宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

宗教

カルトって何?

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日曜日のこと。

少年野球チームを見送り、一気に片付けに入る。
猛暑の中、一気に汗が噴き出す!

片付けを中座して、午前中は法事にお参りする。
その後は、鳥取市内のお寺さんで開催されたトークイベントに出席。
イベントのテーマは、「カルトは不滅か?」でした。

私はカルトに詳しいわけではないですが、鼎談に呼ばれました。
メインゲストは、仏教界でカルト問題といえば瓜生師といわれるくらいの、
瓜生崇さんです。

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1時間講演をお聞きし、そのあと1時間くらいでトークでした。

特にカルトという以外、何も進行がなかったので、私自身も瓜生さんに気に
なることを数点聞いて見たりしました。
イベント後にも、瓜生さんと二人の機会があったので、そのときも質問を
してみた。

講演と質問で、ほんのさわりですがカルトというものが理解できた。
なるほど・・・、そういうことか。

瓜生さんは、元々「親鸞会」という浄土真宗系の新々宗教にいたことがある。
今はそこを脱会し、大谷派の寺院の住職をしておられる。
宗教団体に入っている人の保護者などから、脱会の相談を受けられているそう。

その親鸞会はカルト教団ではないので、カルト教団と勘違いされるのは困ると
言われていました。

話を聞くと、なるほど・・・、と思うことが多かった。
要はみな詳しいことを知らないで、適当な話をしているということだ。

「カルトとはなにか?」
「親鸞会を脱会するときはどうだったのか?」
「親鸞会と本願寺派との違いは?」
「カルトを抜けさせたいと相談を受けたときは、どう対応するのか?」
など聞いて見ました。

それらに対する回答は明確だった。

やはりポイントは何点かだから、そのあたりが分かったので満足でした。

ただ宿坊には、カルト問題での相談はほとんどありません。
カルト問題も、元は根源的な問いや心の問題が、その根底にあります。
そしてもう一点、カルトをされている教団のことをしっかりと知ることが大切
なのだと感じます。
思い込みで話さないこともポイントですね。









熱田神宮と大谷派名古屋別院にお参りする!

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新年だ。

僕はどこかの街に出かけたとき、その街を代表する宗教施設に出かける。
今回の街は名古屋だ。

名古屋と言えば、熱田神宮が有名だ。

朝、熱田神宮に出かけた。
一月の日差しにすれば暖かい一日だ。
さすがに山陰の気候とは違うな、鳥取は雪が舞っていたと聞いた。

一月も中旬の平日、参拝者はそれほど多くない。
鳥居を三つくぐって、本殿の前に立つ。
正面に立って少し佇む時間があるほど。
お賽銭を入れて、今年の決意を告げる。

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新幹線の時間まで、まだ余裕があった。
もう一つは、昨年もお参りした浄土真宗大谷派名古屋別院に行く。

名古屋は浄土真宗大谷派の多い街でもある。
名古屋ではおそらく浄土真宗寺院が一番多いだろう。
その中でも、東本願寺の大谷派の勢力が強い場所。

今回お招きいただいた林高寺様も大谷派である。
昨年同様、お礼参りでもあるのだ。

1月16日は、西本願寺ではご正忌報恩講、たくさんのお参りがある日。
東本願寺は日程が違うので、本堂は僕一人だった。
「そんなものなのかなあ・・・、と思う」。
現代の暦では、1月16日が親鸞聖人の本当のご命日。
もしかすると、朝のお勤めは賑やかだったのかも知れない。
お参りしたときは、もうお昼を過ぎていた。

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ただ逆に言えば、一人でゆっくりとお参りが出来た。
ここでもご本尊の阿弥陀如来の前に一人佇む。
そして『讃仏偈』をお唱えした。

来年も、きっと名古屋に来る。
そんな思いでした。


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宗教脳と『歎異抄講座』

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昨晩のこと。
翌日のNHK文化センターの『歎異抄講座』の資料作成。

月一回だから早めに準備しておけば良いのだが、どうも僕の場合はギリギリ
でなければ準備に入らない。

これって性格なのだろう。
そうでなければイメージが湧かないのだ。

そういいながら、数年前に地元の日本海新聞の「潮流」に寄稿していたとき
は、締切りよりも相当早く出していたこともある。
これは気合いが入っていたので、書きたいという欲求が強かったのかも知れ
ない。

講座の場合は、生み出すというよりもあるものをまとめるという感覚だろうか?
さらには宗教なので、イメージの湧き方がそのときによって違うのです。

やはり宗教脳っていうのがある。
僕が会社員を辞めて僧侶になったとき、それを感じたことがある。
宗教脳になると、仕事脳の感覚がなくなってくる。

ただ兼業している場合は、必ず仕事脳が勝ちます。
そうすると宗教脳はそれほど活性化しない。

たとえば新しい宗教が興されるときは、世が乱れてるときが多いと思う。
日本の仏教改革だった鎌倉仏教もそうだ。

日本が末法の世に入ったとされ、源平の合戦や飢饉が続いたとき。
それまでの鎮護国家の仏教から、個人救済へと向かう。
まあそれが江戸時代に檀家制度が出来て仏教の進化が止まってしまう。
ただ競技の世界の中と、僧侶の自己満足の為の仏教になってしまった。

それがまた仏教に改革の動きが出てきた。
ということは、現在の日本は閉塞感が満ちてきたのかも知れない。

そんな大きな話しでは全然ないのだが、切羽詰まった方がイメージが湧き
やすいのではないか。

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そう言う訳で、資料作成を朝方まで続き、『歎異抄講座』に行って参りました。

今回で4回目、そろそろ内容的にも濃くなってきた。
それでも分かりやすく話さないといけない。

浄土真宗と親鸞聖人の神髄に入って行く。

他力と信心。

さあこれからもっと宗教脳を活性化しなければ・・・。


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他宗教の法会に参加してみる・・・立正佼成会生誕会

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立正佼成会「開祖さま生誕会」

私の知人から会に出席して欲しいと、お招きを受けた。
来賓としてということでした。
私が来賓で良いのかなと思いましたが、せっかくの機会でしたので、出席
させていただきました。

最近は宗派が違っても、超宗派での交流が盛んになっています。
でもそれは、どちらかというと伝統仏教と言われている宗派間がほとんど
です。

立正佼成会や創価学会という新宗教と言われている教団とは、あまり交流
がありません。
それはお互いにといった感じなのでしょうか。

生誕会は本部と各協会をネットでつないで同時中継しながら、並行して進む。
途中献茶式も行われ、裏千家の千宗室大宗匠が献茶をされていました。

浄土真宗では降誕会と言われるが、誕生より命日の報恩講の方が重要とされ
ています。

先日は、同じ町内の黄檗宗の寺院の晋山式にも出席した。

二ヶ月連続で違う宗派の法要に出席する機会となった。

伝統仏教教団でも宗派が違えば、他宗派がどの様な教えでどの様な活動をし
ているかは分かりません。
ましてや新宗教であれば、尚更です。

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法話や話しを聞いていると、おおよその感覚は分かります。

法要の後、昼食をいただく機会がありました。
そのとき鳥取教会の佐保教会長とお話することができました。

後で分かったことですが、私と同い年。
この12月には本部に異動されるそうである。

私は名前を知っているだけで、それ以外のことには無知でした。
それで教会長に少し立正佼成会のことを聞いて見ました。

細かいことは分かりませんが、少しだけ理解できたかなと思います。

他の宗派や宗教の法要に出てみるのも興味深いものです。
とても勉強になりました。

私は外国に行くときは、そこにある教会などの宗教施設には必ず行くこと
にしています。

ただの観光ではなく、宗教的な観点で見ると面白かったりするのです。


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お寺で“パレスチナ問題”を語る!

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「お寺で“パレスチナ問題”を語る」

今日は、スピーカーに冒険家の中尾和則さんのトークイベントでした。
主催は鳥取地球人クラブ。

中尾さんは、日本人と言うより地球人って感じですね。

今回は、間近になったアメリカ大使館のエルサレム移転。
では、何故それが問題になっているのか。
そこに横たわる様々な問題。

それを2時間で一通り解説。
実際に自分の足で歩いておられるので、説得力があります。

まさか、お寺でパレスチナ問題を知ることが出来るのも、ある意味
すごいことかも知れません。

ユダヤ・キリスト・イスラームという三つの宗教。
そこに歴史的な出来事と、民族や欧米諸国の介入まで、を分かり
安く話す。
2時間という時間で、聞き終われば一通り理解できる。
ただ、日本人的感覚と海外の感覚は違うので、そこを理解できるか
どうかでも意識は変わりますが。

嘆きの壁・聖墳墓教会・岩のドーム。
それぞれの宗教の聖地が小さなアエリアに隣り合うように存在する。
どの宗教にとっても重要な場所。

数千年の歴史の中で、現在のカタチはほんの数十年の出来事です。
今でさえ所詮は歴史の1ページに過ぎないんだな・・・。

パレスチナ問題は、そんなことを感じる。

たとえば100年後は、今と全く違うカタチになっているかも知れ
ない。

3千年の歴史の中で、権力が続くということは世界中どこにもない。

民族や国という概念でさえ、それは現在の意識の中にあるもの。
その意識でさえ、あっという間に変わる可能性さえある。
今という社会は、変化の中にある。


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「神々の山嶺」と「神の意志」について考える

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鳥取駅までお客様をお送りした。

久しぶりに街に出たので、ちょっとお店に寄ってみた。
そのうちの一軒が、本屋さんの定番「定有堂」に立ち寄る。

その本屋では、目的なく店の中を見て回る。
何か気になった本を手にとって、自分の気になったものや宿坊に置いて
おくと良さそうなものを買うのです。

この日は、以前から買おうかなと思っていたマンガ、「神々の山嶺」に
手が伸びた。
いつも手が伸びるのだが、これまでは本棚に戻していたもの。
それが今回は、この本に決まった。

自分でも読んでみたかった、そして宿坊の本棚に置いておきたい本でも
あった。
さらには、鳥取県出身の谷口ジロー氏が画を担当している本。
すべてがちょうど良かった・・・。

読んでみて、すごく興味深い内容だった。
生きると言うことを考えさせられた。
そして、死ということも。

あるとき宿坊に来られた若い男性と話していて、こんなことを聞いた。

彼は仏教の話しを熱心に聞いていた。
そして、「生きるということは、神の意志であって欲しい」と言った。
その方が生きて行ける、試練とは神が与えたものと考えた方が合う。

仏教的な感覚や浄土真宗的な感覚とは違うだろう。

彼はイスラームが好きである。

そんな話しと、このマンガは少しシンクロしていた。

「そこに山があるから」と、マロリーが語った。

主人公は、「自分がここにいるからだ」と語る。

それは神の意志なのか・・・。

「神々の山嶺」というタイトルに込められたもの。

生と死の狭間・・・。

なぜ、そこに登るのか。

とても興味深い内容だった。

宿坊に来られたとき、読んでみられたら良いと思う。
但し、上中下の三巻を読み終えるのに3時間以上はかかるだろう。
となれば、ずっと読んでるってことになるのかも知れない・・・。

宿坊には、僕が高校生のときに買った「LIVE! オデッセイ」も
ある。
これも、谷口ジロー氏のマンガである。

彼にはまた話しを聞いてみたいと思う。
たとえば一年後とか、十年後とか・・・。

そのとき彼は、どんな風に思っているのだろうかと。

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大阪の夜は更けて行く・・・中垣顕実氏と釈徹宗氏の対談と忘年会!

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12月2日、大阪の梅田で映画を見た後、目的地のフェスティバルホールのある
ビルに向う。

このビルが新しくなってからは、始めて行くことになる。

知人と待合せて、近くのカフェに入って話しをして、そのビルの中にある朝日カル
チャーセンターで行われる講座までの時間を過ごす。

今回、大阪に来た目的は、ニューヨーク仏教連盟会長の中垣顕實氏の「卍の持
つ本当の意味」の講座です。
そこに釈徹宗先生が対談者して出席される。

中垣氏には光澤寺の報恩講においでいただいたことがあり、その後で「卍とハー
ケンクロイツ」について講演をしていただいたことがあります。
元々は、ニューヨーク本願寺の住職をされていたときに、私が訪問したことが、
そもそものきっかけです。

釈先生は、言わずと知れた浄土真宗一の論客である。
仏教界ではその名前を知らない人はいないでしょう。
何度かその講演をお聞きしたことがあり、松江では宴席で隣でご一緒させていた
だいたり。
宿坊で開催しているガン患者の集いのコーディネーターの宮本氏の高校の一年
後輩であったりとか。

そんなご縁もあって、中垣氏が大阪で公演されるのを知って大阪まで行こうと思
い、できれば忘年会をしませんかと持ちかけた。
中垣氏は大乗り気で、釈先生にもお声を掛けるとすぐに了承していただけました。

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フェスティバルホールのあるビルに入ると、すぐにホールまでの赤い階段が
眼に入ってきた。
この日はホールで藤井フミヤのコンサートがあった。
ただ僕たちは、この前を素通りして18階にある朝日カルチャーセンターへと
向った。

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文化講座にしては結構高い講座料でしたが、それでも室内には30人くらいの
方が参加しておられました。

中垣氏の「卍」の話しが前半にあって、そのあとに釈先生とお二人の対談でし
た。

卍については、以前に来られたときの講演でお話しを聞いていましたが、今回
はそのことについて、より理解を深められた感じがします。

欧米ではタブーとされている卍。
それを話題にすることさえできないという。
もしするとしたら、ナチスドイツのシンボルマークということを前提としたときだ
けだそうです。

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講座が終わった後、予約しておいた北新地の居酒屋「銀平 北新地店」へと
移動しました。

言いだしっぺなので、私が忘年会の幹事的な役割。
このお店には、もちろん行ったことはありませんが、会場から近いのと料理も
良さそうでしたので選びました。

12月の金曜日、忘年会シーズンの本格的な幕開けだったのでしょう。
8時半の予約でしたが、中々席が空かずに30分近く待たされた。

でも席は、11人の人数にちょうど良いくらいの個室に通された。

中垣氏は、この3日前に広島市の広島平和大使に任命されたばかり。
講座の打ち上げと忘年会と、その記念を兼ねての宴会となりました。

釈先生のSOSの皆さんもご一緒で、とても楽しい会になりました。
釈先生も中垣氏も、終始ご機嫌でゆっくりと話しをされていました。

ウーロン茶の方も多かったですが、お酒の方も順調に開いて行きます。
料理も味はちゃんとしていて、最後はお店の名物の鯛茶漬けを皆で頼んで
締めとなりました。

2時間くらいの忘年会でしたが、お二人の先生の優しい人柄を改めて感じる
ことができた会でもありました。

またいつかどこかで、ご一緒に飲めるときがあるでしょう。
そのときを楽しみにしています。


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自分自身を解き放つキーワード

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今日は、ときどき食事をご一緒するご年配の方と食事に行きました。

その方のご親族の方と三人で、お昼ご飯をゆっくりと食べることができた。

お店は、河原町のある「きくの家」さん。
鮎料理で有名なお店です。

今日の料理は、うなぎのひつまぶし。
鳥取ではなかなか、ひつまぶしを食べられるところはないので、 うなぎを
堪能することができました。

その方と食事をするときは、お身体のことや社会のこと。
さらには生きるということなどに関連する話題が多いが、世代や年齢の違い。
さらには生きてきた時代の違いがある。

そこことを感じながら話をするのです。
その方の思いや考えを感じること、それは私自身の考えを修正したり、深めて
行くことにつながっているかもしれないからです。

自分の価値観や感覚だけに頼ってはいけないということだ。
特に、年配の方のことについては、自分の思い込みが一番よくないだろうと。

そんな中で、日ごろ感じていることがあったので、その話をする機会があった。

私が感じていることはこう・・・。

日本人の価値観は、時間に正確だということ。
時間に正確なことが正しいことという価値観の上に成り立っている社会。
時にそれは、自己犠牲を伴っているにもかかわらず。

それが正とされると、効率が良くまじめな社会が基準となる。

でもそれが他のことにも影響を及ぼし、その枠から外れると徹底的に批判を
受けるということにつながって行くかもしれない。

日本人はとにかく同じ価値観を共有することが大好きなのです。
それがときに、心が苦しめることがあるのではないかと思う。

世界の中で、日本人ほど時間に正確な人々はいないかも知れない。
電車の時間が数分遅れてクレームになる国かも知れない。

そして遅れた人間を責める。

人口の多い、インドや中国やインドネシア、さらにはアメリカやロシアはどうか?
アラブの国々は、アジアやアフリカの国々は・・・。

そう考えると、列車が1分も遅れずに到着すると思っている割合は何%の人々
だろうか。

こんな話を聞いたことがある。

アラブの国で待ち合わせていた時の事。
30分や1時間遅れるのは当たり前だという。
下手をすれば、待ち合わせ場所に来ないことも・・・。

そして遅れてきた人は「インシャアッラー!」といって終わりだという。
それがたまたまなのかどうか分からないし、それで良いのかどうかも分かり
ません。

でも、その言葉があれば遅れてきた人が責められることもなく、悪いと思うこと
もない。

心がその言葉によって解き放たれるのだ。
もちろん何かで死ぬこともある、それも「インシャアッラー!」だ。

すべてが思い通りになることなどない、それが生きるということ。

そのときに自分の心を慰め解き放つことのできる言葉があるということは大切
なのだと感じる。

宗教で使われる言葉には、心を解き放つキーワードがある。
宗教だけではない、生きる上でのキーワードもある。

そのキーワードを受け止められるかどうかが信仰ということにもなります。
そして悲しみや苦しみの中で、その命を支えることにつながるのだろう。

イスラームで使われる「インシャアッラー」もそうだ。
キリスト教などにもある。

「神の思し召し」

「神の御心のままに」

「アーメン」

自分の思い通りにならないこと、そのとき何もできない自分という心を解き放つ。

そこには自分の意志というものは入り込めないのだ。

たとえば、

「南無阿弥陀仏」

これも本来は、自分の意志が入り込む余地はない。

生きるということに関しては、

「ケセラ・セラ」

「Tomorrow is another day」

「それでいいのだ!」

そしてインドでよく使われるという言葉。

「No hurry!  No worry!  Eat curry!」

まあそんなに急がなくてもいいじゃないか、とりあえずカレーでも食べて行け。
といった感じでしょうか。

これらの言葉は、神や仏からではないが、思い通りにならないことを受け止める
ための言葉だ。

それを受け止められたなら、心は解き放たれる。
しかしそれを信じられないと、心は苦しみの中にあるということ。

信じれば救われるということは何か、それは自分自身の心を解き放つということ。
自分自身を受け止めること。

そのときに、自分自身の行為や思考が入らない方が良いのだろう。

話しながら、そんなことを感じた。


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坊主モスクへ行く!

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雨模様の東京。

昨日は、神谷町で第四回お寺の未来フォーラムが開催された。

そして今日は、その参加者たちが代々木上原にあるモスクに集結。

私はモスクの中に入るのは初めてである。
今まで、たまたま行く機会が無かったから。

モスクは、東京ジャーミー・トルコ文化センターという。
日本最大級のモスクであり、建設も100年前と歴史もある。

今日は、そこで下山さんのお話を聞くことができた。

とても熱い語りだった。

私のお寺でも、昨年「お寺でイスラムを知る!」というイベントを行ったばかり。
イスラムの話題はテロや紛争ばかり、でもそれが本当のイスラムの姿を間違
って理解していることにつながっている。

そんなときこそ、イスラムのことを知ろうということだった。

下山さんの話を聞いていると、ある部分は浄土真宗によく似ていると感じる
ところが多かった。

ただ、それは日本の浄土真宗が形骸しているが、イスラムではそれが今でも
当たり前のように行われているということ。

約1300年のイスラムの歴史を考えると、すごいことだとも感じる。

宗教が組織や教団化によって、大きく変節していることは、明らかなのです。
これは、クルアーンで様々なことが規定されていることと、クルアーンが絶対
であるということに起因しているのかも知れません。

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私は、世界にある宗教が宥和できる場所は、もしかすると日本ではないかと
感じています。

そんな場所を日本に実現したいものですね。
世界中の宗教者が集まりともに語り、共に学べる場所。

さらにそこに、世界中から教えを求めて人が集まるような場所。

大きな夢ですね!


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東京聖地巡礼物語

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研修で東京に行く機会があった。

今回は、東京にある聖地を巡ってみようと思った。
人は何かを始めようとするとき、何かにけじめをつけたいとき、聖地に行って
見たくなるのかも知れない。

東京に着いた日、東京は雨。
ときどき強い雨になる。
最初に訪れた浅草、東京スカイツリーも霧でほとんど霞んで見えないくらい。

浅草寺にお参りする。

雨の平日でも沢山の人がお参りしている人気のスポットだ。
外国人観光客も多い。

おそらく東京で一番観光客が多いお寺。

仲見世や周辺にあるお店も含めての観光寺院、線香の煙が余計にその
雰囲気を盛り上げている。

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雨の浅草の街を歩く。

そこに東本願寺があった。
ここにお参りするのは初めてだった。

浅草に本願寺があるのは知っていたが、ちょっと繁華街から外れているので、
なかなか訪れる機会がないのです。

浅草寺とは違って、境内に参拝客はいない。
天候もあってか、寂しい感じはする。

本堂に入って、お経を唱える。
宗派は違っても同じ浄土真宗、お経は同じなのです。

浄土真宗には巡礼寺院はない、つまり観光寺院ではないということ。
世間的な御利益は説かないし、祈祷もしなければ御守りも販売しない。

京都にある西本願寺は、世界遺産ということもあって観光客や修学旅行の
学生も訪れるが、他の観光人とはやはり違います。

この東本願寺は、以前は浅草本願寺といわれていたと思う。
ややこしいのだが、京都の東本願寺を本山とする大谷派の東京別院だった
のでしょう。
ちなみに西本願寺の本願寺派の東京別院は、築地本願寺である。

大谷派で内部紛争があって、浅草本願寺は独立して東本願寺を名乗った。
京都にある東本願寺は通称であって、正式名称を真宗本廟という。
そんなこともあって、宗派名と通称と、東京にある東本願寺がこんがらがる。

築地本願寺も元々は浅草にあったと聞いている。
ただ江戸の町が大火になったとき焼失したが、西本願寺のお寺は浅草の
地に再建を許されなかった。
東本願寺は江戸幕府寄りであり、西本願寺は反幕府と見なされていた。
ただその分、幕府への寄進は相当額だった様です。

西本願寺のお寺は、当時江戸前の海だった所に再建が許されたそう。
嫌がらせの様にも思えるが、当時大阪から佃島に移住していた、佃島門徒
の方々が、その海を埋め立てて(築地)本願寺を再建したそうです。

それが今では浅草本願寺は大谷派を離れて独立し、築地本願寺は銀座
近くの一等地になって、西本願寺の東京の拠点としての存在を示している。

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築地本願寺のその姿は、日本の寺院とは全く思えない。
とても不思議な建物、近くには築地市場もあるし、その地の利から有名人
の葬儀が多いことでも知られている。

そして今回、最後に巡った聖地は、東京ジャーミー・トルコ文化センターと
いうモスクです。

研修の一環として訪れたのですが、とても興味深いモスクでした。
普段はなかなか訪れる機会がない。

場所は代々木上原の駅から歩いて10分かからないところにある。

イスラムには僧侶はいない。
ここは日本でも最大級のモスクで、一般にも広く開放されている。
一度行ってみると、イスラムのことがよくわかると思います。

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観光としてではなく、イスラムを知るという目的だと、とても興味深いと思い
ます。

今回東京で回ったのは、この四つの寺院。

東京ならではで、いろんな聖地を訪ねることができる。

違った顔を持つ寺院を、それぞれに感じ学ぶことができるのです。

これからのお寺を考えるとき、様々な宗派や宗教の寺院を知っておくことは
大切になるでしょう。
自分の宗派のことだけ知っていても、それでは足りないでしょう。
知識的にもそれはこれからのポイントとなると感じている。

たまにはこんな旅もいいものです。


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地図記号の卍が変更される?・・・文化と歴史を考えない国土地理院って何?

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地図記号が外国人観光客の増加によって、分かりやすいものに変えようとの
動きが出ているそうです。

その中に、お寺の記号である卍も含まれていると言う。

国の施策によって、日本の歴史と文化が捻じ曲げられようとしているという事
に気づいているのだろうか?

国土地理院も堕ちたものだ。

なぜ外国人に迎合しなくてはいけないのだろうか。
それよりも、自国の文化を外国の方に教える大切な機会ではないか。

欧米の方は、卍はハーケンクロイツを表し、ナチスドイツを連想させるシンボル
マークだと連想するかも知れない。

それを気遣ってのことであれば、それよりもはるか昔から、日本のお寺を意味
する卍をなくす方がおかしいでしょう。

実は、この卍研究の第一人者は、ニューヨーク仏教連盟会長の中垣顕實氏で
ある。
元ニューヨーク本願寺の住職で、日本人の方である。 

光澤寺にも一昨年の秋、文化講演会でお越しいただいたことがあります。
そのときにも、卍の持つ本当の意味を教えていただいたのです。

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氏の著作である、「卍とハーケンクロイツ」をお読みいただけると、卍の背景
がよく分かります。

卍は、元々宗教の中心を表すシンボルであった。
古代インドやユダヤやキリスト教でも古くから使われていたシンボルです。

神や仏は、光の存在です。
その中心の光が卍なのです。

ジャイナ教やヒンドゥーを始めとし、仏教でもその光を表していて、神聖なる
ものとして扱われているのです。
日本には、卍が仏教のシンボルマークとして入ってきたのです。

それはナチスドイツより、1500年くらい古い。
古代インドやユダヤ教の世界では、すでに2000年以上前から使われている。

インドを旅行した人が、卍のマークはどうして使うのか、ナチスのシンボルでは
ないかと質問したと言う。

すると、そのインド人は、「インドでは数千年以上前からこのシンボルを使って
いるのだ。なぜ変える必要がある!」と言ったそうです。

日本でも、馴染み過ぎていて普段は気づかないが、いたるところに卍があるの
です。

光澤寺にも、本堂と山門の瓦に卍が入っている。

欧米でも、戦前戦中までは、キリストのクロスを表現するものとして、普通に使
われていたものです。
それがナチスのシンボルマークを連想させるという事で、戦後は一気に姿を消し
たという経緯がある。

ではそもそも、なぜナチスはそのシンボルに卍を選んだのか?

それは、第一次世界大戦後にドイツ国民は敗戦によって、落ち込んでいた。
国も戦後賠償などで景気も悪く、誇り高きゲルマン民族が意気消沈していたの
です。

そのとき登場したのがヒトラー率いるナチスです。
ヒトラーは宣伝に長けていた。
国を象徴する国旗、そこに力を込めてドイツ人を奮い立たせようと考えた。

そこで一番力があり神聖なマークはなにかということで、宗教の中心の光を表す
シンボルマークの卍を採用したのだと言う。

その旗の元にドイツ人の結集を図り、一気にドイツが 甦ったのです。

その様な経緯があります。

それも氏の著作に書いてある。

インドでも古代ペルシャでも欧米でも、すべての宗教の原点であるものが、この
卍であるのです。

その卍の意味をしっかりと考え、中途半端な迎合主義に陥らないようにしないと
いけない。
外国人は、日本文化に親しむために日本にやって来る。

卍の本当の意味をしっかりと伝えることが、日本文化を伝えることになるのでは
ないのか。

日本仏教会も、amazonの僧侶派遣にとやかく言う前に、この問題をしっかりと
国土地理院に提起すべきではないのか?

本当にしっかりとして欲しいものです。

自分たちの伝統が消されようとしていることには発言せず、時代の流れによって
自分たちの利権が侵されようとするところだけ反応していたのでは、社会から
そっぽを向かれてしまうでしょう。

国土地理院と日本仏教会は、この問題をしっかりと考えて欲しいものです。

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尚、ここに掲載させていただいた写真は、光澤寺にお越しいただいた時の
中垣顕實氏です。


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五宗派の僧侶が読経することって・・・?

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今日は旧町内の戦没者慰霊祭でした。

これは合併後も旧地域毎に行われている様です。
何故かは分りませんが、そこには何かがあるのでしょう。

ところでこの慰霊祭には、毎年町内の五ヶ寺が集まりお勤めをします。
導師は毎年持ち回り、衣体はそれぞれのもの。

今日は導師でもなく、ちょっとゆっくりと周りを観察することができた。

宗派は、真言宗・黄檗宗・浄土宗・曹洞宗、そして浄土真宗。
町内で五ヶ寺とも宗派が違うのは、珍しいかも知れませんね。

作法を事前に確認し、さらには読経する経典の確認がある。
これは導師の宗派に合わせることにあります。

それぞれ宗派によって唱えるお経が違うので、私は馴染みのないもの。
ただ、般若心経は唱えたことがあります。

衣が違い経典が違い、もちろん作法も違います。
今日は木魚もありましたが、浄土真宗では木魚は使わない。

金の打ち方、入退場や焼香のときの歩き方、焼香まですべてが違います。

なるほど、私たちの宗派ではこの様に学んだが、他宗派では違うなあと
いうことに気づかされる。

たとえば足の運び方にしてもそう、浄土真宗の作法では前に進むときは
必ず左足から前に出しますが、他宗派の僧侶は右から出していたとか・・・。

そういった意味では仏事作法は宗派によって違い過ぎるので、どれがどう
ということは言えないのが現状なのです。

宗派ごとに違うのは良いが、そんなことは一般の方には全く関係ないこと
もあるでしょう。

あえて統一する必要もないでしょうが、どちらでも良いと思われる方も多い
はず。

お寺やお墓のことって、いわば顧客不在のサービスなのだと痛感する。

そこのこれからの時代の流れがあるのかも知れないとも・・・。


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情報化社会と宗教、そして宗派と・・・。

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現在は情報化社会である。

今までは、宗派内にだけ特化して教えを説いておけばよかった。
でも今は、あらゆるものがオープンになって行く時代です。

それぞれの宗派が、自分たちの中だけで終えられる時代ではない。

まして宗派のやっていることや教義が、お釈迦様と照らし合わせたとき、それ
と全く違うものだったらどうだろう。

それでも仏教の看板を上げておくことができるのか?

もしそうでないとしたなら、宗派の枠だけに納まっていることが僧侶の役割な
のか、それとも大きく仏教の枠へと進むのか?

たとえば真言宗はこうですからとか、浄土真宗はこうあらねばならないと言う。
でも、もしそれがお釈迦様の教えと遠く離れてたとしたらどうだろう?

それでも私の宗派ではこうですから・・・。

でもこれは仏教に限ったことではないですね。

イエ=キリストの教えから遠いのはローマ・カソリックであろう。
そう教義と勢力争いは別の問題。

イエス=キリストの教えはとっくの昔に異端として切り捨てられている。

正しくても勢力が弱ければ、それは異端とされるのが宗教であろう。

現代のなかっでも生き残って行かなくてはならないのだから・・・。

ただ・・・、日本の宗派仏教の枠組みは大きく崩れ去ろうとしている。

なぜなら宗派や本山に昔の様な求心力がないからです。

本山だからと言って通用する時代は過ぎ去ったであろう。

さて、その先にあるものは・・・。


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インシャ アッラー!と南無阿弥陀仏

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「インシャ アッラー!」

すべては神の意志であるということ。

何が起こっても、それは神の意志なのだという覚悟なのかも知れない。

でも最近は何でもこの言葉を使うことが多いようです。

待ち合わせに遅れても、「インシャ アッラー!」。

何か悪いことがあっても、「インシャ アッラー!」。

そう言っておけばすべてが許されるといった感じでしょうか。

もともとは、すべて神に任せるということ。

そこに人間の意志の入るスキマはなにのかも・・・。

それはアラブと言う砂漠地帯に起こったイスラム教だからこそ、その様な心が
必要なのかも知れません。

人間と言う存在の限界を知るということかも知れない。

仏教には「南無阿弥陀仏」という教えがあります。

こちらも、すべて阿弥陀如来にお任せすると言う意味がある。

帰依する、帰命する、信じる、任せる。

そう言った感じでしょうか。

この二つの言葉は解釈はとても似ていますが、ただイスラムと仏教の立ち位置
の違いが違う様に感じています。

「南無阿弥陀仏」は、仏の意志のままに世の中があるとは捉えません。
思い通りにならない迷いの世間に対して、阿弥陀如来の願いがあるということ
に気づくと言った感じだと思います。

私と言う至らなく愚かな存在、自分ではその煩悩を打ち消すことができない。
だから阿弥陀如来の呼び声があるという。

願われているのであるから、その願いを信じすべてを任せる。

神の意志と阿弥陀如来の願い、そういった感覚の差はあるのでしょう。

ただ、阿弥陀如来の存在は、アッラーとかなり近い部分もあります。

なのでイスラムと浄土教は近いところもある。
下手をすれば、同じ仏教の他の宗派と比べるとイスラムの方が近いことだって
あるのです。

でも立ち位置が違うので、教えに近いところはあってもやっぱり根本的に違う
ことになります。

でも他の宗教を知ることはとても面白い。
そこから見えて来る仏教や浄土真宗もあるからです。

キリスト教やイスラム教や仏教。
それらが会議や研修ではなく、日常で様々な話しができると面白いだろうなと
思っています。

実は、やずブータン村はそんな場所を作ることも目的の一つです。


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宗教は世界をつなぐ

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世界の宗教はどうなっているのでしょう。

仏教・キリスト教・イスラームの三大普遍宗教。

ユダヤ・ヒンドゥー・道教・神道などの民族宗教。

世界の宗教のうち、2/3以上は上記の宗教の信者です。

最近は無宗教ですと言う若者が世界には多いけど、それはまだどの
宗教か決めていないといった感じが強いですね。

また上記の宗教でも、そこから各宗派へと細分化されて行きます。

世界中で宗教戦争が起こっているように見えますが、実際はそんな
ことはないと思っています。

宗教戦争に名を借りた利権争いであったり、民族間の対立だったり
します。

よく言われる、キリスト教とイスラームの十字軍を巡る争いでも、元々
を辿れば神の名を借りた、利害関係の対立でしかない。

19世紀以降の対立は、産業革命を成し遂げたヨーロッパやアメリカ
の列強が、アジアやアフリカに振りまいた利権争いの結果でしかない。

中国もインドもアラブもアフリカも皆そうである。

ラテンアメリカや南アメリカは、それ以前にヨーロッパに食い荒らされ
ているのです。

でも、それ以前にはオスマントルコ帝国やモンゴル帝国によって、ヨー
ロッパはその侵略の危機に瀕している。

文明や文化も、中国やインド、それがアラブを経由してヨーロッパに
伝えられている。
ヨーロッパの文化は、これらの国の影響なくしては成り立たない。

その中でも最も影響力の大きいのはアラビア数字でしょう。

このアラビア数字は、元々はインドで考え出されたもの。
つまり0の概念である。

0という概念を元にしたアラビア数字がなければ、ヨーロッパの産業革命
も起こりようがないし、コンピューターも現在ほど進化しようがない。
なぜなら、コンピューターは、0と1だけで動いているのです。
それ以前に0の概念はヨーロッパにはない。

関係ない事をいろいろ書きましたが、宗教の対立ではなく、利害の対立
であるのが本質だと思います。

なぜなら人間は結局、神や仏ではないからという事です。

その教えも、人間の手に掛れば、対立の要因になるという事です。

私は、いつかこのお寺に仏教センターを創りたいと思っています。

ただの研究機関ではなく、実際にそこに人々、一般の人々が集う場所。
それは、仏教に関わらず、すべての宗教者が自由に来て語り、体験で
きる場所です。

そこですべての宗教者が共同で運営できるような場所があればいい。

お互いの宗教を尊重し、お互いの宗教を知ることのできる場所。

対岸からあれこれ言っても意味がない。

一緒に暮らすことで、お互いのことを知ることができる。

キリスト教の教会も、イスラームのモスクも、ユダヤのシナゴーグも、
日本のお寺も神社も、ヒンドゥー寺院があり、道教の寺院もある。

そんな場所ができるとしたなら、もしかするとそれは日本、そして八頭
の様な場所かもしれないと思ったりしています。


本当は、宗教は世界の平和を目指しているという事が、皆理解するで
しょう。


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表現の自由とテロと風刺画

フランスとデンマークで、痛ましい事件が起こった。

これは風刺画を批判したテロ行為だと言われています。

私は、痛ましい事件を起こした犯人やテロ行為を擁護するつもりは
ありません。

ただ、表現の自由を売りにして、何でもOKということはおかしいとも
感じています。

表現の自由とは、如何にも聞こえはいい。
でも、それは表現される側のことを考えてのことであろうか。

ムスリムにとって、その開祖であるムハンマドを犬に譬えられたらどう
であろうか。

その苦痛は測り知れない。

他宗教者や無宗教者が、その様な行為をして良いということはない。

信教の自由や表現の自由。

現代社会には、様々な自由がある。
でもそれは何でも良いと言う事では無いはずです。

その様な風刺画を発表しておいて、それで表現の自由を語るのであ
れば、その様な表現の自由は許されない行為だと、私は一宗教者と
して感じます。

テロ行為はもちろん、そのような表現の自由も許されないでしょう。

一部のテロ行為を行うことに対して、イスラーム及びムスリム全体を
冒涜しても良いのでしょうか。

たとえば、仏教徒として、お釈迦様を冒涜されることは苦しいことです。

ただ、仏教者は堪え忍ぶ、それはお釈迦様の教えによって。
「怨みを報いるのに怨みをもってしたなら ついに怨みはやむことはな
 い 堪え忍ぶことによって怨みはやむ これは永遠の真理である」

お釈迦様の言葉が心に響く、ただこれは我慢しろと言っているのでは
ありません。
だから、この教えを伝えよということなのです。

まあ日本の場合は、僧侶自体が仏を冒涜するような行為をしていても、
それに気づかないってことはありますが。
それは問題外としても・・・。

ただキリスト教者がムハンマドを冒涜するのは、いかにもいやしい行為
である。

テロと表現の自由を同列に語るつもりはありません。

テロ行為は何があっても許されることはない。

だけれども、風刺画を描いた人間が、「信条を変えるつもりはない」と
発言していることに対して、表現の自由を振りかざした表現のテロ行為
であると私は感じます。

そんなもので信条を語って欲しくないものです。

こちらの人間性には不快感を覚えます。

学校がなくなる・・・大卒業式を若者たちが企画しています!

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今日の午後、お寺に3人の若者が来られた。

実は、私が通っていた八東中学が、この3月をもってなくなってしまうのです。
市町村合併による統合がその理由です。

その中学校がなくなる前に、若者たちが中心となって「八東中学校大卒業式」
を開催する準備をしています。

男性お二人は、その実行委員の方で、女性の方はその取材で来られた、日本
海TVの松岡アナウンサーです。

坊守は、松岡アナウンサーにすぐに気が付いた。
さすが、newsEVERYの看板アナウンサーだけに、とても美人でしっかりされ
た方でした。

やはり自分たちが過ごした中学校がなくなってしまうのは寂しいものです。
そして旧八東町だけに、八東と言う名前がいろんな場所から消えて行く。
小学校や保育所も無くなれば、地図から八東と言う言葉が消える。

かろうじて、若桜鉄道の八東駅が残ることとなる。

市町村合併の一番の問題点は、従来の地名などが全部なくなってしまうこと
だろう。

これから生まれてくる子どもたちは、八東と言う名前さえ知らないまま大きくな
るのです。

私の場合は、丹比小学校なので、これからは駅名くらいでしか使わなくなるで
しょう。

60数年の歴史の中の、卒業生を対象にした大卒業式。
様々なイベントを企画し、お店も出店するとのこと。

また、公開授業も行うということで、そのうちの1限を私が受け持つことっとな
った。
その打合せで、今日は皆さんがお寺に来られました。
町おこしで、やずブータン村の講義になるかな。

地元を愛するが故の行動でしょう。

卒業生に関わらず、どなたでも参加できるということです。

ぜひ皆さん、参加してみてください。
もちろん私の30分の授業も受講ください。


「イスラム国の正体」という講演会に行って感じたこと!

鳥取市内で、「イスラーム国の正体」という講演会がありました。

アラブ地域を実際に歩かれた方の講演でしたので、この機会にぜひ
聞いておこうと思い、出かけてきました。

私自身、イスラームにはとても興味がありますし、好きな宗教です。

私が会社を辞め、仏教の勉強を始めたとき、「インド仏教の滅亡」とい
うテーマを調べたことがありました。
そのときに、イスラームのこともかなり調べたことがあります。

やはり宗教って、様々な所でつながっています。

民族系と普遍系の宗教が混在している中で、普遍系である仏教、
キリスト教、イスラームの三つの関係性も面白いのです。

今日のテーマは、「イスラーム国の正体」でしたが、話しの内容は、
その背景にあるものを歴史的に順にお話しをされて行きました。

とても分かりやすいお話しだったと思います。

やはり、実際にアラブ地域を自分の足で歩かれている方の話しなので、
話しがとても面白かったですね。

2時間という短い時間だったのですが、今回の人質事件でのイスラーム
への誤解が生じないように、という思いが強く伝わってきました。

今回の人質事件を決して許すことはできないけれど、でも一方的に
イスラム国を批判することもない。

その背景から、歴史的な事実を積み上げながら、そして宗教的な見方
までコーランを読みながらの解説でした。

また機会があれば、ゆっくりと話しを聞いてみたいなと思える内容。

急きょ開催された講演会でしたが、参加して良かったと思うものでした。

風になびくタルチョ・・・経典は世界へと舞う

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今朝はかなり冷え込んだ寒い日だった。

厳冬の中、タルチョが風になびく、そしてそこに込められた経が空中に舞う。

空はどこまでも続いて行く。

雪の空であろうが、曇りの空だろうが、たとえ砂漠の空であろうとも。

そこには、「生けとし生けるものが、しあわせであるように」と。

それは、すべての存在に向けられるのです。

仏教の教えには戦うことは説かれていません。

でも、ただ非戦と声高く唱えるだけで良いかというと、そうではない。
経典の一節だけの話ではないのです。

意識を高く持ち、戦うもの、戦わざる者、すべての心の安らぎを願うのです。

もちろん武器を持つ側を支持することはない。
ただその心に思い至ることも大切なのだと思います。

世の中は不合理である。
その中で、すべての人々は迷いの中にいるということ。
そこに導きがある、はたらきがあるのです。

一方的な価値観で、善か悪かを決めることは無理がある。

正義はあくまでも、片方の側の立場に立っていると言うことも、理解しておか
無くてはならない。

現代における正義と価値観は、その歴史の中で勝者によって作り出された
ものであると、知っておくことも大切だ。

人は有史以来、闘いと殺戮を繰り返してきている。
その負の連鎖をどこかで止めることができたなら・・・。
その努力は忘れてはならないだろう。

でもそれに宗教も加担してきた歴史があることも、決して忘れてはならない。

今は、たまたまその縁がないだけのこと、人は立場や環境が変われば、どん
なことをするかもしれない存在でもあると言うことなのです。

何かを考えるとき、その立場は、いのちの大地に足を付けるということ。

それが、「存在の大地」なのでしょう。



仏教はFREEだ!

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おそらく日本ほど宗教に寛容な国はないと思う。

なぜなら日本人は宗教に対して警戒心はあるけど、宗教に対してこだわりは
ないだろうから。

基本的に、Non-Policyだから。

これって悪いように感じるけど、実はけっこういい感じだと思います。

宗教間の対立はあるけど、日本人にはそれは理解できない。

その理解できないってことが大切だって、最近はつくづく思う。

理解できないってことは、相手が何物であっても関係ないということ。

そこに、イスラームとかキリスト教とか仏教とかの壁がないのです。

今、日本だからこそできる事ってあると感じます。

さあ、これから何を始めようか・・・。

そんなことさえ思うのです。

その上に、仏教はFREEなのです。

これ以上の環境は、世界のどこを探しても、日本以外にない。



イスラム国に思う・・・。

イスラム国と言う名を知ったのは、最近のことです。

アラブ諸国の中で、知らない内に力をつけ、その影響力を大きくして
いる。

宗教は、本来人々に平和をもたらすものであるということ。
これは幻想にすぎないと私は思っています。

宗教って、本来わがままなものではないでしょうか。
それは何故かと言うと、神や仏がいても、それを使うのは人だから
です。
人の手にかかると、さらにそれを組織が運用するとなると、ということ
です。
人や地域や言葉や習慣によって、その宗教観も変わってくる。
それが権力や国と重なるとさらにである。

世界で一番の平和主義者であるとも言える、ダライ=ラマ猊下でさえ、
中国と言う国との問題を、ただ平和的に解決できることもない。

これは、宗教と言っても個人個人ではなく、教団や組織という存在が
あり、そこに他の組織と軋轢や利害関係が発生するから。

そうなると、宗教は決して平和の使者ではないと言うことが分かります。
キリスト教徒にとって正義の様に語られる十字軍も、立場が変われば
見方も変わる。
その背景にあるのは、実際は正義でも何でもない。
南米では神の名のもとに、侵略と殺戮があって、キリスト教国になって
いるという現実。

平和な日本では、宗教と言えば怪しいものくらいにしか感じられません。
もしかすると必要ないもの、その程度でしょう。

でもところが変わると、宗教は生きる意味そのものであり、アイデンティ
ティーそのものになることもあります。

また、宗教は民族で変わることが多く、民族間の対立が、さも宗教間の
争いの様に見えることもあるでしょう。

世界には不合理なことが多くあり、国や地域や人々の格差も大きい。
金持ちや利権を持っているものと、そうでないものとの争いは続く。

そこに、ロシアや中国など、資本主義社会とは一線を画す国もある。
思惑が大きく違うし価値観も違う。

さらにそこに、石油や武器と言う資本主義社会から持ち込まれた利権
によって、対立がさらに激化して行くのです。

9.11の問題、結局そこにイラクは関係なかった。
化学兵器も一切発見されなかった。

一つの国の政権を、あっさりと葬り去った結果が、この事態を招いてい
る。
一つを取り除けば、そこに新たな勢力が出て来るだけのこと。
一つの国や組織を責めること、ただそれだけでは問題は解決しない。

イスラム国を擁護するつもりはありません、でもそこに根差す問題を考
えなくては、同じことは繰り返されるでしょう。

持つ者と持たざる者。

もちろんそこに宗教的な背景も当然あります。

どの宗教にしても、教団と言う組織ができた段階で、内部矛盾を抱えて
いる。

誰が善で誰が悪か?

そんな問題ではないように思うのです。

情報化社会によって、テロや戦争も新時代に突入した。

正義だと思っていたことが、一瞬にしてバッシングを浴びることもある。

宗教も、どれが良い宗教で、どれが悪い宗教と言うこともない。
本来は、ただそこに教えがあるだけなのです。

日本においても、この20年でイスラム教徒は2倍に増えていると言う。
キリスト教徒は決して増えてはいないのに。

それでも、今回拘束されている、日本人ジャーナリストの二人は、何とか
無事に帰ってきてほしいものです。

それだけは宗教者として、私は願っています。
少なくとも、宗教は本来戦いのためのものではないと思っています。



中垣顕實氏を迎えての報恩講と講演会

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2014年11月25日、ニューヨーク仏教連盟会長の中垣顕實氏をお迎えして、
光澤寺の報恩講を勤修し、夕方5時からは講演会を開催致しました。

ニューヨークでは様々な活動をされておられ、仏教のアピール活動や地位
向上の努力を続けておられます。

そんな中垣さんが帰国されるのを知ったので、宿坊にお招きすることから、
今回の流れへと続いて行きました。
せっかくおいでいただくのであれば、ぜひお話しをお聞きしたいとの思いか
らでした。
快くお受けいただき、感謝しております。

夕方5時からの講演会は「卍とハーケンクロイツ・・・隠された十字架と聖徳
の光」です。
氏の研究テーマであり、その著作でもある卍についての研究です。

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3連休の最終日、それも夕方5時からの講演会。
様々な行事が八頭町内外で開催されていた様ですが、それでも30名以上
の方にご参加いただきました。

卍はナチスドイツのシンボルマークとして、欧米では悪の象徴の様に嫌わ
れている。
ところがこの卍の歴史はとても古く、吉祥の印として各宗教に使われている。
キリスト教の国でも第二次世界大戦以前は幸せの印として使われていたの
です。

それが終戦後は、欧米ではこのシンボルマークはナチスの象徴としてしか
見られなくなったそうです。

日本ではお寺の地図記号として当たり前に使われており、お寺には普通に
卍を見ることができます。

ただし、その起源や意味を聞いてもそれを応えられる僧侶はいません。
要は意味を知らないでこのシンボルマークを使っていると言うのです。

今回の講演会では、その意味するものを聞くことができた。

私としては僧侶と言うこともあったでしょうが、とても興味深いお話しをお伺い
することができました。

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中垣さんとのご縁は、私が5年前にニューヨーク本願寺を訪ねたときからです。
そのときは、夕方から行われたニューヨーク仏教連盟の定例会にも参加させ
ていただいたことを覚えています。

人生には様々な出会いがある。

中垣氏は梯先生との出会いが大きかったと仰られていました。

出会いによって、人は人生の方向の角度が変わって来るのだと思います。


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ニューヨーク仏教連盟会長 中垣顕實氏トークショーのご案内

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現在ニューヨーク仏教連盟会長を務める中垣顕實氏が来日中です。

この滅多にない機会にと、宿坊光澤寺では氏をお招きしてトークショーを開催
致します。

11月24日午後5時~6時30分
会場は鳥取県八頭町にあります宿坊光澤寺です。
【お問合せ】 ☎0858‐84‐1650

入場無料で駐車場もご用意しています。

中垣氏はニューヨーク本願寺の住職を15年務められた後、再度大学に戻られ
ニューヨーク神学校で伝道博士号を取得されるなど、今なお精進されておられ
ます。

ニューヨークでの活動は、9・11同時多発テロの追悼灯ろう流しをハドソン川で
行ったり、広島・長崎追悼法要も毎年ニューヨークで開催されています。

今回のトークショーのテーマは、氏の著作である「卍とハーケンクロイツ」・・・
隠された十字架と聖徳の光です。

このテーマの真相を確かめるため、日本~アメリカ~インド~トルコ~アウシュ
ビッツまで足を運んでおられる。

そこで顕かになった真実とは・・・、とても興味深い内容です。
ぜひこの機会に宿坊光澤寺に足をお運びください。

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卍は私のお寺の瓦にもあります。
日本では特に何も思わずお寺のマークと思っています。

しかし欧米人にとってはハーケンクロイツを連想させるシンボルとして忌み
嫌われていると言うことをご存知だったでしょうか。

ぜひ聞いていただきたい講演だと思います。

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秋は宗教的感覚が深まる・・・宗教脳が活性化する

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山里の秋が深まって行く。
今年はその速度が少し早い様だ。

ビジネス脳と宗教脳のことをブログを始めた頃に書いたことがある。
この二つの思考回路はやはり違いますね。

ビジネス脳が活発に働いていると、宗教的な思考はやはり薄れて行きます。

ビジネスと宗教は違うと言うことが、これでよく分かる。

秋が深まってくると、次第に宗教脳が活性化してくる。

仏教のことを考えるとき、やはりいつでも一緒ということはない。
思考が深まりやすく、仏教書や宗教書を読みたくなるタイミングがあるのです。

現在はamazonがあるので、仏教書や専門書が手に入りやすくなりました。
でも以前は、東京や京都の専門書店でも欲しいものが中々手に入らなかった
のです。

ですから仏教書を買うときは、そのとき読まなくても気になったものがあれば、
とりあえず買っておくと言う感じだった。
そうしなくては次にいつ手に入るか分からないからです。

そうして買っておいた専門書を読むタイミングが来るのです。
タイミングでないときは、読んでいてもそれほど感じることは少ないですが、
宗教脳になっているとき読むと、感覚が全く違ってきます。

それは年齢によっても違います。
宗教的感覚は、人生を経て培われて行くものなのでしょう。

私が書くブログでも、やはり季節によってその傾向があるかも知れません。

秋から冬にかけて、特に宗教的感覚が増して行くのではないかと考える。

親鸞聖人も、比叡山時代や越後に流罪となった時期、雪の中でその思考を
深くされたことがあったかも知れません。

そして年齢とともにその思考を深めて行かれる。
60を過ぎて京に戻られたのも、その思考をまとめてしっかりと残しておきた
いという思いではなかったか。
整理する上で、京でなければ読めない書物や情報、そして感覚があったの
だと感じます。

和讃は晩年まで書き続けておられます。
有名な恩徳讃も晩年に書かれたものです。

人にはそれぞれのタイミングと言うものがあるのでしょう。

世界の歴史には、若き天才たちがたくさんいます。
早逝している人もいて、その才能が惜しまれる人もたくさん。

でもその方たちが長生きしていたとしても、若き日に残した以上の作品を
残せたかと言うと、そうではないかも知れないと感じる。

そんなことも思ったり・・・。

人にはそれぞれに、生きる意味があるのでしょう。


宗教は束縛するものか、解き放つものか・・・。

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宗教は束縛するものか、それとも解き放つものなのか・・・。

他の宗教はともかく、仏教は解き放つものですね。

でもいろんなお話しを聞いていると、とても仏教とは思えないことが多いのも
事実です。

たとえば日本の宗派仏教のお話しを聞いていると、そんなことが多いですね。

普段は、いろんなことを言う僧侶や檀家さんやご門徒さんがいても、そうです
かと流して行きます。

でも、そのことで悩んだり苦しんでいたりする人がいれば、話しは違います。

浄土真宗でももちろんありますが、他宗派の方のお話しを聞くこともあります。

その悩みや苦悩を受けとめてもらえなくて、ずっと心に抑えている人もいる。
そんな方はそれがずっと心の苦しめていたります。

お話しをしていると、実は・・・と、話し始められる。

えっ、そんなことで苦しんでいるのですか、と言うことが多い。

そんなときは、こうお伝えしています。

「それは仏教にはまったく関係ない事です」とか、「そんなことはありません」
と言い切ります。

もちろん背景や仏教的見地として、私自身が説明できると言う前提です。
そうでなくては、無責任な発言になってしまうからです。

ただ、思い込みや、この宗派はこうでなくてはいけないとか、本当に根拠の
ないことが多い。

そんなことって、実は仏教的ではなかったり、宗祖の教えから外れていたり
関係ない事が本当に多いのです。

「そんなことありません」とお伝えすると、思わずこみあげてくる涙を抑えら
れない方もいらっしゃいます。

本当に単純なことに束縛されていたのです。

宗教ってそんな一面もあります、心を解き放つべきものが、逆に心を束縛
していたりするのです。

こうだと決めつけているようなことは、十分に気をつけた方がいいですね。


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宿坊で体験に浸る・・・瞑想はセラピーです。

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今月から新しい会社に勤められるそうです。
そのまえの時間を利用して、宿坊に来られました。

宿坊では体験をできるだけしてみたいとのことでした。
一泊二日と言う時間の中で、写経と瞑想にしっかりとしていただくことに。

写経はゆっくりと丁寧に書かれていました。
そして願いは「自由自在」とあった。

これって仏様のお姿のこと、つまりはたらきですね。
阿弥陀如来のはたらきは、自由自在なのです。

ご自分の心を解き放つ、って感じなのかなあ。

外国にも行かれていますから、宗教のことにも興味を持つようになったと言われ
ていました。
外国では当たり前のように宗教の話題になるそうです。
今まで日本では経験していないことだったので、少し気になるようになった。

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写経の後は、瞑想を少しだけ。

座り方から、心の静め方、呼吸法などをお伝えする。
一日目は、夕食までの時間でしたので、瞑想の基本を。

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お香を焚き、最初なので瞑想用の音楽を掛けて体験に入ります。

すんなりと瞑想のスタイルを取られて、スムーズに瞑想に入って行かれました。

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夕食後は、お仕事とか旅行の話しをたくさんお伺いしました。
私も、宗教のことをイスラムやキリスト教を中心に、お話しをした。

ユダヤ教とキリスト教そしてイスラム、もちろんそこに仏教の話しを織り交ぜな
がら、夜遅くまで話し込んでしまいました。

真夜中にお風呂に入ると、そこにはまさに仲秋の名月がくっきりと出ていた。
きっと名月を眺めながら、ゆっくりとお風呂に浸かっておられたでしょう。

二日目は読経の後、瞑想をしっかりと体験されました。

世の中に瞑想ってたくさんあります。
料金の高いものから願望をかなえる様なものまで、千差万別です。

でもアメリカで心理療法やセラピーとして取り入れられているのは、テーラワー
ダ仏教に伝わる瞑想法です。
瞑想の基本ですし、心を静め解き放つと言うことがその中心にあります。

ですから瞑想を始めようとされるときは、十分に気をつけた方が良いです。

私のお寺での瞑想は、あくまでもセラピーが中心にあります。
仏教的な心の背景はお伝えしますが、仏教的な悟りの境地を目指す訳では
ありません。

瞑想はそれで十分なのです。

費用もかかりません、体験料はすべて宿泊料の中に含まれています。
なので安心です。

でも瞑想自体は決していい加減なものではありません。

本当の自分と言うものを認識し、心を静めて行く。
そして観察に移って行きます。

最初にこれだけで15分も座ると、心の安らぎが全く違ってきます。

特に付け加えるなら、瞑想は決して自分の願望を満たすものではありませ
ん、その願望をありのままに見つめ、手放して行くことなのです。

その辺りをしっかりと感じておくことが必要ですね。

基本を知っていれば、いろいろなものに惑わされることがなくなります。

瞑想を初めて体験されるときは、安心できるところで体験してくださいね。

それが大切です。


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イスラーム腕時計に続いて仏教徒腕時計はないの?

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イスラームの民、いわゆるムスリム(イスラム教徒)。

ムスリムのための腕時計が、日本のカシオから発売されている。
いまアラブではこの時計が大ヒットしているらしい。

ムスリムには五行が課せられている。
それを守ることがムスリムの証でもある、コーランで説かれていること
なので、絶対でもある。

その中でも一日五回の礼拝は、日々のとこですから大変になってくる。
世界中どこにいても、必ずメッカのカーバ神殿を向いて礼拝しなくては
ならないのです。
この方角のことをキブラといいます。

方角を間違ったら意味がない、モスクでは必ずこのキブラを向いて礼拝
する様にできているが、海の上とか知らない町とかでは方角が分から
ない。
その為のコンパスは必需品であろうが、時間は太陽によって違うので、
その季節によって礼拝の時間が変わる、これでは世界中で正確に把握
するのが困難だということでしょう。

そこにこのカシオの腕時計が発売された、それはヒットすることが約束
された製品でもあるのです。

ラマダン(断食)も分ったりで、ムスリムにとってはこの時計が必需品と
なるのでしょう、特に旅をする人にとっては。
礼拝の時間と方角が見れば分かるのですから。

もちろん日付も、イスラム歴が分かるようになっているそうです。
イスラム社会ではキリストの西暦ではなくイスラム歴が重要なのは察し
がつきます。

これらの機能には、かなり高度が技術が使われている。
カシオでなければ作れなかったでしょう。

この時計を見てうらやましく思いました。
仏教徒にはこんな時計はないなあ。
世界共通の礼拝とか儀礼とか行がないから、必要ないといえばそれま
でですが、何か仏教徒向けの時計がないかと考える。

暦は仏歴があります、でも仏歴は国によってまちまちで、これも統一さ
れていない。
朝のお勤めの時間もお寺や僧によって違うでしょう。

せめてお釈迦様の記念日が分かるような、後は何か仏教的なものを
取り込めると、意外と買う人がいるかも知れない。

そんなことを、この時計を見ながら感じたのです。

宿坊でインドとアーユルヴェーダについてお話しする。

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今日は、ゆっくりとお一人で宿坊の体験に。

インドから一時帰国されているのとお聞きしました、インドにはご主人のお仕事
の関係だそうです。

写経を体験してみたいとのご希望でした。
ただインドではヨガやアーユルヴェーダを学んでおられるそうなので、いろんな
ことをお伺いしてみました。

僕も一度はインドに行ってみたいなと思っています。
もちろん仏教遺跡を周ってみたいのですが、それ以外にもインドには興味があ
ることがたくさん。

ヨガのことやアーユルヴェーダのことを聞いていると、とても良さそうだと感じた。
特にアーユルヴェーダは、一度真剣に勉強してみたい。
宿坊の新しい展開があるかもしれないなと感じた。

ただ、ヨガにしてもアーユルヴェーダにしても、インドと日本ではかなりイメージ
が違うのだそうです。
どちらかというと日本では、エクササイズや癒し系エステのイメージがあります
が、インドではそうではないのだそうです。

インドに行かれてからは体調がとても良いのだそうだ。
空気感なのか、身体に合うのか、精神的にリラックスできるのか、おそらく周り
の方々も驚いていることでしょう。

インドの話しもたくさんお伺いし、僕は宗教的なことや仏教のことなどを中心に
お話しさせていただいのだが、仏教のことも含めてとてもよくご存知でした。

年内にはもう一度帰国されるということなので、そのときはアーユルヴェーダや
ヨガのことをたくさん聞いてみたいと思った。

短い時間でしたので、お話しをしていて写経をする時間が少なくなりました。
ちょっと申し訳なくも感じましたが、私としてはインドの話しが聞けたので、有り
難かった。

ここで聞いた話を、さも自分が行ってきたかのように、皆さんにお話ししますよ。


宿坊光澤寺のHPはこちら!

鳥取環境大学の方々と・・・仏教をテーマに広がる世界がある。

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今日は鳥取環境大学の先生と研究室の学生さんたちが光澤寺に来られました。

鳥取環境大学は、「人と社会と自然との共生」を目指して!、をテーマにしている
大学で、環境マインドを持った学生を社会に送り出すことを目指しています。

環境と言っても様々な分野に及びますが、建築のなかでも寺社建築を研究テーマ
にしておられるそうです。
昨年はみなさんでブータンに10日間程度行かれたそうです。

寺院の莫高窟等の研究ということで、私も興味を感じているテーマでもありました。

様々な研究を通して環境を考えて行くのも面白いと思います。

近くにある大学でも普段はあまり縁がありません。
でも様々な面で関係することもあるなと、あらためて感じます。

これから宿坊ややずブータン村構想の中で、いろいろ連携ができたら面白い。
そんなことを感じた一日でした。

大谷探検隊や鳩摩羅什のことまで話しが及びました。
先生も仏教文化や歴史にとても造詣が深い方でした。

仏教については、その教えだけでなくその周辺、歴史や文化や民族など研究テーマ
がたくさんあります。

それも仏教の魅力の一つですね。

今日は瞑想などの修行についてもお話しを聞くことができました。
また他宗教との違いなどもお話しした。

その中で、日本と外国の仏教は違うけど、同じってことを感じることが多いですね。

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偶像崇拝・・・不可称・不可思議・不可説

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偶像崇拝については宗教によってその考え方が変わる。

宗教の違いだけでなく、同じ宗教でも宗派によっても変わるのです。

たとえば神教であるユダヤ・キリスト・イスラームはどうか。
大きく分けると、ユダヤとイスラームは偶像崇拝をしない。
その宗教的施設であるシナゴーグやモスクに神の像はない。
イスラームは偶像崇拝禁止であるので、その扱いは徹底しています。
キリスト教も元々は偶像崇拝をしていなかったが、ローマ・カトリック
ではイエスやマリア像を崇拝するようになる。
特にニケア宗教会議以降、イエスも神と一体となったので、その傾向
が強くなったのでしょう。
ただキリスト教では宗派によってその考え方が変わるので、一概には
言えない。

その神の考え方として、すべてに共通するものは、神をどう表現でき
るかということ。
本来神とは、「不可称・不可思議・不可説」の存在であると言うことです。
これは、神を表現することは、それを譬えることもできなければ、想像
することもできず、それを説明することもできない。
神とはそういう存在であると言うことです。

コーランに忠実なイスラームでは、それは絶対である。
そして一神教では、神という存在は他にはいない、よってキリスト教の
偶像や仏像は、その侵攻によって破壊されることが多いのです。
イエスはあくまでも預言者の一人であって、決して神ではないと言うこと、
そしてその神を表現することは許されない。
ユダヤ教も十戒で偶像崇拝は禁止されているし、プロテスタントの教会
にはイエス像やマリア像はない。
元々キリスト教は偶像崇拝は禁止であったのです。

では仏教ではどうだろうか。
仏教でも元々は偶像はなかったであろう。
ただ釈迦が入滅したのち、その釈迦を崇拝する目的で釈迦像が造られ
て行くこととなる。
初期に仏教が伝えられた東南アジアでは、仏像と言えば釈迦像しかない。

仏像はインドのマトゥラー、そしてギリシャのヘレニズムと融合したガンダ
ーラを中心に発展する。
仏教では教義的には、本来必要なものではないでしょう。
お釈迦様も現在の様なことは想像していなかったに違いない。
ただ想定外というだけで、絶対的に禁止と言う訳でもなく、インドのバラモ
ンやヒンドゥー文化の影響を受けて以降は、特に密教系ではヒンドゥーの
神が仏像として扱われており、様々な仏像が生み出されて行くこととなる。

その密教の前に、インドで展開した大乗仏教の系譜として、北西インド中
心に発生した大乗仏教運動はガンダーラそして中央アジアからシルクロ
ードを経由して中国に伝わって行く。
その中で、大乗仏教は仏像が造られ発展して行くので、ギリシャ彫刻の
影響を多大に受けることとなる。

その経過の中で菩薩像や如来像が発生して行く。
その存在を表現するためには、仏像の存在がどうしても必要不可欠であ
っただろうと想像できる。
お釈迦様を永遠且つ超越した存在として、仏像にその思いが込められる。
そしてその中に阿弥陀如来の存在があります。

現在のアフガニスタンやイランの周辺は、古代より宗教の発生地として
知られているところである。
たとえばゾロアスター教などが挙げられるが、元々神の存在として光が
ある。
その光の存在は、ユダヤからキリスト教にも影響を与えていると言われ、
インドの光の存在であり奈良の大仏の元となったヴィシュヌ神もその影響
もあると言われています。

阿弥陀如来は光を象徴している。
おそらく仏教伝播の経過の中で、北西インドであったアフガニスタンやイラ
ン周辺で発展したのではないかと言われることがあります。

それぞれの宗教の神や仏は、元々同じ存在だったのではないかというこ
とも考えられなくはない。

そしてもう一つ、阿弥陀如来の存在を言い表すとき、その存在は「不可称・
不可思議・不可説」であるのです。
本来、神や仏の存在とはその様なものかも知れません。
とても衆生の側で表現することなどできないものでしょう。

それほど尊く畏れ多いものとしての存在なのです。

日本には阿弥陀如来の信仰が深く根付いており、各宗派でも本尊として
扱われることが多い。
そこには、それぞれの阿弥陀如来の存在と本尊としての存在を、教義で
説き明かさなくてはならない。
それはここで話してきたこととは、また関係ないところである。
それぞれの宗教や宗派の立地点でもある。

それは浄土真宗においてもそうである。

蓮如上人は、ご本尊を「木像より絵像、絵像より名号」と言われた。
名号が一番尊いのだと。
ただ、そこには様々な背景があってのことだと思われます。
現在の西本願寺の御本尊は木像である、名号ではない。

浄土真宗を学ぶとき、このご本尊の存在をどの様に捉えるのかを、根底
に持っておくことが大切なのです。
でなければ、間違った解釈をご門徒の方々に伝える結果となる。

ときどき浄土真宗の僧侶の方で、間違ったご本尊の話しをされていること
を聞くことがあった。
ご門徒さんはそれをそのまま信じられるのですから。


自分には嘘をつけないからこそ苦しむ。

「人の嘘は見破ることは難しい。」
でも、「自分の嘘は自分で分かってしまう。」

そう、人は自分に嘘はつくことができないのです。


昨日ワイドショーで記者会見を見ていた。

新垣さんの記者会見である。

何故この時期に公表するのかと言った質問もあった。

おそらく、最初はちょっといい話であったのでしょう。
小遣い稼ぎくらいの感覚、それがあれよと言う間に世間の評判になり、
そして一大ブームになる。

これはある意味、これに関係した二人の協業があって初めて成り立つ
ものなのでしょう。

一つには佐村河内氏と言う人の存在。
自分にはできない才能を他に依存する代わりに、自分という存在を
プロデュースし、架空の人間を演じ切ると言うこと。

そしてそれを作曲と言う作業の中で、自分の才能を世に出せると言う、
新垣氏と言う人の存在。

この二つがこれほどマッチすることは何だろうと思う。
ある意味、意図的に作られた企画であれば大成功のはずだった。
ただストーリーは、佐村河内氏によって思わぬ方向へ進んでしまう。
佐村河内氏は現代のベートーヴェンとまで称されてしまう。
この感覚の中ではもう後へは戻れない。

そこで新垣氏の葛藤が始まるのでしょう。

佐村河内氏の独壇場である時は良かった。
ただそこに義手のヴァイオリニストとオリンピックの高橋大輔選手が関
わることになる。
やはり公表するのは、オリンピック後ではさらに問題が大きくなったと
思う。
まして高橋選手がメダルを獲ったあとなら、そのメダルを貶めることに
さえ発展しかねないのだから。

どこかの段階で、新垣氏は背中を押されたのだと思う。
それは誰だったのか、そして自分自身と。

人は他人に対して嘘はつき続けることができる。
墓場にさえ持って行くのだ。

でも自分で自分に嘘はつけない。
なぜなら自分はすべてを知っているからです。
ここで問題なのは、それを自分が許せるか許せないかです。

中には嘘をついてもまったく気にしない人もいる。
というより嘘の世界と現実の世界の価値観は変わらないと言う人。
嘘の世界もその人にとっては現実の世界と思えてしまう。
その人なら罪悪感はない、佐村河内氏はどちらかというとこのタイプかも
知れません。

その対極にいるのが新垣氏ではなかったのか。
いつの間にか、嘘の世界の側に自分がいることに気づく。

自分で自分を責めるときは厳しい。
自分の心の中でくるくる回って行くのです、それも誰にも言えないこと。

そんなとき、どこかでその心を解き放ってあげる必要があります。
もしかすると世の中すべてが敵に回るかも知れない。
でも自分に嘘をつき続けるよりはいい。

こんなこともあります。
あるとき自分の中にこんな心があったのかと気づくとき。
その心を自分自身が受け入れられなかったとき。
それは苦しみに変わります。
その心を知ってしまった自分に気づくと、自分自身の良心の呵責に耐え
切れなくなるのです。

やはり自分の心を解き放ってあげる必要があります。

そして自分自身を自分自身で受け止めてあげなくてはなりません。
なぜなら自分を本当に許すことが必要なのは、自分自身であるからなの
です。

そのときに支えてくれる存在があれば助かります。

もちろんそれは誰か、自分のことを冷静に見てくれる人。
そして受け止めてくれる人。

宗教的に見て、仏教的に見て、その感覚が強くあるのは浄土真宗かな
と感じています。
自分自身の内面を見つめて行く、それは仏教的な側面がある。
その中でどうしようもない自分自身に気づかされる。

それを解き放つのは親鸞聖人の教えかも知れない。

苦しみの中で自分を見つめ、そして光に出遇うのだ。

その光は、やはり他力なのだと感じます。
それが本願他力なのかな。

そこに心の解放がある。

心を解き放つのが仏教なのです。

何かあれば行ける場所もあった方がいい。
そんなときは、心が弱っているので、信頼と安心のある場所でなくては
いけない。
そんなことにつけ込む方々は本当に多いから。

安心のできる場所、宿坊光澤寺はそんな場所だったりもします。

あなたがそれを望むなら。


中村元記念館に行ってきました。

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昨日は江津市で研修会に出席した。
その夜はさすがに一気に鳥取まで戻るのはしんどかったので、松江に一泊
することにした。

そして21日は、松江から大根島を通って境港に抜けることに。
松江は以前会社員をしていたとき、支店長として4年間暮らしたことがある。
懐かしさもあるが、夜の松江を歩いていると、街の感じは変わったような気
がします。

朝、八束町の通称大根島を抜けるとき、中村元記念館の横を通る。
私は気づかずに通り過ぎようとしたのだが、一緒に乗っていた坊守が、中村
元記念館があったと言った。
山陰教区の寺族婦人会の研修でここに来る予定があり、それで名前を知っ
ていたのです。
僕は、前から中村元記念館ができたことを知っていて、いつか行きたいと
思っていたのですが、実は松江市内にあるものと思い違いをしていた。

中村元氏は島根県の松江市のご出身である。
島根県からは仏教や浄土真宗に関わる方が出られる土地柄なのでしょうか。

えっと驚いて、あわててUターンをしました。

記念館は、旧八束町役場の二階にあった。
それほど規模は大きくはなく展示品も少ない。
ただ、中村元氏といえば日本の近代の仏教界においての巨星である。
日本の仏教史や仏教学は中村氏から大きく変わって行ったのです。
それほどの影響力のある方の記念館としては、やや質素である。

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でも仏教学やインド仏教史に興味のある私にとっては、そんな質素な記念館
でもとても興味深いのです。

入場料も無料でした。

なんとなくその空気に触れるだけでも楽しい時間でした。
ただ、あまり仏教に詳しくない方や興味のない方にとっては、何の感想もない
記念館であるでしょう。

館内ではビデオの上映もされていた。
そこで中村氏が仏教のことを話されていましたが、私がいつも宿坊に来られた
方にお話ししている仏教の話しとほぼ同じような内容を語っておられた。
そんなときに自分自身の仏教の見方を確認できるのも有り難いのです。
自分自身の考えをお話しするのだが、中村先生のお話しと同じであれば、私
の話すことも間違いないなと思うのです。

入場料の代わりとして、中村元氏の著書を二冊買ってみた。
またゆっくり読んでみます。

私が仏教の空を学ぶとき、じっくり読んだのが中村元氏が中心となって編纂
された「ナーガールジュナ」でした。
結構難しい内容でしたが、当時のインドにおける中観派の流れや日本におけ
る空と釈尊の縁起の違い等大変参考になったのを覚えています。

とにかくインド仏教を学ぶには中村元氏の著作は欠かせないものですね。

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心のコンパス・・・いつも人生は未知との遭遇

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生きてるだけでいいじゃない。

今、生きてるってことが分れば。

でも生きてるときはそれを感じていないんだ。

だから生きてることに気づけばそれでいい。

じゃあ生きるってどんなこと。

それはいのちが生まれて死ぬまでの時間。

そう、いつか死ぬいのちを生きている。

それは限りあるいのち。

限りあるいのちに気づくことが、生きているということを僕に教えてくれる。

今のいのちを知ることは今生きているってこと。

だったら、そのいのちをどう生きて行くのか。

それを決めるのは今の自分。

いつもそう、それを決めるのはいつも今の自分なのだ。

じゃあどっちを向いて生きて行くのか。

何を頼りに生きて行くのか。

それを決めるのは、すべて心だ。

ではその心をどう整えて行くのか。

その答えは宗教にある。

そして仏教ある。

私にはお釈迦様と親鸞聖人がいる。

宗教とはそんなものなのかな。

この前見た映画でこんなことを言っていた。

「心のコンパス」ってこと。

それに対して、コンパスは方向は指し示してくれる。
でも途中にある、沼や谷や崖のことは教えてくれない。

沼や谷や崖をどう乗り越えて行くのか。

そこに宗教の意味があるのかも知れない。

いつも人生は未知との遭遇であるのです。

なぜなら、今のいのちは一度しかないから。

無宗教観について・・・日本人だけじゃないのかな。

外国人の方々と話していて最近ふと感じたことがある。

意外と宗教を決めていないとか無宗教って答える人が多いということ。
私は、キリスト教国の方々でしたら、クリスチャンだろうと思って話しを
してたりするのですが、意外とそうじゃないのです。

無宗教化であったり、宗教は分からないというのは日本人の特有の
感覚かなと思ってたりしました。
でも外国でも最近はそうなのかなと思ったりしています。

もしかすると、家に伝わった宗教と言う感覚は薄れてきていて、自分の
宗教は自分で決めるということがあるのかも知れません。

アメリカの寺院の僧侶の方と話しをしていて、ロスとかではいろんな宗教
の施設を周る人が多いと言うことを聞いたことがある。
その中で自分の気に行った宗教や施設を探しているのだそうだ。

NYの本願寺でも、アメリカ人の方が結婚式を挙げることもあるそうだ。
大きな事件や災害があったときは、宗教に関わらず近くの宗教施設に
集まって祈りを捧げる。

そういった意味では日本人の無宗教観とは違うかも知れません。
祈りとかの行為は大切にしている感じがします。

ただお寺離れとか宗教離れとか、日本で言われているようなことが外国
でもあるのでしょうか。
フランスでも若者のカトリック離れは深刻とも聞いた。

現在は各宗教の情報があふれていて、従来の様な家の宗教と言った
ものでは納得しないのかも知れません。

そう言った面では、世界的に仏教が注目を集めているのも分かるような
気がします。

日本も世界も含めて、宗教的な動きが起きているのかも知れない。

本当に自分にとって必要なもの。

自分が受け入れられるもの。

自分のスタイルに合うもの。

そんな感じでしょうか。

仏教の立ち位置について。

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「法を見るものは縁起を見る」

これは仏教の教えの根本を説いたものです。
法とは、仏の教えであり仏教的真理のこと。

つまり仏教の基本的な立ち位置は縁起に始まり縁起に終わる
ということです。

縁起の基本は、二つある。
一つには、「この世に常住不変な存在などない」ということ。
つまりすべてのものは変化して行くものであるということになり
ます。
それを人に当てはめると、人は生を受けたなら必ず死ぬのだと
いうことになります。
これが仏教で語られる「生~老~病~死」の四苦から、人は逃
れることはできないと知るということ。

もう一つは、「すべてのものはその関係性のみによって存在す
る」ということです。
これは、この世にその存在だけで成り立っているものはない。
ということです。
すべてのものは関係し合って初めて存在するのです。
ということは、ものごとには因があって初めて果がある。
因が無ければ果はないと言うことになります。
これは因果律につながるものであり、この世の存在について語ら
れています。

では仏教ではそこから何を導き出すのか。

それは、死を見つめ受けとめると言うことになります。
死を知ることで、今の生を知ることになります。
今生きているいのちに目覚めるということです。

将来が果であるとしたなら、今がまさに因となると言うことです。
つまり果から因を見つめて行くのが仏教であるなら、死をみつめ
ることで、今の因を生きると言うことになります。
限りあるいのちに気づかされ、残されたいのちを、あなたはどう
生きて行くのかと問うのが仏教のスタンスですね。

そしてそのいのちは、多くの周りの存在によって支えられているの
だと言うことに気づかされる。

そう気づかされたとき、あなたはどうその尊い命を生きて行くのか。
そう問われているのです。

そう感じたとき、あなたの気づきがあなたの将来の果となるのです
よ。

仏教の基本的な考えを今日は書いてみました。

この縁起から外れていたなら、それは仏教ではないと言うことです
ね。


光澤寺のHPはこちら!












「宗教って何?」・・・そして神とは、鳥取因幡組連研。

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今日は鳥取因幡組の連研、第11回目です。
第七期も残すところ12月のみになりました。

会場は鳥取市にあるお寺さん、街中ですが駐車場も完備され、会場も
エアコン完備で設備の整ったお寺さんです。
納骨堂も新築され、今度は通夜用の会館も建てられます。
いよいよ鳥取市内にもオールマイティーの寺院が誕生ですね。
時代に必要とされるお寺の先端を行かれています。
私のお寺とは環境が違いますが、目指している方向性は似ています。
ただ山の中のお寺ですから同じことはできない、自分に合った方向性を
目指すしかありません。

さて連研は、実際の講義は今日が最終となり、12月は皆さまのお一人
ずつのお話しと、修了証書授与、そして記念講座となります。

記念講座は、龍谷大学教授の早島理先生です。
仏教哲学と生命倫理がご専門、現代の医療の最先端を仏教的見地から
お話しいただきます。

今日のテーマは、問題提起が「宗教って何?」でした。
午後の講義は「神とは」。

日本人って宗教が苦手です。
でも宗教って本来人間にとって必要なものです。

その中で、宗教や仏教、そして神の問題を皆で話し合います。
それぞれの概念は幅広く深い、とても一回の講義で説明できるものでは
ありませんが、参加者の皆さんが改めて考える場となれば良いなと思って
います。

浄土真宗にとって、身近な問題としては「神棚」や「靖國問題」などがありま
すが、それぞれの思いや考えがあるので、簡単ではないですね。

ただ最後に行き着くところは、私にとって本当に必要なものは何か。
と言うことに尽きると思います。

さて参加者の皆さんはどの様にお考えになられたでしょうか。



降臨  光輪

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今日はご年配の女性二人と坊守と私、四人で鳥取ジオパークをドライブ。

夕方に鳥取砂丘に立ち寄りました。

そこには沈みゆく太陽の光が雲の合間から降り注いでいた。

そのときの気持ちは、降臨ってこんな感じなのかなと思っていた。

自然の創り出す光景はときに人のこころを圧倒する。

その力にただ感謝したくなると言ったことがあるのだろう。
そこに言葉はないのだ。

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空の青、太陽光線、吹すさぶ風に舞う砂。

どれもが混ざり合い融け合い、ひとつのシーンを生み出す。
そして次の瞬間にはもう違うシーンとなっている。

ただ写真だけがその瞬間を切り取るのだ。

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ある人はそこに神を見るのかも知れない。

あるときは阿弥陀如来の光を感じるのだ。

そこには、たとえ自分は毒の中に身を沈めようとも、人々を救済する
という意志があるのだ。

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今日の砂丘でのその姿にただじっと見つめるしかない私がいた。


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五木寛之氏 「親鸞 完結編」が始まった。

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各地の地方紙で、五木氏の小説「親鸞 完結編」の連載が始まった。

歴史上の人物のイメージ。
それは作家の作品によって作られることが多いのではないか。

最も典型的な例は、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」かも知れません。
この作品で、坂本竜馬人気は決定づけられた。

もう一つは、NHKの大河ドラマ。
日本人の一般的な歴史観は、このドラマによって影響されていると
言っても過言ではない。
ただし、大河ドラマが与える影響はとても大きくて、実際の史実や
背景から逸脱しているものがイメージとして作り出されることがあるで
しょう。
特に宗教的や民衆運動的な背景はカットされているか、もしくは本質
とは違うイメージを作り出していることが多く、いつも微妙である。
貴族や武将からみた歴史観でしかなく、本当は民衆が作り出してきた
歴史がその背景にあるといつも感じてしまうのです。
それでは視聴率が稼げないという理由と、宗教はドラマにならないし、
批判につながると言ったことでしょう。

親鸞というテーマではたくさんの作家が取り上げている。
また大河ドラマにはならないので、特定の作家イメージが作られるこ
とはない。

作家ごとの親鸞像が描かれている。
ですからこの本は、あくまでも五木寛之氏の親鸞なのでしょう。
あくまでもフィクション、ただし時代背景はおさえてあります。

五木氏の親鸞は、その時代の民衆の立場から描かれています。
それがいかにも親鸞のみたその時代を映し出すからでしょうか。

激動の時代、飢饉と戦乱、念仏の弾圧。
民衆が打ち捨てられていた時代、そこに個を見つめる鎌倉仏教が
必然的に登場する。
その鎌倉仏教の中でも、影響力は少なく、京からもはるか遠い関東
での伝道布教。

その時代の僧としては、ほとんど顧みられなかった。
でも時代にしっかりと種を蒔いて行かれた、その姿を描きたかった
のかなとも感じる。

歴史は決して、貴族や有力武将が作り出したものではない。
そこに民衆と宗教が大きな役割を果たし、影響を与えてきたのです。

中世以降、民衆の存在意義を問う機運と浄土真宗のみ教えが一体
となって行く。
その種まきをしている親鸞の姿、それがこの小説には感じられます。
そしてイメージ作られてきた親鸞の姿を別の角度、五木氏の目線で
語られている。

それはそれで、一つの親鸞像として面白いのではないでしょうか。

苦悩のときを過ごしてきた作家たち。
その先に親鸞聖人のみ教えに出遇われるのでしょう。
書かずにはおれない気持ち、そんなことを感じます。

卍とハーケンクロイツは、宗教者にとって必読の書ですね。

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卍とハーケンクロイツ(卍に隠された十字架と聖徳の光)

ニューヨーク本願寺前住職である、中垣顕實氏の最新著作を読んで
みました。

本当は街の本屋さんで買いたかったのですが、何分山の中のお寺な
ので注文して取りに行くのも一苦労。
なのでamazonで購入いたしました。

値段は少々高いですが、内容は読みごたえ十分です。

卍と言うから仏教的な本と思われるかも知れませんが、ハーケンクロ
イツですから、どんな展開かと思わせられます。

僕にとって、宗教における仏教の位置づけを別の角度から推考できた。
ちょっと自分で分からなかった部分を、かなり補うことが出来ました。

また最近、仏教を中心にキリスト教やユダヤ教、そしてイスラームのこと
などを質問を受けることがありましたが、それに対しての自分自身の考
えの裏付けにもなりました。
現代の宗教学に対して楔を打ち込む書でもあります。

私たちは、戦後に教えられたこと、聞いたことが全部正しいと思っている。
でもそうじゃないと言うことがたくさんある、それをまざまざと見せつけら
れたと言った感じ。

ひいては、キリスト教が神学として成立するために、どの様な行動をとっ
てきたのか、ユダヤ人への欧米人の対応がよく分かる。
そして、ヨーロッパ人の宗教学は、意外と19世紀以降に成り立った学説
によって、それが定説の様になってきた経過がよく分かります。
それを私たちはさも当たり前の様に記憶していることが多い。
その中途半端な知識が、自分たちの目を曇らせてしまう。
宗教や仏教は、時代が進むとともに、新しい発見や事実が積み重なって
まったく違うものになっているので、注意が必要ですね。

ユダヤ人の大虐殺は、実は当時のアメリカおよびヨーロッパの社会が
それを許した側面もあると言うことも、本書を読んで行くうちに私は感じ
ました。
それとともに、聖なる印であった卍が、欧米社会から抹殺される。
卍は、すべての宗教において、第二次世界大戦までは聖なる印であっ
たのです。
卍に罪を押し付けることによって、キリスト教は十字架を守った。
本来、ナチスのハーケンクロイツは十字架そしてイエスを意味してした
かも知れない。

そして、ナチスの主義であったアーリア人主義の背景も漠然としていた
ものが、かなりはっきりと理解できた。

中垣氏の論は、私が上記に書いたものとまったく違うのかも知れません。
ただ、従来の私の宗教的、そして仏教的理解の上に、氏の内容を重ね
ると、その様なことも感じられたのです。

仏教者そして宗教者にとっては、必読の書であると思います。
従来とは違う視点で、卍や仏教、そして世界の宗教を見ることができます。

是非読んでいただきたい一冊ですね。

久々のキリスト教での結婚式・・・仏前結婚式を考える。

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昨日は今年のGWでは珍しく好天に恵まれた。

妻の姪の結婚式に出席した。
最近は僧侶の結婚式が多いので、仏前結婚式でした。
昨日は久々に、結婚式場だったのでキリスト教式。

まあこれも気軽で良さそうかなと・・・。

おそらく牧師さんなのかな、参列者はそんなこと考えてなさそう。
神父さんであろうが牧師さんであろうが、キリスト教なら一緒って。
式も終われば、牧師さんも関係ないと言った感じでした。
特に誰とも挨拶するでもなく帰って行かれる、お声掛けしようかと思うが、
とりあえずそのまま。

もしかすると、葬祭会館でのお葬儀もそうなっているのかも知れない。
ただ僧侶が来て、何か儀式をして読経をすればそれでいい。
終わった後は、僧侶が誰であろうと関係ないのでは・・・。
僧侶はそそくさと帰って行く。

葬儀もただの儀式化して行けば、お寺との関係も希薄化してしまう。

まあそれは別として、寺院でも結婚式をして行こうと考えている。
葬儀も行うけど、結婚式も行う。
普通は、両方って避けられるけど、教会も寺院も本来は両方執り行う。
それが普通。
生と死、どちらも一体です。
どちらにも関わって行く、それがいいな。
多くの先祖に見守られながら、新しい道を往く。

久々のキリスト教式の結婚式は軽やかで華やかさはあるなと。
お寺とかだと、ちょっと重々しいかも。
何て考えながら、自分なりの企画を考えている。

宿坊もあるので、今までとは違った感覚の結婚式ができるかも。
そう感じています。
従来の形式にとらわれなくてもいい、ただその良さも残しつつ。


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宗教と道徳って・・・。

宗教教育と道徳教育

日本の教育では、宗教が遠ざけられてきた。
道徳教育も、一時はなくなっていた。
最近は道徳教育は復活する兆しがあるが、宗教教育に関してはあまり
進展は見られない。

道徳とは生活の規範の様なものでしょうか。
これはあるときには、為政者によって都合付けられることが多々ある。
たとえば戦前の日本の教育の様なものでしょうか。

道徳は真理ではありません。
なぜなら、時代・地域・民族等によってみな価値観が違うからです。
特に権力者によって大きく変えられてしまう。
また立場や社会環境によっても全く違ってきます。
ある面では仏教的と言うよりも神道的と言った見方もできるかも知れ
ない。

儒教などは道徳に近い、なぜなら為政者のための教えであるから。
たとえば日本では江戸時代に朱子学として権力者の側の教えとして
隆盛を成す。
江戸時代は仏教学者と朱子学者は反目していた。

宗教はと言うと、その宗教によっても違うと思いますが、基本はいのち
をテーマにする。
生活規範と言うよりも、いのちそのものの存在なのだと感じる。

宗教とは癒しだけではない、ときに大きな苦を強いるものでもあります。
また、生活をも脅かすものであったりします。

ただ、いのちを包み込むものであったり、人間の存在証明であったり。

一見、不合理にさえ感じることさえあるかも知れない。
ただ人間が生きて行く上で、絶対に解決できない問題や、心の問題
まで問いつめて行くと、そこに仏教があったりする。

このようにみると、宗教と道徳は似ている面もあるが、本質的には違う
ものであるといえるでしょう。

これからの日本には、宗教教育も必要な時代が来ると思います。
特に少子高齢化や独居化の社会において、宗教は不可欠な存在と
なってきます。
それは生活規範だけでなく、心の問題が大きくなってくるから。

そのときに、現在のお寺が受け皿となることができるでしょうか。
もしくは新しいお寺や僧侶の動きが出てくるのでしょうか。

私は後者だと思っています。


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日本人の宗教理解

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日本は諸外国から侵略を受けることが少ない。

その結果、宗教的な侵略を受けることも少なかったと思います。
神道は、古代のシャーマニズムやアニミズム的なものから諸外国の
影響を受けながらも日本的な発展を遂げる。

仏教も新しい文化として日本に取り入れられ、日本的な発展を遂げ
た。

江戸時代の檀家制度によって、仏教はその経営基盤を整える。
これは良い面も悪い面も内包しながらも、現在までその影響力はあ
るでしょう。
神道もしかり、仏教文化を結果的には取り込みながら、棲み分け的
に日本人の精神的基盤となっている面もある。

ただし、諸外国の様に宗教的侵略や宗教的紛争に巻き込まれたこと
は、あまりないのです。
つまり、宗教に対して免疫力が弱いのだと思います。

諸外国は、侵略を受けていることが多い。
過去には、侵略の大義名分として宗教が使われていた。

外国では、宗教が民族のアイデンティティーであったり、存在証明で
ある。
宗教を信じることは当たり前であり、それぞれの紛争の中で、宗教的
感覚はデリケートなものであると認識している。

NYなどのアメリカでは、小学生くらいから宗教教育は行われている。
それは、各宗教とも偏らず理解を深めようとしています。
キリスト教やイスラーム、そして仏教の教会へ行き、社会見学の様に
学ぶのです。
災害や戦争、テロなどの痛ましい出来事があったときは、宗教施設
にお参りして祈ることは当然のように行われる。
キリスト教徒が仏教寺院で祈りを捧げることも普通です。
それぞれの宗教理解の元に、宗教を超えて祈りを捧げる。

そして、あるときは宗教観の違いで、結果的には民族間の争いにも
なる。

つまり宗教的な発言は、非常に大きな意味を持つことになります。

日本では宗教的な発言はほとんどなく、また重視もされない傾向に
あると思う。

今回、オリンピックの誘致活動で猪瀬知事が問題発言をしたと話題
になっています。
その内容の詳細や経緯が分からないので、この件へのコメントはでき
ませんが、あそこまで問題になったのですから、不用意な発言があっ
たのは事実でしょう。

このあたりも日本人の宗教理解の未熟さが出ていると思います。
まして、絶対的存在であるアッラーを引き合いに出すなど持ってのほか
です。
中途半端な宗教理解が、今回の問題を引き起こしたのだと感じます。
日頃も、宗教的な感覚はあまり持ち合わせていないのかも知れませ
んね。

世界を知ると言うことは、宗教を避けては通れません。
日本人は、世界に出て行こうとするなら、宗教教育を充実させることも
大切だと思います。

宗教が、ときに危険性もはらんでいることを知っておくことも大切なこと
かも知れません。

この様な点でも、宗教と道徳は異質なものだといえるでしょう。


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春雪と紅梅・・・それぞれの宗教観を想う。

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今朝は春雪でした。

紅梅にもうっすらと雪が積もっている。

山里の梅は少し遅めです、でも蕾が目立つようになってきました。
この時期、山里では雪と梅が同時に楽しめることがあります。

山里ならではの風情ですね。

どちらも季節感がたっぷり、日本人の心にあるものです。

アラブであったり、インドであったり。

やはり季節感のあまりない国と日本では、宗教観も大きく違ってくる。

イスラムが日本では根付かない様に、日本の仏教もアラブでは広ま
らないのでしょう。

宗教は、やはり環境にも大きく左右される。

同じ仏教でも、国や地域、民族によって大きく変わるでしょう。

日本の仏教は日本の国で醸成されたものです。

やはり風土と日本人の感覚に合っているのでしょう。

アラブの砂漠の中で、春雪と紅梅と言っても想像がつかない。

逆もまたしかりである。


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宗教と常識の間。

公立学校では、宗教を学ぶ機会はない。

これだけたくさんの宗教があって、多くの問題があるけれど、そこ
には触れないで、宗教的に無防備なまま社会に出て行くのは、本当
は厳しいことなのかも知れません。
なぜなら宗教とは、それを使う側によって、都合よく利用されることが
あるからです。

ところで、最近の学校教育では、道徳を学ぼうとする流れもあるそう
です。
注意しないといけないのは、道徳もあくまでも時の権力に左右される
ものである、と言うことを念頭に置いておかなくてはならない。
つまり時代によって変わるものと言うことです。

たとえば、戦前・戦中・戦後で価値観が変わる様なものです。

これは常識についても同様です。
私たちが、いま常識と思っていることは、実は日本の今という場所で
しか通用しないと言うことです。

外国に行けば、日本の常識は通用しないこともある。
また、時代によっても常識は大きく変わります。
もちろん、日本の中でも常識は人によって変わる。

これらを一つの価値観にはめ込むのは難しいと言うことです。

その様な理解の元でなければ、間違ったことになることもあります。

教育とは、影響力が大きいだけに、注意をしなくてはならない。
それが昨年から続く、いじめや体罰の問題につながって行く。

これらのことは、教育の体制側の人間の常識が、いかにおかしいか
を表している。
世間一般の常識ともかけ離れていても、その枠内にいる人間は、そ
んなことは意に介さない。
自分たちが正義だと信じ込んでいるのです。
その様な方々に、道徳教育をお任せするのもどうかと思うのですが。

この様に、道徳や常識は、それを操作する人間によっていくらでも変
えることができるのです。
あるときは、それが戦争につながることだってある。
靖國問題もそこに問題がある。

ただ、戦没者のご遺族の方々にも、いろんな価値観がある。
だからこの問題は解決しない。
解決できないものを、解決しようとするところが問題なのかも知れない。

宗教と一括りにしても、たくさんあり過ぎて、すべて同じ括りにはでき
ないけど、たとえば仏教を考えてみる。

時代の流れはあるにせよ、その教えはずっと変わらないものです。
仏教は2500年前の釈尊の教えを基盤としている。
その教えは、時代が変わっても、国が変わっても、社会が変わっても
基本的には変わらないものです。

ただその仏教も、時の権力と結びつくと、思ってもいない方向に行く
こともあります。
ときには、釈尊や宗祖の教えと全く違った方向を向いていることも。

ですから、仏教も権力と一線を引いておくことが肝要です。
宗教は、社会の中にあるけれど、その教えは常識や道徳とは違う
ものであるということ知っておかないといけないと思う。

それが、あるときは宗教弾圧を生むことにもなります。
時の権力者にとって都合の悪いものであったときです。

浄土真宗本願寺派においては、「教章」という基本理念が少し前に
変えられた。
それは時代に迎合してきた本願寺派が、そこに一線を引いておくと
言う意志表示だったのかも知れません。
今でもたくさん残っていますが、時代や道徳に迎合したものが、たく
さんあります。
大切なことだとしても、それは仏教とは違う場所で語られるべきでしょ
うね。

「浄土真宗の生活信条」などは、そうかな。
研修のときは唱えますが、個人的には唱えません。
何となく聞こえが良くても、それは釈尊の教えでも、親鸞聖人の教え
でもなく、だれかが都合よく作ったものだからです。
最後の最後、「社会のために尽くします」という言葉。
親鸞聖人はこの様なことは仰られないでしょう。
たまたま結果が、そうなると言うことだろうと思うのです。
最初からこのように唱えたのでは、教義的におかしくなるのでは。

まあ、連研担当としては、微妙な所ですね。
何事も、自分に置き換えると。

まだまだ日本には、戦前・戦中の価値観が色濃く残っているのでしょう。
それらがすべて悪いと言うことでなく、仏教とはそれとは一線を画す
ものであると言うことだと思います。

時代や権力に迎合した宗教は、時代や権力の終焉とともに、衰退して
行くでしょう。

でも仏教は、2500年の間ではあるけれど、その教えは連綿と受け継
がれてきているのです。

似て非なるもの、仏教と道徳などはそういうものかも知れませんね。

ただ、僧侶が自らを聖の側に置いていただけではいけないということも。
その眼は、常にその時代に苦しんでいる人々を向いていることが大切
ですね。
そこで、教えと向き合っていなければならないと思う。

そこが、明恵上人と親鸞聖人の決定的な違いであるでしょう。

法然上人は、それを親鸞聖人に託されたのだと、私は感じます。

親鸞聖人が浄土真宗と言われた、その背景が。



悟りを得ることは、自分自身の判断による。

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信心を得る。

それは一体誰が判断するのでしょうか。

誰かに、あなたは信心を得ています、と言われても戸惑うでしょう。

信心は、あくまでも自分自身のことです、他人に判断してもらうこと
ではありません。

仏教の世界で、悟りを得ることもそうです。
釈尊の時代に試験などあった訳ではありません。

あくまでも自分自身の判断によるものです。

もし、あなたは悟りを得たとか、信心を得た、と言った類のお話しが
あったとすれば、それはまったく意味のないことになります。

なぜなら、自分の心がその境地に達していないのに、悟りを得てい
ると言われても、嬉しくはないでしょう。
まして、悟り得ていないのに、悟りを得たと言っても、何の得にもな
りません。

信心だって、自分自身が救われていなければ、勝手に信心を得た
といったところで、何の救いにもなりません。

もし、悟りや信心を他人が判断しているとすれば、それはお金儲け
のためでしかないと思うことです。

もちろん戒名だってそうですね、そのこと自体には何も価値はない。
ただお寺の護持発展には役立っているかも知れませんが。
少なくとも仏教の目的ではありません。



ダイバダッタとユダ。

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ダイバダッタは、仏教において敵である。
ユダはキリスト教において裏切り者である。

でも今もインドには、ダイバダッタの流れを汲む宗派があると言う。
ユダも、本当はイエスから裏切り者としての役割を与えられた。

それぞれにそんな歴史がある。

ダイバダッタは、仏教の教えを説くために、その役割を演じたのか。
本当は、厳しい戒律を守り通したグループだったと言う。
それが、いつか仏敵の扱いを受けるようになる。

ユダが裏切り者として扱われることによって、イエスが十字架に掛り、
その後に復活を果たすのだ。
ユダの行為が無ければ、ここまで劇的なお話しにはならない。
ユダの福音書は抹殺されたとも・・・。

ダイバダッタが悪役になることで、釈尊の教えをひろめる。
そのダイバダッタは、仏であったのだ。

そこには様々な解釈がなされる。

真の相をどこに見出すだろうか。

宗教や宗派では、抹殺される存在、封印された存在、敵とされた存在、
いろんな存在があるだろう。

その存在に目を向けてみるのも、面白かったりするのだ。

歴史は、その後の勢力によって作られていくのでしょう。



年末年始は、イタリアン精進料理をいただく。

精進料理
      (宿坊研究会堀内氏撮影:宿坊光澤寺 イタリアン精進料理)

托鉢では、出された物はいただくのです。
ですから、お釈迦様の時代、僧侶はいろんなものを食べていただろう。

決して肉や魚を食べなかったということはない。

現在でもインドでは、ベジタリアンが多いと聞く。
レストランや飛行機では、ベジタリアンかどうかを確認する。
決して、仏教がベジタリアンだと言うことはないのである。
どちらかといえば、他の宗教者の方に多いのかも知れない。

タイ寺院に行ったときも、信者の方々が料理を持ち寄る。
それを僧侶が最初にゆっくり食べる。
それを皆は食べ終わるまで見つめておられた。
タイ料理は香草が使われている、何でも使ってあったと思う。

タイの僧侶は一日一食。
ゆっくり食べ終わった後、皆はその残りをいただく。
残りと言っても、キレイに食べているので、別に問題はない。

精進料理とは、いったいどこで発達したのだろうか。
どちらかといえば、日本なのかな。


まあそれは良いとして、宿坊では精進料理も希望に応じてお出し
しています。

特に、精進料理では珍しい、イタリアン精進料理も。

今年からの宿坊ですが、このイタリアン精進料理が好評なのです
宿坊には、お昼だけ精進料理を食べに来られる方々もいらっしゃい
ます。

レシピは、本願寺が出しているものですが、季節感を出したり、地元
の新鮮な食材を使っている。
やはり食材で料理の味は大きく変わります。

その点、鳥取は魚介類から野菜、お肉まで地元の新鮮な食材が簡単
に調達できます。

来年はさらに工夫を重ねて行こう。

年末年始は、ちょっと心と身体を整えて行く。
精進料理で過ごす、お正月も良いかも知れない。


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ホワイトクリスマス IN 光澤寺

DSC_0003 (9)

今日はクリスマス・イヴ。

朝起きたら、一面が真っ白になっていました。
ホワイト・クリスマスですね(イヴですが・・・)

朝は、「讃仏偈」と「らいはいのうた」をお勤めいたしました。

こちらは、神様ではなく阿弥陀様のお経です。

でも、他の宗教の神様の誕生日ですから、そちらも敬い讃嘆させていただく。

南无阿彌陀佛は、あらゆる仏様や神様も尊ばれるものです。

南無阿弥陀仏を称えながら、神様にも敬いの気持ちを・・・。

そんなクリスマス・イヴの朝のお勤めでした。

朝の冷え込みは厳しかったな。

でも仏様の思いを受けとめる朝のお勤めのあとは、やはり清々しい。

今日はイエス=キリストさまも一緒に見守ってくれているだろう。


寂しさと孤独、そしてヴァーチャルとリアル・・・それに応えるもの。

DSC_0030

人は寂しさと孤独の中に生きている。

それを打ち消すかのように、人を愛し、仕事をする。
そして懸命に生きるのだ。

でも、ときとして猛烈な孤独感が襲ってくる。

だから誰かとつながっていないと、不安でしょうがなくなる。

そして言いようのない不安の中で、何かを人は求める。

現在は、その感情がビジネスの主流になっている。
たとえば、携帯電話、誰かとつながっていたい。
そんな人間の根源的要求が生み出したもの、それはインターネット。
元々はアメリカの国防の観点から生まれたサービスです。

それを媒体にして、急激な展開を見せる。
そしてSNS、Twitter・MIXI・facebook、誰からもメッセージがないと不安。
ブログもそう、誰かに思いを伝えたい。

歌もそう、「つながっている」とか「絆」というフレーズが多い。

でも、それは時に人を傷つけ、自分を傷つける。
自分でも制御できないのだ。

そう言ってる僕も、こうしてブログを書いている。
やはり誰かとつながっていたいのかな。

ヴァーチャルとリアル、その関係性も微妙な状況になっている。
経済だってそう、実体とはかけ離れていいる、だけど成立している。

そこに必要なものは何か。

不安定なネットワークを、しっかりと支えるもの。

それは、真理を見つめる心でしょう。
つまり仏教は、それに応え得るものだと思います。
それは、科学の急激な進歩や、経済の急速な拡大、そして減衰。

すべてにちゃんと整合する。
科学の発展によって、仏教的真理が揺らぐことはない。

仏教離れ、葬式離れ、お寺離れ、ということは仏教的本質から関係ない
所でのことなのだ。
要は、仏教そのものではなく、仏教を商売としているところでのお話しなの
だと。

ネットワークの急速な発達、それに私たち人間が右往左往している。
使いこなしているようで、そのものに囚われているのだ。

本質的な部分、つまり心の部分でCOOLになる必要がある。
それには、そのネットワークから距離を保ったところに、自分を置いておく
必要があるのです。

仏教も、そろそろ本質的な部分が必要であるでしょう。

そういえば、ファイティングだったスティーブ・ジョブスも仏教徒だった。

熱く燃えるその中心に、しっかりとした揺れ動かないものを持っておくこと。
それが大切なのかも知れない。

それが仏教であるとしたら、それはとってもCOOLでHAPPYな様な気がする。
でも、それは本物の仏教であることが大切だけどね。

僕がお寺で目指すもの、それはお寺がそんな仏教の場所であること。
いつかは宗派を跳び越えて、仏教寺院ですといえるようなお寺。

だって目指すは涅槃、心の静寂な状態。
この厳しく、不安定な、そしてでも捨てがたいこの社会を生きて行くために。


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経典はどう語り継がれて来たのか。

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いったい、経典はどの様に伝えられたのか。

釈尊の頃は紙もありません、そして言葉もバラバラです。
今でも、インドにはたくさんの言語や方言が存在しています。
もちろん当時は英語の様な共通語もありません。

ですから、当時はすべて口伝です。
大切な教えとして、人が伝えつないだのです。

それには、教えを聞き、記憶する人が必要でした。
その一番は、そう多聞第一と言われた、釈尊の従者であった阿難です。
阿難は、悟りに到達するのは遅かった、でも記憶力は誰にも負けない。
仏教教団の中で、釈尊の従者になるには最適であった。
そして、悟りには遅かったため、とにかく真面目に正確に、自分の考え
を挟むことなく、正確に釈尊の教えを聞き留めたのでしょう。

これが、仏典結集のときに大いに力を発揮する。
阿難がいなければ、仏典結集は成立しなかったかも知れないのだ。
なにせ、釈尊は弟子にひとりで伝道に向かわせる。
常に釈尊の傍で教えを聞ける弟子は、阿難以外誰もいないのだから。
弟子と言うより従者的な面が強かったので、それも都合が良かったで
しょう。

そして教えは経典となって、どの様に伝えられたのでしょうか。
先ず経典として登場してくるのは、阿含経典や法句経などがあります。
もちろん、それと日本にある阿含宗とは全く関係ありません。
また、部派仏教のなかで、それぞれの経典(経・論・律の三蔵)が編纂
されて行く様になる。

経典は、当時のインドの一方言であったパーリ語などで編纂されます。
石碑に刻まれたり、そして木片に書き、その木片を紐でつないだ経典
が作られる様になります。
それがスートラと呼ばれ、今の紙の経典もその形式で、折りたたみ式に
なっているものが多いですね。
口伝の頃と違って、記録に残せるようになったのです。
それらの経典が、アショーカ王の下、伝道布教によってスリランカや
現在のエジプトまでもたらされたのです。
そして、スリランカには当時のパーリ語の経典が残っていると言われてい
ます。

大乗仏教になると、バラモンの言葉であった、サンスクリットによって編纂
されるようになります。
ただ初期の頃にはまだ紙がありません。

逆に言えば、紙でできた経典は、経典がインドから中国に伝わることに
よって、経典に紙が積極的に使われる様になったのかも知れません。
その後、中国の経典が、インドに逆輸入されたりもしているのです。
紙は中国の蔡倫によって、紀元後1C~2C頃に発明されたとされます。

大乗経典も原始経典も、インドで仏教が完全に滅亡し、破却・焼却されて、
それも現代まで長期間忘れ去られていたのです。
ですから経典もなく、記憶もない状態が続いています。
ですから周辺の遺跡や、周辺国の経典や遺跡から推測することしかでき
ないのです。
あとはインドで奇跡的に残った、仏教遺跡からの推測です。
ですから、経典や仏教の歴史など、すべて推測でしかありません。

釈尊の教えに近いとされている原始仏教経典も、釈尊の直説との確証も
なく、大乗仏教経典もまたしかりです。

ただ、お互いに影響を与えながら、多くの国、多くの民族、多くの言語、多
くの僧侶、多くの人々によって、経典は語り継がれ、書き写されて現在に
至っているのです。

それは、釈尊への思いが強く込められたものです。
ですから、どの経典が仏説で、どれが非仏説だと言う議論は、現在では
あまり意味を持ちません。

それぞれの思いをしっかりと受けとめ、しっかりと受け継いで行くことが、
大切なことなのだと思います。


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