8月初旬の青空に包まれて、快適な空の旅を続ける飛行機内に朱里はいた。

 旅行に出かけるわけではない。

 なんと、今回、朱里が採用されたバイトは、業務が海外にて行われるものだったのだ。

 バイトで海外、というのは世にも珍しい状況ではあったが、朱里はあまりそういうことを深く気にするタイプではないらしい。

 求人広告に書かれていた職名は「マジシャンの助手」で、会社名は「艶魔術社」という朱里が聞いたことのないものだった。

 艶魔術社とは、どうやらマジックショーを運営したり、マジシャンの派遣業務を行ったり、といったことを基本業務としている会社だという話だ。


 その「2泊3日で給与50万円支給」という信じがたい好待遇に、応募を即決した朱里。

 前回の帰り道では、「もう高時給の怪しいバイトはしない」といった旨の発言をしていたはずだが、この破格の条件を見て、その誘惑に朱里は屈したのだった。

 それでも、若干の怪しさは感じつつ。

 他の者からすれば、「若干」どころの騒ぎではないのだが。

 しかも、朱里の応募への決心を後押しするかのごとく、その条件にはまだ続きがあって、「飛行機代、食事代、宿泊代、その他現場での経費は全て艶魔術社が負担」「2泊3日だが、マジックショーの出演時間は40分で、練習とリハーサルを合わせても実質3時間以内。それ以外の時間は自由行動」「業務は決して難しくなく、当日でも簡単に覚えられる」などと書かれていた。

 応募資格も「18歳から25歳くらいまでの女性」「経験不問、未経験者大歓迎!」「やる気のある方、笑顔を絶やさない方を募集いたします!」とあり、18歳で未経験ながら、やる気と元気には自信がある朱里にとってはぴったりの内容に思える。

 さて、肝心の業務内容詳細についてだが、「マジシャンの助手として、マジシャンと一緒に二人でマジックショーのステージに上がり、マジックの補助や手助けをする」というものだった。

 そのマジックショーというのが、「セクシーマジックショーinサバニボシ共和国」というタイトルのショーで、サバニボシ共和国という欧州の小国にて行われるらしい。

 サバニボシ共和国へは、日本から飛行機で片道12時間以上かかるため、往復24時間以上は飛行機の中で過ごすということになる。

 現地滞在期間は丸1日ほどで、かつ、3時間ほどの拘束時間で済むというのに、給与が超高額……このことがやはり、朱里が応募する上で最大の動機となったといえよう。

 この好条件に心惹かれたのは朱里だけではなかったらしく、「急募! 採用1名のみ! 3日間以内に選考結果通知」とあったはずなのに、19名もの応募があったようだ。

 アルバイトにしては、相当な狭き門だったはずだが、それでも朱里は採用された。

 本人は「すっごく運がよかった! 今年はツイてるなぁ」と思っていたが、採用に至った理由としては運だけでは決してないだろう、もちろん。

 ともかく、こうした経緯で、サバニボシ共和国で行われるショー出演のため、朱里は機上の人となっていた。



「こんな遠出を強(し)いてしまい、大変申し訳ない」

 窓側に座っている朱里の隣に座る紳士が、朱里の方を向いて言った。

 朱里は水色のワンピースという普段着だったが、この紳士は真っ黒なスーツを着ている。

 紳士の名前は、ムッシュ・ポロリ。

 むろん、本名ではなく芸名で、本名は中村というらしい。

 この紳士こそ、艶魔術社の代表取締役社長であり、首席マジシャンでもある人物だ。

 その芸名からは外国人やハーフを連想されるが、生粋の日本人で、ちょびヒゲと長いもみあげが自他共に認めるトレードマークだという。

 年齢は35歳という話だったが、その容貌はどう見ても40歳は優に越えているようにみえる。

 このポロリ自身が、二人いた面接官の片割れをじきじきに務めていたそうで、ポロリの一存で朱里の採用が決まったということだった。

「いえ、お仕事ですから、何ら支障はございません。ですが、やはり色々と伺っておきたいことが……」

「結構です。何でも聞いてくださいね」

 親切そうな様子をみせ、ポロリが言った。

「まず……。やはり私としても、業務内容をもっと詳しく教えていただかないと、不安で仕方ありません。現地で十分覚えられる内容とは伺っておりますが、正直なところ、さほど記憶力には自信がなくて……」

「これは失敬。あまりに簡単な内容なので、台本を渡すことすら忘れておりましたな。こちらが台本ですぞ」

 そう言って、ポロリは見るからに薄っぺらい小冊子を朱里に手渡す。

 朱里が視線を落とすと、表紙には「艶魔術の奥義書 持ち出し厳禁」とある。

 奥義書という割には安っぽく、どう見てもコピーした数枚の紙をホッチキスでとめただけの代物だ。

「そもそも、豊色魔術って何なんですか? ホーショクってところが分からなくて」

「マドモアゼル。豊色ではなく艶です。それで一文字でして、音読みで『えん』と読みますぞ。我々の社名にもなっておりますゆえ、ぜひとも早急に覚えていただきたいですな」

 今さらこういう失礼にも思える質問をされたにも関わらず、ポロリには少しも気を悪くしている様子は見受けられない。

 ちなみに老婆心ながら、「マドモアゼル」とはフランス語で「独身の女性を指す敬称の単数形」で、この場合は「お嬢さん」という感じで呼びかけている。

 そして、「ムッシュ」もまた、フランス語において「男性への敬称」として使用される語であり、どうやらポロリはかなりフランス好きなようだ。

 事実、彼はフランスへ留学し、マジック修行に明け暮れていた時期があって、フランス語はペラペラらしい。

 また、これから向かうサバニボシ共和国の公用語であるサバニボシ語も、日常会話は問題なくこなせるレベルだという。

 英語も流暢に話す彼は、語学に長(た)けているようだった。





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