愛すべき理容師像。

先日(4・12)ある理容師の方が亡くなられた。75歳だった。

典型的な理容師のタイプのお一人だと思う。このようなタイプの理容師さんは全国にもたくさん居られると思う。

アイロン技術を愛し、何処までも追求の気持ちは緩めるところは無かったと思う。

特に、アイロン技術の生命線の一つである、「傷み」のないアイロンパーマは彼の最も追及するところだったと思う。

傷まないと掛からないは、その限界地の線上で交錯する。

誰もが、このレベルに近くなると、冒険は止めたくなる。営業上、絶対に掛かるが優先されて、その限界線は大きく超えてしまうことが多いと思う。

彼は、何処までも、この限界線の挑戦を忘れなかった。掛からないと云う限界線を超えたかかる限界線上を求め、施術をすることを怠らなかった。

一つは、道具、アイロンの手入れは怠らなかった。いつもぴかぴかであった。

この意味は大きいと思う。

アイロンに付着する、コゲで、コゲの有る所、無い所で微妙な温度の違い、当たり方の違いを気にしていた。

アイロンの調子も、微妙なレベルで気にしていた。

この意味も大きいと思う。

強くはさむ所、弱い所で、当たりが微妙に変化する。滑って毛が逃げることなど持っての他だった。

アイロンの根元近くから、先端まで、同じ圧で髪の毛を掴む。これを理想とせず、実践としていた。

温度コントロール、これは事の外、微妙に設定していたと思う。硬い毛
、細い毛はもちろん、傷みにも、毛量にも決して見逃すことは無かった。

薬剤は、毛質、求める掛かり具合にベストなものを求めていた。

それは、コンディショナーにも至る。数多くのコンディショナーと使用量の相関も出来ていたと思う。

施術の、挟む時の力具合、スピードも完成されていたと思う。

仕上がったトンネルは、いつ見ても美しかった。

彼の売りは、傷まないアイロンパーマだった。常々、パーマに負けないといわれていたと思う。

理論的に云うと、パーマは、細かいコントロールが効きにくい。おおざっぱになることは免れられない。薬剤の性能に頼るしかない。

アイロンは髪の毛一束毎に、根元、中間と、毛先とテンションとスピードをコントロールすることは出来る。

60度を超えると、髪の毛もゆで卵の如く、硬化をはじめると云う。

更に、温度が上がると、硬化は進み、更に進ませると炭化までいってしまうという。

この、硬化を最小限に抑えて、施術すれば、髪はやわらかく、しかし、しっかり掛かるアイロンパーマが出来上がる。

この域の施術には、見る目が最大限必要とされる。言い換えれば、今、髪はどの状態にあるのか、見ることが出来るか否かに関わる。見ることが出来れば、それ以上の無駄となる、髪の負担だけとなる、余分な施術は控えることが出来る。

彼のアイロンパーマは、やわらかく、しっかり掛かっていた。


彼のこだわりに鋏もある。

実は、私は、ある鋏メーカーでお世話になり、製造の仕事に携わらせていましたし、研ぎの仕事は、ホームページでご覧いただているかもしれませんが、現在はプロとして鋏の研ぎの仕事もしています。

彼は、私のお客様でもありましたし、後には、彼は、自分で自分の鋏を研ぐ技術者として、研ぎも極められたようでした。

彼との鋏仕事での出会いは、彼の鋏に対する悩みからでした。

彼はそれまでも、自分で研ぎ、悩んでいました。研ぎが出来る人には研ぎ談義をし、研げると云う研ぎ師の人たちには、縁があれば、研いで頂いていたみたいです。

しかし、私とであった時には、納得のいく、鋏研ぎは、更に模索の最中であったように思います。

私は、その時、アメリカで鋏のアフター修理の仕事を8年半の期間を終えて、帰国したばかりで、鋏の研ぎに関しては、自信満々の状態でした。

彼と出会い、彼の悩みを聞き、レベルの高さに驚きました。アメリカの技術者が誰一人も言わなかったレベルの切れ味を彼は求めていました。

自信満々の日本での研ぎ師生活は、いきなり、たぶん最高レベルの彼の悩みに答えると云う形で始まりました。

きっと、多くの鋏好きの理容師さんは同じ悩みの中で、諦めの結論でおられるかもしれないとも思います。

彼の悩みを一言の言葉で表しますと、「着鋼のやわらかい切れ味で、合金の永切れ」だと思います。

しかも、材質がステンレス合金に変わって、うまく、刃付けすら出来ない状態もでてきた。さらに、合金は、コバルト等が希少金属配合され、更に粘りが増し、研ぎの難易度が上がりました。

荒刈りは問題ない。問題は仕上げの鋏と彼の言葉だった。

研げば変わる、鋏の切れ味。日本剃りを研いだご経験のある方は、常に同じ切れ味に仕上げる難しさをご体験済みだと思いますが、合金となった鋏を、常に同じレベルで、しかも、最高の切れ味を保つことは、簡単ではない。

口癖は、ヒットくらいのレベルなら、いつでも出来ますが、やはり、ホームランレベルの切れ味を毎回と云われると簡単ではない。

ホームラン、とは、着鋼の鋏の稀に出る最高の切れ味と判断していただいていいと思います。

それを永切れさせる、研ぎ、要するに、究極の研ぎを、刃付け、調子を望まれていたわけです。

日本人、理容師ならではのレベルな訳です。

多くの、鋏談義を重ねてきました。

鋏を造る側と、それを使う側。盾と矛の如く、対立する意見。

無理を言う側、無理を聞けてナンボの側。

多くの試行錯誤と、時間が費やされ、日々は過ぎていきました。

合金の鋏でホームランを打つことは出来る。時々、3塁打、になっても、2塁打になっても許されない。ヒットなんて即、NOの世界。これは面白い世界だった。

彼のお陰で、造る側の人間でしかあり得なかった自分も、使う側の気持ちが解るようになったのは、鋏技術者冥利に尽きる。

技術は同じでも、気持ちは大きく違う。この違いが、研ぎに乗り移る。いい加減な気持ち、疲れたときの気持ちでは、乗り移らない。

この気持ちの差だけで、ヒットもホームランになる。

人任せに出来ない、彼は技術者だった。最後には、自分の鋏の研ぎまでも極めたようだった。

彼に、良い意味で、鋏の技術を盗まれたと思う。自分なりにも役に立てたと思う。しかし、彼から頂いた理容師の鋏魂の方が遥かに大きい。

全てをまとめて、彼に感謝の意を届けたい。ありがとうございました。

ご冥福をお祈りしたいと思います。

確かに、彼は、理容師の良い所を最高のレベルで持ち合わされていたように思い起こしています。


ありがとうございました。