『神苦楽島』がおもしろかったので、さっそくまた内田作品を読みました。
この『箸墓・・・』は文字通り、箸墓古墳を始めとする纏向遺跡の周辺が舞台です。
遺跡の発掘をめぐる人間模様に引き込まれます。内田康夫さんにハマりそう。


taste:★★★★★

箸墓幻想 (角川文庫)箸墓幻想 (角川文庫)
著者:内田 康夫
販売元:角川書店
(2004-10)
販売元:Amazon.co.jp

内田康夫(2003/2004)角川文庫

邪馬台国の研究に生涯を費やしてきた孤高の考古学者・小池拓郎が殺された。その直後、彼の発掘していた古墳から邪馬台国の手がかりと思われる銅鏡が発掘され、考古学会は騒然となる。浅見光彦は、小池が寄宿していた当麻寺の住職から事件解決を依頼され、早春の大和路へ向かった。考古学者が残した1通の古い手紙と色褪せた写真― 住職の娘・有里とともに事件を追う浅見は、いつしか時を超えた女達の妄執に搦め捕られてゆく。古代史のロマンを背景に展開する格調高い文芸ミステリー。
(角川文庫 内容紹介)

その通り、古代史のロマンを背景に展開する格調高いミステリーです。
箸墓古墳のすぐ近くの、ホケノ山古墳。物語はここの発掘現場から始まります。
そこから発掘されたのは、邪馬台国畿内説の裏付けにもつながる銅鏡。
この大発見と、孤高の考古学者・小池拓郎の謎の死が重なります。

当然、この発見で一躍脚光を浴びた考古学者・丸岡孝郎が疑われます。
しかしそこには、過去から現在に至る間、脈々と流れた愛憎の確執が―。
古墳の発掘に携わる考古学者たちが求めるロマンと、その周辺の人間関係。
これらが複雑に絡み合う、奥の深いミステリーでした。

この小説も、読み始めてすぐ、最近テレビドラマで観た記憶が呼び起こされました。
内田康夫さんの「浅見光彦シリーズ」は、頻繁に2時間ドラマになっているんですね。
はい、これもドラマ化にふさわしい背景とストーリー展開でした。
僕の興味ある世界にぴったりハマって、ドラマも小説も僕は大満足でした。

遺跡の発掘や出土品の復元って、たいへんな作業なんですね。
何が埋まっているのかわかりませんし、その文化的な価値もすぐにはわかりません。
街中で突如、遺跡と思われるものが発掘されたら、たいへんなことになるでしょう。

かつて東京で、そんな事態に遭遇したと思われる工事現場がありました。
10年くらい前、僕が勤務していたオフィスの近くでのできごとです。
あの遺跡は、あれからどうなったのでしょう・・・

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《遺跡発掘、東京の場合。・・・》 
僕にとっての今年最大のイベントは、6月に女房と二人で出かけた「イタリア満喫8日間」である。ちょっと高かったけど、会社から与えられたリフレッシュ休暇と幾ばくかの旅行券を利用したこの旅で、確かに僕らは十分にリフレッシュできた。今年の年賀状に使う写真も、これで決まりである。

女房は、中世の佇まいをそのまま現代に残すようなフィレンツェの街がお気に入りだったようだ。でも僕は、ダントツでローマ。千年単位の年月を過ごしてきた数々の遺跡たちに、奥深いロマンを感じたのである。

ローマの街には地下鉄がほとんどない。地下街もなくはないけど、実に貧弱なものだと言う。何せ、そこら中から遺跡がざくざく出てくるものだから、おいそれと地面を掘ることはできないのだとか。現代の都市が、そんなある種の「やさしさ」に支配されているのも、なんだか微笑ましくて好きだった。

それに比べると、東京は地下鉄だらけの地下街だらけ。遺跡なんて出てこないんだろうね・・・と思いきや、必ずしもそんなことはないようである。それは、僕が東京の本社に勤務していた、10年ほど前のことだった。

その頃、東京駅近くにあった僕の会社のすぐそばで、古い建物を新しいビルに建て替える再開発計画が進んでいた。取り壊しから整地へと、毎日工事が進捗するのがわかる。ところが、現場が更地にされた直後、それは突如ストップしたのだ。

何かあったのだろうか・・・。不審に思った僕は、現場の近くを通ってみてすぐに納得した。そこには、「○○遺跡発掘調査現場」と書かれた看板が立てられていたのだ。そうか、あそこから何か出てきたんだ。

すぐ近くでのことだから、それは社内でも話題になった。たいへんだよ、あの工事は中止になるんじゃないか。いや、今ごろ建設会社が必死になって、あの遺跡はたいした文化的価値はない、なんていうレポートを書いているに違いないさ(勝手な議論である)・・・。

2か月くらい静かな時を過ごした後、結局工事は再開された。それは、江戸時代の奉行所の跡だったらしい。ちょっと寂しいよね。誰にも知られることなく、ずっと東京の街の下に埋もれていたものが、ようやく何百年ぶりかに地上に出てきたんだよ。こんなこと言い始めるときりがないけど、どうにかしてあげられなかったのかねえ・・・。

僕はあれからずっと、あの遺跡は埋め戻されたのだと思っていた。ところが、今日調べてみてわかった。あの時に発掘された遺構は、以前から旧跡に指定されていた「北町奉行所跡」の一部として、やや場所を変えながらもちゃんと保存されているようなのだ。ついでに言えば、あの「遠山の金さん」もここで3年間ほど勤務していた実在の人物らしい。

よかったよ。ローマに比べると歴史はずっと浅いけど、東京にもこんな身近な遺跡をしっかり保存する「やさしさ」があったんだね。

こんな心、僕は決してローマに負けるものではないと思った次第である。なんだかほっとした気分の今日は、江戸の、そして日本の歴史に万歳!・・・かな。

【2012.12.18】