
インドにおける仏教の滅亡には様々な要因があるでしょうし、いままで述べて
きたこと以外にも大きな要因があるかも知れません。
ただどちらにしても複合的に重なって滅亡へと進んで行ったのでしょう。
でも、どれか一つをとっても、いづれは滅亡する運命であった様にも感じます。
インドの北東部には、インド滅亡後も密教は残っていましたが、地理的考える
と昔のインドと言う訳ではありません。
またインド内部にもほんのごく少数の仏教徒が残っていることもTVで見たこと
があります。
ただどちらをもってしても、インド仏教の滅亡を覆すような状況ではないと考え
ます。
インドで仏教が復活するのは、第二次世界大戦後のインドの独立を待ってか
らとなります。
これは、インドカーストの枠外に置かれたアンタッチャブル(不可触民)出身の
アンベートカルの登場を待ってと言うことになります。
アンベートカルはインドがイギリスから独立したときの初代法務大臣となり、カ
ースト制度の撤廃に尽力した人ですが、あの有名なガンジーと激しく対立した
ことでも有名です。
その対立は、ガンジーは独立に際してカースト制度の存続に肯定的であった
ことにあります。
アンベートカルはカースト制度の撤廃なくして真のインドの独立はないと譲らな
かったのです。
初代法務大臣となったアンベートカルは、カースト制度の撤廃を法律で定める
ことを成し遂げましたが、ヒンドゥー教の教えが根付いているインドでは法律で
決まっても実際の差別は無くならることはなく、現在に至っても厳然と続いてい
るのです。
アンベートカルはヒンドゥー教があるかぎりカーストは無くならないと考えて、民
衆30万とも50万とも言われる人々を引き連れて、1956年仏教徒に改宗し
ている。
アンベートカルはこの集団改宗のすぐ後に亡くなっている。
その後も集団改宗を行っているが、まだまだインドでは少数勢力である。
これには差別に対する社会保障が、仏教徒に改宗すると受けられなくると言う
様なこともあるそうです。
もちろんさまざまな社会環境が整っていないと言う面もあるでしょう。
このアンベートカルは日本では仏教界でもあまり知られておらず、取り上げら
れることも少ない。
ガンジーの方がはるかに有名なのである。
仏教国である日本が支援してもよさそうですが、この運動には関わっていない
ですね。
その理由は、大乗仏教至上主義だった日本は、小乗と呼んでいた上座部へ
の改宗であったことや、下層階級出身者だったことなどと推測される。
まあ日本の仏教界と言えば、世界宗教者会議で当時の日本の仏教代表が
「日本には一切差別はない」と発言する様な体たらくな世界だったわけでもあ
ります。
アンベートカルにはイスラームやキリスト教からの誘いもあったようですが、仏
教がインドで誕生した宗教であることなどから、仏教徒への改宗を決めたので
す。
アンベートカルはこの様な誓いがあったそうです・・・
「ビシュヌ・クリシュナなどのヒンドゥーの神は信じません、ブッダがビシュヌの
化身とは信じません。人間を差別するヒンドゥー教を否定しブッダの教えを信じ
ます。」
因みに、ガンジーは「カーストは自然な秩序だ」として、アンベートカルに対立
して断食を敢行したということです・・・。
このアンベートカルの集団改宗を以てインド仏教の復活と言えるかどうかは微
妙です。
決して教えが復活したわけではないのでしょうから。
現在でも仏教徒に改宗した人々はインドのごく少数の人たちだけです。
ただこのことが一つのきっかけとなり、仏教が見直されることになるときが来る
かも知れません。






