恥辱の授業から数週間後―――。
5月半ばの晴れた夜、胡桃は親友二人と一緒に、旅館のやや広い一室で憩いのひと時を過ごしていた。
修学旅行で、高校のある県からはるか南方にあるこの県までやってきた胡桃たちは、一日目の日程を全て終えて、宿泊する旅館にやって来たのだ。
そしてこの旅館にて、なかなか豪勢な夕食を楽しんだ後、学年でたった三名しかいない女子が、胡桃の部屋に集まって、おしゃべりをしているところだった。
男子たちは三人ないし四人で一部屋を割り当てられていたのだが、女子は一人で一部屋使うことを許されており、女子三人は程度の差こそあれこの優遇措置には素直に感謝はしていた。
碧里と美緒に向かって、嬉しそうに胡桃が言った。
「こんな、そこそこ広い部屋を独り占めさせてもらえるなんて、さすがこの学校だね。色々我慢させられることも多いけど、こういうときに『この学校に来てよかった』って思えるかな」
僅か半月ほど前に、美術の授業であんなことをされた人とは思えないセリフだ。
あの出来事の直後は、クラスメイトの一部から散々からかわれたり、冷やかされたりした胡桃だったが、「一切反応せず、無視を続ける」という態度をとり続けたことが奏功し、今となってはそうした心無いことを言う人はほとんどいなくなっていた。
気まずさにより、しばらくはぎこちなかった矢上との会話も、完全に元通りの調子に戻った胡桃。
この日の班別行動でも、同じ班になった胡桃と矢上は、いつも通りに仲良く過ごし、修学旅行を目一杯楽しんでいた。
胡桃はごくごくたまに、あの美術室での出来事を思い出すことはあったが、その頻度はかなり低く、もし思い出したとしてもすぐに頭から消し去れるほど、もはやあまり気にしていない。
美緒が呆れたように言った。
「そのポジティブさを見習いたいよ……。確かに、この厚遇ぶりには感謝してないこともないけど、それにしたって普段から色々我慢させられている内容が、あまりにも酷すぎるでしょ。その最もたるものが、私にとってはあの身体計測で……。こういう待遇ぐらいでは、私には大きな慰めにもフォローにもなってないよ」
「胡桃の気持ちも、美緒の気持ちも、どちらも分かる気がする」
頷きながら碧里が言葉を続ける。
「胡桃の言う通り、一人一部屋を割り当ててもらえたことは素直に嬉しいよ。だけど……例えばお風呂のことだって……。露天風呂があるって聞いて、旅行前から楽しみにしていたのに……。修学旅行生が泊まる旅館のお風呂が混浴だなんて、聞いたことがないよ……」
この言葉に、美緒が強く頷いて言う。
「でしょ。私だってすごく楽しみにしてたんだけど、到着してから混浴だと知らされてがっかり。楽しみが一つ消えちゃったよ」
碧里も頷き「だよね」と言う。
胡桃は二人の顔を見比べながら尋ねた。
「じゃあ、美緒も碧里も、お風呂はパスなの?」
美緒がまたしても呆れた様子で言う。
「当たり前じゃん」
「え~! 碧里と美緒が一緒に入ってくれるから、我慢して入れると思ってたのにぃ」
あきれ果てた様子の美緒は言葉も出ないようだ。
碧里は苦笑しながら胡桃に言った。
「男子たちが絶対見てくるの、分かってるのに、それでも胡桃はお風呂に入りたいの?」
「だって、汗で気持ち悪いし!」
「私たちだって、きっちり女湯と男湯が分かれてたのなら、そりゃ入りたいに決まってるけれど、こういう状況だからやむなく我慢するんだよ」
「え~~! じゃあ、ホントに二人とも、入らないつもりなんだ……」
ここで美緒が口を挟んだ。
「我慢するしか仕方ないでしょ。男子にじろじろ見られて、必死で身体を隠しながらお風呂に入るなんて、絶対に嫌だし。幸い、この旅館に泊まるのは今日だけだから、一日だけの我慢で済むしね」
「うわ~! 二人が一緒に入ってくれることを期待してたのにぃ! お風呂に入る女子が私だけになっちゃうと、色々と心配だから、美緒か碧里か、二人のうちどちらかだけでも、一緒に入ってくれない?」
「だから~! 碧里も私も嫌だって言ってるでしょ。ね、碧里?」
美緒の言葉に、強く頷きながら「うんうん」と言う碧里。
胡桃ががっくり肩を落としながら言った。
「あ~あ、お風呂に入る女子は私一人になっちゃうのかぁ。親しい男子たちに、周りをがっちりガードしてもらいながら入ろうかな」
今度は美緒が苦笑して言う。
「どうして、そこまでしてお風呂に入らなくちゃいけないの?」
「だって、今日けっこう暑かったし、移動も多くて汗をたっぷりかいたでしょ。部活や体育が終わってからのシャワーを欠かしたことがない私が、こんなの我慢できるわけないじゃん。それに、ここの露天風呂、夜の海や夜空が見えて、景色がすごいらしいんだから!」
「まぁ、確かに胡桃らしいかな。でも、もし本気で入浴するつもりなら、ちゃんと信頼できる男子と一緒にね。碧里も私も一緒に行けないんだから」
「うん、ありがと」
胡桃は真っ先に矢上の顔を思い浮かべる。
あんな出来事があったにも関わらず、胡桃にとっての「最も仲の良い男子」は矢上だった。
碧里が思案顔で言う。
「今、7時半だから、多分あと1時間くらいは、男子がお風呂に殺到してるんじゃないかな。8時半ごろから、あまり男子がいなさそうな頃合を見計らって、入るといいかも」
「アドバイスありがと~! 信頼できる男子と一緒に行くから、心配しなくて大丈夫だよ。露天風呂の話はこのくらいにしておいて、明日の自由行動の計画を立てようよ!」
翌日の第2日目にも、短時間ではあるが「自由行動」の時間が用意されていて、班やクラスに関わらず好きなメンバーで好きなところへ行くことができる予定になっていた。
もっとも、行動可能な範囲は決められていたし、集合時間も厳守なので、あまり遠くへは行けないが。
そして、三人の話題は、翌日のことへと移っていった。

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