マダムミネルヴァ の美食日記 

フレンチレシピと美食巡り 

ロック

Nilda Fernandez Live & Diner (2)

IMG_0503さて、ライブのお話の続きです

"La Saeta"をアカペラで歌いながら
登場したNilda Fernandez。
バックバンドは従えておらず、ステージに上がると
いきなりギター1本で歌いだしました

フランスから連れて来たスタッフは音響のミキシング担当者だけ。

(だから料金が安くても大丈夫なのね、と思いましたが)
1時間半のステージはあっという間に過ぎました。

ライブ57歳になっても衰えていない、
高音域の延びが美しい繊細かつ力強い歌声には驚きでしたが、
ギタープレイヤーとしての力量も感じさせるステージでした

続きを読む

Nilda Fernandez Live & Diner (1)

Nilda-Fernandez-Nilda-Fernandez今年もあっという間でしたね

この12月は、私にとって生涯忘れられない月となりました

大好きなアーティストNilda Fernandezのライブを間近で観る事が出来たからです。

生涯忘れられないとは大げさなようですが、
私はニルダ・フェルナンデスの21年来の大ファン

この9月、ジャック・ドゥミ映画祭が開催されていたアンスティチュ・フランセを訪れた時に
映画の待ち時間にふと手に取ったフランス語講座のプログラムに
Nilda Fernandez 初来日ライブ 」の広告を発見

しかも会場はアンスティチュ・フランセに併設されているレストラン、ラ・ブラッスリー
まるでプライベートライブです。

フランスを始めヨーロッパでは有名なアーティストなのに、
ディナー&ライブなら料金はディナー料金+1,000円、
ライブを観るだけなら2,000円という信じられないようなお値段です。

こんな安い値段で来日して大丈夫なのかしら
と心配しつつも、この4ヶ月間わくわくしながら待ちわびていました

12月5日にディナーとライブを楽しみました。

帆立真鯛クレームブリュレアルバムEntreeは「ホタテ貝の薫製 セロリラーヴのレムラード」。レムラードはマヨネーズにマスタード、ピクルス、ケッパー、ハーブを加えて作るソースですが、細切りのセロリラーヴ(根セロリ)のシャキシャキした食感がとても美味でした。
Platは「真鯛のポワレ」。エチュヴェした野菜が添えられていていて、クリームソースで頂きます。ケッパーと刻んだリンゴの酸味がアクセントになっていました。
Dessertは「クレームブリュレ カボチャのアイスクリーム添え」です。

ラ・ブラッスリーにはフランス人の支配人とサービスの人がいますので、
フランス語でメニューを注文してみたい方、
手頃なお値段で気軽にフレンチを味わいたい方にぴったりなレストランです。

さて、ライブの内容はというと・・・。

続きは次回に

The Untold Story

数奇な運命を辿った一人のアーティストの知られざる物語。
彼の名はファルーク・バルサラ。

1946年9月5日当時イギリス領だったアフリカのザンジバル島に生まれる。

その後インドの全寮制高校へ入学、イギリス式の厳しい教育を受ける。

1964年流血の民主革命に揺れるザンジバルを離れ一家はイギリスへ。落ち着いたのはヒースロー空港近くの労働者階級が住むエリアだった。

工業団地で梱包の仕事をしながら工芸専門学校へ入学、1966年美術大学へ進学しグラフィックデザインや服飾デザインを学ぶ。

フレディ1時代はロック全盛期。
大学はピート・タウンゼントやロン・ウッドを輩出していた。

ジミ・ヘンドリックスをテーマにしたグラフィック作品を多く描いていたファルークは次第に音楽へ傾倒し始め、ここで出会ったバンド「スマイル」に参加。
これが1973年にデビューする「クイーン」の前身となる。

そう、ファルーク・バルサラとは後のフレディ・マーキュリー
今日はフレディーの命日なのです

独特の美意識から生まれた名曲の数々と華麗なステージ、奇行とも言われた自由奔放な私生活はこの生い立ちの記憶をかき消しファルーク・バルサラからフレディー・マーキュリーへと生まれ変わるためのひとつの儀式だったのでしょうか。

完璧主義で知られるストイックなアーティストである反面デカダンでスキャンダラスなパーティー三昧の日々、しかし最後の恋人となる男性との出会いにより心穏やかな生活に心のよりどころを求めるようになります。
そんな時エイズに蝕まれ余命僅かであることを知るのです。
レマン湖のほとりのモントルーでひっそりと療養生活を送った後の1991年の今日、フレディは45年の短い生涯を終えました。

「ドアは開いているから出て行ってもいいよ」
フレディが恋人にエイズを告白した後に言った言葉だそうですが、恋人は最期まで彼の元を離れなかったそうです。
この恋人も昨年エイズで亡くなっています。
フレディの遺言により1992年に再発売されたボヘミアンラプソディのCDの印税はエイズ基金に寄付されたそうです。

フレディ 4フレディ2フレディ32006年6月にモントルーを訪ねた時の写真です。
レマン湖に向かって腕を突き上げたフレディの銅像の足下にはファンからの花束が置かれていました。
その年の9月にモントルーではフレディの60回目のバースデーを記念したイベントがありそこで先にご紹介したフレディの知られざる生い立ちのドキュメンタリーThe Untold Storyが上映されたようです。


東京タワーでクイーン結成40周年&フレディ・マーキュリー没後20年を記念してクイーン展が開催されています
追悼鑑賞会の後はモエエシャンドン片手にクイーンの音楽の世界に浸りたいですね

どんな形であれ自己を表現する事の素晴らしさを教えてくれた
フレディ・マーキュリーよ永遠に



人気ブログランキングへ

にほんブログ村 料理ブログ フランス料理(レシピ)へ
にほんブログ村
↑にほんブログ村フランス料理レシピランキング位になりました。
応援ありがとうございます








南仏産ロックアルバム「メインストリートのならず者」

天使の湾旧市街 私のフランス体験は南仏から始まりました。コートダジュールの海の碧さに魅せられた私はパリを素通りしてニースに通い通けること数年。半年間の学生生活を送ったこともありました。
 住みたい場所はニース、大好きな街はコクトーの教会があるヴィルフランシュ、お気に入りのレストランは地中海を臨むカンヌのパルムドール、そして別荘を持つならサンジャンキャップフェラ!とすっかりコートダジュール通を気取っていましたがここでまさかの事実が発覚。

メインストリート この5月に発売されたローリングストーンズの‘72年のアルバム「メインストリートのならず者」のリマスターを買って初めて知ったのですがこのアルバム、実はヴィルフランシュでレコーディングされていたのです。まったく知りませんでした・・・。ロックとコートダジュール・・・すごいマリアージュです(笑)

 今日はこのアルバムの制作過程を追ったドキュメンタリーフィルムの日本版DVD「メインストリートのならず者の真実」の発売日!早速購入、鑑賞することにしました。

ミック&キース 当時イギリスのロックスター達は大変な重税に悩まされていたそうでその税率はなんと収入の93%だったとか。ストーンズのメンバーは税金から逃れるためイギリスから近くて税率も高くないフランスへと移住したのです。移住とは表向きで実は逃亡劇。原題の「エグザイル・オン・メインストリート」のエグザイルとは税金亡命者の意味だったらしいのです。
 でもDVDに映る彼らに悲壮感はなくレコーディングを兼ねたヴァカンスを過していますという感じで、南仏の初夏のまばゆい光の中で家族と共にくつろぐメンバーのリラックスした姿、自由気ままなレコーティング風景が映し出されています。
 ミックとキースのドラッグによる逮捕、ブライアンジョーンズの変死、オルタモントの悲劇と不運な出来事が連動して起きた後のしばしの休養もかねていたのでしょうか。
 
 ミックはサントロペで当時のガールフレンドと挙式をし、キースはヴィルフランシュの別荘でフランス語を習ったり家族とモーターボートで海へ出たり・・・他のメンバーはそれぞれの場所でのんびりと過していたそうです。
 今年カンヌ映画祭でこのドキュメンタリーが上映されるにあたり会場に現れたミックは当時を懐かしく思い出していたかも?

ネルコート 南仏ライフを堪能していたメンバーとレコーディングスタッフがアルバム制作のために顔を合わせた場所がヴィルフランシュにあるキースの住むネルコート邸。元イギリス人提督が所有していた大邸宅で庭にはエキゾチックな熱帯植物が生い茂りクルーザーが発着出来るプライベートドック付。食事はお抱えのフランス人のシェフが担当するというまるで夢のような日々。こんなゴージャスな環境の中から黒人音楽をストーンズ流に昇華した名曲がちりばめられたアルバムが生まれたとは意外です。

 スタジオ代わりに使われたのはネルコートの地下の部屋。モービルユニットという機材を積んだトレーラーによる移動スタジオシステムで当時は音楽スタジオでなくても何処でも録音が可能になっていたのです。
 自由奔放でデカダンなジャムセッション風レコーディング風景が映し出されます。

「キースがチャーリーに目配せすると本気を出す合図だ。ビルが立ち上がってベースを決まりの角度に構える。”その時が来た”とわかる」(レコーディングエンジニアのインタビューより)

ネルコート地下 正確には何曲かはすでにイギリスで録音されていて、南仏滞在後にツアーのため渡ったアメリカで最終のミキシングが行われたそうです。
 結果的にはストーンズは恐れていたイギリスでの国外追放や逮捕は免れたとか。


 「ロックは黒人音楽と白人音楽の美しき融合。上質な器の中で混ざり合う」(キースのインタビューより)

 '50年代に黒人音楽と白人音楽の融合として生まれたロックンロール。’60年代から’70年のイギリスのミュージシャン達はアメリカの黒人音楽にロックのルーツを見いだしその原点から生まれる新しい音楽を模索していました。「英国病」と呼ばれた経済危機の中、当時のミュージシャン達は行き場の無い閉塞感をソウルやブルースに投影していたのかもしれません。そんな彼らの魂の叫びが新しいムーヴメントを求めるアメリカの若者達に熱狂的に受け入れられて行くのです。
 
メインストリートCD アメリカの大地に根付く土着の品種とイギリスで生まれた新種、この2種の葡萄はアッサンブラージュされ南仏のヴィルフランシュの地で長期熟成可能なグランヴァンに生まれ変わった、とでも言えるでしょうか。
 舌に残るざらざらとした葡萄の皮の渋み「タンニン」が強くないと長期熟成可能なワインにはなり得ません。この全18曲入りの大作「メインストリートのならすもの」に込められたメッセージが38年後にコルクを抜いても色あせない香りと円熟した味わい、長い余韻を感じさせてくれるのはこのタンニンの渋みを多く含んでいるからかもしれません。
 ブリテッシュロックを聴くときはウィスキーかビールという気分ですが、このアルバムを聞く時はワイン片手に・・・出来れば今年飲み頃のグランヴァンを!

ピエール・ガニエール・ア・東京閉店へ

アルザス リースリング 青山の紀ノ国屋での買い出しを終えて外へ出ると外は小雨もよう。
 そういえば先日ブノワに傘を忘れて取りに行っていないことを思い出しさっそく紀ノ国屋から徒歩3分ほどのブノワ東京へ。傘を取りに来たはずがアルザスの白ワインを飲みながらしばし和んでしまいました。
 今日のお勧めワインはこの3リットルのボトルから注がれる‘08年のアルザスのリースリング。豊かな味わいとミネラル感、酸の広がり・・・ブノワのソムリエが太鼓判を押すMEYER FONEEという今話題の作り手のものだそう。

 ワインの余韻を味わっていると、そこに驚きのニュースが。ここからほど近い2ツ星フレンチレストラン「ピエール・ガニエール・ア・東京」が8月末で閉店したとのお話。
 7月末ベンジャミン氏のバースデーパーティーでここの親会社であるPGジャポンのN社長にお会いした際伺ったお話はまた違う内容だったのでびっくりしました。
 閉店のお知らせはこちらのホームページにも。http://www.pierre-gagnaire.jp/

ガニエール店内 ピエール・ガニエール・ア・東京はパリで3つ星を維持するカリスマシェフ、ピエール・ガニェール氏がヨーロッパ以外の国で初めて開くレストランの東京店ということで2005年に鳴り物入りで登場、大きな話題になりました。
 その頃日本はフランスの星付レストラン出店ラッシュのまっただ中。
 ここブノワ東京とも関連するアランデュカスグループがシャネルと組んでベージュ東京を銀座に開店したのが2004年、同年ジョエル・ロブション氏もガストロノミーレストランを恵比寿ガーデンプレイスへ出店、翌年5月に青山にガニエール、ブノワは9月にオープン。東京にいながらにしてグランシェフ達の本格的な味が楽しめるということでワクワクしながらオープンと同時に足を運んだことを良く憶えています。しかし昨年ブノワもリーマンショックの煽りを受け一時閉店、そしてまたガニエールも力尽き・・・となるとこの不況の深刻さを切実に感じざるを得ません。
 日本に今後本格的なガストロノミーレストランが根付かないとすれば、それはフランス料理という優れた文化を投資としてしか扱わなかったハゲタカ外資のもうひとつの重罪とも言えるのではないでしょうか。

アラディンセイン 美食の都東京のフレンチバブルは泡と消え行くのでしょうか。
 秋の気配を感じさせる夜風と小雨とこのニュースでちょっと感傷に浸りながら帰宅、今日アマゾンから届いたばかりのデヴィッド・ボウイの‘73年に発表されたアルバム「アラディンセイン」(レコードしか持ってなかったので)を聴きながらガニエール関連の記事を検索しているとアメブロで面白いブログを発見。シャンパンとロック(それも特にデヴィッド・ボウイ)とガニエール閉店の記事を同時に書いている方がいたのです!何と言う偶然(笑)
 奇しくもこのアルバムは当時のアメリカのニューエリートと言われる人々の退廃の日々とこうした人種がアメリカを狂気の国(A LAND INSANTE=ALADDIN SANE)へ、破滅へと導くことへの警告をテーマにしたアルバムなのです。

 ・・・ともあれ、どんな時代でも生活の傍らにシャンパンとワインと美味しいお食事、楽しい時間を共有出来る人達、それに心地よい音楽があれば言う事ありませんね。日常生活とともにあるアールドヴィーヴルとしてのフランス料理は100年に一度の不況と言われる時代に左右されることなく日本の日常にも根付いてほしいものです。

今日のテーマ曲は「スペース・オディティ」!

スペースオディティ 1969年7月20日、40年前の今日、ニール・アームストロングは人類史上初めて月面に降り立った。
 アポロ11号が月に着陸した瞬間、放映していたBBCの画面から流れ出したのはデヴィッド・ボウイが歌う「スペース・オディティ」。

 「地上指令室より、トム少佐へ・・・」という語り掛けで始まるこの曲は、前年に公開された映画「2001年宇宙の旅」を観て霊感を得たボウイが即日書き上げたものだ。
 実はこの歌詞は宇宙飛行士の成功と栄光とは裏腹な、地球への帰還を拒んで宇宙船を乗り捨て空間に彷徨い出てしまう宇宙飛行士「トム少佐」の物語なのだが、歌詞の内容はともかく月面着陸の映像とともに流れたこの曲の大ヒットをきっかけにボウイはロンドンのポップス市場からアメリカ巨大音楽市場への進出を果たし、スペースファンタジーと退廃美の世界に生きる架空のロックスター「ジギースターダスト」へと変貌して行く。
 
 1969年はロック史上激動の年でもあった。7月5日ロンドンのハイドパークではローリングストーンズが3日前に自宅のプールで謎の死を遂げたブライアン・ジョーンズの追悼コンサートを開いてた。
 8月15日から3日間にかけてNY近郊で開催されたロックフェスティバル「ウッドストック」は40万人の観客を動員し、反ベトナム戦争を発端として広まったヒッピー文化とそれを象徴するロックムーブメントは頂点に達しようとしていた。しかしこの熱気はその年の12月カリフォルニア州オルタモントで行われたストーンズのフリーコンサート中に起きた悲劇と大物スター達の麻薬スキャンダルをきっかけに衰退して行く。

ジギースターダスト 高揚感を失って行くロックムーブメントとヒッピー文化、終焉を迎えるベトナム戦争。この変動期、新しい刺激と心のよりどころを求める若者達の前にボウイはまさに宇宙船から降り立ったニューヒーロー&ロックスター「ジギースターダスト」として現れることになる。
 ・・・というのが前々回のブログでご紹介したデヴッド・ボウイのアルバム「スペース・オディティ」と「ジギー・スターダスト」のストーリーです。

 今日日本は「海の日」ですが「月の日」でもあるんですね。22日は皆既日食ということで今週はボウイのこのアルバムを流しロックなレシピを考えながら過そうと思っています。

スタイロフォン 人類初の月面着陸のテーマ曲というべき「スペース・オディティ」。この曲ではスタイロフォーンというアナログチックな手の平サイズのキーボードが宇宙的効果音を奏でています。スタイロフォーンのチープな音色とアコーステックギターの響きが‘60年代SFのレトロな雰囲気を醸し出していて、不思議なトリップ感が味わえる曲です。
 スタイロフォーンはアマゾンで¥3,580で手に入ります!

夏にぴったりの冷製&温製のスープと前菜

カボチャ&アスパラカボチャ&アスパラ フランス料理でお客様をおもてなしする時、大皿料理でカジュアルにというのももちろん楽しいのですが、たまにはアミュース、スープ、前菜、メインデッシュ、デザートが次々と出て来るコース料理でお友達やご家族、恋人をあっと言わせるのもよいのではないでしょうか?

 手間が掛かりそうで難しそうに思えるかもしれませんが簡単レシピで作るお料理をコース料理に構成してしまえばよいのです!
 例えばアミューズは缶詰めのパテやオリーブ、クリームチーズに薄切りのパンを添えて、スープはあらかじめ仕込んでおいたポタージュを冷やして、前菜は新鮮なサラダ、メインはグリルしたお肉に温野菜の付け合わせ,といった具合です。その場で調理するのはお肉だけにしてあとはあらかじめ仕込んでおけば慌てることなく用意出来ます。
 テーブルにクロスをかけてカトラリーをセッティングして、グラスを並べてお花を飾れば自宅はたちまちフレンチレストランに様変わりです!

 今日の講座は「コース料理の流れ」を学ぶ講座から、冷たいスープと温かいスープ、冷たい前菜と暖かい前菜を作りました。

 カボチャのポタージュ まずは温かいスープ。私がパリ時代に研修していた1ツ星レストラン「ラングルドゥフォーブール」のレシピより「カボチャのポタージュ マスタードのアイスクリーム添え」です。
 温かいポタージュに冷たいアイスクリーム、しかもマスタード入り・・・というびっくりなスープです。ギャルドマンジェという前菜の部門で仕込みをお手伝いしていた時に作っていた門外不出のレシピです!


アスパラのポタージュ そして冷製スープはアランデュカスのレシピ集から「ブイヨングラッセダスペルジュヴェルトゥ」。グリーンアスパラガスの冷たいブイヨンスープという名前なのですが実際はクリームが入るのでどちらかというとアスパラのヴィシソワーズという感じです。
 仕上にフレッシュなエクストラヴァージンオリーブオイルをひとたらし、刻んだ黒オリーブと生のアスパラの穂先の薄切りをトッピングします。

 スープは鶏のブイヨンをとってつくるのがベストですが、ご家庭であれば固形のブイヨンをお湯で溶かしたもので充分です。
 野菜を炒めてからブイヨンを注ぎミキサーにかけて牛乳とクリームを加えるだけなので以外と簡単です。
 温かいポタージュに添えるマスタードのアイスクリームはつくるのが面倒でしたら(きっと面倒ですよね)市販のバニラアイスクリームに粒マスタードを加えてしまいましょう!


ペルシャ−ド 冷たい前菜はブルゴーニュ風ハムとパセリのゼリー寄せ。
 こちらも前日に仕込んでおきます。
 全ての材料を混ぜてゼラチン入りのブイヨンを加えて混ぜて型に入れて冷やすだけです。
 隠し味で加えるワインビネガーの酸味が爽やかな一品。パセリはたっぷり加えます。


帆立ポワレ 温かい前菜は「帆立のポワレ タップナードソース」。タップナードはおなじみプロヴァンス地方のソースで黒オリーブ、アンチョビ、ケッパーにオリーブオイルを加えてペースト状に練ったものですが、今回つくったソースはそれぞれの素材をみじん切りにして最後にレモンを使ったヴィネグレットと混ぜるだけのソース。
 ソースは冷蔵庫で保存出来るので魚のポワレやステーキに添えたりそのままドレッシングとして使って頂けます。帆立は薄切りにしてちょっとおしゃれに花びら型に並べて焼き、ドレッシングで和えたサラダの上にのせてタップナードソースをトッピングしました。
 
 参加して下さったロックがお好きなマダムさなえさんと、同じく音楽がお好きな明子さんのために・・・というよりむしろ自分の趣味で、BGMはデビッド・ボウイのグラム時代へ至るまでのアルバムです。

 フレンチのコース料理講座にはとてもミスマッチということは充分承知の上ですが、フランス料理のコースの流れにもストーリーがあるように、ロックアーティストのアルバムの軌跡も同じようにストーリーがあるのです。

Nous autres 例えばボウイのブレイクを予感させる「スペースオディティ」は食欲を増進させるアペリティフと共に頂くアミューズ、グラム時代の前兆とも言うべき「ハンキードリー」は、これから出て来るお料理への期待を高める前菜、インパクトの強いコンセプトアルバム「ジギースターダスト」はメインデッシュ。グラム、ロックンロール、ジャズなどの要素がピアノの旋律と共にきらびやかにちりばめられた「アラディンセイン」はコースを締めくくり美しい余韻を残すデザート・・・と言う具合に。

 ボウイの伝記的小説「Nous autres」。著者はロックなフランス人作家Olivier Rohe氏です。ボウイのグラム時代のアルバムとこの小説にインスパイアされたロックなデザートレシピを今考案中です。お楽しみに、と言っても楽しみにする方はきっとごく稀ですね(笑)。
 
 コース料理の構成は、メイン料理が引き立つようにメインの前まではあまり濃い味付けは控えること。この「バランス」『コントラスト」を考えるということは私が以前学んでいたグラフィックデザインにも共通して言えることです。まるでデザインするように、お料理を自分なりのストーリーを考えながら組み立てて行くという作業は楽しいものです。
 ゆるぎない基本は料理を作る側も味わう側も、おもてなしする側もお料理を通して楽しいひと時を共有するということなのですが・・・。
 コース料理の流れを学ぶ講座は引き続き8月にも開催予定です。
 

アートとノイズの夕べ 初台現代音楽祭

アートとノイズの夕べ マイケル・ジャクソンが死んだ日、初台では彼が作り上げ残した音楽とは対極をなすアンダーグラウンドな音楽のイベント「アートとノイズの夕べ 初台現代音楽祭」がライブハウス「ドアーズ」で行われていました。

 なぜフランス料理の先生がこんなイベントへ?と思うかもしれませんね。

 実は美大を卒業したあとにグラフィックデザイナーのU先生のアシスタントとして働いていた時期があります。
 U先生は今やphotoshopとコンピューターグラフィックスの第1人者として知られる方ですが、かつては知る人ぞ知る幻のバンドの映像担当として本業の傍らライブにも同行されていた方。サイケデリックアートの先駆者としても知られるロックなデザイナーなのです。
 惜しくも5月に亡くなられた忌野清志郎氏と同年を迎えるU先生。還暦に近い今でもダークサイドミラーズというバンドの映像担当として今回のライブにも同行されています。そんなご縁でこの「初台現代音楽祭 アートとノイズの夕べ」にお邪魔したしだいです。

ダークサイド&シナロケ ダークサイドミラーズの音は懐かしのガレージパンクというのでしょうか・・・70年代アングラロックの遺伝子を引き継いだ残虐ポップ&漆黒ロックンロールというふれこみ。ドラムとヴォーカルの美女2人は何とシーナ&ザ・ロケッツのシーナさんと鮎川誠さんの双子のお嬢さんです!
 シーナさんと鮎川誠さんもライブを観にいらしてました。変らずかっこいいお2人。‘80年代の日本のロック&ポップス&ニューウェイヴシーンを彩った憧れのお2人にお会い出来て大感激!
 鮎川誠さんのお隣がU先生。みうらじゅんではありません(笑)。

 最近ロックを愛する恩師との再会が続きます。私もかつてはロックという甘美な魅力と刺激を秘めたサブカルチャーに魅せられた身・・・これは単なる偶然でしょうか???ということでカテゴリーにロックを加えました(笑)。

 マイケル・ジャクソンが‘80年代の音楽シーンに大いに貢献したこと、それは映像という新たなツールにより音楽産業に多くの利益と新たな表現方法をもたらしたこと。その功績は誰もが認める事実です。
 マイケル・ジャクソンが活躍した’80年台はまさにバブルの絶頂期、音楽をはじめ様々なサブカルチャーが大量に産み出され消費され、やがては泡となり消えて行きます。
 こんな時代に踊らされずに’70年代から今に至るまで確固たる信念を持ち自らを表現し続けるアーティスト達がまだここに!

灰野ステージ まずはソニックユースのサーストン・ムーアはじめ彼を敬愛するアーティストも多数いとうノイズ・アーティスト灰野敬二氏。
 初音ミクが唱える般若心経にノイジーなギターと打ち込みによるサウンドを重ね合わせるという面白い試み。


森下泰輔 そして現代美術家の森下泰輔氏。3台の8ミリカメラでコラージュのように映し出される自伝的映像&ロードムービーと森下氏の弾き語り&灰野氏によるノイジーかつサイケデリックなギター・・・どこかにトリップしてしまいそうです。


ステージステージ2 そして最後はまさに’70年代アングラカルチャーの子供達ともいうべき2人の美女率いるバンド、ダークサイドミラーズの登場です。

 幻想的でサイケなCG映像を背景にヴォーカルのLucyが直爪で弾くギターがマーシャルのアンプを通して叫びをあげ、ドラムスのJunkkのたたき出すタイトなリズムが粘り着くようなベースのうねりと絡み合う、ロックの遺伝子を受け継ぐお2人の作り出すサウンドに納得!のライブ。マダム・エドワルダから参加のギタリストが掻き鳴らすポストパンクなギターワークが2人の創る鏡の世界に厚みと奥行きを与えて行きます。久々に魂を揺さぶられる楽器の生音を聴いたという感想です。

ステージ&PCステージ1 ストゥージズとデヴィッド・リンチにインスパイヤされて結成されたというダークサイドミラーズ。甘ったるい商業ロックシーンに喝を入れてあげて下さい。

・・・マイケル・ジャクソンの死には一言も触れないままに今年で5回目を迎える現代音楽祭は幕となりましたが、一時代を築いたスターがまた伝説となったことに皆さんそれぞれ感慨深い思いを抱いていたことは言うまでもないでしょう。

ダークサイドミラーズ2 http://www.darksidemirrors.com/

6月の簡単フレンチ講座 クスクスロワイヤル

クスクスロワイヤル 6月の簡単フレンチ講座はモロッコ料理のクスクスロワイヤル。モロッコ風のスパイシーなポトフといったところでしょうか。お野菜をたっぷり入れて香菜を添えると目にも美しくヘルシー。夏にもぴったりな煮込み料理です。仔羊の肩肉、鶏モモ肉、スペアリブ、と色々なお肉を入れるのがロワイヤルです。

 かつてフランスは各国に植民地をもち、今でも海外領土があるせいか、パリには様々な国のレストランがたくさんあります。モロッコのお料理クスクスが食べられるレストランが多いのはバスティーユ周辺地区。でもどこで食べてもまず外れはありません。モロッコからの移民の方々が経営しているから本格的な味が楽しめます。
 パリをはじめヨーロッパの大きい都市で日本料理の看板が出ていて安心して入るととんでもない和食が出て来たりしますが、これはほとんど中国か韓国の経営者のお店です。メニューを良く見て判断して気を付けましょうね!
 
お肉3種 まずは作り方。お肉を適当な大きさに切り鍋にオイルを熱して表面をさっと焼きとり出します。余分な油を切り同じお鍋でタマネギの乱切を炒めます。ニンニクの薄切りを加え炒め、お肉を戻し入れブイヨンをヒタヒタまで注ぎます。そこにクスクスの風味の決め手となるスパイスを加えます。
 クローブ3つぶ、白粒胡椒小さじ1、ローリエ1枚、粒コリアンダー小さじ1、タイムの枝をガーゼに包み口を縛って加えます。
 カイエンヌペッパー小さじ2分の1、トマトペースト大さじ2分の1、塩ひとつまみ加えて強火にして浮いて来たアクを取ります。アクを取ったら弱火にして蓋をしてお肉が柔らかくなるまで煮込みます。
 煮込んでいるうちに後で加えるお野菜の面取りをしましょう!
 加えるお野菜は何でもOK。ニンジン、カブ、ズッキーニ、タマネギ,セロリ、トマトあたりがポピュラーでしょうか?ジャガ芋は普通は入りませんがもちろん入れてもOKです。

 お肉が柔らかくなったらニンジンから加え最後は火が通りやすく色が変わりやすいズッキーニをさっと煮て湯剥きして4つに切ったトマトを加え火を通してからお皿に盛りつけます。盛りつける時にもう一度スープの味を塩胡椒で整えましょう。

さなえさん明子さん 今日の参加者は美生活サロンの主催者でもある優雅なマダムさなえさんと、フランスの某有名企業にお勤めのあとご結婚、お料理の勉強をエコールエミーズでなさった後ご自宅でお料理サロンを主催されている明子さん。
 ご覧のような美女2人が後でまさかロックを語り出すとは・・・想像がつきませんよね。


マグロマリネ クスクスの仕上の間に前菜のマグロのマリネバジルソースを作り終え、一息ついているところでさなえさんが私のCDコレクションの中からストゥージズを発見。「先生、イギーポップなんてお好きなの?」という話から、話題は’07〜‘80年台ロックへ。まさか筋金入りマダムのさなえさんの口からイギーポップの名前が出るとは・・・びっくりというか、感激です。

プレリミネール 彼の新譜「プレリミネール」から異色の作品のひとつ、シャンソンの「枯葉」のアレンジバージョンを聴きながらロック談義に花を咲かせていると、明子さんが「兄がクイーンが好きだったもので・・・‘80年台のロックはだいたい聴いております。」というお話。

 ‘80年台ロック&クイーンと言えば、ブリティッシュロック!ということで今度は’92年にバッキンガム宮殿で開催されたロックイベントのDVD観賞会となりました。宮殿の屋上でブライアン.メイが華麗な音色で奏でるゴッドセイヴザクイーンで幕があき、エルトンジョンやポールマッカートニーはじめ続々と現れるロックスター達。なんとオジーオズボーンまで・・・。英国王室の懐の深さを感じます。

ガナッシュ&マスカルポーネ デザートのガナッシュ&フランボワーズ風味のマスカルポーネを食べながら、やっぱりクイーンにはフレディに代わるヴォーカリストはいないわね、クラプトンのこのギターが泣けるのよね〜などと話し合うフランス料理教室もたまには悪くないですね。
 

 


 
にほんブログ村 料理ブログ フランス料理(レシピ)へ
にほんブログ村

趣味の教室情報サイト『趣味なび』


mytaste.jp
記事検索
Profile

ミネルヴァ

訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Archives
  • ライブドアブログ