la vie du Fukuoka

日々の憂鬱、悔悟、悦楽、虚栄、無為、虚無を語る。精神医学、精神病理、医学全般、雑多な文学、語学など

HHhH






遠い異国の物語である。

1942年、もう70年以上前の出来事である。

舞台はプラハである。
昼でも薄暗い石畳の路地、陰鬱な水の流れを見下ろすChales橋、目を転じ見上げる黒々とした城、槍の穂先のごとくそそり立つ尖塔、権力を誇示する大聖堂、通りを走り廻るトラム、中世から照らし続ける街灯、華やかだが寒々とした夜。
晴れ渡る秋空よりも、寒々とした霧雨が似合う街。

行ったこともない街を勝手に想像してみるが、私の場合、あくまで観光客の視線でしかない。

この国は、70年前に限った話ではない。中世から東方からはハンガリー帝国、西方からはドイツ、南からはオーストリア、北方からポーランド、これらの諸国と常に対抗、戦闘し続けてきた国である。

第2次大戦前夜、チェコの国力は著しく弱体化していた。
1938年からナチスドイツはチェコ、ソロバキアの併合を目指した。
これはヒットラーの個人的な思いつき、というわけではない。
この背景には、中世から延々と続くこの地の複雑、入り組んだな政治事情、なかでもドイツ、スラブ、ユダヤ、ポーランド系、様々な民族、文化背景を持った人々、その複雑な事情があるのである。
中東欧の歴史、といっても私には全く知識はないのであるが。
が、中東欧、現在のウクライナまで延々と広がったドイツ系の人々の政治的立場は強かったようである。

第1次大戦の敗戦後、ドイツ人はアーリア人種といういわば架空の民族主義の熱病に取りつかれることになった。

これに対抗すべきは、当時としては社会主義イデオロギーであったが、一時は隆盛を誇るも党の権力闘争、党員の序列化には熱心、必死で取り組むのであったが、民衆へのプロパガンダ、党勢拡大に注力することを怠った。
社会主義者らは、民衆の信用を失って失墜し果てた。

さまよえる民衆の行き場を失った熱情、鬱憤、英仏露、それにかねてから不仲であったユダヤ人への憎悪を巧みに誘導、コントロールしたのが国家社会主義を標榜するヒットラーであった。
ヒットラーは、チェコスロバキアに中世から居住するドイツ系住民を、政治的に利用する。
同胞を助けることは、ドイツ国民の責務である、として。
オーストリア、次いでドイツ系住民の多かったチェコスロバキアの併合をミュンヘン会談を通じてヒットラーは手中に収めることに成功した。

ヒットラーが「保護領」としたチェコに派遣した総督こそが、いわばこの小説の主人公である。
ラインハルト・ハイドリヒである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92

私は寡聞にして全く知らなかったのであるが、ドイツ人、或いは中欧の人々にとっては、悪夢、消し難い傷跡として、今でも深く脳裏に刻み込まれている人物である。
肩書は、ナチス親衛隊大将、親衛隊のナンバー2であり、ボヘミア・モラヴィア保護領の実質的支配者でもあった。
まるでボヘミアの僭主、王侯のように振る舞った。
しかしそれはあくまで表の顔である。

彼が歴史に残した爪痕とは、ユダヤ人の抹殺、ジェノサイドの立案者であったことである。
ドイツ人らしい正確さ、厳密さ、規律正しさで、高効率な民族絶滅案を立案し、実行したのである。

ドイツにとって、チェコ、特にボヘミア地方は重要な重工業、機械製作産業の中心であった。
ここから優秀なドイツ製の兵器が生産され、戦場へと運び出された。
ナチス・ドイツの軍事力生産、その心臓部なのであった。

しかし、あっという間の人生であった。
38歳、若くして絶頂から暗殺され世を去ったこの男、他のナチの要人たちとさして異なるところはない。
そこそこに頭がよく、計算高く、ライバル心、名誉欲が強い、つまりどこにでもいる凡庸な男である。
異なるのは、己の利に沿わないものに対して極端に無慈悲であった、という点である。
いや、これも特異な点とは言えない。
このような人物、今でもたくさんいる。


この作品は、風変わりである。
前半、二分の一はこの人物の記述に費やされている。
その記述についてである。
賛否両論あると思う。
私個人は、否のほうであるが。
確かに個性的である。
使い方によっては、新しい小説の様式形成の鏑矢になり得るのかもしれない。
著者自身が「膨大な資料を蒐集した」と自負するだけに、事実関係の記述は正確であろうし、斬新な味を感じさせてはくれる。
その斬新さとは、常に「ぼく」としての内省を織り交ぜることがスパイス、というか味噌なのである。
私個人としては、これは耳障りな独り言、雑味の多い料理のごとく不快、うるさく感じた。
なしにしてもらいたかった、そして尚且つ読者を惹きつけ、唸らせる記述をしてほしかった。
偉大な鴎外のように。
鴎外の長大な史伝小説、或いは史実を題材とした小説は、折り目正しく淡々、かつ典雅であると共に、読者に不吉な血の香りをかがせる官能的なものであった。


話がそれたが、後半の半分は、このラインハルトの暗殺実行部隊、イギリス情報部立案の記述である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%83%89%E4%BD%9C%E6%88%A6

こんなあざとい作戦に、イギリス人は使えない。
訳ありでイギリスに辿り着いていた10数名のチェコスロバキアの若者たち、多くはチェコからフランス外人部隊に逃れ、更に英仏海峡を渡った人々たちであった。
彼らにパラシュート降下訓練、現地での破壊工作、諜報活動など、一連の必要な技術を教育したのち、実行部隊をチェコに降下させる。
紆余曲折ありながら、なんとか暗殺には成功する。
が、英軍作戦立案者、工作員達、彼ら全員の予測通りではあるが、プラハの教会での激しい銃撃戦の末、華々しく全滅する。

一人の例外を除いて。
その一人とは、仲間を裏切り、ゲシュタポに通報した工作員の一人である。
この「ユダ」にも相当する興味深い人物に対する記述こそ、読者が読みたいものであるが、力不足というか全く物足りない。

そしてこの事件の悲劇性、その収斂する場所とは、ラインハルト・ハイドリヒの暗殺現場でも隊員たちが全滅する教会でもない。

それは、暗殺に激怒したヒットラーが命じた2つの村、全く無関係の村民らへの虐殺である。
みせしめ、報復としての無意味な大量殺人である。
これも作中で記述されてはいるが、力不足である。
悲劇性という点ではこちらのほうが、理不尽さ、不条理性では比較するすべもない。
華々しい英雄譚の背後には、かくのごとき無茶苦茶な暴力、大量殺人が隠匿されることがしばしばである。
今の世もそうかもしれない。


本作品は2010年、ゴンクール賞を受賞している。
といっても、私個人としてはあまり高く評価することはできないが。
様式の独創性は評価はできるが、洗練、深みが足りない。
風景の描写、用いる語彙も地味が乏しく、響あわない、不協和音のごとく恣意的であり、味気なく感じてしまう。
これは翻訳のせいではないと思う。


さてこの歴史的題材の劇的性、悲劇性から、この暗殺作戦は何度も映画化されている。




著者Laurent Binetは作品中で何度、2度であったか、おそらくライバル視しているのであろう、ジョナサン・リテルの「慈しみの女神」に触れる。

これは私も購入してはいるが、まだ未読の大作である。
上下巻で1000頁近く、字はびっしり、真面目に読了すれば1年はかかりそうな作品である。
物語は複雑、フランスでひっそり、こっそりと戦後を送る元親衛隊員の後悔、皮肉、自己憐憫、空虚感、ニヒリズム、その独白が延々と続く。
善良な常識人、一市民の心の中に潜む狂気を、抉り出す。

アメリカ人のジョナサン・リテルがわざわざフランス語で記述し、ゴンクール賞どころかアカデミーフランセーズまで取ってしまった大小説である。
まともに吟味し薀蓄を垂れようとするなら、数年以上かかるだろうが、無駄にはならない。
それよりも、読者としての私、その怠惰のほうが危惧される。



慈しみの女神たち (上) (慈しみの女神たち)
ジョナサン・リテル
集英社
2011-05-26













ゲゲゲの女房

野際陽子ナレーション 連続テレビ小説 ゲゲゲの女房 完全版 DVD-BOX1 全4枚【NHKスクエア限定商品】
松下奈緒、向井理、有森也実、星野真里、杉浦太陽 ほか
NHKエンタープライズ
2015





私にとってNHKの連続ドラマ、全く興味のない番組であった。
が、ふとした気まぐれで見始めてしまった。
といってもケチな私であるから、アマゾンプライム、0円のスクリーミングである。

正直に申し上げると、大変面白い。
NHKにも、いやNHKには面白い作品がある。

私にとって、水木しげるは郷愁を誘う漫画作家である。
私が小学校に入ったばかりのころ、水木しげるは貸本屋のスター作家であった。
鼻たれの目にも、氏の描く世界はまことに美しく、神秘的であった。

湿気、瘴気、貧困、疾病、不衛生、ありとあらゆる不快、不健康な世界を子供の眼前に、実に気前よく、無造作に放り投げてよこしてくれるのである。
その闇の中で蠢く夥しい無数の生物、虫とは言えない何か液体を滴らしながら絶えず形態を変化させ続けていく生き物であり、私にとって未知の生物、つまり妖怪であった。

しかし、この妖怪たちが闘争し、殺戮し、命乞いする。
かと思えば友好的にくつろぎあう姿、まことに融通無碍であった。

心をぐっと鷲掴みにされた鼻たれは、2,3枚の十円玉を破れかかったポケットに潜ませ、近所の貸本屋の入り口をくぐるのである。
それまでの勧善懲悪一辺倒、常同的な貸本漫画に飽きが来ていた鼻たれにとって、それは全く新鮮であった。
なにしろ手垢だらけの表紙をめくったとたん、良い子を不健全、病的な美の世界へと伝導してくれるのである。
実にありがたかった。
しかし、その官能的で夢のような読書体験は短命であった。
すぐに本自体が店頭から消えてしまった。

次いで水木しげるに出会ったのは、数年後、もうすっかり鬼太郎を忘れていたころである。
ブランド漫画雑誌、少年マガジン、或いはサンデーだったかもしれない。
感想を率直にってしまうと、身もふたもないのであるが。
鼻たれ時代、くぎ付けとなった魅惑的美の世界は、霧散していた。
清潔、上品に解毒されつくしていた。

落胆し、すっかり興味をなくしてしまった。
そしてテレビに現れたころには、真面目に見る気がしなくなってしまった。


さて本作品である。
原作は、水木しげる氏の奥様の小説である。
実話もあれば、虚構もあるであろう。
素直に面白かった。
延々と続く極貧の時代、人様の苦労を笑ってはいけない。
が、どこか救いのある貧乏なのである。
いや、もう40を超え幼い子供もいた、下手をすれば一家心中ものの極貧なのであるが。
作品に心血を注ぐ情熱あふれる作家、それを支え続ける良妻賢母の妻のお話であるから、NHKごのみではある。
私の鼻たれ時代、極貧は日常世界であった。
いや、今の世もそうなのであるが、目には見えにくくなった。

興味深かったのは2点ある。

水木しげる氏の、どこか世間離れした脱力感は実に心地よいのである。
が、あの集中ぶり、凝り性、こだわり、そして他者とのコミュニケーションに無頓着であり、浮世離れ、幾度となく騙され、或いは無謀な志向で失敗を重ねる。
どこか今様の発達障害の大人を思わせる、不器用な大人の姿である。

もう一点ある。
水木家の古風さである。
古き良き日本の家族スタイル、つまりトッドの言う直系家族なのである。

意外でもあった。
水木氏の故郷鳥取県境港市を離れ、ご両親は水木しげる氏を頼って上京しくる。
この頃には、水木しげる氏はずいぶんと売れっ子になっていた。

この水木氏のお父様、実に頼りなく生活力も乏しい。
水木氏は3世代で同居し、水木氏は両親も扶養するのである。
兄、弟もプロダクションで雇用する。
この辺りは、不完全直系家族的、いや平等主義家族的でもあり、複合型家族でもある。

生活、財力は乏しくとも父親像は、この家族内では実に濃厚なのである。
当時も今も珍しい、東京郊外、調布市における3世代同居の生活様式である。
ここでの権威者である父は、水木しげる氏もその父君も、ともに気弱でけして権威を傘には着ない姿、つまり解毒、消毒された姿で描かれてはいるが。
父親の趣味性、夢想家ぶりは水木氏によって引き継がれ、更に次女へと伝承されていく。

きっとここでは描き得なかった葛藤は、凄惨であったと思うのではある。

一方で、奥様のご実家の父親、この方はクラシックな家長である。
あからさまに権威主義的父親である。
直系家族主義として家風を代々継承し、守って来られたが、長男は教師、期待をかけた次男は家業の酒屋を継がず、更には事故で早逝、悲劇的な戦後の父親像を体現なさっていた。

最近逝去された大杉連氏が好演していた。



















あとのまつり  その2 発達障害

最近、成人の発達障害とされる症例2例に遭遇した。
遅きに失した感が強かった。
何しろ怠惰、不勉強な私であるから、「児童精神科医にお任せ」の一言でこれまで等閑視してきた報いである。
何れも他医で診断がつけられていた、そのような経緯であった。
プライバシーもありその詳細は記述できないが、DSM的基準を満たす典型例と言えば確かにそうである。
が、他の要素も多々含んだ複雑な病像でもある。
一概に注意欠如・多動症ADHD、或いは自閉症スペクトラムの説明病像と一致しているわけでもない。
あくまで発達障害、つまり正常と従来されてきた発達像と幾ばくかの隔たりはある。
と同時に、社会的適応がうまくいかない、結局生活が破綻し入院せざるを得なくなった、という経緯は共通している。
これまで外来で連発してきた瀕用病名「適応障害」、
その中には、かくの如き背景を持つ人々もきっと多々おられることであろう。

さて思い返してみると気になっていた症例がある。
以前「あとのまつり」と題した症例である。

http://blog.livedoor.jp/sambockarie/archives/cat_50053147.html


もう10年以上前医経験した症例である。
当時の私は、統合失調症型パーソナリテイ障害、及び学習障害と診断していた。
他にかかわった多数の先生方の診断は,、統合失調症であった。
今振り返ってみると、この患者さんの背景、いや障害の大きな要因に発達障害があった。
当時既に明らかであった学習障害以外に、おそらく注意欠如.多動症があった、
それは彼の障害の大きな軛となっていたと同時に、まるで書院の屏風の影に潜む武者のごとくに、様々な症状の背景に沈黙しつつもしっかりと重みをもったまま座していた。
今の時点では、そう納得がいくのである。
たまたま社会的適応困難となり、所謂「発症」が20歳過ぎての成人例であった、ということなのである。

彼の出会った困難を考えてみる。
不注意に由来する重大な失敗、集中力の不足、或いは偏った興味はADHDの「症状」というよりも代表的な「指標」である。
そのような重要な指標への評価が当時の私には不足していたのである。
或いは学童期、思春期までは周囲の環境がそこそこに愛護的であり、適応を可能としていた、就職し厳しい現場作業に従事して初めて適応障害を生じ、あとは躓き続けてきたのである。
当時の患者には目立たなかったのであるが、多動、落ち着きのなさは、濫費、相続した乏しい財産の思慮に欠ける管理と呼応してのかもしれない。
そして現在話題になっているADHDに合併する不安障害、抑鬱、強迫症状のほうが目立ってしまう、そして背景にある発達障害に目がいかないのである。

ただ、発達障害という「概念」「ラベル」が独り歩きしても困るのである。
その時の状態像で当初対応し、その後に背景について検討し対応する。
が、成人の発達障害に著効を示しえる治療法は、薬物療法を含めてまだないのである。
ストラテラ等の薬剤、まだ症例を選ぶべき薬剤である。

私という病  中村うさぎ

私という病 (新潮文庫)
中村 うさぎ
新潮社
2008-08-28






著者、中村うさぎ氏、私はあまり詳しいことは存じ上げない。
しかし、氏の20年前の著作、エッセイ集であるが、たいそう気に入っていた。

「パリのトイレでシ・ル・ヴ・プレ」





「崖っぷちだよ、人生は」





私に推奨してくれたのは、当時高校生だった娘である。
抱腹絶倒、素直に面白かった。
内容についての記憶は残っていないが、他にも何冊か読んだ記憶がある。
が、氏が購入したブランド品の数々、その写真をうっとりと拝観したものの、それ以後すっかり忘れていた。
世は、まだバブル景気の興奮からまだ冷めやらぬころである。
ホスト通い、男性同性愛者、氏の配偶者もそうである、美容整形、氏が取り組むテーマの変遷はテレビにご出演の際、切れ切れに知るのみであった。

久方ぶりに思い出したのは、当直の深夜、車いすに座りずいぶんと変わった様子でテレビ出演なさった氏を見てからであった。
Stiff person症候群、私も聞いたことのない稀な疾患にり患なさったそうである。
呼吸停止から、死に瀕した、そのような重篤な疾患であった。
筋無力症とも、異なるそうであるが自己免疫疾患、らしいが確たることは不明である。
ステロイドを内服されているのであろう、そのような顔貌であった。
そこで、あっけらかんと臨死を語る氏に興味を覚えた。
たまたま佐藤優氏の「国家の罠」「私のマルクス」を読んだ後であった。


中村うさぎ氏と佐藤優氏の対談「聖書を語る」を読んでみた。

聖書を語る (文春文庫)
佐藤 優
文藝春秋
2014-01-04




まったく面白くなかった。
内容はほとんど記憶していない。
とうとうと語る佐藤氏に対して、冷ややか、手短に応じる中村氏、あまり熱意は感じられなかった。
この本を読むまで、中村うさぎ氏がプロテスタント、キリスト教徒であることを、私は知らなかった。
はっきりとは語っていなかったが、「デスノート」がらみで「予め選ばれた民の救済」について両氏が語っていたことから、カルヴァン派ではなかろうか。

他者という病 (新潮文庫)
中村 うさぎ
新潮社
2018-02-28



ついで本作
「私という病」
ともにアマゾン中古、1円でゲット。

「私という病」は昨日読了したのである。
なかなか印象深い記述である。
Stiff person症候群に罹患する数年前、47歳ころのご自身の体験を基にした作品。
乱暴に括ってしまえば所謂「私さがし」がテーマである。
中古1円で買えるということは、よく売れたがもう読む人は少ない、ということを意味してもいる。
冒頭、氏がデリヘル嬢体験を敢行する、という当時物議を醸した記述で始まるので、売る気満々であったことがしのばれる。

難癖をつければ、この実体験が実にゆるい、生ぬるいのである。
たった三日間、三年でも三か月、あるいは三週間でもない、それも飛び飛びでの三日間、お客様は計11名であったとか。
プロの方々から見れば、たった三日で何がわかるか、とお叱りの言葉が飛んできそうな、あくまで「なんちゃって体験」「おままごと」である。

さて中村氏にとって、デリヘル嬢体験とは、単に世間の好奇心を掻き立てる、ということが主目的ではなかった、それなりの立派な大義名分があってのことなのである。

その大義とは、中村氏が受けた「外傷的体験」に由来している。
そのつらい、心の底に鉛の如く重く沈み込んでくる体験とは、当時42歳の中村氏が貢ぎこんできたホスト君から受けた酷い仕打ち、なのだそうである。
ホスト君のまるでやる気のないおざなりエッチ、そのことに女性として酷く傷つくのであった。
その傷つけられた女としての尊厳を回復する行為、としてのデリヘル嬢なのである。

ここで読者は、中村氏が内包している奇妙な倒錯、我儘ぶり、視野狭窄に強い違和感を感じるに違いない。

 嵌狃」はその「彼」であるホスト君に敬意を感じ、欲望したのであろうか、ホスト君を一人の人間として。
◆嵌狃」は、2人で行う愛という行為を欲望したのであろうか?
その欲望があったとしたら、それをホスト君に遺憾なく伝達できたのであろうか?

中村氏の記述は、 ´◆´ともに否である。
中村氏が欲望したのは、「彼」では全くなかった。
愛がもたらす喜悦でもなかった。

中村氏が熱望したのは、ホスト君の欲望の対象となることであった。
氏の言を借りれば、女性としての価値を認められる、ということだそうである。
つまり他者の承認、女性としての価値の鑑定書の発行なのである。
「鑑定書」を欲望したのである。
これではホスト君もやる気を失うだろう。
いくら鈍感そうな男でも、この辺は人間であるからして敏感である。

最初からボタンの掛け違いがあったのだが、ここから大いなる迷走、暴走が始まる。
ただし、この暴走とは、ぐるぐる回る果てしない、答えの出ない方程式であり、換言すれば似たような言説を繰り返し、さらに今後も執筆する糧となりえるような、という計算づくの「豪快な暴走」なのである。

そもそも中村氏が声高に主張する自己同一性、俗にいうidentityとはなんであろうか。

みうらじゅん氏なら「やめときなはれ」と一蹴するような問いである。
答えの出ない、せいぜい論述しえても正解のない方程式である。
さらには、難問が残っている。
「女性」とは、そもそもなんであろうか。
中村氏は、予測通り何ら有効な記述を成しえていない。
むべなるかな。である。
なにせ最大の難問である。

Lacanは、semineire Encoreで万言を弄した。
その結果、「性関係はない」である。
性を指し示す言述はない、というのだそうである。




中村氏の場合、その根っこの議論は、棚上げされたまま、いわば超先験的、あらかじめ既知の「もの」として論じられる。
記述は、さらに奇異な方向へとなだれ込む。
男女の、いわば権力関係、上か下かという上下関係を論じ始める。
中村氏にとっては、女性は弱者であり、特に中村氏はそうだったそうである。
自らのOL時代の痴漢被害体験、セクハラ被害に、今もって腹に据えかねると怒りが爆発する。
その流れの下流、河口付近に件のホスト君も座すこととなる。

デリヘル体験とは、その弱者、権力関係の下に位置することを強いられてきた彼女が、金銭との交換として性的悦楽を供給する立場、いわば強者としての位置を一瞬にしてゲットし得る、まるで魔法のような特権性を獲得しうる稀有な体験、なのだそうである。
中村氏は、強者をひたすら目指すのである。
なんだかニーチェ的でもあるが。

「若さ」「美しさ」こそが男女間の強者、権力の源である。
強者こそが、主体としての実体性、強者として自己同一性を獲得できる。
この強者の位置に座しえないことが、氏の不幸であった、中村氏はそう主張する。
ミシェル・ウエルベックも、彼の作品中で主張しそうなテーマである。

確かに、曖昧模糊とした「性」或いは「女性」を、いわば数量的、定量的に数値化し得るがごとき「力学的関係」で捉えることは、一見よさげではある。
が、記述を読了してみても、何も記述しえていないことに読者は「やはり」という思いを確認するのである。
本来記述不可、或いは甚だ困難な「女性」なるものを、かくのごとき単一な指標をもってして指し示しえた、かのごとき記述を目にする読者は、空回りし続け摩耗していく中村氏に当惑、或いは不気味な違和感を抱かざるを得ない。
中村氏とは、まさに「自己愛の殉教者」である。
読者は粛然とせざるを得ない。


その中村氏が、終盤に「東電OL殺人事件」に触れる。
被害者の女性に、自己像を投影するのである。
「私によく似ている」
被害者の姿、というよりイメージに、中村氏は己の抱える葛藤を投影する。

が、これは妥当な記述ではない。
現実の事件はもっと闇の深い、底なしにである、いまだに真相の不明な事件であった。
中村氏は表層のみを記述し、その闇には一切触れないのであるが。
被害者女性が抱えていた深い精神病理(摂食障害、或いは周囲が唖然とするほどの人格水準の低下が伝えられ、一方で被害者の預金が1億円であった等々、詳細は不明である)、1審で無期懲役刑判決を受けたをネパール人男性の裁判経過、高裁での逆転無罪、いまだに真相は闇の中である。
気軽に引用できる範疇を超えた事件である。

この著書ののち、中村氏は「セックス放浪記」、秀逸な作品名である、なる著作を上梓、今度は新宿2丁目のウリセンの男性を求めての旅となったそうである。
こちらは、私はまだ未読である。

セックス放浪記 (新潮文庫)
中村 うさぎ
新潮社
2010-02-26













劇場  又吉直樹

劇場
又吉 直樹
新潮社
2017-05-11




又吉直樹氏の第2作長編である。
連休中に読んでみた。

例によってアマゾン、中古1円でゲット。
2,3日で読み終わった。
すらすらと読み終えることが可能である。
現在ほとんど記憶に残っていない。
読む価値のない作品か、と問われれば、他人の行動基準、価値観を云々できるほど私は賢くはない。
今様の若者たちの姿、いやもうそういう年代でもないのだろう、いつの間にか30代後半、いや40歳過ぎても自分が何をやっているのかよくわからない私。

かっての私でもあり、この駄文を呼んでいるあなたも、たぶんそうなのであろう。
心優しく、けして悪い人ではないのだけれど、人付き合いの下手な男と女の愛の物語、と言い切ってしまうと、もの凄く退屈な作品を連想してしまう。
ヒモ男の物語、そう決めつけると確かにわかりやすい。
どこかで読んだような「既読感」も感じるのである。
ヒモ物語、それもDVがらみのたちの悪い、というと西村賢太氏が第一人者ではある。
あちらがハード系ヒモ物語なら、この作品はマイルド系ヒモになるのだろうか。
マイルドな外面を装っているだけに、より「心優し」「けだるい諦め」「気づかれないような思いやり」「研磨されえない感受性」等々、更には「控えめな自己愛」実は巨大な万能感で男は窒息しそうなのであるが。

それらは西村賢太氏の自虐作品と共通している。

暗渠の宿 (新潮文庫)
西村 賢太
新潮社
2010-01-28




両作家の共通する点がもう一つある。
非常に奇妙というか、異様でもある。
もう一人の主人公である女性、その美しすぎる姿である。
ホストに貢ぐ女性たちのそれとは、かなり違っている。
今時、このようなマゾヒスティックな女性、そう「夕鶴」に出てくる鶴の化身、「おつう」のごとし、である。
身勝手な男たちが時折みせる「優しさ」、牡クジャクの羽に相当する「秘められ開花しつつある才能」に引き寄せられ、男たちに尽くす、尽くしまくり消耗疲弊する。
なんとも哀れ、というよりも現実離れしているのである。
大昔のことは、私もよくは知らないのであるが、今の世である。
現実にはこんなお通のような女性は、少なくとも日本にはいないのである。
女性も必死に生きているのである、おのれ一人を生きるすべとして。

それよりも空恐ろしいのは、男たちの勝手な脳内世界にはまだその存在が許容しえるという、理解しがたい事実である。
だから共感を得ることができるし、男たちの甘い幻想を掻き立て、そのうぶな男たちを書店へと誘うことも可なのかもしれない。
その本を手に取り、私もその一人であるが、幻想の甘美な物語に浸るのである。
そして読み終える頃、はっと気づくのである。
これは現実ではない、現実世界ではない、舞台劇なのである。
まさに作品の題名「劇場」である。
男女2名の役者によって演じられる甘美な物語、芝居が終わり、観客席の照明がてらされる時、夢から醒め、深いため息をつくのである。

さて、観客は過酷な現実に戻るのであるが、その時から各々がどう物語を作り上げていくのか、そのほうが気になることである。



















那覇  識名園

何度目かの識名園である。
かっての琉球王の別邸である。
石造りの城郭、厳めしい首里城での生活を忌避した琉球王は、美しい庭園と瀟洒な木造平屋建築の御殿での生活を好んだのであろう。

江戸時代初期、薩摩藩による検地では琉球諸島を合わせ9万石弱であり、琉球王の知行地としては5万石を江戸幕府は認知したとのことである。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E5%9B%BD%E9%83%A1%E5%88%A5%E7%9F%B3%E9%AB%98%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7


大藩とは言えないが、それでも中国との密貿易で薩摩藩からピンハネされながらも、結構金を持っていた。
それに先島に対する、圧制、収奪である。
今の世も語り続けられる重税、農奴的強制労働で搾り取っていた。
現在、いやそうではないという異論もあるが。
この識名園以外にも2か所の邸宅、別荘があった。

さて那覇市郊外、識名にある識名園である。
那覇市を取り巻く東側環状線、県道82号線から西側に丘を登る。
すぐにさりげない佇まいの園に辿り着く。
そこそこ広い駐車場は、日曜日の午後であったが、ガラ空きである。
目立たない入り口で入場料400円を支払う。
門番が詰めていた番所の脇を通り、でこぼことした路地、というには大きな石畳を通る。
大小不同、表面のざらついた珊瑚礁の岩、沖縄石灰岩である。
地表にごつごつとした根を張り巡らせ、巨大な幹に蔦を絡みつかせたガジュマルがあたりを圧している。


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アカギ、デイゴの木々、それに巨大な団扇のような葉をした薯科の植物が多い。
離れた場所には、バナナの木も見ることができる。
小鳥の囀りを聴き、身体にまといつく虫を払いのけつつ、丘を登り、足の裏にごつごつとした珊瑚礁の岩を感じつつ森の斜面を下る。


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急に視界が開ける。
緑青色をした池が広がる。
池には、ひときわ目を引く中国風の橋が二本かかっている。


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池の畔、柳の傍に瀟洒な佇まいの六角堂がある。
明治以降の建築物である。

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左側には、この池の水を満たし続けてきた泉、冊封使が読んだ漢詩を刻んだ石碑があり、教養深い王を称え、美しい庭園での月夜の秘めやかな酒席に謝意をうたう。
左手、両側を石壁で囲繞する小道を辿る。

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と、前回記述済みとほとんど同じ内容を記していることに気付く。

http://blog.livedoor.jp/sambockarie/archives/51652028.html


同じことを書いてもつまらない。

この離宮の中心部、御殿「うどん」である。
離宮全体は、1975年から20年間の月日を費やし再建されたものである。
太平洋戦争、沖縄戦でこの離宮は灰燼、焼け野原に帰した。
70年代から80年代の沖縄県、その木工の粋を尽くした建築物、多分そうなのであろう。


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玄関口といってもあっさりとしたものである。
大名の御殿というと、仰々しい唐派風であったり、銘木を敷き詰めた式台玄関を想像するが、まるで農家のそれである。
入ってすぐ奥、8畳の茶室がある。
炉を切っているが、内地の茶室の数寄屋とは全く異なる。
あっさりとしたものである。


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廊下を渡れば、三の間、二の間、広間から奥の居室、使用人たちの控えの間、台所、便所まで一周できる。
廊下、天戸、戸袋、それに軒、垂木、柱、各々が簡素、素朴であるが趣深い。
中でも正面の蔀戸が一際目を引く。
素朴なつくりであるが、戸を支える支柱のバランスが美しい。


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目につく柱は四角を削り所謂几帳面である。
しかし、細かな造作は、内地と異なり鷹揚である、というか素人目には雑にさえ見える。
おそらく多湿なこの地域ならではの、木材同士膨張、緩さを勘案した結果なのではないかと思った。


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屋根は、派手な赤瓦である。
正面の屋根は、微妙に反りが入っているように見える。

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庇を支える垂木、雨の多いこの地方であるから板と共に30年以上の年月、湿気で傷み始めている。
定期的に交換、修理しているのであろうか。


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次いで目立つのは、夥しい数の板戸、天戸である。
風雨に耐える戸袋も趣深い。

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礎石に立つ柱、あえて自然なまま、素朴な風合いである。


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珊瑚礁を想像させる沓脱石、ざらざらとした質感を持つ。


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東側の築山、芝生であるが昔はどうだったのだろうか。











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涼しい風が吹く抜ける廊下。













裏側の日常の居室、違い棚を備えた書院づくりである。

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こじんまりとした竈を備えた台所

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表と裏の狭間、中庭であるが、風通しを狙ったものであろうか。


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自殺 2  エマニュエル・トッド 直系家族

自殺率の国際比較。
よくネットで見かける。
日本のお隣、韓国がOECD加盟国中第1位、十万人当たり25.6である。
と思っていたら2017年のデーターでは、バルト海東岸のリトアニアも突出して高い。
日本は19.7である。

かねがね韓国の自殺率が高いことは、よく知られている。
社会、経済不安、若者の失業問題、格差社会、よくある文脈で語られる。
日本とは、昨今共に「なかよし」「お騒がせ」の韓国である。
日本とは切っても切れない国であり、抜き差しならない民族でもある。
なにせ今の日本人のルーツの民族らしい、色々と異論はあるだろうが。
半島からやってきた人々、彼らがそう遠くない昔、日本の支配者となった。

一方で、彼らの来る数千年前から日本に住み着いていた人々もいるのである。
南の海流に乗ってやってきた人々、或いは北の氷の国からやってきた人々たちである。
なにせ、当時は文字を持たなかったのであるから、謎の人々である。
この先住民、素人の私としては、縄文人と同一視しているが、現代における日本の家族システムを考えるうえで、今も微妙な影響を与えている、私はそう思っている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC#%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%BB%8E%E6%98%8E

日本に文字が伝来したのは、それほど古い時期ではなかったらしい。
古墳時代、紀元後3から7世紀頃である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E5%AD%97#%E6%BC%A2%E5%AD%97%E3%82%92%E8%BC%B8%E5%85%A5%E3%81%97%E3%81%9F%E5%9B%BD%E3%81%A8%E3%80%81%E7%8F%BE%E5%9C%A8%E3%81%AE%E4%BD%BF%E7%94%A8%E7%8A%B6%E6%B3%81


なにせ西欧でも、ラテン語、ギリシャ語、更にはセム語となると紀元前にさかのぼるが、フランス人やドイツ系の人々が文字を持ち、文書を記述し始めた時期も日本とほぼ同じ、「浅い歴史」の人々なのである。



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E6%99%82%E4%BB%A3









韓国も日本も、トッドに言わせれば「直系家族主義」なのである。
が、直系家族主義といっても、相違点がいろいろとある。
日本は、いとこ婚を古くから許容している。
相続は、原則としては男子、長子であるが、婿、女系の相続も場合によってはあり得る。
対して韓国、というよりも朝鮮では許容されない。
いとこ婚を認めないし、男子以外の相続は認められてこなかった。
このことが社会システムとどう影響しあっているかは、様々な言説があり得るであろう。

日本の直系家族が確立したのは、半島からの人々が渡来し、日本を支配した時期、とは即断できない。
男系長子相続が定着し始めたのは、日本ではどうも鎌倉末期から室町期であったらしい。
それまでは武家であるが、所有地を兄弟で分割していたのである。
室町期になって、原則として長子が全部の領地を相続し、他の兄弟は土地所有を諦めねばならなくなった。
農地開発の技術的限界が訪れ、人口密度が飽和した時期であったのかもしれない。
狭い土地を、更に細切れにすることは、氏族の脆弱化を意味していた。
が、原則ではあって例外もあったであろう。
江戸期に至っても、分家、傍流、長子を立てながらも様々な兄弟間の不平等を緩和する策が為された。
勿論、本家の血流が途絶することの回避もあった。
逃げ道、保険でもある。
逃げ道、保険というのは社会の激変に対応、生存し続けるうえで重要である。


更に、日本であるが北海道のアイヌ、或いは沖縄では、家族観が異なる。
意外といっては先入観が露呈してしまうが、共に核家族である。
沖縄では、母方同居という特徴がある。
この母方同居核家族は、南の方向、インドネシアまで広がりを持つ家族主義である。

アイヌの場合は、双処居住核家族である。
日本の場合、単一の家族主義ではないのであるし、日本の北端、南端の両地に異なる家族主義がある、ということは、これらが元々の古来からのオリジナル、素の家族主義である可能性が高い。
周辺部、辺境にこそ、古来からの、アルカイック、素のシステムが残存している可能性が高い、トッドそう主張する。

また近畿以西と比較して、関東より東の地域では、日本においてはより古い家族システム、共同体家族の残滓がある。
これは先祖から続く農地の開墾を経て、一所帯当たりの所有面積が広いことに由来する。

更に五島、長野県の山間部には共同体家族システムも見出されている。
これはその地域の特産品、その生産技術の伝承、その秘匿が義務付けられていたゆえだそうである。


新ヨーロッパ大全〈1〉
エマニュエル トッド
藤原書店
1992-11-01




ところでもう一つの自殺大国、リトアニアである。
バルト海に面する小国である。
ここも直系家族主義である。
が、様々、複雑な要因、歴史を包含している。
すぐ隣、或いは近在の強国、ロシア、ドイツ、スウエーデンに翻弄されてきた。
社会、文化においてその影響を受けている。

ロシアは共同体家族、ドイツ、スウエーデンは直系家族である。
リトアニアは、貴族、騎士という支配階級が、ドイツの影響下に直系家族システムを取ってきた。
その影響が庶民にまで、下方向に浸透した。
あるいは、隣国の最強国ロシアに住民全体が反発し、直系家族システムを採用した可能性もある。

なにか日本を含め、自殺と直系家族との関連を考えたくなってしまう。
自殺ランキング上位の国の共通性として、「直系家族」を高々と掲げるのは短慮である。

ポルトガル南部に突出して自殺率の高い地方がある。
この地方の家族システムは、共同体家族である。
母型居住である。
全く直系家族とは異なる。
母権が強い。
婚外子、庶子の誕生率が高いのだそうである。















自殺 日本における家族システム 1

先日、わが荒廃都市にて精神科の勉強会があった。
当日のお題は、精神科領域における自殺問題であった。
その場では、治療現場、ミクロ的、メデイカル・モデル的視点での講演があった。
自殺念慮、企図がある患者さんにいかに適切に対応するか。
総合病院、精神科病院、それぞれ微妙ならず複雑な事情がある。
精神科医のみで解決できない問題である。
PSW、多職種をフルに稼働させ、社会的バックアップを図らねば成果はおぼつかない。
で、社会資源である。
行政である。
保健所、児相、所轄警察、行政ではないが裁判所、といろいろある。
司法書士、行政書士、弁護士、サポート的立場の民間団体、等々民間の方々の御助力を多々必要とする。
そのあたりの話は、業界人なら今更なにを、耳にタコ話ではあるが。

別に視点を持たねば、退屈極まりない。
そこでマクロ話、ソシアル・モデルからの視点で考えてみたい。
人口十万人当たりの自殺者、自殺率は2003年の27.0をピークに徐々に低下し、2016年は17.3だそうである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E8%87%AA%E6%AE%BA#%E6%88%A6%E5%BE%8C

この要因は様々な推論があるであろう。
過去にも1958年の25.7があった。
2003年がピークの自殺率、この要因は何といってもバブル崩壊、というよりもその後の苛烈な不良債権処理の不幸な結果である。
企業破綻、失業、非正規雇用の増加、それは違うというご意見も多々あろうが、竹中平蔵元金融担当大臣率いる金融庁が意図的に惹起した大災害、私は個人的にはそう思っている。
現在も、氏は安倍政権、加計問題のいわくつき、国家戦略特区の委員として活躍中、また派遣社員の元締めたるパソナ取締役である。

さてなぜ自殺率の低下に至ったのであろうか。

https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H26/H26_jisatunojoukyou_03.pdf

回復が早いのは、大都市部だそうである。
対して地方では遅れている。
日本という狭い様で多様な国、大雑把ではあるが都道府県別の比較データーは、ネットで容易に検索可能である。
但し、年齢構成等様々な要因がバイアスとして作用し得る、そのことを考慮することは必須である。
年度によって入れ替わりが激しいが、東北地方、日本海沿い、男性では秋田、島根、新潟、青森県だそうである。
が、九州ではこの年は佐賀県が上位に位置している。
意外なことに東北からは遠い沖縄県、年度によっては上位に位置するらしい。
年齢補正によってかなり入れ替わりがあるだろうが。
それに分子がいかんせん低値であるので、毎年の上位常連以外は入れ替わりが激しい。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/other/15sibou/dl/16.pdf


神奈川、大分、愛知で低く、また東京でも近年低下が著しいそうである。
年齢層的には、かって多かった40,50代年齢層の低下が著しい。

これをもって景気回復、アベノミクスの成果と唱える政治家、識者もおられるようである。
そうかもしれない。
そういう面もあるだろう。
最悪よりはましである、現在は。
借金取りから追い回される生活、そこから破産なりで負債を清算、ほっとしたところなのかもしれない。


が、自殺率が依然高い地域について考察してみることは、自殺の予防、自殺企図したが救命しえた人々の今後を考えるうえで大切である。
精神科医療単独では、その力が及ぶのはごく一部、視界に入りえるごく狭い領域でしかない。

あくまで私の憶測、仮説でしかない。

http://todo-ran.com/t/kiji/10557


自殺者数 [ 2016年第一位 秋田県 ]http://todo-ran.com/t/kiji/18573
自殺者数 [ 2016年第一位 秋田県 ]



さてこの都道県マップをみていると、気づくことがある。
確かに日本海側に自殺率の高い県が多い。
震災の影響であろうか、東北地方全般に高い。
東北ではないが山陰の島根県も高い。


九州、年度によっては宮崎、鹿児島県、あるいは沖縄県も高くなるそうである。

地方、中でも農業、漁業の従事者の多い地方に注目するべきであろうか。

http://todo-ran.com/t/kiji/11541
農業就業人口 [ 2015年第一位 岩手県 ]http://todo-ran.com/t/kiji/11541
農業就業人口 [ 2015年第一位 岩手県 ]



相関係数、どなたか統計に熱心な大学者先生にやってほしい。

となると、人口減少、高齢化県、家族構成、核家族か否か、が絡んでくるかもしれない。
所得とも関係してくるだろう。

http://todo-ran.com/t/kiji/17181

総人口増減率 [ 2016年第一位 東京都 ]http://todo-ran.com/t/kiji/17181
総人口増減率 [ 2016年第一位 東京都 ]




日本海沿い、東北地方、人口減が目立つ。
が、なにもこの地域に限った話ではないが。
65歳以上の多い県ともいえるが、これも偶然そうなったのかもしれない。




http://todo-ran.com/t/kiji/12053


65歳以上人口(高齢者数) [ 2016年第一位 秋田県 ]http://todo-ran.com/t/kiji/12053
65歳以上人口(高齢者数) [ 2016年第一位 秋田県 ]





核家族、あるいは逆にみると3世代同居率はどうであろうか。

http://todo-ran.com/t/kiji/16414

三世代世帯人数 [ 2015年第一位 山形県 ]http://todo-ran.com/t/kiji/16414
三世代世帯人数 [ 2015年第一位 山形県 ]





今まで出てきた図表とよく似た、ある種の共通性が伺われる。
3世代家族が多い地域と自殺率の高い県とが重畳する、そう私には思えた。




以下は、あくまで私の独断と偏見、強引な暴論である。

バブル後の金融引き締め、統制で日本の経済、社会は大混乱に陥った。
最も痛手を負ったのは、企業、商店当の自営業、その中核をなす40,50代の男性であった。
彼らは経済的破綻の後、多くの方々は今日立ち直ってきた。

それは政権による経済政策の成功、それも若干あるかもしれないが、都市部で回復しえたということは、単に経済的回復のみでは説明しにくい。

東京など、大企業本社が集中する地域は確かにお金の流通は盛んであろう。
大都市には、顕著な異変が生じた。
バブル後に押し寄せてきたのは、新自由主義経済、グローバルゼーションという新たな大波であった。
(グローバルゼーションという名ではあるが、実際はアングロ・サクソン的思考法である。
世界共通、或いは普遍的思考なんぞとは、無関係である。
イギリス、その中でもイングランド地方、アメリカの支配層に分布する人々、あくまで彼らにとって都合の良い思考法である)

大都市での人々は、生きていくためにその本来の思考を転換した。
彼らは、もともとは核家族ではなかった。
本来の彼らは、サザエさん、マルちゃんの世界を生きてきた人々である。
三世代同居、父権的家族である。
昭和50年代の家族がそのイメージを代表している。

大都市では、核家族化が急速に進展した。
居住環境、就労状況も、核家族こそが大都市で生きていくにはふさわしかった。

エマニュエル・トッドがいうアングロ・サクソン的絶対核家族主義に、都市生活者は近似してきた。
しかしあくまで近似であって、本質的変貌、転換ではないのであるが。


対して自殺率の高い地域(沖縄は別に考えねばならないが)であるが、農村地帯、3世代居住、人口減というのが共通項である。
自作的農地での継承的農業従事、3世代同居、というのは特に重要である。

代々、農地で生活の糧を得、原則長男相続、父親の権威を重んじる。
兄弟間の不平等は容認する。
長男相続というのは、ある一定の耕作地の維持、細切れ的不動産拡散の防止、及び伝承されてきた農業技術の教育、継承を包含する。
漁業、林業においても、事情は同様であろう。

つまりトッドが言う、日本に伝統的である直系家族主義の濃厚な地域、なのかもしれない。
少し前の日本そのものである。
更に飛躍すると、この日本古来の直系家族主義は、アングロ・サクソン的絶対家族主義と折り合いが悪い。
絶対核家族主義の価値観、他者に無関心(特に無関心という点は重要である、差別にも無関心なのであり、社会的不平等にも無関心、無視或いは是認する)、非権威主義、絶対的自由主義という特性とあらゆる点で軋轢を生むのである。

この軋轢に耐久性を持たない地域、そこは地域社会が不安定化せざるを得ない。


要約すると、都市部では本来直系家族主義であったが、バブル崩壊後父親的権威は霧散し、権威よりも自由を選択し、核家族化した。

折から、刹那的、性急な成果を要求するアングロ・サクソン的新自由主義経済の大波が押し寄せ、絶対核家族主義的価値観を都市の人々は甘受するようになった。
そこでは従来重視され、長期間を費やしてきた社員教育、熟練工養成は無駄だと排除されるようになった。
瞬時に買収、合併、吸収される企業では、これまで尊重されてきた社風、伝統、会社への忠誠心は無価値となった。

社員、その家族にとって、他者への無関心、伝統権威の軽視、不平等の容認、諦念が処世訓となる。
その結果、何とか生活は再建できるようになってはみた。
が、彼らの根底には太古から伝わる直系家族主義が蠢いているし、深層では健在である。
ゾンビカトリシズム的郷愁を祖先、或いは皇室に未だに求め、心奥に抱き続けている。
が、すがりつくもの、権威を喪失している都市生活者には、常に空虚感がつきまとうのである。


また例外的地域もありそうである。
北九州市、筑豊のような少数の地域は、例外かもしれない。
この地とは、直系家族主義の農漁村から次男、三男が食い扶持を求めたどり着いた土地である。
この地の人々は、明治時代以来の平等主義核家族である。
所詮150年前からの家族主義ではあるが、いまだにその気風は根強い。

そのせいか、地域経済は今も振るわない。
衰退の一途である。

闘争領域の拡大  ミシェル・ウエルベック

闘争領域の拡大 (河出文庫)
ミシェル ウエルベック
河出書房新社
2018-02-06




今やフランスきっての有名小説家となったミシェル・ウエルベックの処女作である。
初版は絶版、中古で6000円以上する。
買えなかった。
最近お手頃価格の文庫本が発売されたので買ってみた。

彼自身の著作の表紙、或いはYou-tubeでみる彼の風貌、どこか疲れておりインタビューでは怯えた表情も見せ、なかなか打ち解けた様子は見せない。
イメージと違って、あまりシニカルには見えないのであるが。
日本でもよく見かける、そこそこ中途半端な学歴、大卒の公務員、けれどキャリアなんかじゃない、恋人はいない、実家には顔出さない、特に趣味もない、なんとなく都会で生活している、電車に乗ると隣に座っているような、そんな青年、いやもう40近いオジサンを思い浮かべてしまう。
そんな青年がしたためた私小説、彼の切なく空しい日常をしたためたもの、私にはそう思えた。

淡々とした記述が続く。
文体はごく簡明、シンプルである。
ある意味、潔い。
風景の描写にしろ、内面の吐露にしろ持って回った言い回しをこの作家は好まない。

ストーリー性といっても格別瞠目すべき事件、事象が起こるわけでもなく、
「僕」の眠たげな陳述、どこかけだるく無力感が充満している、が延々と続く。
そういう話法、手法は後年の作品にも共通している。

ウエルベック自身は、両親の離婚のあおりを食って祖母に養育された。
農業技術系grandes ecole卒、一応エリートなのだそうである。
が、ENA出、超一流のエリート様では全くない。

パリ市内にはこのような中途半端な方々、もう青年とは言えないオジサンたちがひしめき合って生活している。
そんな事情は東京も同じであるが。

ここでの「僕」は、いつも冷めた目で周囲を細かく観察し続ける。
関与を忌避しつつも「観察」は死ぬほど好きである。

周囲の他者のみではない。
吐き気を催す街の風景、役所、オフィス、地下鉄、歩道、カフェテラス、
各々が素敵に「僕」の繊細な「神経」主に脳内神経組織を好き勝手に苛み、嘲笑するのである。

「僕」には、他者とはあくまでなじみの薄く、どちらかといえば意地悪であり、油断ならない何ものかであり、
同時に憐憫、嫌悪、軽蔑、つまりは大いなる違和感を惹起せしめるものでしかない。
他者への侮蔑は、同時というよりもそれに先行して恐怖がある。
彼らから「僕」が承認され、愛されることは金輪際ないのである。

最後には「僕」という意識、存在の希薄な志向する主体そのものも「他者」と判然としなくなる。
主体、つまり曖昧模糊、脆弱ひ弱、メルトダウンしつつある「僕」という主体、
そして眼前にそびえたつ他者、その差異化が困難となりはててしまう。

さて他者とのかかわりにおいて、30歳そこそこの「僕」にとって、唯一魅惑的なもの。
苦痛そのものである空虚をいやすすべ、とは何であろうか。
かっては、つまり2年前までは憧憬の対象であった「性関係」を「僕」は思慕する。
それは本能を充足してくれるだけではなく、「愛」という甘美な他者との関係性を易々と構築する、
かの如き幻想をつかの間ではあっても抱かせてくれるのである。

が、そこにはもうかってのような魅惑ではなく、意地悪く殺伐、冷酷な「性関係」しかない。
僕の思念の中には、性関係とはただでさえ冷淡な現世から徹底的に放逐を強いる拷問具なのである。
うっとりとするような官能的悦楽ではなく、落胆、屈辱、恥辱、さらには嫌悪、身をよじらせるような苦悶こそが報酬である。

「僕」は、性的享楽も社会的階級により無残にも差異化されてしまっている、と被害感を炸裂させる。
社会的特権、高い給与、知的ウイット、美しい外見を所有するものこそが享楽にありつける。
まるで数値化され、システムとして社会の中に組み込まれているかのごとくに。

などとくどいほどに主張する。
が、その開放化、民主化を主張する程の膂力はなどは皆無である。

何も特権的な人々のみが性的享楽に身を浸しうるのではない。
愛の対象としての「他者」との親密な関係性を好み、心地よく思う人、熱心かつ、泥臭い努力をいとわない方々。
何よりも「他者」としての緊張関係を超克、とまでいわなくとも共感、尊重するものこそが「愛」の恩恵に浴しうる点は、太古の昔から変わらないと私は思うのであるが。


そのような、今日の日本でも隣の席にいそうな絶食系青年、 
その「僕」が最後に意図せずとも、その情念の流れ込んでいく河口とは「うつ病」であることは、うんざりとするほど自明である。
それも古典的「内因性うつ病」ではなく、あくまで今日巷間満ち溢れる「現代型うつ病」ディスメチア型うつ病、
となることはこれまた自明ではある。
「僕」にとっては「僕が悪い」という自罰ではない。
「僕」とはあくまで被害者である。
対して他者、或いは世の中、社会は実に悪い、嘘つき、偽善者ばかりである。
「僕」は傲然と、そう主張する。


そのような「僕」であるが、何か憎めない、
電車の隣に座っり、疲れた表情でスマホをいじっているあなたな、或いはい眠りをしている私なのである。

という点では、極めて私小説的である。
日本もフランスも同じ穴のナントやら、五十歩百歩である。

文豪、大作家ウエルベック先生に是非お勧めしたいことがある。

来日し、日本のヤンキー、彼らをじっくりと観察してほしい。
イスラム嫌いのウエルベック先生である。
内婚制共同体イスラムと違って、ヤンキーの家族観とはパリジャンと同じく平等性核家族である。

10代早々の早々としたを性交渉の開始、活発奔放な性活動、女性はイケイケで放縦、子沢山、高い離婚率、シングルマザーの頑張り、力強さ、彼らこそウエルベック的、青白く病んだ西欧知識人への最善の処方箋である。


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スコルタの太陽  ロラン・ゴデ

スコルタの太陽 (Modern & Classic)
ロラン ゴデ
河出書房新社
2008-06




https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2+%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%B8%E3%82%A2+%E3%83%9A%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%81+%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%83%E3%83%81/@41.9452056,15.9902295,529m/data=!3m1!1e3!4m5!3m4!1s0x1337b1c766e1dcd3:0x3835e9cf47184513!8m2!3d41.9446328!4d15.9927564?hl=ja



南イタリア、プーリア地方、アドリア海に面した小さな村モンテプッチ。
と聞くと、私のような単細胞の日本人は、夢想に包まれるのである。
陽光にきらめくアドリア海、青々と広がる海原、浮かぶ小舟、爽やかな潮風、飛翔する海鳥、丘を下ると砂浜が広がり、途切れたあたりには大小さまざまな奇岩が重なる。その上には白壁が連なり中世から続く石造りの家々が身を寄せ合う。そこでは昔ながら、先祖の風習を守りつつ、潮風に声がかすれた男たちの生活が営まれる。

などという型どおり、なんら新鮮味のない連想しか浮かばないのである。
行ったこともないから、テレビのお仕着せイメージそのものである。
そのような、まさに凡庸な私めが読んでの感想である。

汗臭い小説である。
乾いた土、まいたつ砂ぼこり、よどんだ水路の臭い。
赤ら顔の太った男たちがくゆらす煙草、昼間からの強い酒、汗のにおい、脂っこい食事、残飯に群がる鷗、狭い路地の空にはためく洗濯物、村の教会の鐘、眩い太陽、静謐と倦怠、その中で少しずつ家族の物語が語られていく。

150年間にわたる家族の物語。
やわらかで居心地の良いソファーで語られる、耳障りの良い話、とはいえない。

貧困、延々続く貧しさ、それに影法師の如く付きまとう屈辱、恥辱、怒り、憤懣、最初は折り目正しく梱包されているが、やがて発酵、腐敗し風船のように膨張していく。

なにかを切っ掛けに血が流れる。
ある命が消えていく。
それは4世代にわたって繰り返される。

各人、凡庸であり善良でもある。
が、あえて運命を受け入れ、甘受する。
というよりも、何も考えていないのである。
無学、無知である。
カトリックである。
そこそこに信仰心はあるが、さほど熱心ではない。
目の前のパスタを平らげるように、運命を飲み込んでいく。

昔ながらの伝統を重んじ素朴な彼らとて、努力しないわけではない。
なにか、自分を昂揚させるものがありはしないか、時に思いをはせる。
旅をする、恋をする、泥棒をする、商売をする、密輸を稼業とする、いろいろとやってはみる。
が、このちっぽけで貧しい村からは離れられないのである。

4世代、特に後半の2世代の人生模様がこの小説の主題である。

などと書いていくと、私がこの作品を気に入ったような記述となってしまうが、違う。

退屈である。
凡庸とは言わないが、さりとて傑出した作品とも思えない。
十数人、その彼らの内面の描写はち密さからは程遠い。
まるで農夫が描きあった、各々の肖像画である。
素朴で力強いが、そこで終わってしまう。
顔の皴のこまごまとした陰影まで筆が及ぶわけでもないし、そのようなことは最初から何ら顧慮されてはいない。
乱暴に言うと、どの人物も似たり寄ったりである。


何も予備知識がなければ、イタリア人作家の手になるイアタリアの小説と思ってしまう。

作者はLaurent Gaude、生粋のパリジャンである。
本作品は、2004年ゴンクール賞に輝いている。

パリ生まれ、パリ育ち、両親はともにラカン派の分析家。
南イタリアからは遠い、うすら寒く狭いアパルトマンの暗い一室で記述された作品である。
パリの知識階級、なにか気難しいへ理屈ばかり主張し倦むことを知らない奇態で不健全な人々、そのような偏見を持つ私にとっては、全く意外である。

Laurent Gaude、劇作家でもある。
彼の文体は独特である。
とにかく文章が短い。
わざとらしさ、作為、厭味に感じさせられるほどである。
プルースト、あのうねうねと続く峠道のような文章の対極である。
今読みかけの彼の作品、La porte des enfers でも同じような文章が並ぶ。
舞台もイタリア、ナポリである。
作家には、幼児期に過ごしたイタリアに愛着が強烈らしい。
「パリを舞台にし、パリジャンの生活を描くなど私にはできない」
Michel Houellebecqの対極でもある。

さて私が最も興味を持ったのは、ここで描かれたこの家族の姿、というより様式である。
Emanuel Toddがいう南イタリアでの特徴、平等主義、或いは不完全共同体主義家族である。
兄弟は、平等関係である。
長男を重んじる直系家族とは、全く価値観が異なる。
何よりも平等、自由が重視される。
父親の権威は、重視されない、少なくとも本作品では父親像は希薄であり、強力で支配する父親は不在である。

結婚後の兄弟の家屋が互いに独立しているかが問題であるが、作品では明確ではない。
少なくとも共同家屋ではなさそうであるが、互いの行き来は非常に密であり、近接した生活らしい。
平等主義であるとともに、共同体主義の色彩も持つ。
但し、父権は強くないから、基本的には平等主義である。
権威、時には教会もそうなる、を嫌悪する。
実際、司祭を一人こっそりと殺してしまう。

パリ市、パリ周辺地域の平等主義核家族と、ある種の共通する価値観(平等、反権威主義)があるからこそ、パリの人々の共感を得やすいのかもしれない。
直系家族主義の日本人にとっては、私もその一人であるが、彼らの生活ぶり、価値観、相当に奇異に思えるのである。





作品中出てくるトラブッコ、釣り用、木製の崖にせりだした足場である。
音がうるさいのでご注意を。