。

それが涅槃でしょうか。

何かあると思ったら、それは涅槃ではなくなるかも知れません。

何もないから涅槃なのでしょう。

無生無滅、つまり何もない、それが仏の世界。

因果に縛られないということ。

そこがたどりつく場所になるのでしょうか・・・?

でも、「そんなあなたでは自力ではたどり着けやしませんよ」という。

「すいません、ホンマにすいません」ってとこでしょうか。

「わかっちゃいるけど、やめられません、私」

うらみ・つらみ・ねたみ・ぐち・名誉欲に物欲・さらにはこりもせずに
愛欲の世界へ・・・。

でもそのままやったら、あんたえらいことになりますよ。

だったら、阿弥陀さんの話しでもたまには聞いてみたらどうですか。

せめて生きてるうちに聞いといてください。

そうすれば、少しは自分が見えてくると思います。

そんな感じかなあ・・・。
 

過疎地の寺院が生き残るには・・・自立したお寺!

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過疎地の寺院はこれから10年から20年の間に半数は消滅すると言われ
ている。

確かにここ数年、お寺を取り巻く環境は急速に変わってきている。

お寺離れや葬式離れは以前から言われていましたが、当のお寺はそれほど
危機感は持っていなかったと思います。

それが昨年はそれが社会問題としてニュースで取り上げられるようになった。

その中で、過疎地の寺院はなす術もなくただ衰退を待つだけなのか?

高齢化社会と過疎化が追い打ちをかけ、さらに後継者のいない家の問題に
気付く。

私は東京で会社員をしていた関係で、お寺の社会をある意味で客観的にとら
えてきました。
会社を辞めてから10年経ちますが、会社員をしていた頃からお寺を見続け
ています。

そして5年前に住職となり、4年前からお寺で宿坊を始めた。

私自身のテーマは、やはりこのお寺を次世代に引き継げるお寺にすること。
さらにはお寺の可能性を広げること。

ある意味では、過疎地の衰退すべきお寺をどう再生させるのかという社会
実験でもあると思っています。

衰退する過疎地のお寺が生き残るにはどうすれば良いのか?
それも檀家を抱えるお寺が・・・。

それには、それほど方法はない。

ただ・・・、私が感じることは自立したお寺を目指すということだけです。

自立したお寺とは、檀家に頼らないお寺になるということです。

もちろん檀家を見捨てるということではない、過疎化し高齢化し後継者の
いない檀家さんを守って行くには、お寺が自立して行くしかないと言うこと。

檀家さんに頼っていたのでは、先を見ることはできない。
その為には、自立するための方法を一所懸命に考えるしかない。

自立するには、今あると思っているものを手放して考えてみることだ。
そうしなければ、今あるものから離れることはできない。

そしてそこで何ができるのかを徹底して考えるしかない。

私にはお寺にオープン化したいという願いがあった。

そこで先ずは宿坊から始めて見ることにしたのです。

それを始めることで、いろいろと見えてくるものがあった。
もちろん難しい面も多々あることにも気づく。

でもまたそこから前に進んで行かなくてはならない。

お寺という宗教法人を最大限活用しながら・・・。

それが今の私が目指している所です。






西本願寺のご晨朝に参拝する・・・思いを持って!

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昨日から京都に入った。

慌ただしく準備をして、京都に向かう。

GWとはいっても平日、高速道路はそれほど混んではいなかった。
約束があったので、先を急いでいました。

何とか約束の時間に間に合い、習礼をすることができました。

そのあとは、本願寺近くの居酒屋で食事をしました。
するとそこに知り合いの方も来られて、話しが盛り上がる・・・。

そして今朝は、西本願寺のご晨朝に参拝する。

いろんな思いがそこにはある。

やはり自分の心にケジメを付けるということ。

御影堂では一緒に「正信偈」を唱える。

今年は私のとっても光澤寺にとっても、大切な年となります。

「さあ、前に進んで行こう!」

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前に進むのも、動かないことも、それは自分自身の問題です。

決して周りの環境や条件ではない。

であれば自分で前に進む道を選ぶだけだ。

そこには何かが必ずある!

過疎化する地域にあるお寺は、ただ立ち止まっていては何も起きない。

そして周りを当てにしてなどいられない。

ただ自分の道をしっかりと進むしかない。





 

新緑が深まる頃!

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新緑が濃さを増して行くGW。

そのGWも終わりに近づく5日、母と娘さんが宿坊にお越しになられた。

宿坊に親子で来られる方は多い、それはご家族かもしくは母親と娘さんで
すね。
父親と息子さんというパターンはありません。

そういった意味では、女性は絆が強いのでしょう。

宿坊では家庭料理をお召し上がりいただきました。

そして朝は6時半からお勤めです。

お二人ともご一緒してお経を唱えさせていただきました。

やはり一人旅でもご家族でもグループでも、何か思い出に残った方が良い
と思う。

そんなとき、宿坊はそのお役にたてるかも知れません。

ただの旅行ではなくなるから・・・。

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宿坊の前に広がる山もその緑が濃くなってきた。

もうすぐ田植えが始める。

そして梅雨から夏へと衣替えして行きます。


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自分にスイッチを入れる場所 !

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GW中盤、九州から宿坊にいらっしゃいました。

人にはそれぞれにいろんな思いがある。
もちろん悩みや壁もあるのだろう。

私は55歳だが、それなりに悩みもし苦しみもあり、歓びは・・・。

20代でもそう、人は何歳になっても初めての人生を生きている。
二度目はないのです。

なので何でも初めての体験、となるとどんなことでも経験がないのです。

ただ、20代のときより余計に生きている分、通り過ぎてきたことは分かる。

仏教のこと、仕事のこと、心のこと、どうすべきかということ。

その思いを受け止めて行く。
それがこの宿坊っていう場所なんだと思っています。

だからお一人でも、一日一組にしています。
一組でなければ、それぞれの思いに応えられないから。

そういった意味では、宿坊光澤寺は旅館や民宿ではありません。
ただの宿泊施設や観光旅館ではない。

お寺や仏教を通して、そして自分自身の経験や今までこの宿坊でお聞きし
てきた多くのこと、それを通してお一人お一人と向き合って行くのです。

もちろん家族でもなく友達でもなく先輩でもなく上司でもない。

そこに利害関係がないからこそ、できる話もあるのです。
そして私自身もその方の背景にとらわれることなく話しができます。
だから迷いはない。

余計なことに気を取られずにすみます。

ときには厳しいことを言っているかも知れません。

今回はどうだったでしょう・・・?

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一泊二日の時間の過ぎて行く中で、表情が変わられた様に感じます。
冥想に入って行かれる姿勢も安定してきたのが分かる。

心の変化があったのでしょう。

そう人は心によって行動が決まります。

だからときには、自分のスイッチを入れることも大切なのです。

宿坊に来られる20代の方々は、仕事や生き方などいろんな思いを持って
来られる方が多い。

でも何とかしたいと思って来られているのです。

そんなときは、心を整えるタイミングでもあるのです。

そう、何かきっかけがあればいい。
それには、この宿坊はちょうど良いと思います。

四季の自然に囲まれたのどかな山里のお寺。

お寺の山門をくぐると、なぜか周囲の音が聞こえない。
静かな中に風の吹きぬける音、鳥の鳴き声、木々の音。
それしか聞こえてこない。

周辺には家はあるが、お寺の造りがそうなっているのです。

そして写経や瞑想や心の授業、そんなことをゆっくりと体験して行く。

お話しもゆっくりできます。

そんな中で自分自身のこころを整理してみる。
そうすると日常の中では気づかなかったことに気づく。

そして自分にスイッチを入れる。

それって大切なことだと感じます。

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お帰りの際、「スイッチ入れました!」と仰られていた。

自分を変える必要はない、だけど気づきは大切です。
そしてまたしっかりと自分の道を歩き始める。

この宿坊がそんな場所であったらいい。


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強風の本堂で写経に集中する!

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一昨日と昨日、お寺は強風が吹き荒れていた。
台風でもこんな風が吹くことは無いというくらい。

それがこんな長い時間吹き荒れることは、初めてのことです。
今朝も天気は晴れていたが、強風はまだ納まっていませんでした。

そんな強風が吹き荒れる一昨日の午後、宿坊にお越しになられました。

その本堂で写経を体験される。

ゆっくりと丁寧に書かれていました。

この強風の中で、集中力を切らさずによく書かれたものだなと思います。
本堂は高くてモロに風を受けるため、風で揺れるくらいでした。

写経の後は冥想と心のお話をする。

そして仕事の話しなど、いろいろお伺いしました。

翌朝はお勤めと朝食の後は、仏教についてお話しをする。
そして瞑想ももう一度体験されました。

仏教のことを知りたいと言うご要望もあった為、その歴史から基本的な
仏教の教義をお話しする。

知らぬうちに3時間くらいお話しをしていました。

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ゆっくりと体験をしていただき、午後からは若桜駅のピンクSLを見て行かれ
るそうです。

帰り際にお見送りすると、車はまさにピンク色。

これはやっぱりピンクSLを見に行かないといけないですね!

そんなことを話しながら、お見送りしました。

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若桜鉄道が盛り上がる!

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5月3日、GWの後半戦の初日。

鳥取は強風が吹き荒れました。

その風は台風でも経験したことがないくらいです。

そんな中、今日は若桜鉄道の観光ガイドデー。

ピンクSLと若桜まつりがあいまって、賑やかな一日となります。
若桜鉄道も通常は一輌ですが、今日は二輌編成でした。

郡家駅を出る頃には、どちらも客席はほぼ埋まっていました。

今日はさらに車内販売も・・・

やはりローカル線には車内販売があると一気に盛り上がりますね。

今日は一日、悪天候の中でも若桜駅の賑わいはすごかったようです。

車内販売って今はほとんど姿を消しています。

ぜひ一度、若桜鉄道の車内販売を体験しに来てみてください。





ブルーガラスタイル・・・バスルームは青のイメージ

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宿坊のバスルーム。

元々は半露天風呂にしていたのですが、雪や風の対策もあって、昨年の秋に
屋根を付けて防寒防風対策をしました。

解放感は多少犠牲になるけど、やはり寒いよりはいいかな・・・。

ただ少しでも楽しみがあるお風呂にと、壁にブルーガラスタイルを入れてみた。

そこに日が差すとブルーが綺麗に浮かび上がってくる。

タイルも輝き、そのタイルのブルーが脱衣所の床に反射します。

バスルームがブルーに輝くとき。

それがとても綺麗です。

本当はお風呂って明るいときに入るのが楽しかったりします。

イルカの飛び跳ねるタイルもある。

バスルームの基本カラーはブルーと白。

脱衣所は赤と白とこげ茶に統一しています。

やはり宿坊といえども、お風呂に入る楽しみも欲しい。

自然の中でのんびり過ごす。

美味しい地元の食材の料理を楽しむ。

自分の好みの体験をする。

お寺で過ごす。

自分の思いをたくさん話す。

そしてお風呂も楽しい。

この宿坊では、このすべてが普通にあります。

こんな宿は、他には絶対にありませんよ。

皆さんも一度、宿坊光澤寺の「青のバスルーム」を見においで下さい。

まあ「青の洞窟」とまではいかないけど・・・。


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体験とくつろぎと、そしてBARも・・・

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のんびりと宿坊で過ごす休日。

まさにそんな日だったのかなと思う。

京都から来られたお二人、お一人の方は昨年も来られました。
そして今回は二人で・・・。

のどかな山里の風景に溶け込む、宿坊に入ると周りの音がなぜか聞こえ
ない。

都会での日常から離れることができます。

体験もして、そして時間もゆっくりと過ぎて行きます。

心と身体を休めるにはちょうど良い。

夕方には瞑想を体験していただき、夕食には家庭料理を。

そして夜には、久しぶりに「BAR MIDNIGHT」もオープンしました。
そういえば最近BARをオープンしてなかったな・・・。

ここではまた違った雰囲気で話すことができます。

さすがに宿坊にBARがあるところはないでしょう。

お二人のお話しを聞く、またいつかこの続きを聞けるときがあればいい。
そう感じました。

宿坊は一日一組なので、いろんなお話しをゆっくりと聞くことができます。
その続きを、いつかまた聞けるといいなと思うのです。

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次の日の朝は、縁側で朝の日差しを浴びながら・・・。

朝のお勤めは「正信偈」、約25分かかります。

通常は5分程度の「讃仏偈」をお唱えすることが多いのです。

ご希望によってどちらでもお唱えしています。

ときには「阿弥陀経」とか・・・。

そしてその後は写経も体験されました。

バスの時間までゆっくりと過ごす。

「もう一泊すると、帰りたくなくなるな・・・」、そんなことを二人で話されていま
した。


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宿坊を気軽に楽しむ!

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GW初日の29日、宿坊に三人の女性が来られた。

宿坊に興味をお持ちの方が、他の二人を誘ったのだそうです。

宿坊では瞑想と写経を体験されて行かれました。

宿坊にもいろいろあります。
会館の様になっていてホテルの様なものから、観光旅館タイプ。
古い宿坊のままに残っているところも。

ただ全体的に見ると、体験型の宿坊は少ない様に感じます。

ここでは希望に応じて体験をしていただくことができる。
そこが他の宿坊との大きな違いでしょうか。
さらには一日一組となっているので、ゆっくりと過ごせること。

そして夕食にはイタリアン精進料理も選ぶことができます。。

この日は朝方まで冷え込み、午後には多少気温も戻りましたが、それでも
まだ寒さが残っていたでしょうか。

次の日は朝の日差しの中で写経を体験されました。

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みなさん楽しそうにされていますが、これから写経を始められるところ。

宿坊に堅苦しさはないですね、自由に体験を楽しんでほしいと思っています。

お寺や宿坊は、気軽に楽しめる場所だと思っていただけるといいですね。

この宿坊がそんな場所であるように・・・。

帰り際、お一人の方が「おばあちゃんの家に来たような感じ」と仰っていらした。

ここは、その方の心のふる里になれるといいなと思っています。


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