伊藤:母の日

先週末、娘と孫と一緒に過ごしたのですが、
朝、孫がうれしそうに
「ねぇねぇ、お母さん(孫は私をそう呼びます…笑)、
みぃちゃんね、今日の夕飯の時にママに渡そうと思って、
母の日のプレゼント持ってきたんだ!内緒だよ!!
デザートが出てきたときに渡したら、ステキでしょ!?」
と、言ってきたので、私もとてもうれしくなると共にホッとしました。

実はかなり昔のことですが、
当時、小さかった孫は母の日にあろうことか
娘にではなく、私に送ってくれたのですが、孫曰く
「母の日はおかあさんにありがとうを伝える日って先生が言ってたから…
ママじゃないよ、お母さんになんだよ」と。
その時の娘のちょっと悲しそうな苦笑いが忘れられないので、
今回の孫のサプライズは、とてもうれしかったんです!

そして、夕食の時。
孫からの母の日のサプライズのプレゼントに
娘はとても喜んでいました。

その後、部屋に戻り、テーブルの上を見ると、
何やら箱が置いてあるではないですか!
開けてみると…なんと!!
娘二人からの母の日のプレゼントでした。
しかも、私の好きなオルゴール。
そして、孫からのプレゼントも!?
まさかの演出に、びっくり&うれしい気持ちでいっぱいに…(#^.^#)

IMG_2471IMG_1428

そういえば…
連休前に娘から連絡があり、
「父の日のプレゼント、〇〇と△△だと、どっちがいいかな?」と。
「どっちでも喜ぶよ」と答えつつ、
内心、「母の日を飛び越えて父の日ね~(^_^;) 」と思いましたが、
娘たちの主人への心遣いがうれしく(何しろ再婚なもので…笑)
そんなことは忘れていましたが、
もしかしたら、あの連絡をもらった時から、
この母の日のサプライズは始まっていたのかもしれません。

今度は、娘二人と孫の誕生日に
それぞれ、どんなサプライズをしようか…
今から、いたずら心が騒いでなりません!?(笑)



小野塚:夢の余韻は続いている……。

c60da76dc6efbf9bf5453c3050daff81d_4620693218545052752_210503


先日の4月24日(土)57歳のバースデイライブを開催した。

生観戦は10名にしぼり、ネット配信だった。

場所は、我が母校、西湘高校のお膝元、小田原市鴨宮の「KA☆BOSS」

その時、特別ゲストとしてお呼びしたのが、ミュージシャンであり作曲家の国安修二さん。

大学時代に最も影響を受けた人であり、憧れの人だった。

「ねぇ」で1991年日本有線放送大賞新人賞を受賞した。サビを聞けばわかる人も多いだろう。

一時間以上、修二さんと歌を歌ってハモった。夢が実現した瞬間だった。



ワタシが初めて人前で歌を歌ったのが、800人の観客の前、15歳のとき、42年前だ。

その時の観客の熱狂が五臓六腑に染み渡り、歌とギターは人生の友となった。

いつの間にか、ワタシの夢は「レコードを出すこと」
「紅白歌合戦に出場して白組の勝利に貢献すること」
となった。

そのために、「ワンマンライブをやりたい」とひそかに計画していた。



高校ではフォークソング部。受験勉強も恋愛も記憶になく(!?)文字通り音楽漬けの毎日だった。

本当にギターを抱いて寝ていた。

進学した明治大学生田校舎では音楽サークルがなかった。

理科系で研究する人が多かったので、音楽にうつつを抜かす人はいなかったのだろう。

途中で和泉校舎の音楽サークルに入り、ライブハウスに出たりしていたが中途半端な音楽活動だった。



社会人になり、忙しくなり、歌はおろかギターを弾くこともままならない中、

父からの提案で「おばあさんの88歳の米寿の記念に詞を作ったから、お前が曲をつくれ!」

ということがきっかけに、26歳のとき、念願のCDを作った。31年前だ。

このとき、本当に死んでもいいと思った。自分が亡くなっても音楽は残るから。

詳細はココ。




a8d5f590


それからは、人前で歌うことはおろか、自宅でギターを弾くこともなくなった。

32歳で生命保険会社に転職したころ、その会社のならわしというか、文化として、

年に一度ファミリーパーティーがある。そこで再び歌うことになった。

30〜50名を超える同僚の家族全員の前で歌う。コレだ、この感覚だ!再び歌う快感が蘇ってきた。



友人たちの集まりでちょこちょこ歌い始めたころ、友人から

「国安修二さんがフォーク居酒屋を開くらしいよ」というウワサを聞いて、

開店の翌日に行った。御徒町の「旅のつづき」、通称「旅つづ」。

2006年、42歳だった。まさか!本人がいるとは!!!

その日からその店の常連となった。多いときは、週に2〜3回、年間100回通った。

未達成の夢を思い出した。

そして一念発起して、初めてのワンマンライブを開催した。43歳だった。

60名定員のスペースは、ワタシにとっては武道館だった。

デビューもしていないただの素人のミュージシャンのワタシのライブに多くの人が

来てくれた。満席だった!!!

そこからさらに味をしめて「旅つづ」で毎年バースデイライブを開催していた。

「ワンマンライブをやりたい」の夢は、毎年恒例の当たり前のことになっていた。



そして昨年のコロナ。14年通った「旅つづ」の閉店……。

ホームグラウンドがなくなってしまった……。


そして今回のライブ。ネット配信でやろう!と計画していたら友人が、

「国安修二さんに呼んだら?来てくれるかもよ?いや、きっとテルちゃんだから来てくれるよ!」

と、トンデモない提案がっ!!!ダメもとで連絡したらナント来てくれるという!

しかも小田原まで!!! その日から遠足に行く前の気分。ずっとルンルンだった。


c60da76dc6efbf9bf5453c3050daff81d_4620693218545052752_210503_0


本番当日。 修二さんとのリハーサル。

そこで一緒にギターを弾き、ハモり、キーボードで合わせてくれた。

感動した!!!

リハーサルで大満足したので、本番はその復習のようなものだった。

いまでもその余韻は続いている……。


夢はあとひとつ。

「紅白歌合戦に出場して白組の勝利に貢献すること」に牛歩のように、わずかながら近づいている。


c60da76dc6efbf9bf5453c3050daff81d_4620693218545052752_210503_1





岡根:セールスの絶対国語辞典

いよいよ完成します。
セールスの絶対シリーズ 第二弾!

FC9BF64D-23A3-4C15-A739-181A55A50DBB

「セールスの絶対国語辞典  sales: impossible」HS出版

前回の「セールスの絶対教科書」が、Amazonのビジネス書でランキング1位になったことで調子に乗って
教科書があるなら、国語辞典も必要だろうと思い込み、
コロナのおかげで家にこもって書き上げました。

この本は、私が50年以上何度も失敗を繰り返しながら
それでもまた立ち上がり培ってきた人生観の集大成です。

ですから万人受けする正しそうなビジネス書ではなく、
大いに偏見に満ち溢れた私の哲学書です。

しかし、哲学なきセールスは、ただの物売りに過ぎない!

ただ売れればいいのであれば、頭のいい人が考えた
合理的で効率のいい仕組みに乗っかればいいのでしょうが、
私はそこに魅力を感じません。

日本が誇る職人たちのように
自分の経験に基づいて、自分のこだわりを見つけていくことが
商売をしていくうえでとても大切だと感じています。

売るためのノウハウだけではなく、
自分のこだわりを、哲学を磨いていってください。

0D8D3E9F-1D58-488C-AF1C-556CF0E66A5B
 

浜:あきらめがヒジョーに悪い!

姪っ子、
この子が生まれて我が家に来た時、嬉しくて、嬉しくて、
多くの写真を撮ったことがきっかけでカメラでの写真撮影にハマりました。
はるか
大きくなって、遠くから遊びに来てくれました。
うちのワンコもべったりです。
 
 
当時はフィルムカメラの時代。
一眼レフカメラにズームレンズ(1本のレンズで撮る範囲を拡大したり縮小したり、
被写体に寄ったり引いたりして撮影できる便利なレンズ)を装着して、
毎日のようにこの子をバシバシと撮影していました。

そして自分にも長女が生まれ撮影に夢中になっていると、
友人が単焦点大口径レンズ
(ズームは効かないがレンズ自体の径が大きいので多くの光を取り込める・・・
 明るいレンズともいいます)のことを教えてくれ、
当時としては高価なドイツ製のレンズが使える一眼レフカメラを購入し、
写真に、そしてカメラに没頭していました。

大口径レンズは、例えば女性を撮影する際などに手前側の瞳にピントを合わせると、
その前と後ろがボケ始めて柔らかな表現になったり、
写真のテーマになるポイントを絞ることができ、表現豊かな写真が撮影しやすくなります。
萌子七五三300dpi
そのカメラで撮影した長女の七五三のお参りの際の写真です。
 
 
その後、会社勤めから独立し、仕事が自分の趣味であるようにと自分に言い聞かせ、
仕事のことだけしか考えなくなったり、経済的に苦しい時期もあり、
自分の持っているカメラやレンズを売ってしまいました。

フィルムカメラからデジタルカメラへの過渡期であったこと、
携帯電話やスマホに高性能なカメラが装備され始めたこともあり
カメラからは暫く意識が離れていました。

ところがです!
お世話になっている方がカメラを趣味にしておられ、
話を聞くと現在ではレンズとカメラ本体の間にアダプターを装着すると、
個性溢れるフィルムカメラ時代のオールドレンズなどを
バラエティー豊かに楽しめるようになっていることを知ってしまいました。
アダプターもかなりの種類があり、
特に最近のレンズ交換式ミラーレス一眼カメラだと使用できる範囲がかなり広がっています。
・・・こめかみあたりがヒクヒクするのを感じました・・・
「やっぱり売るんじゃなかった。」・・・。
 
古本
近所の古本屋さんで入手した本・・・私が所有していたレンズも数本紹介されています。
 
 
ミラーレス一眼カメラと純正レンズを準備しながらも、
「もう随分経ったから、中古で良い状態のあのレンズ入手するのは難しいだろうな~。」
と思いながらネットオークションを覗いてみました。
2度オークションから購入してみたのですが、レンズの中が薄く曇っていたり、
ボディが傷だらけだったりと外してしまいました。
その後はオークションでのレンズの選び方のツボとコツもだんだん身につき、
失敗はそのくらいで済みました。
また東京にそのメーカーのレンズやカメラの専門の中古屋さんを見つけることもでき、
出張の際などに立ち寄っては、
いろいろ教わりながらバリエーションも少しずつ増やすことができました。
 
大口径レンズ
右側が現代のズームレンズ。
本体はオートフォーカス(自動ピント合わせ)機能があるので大きいですが、
レンズ自体の径は小さくなります。
左側はドバン!とレンズというかガラスの塊。
今ではオールドレンズと言われるレンズの1本で、ピントもマニュアルで合わせます。
非常に程度の良い状態の物が入手できました。
美しい瞳を連想してしまい、所有しているだけで嬉しくなってしまいます。
 
 
オールドレンズで撮影してみました。
mono
ピントの合っている瞳の前後は大変柔らかな写りをしています。
現代の解像度(繊細さや正確さの度合)の高いキレキレのレンズとは少し異なります。
 
 
レンズ
手前の3本がかつてからの憧れのオールドレンズ。
「やったー!あきらめずに取り戻したゾッ!」と、思わず叫びたくなります!
そして、後ろに並ぶ現代の進化したレンズでの撮影も同時進行しています。
 
 
現在、花や風景、そしてワンコを中心に撮影を楽しんでいますが、
母がポツリと一言・・・「あんた、ほんとは子供撮りたいんじゃないの?」と。
 
「えっ?!」
・・・確かに・・・でももう子供たちは大きくなっているし・・・もしかして
「孫?!」
 
しかし・・・
上の写真の長女は「子供は絶対に生まん!」と言っていたし・・・
長男に次男に限っては、まだ彼女すらいない・・・。
 
とはいえ、
「私は絶対に結婚などせん!むしろ嫁が欲しいくらいだ!」と豪語していた長女が、
つい数か月前に嫁に行ったので・・・
「また気が変わってくれないだろうか?」・・・と想ってしまう。
 
「孫の写真を撮る」という、ささやかな可能性を願って・・・
 
ここでも、あきらめがヒジョーに悪い!・・・のでした・・・

石田:今よりも決断力を上げて、自分の人生を楽しむコツ

最近、また人生が劇的に変化しました

2月から、沖縄と赤羽(東京)の2拠点生活を始めました

沖縄に仕事で行った時に

クライアントから「沖縄に住んじゃえば」と言われて
次の日に物件を見に行ったら、メッチャ良かったので、その場で決めてしまいました

人生何があるかわかりませんね
全くそんつもりはなかったのに

何だか大きい力に引っ張られるように沖縄の物件を決めてしまいま
した

さて、なんでこんな決断ができたんだろう?

ちょっと考えてみました

何となく浮かんだのが、SAだったのです

「問題意識」と「利益・可能性」

今のままでいいのかな? 仕事も、住むところも
もし仮に、全てうまくいくとしたら
どんな仕事をしたい?、どんな生活したい? どんなところに住みたい?

そのために、なにができるかな・・・

自分に問いかける癖
セルフコミュニケーションの癖がついています

すると
チャンスが来たり、変化が来たりした時に

その場で、自分の答えを出せるようになってきます

これ、毎日意識していると
今よりも確実に決断力が上がるのです

・・・・

そして、行動してみて(沖縄に家を持ったこと)気づいたこと

それは、
沖縄にも東京にもそれぞれいいところがあるということです

最初は、沖縄は楽園で本当に最高、
東京はダメだなって思ってましたが

沖縄、東京の往復をしてみて、いろんな気づきがありました

沖縄は、毎日がリゾート、友達がいる、
友達限定の民泊を始めて大盛況、毎日ハッピー
でも、刺激が少ない、平和すぎる、隠居生活みたい

赤羽は、安くて美味しい飲み屋が多い、買い物便利、
すぐそばにプールがある、
自宅の3Fのベランダでの日向ぼっこは僕に取ってかけがえのないもの
でも、ゴミゴミしている、

双方、いい面、よくない面があります

これは、やってみないとわかりません


やっても、やらなくても、時間は経過していきます

気がついた時には
天界に旅立つ日が来てしまいます

・・・・
人が他界する時に後悔することは

やって失敗したことではなくて、やらなかったことだそうです

・・・・

自分のやりたいことを、やっちゃえ
❣️

あなたを応援しています

・・・・

で、やっちゃうときのポイント

それは、「問題意識」「利益・可能性」
をいつも自分に問いかけることです

自分から出てきた、ピンときた答え
やってみたいって思ったことを行動すると

何だか、メッチャ楽しい人生になってきます

僕も、2拠点生活をやってみたいと思って、決断して、
結果いろんなことがわかりました

さて、この現実を元に
「問題意識」と「利益・可能性」をつかって、次のステージに遊びに行こうと思います

IMG_8303


最後まで読んでくれてありがとうございます

みなさんが、ハッピーな人生を送れますようにお祈りしています

ではでは
記事検索
月別アーカイブ