宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え

今日は「歎異抄講座」の日でした!

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今朝は鳥取市のNHK文化センター鳥取教室に出かけた。

昨年9月から始まった講座、4月から後半に入ってますが通算8ヶ月目です。
ここ数ヶ月は毎月新しい入会者が増えています。
今日もお一人新しい方がいらっしゃいました。

途中からでも受講者が増えるって、なかなかすごいことだなあと感じています。

と言いながらも、私の講義はなかなか進まないのですが。
いつも、あちこち話が飛んで、「歎異抄」自体が前に進みません。

そんな今日の講義も、新しい方々がいらっしゃるので、今までの振り返りを
しました。

6月は、一気に第一条~第十条まで読んで行きたいと思います。
そこで「歎異抄」の全体の流れを感じていただきたいですね。

ただ本だけ読んでも、内容は伝わりにくい。
親鸞聖人の教えや浄土真宗の知識を交えながら、進めています。
皆さんの感覚は、お一人お一人違うと思っています。

それぞれに感じていただければ良いかなと思っています。

第一期が9月で終了します。
第二期はもうないだろうなと思っていますが、どうでしょうか?

もちろん受講したいと言う方がいらっしゃって、NHK文化センターさんが
開講されればもちろん続きます。






『歎異抄講座』は、第三条の悪人正機。

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昨年10月から始まった、NHK文化センターの『歎異抄講座』。

2月で5回目の講座となった。

今回のメインは、「第三条」いわゆる悪人正機。

この書物を代表する部分。
この一条があって歎異抄が多くの人に支持されているのだと思います。

「善人なをもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや」。
善人でさえ救われるというのなら、悪人こそ先に救われる。
これは親鸞聖人の教えがパラドックスである、言われる代表だろう。

でもこれは、元々パラドックスでも何でもないと思う。
親鸞聖人は心からこう思っていると思います。

なぜなら自ら善を積む人は、自分こそ救われると思っている。
阿弥陀如来の本願はすべての人に向けられている。
そこには、自分は救われないと思っている人こそ、その願いに出遇えるという
ことだろう。
そしてその願いを心から受入れることができるのです。

ここでいう善人とは、「自力といふは、わが身をたのみ、わがこころをたのむ、
わが力をはげみ、わがさまざまな善根をたのむひとなり」とある。

これって一般的な仏教とは正反対に見えるので、パラドックスと言われるのだ
ろう。
でも仏教的に見ればどうかといえば、親鸞聖人の教えの方がお釈迦様に近い。
つまり自分と言う意識を捨て去って行く事につながる。
現在の日本仏教の多くは、お釈迦様の教えを説いているようで、逆のことばか
りやっている。
つまり自力作善の行ばかりなのです。

そこで親鸞聖人は、行を阿弥陀如来の側に移すことで、他力を徹底させようと
したのではないか。
どちらにしても、陥りやすい思考を簡単に手放すにはどうしたら良いかという
事なのだと感じます。

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ここの写真にあるのは、本願寺派の「浄土真宗聖典」。
日本の仏教界において、ここまで教義をまとめた書物はないでしょう。
浄土真宗、その中でも親鸞聖人の教えを識るのにこれほど適した書物はない。

本願寺派の特徴がここに顕れているのです。
私が講義を受けた部分は、すべてマーカーを引いている。
さらにポイントや関連部分などをコメントに書いています。
これがあるので、後からそこを探すときに見つかりやすい。
さらにはポイントがよく分かる。

中央仏教学院、安居専修科、宗学院別科、布教使研修など講義を受けた所は
すべて引いてあります。
逆に言えば、それ以外は先生があまり言及していないということにもあります。
何度も引いたところには、それだけコメントがあるのです。

自らの足跡がそこにあります。

宗教にしろ浄土真宗にしろ、その道は死ぬまで続いているのだから。


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ありのままに・・・救い。

ありのままに救う。

阿弥陀如来の本願である。

煩悩を煩悩のままに・・・。
そこに救いがあるのだと思う。

宗教とは、道徳でもなく法律でもない。
そのいのちを見つめる。

もちろん苦しみから解き放たれるにはどうすれば良いか。
それは四諦八正道に示されている。

それでも、どうしようもない自分がいる。
そこを見つめたときに始めて親鸞聖人の教えがあるのだろう。

自分を受け止められない自分がそこにいるのだ。

西本願寺から年末に通知があった。
ご親教として「私たちのちかい」とある。

これから宗門として、これを皆で唱えるのだという。

その最初の言葉に、こうあった。

「自分の殻に閉じこもることなく・・・云々」
その他、三句目には「自分だけを大切にすることなく・・・云々」

それを見たとき、「えっ!」と感じた。

苦しむ人がこれを読んだとき、どう思うだろうか?

自分の殻に閉じこもっている人は、さらに沈むだろう。
苦しみをさらに苦しめることに気づかないのか?

結果的にそうであったとしても、最初からそれでは解決にならない。
元気な人、自分は苦しんでいない人には当たり前かも知れないが。

これを作った人は、自ら苦しんでいない人だ。

苦しんでいる人、苦しんだ経験のある人は、こんなことは書かない。

苦しみに寄り添うというスローガンだけの世界。

一体どうしたというのだろうか?

アプローチが必要なのだ。
お釈迦様のそれを方便という。

結局は言葉だけだなと思う。
お釈迦様のことも親鸞聖人のことも、ただ学問と教義でしか捉えていないと
こういうことになるのだな・・・。






「1年で学ぶ歎異抄 現代に生きる親鸞聖人の教え」NHK文化センター講座始まります!

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先日の日本海新聞の折込みに、NHK文化センターの講座案内が入って
いた。

実は、10月からの新講座を担当させていただくことになっています。
講座名は、「1年で学ぶ歎異抄 現代に生きる親鸞聖人の教え」です。

申込みは半年単位ですが、講座は1年間を予定しています。
ただ受講生が少ないと、講座がなくなることもあるようです。
何とか10人くらいは集まって欲しいですね。

鳥取では、仏教系の講座もあるようですが、「歎異抄」は初めてとの
ことでした。

私はお寺に戻ってからは、どちらかというと宗派の教義より仏教の方
を中心に考えてきました。
心のことには、仏教の本質の方が解決しやすいからです。
宿坊での体験や法話も、ほとんどが仏教中心。

こう書くと不思議に思う方もいらっしゃるでしょう。
それは、日本の宗派仏教は宗派教義しか学ばないので、仏教の本質と
は離れているのが実状です。

ただ今回は、『歎異抄』講座なので、久しぶりに浄土真宗の教義に帰
るときでもあります。

『歎異抄』は、一般の方に日本で一番読まれている仏教書です。
今回は、私自身ももう一度、親鸞聖人の教えに聞いて行きたいですね。

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講座は、10月から毎月一回、第二火曜日10:30~12:00です。

分かりやすく、さらには現代の問題も交えながら、楽しい講座にしたい
と思っています。

もしよろしければ、1年間一緒に学びませんか?

皆さんの受講をお待ちしております。


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英月流和讃のススメ!・・・英月さんの出版記念イベントに行く。

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5月15日
夜6時40分、京都の烏丸に近い大行寺に参りました。

大行寺は真宗仏光寺派の本山仏光寺の北隣にある寺院。
その寺院の住職を務められるのが英月さんです。

英月さんは、今の日本の女性僧侶の中で一番有名かも知れません。

瀬戸内寂聴さんは?
と言う方がいらっしゃいますが、あの方はあくまでも作家であって僧侶
とは誰も思っていませんから。
話していることは仏教とは全く関係ないことばかりで、僧侶とはとても
言えませんね。

英月さんは、TVを始めとして雑誌や新聞で活躍されているし、普通に
布教師としても活動されています。

宿坊光澤寺を始めた7年前、英月さんが10年ぶりに日本に帰って来ら
れてすぐの頃。
光澤寺の報恩講の講師としてお越しいただきました。
さらには、その後で浄土真宗本願寺派鳥取因幡組の僧侶研修会の講師と
してもお越しいただいた。

いつもお願いすると、快く引き受けて下さいます。
ときには都合を調整して、対応して下さったりで感謝しています。

今回は、英月さんの書籍の出版記念イベント。
主催は出版社の春秋社さんでした。

本の名前は、「その悩み親鸞さんが解決してくれます!」~英月流
和讃のススメ~

結構まっすぐと来たなって感じです。
最初聞いたときは、えー、このタイトルで行くか~。
そう思いました。

でもこの機会に英月節を久しぶりに聞きに行こうと思いました。
イザ鎌倉!ならぬ、イザ大行寺!なのです。

約1時間半のトークイベント。
相変わらずの、前のめりの英月節でした。

新名神を通ったおかげで時間も早く着き、無事にイベントに間に合い
ました。

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イベント終了後は、重要文化財の快慶作のご本尊阿弥陀如来像の前で
一緒に写真をお撮りしました。
このご本尊、いつもは撮影禁止だそうです。
そして通常は夜のご開帳はない。

いつもお元気そうな英月さんに、久しぶりにお会いすることができま
した。

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こうして濃い初大行寺さんを終えてホテルまでの帰路につきました。

英月さんには、またいつかお会いする機会があるでしょう。
僧侶をしている限りは・・・。

そういえば、35回の見合いを断ってアメリカに渡って、そして日本に
帰ってきて住職となる。

ところで英月さんご自身ご結婚はどうなるのだろう?
と言う疑問は解決することなく、続いております。
46歳になられるそうですが、きっと親鸞聖人に恋しておられるのかも
知れませんね。
そうだとすると、世の中の男には興味が沸かないか・・・。

「親鸞聖人のことになると、つい熱が入って前のめりになります」と仰
っておられましたから。


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枝垂れ桜と浄土真宗

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今日は日帰り体験の方のあと、県外遠くから女性お一人、お寺の桜を見に来
られました。

お寺の桜は、枝垂れ桜一本だけ。
でもその一本だけでも十分に美しいのだけど・・・。

隣には桃が白い花を咲かせている。

連絡をいただいていたので、車が駐車場に停まったとき、そうだと分かりました。

本堂にお参り頂いた後、本堂でお話しをしました。

その中で印象的な言葉がありました。
ご主人は熱心なご門徒さんだそうですが、「私は何度も法座に往きましたが、
私にはどうしても馴染みません。道をまちがったかなと感じています・・・。」

そうだな・・・、浄土真宗をしっくり感じられている方なら、こんな遠くのお寺まで
来られなくても近くのお寺さんや本山や別院で十分だろう。

私のブログを熱心に読んで頂いている。
そこで何かを感じられたのかなと思う。

私はブログに思いのままを書くので、いかにも浄土真宗的な話しではないこと
が多いと思います。
でも仏教を通じての浄土真宗を見つめていると、自分自身では思っています。

親鸞聖人の教えは、浄土真宗の中だけから見ていると、見えづらい面があるの
ではないかと感じるときがある。
お釈迦様の仏教から見ると、「ああ、そういうことだな・・・」と感じられるときが
あります。

なるほど、宗教ってその宗教に悩むと苦しかったりする。
まして自分に合わないとなると余計に考えてしまいます。

心を支えるべきものが、心を苦しめてしまうことにもなる。

今日のお話は、そこまでは切羽詰まっておられません。
でも何となく、しっくりこない自分が見えるのでしょう。

こんなときに、ちゃんと話をしてくれる僧侶は少ない。
ただこの教えはこうだからとか、もっと教えを聞いたら分かるとか。
そんな感じかも知れない。

仏教と浄土真宗のこと、瞑想や禅のこと。
南無阿弥陀仏のこと、親鸞聖人のこと。

そして一番や仏教でもお釈迦様のことをお話しした。
特に方便について。

いくらそれが真理であっても、有り難い教えであっても、それがその方に届か
なければそれは意味が無い。

何でも正しければ良いとか、真理だから有り難いということではないのです。
お釈迦様は苦しい人々に対して、多くの言葉を用いない。

ただその方が自分で気づかれる様に、方便を使われる。
つまり方便とは仏の慈悲のことをいうのです。

今の伝道は方便を使えているのだろうか。
方便のない法話などないのに・・・。

いくら正しい教えでも、今に暮らすその人の心に届かなければ意味が無い。

宿坊の日帰り体験でお話しする法話は、そのことを一番大切にしています。

身近で具体的な話しをしなければ、聞いている人には分からない。

浄土真宗の教えは難解ではないはずだ。
なぜなら、それだと親鸞聖人の教えは多くに人に伝わらないでしょう。

難しいことを話す意味は無いのです。

最後にお話ししたこと。

「今のままで良いと思います、決して道は間違っていないですよ」
「こうでなければ行けないと思っておられることは、実はどうでも良いのです」
「今まで聞かれたことが、本当の親鸞聖人の教えかどうかも分かりませんから」

「なんで阿弥陀如来の願いがあるのでしょうか・・・」

「それでいいのだと・・・」


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林高寺機関誌「真実明」・・・『心の授業』を寄稿しました。

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名古屋にある真宗大谷派の林高寺さんから、機関誌が送られて来ました。

昨年夏、宿坊光澤寺にお越しいただき、この機関誌で宿坊を取り上げていた
だきました。

機関誌は『真実明』といいます。

親鸞聖人の和讃にこの言葉があります。
阿弥陀如来の存在を顕わした言葉です。

真実を明らかにする。

それが阿弥陀如来の存在の一つの意味。

真実を明らかにするとは一体どういうことなのか、それを聞いて行くことが
大切なのでしょう。

それを聴聞というのだと思います。

何も法座で聞くことが聴聞では無いということです。

現在四回のシリーズで、この機関誌に寄稿させていただいております。

シリーズ名は「宿坊光澤寺に学ぶ」。
テーマは「現代社会と真宗」です。

今回は第二回目で、「心の授業」について書きました。

現在の宿坊体験のメインテーマでもあります。
「心の授業」は宿坊での体験、日帰り体験での法話、講演等でもうすでに
100回程度はお話ししたでしょうか。

それでもまだまだ、こうだという所までは至っていません。

多くの苦しみ、多くの悲しみ、多くの悩み、それに寄り添って出来上がって
くる。

まだまだ悲しみや苦しみは深いのだろうと感じます。

とても五劫ということはできないけど、その思いのほんの一握りでも感じる
ことが出来たのならと、そう思う。

宗派の違うお寺さんからの依頼、それはとても有り難いことです。
私の思いを伝える場を提供していただいているのです。

場があるということ、それはとても大切なこと。

私に居場所を与えてくれるもの、それが真実明なのではないか。

そんなふうにも感じたりする。

あと二回、私が書く機会があります。
せめて今の思いを精一杯伝えて行けたらと思います。


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葬儀でのこと・・・心を弘誓の仏地に樹て、情を難思の法海に流す。

私たちが生きて行くなかで思うこと。

生きると言うことは、苦しみや悲しみとともにあるということだ。

そこから逃れるものはいない・・・。

それでも私たちは生きて行く。

その思い。

「心は弘誓の仏地に樹てる」。

ここでいう仏地とは、阿弥陀如来の浄土である。

浄土は阿弥陀如来の慈悲である大悲に包まれている。

心をそこに置く。

そして「情(思い)は難思の法海に流す」。

法海とは、本願海。

いのちの流れである。

悲しみや苦しみを受け止めてくれる場所だ。

その二つの領域が私の心と情を支えそして受け止めてくれるのです。

そのことに気づけば、私たちのいのちは救われて行くのでしょう。

日常ではない領域に気づく。

そこに立てば、日常の景色が変わるのです。









ANA機内誌に鈴木大拙氏の特集が・・・。

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お墓の視察と打合せのため、東京に行くことになった。

時間がなかったので、飛行機で行くことにしましたが、ANAの機内誌をめくっ
ていると、今回はかなりしっかりとした特集記事が多かったと感じました。

山小屋の特集を読んだあと、ニューヨークのこととかめくっていった。

するとそこに、鈴木大拙の特集があった。
へーっ、こんな特集もするんだ、とちょっと驚いた。

鈴木大拙氏は、日本仏教界においては、その存在を知らないものはないと
いうくらいの方です。
特に禅と念仏については、世界にその存在を示した第一人者と言っても過言
ではないでしょう。

アメリカに渡って、コロンビア大学で講義をしたことなどが紹介されていた。

禅と親鸞聖人の教えを英訳していることでも有名です。
スティーブ・ジョブスも熱心にその教えを学んだと言われています。

でもこんな特集が、ANAの機内誌に掲載されるとは、やはり仏教ブームなの
かなとも感じる。

鈴木大拙記念館が金沢にできたので、その紹介もあっての記事だと思います
が、それでも中々しっかりと書かれていました。

ニューヨークの仏教センターのことも書いてあり、そこはニューヨーク本願寺で
ある。

私は、住職になる前に、このニューヨーク本願寺を訪れたことがある。
現在のニューヨーク仏教連盟会長の中垣氏がご住職であったときのことだ。

ただどうしても、鈴木大拙氏と言えば、禅のことが中心になる。
今回の特集も、禅についてのことが多かった。

鈴木大拙氏は、禅とともに親鸞聖人の教義の研究でも第一人者である。
浄土真宗的な立場から見ると、念仏の教えを世界に伝えた人と言ったイメージ
になる。

禅と念仏の紹介に尽力されるのですが、どちらも切り離せないと言ったものが
語られていないのは残念ですね。
大谷大学にいらっしゃったこともあると思います。

禅と念仏の関係性を考えるとき、鈴木大拙氏のことを抜きには語れないでしょう。

思いがけずこの特集に眼が行ったので、羽田までの約1時間。
寝て過ごすつもりが一睡もできなかったということもありました・・・。

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もしANAに乗られる機会がありましたら、翼の王国を開いてみてください。



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浄土真宗の真髄はここにある・・・大峯顕先生のインタビュー。

ネット寺院の先駆者的存在である「彼岸寺」。

そこから様々なお寺の展開が提案されて行き、全国のお寺でそれが
ムーブメントになっ てきている。

ある意味、お寺ニューウェーブの情報発信の源と言った感じさえする。

その「彼岸寺」にインタビュー記事が掲載されている。

今を時めく僧侶に悟りについて聞いて行く「ひらけ!さとり !」という
インタビューです。

その最新インタビューが、哲学者であり大阪大学の教授でもあった、
大峯顕先生です。

大峯先生は浄土真宗の住職でもあった。

そのインタビューを読んで感じたこと。

それは、この短いインタビューの中に浄土真宗の真髄が詰まっている
ということです。

浄土真宗のことを理解しようと思えば、この感覚を受け止められなければ
とも感じます。

こんなすごい記事がネットで読める時代になったのだから、すごい時代に
なったと思う。

私は約20年前に大峯先生の著作に出会った。
今までの本とは全く違った感覚を受けたものです。

それから20年間、自分自身で探しそして感じてきた世界が、簡単にここ
に書いてある。

インタビューは聞き手の感覚も重要である、それを考えるとそのことを自分
なりに感得している人でなければ、聞けないのかも知れない。

私は実は浄土真宗の僧侶の法話は基本的に聞きません。

それは、大峯先生がインタビューで語っておられることをしっかりと話せる
僧侶は皆無だからです。

そんな法話を聞いても私自身、何も感じるところはありません。
そして今までそんな法話を聞いたことがない。

法話ではないけれど、心に深く感じたのは高史明先生だけです。

このインタビューの感覚を受け止められるかどうか、感じられるかどうかが
浄土真宗の僧侶の生命線であるともいえるでしょう。

まだ目にしておられない方は、ぜひこのインタビューを読んでみてください。

こちらから ↓

「彼岸寺」・・・「ひらけ!さとり!」



 

本質をとらえる・・・浄土真宗帰り、なのかな?

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浄土真宗帰り、といっても決して浄土真宗から離れていたわけではない。

ただ、ずっと仏教の本質を追ってきたということです。

えっ!
浄土真宗は仏教じゃないの?

ということですが、釈尊から1700年経て、さらには多くの国や文化や民族を
経由して日本に入ってきた仏教。

さらには、中国と言う国をすべて経由してきているという事実。
つまり漢字にすべて翻訳され、さらには儀礼や習俗まで中国化した仏教が
日本に入ってきていると言うことです。

そこに近年、日本に東南アジアから直接仏教が伝えられるようになってきた。
そしてある意味で、世界最先端の仏教研究が進んでいるアメリカからも仏教
が入ってきている。

日本の仏教界が仏教と言っていることへの不信感もあるでしょう。
もちろん教団となって形骸化した日本仏教の問題もあります。

さらにはお寺や僧侶は、葬儀や法事がお寺の本分だと思っている。

どこに本当の仏教があるのか?

それを何となく追ってきたのです・・・。

宿坊には宗派を超えていろんな方々が訪れる。

そこでは仏教を説くことが中心となる。
それでは仏教とは何なのか?

問いが生まれるのです。

すると仏教と浄土真宗をクロスさせて見ることも必要不可欠な作業となって
きます。

もう一度、仏教の本質を見つめ、そこから見えてくる世界から浄土真宗を見直
してみる。

そんなことを繰り返す。

内側からだけから見ていたのでは絶対に見えてこないものがある。
それは本当だと感じています。

仏教と言うものを見ないで、宗派と言うものは存在しないのです。

そこからまた浄土真宗を見つめ直してみる、それはこれからの作業になる。

み教えはブーメランの様だと語った方がいらっしゃった。

遠くに離れて行くように見えて、また必ず元に戻ってくる。

親鸞聖人の作業もそれの繰り返しではなかったろうか?

時の仏教に疑問を持ち、自らに問いかける。

その思いが自力から他力への思いにつながってゆく。

でも他力は内側からだけ見ていたのでは、それは誤った感覚に陥ってしまう
ということも強く感じました。

親鸞聖人は常に釈尊を見据えていた・・・。

比叡山や高野山や南都を見つめてはいない。

仏教の情報がこれだけ氾濫している今の日本。

その現代よりも、深く純粋に釈尊に近づこうとされていたのではないでしょうか。



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月をさす指

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月をさす指

これは仏教で使われる、譬えの話し。

仏教の真理を月だとする。

その真理に導くために教えを説いている場面。

教えを説くものは、その指で月をさす。

それを聞くものは、月を見ていると思いきや・・・。

月ではなく、そのさす指を一所懸命見ている。

それでは真理はいつまでたっても見えないのです。

指が大切だと思い込んでいる。

これは仏教の世界ではよくあること。
特に宗派仏教はほとんど、このパターンに陥っているのです。

でも誰もそのことに気づいていない。

なぜなら宗派仏教は宗派に閉じているため、月を見る必要がないからです。
さらには月を見なくたって、葬儀と法事に精を出してれば良いだけだから。

私の所属する宗派でもそんなことを感じます。

自らも、このことを感じていなくてはいけないと思う。

月を見ているだろうか・・・。

基本的に、宗派の法話で月の話をしていることを聞いたことはほとんどない。

つまり小手先のことばかりし終始しているような気がします。


他力は自力の先にあるもの?

浄土真宗では、悟りに至る方法として、自力と他力を説く。

ただ浄土真宗の方々は、悟りに至ると言う理解はしていないかも
知れません。

でも仏教の本質は、悟りを目指す道ですから、悟りの無い仏教など
存在しませんね。

だから浄土真宗は、悟りと言う感覚が無いのでは?

他力に執着しすぎていて、仏教の本質を見失っては元も子もない。

そう言った面では、縁起とか空理解も、浄土真宗ではほとんど聞き
ません。

それでは仏教の枠を捉えることができない。

なので、ありがたいありがたい、って言葉の羅列になるのではないで
しょうか。

では他力をどう考えれば良いのでしょうか。

よくこんな話しを聞きます。

「他力は自力の先にある!」

この感覚はよく分ります。

実際に私自身もそう感じることがある。

ただ、それはそう感じるだけのことであって、自力の先に他力がある
のではないでしょう。

自力を包み込むものが他力であるからです。

最初から他力は存在する。

それに気づかないから、自力で歩むのでしょう。

他力は仏の世界のこと、つまり悟りの世界であるのです。

元々、悟りの世界は存在する。

そこに至るのに、自力で歩んで行く。

他力のはたらきは、その悟りの世界からダイレクトに迷いの世界の
私にはたらきがあるということ。

それに気づくかどうか・・・。

そう言った意味では、感覚的には自力の先に他力があるのでしょう。

自力で突き進んで行く、そのときに気づくことがある。

浄土真宗では、気づかされると言う表現になる。

まあ言っていることは似ていますが、能動的か受動的かということ。

でも本質的には、浄土真宗では横超を説きます。。
となると、自力の先に他力があると言う表現は成り立たない。

そんな風になるのかなと思います。

ただ現実社会では、最初から絶対他力を押し通す教義では、何の役
にも立たないでしょう。

社会経験の無い、教義だけ勉強した僧侶が、いくら絶対他力だと説い
ても、その言葉は虚しく響くだけだ。
結局上から目線の、私が正しい的な布教スタイルだ。

親鸞聖人がどれだけの思いで他力に至ったかを考えれば簡単に分か
ることです。

そう言った観点からは、他力は自力の先にあるといった考えが、すん
なり入って来ることはあるでしょう。

それをどう解釈しどう伝えるか。
ただ違うと言うだけでは、誰も納得しません。

そこは教義だけではなく、自分自身の感覚も重要になって来る。

それが現代社会の中で、どの様な意味を持つのかが・・・。
それを説ける浄土真宗の僧侶が、どの程度いらっしゃるのかが問われ
ているのかも知れませんね。

いろんな角度から、他力を見て行く眼を持つことも大切なのだと思う。


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親鸞聖人和讃・・・悲嘆述懐

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親鸞聖人が書かれたものに、和讃と言われるものがあります。

和讃とは、漢字でしか書かれていないお経を、和語を用いて分りやすく説い
た詩のことです。

親鸞聖人は、晩年までこの和讃をたくさん詠まれている。

九十歳まで生きられたこと、これはその時代であれば、かなり奇跡的なこと
かも知れません。

そのおかげで、宗祖の九十歳までの心持ちを、私たちは知ることができる。

親鸞聖人の和讃は、現在でも直筆のものが残されている。
余計にそのお心が伝わってくるでしょう。

和讃は、三帖和讃と言って、大きく分けて三冊あります。

三帖和讃とは、『浄土和讃』 『高僧和讃』 『正像末和讃』のことです。

その和讃の中の一つを、私は座右の和讃にしている。

いつも心に思い続けるもの。

つい忘れてしまうのですが、何かあるときは振り返るもの。

それは、私が住職の継職法要のとき、ある方がお祝いの言葉を書いた手紙
の文章の中に入れて下さっていたものです。

その和讃とは・・・


正像末和讃の中の、悲嘆述懐讃の一つ。

「浄土真宗に帰すれども

  真実の心ありがたし
   
    虚仮不実のわが身にて

      清浄の心さらになし  」


つい驕ってしまう私と言う存在があるのです。

お釈迦様や親鸞聖人のみ教えを聞きながらも、驕り昂ぶった私がいる。

私と言う存在は、そう言う存在なのだと思い知らされるときだ。

住職継職と言う大きな節目のとき。

そのときにこの言葉をいただくことの意味を問い続けている。

そして、分ったようでいても、それは分ったふりをしているか、分った様な
気になっているだけのことです。

常に我が身をかえりみること・・・。

永遠にこ詩と向き合って行くことでしょう。


この和讃を送って下さったのは、作家の高史明先生です。

まだまだとても、先生にお会いできるような心になれない私が今もいます。

まだまだ・・・、問い続けるしかない・・・。


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ある法話のホワイトボードから親鸞聖人を思う・・・。

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本堂で法話をしたときのメモがホワイトボードに残っていたので、写真を撮って
みました。

浄土真宗では般若心経を唱えませんが、宿坊に日帰り体験に来られる方々は
他宗派の方が圧倒的に多いのです。

あくまでも仏教体験なので、写経には「般若心経」を書かれる方も多い。
もちろん「重誓偈」も用意しているのだが。

この10月~11月にかけても、日帰り体験の団体さんがとても多い。
1ヶ月ちょっとで、宿坊に来られた日帰り体験の方は、おそらく300人にはなる
と思います。
大阪からもバスツアーが2回入っている。
法話も1時間程度を15回くらいは行っているかも知れません。

そんな中で、それぞれの宗派を確認することなどありません。
ですから宗派ではなく仏教のお話しをするのです。

宗派だって元は仏教なのですから、当たり前のことですね。

そんなときに話すテーマは「般若心経」から入ると話しやすい。
なぜなら皆さんがよくご存知だからです。
いきなり浄土真宗の他力や有り難い話しをしたところで通用しない。

ところでこのホワイトボードに書いていること、これって浄土真宗の僧侶に分かる
だろうか?
仏教の根本であるのですが、もしかするとこの根本がすっぽりと抜け落ちている
かも知れません。

「般若心経」を読まないで、縁起と空を語るなかれ・・・、とは言えません。
ただ阿弥陀如来も親鸞聖人も縁起と空から離れて教えなど説かれていないの
です。
そこを勘違いしてはいけないということです。

さらには「般若経典」も仏説です、親鸞聖人も決して浄土三部経以外を否定は
していないのです。
そこに至る経緯を知らないで語るのはとても微妙なことなのです。

なぜなら絶対他力はこの縁起とその空によって明確に語ることができるからです。
浄土真宗の僧侶の方が話す有り難い法話では、その真理はよく見えない。
ただありがたい・・・、南無阿弥陀仏・・・、では伝わらないのです。

このホワイトボードに書いてある言葉が阿弥陀如来の存在と願い、そして絶対
他力の竟地に通じるお話しなのです。

そうするとスッポリとはまって行く。

なぜなら、親鸞聖人は徹底的にお釈迦様を見つめていらしゃる。

唯識と縁起、それが親鸞聖人の仏教を紐解くひとつの鍵でもあるのです。


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そして、そのいのちは光になる!

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人は死ぬとどうなるのか?

それは誰にも分からない。
死んだ方から聞くこともできないし、この世には死んだ人はいないし・・・。

この前、テレビを見ていると臨死体験の話しをしていた。

日本だけではなく、世界的に見ても臨死体験は同じような感覚であるという
ことが分かった。

宗教観や死生観、それが臨死体験につながるのかなと思っていた。

でもそうではないようだ。

宗教観や死生観、さらには国や民族。
それらを超えて、同じような臨死体験をしているのです。

ということは、もしかすると人の死後に何かあるのかも知れない。

科学が進歩する。
そうすると物質至上主義になって行く。

宗教観やスピリチュアルな感覚は、科学の進歩とともに崩れ去るとも思われ
たかもしれない。

ところが、科学が進歩すると逆に現在は死後の世界が存在するのは間違い
無いと言う感じになってきているそうだ。

量子とか相対性理論とか、様々な展開から探る。

人は死ぬと光となって宇宙に飛び出して行く。

そんな感覚だろうか。

確かに光の中に包まれて行くと言う臨死体験は多い。

人のいのちは、死を迎えるとその肉体を離れ光となって行くのかな。

光りとなって宇宙に飛び出すように吸い込まれて行くのかも知れない。

一つだけ言えることは、人が死んでもすべては終わりということだけはない
ということですね。

それを譬えて、仏と言う存在なのかは分りませんが・・・。

十万億仏土を超えて極楽浄土まで飛んで行く。
それも一瞬だ!

親鸞聖人、そして阿弥陀如来。

いのちとは光である。

親鸞聖人の和讃には、そう感じられることも・・・。

現代の感覚だけで親鸞聖人を読んでも、伝わらないことがたくさんある。
そこに気づくことが大切かも知れない。


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連研の補講を開催する!

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今日は鳥取市内のお寺さんで、浄土真宗本願寺派の第8期連研(連続研修
会)の補講を開催しました。

連研は12回連続なので、都合がつかなくて休まれた方のために開催して
おり、対象者には補講を受けられて修了証をお渡しすることになります。

今日の私の担当は、「浄土真宗のみ教え」です。

連研等でご門徒さんに講義をするときは、できる限り分りやすくがポイントと
なりますが、今日は普段よりちょっと難しい内容にしてみました。

時間が45分間なので、難しくてもキーワードを理解していただく様にしてみ
ました。
分りやすさだけでなく、ときに深い内容を聞くことで、興味を持っていただく
事も大切かなと思っています。

今日は少人数でしたので、それも良いだろうとの思いからです。

僧侶もそうですが、ご門徒さんも教義の理解ということになると、個人差が
とても大きいのです。
どちらにも届くことが大事なのですが、ときにはこんなこともいい。

時間配分もなかなか思い通りにはなりませんが、テストでもないので、話せ
る所まで話すって感じです。


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実践運動僧侶研修会・・・ご講師は英月さんです!

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6月24日 浄土真宗本願寺派鳥取ブロックの実践運動僧侶研修会でした。

ご講師は、現在ご活躍中の英月さんです。

同じ浄土真宗でも宗派が違います、従来ならあまりなかった事かも知れない。
でも親鸞聖人のみ教えに学ぶということは同じです。

研修は、僧侶研修会という名前ですが、参加はオープンにしています。
今回は、ご門徒さん以外の方の参加や、車椅子での参加の方もいらっしゃ
った。
こんなこともなかったなと思いつつ、会場寺院の方々にも大変お世話になり
ました。

会場には130名~140名の方々が、お集まりになられました。
これも本当に有り難いことでした。

今回の研修は、ご講師の選定から依頼、そして案内文作成から会場の段取り
を私が担当して準備を致しました。

ご講師の英月さんは、とてもお忙しい方ですから、講演の調整でも大変お世話
になりました。

実は2年前に、光澤寺においでいただいたのですが、そのときのイメージとは
かなり変わっていました。
『正信偈』の本を出版されたことがあるかも知れませんし、数多くの講演をこな
されておられることもあるでしょう。

でもその話しの思いきりと覚悟が、相当違ってきたのかなとも感じました。

私はいづれ、日本の女性僧侶を代表する存在になられるのだと思っています。

今回の研修では、ご講師の著作の販売も行いました。
本を仕入れた分はすべてこちらで買い取る前提で30冊を頼みました。
本当は50冊と言いたいところでしたが、そのときはまだ参加人数が確定して
いないときでした。

参加人数が多かったので、後で販売すると大変そうだなと感じ、会の前に30
冊限定で販売すると、5分で完売してしまいました。
本当はもっと買いたい人がいらっしゃったかも知れませんが、本にサインをし
ていただく様にお願いをしていましたので、ギリギリの冊数でした。

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本にサインをしていただく皆さんの表情は、とても真剣でもあり楽しそうでも
ありました。

今日の研修にご参加していただいた皆さん、会場寺院の関係者の皆さん、
ご講師の皆さん、寺院関係者の皆さん、本当に有り難うございました。

私としては、無事に終えられたこと、感謝しております。




愚禿鈔のことば

愚禿鈔は親鸞聖人のお言葉である。

その最初にはこうあります。

「賢者の信を聞きて、愚禿が心を顕す。
 
 賢者の信は、  内は賢にして外は愚なり。
 愚禿が心は、  内は愚にして外は賢なり。」


また、二河の譬えにおいて、阿弥陀如来の言葉が・・・。

「西の岸の上に人ありて喚ばうていはく、〈汝一心正念にしてただちに
 来れ、我能く護らん〉」



親鸞聖人の六字釈

親鸞聖人の南無阿弥陀仏の六字の解釈をされたものを抜き出してみる。

『教行信証 行文類』にはこうあります。

しかれば南無の言は帰命なり。
帰の言は帰説(きえつ)なり、説の字は、悦の音なり。

また帰説(きさい)なり、説の字は、税の音なり。
悦税二つの音は告ぐるなり、述なり、人の意を宣述するなり。

命の言は、業なり、招引なり、使なり、教なり、道なり、信なり、計なり、召なり。

ここをもって帰命は本願招喚の勅命なり。

発願回向というは、如来すでに発願して衆生の行を回施したまふの心なり。

即是其行というは、選択本願これなり。

必得往生といふは、不退の位に至ることを獲ることを彰すなり。


以上が親鸞聖人の六字釈である。

ここに自らの解釈をするということはできない。
ただ、どう受け止めるかは、思いを巡らす。

そこから何を感じ取るのか、また原点に戻ってみることも必要だ。
そこからまた、旅が始まる。







他力といふは・・・。

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「他力といふは本願力なり。」

日常で使われるとき、他力にはほとんど本願がつきます。
他力本願・・・。

他力とは、もともと浄土真宗の教えで使われる表現ですね。
このとき、絶対に人の立場で語られることのないものです。

仏教の表現を、人の立場に置き換えたときは、たいてい逆の意味か、
あまりよくないことに使われてしまうのです。

浄土真宗で他力というときは、以下の解釈に基づきます。

親鸞聖人が著された『教行信証』。
その「行巻」に他力を解釈された場所があります。

そこにはこう・・・

「他力といふは如来の本願力なり。」

この解釈以外に、他力の使い方は一切にありません。
他力を語るときは、すべてこの解釈が根底にあると言う前提で、話し
をします。

すこぶる、シンプルなのです。

この解釈は、親鸞聖人ご自身が、ご自分の言葉で説かれたものです。

本願力は、南無阿弥陀仏のはたらきとなって、私たちに届けられます。

今日も境内の掃除をしていました ・・・ 南無阿弥陀仏。
草を抜きながら ・・・ 南無阿弥陀仏。

石を運びながらも ・・・ 南無阿弥陀仏。

すべての感性がそこに包まれるとき、すべての存在と私が溶け込む。

そこにあるのは、ただ南無阿弥陀仏。

そんな心境になれるといいですね。


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南無阿弥陀仏は呼びかける。

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如来の呼びかけに応える。

親鸞聖人いわく、南無阿弥陀仏は、本願招喚の勅命である。

 如来のはたらきである、南無阿弥陀仏に応える。

招喚、すなわち如来が私を呼ぶ。

それも絶対です、なぜなら勅命、絶対応えなくてはならない。

真実の世界からの呼びかけです。

真理に目覚めよと呼びかけるのです。

それでも私たちは迷う。

それは、私には真理の世界が見えないからだ。

 いろんな縁を通して私にはたらきかける。

それは菩薩の行でもある。

迷い続ける私、そして呼びかけ続ける如来。

 いつかそれが一つにつながる。

それは、私の南無阿弥陀仏となって。

南無阿弥陀仏を受け取る。

それも如来のはたらきである。

 私の行ではない、法蔵菩薩の行なのです。

それは絶対、だから他力。

私の側には何もない、迷いだけの自分です。

だから迷ったままの姿で救い摂る。

いつか、その思いを感じるであろうか。


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真実五願とは。

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親鸞聖人は本願である法蔵菩薩の四十八願、その願の中でも、真実を
説き明かす五願を開示されている。

親鸞聖人の著作である『顕浄土真実教行証文類』のことを、私たちは
『教行信証』と呼んでいます。

それは、浄土真宗の悟り、つまり証へ至る道を顕しています。

他宗派の悟りの道は、「教」⇒「行」⇒「証」であるとされる。
先ず教えがあり、修行を重ね、そして悟りへと至る道であらわされる。

でも、浄土真宗はちょっと違います。
それはどうかと言うと、「教」⇒「行」⇒「信」⇒「証」となるのでます。
教えと修行の後に、信心があります、その結果、悟りへと至ります。

ですから、浄土真宗では信心ということが語られますが、他宗派では
信心という言葉を使うことはあまりないと思います。
禅宗等では発心という表現をするかも知れませんが、意味合いは違い
ます。

教行信証を説き明かすための願を真実の五願と言います。

その願は、十一願・十二願・十三願・十七願・十八願です。

浄土真宗では、他に正因三願というものもありますが、これはまた別
のものであります。
因みに、正因三願は、十八願・十九願・二十願で、三願転入の教えで
語られるものです。

では、真実五願は何を明かすのかと言うと。

十一願は、「必至滅度の願」と呼ばれ、「証」となります。

十二願は「光明無量の願」、十三願は「寿命無量の願」となります。
これは「真仏・真土」になります。

十七願は、「諸仏称名の願」で、「教・行」となります。

十八願は、「至心信楽の願」となり、「信」を顕かにします。

これを読んでも、まったく意味が分からないかも知れません。
でも、親鸞聖人の教えを聞いて行く上では、基本となるものです。

私たち衆生が、悟りへと至る道、すなわち「教行信証」の願いがここ
に説き明かされるのですから。

もし、浄土真宗のことを学ぼうとされている方なら、この言葉は必ず
出遇うはずですよ。

ところで、浄土真宗は自力ではなく他力の教えです。
ですから、この真実とはすべて仏の側で語られます。

私の側には、「証」に至るための一粒の種さえもありません。

「行」というと、何となく自分が行うものと考えますが、これも仏の側と
なります。


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なぜ阿弥陀如来の側に行があるのか。

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仏教は、修行が必要である。

でも浄土真宗では、私たち衆生の側に行を求めない。
それは、何故なのだろうか。

『教行信証』の信文類にはこの様にあります。

仏意はかりがたし。
しかりといえども、ひそかにこの心を推するに、

「一切の群生海、無始よりこのかた乃至今日今時に至るまで、穢悪
 汚染にして清浄の心なし、虚仮諂偽にして真実の心なし。」

ここをもって如来、一切苦悩の衆生海を悲憫して、不可思議兆載永劫
において、菩薩の行じたまひしとき・・・

とある。

ここには私たち衆生が、自らの力で悟りを得ることができない身である
と言うことが顕かになる。
そして、法蔵菩薩が兆載永劫と言う、とてつもなく長い時間の修行を要
した意味が顕かになる。

私の側に、悟りを得る機と言うものはないのだ。
悟りを開くための種など、私の側に一粒もない。
このことを「機無」といいます。

そう気づかされた時。
こにこそ、法蔵菩薩の本願がある。
そして、たとえようもなく長い時間の行があるのです。
それだけ、私たちの迷いは暗く、深い。

私の存在が「機無」であるからこそ、法蔵菩薩の願いが生まれ、その
行が修せられる。

私の心は、阿弥陀如来の光によって照らしだされる。

そしてその願いが、円融無碍不可思議不可称不可説の至徳、つまり
名号となって成就されるのです。

そこに南無阿弥陀仏が称えられる。

如来の至心によって、衆生に回施され、それが信心となってあらわれる。

これが絶対他力の信楽、それは疑いない心です。

そのとき、なぜ阿弥陀如来の側に行があるのかが顕かになる。


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「心を弘誓の仏地に立て、念を難思の法海に」・・・親鸞聖人の思い。

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「慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。」

親鸞聖人の『教行信証』は、引文と御自釈、つまり経典や論書から
引用されたご文と、ご自身の解釈とで著されています。

上記のご文は、引文ではありますが、ご自身の言葉として述べられた
部分です。
つまり、親鸞聖人ご自身の思いであるでしょう。

これは、師である法然上人の『選択本願念仏集』を書写し真影を図画
したことを受けての思いです。
浄土の真髄を承ったことへの・・・。

そういった面からも、『教行信証』はご自身の浄土教の存在を証明さ
れたものであるが、念仏を非難し法然上人を非難した、当時の朝廷や
仏教界、そして明恵上人への書でもある。
そして、結果的に法然上人の後を継いで浄土宗なるものを名乗った
弟子たち対して、浄土教のみ教えを顕した書となっている。

法然上人の説かれた、浄土の教え浄土真宗とはこの様な教えである、
との思いで書かれた書であるのでしょう。

その思いが、この言葉になって著される。

その様な方々も、救われて行く身であるだろうと仰られる。
あとにはこの様な言葉も。

「信順を因とし、疑謗を縁として、信楽を願力に彰し、妙果を安養に
 顕さんと。」

疑いや誹謗が縁となっていく。

『教行信証』「化身土文類」の、いわゆる後序と言われる部分。
ここに、親鸞聖人がこの書を著した思いが込められているのでしょう。

この思いこそが、この書を何度も何度も推敲を重ね、修正を加えて
いかれたお心なのだと感じずにはおれない。

「心を弘誓の仏地に立て・・・」

「念(おもい)を難思の法海に流す。」

私の心は、阿弥陀如来の浄土にある。
怒りや悲しみや苦しみ喜びも、この世の思いは、念仏とともに難思の
法海に流して行くのだ。
大きないのちの流れに、わたしのいのちをゆだねて行こう。

連続無窮にして、願はくは休止せざらしめんと欲す。
無辺の生死海を尽さんがゆゑなり。

そして、最後の最後に、「菩薩みな摂取せん」となります。

どの様な方々、いづれも、阿弥陀の手の中にある。

そのことを、どうぞみなさん、ご承知おきください。
少なくとも、この書を読む機縁のある方々においては。

そのように私は受けとめさせていただいた。

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「菩薩みな摂取せん」と。

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「菩薩みな摂取せん」と。

これが親鸞聖人が著された『教行信証』の「化身土文類」の最後の
言葉です。

この最後の言葉は、『華厳経』から引用されている。
なので、親鸞聖人ご自身の言葉ではない。

ただ、この言葉が最後に添えられているのです。
そこに親鸞聖人の深い思いがつらなるということは、想像に難くない。

現在での括りは、「後序」となっている。

この言葉は誰に向けられたのであろうか。
ご自身か、それとも出家者も在家者も含めた道俗のものたちか。

すべての者たちよ、という意味合いがあるのでしょう。
もちろん親鸞聖人ご自身も含めてである。

弥陀の誓願にみる、十方衆生、迷いの者たちよ。
それは出家者であろうが、在家者であろうが関係ない。
すべて末法の世の迷える存在であるのです。

とするならば、本願文にある、「唯除五逆誹謗正法」に対しての言葉、
親鸞聖人の思いなのかもしれません。

本分を書いてみます。
「もし菩薩、種々の行を修行するを見て、善・不善の心起こすことあり
 とも、菩薩みな摂取せん」と。

なぜそれが十方衆生に対してかと言うと、その前の文にこうあります。

「しかれば末代の道俗、仰いで信敬すべきなり、しるべし。」
『華厳経』の偈にのたまふがごとし。
とあるからです。

爾者、末代道俗、可仰信敬也。可知。
如『華厳経』偈云。「若有菩薩修行種種行起善・不善心、菩薩皆摂取。」

これは、この後序で述べている「主上臣下」という、戦時中に『教行信証』
から削除された文に通じることもあるでしょう。

それは、親鸞聖人ご自身にも。

それが、法蔵菩薩の願いである。

すべての人に、自分の思いだけではどうしようもない心がある、行いが
あるのです。
それを深く見つめられていた、親鸞聖人のお心ではないか。


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ある日の電話・・・ご門徒さんの思い。

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年明けのある日、お寺にいました。
すると、電話が鳴りました。
出てみると大阪の方だと言う、もちろん全く面識はありません。

お話しは、浄土真宗そして親鸞聖人のことについてでした。
その方は、連研を受けておられるが、どうもその方の住職の話しに
納得できないと言うことでした。

それで、他の住職にも話しを聞いてみたいと言うことだったと思いま
す。ホームページやブログで情報発信していると、ときどきこの様な
お電話がかかってくることがあります。

仏教や浄土真宗を学ばれる方々は、熱心に勉強されておられる方が
多いのです。
もちろん、それぞれのお考えがおありですから、中途半端にはお答え
できませんし、教学でも先生によって捉え方が違うこともあります。
ときにはそれによって、宗派が分れることになることもあるでしょう。

もう一つの問題点は、それは僧侶の側にあります。
浄土真宗はこうだ、親鸞聖人の教えはこうだ、と言い切られる方が
多いと言うことです。
でも実際は、言葉の受け売りであったり、勝手に儀礼や荘厳はこう
だと思い込んでいたりする。
教義的な背景や歴史をすっとばしている、昭和から平成にかけての
僧侶にはその様な方が多いのも事実です。

実は、これは連研そのものが起因している問題でもあるのです。
勝手に浄土真宗や親鸞聖人を枠にはめる、その背景にある儀礼や
経過を無視してきた結果だったりします。
まして親鸞聖人が九十歳の人生の中でたどり着かれた竟地だけを
取り出して、これが教えだと言い切ってしまう。
そこには取り残される人々や、納得できないままのご門徒さんを、
置き去りにしてしまうこともあったでしょう。

それでいて、法事や葬儀の意味を勝手に解釈したり、衣の色にこ
だわったりしてきたのです。
それでは本当の親鸞聖人のみ教えから遠くなるでしょう。

その方ともお話しをし、一緒に考えました。
やはり、釈尊と親鸞聖人の教えの原点をもっと、聞いて行かなくては
なりませんねと・・・。
そして阿弥陀如来の願いも。

もちろん、浄土・往生浄土、阿弥陀如来の存在。
その本来目に見えないものを、私自身の問題として受け止めて行く
ことも大切なことです。

念仏ひとつで救われて行くいのち。
その念仏ひとつと言うことを、一人ひとりが、どう聞いて行くか、どう
受けとめて行くかが、大切なことだと思うのです。

その先に、初めて絶対他力のはたらきを感じることができるのでは、
そう思っています。

そして、連研も以前の流れのままであれば、時代に取り残されて
しまいます。
釈尊と親鸞聖人のみ教えをしっかり伝えて行ける場でなければ、
その意味を失ってしまいます。

そして現代のテーマにも、しっかりと取り組んで行くことが重要な
ことになるでしょう。
そこを離れてのみ教えはないのですから。

鳥取因幡組も第7期連研が始まります、その時期にこの様な電話
があったこと感謝しています。
自分自身の思いを、もう一度しっかりと見直させられるお言葉で
した。



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其仏本願力・・・「尊号」。

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『仏説無量寿経』の巻下にある言葉。

「其仏本願力 聞名欲往生 皆悉到彼国 自致不退転」


「其仏本願力」というは、弥陀の本願力と申すなり。

「聞」というは、如来の誓いの御なを信ずと申すなり。

「欲往生」というは、安楽浄刹に生まれんとおもへとなり。

「皆悉到彼国」というは、御ちかいのみなを信じて、生まれんとおもう人は、
みなもれずかの浄土に到ると申す御ことなり。

「自致不退転」というは、「自」はおのずからという、おのずからというは、
衆生のはからいにあらず、しからしめて不退の位にいたらしむとなり、
自然ということばなり。
「致」というはいたるという、むねとすという、如来の本願のみなを信じる
人は、自然に不退の位にいたらしむるをむねとすべしとおもへとなり。
「不退」というは、仏にかならず成るべき身と定まる位なり。
これすなわち正定聚の位にいたるをむねとすべしと説きたまへる御のり
なり。

以上は、宗祖である親鸞聖人の『尊号真像銘文』からいただいた。

このご文は、葬儀のとき唱えることが多い。
納棺の際には、「尊号」とともにお入れするときのご文でもあります。

その方が、本願をお聞きになって、仏となられること。
その意味を込めて、お唱えするのだ。

どうぞ間違いなく、お聞きください。

そしてかならず仏となる身に定まりますように・・・。
それは阿弥陀如来の願い。

迷い多きいのちであるけれど、だからこそ弥陀の願いがある。

明日はお通夜、この「尊号」をお持ちする。

そして葬儀でお称えさせていただく。

私もその願いを聞かせていただく。

親鸞聖人と和讃と念仏。

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『正信偈』を唱える。

そのあとに、和讃と念仏を唱えて行く。

『正信偈』では、念仏と和讃六首が、毎朝のおつとめで繰り返される。

ここに宗祖である親鸞聖人の伝道布教の姿があると聞いた。

関東での親鸞聖人の布教。

文字も読めぬ人々へ、他力念仏を説かれて行く。

法然上人の高弟でさえ理解できなかった、他力念仏の教えである。

どうしても自力を交えなければ理解できなかったのです。

自力と他力の境目は、一般的に考えるほど簡単ではない。

ただでさえ難しい教えであった、それを関東の人々に説いて行く。

当時、その親鸞聖人の教えに入って行かれた門徒衆は多い。

それはなぜか・・・今の教義理解では量れないことでしょう。

そこで、何が民衆を惹きつけたのか。

そこには、やはり親鸞聖人が比叡山で身に付けていた儀礼への憧れ

があったとも言われています。

都で流行している念仏・・・礼賛・念仏和讃・不断念仏、等々。

ときに和讃は、念仏とともに、田畑を耕す人々に唄われる。

生活とともに、念仏と和讃があったのでしょう。

そして、浄土が約束される、その浄土への憧れ。

現在では、親鸞聖人のみ教えばかりがクローズアップされている。

でも、その伝道布教の根底には、親鸞聖人が儀礼のプロフェッショナル

であったことが欠かせない要因だったということがある。

その時代の最高峰である比叡山で長年修行され、そのトップクラスで

あった親鸞聖人の儀礼、そこに憧れがあったと考えるのは容易である。

そして、その教えは民衆の生活の中に入って行ったのでしょう。

親鸞聖人は『正信偈』に念仏と和讃を唱えておられたのかも知れません。

そんな一面から、親鸞聖人の関東布教を見て行くのも、興味深いこと。

教義だけではない親鸞聖人のお姿が、見えて来るかも知れません。

『正信偈』と和讃念仏をお唱えするとき、そんな思いがふと頭をよぎる。


帰命無量寿如来・・・偈。

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帰命無量寿如来・・・、それは『正信偈』の始まりの言葉。

「偈(げ)」とは偈頌とも表現されるが、梵語のガータを音写したもの。
意味としては、詩句の形式で、教えや仏や菩薩をほめたたえた言葉
である。

その詩句は、四字・五字・七字で表現される。

ちなみに『正信偈』は、七言(字)一句で、六十行百二十句で構成され
ています。
すなわち、文字数は840文字となる。
『般若心経』は262文字ですから、写経となると一日ではちょっと難し
いかも知れませんね。

六十行百二十句なりと、親鸞聖人ご自身がその著作に記されている。

『正信偈』は、親鸞聖人の著述であり、浄土真宗の根本となる聖典で
ある、『教行信証』の「行巻」の最後に記されています。

本願寺を始めとして、毎朝のおつとめには『正信偈』が勤められる。
蓮如上人の時代に、お勤めが『往生礼賛』から、誰でも唱えやすい
ということで『正信偈』が使われるようになったと言われている。
ただ、文献では親鸞聖人も『正信偈』を唱えていたとあります。

その『正信偈』の最初の言葉が、帰命無量寿如来で始まるのです。

帰命無量寿如来とは、南無阿弥陀仏を展開した言葉で、同じ意味に
なります。
南無阿弥陀仏は梵語を音写した言葉。
それを漢訳した言葉が、帰命無量寿如来となります。

帰命とは南無である。
阿弥陀は大きく二つの意味に展開される。
それは無量寿と無量光(不可思議光)とに。

それは阿弥陀如来のはたらきである本願他力の及ぶところ。
時間的永遠性をあらわす無量寿。
そして空間的無限性をあらわす無量光。

その阿弥陀如来の本願のはたらきは、永遠そして無限であるという
ことになるのです。

そのはたらきの中に、私たちのいのちが包まれているということ。

『正信偈』の意図を親鸞聖人にお伺いすると・・・

「しかれば大聖(釈尊)の真言に帰し、大祖(七高僧もしくは曇鸞)の
解釈に閲して、仏恩の深遠なるを信知して、正信念仏偈をつくりて
いはく、」

無量寿如来に帰命し、不可思議光に南無したてまつる・・・
と『正信偈』がはじまるのです。

この『正信偈』は「行巻」にある。

やはり、阿弥陀如来のはたらきによって、私たちがその光の中に
あることを感謝し、毎朝お勤めさせていただくことなのでしょう。

その光に包まれている・・・

行は私の側でなく、阿弥陀の側にあるのです。
法蔵菩薩因位時~五劫思惟之摂受。

やはり他力の世界である訳です。


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ニューヨークの親鸞聖人・・・続編・悲しみは海を渡る。

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ブログを読まれた方から、メッセージをいただいた。

私が以前書いた、NYの親鸞聖人に対してのお言葉でした。
お寺に入る前、NYに一人旅をした。
その目的の一つが、NY本願寺に行くこと。
当時のご住職にお問合せすると、おいで下さいとのことでした。

NYに着き、アパートに荷物を下ろすと、すぐにNY本願寺に向かった。
アッパーウェストの、コロンビア大学から近い場所、ハドソン川沿いの公園
のすぐそばに静かに本願寺はあった。

そこには、親鸞聖人の像が川の方を見つめながら立っておられたのです。

この像は、広島で被爆した像であるとお伺いした。
そのことを書いたブログへのメッセージでした。

 この親鸞聖人の像は、被爆後、広島の平和公園にあった。
 その後、信教の自由や政教分離の声が強くなり、平和公園から移転せざ
 るを得なくなった。
 そこで、この親鸞聖人像を、NYの本願寺に平和への願いを込めて移すこ
 とのなったそうです。
 船でサンフランシスコまで渡ったのでしょう。
 そこからは、ふたりの日系二世の方が、サンフランシスコからニューヨーク
 まで、単発飛行機で移送されたそうです。
 それは、命がけの飛行だったとのこと。
 
そこに、どれだけの思いがあったかを考えると、深く思いが脳裏を横切る。
まして、原爆はアメリカ人にとっては正義であり、戦争を終結させたものとの
感覚がある。

そこにこの、親鸞聖人の像が海を渡って、ニューヨークに移ったのです。
そして、今もニューヨークの静かな住宅街に、立っておられる。
そこには、じっと耐え忍び、そして人々の心の安心を求められた、親鸞聖人
がいらっしゃる。

その思いが、胸をこみあげてくるのです。

ふたりの日系二世の方々のことは、ほとんど語り継がれることはないそうで
す。
でも、そんな陰になって、み教えを伝えてこられた方々の意志がある。
そんな思いで、浄土真宗、そして親鸞聖人の思いが、今に篤く伝えられてい
るのだと強く感じたのです。

合掌

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(右が私です、左のお二人は当時の住職夫妻)
大変お世話になりました、いつかまた機会を作って、光澤寺においでいただ
きたいと思っています。

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親鸞聖人、『教行信証』の最初と最後の言葉。

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弘誓強縁多生叵値、眞實浄信億劫叵獲。
遇獲行信遠慶宿縁。若也此廻覆蔽疑網更復経歴曠劫。
誠哉摂取不捨眞言、超世希有正法、聞思莫遅慮。

というこのご文。

「ああ、弘誓の強縁、多生にも値ひがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。
 たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。
 もしまたこのたび疑網に覆蔽せられば、かへつてまた曠劫を経歴せん。
 誠なるかな、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮するなかれ。」
                                     (註釈版聖典)
「ああ、この大いなる本願は、いくたび生を重ねても出遇えるものではなく、
 まことの信心はどれだけ時を経ても得ることはできないのだ。
 思いがけずこの真実の行と真実の信を得たならば、遠くかこからの因縁を
 よろこべ。
 もしまた、このたび疑いの網におおわれたなら、もとのようにはてしなく長い
 間迷い続けなければならないであろう。
 如来の本願の何とまことであることか。摂め取ってお捨てにはならないという
 真実の言葉である。世に超えてたぐいまれなる正しい法であるのだ。
 この本願の意味を聞いたならば、思いためらうことなかれ。」
                                    (現代語版)
これは親鸞聖人の著された『教行信証』の序文の一節です。
とても有名な言葉ですから、浄土真宗を学ばれた方であれば、聞いたことが
あるでしょう。
もしくは、好きな言葉なのかも知れません。

そして、この『教行信証』の最後に、『安楽集』より引文された言葉。

「いかんとなれば、前に生まれんものは後を導き、後に生まれんひとは前を
 訪へ、連続無窮にして、願はくは休止せざらしめんと欲す。無辺の生死海を
 尽くさんがためのゆゑなり」と。

この二つの文章、親鸞聖人の『教行信証』最初と最後の方にある。

その最後の最後には、

「もし菩薩、種々の行を修行するを見て、善・不善の心起こすことありとも、
 菩薩みな摂取せん」と。

で締めくくられている。
これは『華厳経』からの引用です。

この三つの言葉に、親鸞聖人の思いを聞くことができるのではないかと思う。

その思いに出遇ったならば、「聞思し遅慮することなかれ」なのです。
そして、「菩薩みな摂取せん」なのです。

慈悲に三縁あり。

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慈悲には三縁ありという。

一つは、衆生縁。
これは小悲なり。

二つには、法縁。
これは中悲という。

三つには無縁。
これは大悲である。

如来の大悲は無縁なのです。
ゆえに絶対。

大悲とはすなわち、出世の善である。
安楽浄土は、この大悲より生ぜるがゆえなればなり。
ゆえに、この大悲を言いて浄土の根とする。

ゆえに「出世善根生」というなり。

これは、天親菩薩の浄土論の解説書である『往生論註』を、親鸞聖人が
引用されて、『教行信証』に述べられているものです。

親鸞聖人の、往生浄土に関わることは、この『浄土論』と『往生論註』に
依るところが大きい。
天親と曇鸞、いわずもがな、親鸞聖人が最後に、自ら名を選ばれた方々
である。

親鸞聖人の詠まれた和讃にはこのように・・・。

「小悲小慈もなき身にて  有情利益は思うまじ
如来の願船いまさずば  苦海をいかでかわたるべき」

       (正像末和讃 悲歎述懐讃)

わたしには小悲も小慈もなき身である
そんな私に、衆生を救おうなんて思いなどない
たとえ思っても、適えることなどできない
如来の願いがなければ この苦海をどう渡って行くことができようか


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他力といふこと。

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浄土真宗、すなわち親鸞聖人の教えは他力である。

日本に伝わった大乗仏教は、最終的に自力聖道門と他力浄土門へと展開
されて行く。

その過程で、浄土の教えが一つの宗派となって、日本で結実して行くのだ。
日本で最終的に展開された仏教は、この浄土の流れであると言えるでしょう。

親鸞聖人が正信偈で説かれた、「真宗教証興片州」には、この様な意味が
込められているでしょう。

その他力の解釈は、いろいろな見方から説かれています。
基本的には、阿弥陀如来の本願のはたらきのみを他力という。
では、その他力とは一体どんなものなのか。

どの立ち位置で説くかによって、言葉の違いがあると思いますが、全体像を
とらえると、私はこの様に考えるのです。

仏教では、縁起を説きます。
龍樹の説いた縁起は、空と無自性に展開されて行きます。
龍樹であるから、大乗仏教における縁起観であるでしょう。

また、龍樹は、縁起を釈尊の説いた教えへと回帰させようともされている。
当時仏教の主流であった、説一切有部を中心とした、上座部仏教で説かれ
た縁起は、釈尊の説いた縁起ではないと考えたのです。
それが大乗仏教の理論構築となって行ったことは、ご存知の通りです。

その縁起における空は、日本の禅宗を中心にひろまった無に通じるもので
はありません。
この無の思想は中国と日本独自に展開されたものと考えた方が良いでしょう。
つまり、中国での翻訳作業における、誤訳とされています。
でも、それがひとつの、日本の禅と言う思想形成につながっています。
侘び寂びという、ひとつの文化にもなっているのでしょう。

この縁起という思想において、私たちのいのちを見つめて行くもの。
ただ、このいのちを無常な存在として終わらせないもの。

縁起を大きく包み込む存在、それが他力というものであると考えます。
浄土真宗では、あまり空ということを直接説いてはいませんが、空を含めた
縁起と言うものを、支える存在、包み込む存在として、他力はあるのだと、
私は考えます。

以前にも書きましたが、親鸞聖人の教えは、全編にわたって空で貫かれて
います。
その空を包み込む、無常のいのちを包み込むものこそが、他力なのだと
感じるのです。


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浄土真宗の悟りへの道を歩む。

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浄土真宗では悟りということを、どの様にとらえるのか。

それは、この世のいのちが終わり浄土に往生することでしょうか。

ただ親鸞聖人は、それだけで終わっているのでしょうか。
浄土に生まれ仏となること、それは阿弥陀の願いである。

ただその結果、今の私たちがどの様に生きるのかということ。
これが一番大切なことでしょう。

完全なる仏の悟りは、この世に生きている限りは、やはり望むべくもない。
私たちは、この世界に生きている限りは。
ただ、悟りを得ることと同じ心になることはできる。

それは現生正定聚(げんしょうしょうじょうじゅ)という位につくということ。
浄土真宗は、この現生正定聚ということが大切な意味を持つ。
それこそが、私たちの世界で成し遂げられることなのです。

そこは、すでに不退転の地である。
その心に至ったならば、もう元に戻ることはないのです。

悟りと同じ状態なのです。
ただ、まったく同じではない。
それは、仏と私たち人間の差なのでしょう。
どうしても、生きている私たちではたどり着くことのできない境界がある。

でも不退転の位に住することができる。

それは、すべてが一体となるところ。
御同朋・御同行の世界です。

そこに本当の歓びがある。
そこでしか味わえない喜びなのでしょう。

すべてがあるがままの世界。
そう悟りの世界と同じなのです。

その地にたどり着けば、もう後戻りはしない。
そんな竟地。

畢竟(ひっきょう)である。

そこが、私たち浄土真宗が歩む道となる。

それは絶対他力、この世での究極の悟りの世界へ導くもの。
絶対他力とは、究極の悟りの道であるのです。
本当は最高に難しいことなのでしょう。

でも、それを親鸞聖人は、皆が分かる様に伝えたかったのだと。
なので、いろんな誤解を生んでいるのかな。

そんなことを感じたりします。

南無阿弥陀仏  合掌

私のおもいを受けとめてくれる場所は…。

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『顕浄土真実教行証文類』、化真土文類の後序には、このようなことばが。

「慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。」

よろこばしいかな、心をぐぜいのぶっちにたて、おもいをなんじのほうかいに
ながす。

浄土真宗の教えを説かれてきた中で、最後の竟地。
このご文は、「大唐西域記」に出てくるのだそうです。

難思とは、私が思いいたすことができないくらいの、阿弥陀如来の深い思い。
私のすべてのおもい、念をすべて受け止めてくる場所、それが難思の法海。
阿弥陀如来のおもいの海に、すべてを流して行こう。
この私のおもいを。

そして、こころは阿弥陀如来が誓った、悟りの国であり涅槃である、浄土に
いたる。
すべてを受け止めて下さると言うその思いに、すべてをおまかせし、浄土に
生まれ往くことを心に樹てる。

私のこころは、思いは、ときとして行き場所がない。
行き場所がないと、苦しくて悲しくて、どうしようもない。
でも、そこに阿弥陀如来の難思の法海があったのだ。
私のすべてを、すべての思いを受け止めてくれる場所が・・・。

そして、私も浄土に往くことができるのでした。
極楽浄土に往生するのです。
そして、そこでは悟りを得て仏となるのです。

ああなんとありがたいことか、よろこばしいことか。

「ただ、仏恩の深きことをおもうと、周りの人々の嘲りがあったとしても恥とは
しない。」
ただその道を信じて歩いて行くのだ。

やはり、この思いを私も信じて行きたい。
いや、信じて行くしかないのだ。

南無阿弥陀仏・・・親鸞聖人の解釈とは。

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南無阿弥陀仏は六文字です。

この六文字の解釈は、たとえば善導大師と親鸞聖人は微妙に違う。
違うと言っても、親鸞聖人の場合は、さらに展開して行くといった感じですが。

ここでは、親鸞聖人の六字の解釈を、そのまま記してみることに。

親鸞聖人の著述である、『顕浄土真実教行証文類』の行文類の六字釈です。
そして現代語版の和訳。
まったく、自分の言葉を入れずに、そのままに・・・。


しかれば南無の言は帰命なり。帰の言は、至なり、また帰説なり、説の字
は、悦の音なり。また帰説なり、説の字は、税の音なり。悦税二つの音は
告なり、述なり、人の意を宣述するなり。
命の言は、業なり、招引なり、使なり、教なり、道なり、信なり、計なり、召すなり。
ここをもって帰命は本願招喚の勅命なり。
「発願回向」というは、如来すでに発願して衆生の行を回施したまうの心なり。
「即是其行」というは、すなわち選択本願これなり。
「必得往生」というは、不退の位に至ることを獲ることを彰すなり。

『大経』には、「即得」といえり、釈(易行品)には「必定」といえり。
「即」の言は願力を聞くことによりて報土の真因決定する時剋の極促を光闡する
なり。

「必」の言は、審なり、分極なり、金剛心成就の貌なり。」
                                (浄土真宗聖典註釈版)


「南無」という言葉は帰命ということである。
「帰」の字は至るという意味である。また、帰説という熟語の意味で、「よりたのむ」
ということである。
この場合、説の字は悦と読む。また、帰説という熟語の意味で「よりかかる」という
ことである。この場合、説の字は税と読む。
説の字は悦と税の二つの読み方があるが、説といえば、告げる、述べるという
意味であり、阿弥陀仏がその思召しを述べられるということである。
「命」の字は、阿弥陀仏のはたらきというという意味であり、阿弥陀仏がわたしを
招き引くという意味であり、阿弥陀仏がわたしを使うという意味であり、阿弥陀仏
がわたしに教え知らせるとという意味であり、本願のはたらきの大いなる道という
意味であり、阿弥陀仏の救いのまこと、または阿弥陀仏がわたしに知らせてくだ
さるとという信の意味であり、阿弥陀仏のお計らいという意味であり、阿弥陀仏が
わたしを召してくださるという意味である。
このようなわけで、「帰命」とは、わたしを招き、呼び続けておられる如来の本願
のおおせである。

「発願回向」とは、阿弥陀仏が因位のときに誓願をおこされて、わたしたちに往生
の行を与えてくださる大いなる慈悲のこころである。
「即是其行」とは、衆生を救うために選び取られた本願の行という意味である。
「必得往生」とは、この世で不退転の位に至ることをあらわしている。

『大経(無量寿経)』には「即得」と説かれ、『十住毘婆沙論』には「必定」といわれ
ている。
「即」の字は、本願のはたらきのいわれを聞くことによって、真実報土(浄土)に
往生できる因が定まるまさにその時ということを明らかに示されたものである。
「必」の字は、明らかに定まるということであり、本願の自然のはたらきという
ことであり、迷いの世界にありながら正定聚の位に定まるということであって、
金剛心を得ているすがたである。
                             (浄土真宗聖典・現代語版)

これだけ読んでも、なかなか良く分りません。
それでも親鸞聖人は、ご自分の解釈を、丁寧に丁寧に解説されている。
少し違うだけで、この六字の解釈が違う方向に解釈されるかも知れないから。

経典が翻訳によって、その解釈が違っていることを、多くの書籍や経典を読まれ
て理解されていたのでしょう。
この親鸞聖人のご努力と、多くの著作によって、浄土真宗の教義はその道を
大きく外れることなく、現代に伝えられている。

でも、その究極の解釈が、「浄土真宗ニテアレ」というものになっている様にも
思います。

基本は、人々のすくいの一点にあるということを、忘れてはいけない。

そのために、親鸞聖人の教えがあり、そしてこの解釈があるのですから。
私たちが気をつけることは、その立場が逆になってはいけないということ。

よく逆になっている僧侶の方々がいらっしゃいます。
もちろん、私も気をつけなければなりません、法話でもそんなときが・・・。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え18・・・法の深信「阿弥陀の願いは、」

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弥陀の誓願はなぜ起こされなければならなかったのか。

そのことを問うこと、すなわち法の深信ということになる。
法とは、その教えであり、仏の思いということ。

それは、機の深信で話したこと、私自身と言う存在があるからこそ、その願い
は起こされた。
迷い深き、そして無明の存在である私。
その存在が光に照らされる、その光が法なのでしょう。

それは阿弥陀のはたらきであり願い。
その思いが私に届けられる。

『観経疏』の散善義にはこう書いてある。
「二つには決定して深く、かの阿弥陀仏の、四十八願は衆生を摂受したまふ
こと、疑いなく慮りなくかの願力に乗じてさだめて往生を得と信ず。」

このことは、自らは迷いの世界からでることができない身であることを知る。
だからこそ、この阿弥陀仏の本願力、すなわち他力にすべてをまかせるしか
往生の道はないと信じること。

それを疑うことなく。

たとえば、念仏の回数を問題にしたとき、それは阿弥陀仏の願力を疑うことに
なる。
それは、自力のはからいだから。
だから浄土真宗では、念仏の回数を問うことはない。
ただ、その念仏の意味を問うのである。
それは、疑いなく慮りなく、なのです。

この法の深信は、迷い深く、自力の限界を知ることによって、開かれる。
私たちの一番の迷いは、やはりそのいのちであろう。
そこには、自分では解決できない問題が大きく横たわっている。

そこから自分のいのちを見つめて行くのだ。
その限界と思った先に、無限のいのちが広がっている。
それが、阿弥陀の願いなのです。

そんな私のために法がある。
だから私と言う存在がなければ、その法、阿弥陀の願いもなかった。
私という迷いの存在と、法は一体であったのだ。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え17・・機の深信(きのじんしん)。

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      (今年は境内の、シャクナゲがたくさん花を咲かせました。)

ここでは、まず「機」の深信を見つめてみる。

機とはすなわち、すくわれる存在である私たち、つまり私と言う存在のこと。
救いの対象である。

この機のことを説いたものに、善導大師の著された、有名な『観経疏』におけ
る「散善義」の一節がある。

この一節は、鋭く、そしてまっすぐに心に届けられるのだ。

先ず、深信についてである。

「言深心者、即是深信之心也。亦有二種。」とある。
深心ということは、すなわち深信のことである。その深信には二種ある。

そして、機の深信を説く。

「一者決定深信自身現是罪悪生死凡夫、曠劫已来、常没常流転、無有出離
之縁。」
ひとつには、自分と言う存在は、罪悪深重で生死の迷いから抜け出せない
凡夫であり、はるか遠くの昔より、その迷いの中で、常に没み、常に流転し、
とても自分で、その迷いから抜け出すことは適わない存在なのだ、ということ
を、深く心に識ることである。

機とは、そういう私のことなのです。
自身を深く省みたとき、自身を冷徹に見つめると、まさにそんな自分に気づか
される。
そのとき、本当の浄土真宗のみ教えが、私に届けられるのです。

それまでは、絶対他力であるとか、悪人正機であるとか、言葉はいろいろある
が、それはあくまでも客観的な目線か、もしくは学問での立場でしかなかった。
そう他人事なのです、まさに悪人は他の人。

親鸞聖人の説かれる悪人とは、そう自分をおいて他にはいない。
それはなぜか、私が弥陀の誓願に出遇うのだから、私が救いの目当てである
のだから。
十方衆生と誓われた、すなわちすべての衆生、みんなである。
でも、私にとっては、私が救われて行くのです。
私が救いの目当てであったと、気づかされる。

それまでは、誰が、どういう人が、救われるのかを考えていた。
でも、そうか私のための願いであった、そう気づく。
そのとき初めて、機の意味を知る。

悪人正機とは、まさにそう言うことなのです。

自分のことでありました。
そんな私に対して、十五劫も昔に、弥陀の誓願がおこされていたのでした。

親鸞聖人が、「ただ親鸞一人がためなり・・・」と言われた言葉の意味。

それまでは、衆生の救われる道を追い求めておられた、そして浄土の教え
に出遇われる。
一心に、十方衆生の救いの道を求められる。

そして、その十方衆生の救われる道を追い求めていたとき、それは私自身の
ための道であったと知る。

その瞬間は、「何と言うかたじけなさよ・・・」と感じ入る、痛み入るしかない。

浄土真宗の信心は、先ずそこから始まる。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え16・・・他力の心は二種。

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このテーマは、以前いも書きましたが、浄土真宗では重要なテーマなので
もう一度、詳しく書いてみたいと思います。

他力とは二つの心であらわされます。

そう言うと、二種類の違う考え方があるのかと思うが、実はそうではない。

他力の心をあらわすときに、二つの見方があるということ。
つまり二種類のものがあるのではなく、一つのものを違うところから見た
ものと言うことです。

どういうことかと言うと、救われるべき対象である、私と言う存在。
そして、その私を救うという仏の願い、つまり仏様のはたらき。

他力の信心とは、この二種の深信であらわされるのです。

救われるべき対象である私の存在を、機と表現する。
機とは救いの目当てと言うことです。
つまり、私と言う存在が無ければ、仏の願いも存在しない。
そうなれば、浄土真宗の教え自体が存在しないと言うことになる。
浄土真宗とは、すくわれる対象である機、すなわち私が存在して初めて、
その教えが説かれるのです。

この私からの見方を、機の深信(きのじんしん)と言う。

それでは、もう一方は、救いの側から見た見方となります。
救いの側、つまり仏様の側になります。
仏様の救いのはたらき、つまり本願力と言いますが、その仏の本願力の
ことを、法と言います。

この仏の側からの見方を、法の深信(ほうのじんしん)といいます。

他力の心は二種と言うことは、つまり別のことをいっているのではなく、
私と言う立場からと、仏様の立場からの、それぞれの方向から見たも
ので、あくまでも一つのことを言っていると言うことになります。

私の心と、仏様の心です。
その両方があって、初めて本願他力のはたらきがあるのです。

たとえば、紙と言う存在があります。
紙には、裏表ありますが、表が無くては裏が無く、裏が無くては表も存在
しない。
そんなイメージでしょうか。
どちらも切り離せないものです、そしてどちらが無くても存在しません。
そして、どちらから見ても、紙は紙という存在です。

二種の深信もそれと同じです、不離一体のものだと言うことを、先ず理解
しておくことが、二種深信の始まりになります。

それでは、次の機会に、機の深信と法の深信の話しをしてみたいと思います。

親鸞聖人の歩まれた道 ・・・ 浄土三部経と三願転入。

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今日の朝、お納骨があったので、お参りに行っていた。
先ずは、ご自宅で読経をする。

今は、魂の読経がテーマです。

そのとき、ふと『阿弥陀経』を唱えながら感じたこと。
「浄土三部経」は、やはり、親鸞聖人のご生涯そのままの経典なんだと。

それは、道を求めて、自力から絶対他力へ至る旅そのもの。

「浄土三部経」の解釈にはいろいろある。
親鸞聖人のお考えはこうだ。

先ず、弥陀の四十八願のうち、私たち衆生を直接願ったのは三つ。
第十八願と第十九願と第二十願。

それは十方衆生と願われているから。
その願に浄土三部経を当てはめてみる。

第十八願が『仏説無量寿経』
第十九願が『仏説観無量寿経』
第二十願が「仏説阿弥陀経』
となる。

親鸞聖人の歩みは、第十九願から始まる。
それは『仏説観無量寿経』の世界。

それは比叡山時代、数々の修行をしながら、仏の道を歩む。
不断念仏、常行三昧、瞑想も試みられたかも知れない、華座観など。
でも迷いは晴れない。

そこには、親鸞聖人自身と時代に打ち捨てられた民衆の姿。
どちらも脳裏にはあったであろう。
自力と他力を大きく分けるのは、実はその先に十方衆生がいるかどうか
ではないかと感じる。
そして、自身をその十方衆生の中に置けるかどうかだ。

十方衆生を切に願うと、他力へと舵を切る。
自力をタノム人は、我が道を自らの力で歩もうとする。
でも、その先は、実は他力しかないことに、まだ気づいていない。
仏教の悟りは、実は他力に至ることだということに。

苦悩の中で、親鸞聖人は六角堂に参籠し、比叡山を下りる決意をする。
そして、吉水の法然上人の元へと行かれるのである。

吉水では、自分の考えがあったが、まだ手探り状態ではなかったか。
他力に進むと決意はしていた。
その背景も自分なりに整理できていた。
ただ、時代はまだ自力の仏道しかない時代。

吉水が、親鸞聖人にとって第二十願の生活であったろう。
法然上人門下の兄弟子は、誰一人、絶対他力の教えは理解していな
かったでしょう。
そこは念仏の世界ではあったが、その念仏は自力往生のための念仏
であったのです。

第二十願は自力念仏往生が説かれている、まさに『仏説阿弥陀経』の
世界であるのだ。

若一日、若二日、若三日 ・・・ と念仏を唱えるのだ。
ここでの念仏は、唱えるであろう、称えるには至っていない。

そして、兄弟子との論争もありながらも、独自の道を歩む。
法然上人も、親鸞聖人のその探究心と情熱は、痛いほど分かっていた。
自らは智慧の世界にいることしかできないが、自分とは違う親鸞聖人
に、その実践を託されたのでしょう。
親鸞聖人の結婚の意味は、そこにあるとしか考えられないのです。

そして、念仏停止から流罪へと、法然上人と親鸞聖人を、時代が引き離す。
そこからの親鸞聖人は、他を意識することなく自ら信じた道を歩まれる。
法然上人によって覚信に変わった、絶対他力の世界へと。

確信である、覚信でもある、覚信尼、娘の名前でもある。

そして、関東へと行かれる途中、上州佐貫にて、まさに自力念仏から抜け
出せていない自分に気づく。

そこからは、他力念仏の道になられるのだ。
二十九歳で、自力を棄て他力に帰すと誓われてから、十数年の時間を経て
いるのです。

親鸞聖人も、自力の道から他力の道へと、一瞬に変わられたわけではない。
まして、他力に帰されてからも、自力から抜け出せない自分がいた。
絶対他力は、最終的に行き着く場所である、そこを最初から教義でガチガチ
にすると、枠にとらわれてしまう。
浄土真宗ニテナカレ、なのだ。

関東での生活、その伝道布教。
そして京で、その教えを集大成する。
その時代を経て、晩年に「自然法爾」に至る。
その世界こそ、絶対他力であるでしょう。
最愛の息子である、善鸞を義絶せざるを得なかった、親鸞聖人自身の慚愧。

その他力の世界が、第十八願の『仏説無量寿経』
それが、仏教の究極的な悟りの世界でもある。
まさに十方衆生のすくい、そこには他の力を一切受け付けない。
それこそが金剛心であるだろう。

ただ、この親鸞聖人の浄土三部経の見方、そして十九願から十八願へと至る
三願転入。
そこには、すべて共通するものがある。

真実はそこにある、だけど最初からその道に進むのは難しい。
だから方便を使って、その道へと進ませて行くのです。
方便とは、衆生を真実の教えに導くための、仏の慈悲のことを言う。
私たちへの仏の教えは、方便によって成り立っているのです。

だからこそ、『仏説観無量寿経』も『仏説阿弥陀経』も、方便の経と言いながら
も、『仏説無量寿経』と同じ教えを説いていると、親鸞聖人は考えられた。

従来の教えは、三経差別といって違う教えを説いていると考えられた。
親鸞聖人は、三経一致といって、違う教えを説いているようで、実は同じ教え
を説いていると考えられる。

三願と三経。
まさに、どちらも親鸞聖人が、自ら実践の中で感じ取られた教えなのです。
そこまで実践できた僧侶は、中国にも日本にもいない。

ある意味では、法然上人と親鸞聖人の、大いなる実験でもあったのでしょう。

今ごろ、浄土ではお二人はハイタッチされているか。
うーーーん、それはちょっと違うかも知れない。

自分たちのやってきたことより、今の時代の方が遅れてるな。
ちゃんと分かった人は、ほんまに少ないわ・・・とお嘆きか。

特に法然上人に至っては、目を覆うばかりであるでしょう。

阿弥陀如来のすがた・・・。

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阿弥陀如来の存在、それを私たちはどう感じるのか。

浄土真宗では、阿弥陀如来の存在をあらわすとき、二種の法身をいう。
二種とは、法性法身そして方便法身である。

浄土真宗のご本尊の裏書に、方便法身となっていることがある。
これをみて、方便だから本物ではない、という方々がよくおられる。
これは、親鸞聖人のおこころも、浄土真宗のみ教えも、理解していない方々
と思えば、まず間違いないのです。

ときどき、浄土真宗の僧侶でさえ、その様に言われる方がいる。
これでは、他宗派や新興教団の方々にそう言われても、仕方ないか。
と思ったりもしますが・・・。


親鸞聖人は、『唯信鈔文意』にこのようにお示しになられている。
できるかぎり、そのまま書いてゆこうと思います。


先ず、この教えを必要とする私という存在。

みな、いし・かはら・つぶて(小石)のごとくなるわれらなり。
如来の御ちかいを、疑いなく信楽すれば、摂取の光の中におさめとられ、
かならず大涅槃のさとりをひらかせたまう。

極楽」と申すは、かの安楽浄土なり。
よろずのたのしみつねにして、くるしみまじわらざるなり。
かの国を安養と申す。

「涅槃界」というは、無明のまどいをひるがえして、無常涅槃のさとりをひら
くなり。
「界」とはさかいという、さとりをひらくさかいなり。

涅槃」をば滅度という、無為という、安楽という、常楽という、実相という、
法身という、法性という、真如という、一如という、仏性という。

仏性すなわち如来なり。

この如来

微塵世界
にみちみち・・・すなわち一切群生海なり。

この心に誓願を信楽する・・・この信心は仏性である。

仏性とは・・・法性なり。

法性すなわち・・・法身なり。

法身は・・・いろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず、
       ことばもたえたり。

この一如よりかたちをあらわして、方便法身ともうす御すがたをしめして、
法蔵比丘となのりたまいて、不可思議の大誓願をおこしてあらわれたもう
御かたちをば、天親菩薩は「尽十方無碍光如来」なずけたてまつる。

この如来を、報身と申す。

誓願の業因に報いたまえるゆえに報身如来と申すなり。

この報身より応身・化身らの無量無数の身をあらわして、微塵世界に無碍
の智慧光を放ちたもう、ゆえに尽十方無碍光仏と申す光にて、かたちも
ましまさず、いろもましまさず。
無明の闇をはらい、悪業にさまたげられず、これゆえに無碍光と申すなり。

無碍とは、さはりなきこと。

しかれば、阿弥陀仏は、光明なり、光明は仏の智慧のかたちなりと知るべし。


つまり方便法身も、仏のすがたなのである。
ちなにみ方便とは、私たちをさとりへと導く、仏の慈悲のことを言います。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え15・・『歓喜初後(かんぎしょご)』

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浄土真宗の信心のすがた、それは歓喜。
喜びあふれるすがた。

その歓喜がおこるところに、私たち衆生の三業つまり「身業」「口業」「意業」が
関わることはない。

阿弥陀如来の智慧と慈悲のはたらきによって、私のこころに信心が生まれる。
そのときそこには、私のはたらきというものはないのだ。

そのときを「信楽開発の時剋の極促」と表現する。

もしその最初の信心を得たとき、私の行為が関わるのなら、それは絶対他力
ではなくなる。
それでは自力の行者となるであろう。

最初の信心を得たときのことを「初起」「初発」「初際」ともいう。

私たちは他力の信心をいただくのであるが、人は最初から他力信心ということ
はないのでしょう。
浄土真宗の僧侶には、浄土真宗は他力信心の教えだから信心には他力しか
ないと思っている方が多い。

自力の話しをしようものなら、あなたの考えや理解は違う、とすぐに言う。
「論語読みの論語知らず」という話しがあるが、浄土真宗の僧侶にはそんな
場面を良く見かける。
自分がまるで親鸞聖人になったかのようである。

そこで、その様な話しをするから、迷う人が出てくるのであろう。
要は、実際の信心の場に立たないで、学校や研修などで聞いた学問の信心で
理解しているからそんなことになる。

教義はあっても、そこまで到達するには、いろんなことがあるのです。
実際に法然上人のお弟子さんたちでさえ、自力の壁をなかなか超えることは
できていないのです。
だから今でも自力念仏往生を説くのでしょう。
養老孟司さんの「バカの壁」ではありませんが、人は一旦自分自身の頭で
理解したことは、その壁に阻まれて、違う価値観を受け入れることが難しいの
ではないでしょうか。

それでは、その他力の信心をいただくまでの私の信心は何であろうか?
自力の信心なのか、他力の信心なのか、全く別の信心なのか。

信心のときを特定しようとすると、そんな迷いが生じてくる。
そこをさも見極めるかのような話しをする方々もおられる。
人々の迷いを取り去るかのような、さも親鸞聖人の教えの様な顔をしている
ので、みんなそう言うことだったのかと感じてしまいやすい。

私たちが、阿弥陀如来の本願の意味を聞いて行くことの大切さがそこにある。
私たちは聞いて行く側なのだ、その思いを、その願いを、そのご苦労を聞くこ
としかないのです。

聞き続けていると、いつかそれが私の中で知らない内に、他力の信心の心が
おこっているのでしょう。
だから、そのときを私は特定できないのだ。

歓喜は、そのときではない。
その信心を得た後に、私の喜びの表現となるのです。
歓喜と言う信心を得た私のすがたは、信心を得るその瞬間ではなく、その後に
わたしの表現として出てくるものなのです。

これを浄土真宗では『歓喜初後(かんぎしょご)』と言います。


親鸞聖人に聞く浄土真宗のみ教え14・・「信心」を得たのはいつ?

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浄土真宗にとって信心が大切といわれる。

でもこの信心ということがよく分からない。
では自分が信心を得ていると分かるものだろうか。
もし分かるのなら、それはいつ?

言うのは簡単であるが、それを理解するのが微妙なのだ。
というのも、そのことに関しては一人ひとりの思いが違うので、「こうですよ。」と
言われても、「そうなの?」ということがあるからです。

浄土真宗では信心を得たときを『信楽開発の時剋の極促』という言葉を使い
ます・・・(しんぎょうかいほつのじこくのごくそく)と読みます。
これじゃ読み方も分からない?
そうですね、これは僧侶に対しての講義くらいでしか使いません。

分かりやすく言うと「信心を得た瞬間・信心を得たそのとき」って感じでしょうか。

このことを解釈して行く上では、本当は図で私たちの信心の流れを、時間軸で
見ていくことが分かりやすくなるのですが・・。

弥陀の本願を聞く、その聞くときには私たちには自力という作業が加わってい
ます。
念仏も、頭では他力念仏と理解している様でも、実際には自力念仏であること
もあるかも知れません。
最初の念仏から他力念仏である人は、稀であろうと思います。

でも「信楽開発の時剋の極促」からは、他力の念仏へと変わっている。

そんなことを言われると、熱心な方や真面目な方は、他力の教えであると理解
しているだけに自分の念仏は他力念仏でないといけないと感じてしまうことが
あります。
なので自分は信心を得ていて、他力念仏だと思いたいのです。

ここが、ちょっとこの信心の注意点になるのです。
まあいえば、ここが落とし穴にはまるところでもあるのです。

先に回答を申し上げておくと、浄土真宗つまり親鸞聖人の説かれる信心の瞬間
は、私たちには何時かということは特定できないと言うことなのです。
自分では、「その瞬間は分からない」ということを先に知っておくことが大切。

とにかく、焦らない、アセラナイ、あせらない、ですね。

ここが浄土真宗の『信心正因』にもつながる、大切なお話しなのです。

「なんじゃそりゃ・・・。」
ごもっとも、でもそこには深い意味があるのですよ。
それを浄土真宗では「お味わい」といったりします。

どうも私は、浄土真宗の何でもへりくだったように「お」とか「み」とか「いただいた」
とかをつける習慣には馴染めないところがあったりするのですが・・・。
こんなことを言ってると、「なっとらん」とかって言われそうです。

敬いは大切ですが、本当に心からそう思ってるの?
なんて、つい考えちゃうのがいけないのでしょうね・・・反省。

かく言う私も、このテーマでは「み教え」と書いてました。

という訳で、次回も少しこの信心のときの話してみます。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え13・・「三一問答」衆生の三心。

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                                 (西本願寺 飛雲閣)
仏の三心とは、三心をすべて仏の心とする。
すなわち仏によって成就している三心は、智慧と慈悲が欠けることなく備わり
南無阿弥陀仏の名号となってはたらいている。

仏の智慧を至心、仏の慈悲を欲生。
そしてこの智慧と慈悲の完成によって衆生を救いとるということに何の疑いも
ない、そこに仏の信楽が成就する。
これは、至心と欲生の二心によって信楽一心が成立しているので「二心成一」
というのである。

次に、「生仏相望の三心」という見方もある。

これは至心と欲生を仏の心として、信楽を衆生の心とすると言う見方。
これを「仏二生一」という。
仏の智慧の徳である至心、仏の慈悲の徳である欲生、その智慧と慈悲が完成
した『名号』である「南無阿弥陀仏」にすべてをゆだねることが衆生の信楽とす
るものである。

また至心を仏の心とし、信楽と欲生を衆生の心とする解釈もある・・「仏一生二」。
至心は仏の真実心、信楽は衆生がその真実を受領する無疑心、欲生を無疑心
の信楽に具わっている決定要期のこころと解釈する。

今まで「至心」・「信楽」・「欲生」という、本願に説かれている「三心」の考え方を
説明してきました。

なんじゃこりゃ、と思われたかも知れませんが、経典を読み解くと言うことの難し
さを少しは感じて頂けたかも知れませんね。
鎌倉時代までに日本に入ってきた経典は、すべて漢文で入ってきています。
その漢文も、元はサンスクリットやパーリ語を中国の漢字に翻訳したもの。
そして、元々の経典も口伝で伝えられたものを、スートラに書き写したもの。
その本当の心を読み明かすのは、本当に気が遠くなるほどの時間と努力と
その志がなくてはとてもできない作業である。

逆にいえば、現代でその作業をするということは不可能かも知れません。
コンピューターではそこまで解析することはできないから。
元々、漢文への翻訳は国家事業として取り組まれたほどですから。

といって、まだ「三一問答」が終わった訳ではありません。

まだ最後に、衆生の三心(約生の三心)が残っているのです。
これは、三心を衆生の上で語る場合で、そこにさえ三通りの見方がある。

一つ目は、「三重出体(さんじゅうしゅったい)」と言われる見方。
これは、至心の体を名号とし、信楽の体を至心とし、欲生の体を信楽とする
解釈である。
ここでいう体とは本質ということ。

〈至心の体〉=「名号」・・・至心は「信」の体。
〈信楽の体〉=「至心」・・・信楽は「信」の相。
〈欲生の体〉=「信楽」・・・欲生が信楽の別義。

衆生が名号を受領したのが信心であり、その信心の本質は真実心(至心)。
その心の相(すがた)は疑蓋無雑である信楽。
その信楽は、往生浄土を間違いないと思う安堵の思い(欲生)を具えてい
るので、欲生は信楽に備わっている義を別に展開したものとなる。
つまり、信楽のほかに欲生という別の心があるのではないということをあき
らかにするもの。

衆生の三心は、このほかにもある。

「至心」と「欲生」を「信楽」に具わっている智慧と慈悲の徳であるとする見方。

「至心」を「心を致して」と解釈し、「信楽」を言い表すものとして信楽の信じる
すがたを示すもので、「欲生」を「信楽」の別義とする見方。

以上、約生(衆生の側)の三心を説いてきたが、約生の三心はどの場合も、
「至心」と「欲生」の二心は、「信楽」の一心におさまるのである。

つまり衆生の三心は「信楽」一心におさまるということなのです。
これを「一心攝二」といいます。

今回は「三一問答」を一気に説明したので、かなり長くなりました。

この様に、『本願』はとても短いご文であるが、その意味合いを解釈してゆく
となると、様々な解釈が必要となり、その解釈毎に意味を問うて行かなけれ
ばならない。

少なくとも、本願を説明して行く過程では、このすべてを説明することはなく
とも、説く側は少なくともすべてを念頭に置いて話さないといけない。

聞く側の人々も様々に感じるのであるから。
すべて知っておけば、皆さんからどの様な質問を受けても、その判断が
可能になる。

やはり、仏法は一期一会である。
次という機会はないのです・・・。

この内容は浄土真宗本願寺派の殿試を受けるときの、ほんの一部の内容
にすぎません。
「三一問答」は、本願の三心と天親菩薩の一心をどのように解釈して行くか
という、浄土真宗の教義の根幹である「三心一心」という論題の中の一部
です。
でもこれを把握していないと、僧侶として本当は浄土真宗の『本願』を皆さん
に話すことはできないということ。

で僧侶のほとんどは理解していないのでしょう。
それでもみんな「本願、本願」って言っています。
やはり浄土真宗の場合、僧侶がみんなを惑わしているのかも・・・?

今回は、このくらいで。

Foooou・・・!

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え12・・「三一問答」仏の三心。

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                                (西本願寺 唐門)
では「三一問答」の内容をちょっと。

先ず、本願では「三心」と説かれているが、なぜ天親菩薩(世親)は「一心」と説
いたのか?

それは私たち衆生が涅槃に至る真実の因は、信心一つであることを理解させ
るためであった。

「涅槃真因唯以信心、是故論主合三為一歟。」
                             (教行信証 信巻 三一問答)

三心である「至心」「信楽」「欲生」はすべて疑蓋無雑(ぎがいむぞう=前に解説
しています:NO.9)である。
それを下記へと説きすすめられている。

「真知、疑蓋無間雑故、是名信楽。信楽即是一心」
                             (教行信証 信巻 三一問答)

疑蓋無雑とは「信楽」のことを意味しており、すなわち「三心」がそのまま「一心」
であるのだ。
つまり「三心即一心」であることを明らかにされていることになる。
これは文字の意味から解釈しているので、字訓釈という。

次に、ではなぜ本願において如来は「一心」とされずに「三心」と誓われたのか?
これは、その教えから解釈されて行くので、法義釈といいます。

これは、衆生には本来「至心」「信楽」「欲生」の三心とも無いのである(=機無)。
三心は阿弥陀如来が完成させ(=円成:えんじょう)、衆生に与えて下さったもの
(=回施:えせ)である。
それが衆生においては、疑蓋無雑の信楽一心として成立する(=成一:じょうい
つ)ということなのです。

まとめて、「機無円成 回施成一」と表現されるのである。

往生成仏は、衆生においては信楽一心におさまる。
ただ「三心」を誓われたのは、阿弥陀如来が成就して回施された智慧の徳であ
る「至心」も、如来の慈悲の徳である「欲生」も、その智慧と慈悲を円かに具えた
無疑決定の「信楽」も、すべて如来が成就し衆生へ回施されたものであることを
示すものである。

これを仏(約仏)の三心というのである。

次には衆生(約生)の三心を問うてみたい。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え11・・「三心一心」のこと。

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実は「三心」の解釈の元は『観経(観無量寿経)』にある。

「上品上生者、若有衆生、願生彼国者、発三種心、即便往生。
 何等為三。一者至誠心、二者深心、三者廻向発願心。具三心者、必生彼国。」
                        
                            (仏説観無量寿経 正宗分 散善)


法然上人はこの『観経』の三心、つまり「至誠心」「深心」「廻向発願心」をもって
「三心往生」を説かれた。
そしてそれを、本願の三心「至心」「信楽」「欲生」に関係づけられている。

親鸞聖人はこれを受けさらに展開し、本願を説いた真実の教である『無量寿経』
にその根本を見出していかれようとされるのだ。

そして「信心」の一心こそが往生浄土の正因であり、そのことをあきらかにしたも
のが、『浄土論』の「世尊我一心」であるとたどり着かれるのです。
これが、浄土三部経に『浄土論』を加えて三経一論とする由縁でもある。

その結果として三心とは『観経』の三心ではなく、本願に示された三心である
「至心・信楽・欲生」であると見出されるのである。

親鸞聖人の三心の解釈はそこにあります。
尚、親鸞聖人は『観経』のこのご文にある「即便往生」から、往生には「即得往生」
と「方便往生」があると見ていかれていることも付け加えておきます。

三心のとらえ方に「約仏=仏のお心」と「約生=衆生の心」があるとは前回話しま
したが、この三心のとらえ方にはもうひとつ、「生仏相望」の心があるのです。
つまり仏も衆生の両方が相望む心。

「至心・信楽・欲生」の三心のとらえ方として、約仏と約生、そして生仏相望の心も
含めて考えてゆくのだ。

それでは「至心」と「信楽」と「欲生」の三心は、それぞれ誰の心なのだろうか?

それを解き明かして行くのが「三一問答」である。

三一問答の問答とは次の二つで構成される。

①本願では往生成仏の因が「至心・信楽・欲生」の三心で説かれているのに、
  天親菩薩はなぜ「一心」と言われたのか?

②第一の問において、三心が一心におさまるとしたならば、それではなぜ
  阿弥陀如来は一心と誓われずに三心と誓われたのか?

これらの問いを、約仏・約生・生仏相望のそれぞれの心で解釈をしてゆくことに
なります。

これは、浄土真宗において本願を説く基本の部分なので、少し細かく説明して
いるので、ちょっと長くなります。
前提となることをお話しするだけでも、ちょっと時間がかかりました。

この次から「三心一心」の本題に入って行きます。

               ※参考資料:浄土真宗本願寺派「新編安心論題綱要」

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え10・・仏の側、衆生の側。

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法話のとき、教えを話すとき、注意することがある。

それは、今はなしていることは仏の側からのことか、衆生の側からのことか。
それを意識して話さないといけないということ。

たとえば浄土真宗で「南無阿弥陀仏」という名号(みょうごう)があるが、仏の
側からの「南無阿弥陀仏」か、私たちが称える「南無阿弥陀仏」かでその意味
が違ってくるのである。

意味が違うと言うとちょっとニュアンスが違うかも知れません。
心持ちが違うと言った感じでしょうか。
仏の心と私の心。

仏教では、仏の側のことを「約仏」と表現し、衆生の側を「約生」と表現する。

「三心一心」もまさにこの約仏と約生をしっかりと認識することが大切になる。
特に浄土真宗では、このことがとても重要なのだ。
どっちの立場で語っているのか。

仏か衆生か、浄土か穢土か、彼岸か此岸か、無為か有為か。

私たち人間は、仏の世界のことを人間世界に置き換えて話しをする。
たとえば「他力本願」などはまさにその典型でしょう。
約仏でしか語らないところを約生の世界で話しているから、いい加減なこと
になるのです。
仏の世界を人間の都合で話しているということ。

もちろん僧侶でも、ちゃんと認識していない人もいる。
もしくは、僧侶自身が仏の立場で話してる、勘違い僧侶はたくさん。
僧侶だって聞く立場、それをあたかも仏の立場で話すからおかしくなる。
自分は教えてやってると思ってるとそうなる、そんな人多くないですか?

法事をしてやった、葬儀をしてやった、法話をしてやった、教えてやった。
本来、浄土真宗の僧侶にはそんなことはありえないのです。
でもそんな僧侶はたくさんいる。

それはすでに浄土真宗の僧侶ではない。

お布施も僧侶がいただくものではないのだ、お布施は阿弥陀様に対して
のもの。
それを僧侶がお預かりするものなのです、お預かりしたものであれば、
おのずとその使いみちも、仏に向けたものになるのである。

してやったと思う僧侶は、自分の懐に入る。
それはすでにお布施ではない。

今回少し話が逸れましたが、浄土真宗の教えでポイントとなることですの
で、ちょっと寄り道しました。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え9・・仏の心。

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                             (西本願寺 阿弥陀堂)
仏の心とは。

浄土真宗でいう本願とは、『無量寿経』において説かれたもの。
阿弥陀如来がまだ仏となる前の修行のとき、その法蔵菩薩が立てた誓願で
ある「四十八願」の中の「第十八願」のことをいう。
これは十八番目に誓われた願いだから「第十八願」なのです。

その「第十八願」の中のに、『至心・信楽・欲生』という仏の心が説いてある。
これを仏の三心というのである。

『至心』とは真実心。

『信楽』とは疑いなき心。
これを浄土真宗では「疑蓋無雑(ぎがいむぞう)」と表現する。つまり、自らの
心に蓋をしてすくいを疑う、そんな疑いが一切まざらない心ということです。
疑いの蓋を取り払った雑念の無い心。

『欲生』とは往生浄土が決まり、その浄土に生まれることを信じる安心の心。
間違いなく願われた浄土に往生するというゆるぎない心のこと。
これを「決定要期(けつじょうようご)」と表現する。

この「三心」に天親菩薩(世親)が『浄土論』で説いた「一心」の心を加えた
解釈が「三心一心」といわれ、その解釈を巡って「三一問答」が展開されて
ゆくのです。

『浄土論』の一番最初に有名な一節がある。

「世尊我一心 帰命尽十方 無碍光如来 願生安楽国」

この『無量寿経』の本願文で説かれた三心と、『浄土論』で説かれた「我一心」
の解釈が、この「三一問答」ということになるのです。

この問答は、浄土真宗の教義の中核である『無量寿経』の「本願文」の中の
三心と、その解釈で最も重要とされる『浄土論』の一心とはどういうことを説い
ているのかという問答であるので、浄土真宗にとってとても重要な解釈となる
ところです。

この解釈ができないと、本願を説くことはできず、つまりは浄土真宗の教えは
説けないということになります。

少し長くなるので、その続きは次回「三一問答」にて。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え8・・「疑うことなく」無有疑心。

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浄土真宗の教えで大切なことは、「疑うことなく」ということが根本にあります。
何を疑うことなくかといえば、やはり弥陀の本願になります。
つまり、「仏願の生起・本末」を自分の思いを入れないでそのまま受け止める。

弥陀の本願しか私たち衆生がすくわれる道はないのだから、そのことを疑う
ことなく信じる。
それがすべて。

人間ですから、中々心から信じることができない。
つまりどうしても自力の心が起きてしまう、逆に自分の様な罪深い人間なん
か絶対救われるわけがない云々。

この様にどうしても考えてしまうのでしょう。
本当は、この自力ほどいい加減なものはないのですが・・・。
なぜって、本当に自分ってあてになりますか?

自分にとって一番大事なもの、何があっても一番大事なもの、それは「いのち」。
これだけ自分と切り離せない一番身近なもの、自分だけのもの。
この「いのち」があてにならない、自分ではどうしようもないものなのです。

自力の行者はその道を進む、進んで進んで途中脱落する人も。
でも進んで進んで、最後はやっぱり他力に行き着くのです。

自力の先には行き着くところがないのです。
完璧な人間なんてこの世に存在しないから。
そのことに気付き、すべてを私というものを、すべて任せる。
最後はやっぱり他力に行き着く。

たとえ俺はこんな悪人だから救われないと信じるのではなく、こんな私に対し
て阿弥陀様が願いをかけてくれていた。
・・・そのかたじけなさよ・・・なのでしょう。
やはり最後はお任せするしかない。

なんでも人間世界へ置き換えて、自力・自力というところに、この現代の闇が
広がる。
縦社会の関係性、他力は横へと展開して行く教え。

浄土真宗の他力は、人と人との関係ではない。
仏と人の関係のみなのです。
仏から人への関係性においてのみ、絶対と言うことが成り立つ。
阿弥陀如来から衆生への関係性のみが「絶対他力」。

「疑うことなく」信じて、そして任せる。

ただ注意が必要なのは、お任せするといってもそれは往生浄土の悟りのこと
であって、浄土真宗だから何もしなくて良いなんて親鸞聖人は仰ってない。

その教えに近づく努力は必要、それは他力の世界ではない。
人間の努力だから。
人々の「苦」を取り除く努力はしなくてはいけない、それは他力の世界ではない。
実際に親鸞聖人は、その実践をされておられるではないか。
浄土の教えを追求し、そして伝え広めると言う努力を死ぬまで。

ただ他力の道に入ったならば、その行動や考え方が変わる。
仏や周りに対して感謝の念が生まれ、そこから「いのち」を生きる人となる。
ということが大切なのです。
阿弥陀様の思いに応えて行くという生き方になるということが、他力の背景に
あるもの。
『恩徳讃』という親鸞聖人の和讃にはそのことが書いてある。

「如来大悲の恩徳は
    身を粉にしても報ずべし
        師主知識の恩徳も
           骨を砕きても謝すべし」
                             『正像末和讃』(誡疑讃)

浄土真宗の僧侶自身が他力をはき違えてる場合が多々あるので、あまり
僧侶の言うことをそのまま信じない方がいい場合もあるかも・・・。
先生と言われる方でも普通にそんなことあります。

自分の都合のイイことだけを持ってして、他力を使うことなどない。
他力とは浄土真宗の僧侶の都合ではないのだ。

皆を迷わせてるのは、実は浄土真宗の僧侶なのかも。
言葉だけは「ありがたい、ありがたい」と言ってる僧侶が本願を信じてなけれ
ば話にならない。
言葉の上だけでは、そして最後は「他力」という言葉に逃げ込む。
他力とは本当はそれだけの覚悟が必要なんだと思う。
それを人にお伝えする、少なくとも僧侶に関しては。

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