東京都福生市にあるカフェバーさんペンの輪にまつわる話「さんペンの輪物語」と シナリオ「男はつらいよ」番外編『少年・寅次郎ものがたり』 さんペンの輪マスターshinが綴ります

98 とらや・裏庭

  おだやかな秋の日が裏庭に射し込んでいる。

  その向こうで、梅太郎の印刷工場兼住居の土台づくりが始まっている。

                     

  柿の木の葉が黄色く色づいている。

  梅太郎の印刷工場兼住居がほとんど出来上がっている。

  屋根の上には〈朝日印刷〉と大書された看板が見える。

  竜造が大あくびをしながら、その看板を見上げている。

  2階でつねがなれた手つきで布団を干しながら、竜造に声をかける。

つね「早いのねえ、もうすっかり出来上がってるわ」

竜造「ああ、なんてったてバラックだからな。あっという間だよ」

  と、そこへ工場の方から。梅太郎が汗をかきかき出てくる。

竜造「(見て)ヨッ、シャチョー!(と、茶化して迎える)」

梅太郎「冗談はよしてくれよ。それよりいつになったら、こっちの手伝ってくれるんだい。もう明日からでも機械動かせるんだよ」

竜造「(困った顔で)いやあ、それがなあ・・・」

梅太郎「だって、そういう約束だろう。一緒にやるって言ったじゃないか」

竜造「ウーン、そうしたいのはやまやまなんだが・・・。とらやを放おっておくわけにもいかないし・・・」

梅太郎「平造さん、まだ立ち直らないのか(ため息)・・・」

つね「そうなのよ。ここんとこ一段とひどくなったみたい。毎日のように出かけてるのよ。帰りも夜遅いし・・・」

  と言いながら裏庭に出てくるつね。

梅太郎「あんたたちが仲良くしてるから、余計思い出すんじゃないの、亡くなった奥さんのこと・・・」

竜造「ウーン、惚れてたからなあ、兄貴」

  

99 小料理屋

  町はずれにあるひなびた小料理屋の一室。

  平造とお菊、緊張した面持ちで盃を重ねている。

  部屋にはまだ午後の陽が差し込んでいる。

お菊「(哀願するように)ねえ・・・、いっぺんでいいからさ、あの子に会わせておくれよ」

平造「(キッパリと)それはダメだ」

お菊「どうしてさ。あたしはあの子の母親だろ。だったらいっぺんぐらい会わせてくれたっていいじゃないか!」

平造「何度も言わせないでくれ。あんとき話はきちっとつけたはずだ。もう二度と寅の前には姿を見せないって。だから金を渡したんだ」

お菊「フン、なにさ、あんな端金。そりゃあね、あたしもまだ若かったし、芸者のててなし子として育てるよりも、とらやさんの子として育ったほうが、あの子のためにも良かれと思って、泣く泣く手離したんだよ。・・・それに、仏様みたいな節子さんの顔を見るのも辛かったし・・・」

平造「・・・(黙って盃を見ている)」

お菊「だけど、その節子さんも亡くなったって話じゃないか。あの人への義理立てももう済んだ・・・。ねえ、お願いだからさ、ひと目だけでも・・・」

平造「(最後まで言わせず)ダメだ!何と言ってもダメなものはダメだ!!」

お菊「(居直って)この薄情者!あんたにはあたしの気持ちなんかちっとも分かってないんだ!この15年間、あたしは片時だってあの子のことを思わぬ日はなかったんだよ!(ワッと泣き出す)」

  お菊、激しく身を揺すりながら嗚咽する。

  平造、持て余したような顔をしてそっぽを向いている。

  外の通りを子どもたちのはしゃいだ声が駆け抜けていく。

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