右ハンドル 」(ワシーリイ・アフチェンコ)を読みました。

だいぶ昔の話ですが、塗装の剥げたボロ船がやはりボロい中古車を満載して日本海に出向していくのを新潟東港でイナダを釣りながら見送ったものです。あんなに無造作に車を積んで、途中で落ちないものなのだろうかとか、船の重心が偏って転覆しないのだろうかとか、素人ながら心配しました。その中古車の行き先はロシア、ウラジオストックだったのです。

この「右ハンドル」の著者ワシーリイ・アフチェンコさんはウラジオストック生まれのジャーナリスト、作家、車キチです。ロシア全土の面積の1/3を占めるロシア極東地方の人口は全ロシアのたった4%しかいないのだそうです。その辺地でペレストロイカ以降に起こった右ハンドル革命の歴史について、この本は語っています。

ロシア極東は本来はアジアなのですが、帝政ロシアとそれに続く旧ソ連時代の拡張政策で、ロシア人の移民が推奨されてきました。しかし辺境です。ともかく貧しい。社会主義だったソ連時代は国家公務員として辺地手当を追加支給されていたり住居を用意されたり、国営企業やソ連ロシア艦隊基地とそれを維持する産業があったりと、それなりに暮らしていけたのがペレストロイカがすべてを瓦解した。極東のロシア人たちは失業したり住まいを失ったりしたのです。

ところがこの危機的状況を打開する産業が勃興する。それが右ハンドルです。

当時、船員パスポートを所持していると、帰国時に携行品として車を持ち帰ることができたのです。例えば日本の新潟東港とか富山新港で中古車を仕入れてウラジオストックに運べば、すでに10万キロ以上走行して日本の中古市場では見向きもされないオンボロ自動車でも、ロシア国産自動車の新車よりも高性能で信頼できる車両として取引されるようになったのです。

ウラジオストックに日本中古車市場が発展する。それに伴って修理工場や部品市場など周辺的な仕事も発達する。車なんて夢の夢だと諦めていた人々も日本車に乗れる日が訪れた。どん底だった極東沿岸地方の生活と経済は、中央政権の経済政策とか援助ではなくて、右ハンドル市場で改善したのでした。

全人口の4%しか占めない辺境人が右ハンドルを乗り回しても国家経営には影響しないような気もしますが、やがて中央政権の官僚やプーチンは面白くなくなってくる。あいつら勝手に右ハンドルを乗り回して国産車を買わない。これじゃあ統制が取れないじゃないか。奴ら独立して極東共和国でも樹立するんじゃないか。そこまでしなくても、ともかく面白くない。かくして官僚たちは関税引き上げとか右ハンドルに対する規制とか、様々な手段を講じて日本車輸入の邪魔をし始める。それに反発するウラジオストック市民に対すして、KGB出身のプーチンは彼らしい暴力的弾圧を行ったのでした。

そして極東右ハンドル共和国は崩壊したのでした。

過去の日本国内における報道を思い起こすと、ロシアにおける日本中古車輸入規制はロシア国内の自動車産業保護が目的でした。でもこの本によると、ロシア国内に保護すべきような自動車産業は存在していなかったし、これからも発展しそうにないとのことです。やっぱ中央集権的な官僚とプーチンは地方がモスクワを無視して伸び伸びと自由を謳歌するのが気に入らなかったのです。

ところで、ロシア語では日本の車の名前を発音しにくいことが多いそうです。すると様々なニックネームが生まれます。例えばトヨタ・マーク兇魯泪襯ーシニクです。似た名前の日産マーチはマルチョークですのでお間違え無き用に。ランドクルーザーはクルーザク、日産サニーはサニカです。

また、無走行車といっても新車のことではありません。日本で10万キロ走ってもロシアで走っていなければ無走行車です。得体のしれないロシア製密造ガソリンを給油していない状態が重要らしいです。ほかには組立車とは切断車といった関税逃れの恐ろしい手法も紹介されています。面白い本でした。

右ハンドル (群像社ライブラリー)
ワシーリイ・アフチェンコ
群像社
2018-05-31