2011年アメリカ映画。

 FBI(アメリカ連邦捜査局)初代長官ジョン・エドガー・フーヴァーの伝記であり、48年間という異常に長い在任期間中、8代の大統領に仕えた、というより8代の大統領を御した陰の権力者の実像に迫る物語である。

 主演のレオナルド・デカプリオは、往年の美少年イメージを台無しにするグロテスクな老けメイクで力演している。どうせならもっと突き抜けて「怪演」まで行けば良かったのに・・・。


 観る者は、20世紀アメリカの国家レベルの犯罪(たとえば飛行家リンドバーグ夫妻の愛児誘拐殺人事件)に立ち会うスリルを味わいつつ、自らが育てたFBIという牙城と長官の椅子を守るためにスキャンダルの暴露を武器に政敵(時の大統領さえ!)を脅すエドガーの権謀術数のいやらしさに、大物ならではの複雑な人間性を愉しむこともできる。
 しかし、やはり一番の見所は、エドガーの私生活であろう。

 生涯独身を貫き、母親と一緒に暮らし続けたエドガーの謎に包まれた私生活こそ、観る者の好奇心をそそって止まない。野心と支配欲と名声と被害妄想とに満ちた複雑極まりない男の謎を解く鍵でもある。
 イーストウッドはその鍵を見つけて、鍵穴に丁重に差し込み、ゆっくりと回して留め金を外す。そして、家人が気づかぬようにそっと扉を押すのである。
 それは、虚像をあばくといったマスコミめいた青臭い正義感でもなく、正体をさらして貶めるといった世間好みの覗き趣味でもなく、抑圧された欲求(=深層心理)と満たされない家族関係のうちに表の世界のエドガーの無情でエキセントリックな振る舞いの原因を探るといった心理学的な解釈の押し付けでもない。
 あくまでもクリントの目はやさしい。エドガーの抱えざるをえなかった苦しみに対する理解と密やかな共感とに満ちている。
 エドガーが、母親を亡くした直後に、母親の部屋の姿見の前に立ち、母親の首飾りをかけて、母親の洋服を身に着けるシーンの痛切さは、どうだろう?
 異性装、それもかくまでグロテスクな‘親父’の女装は、下手すると観る者に強い拒否感や嘲笑を呼び覚ましかねない。「なんだ、単なる変態か」と。あるいは、いびつな母子関係の犠牲者であるエドガーの姿に、ヒッチコックの『サイコ』に出てきたノーマン・ベイツの姿を重ねてしまう恐れだってある。
 そのリスクをあえて冒して、クリントが姿見に映し出してみせたのは、母親の姿に重ねることでしか「自分」というものを発見できなくなってしまったエドガーの強烈な孤独と自己否定である。

 それはもしかしたら、クリント自身の姿だったのかもしれない。クリントもまた、大衆という巨大な母親の声に応えて「マッチョ」を演じ続けてきた一人であるからだ。(→ブログ記事参照

 マッチョであることを母親に強いられ、母親の期待に応えることではじめてその愛情を獲得できたエドガーは、結局死ぬまで母親という呪縛から逃れることができなかった。本来の自分を偽り続けることが第二の天性となってしまい、その一方で、他人の偽りを収集しあばき続けることに執念を燃やしたのである。
 そんななかで出会った生涯ただ一人のパートナーが副長官クライド。
 このクライドとの関係がもう少し丹念に描かれると良いのだが、そうすると伝記の枠をはみ出してフィクションになってしまうから、まあ仕方ないかな。

 それにしても、アメリカはホモフォビア(同性愛嫌悪)の強い国であるが、奇妙なことに、J・エドガーの例に限らず、アメリカの権力者(特に共和党の)にはクローゼットのゲイが多いと言われる。彼等は一様にゲイの権利を保障する条案の成立を拒んできた。
 さもありなん。
 ホモフォビアとは、自らのうちにあるホモセクシュアリティに対する否認だからだ。人は、自分自身に認めないもの、許さないもの、与えないものを、他人に対して認め、許し、与えることはできない。
 かくして、クローゼットなゲイの権力者によって支配されているホモフォビアの強いマッチョな国アメリカという倒錯が起こる。


評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!