
アフリカの西の海に浮かぶカナリアには、
何事もないかのように新しい日が昇ります。
失業率は最悪の30%前後、でも人は楽しく生きています。
5%ほどの日本と正反対の明るさです。
20世紀、人は「経済」と「国家」というモンスターを作りました。
どちらもMORE (成長)、という欲の論理で動きます。
巨大化し複雑化し、誰が大統領や首相になろうと、
人のコントロールできる範囲を越えています。
自由、MORE、グローバル、という
西欧の原理はCAOSを大きくします。
それを制御可能なレベルまで押さえ込む。
西洋の作ったカオスを解きほぐすのは「和」、
東洋の思想。日本のこころ。
LESS IS MORE.
21世紀の日本の役割がそこにあると思います。
こころ安らかな、いい年をお迎えください。
近藤隆雄 TAKAO KONDO
属国化とアメリカのCON (3)
アメリカで一番危険な人種、LEGALの話をしよう。
イエール、ハーバードはじめ、アメリカには有力なロースクールが多い。卒業生には大統領をはじめ政治家、企業人がいる。彼ら、アメリカを動かすエリートたちは、そこで、正義とは何か、そんなつまらないことは学ばない。
西欧の正義とは、そのシンボルどおり、弁舌しだいでどちらにも傾くものだ。

(LADY JUSTICE)
正義とは、勝ちとるもの。
相手を言葉でがんじがらめに縛る。
言葉の戦いに勝てば、合法的に相手を支配できる。
アメリカでは、言葉こそ、最大の武器である。
言葉でいかに自分が「正義になる」か、それを学ぶ。
みんなそのために、ロースクールに行く。言葉の魔術師、CON ARTISTの卵の誕生だ。外交や企業の交渉は、必ずこういう連中が仕切る。
例をあげようか。
僕は、会社相手の交渉には、優秀なロースクール出のLEGALスタッフを必ずつれて行った。彼らの言語戦闘能力、文書作成能力は凄まじい。合弁にしても買収にしても、どちらが交渉の主導をとるかで流れが決まる。その第一歩は、契約書の編集権を取ることである、これは先手必勝が鉄則だ。
まず、交渉の第一回目に何十ページにもわたる契約草案を、ボンとテーブルに置く。文字量が多いほど、相手が準備できていないほどいい。途中の修正はこちらが原本に入れるから、圧倒的に有利になる。
日本やアジアの企業は最初から法務担当など来ない。契約は形式だと思っていて、関係つくりから始まるから、アメリカ側の、あらゆる論点をすべて自分有利に網羅した、田舎の電話帳なみの「草案」を見ただけで、まず勝負がつく。
だから交渉は、完全にこちらのペースで進められる。
アメリカのLEGAL法務担当の仕事とは、
味方にとっては抜け穴を、相手にとっては落とし穴を、
ぼう大な文言の中に、いくつも仕組むことである。
(ネット契約で細かい字の最後I AGREEと押す、あれの何十倍)
いかに相手に不公平であろうと、サインさせてしまえば勝ち。
抜け穴、落とし穴、どちらの穴も晴れて「正義」となる。
アメリカのCON ARTIST代表のLEGALが、何を企むかわからなければ、アメリカの政府や企業が、何をしようとしているのか見えてこない。
日本占領の裏で、アメリカのLEGAL MINDはどう動いただろう。
占領憲法とアメリカのCON(仕掛け)
日本の降伏で、戦争目的の第一、日本の軍事的壊滅は達成した。
占領で、「民主化」の名のもとに、日本人を「無害化」するための政策も進む。
しかし肝心のアメリカの「国益」、最終的な戦争目的である太平洋の覇権と、日本の支配は、それだけでは完成しない。
日本に主権が回復し、ふたたび独立国となる日には、アメリカを含む占領軍は、全て撤退しなければならない。米軍だけが居残れば、当然ほかの連合国の反発を招く。
それに主権回復後の日本が、アメリカの言うことを聞く何の保証もない。
日本と太平洋支配のために、アメリカ軍の基地を、半永久的に日本に置く必要がある。
それがマッカーサー占領の最重要課題となった。
真実は、常に行動に現れる。
アメリカは開戦当初から詳細にわたる日本占領プランを作ってきた。
プランは何回も書き直され、日本降伏直後トルーマンが裁可して(1945年9月6日)東京のマッカーサーに届けられている。
9月2日ミズーリで降伏文書の調印が済むと、東京丸の内に占領軍総司令部が設置され占領が始まった。マッカーサーは10月4日、訪ねてきた近衛文麿元首相にさっそく憲法改正の要請をした。
つまり、憲法は、日本占領時点で、アメリカの最大関心事だったことが分る。
しかし、日本側の対応はなかなか進まず年を越す。
(GHQ正門をでるマッカーサーと腹心ホイットニー局長)
マッカーサーは翌46年の2月3日、腹心のホイットニー局長に、わずか一週間で草案を書き上げるように、内容について簡単な指示を出した。その要点はたったの三点である。天皇制の維持、貴族制度の廃止以外は、日本の非武装に関することが占めている。
ポイントは簡潔だが、内容は日本に極めて厳しい。
国権の発動たる戦争の禁止。
紛争解決のための手段としての戦争に加え、
自己の安全を保持するための手段としての戦争をも放棄すること。
日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。
永久に陸海空軍をもたないこと。
交戦権の放棄。
もちろん文言の変更はあるが、のちに成文化された日本「占領」憲法の前文と9条の、おおもとは、このマッカーサーの短いメモである。
(日本政府資料http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/072/072_002r.html)
戦争をしないだけでなく、未来永劫軍隊をもたない、攻撃されても自分は一切何もしない、徹底的な丸ハダカの無防備と無作為を要求していた。
しかも、ハダカにした上で、日本の生存を「崇高な理想」という正体不明の抽象名詞に預けさせる。
こんな理不尽な条件を、もし条約で日本に押しつけると、あきらかに日本の国家主権と生存権を侵害する不平等条約になるので出来ない。
それを「憲法」という形をかりて、日本自身に誓わせればいい。
アメリカ政府のLEGALマインドはそう結論したはずである。
マッカーサーが憲法について何よりも重要視していたのは、憲法上の日本の無防備非武装宣言、即ち、アメリカの国益のからむ核心こそ、そこにある。
それにポツダム宣言の内容を加える。平和主義、民主主義、人権の文言は、マッカーサーのスタッフが大急ぎで切り貼りして憲法としての体裁を整えた、アメリカにとってはまさにEYE CANDIES AND SOUND BITESの、アメリカの意図を隠す飾りである。
GHQスタッフの草案は指示通りわずか一週間で完成、マッカーサーが目を通したのち、13日に日本側に手渡された。アメリカの凄さはトップのスピード感とそれに応えるスタッフ能力にある。 LEGALの戦いを支えるのは、なんといっても、戦闘的文書能力である。

(GHQ草案を作成したベアテ・シロタと仲間のスタッフ)
日本側はマッカーサーの腹心のホイットニーから、もしこのGHQ草案を受け入れなければ「天皇の御身柄を保障することはできない」と言明されたという。
(http://en.wikipedia.org/wiki/Courtney_Whitney日本語)
そして、この脅しは極めて有効に働いた。
他国の人間が一週間で切り貼りした、世界でも異例の日本国「占領」憲法案が、日本語に翻訳され、多少の手直しを経て公布されたのは、その年の11月3日、施行されたのは、翌年47年の5月3日である。
再軍備禁止に関するマッカーサーメモの内容は、お決まりの「美しいコトバ」にまぶされて、前文と9条に反映された。
これで「外堀」が埋まった。
さあ、あとはゆっくり「内掘」を埋めればいい。
近藤隆雄 2011年12月30日

自分と同じ血の通った人間だと思っていたら、とてもこんなことはできない。笑って見物できるのは、動物や虫けらくらいにしか思わないからだ。



http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20101011-01/1.htm





九十年後の浦賀再来、アメリカの報復と仕掛け
ペリーが去って九十年後の1945年、日本の降伏調印は9月2日、その同じ浦賀水道に錨をおろすアメリカ戦艦ミズーリで行われた。
明治日本が辛苦の末、不平等条約を改正してやっと対等・平等の独立主権国家となった(1911)そのわずか34年後、昭和の敗戦により日本は国の独立主権と海外の権益だけでなく、明治以来築いてきた国としての誇りを失った。謙虚な一代目が身を粉にして築き上げた身代と信用を、苦労知らずの二代目、三代目が大博打にすってしまったようなものである。
ミズーリ艦上には、ペリー来航の時の31星の星条旗、真珠湾攻撃の日のルーズベルト大統領ホワイトハウスの半旗48星の星条旗、その二旒が飾られていた。


(日本全権と士官の頭上、水兵たちの足元のペリーの星条旗)
二旒の星条旗はどちらもアメリカの強い意思をあらわす。ルーズベルトの星条旗は真珠湾への報復を、ペリーの星条旗は90年越しの日本征服と太平洋の支配を祝う、所も浦賀沖である。想像を越える復讐心そして執着の凄まじさ、それがアメリカの本心である。
日本人は、アメリカの本当の恐ろしさをいまだにわかっていない。
僕は、アメリカが天使と悪魔のハイブリッドに見えることがある。
きらびやかな大衆文化を持ち、人権と自由の理想を語りながら、猛烈な利己、貪欲な利益追求、闘争心と復讐心を併存させて少しも矛盾を感じていない、不思議な人種である。善と悪が同時に混じり合う、悪意は善意の言葉で正当化され、包み隠されて人には見せない。自分でもタテマエの正義を信じこんでいるから更にたちが悪い。しかしよく見ると、アメリカの正義は必ず自分の利益がからんでいる、利己の正義である。
日本人は正義とは自然にそこにあるものと思う。正しい行いをしていればオテントウ様は必ず見ていてくれて、言わなくてもいい。皆もいずれわかってくれると思っている。だから自己主張も弁護もうまくない。正しいことのためには、みんなが自然に自分を抑える。自分を守らない無私、日本の中ではそれが通る。日本人の正義は、利己と真反対のものだ。
しかし世界は違う。
アメリカには二つの正義しかない。力の正義と、言い勝つものの正義。どちらも、正義とは勝ちとるもの、勝者の側にのみ、正義は宿る。黙るもの、自分を守らないものは負け犬になる。徹底して自己を正当化し、利己に生きて自分を守らないと生き残れないから、無私などありようもない。アメリカ人はそれで建国以来押し通してきた。だから敵は完膚なきまでに叩く。一度やられれば二度と立ち上らないように、百倍叩いて徹底的に復讐する。真珠湾も911も何も変わっていない。
(日本とアメリカのアニメ、東北とカトリーナの被災者の違いにそれが見える)
自分に逆らうもの、非白人を、人間とは思わない。報復の凄まじさ、インディアンの皆殺し、東京空襲、広島と長崎の原爆、ベトナム、アフガン・イラクでの市民の殺戮、アメリカはそれらのジェノサイドを平然と正当化し、一方で、人権やイルカの保護を語ってなんの矛盾も感じない。
恐るべきは、自分の正義と利益を正当化し、自分を守る、言語の巧みさである。
僕はアメリカのマネジメント研修でメディアとの戦い方を教えられた。
日本の企業のトップのようにそろって頭を下げて嵐の通り過ぎるのを待つのなら、すぐクビになる。どうやって企業責任を果たすのかを語りながら、会社を(自分を)守る。APPEAL TO A NOBLER CAUSE 高尚な理念に問題をすり替えろ、そしてそれを、EYE CANDIES AND SOUND BITES, 目ざわりのいいビジュアルと、相手の聞きたがっている言葉の断片で埋め尽くして、論理は自分の意図する有利な流れに持っていく。魔女のリンゴと同じで、本音の毒は美しい言葉で覆いつくす。言葉の錬金術に長けていなければ、アメリカで絶対上には這いあがれない。
日本人はアメリカのオモテの言葉を信じて本心を見ない。アメリカも日本も正義は同じだと思っているから、いつもコテンパンにやられている。
ミズーリ艦上の降伏の日から、アメリカの日本支配のための周到なプロセスが始まった。日本を完全に変容させるための、6年余りの占領統治である。
占領の表向きは「復興」「民主化」支援、しかし実質は、二度とアメリカに立ち向かわせないための日本と日本人の無力化プログラム、即ち報復である。戦勝国が敗戦国のあり方を変えることは許されない。しかしアメリカは躊躇しない。正義は常に我にある。それに、日本人は人間ではないのだから。その根本には人種差別がある。
はじめは日本を、明治以前の農業国に戻すことを考えていた。
DEMILITARIZE 非軍事化
DEINDUSTRIALIZE 非工業化
DECENTRALIZE 資本分散
DEMOCRATIZE 民主化
しかし朝鮮戦争がはじまると、こんどは日本の力をアメリカが必要になり、占領政策の主眼は「民主化」、つまり日本人のこころの無力化になった。
アメリカが最も恐れたのは、幕末以来見てきた、命をすててでも日本を守ろうとする日本人の無私であった。家族、仲間、郷土、日本という自分を包む「公」、人のためにつくすことを誇りに思う、日本人の高い公徳心である。
「民主化政策」の目的は、日本人を、無私から、利己へ転換させることにあった。
日本古来の生き方に由来する、高い誇りと道徳心を砕いて、日本人を「無害化」すること、二度と逆らわない従順で「平和」な民族に作り変えることである。日本文化の根本に稲作があるのに対して、西欧人の根本は動物の調教にある。「民主化」とは日本人の調教、民主主義に名を借りた、日本人の愚民化にほかならない。
それを徹底して行った、洗脳である。
日本人の利己心に火をつけること。
人は誰も自分の幸福のためだけに生きる権利があると教え込む。
自分の命以上に貴重なものはないと教える。
命をかけても守るべきものがあることは教えない。
人のために生きる、人のために死ぬなど、とんでもない。
国のため、公のために死ぬのはおろかなこと、
家族文化を破壊し、個人を優先させる、
日本の国柄を大切にすることを止めさせる。
戦前の日本の歴史と伝統を否定する。
軍は悪いことをする、平和の敵であると教える。
日本人は軍と財閥の陰謀に乗せられてだまされた、
アメリカが日本の人々を解放し民主化したと信じさせる。
自由はこんなに楽しい。3S、セックス表現の解放、スクリーン、スポーツを奨励して快楽に目を向けさせる。
あらゆるメディアから、プロパガンダを流した。
ウソの極意は必ず半分の真実を含むことである。
都合のいいものだけを報道して、都合の悪いものは流さない。
少しでも逆らう報道は検閲して潰した。
同時に教育基本法を押しつけ、学制を変え、教科書を変え、教員組合を組織して、「民主化教育」を徹底させた。
さらに、日本の伝統勢力を弱体化するため、労働運動と組合を自由化し、外国の指示で日本の転覆を画策した反日左翼の指導者たちまでを解放したら、日本がどんどん左傾化してしまった。
60年後、いまの日本のメディアの偏向、左翼勢力、政党、労働組合、日教組、教育委員会からPTA、学制、あまり日本の伝統と国そして家を大切にしない教育にいたるまで、アメリカの日本無力化プログラムが、そのまま生きている。
だから日本人はアメリカの残したマインドコントロールから、未だに脱していない。
ぼくも戦後教育を受けたから、心の中では無意識に、
戦争は「嫌だ、平和がいい」と思う。
戦争は日本が悪かった
愛国心は「右翼」、軍隊は「悪い」と頭に浮かぶ
平和は大好きだけど、国を守るなんて考えはない。
自分は自分だけの幸福を思い切り追求すればいい
そう自然に思ってきた。
調べれば、歴史の真実は大きく違う。負けた日本だけが、一人罪を負わされていることが見えてくる。しかし一度刷り込まれたマインドコントロールは、なかなか消えない。
僕は独力で、本を読み、今になってやっと公表されるアメリカの資料を読んで、本当のことが見えてきた。
今も日本の教育は変っていない、むしろひどくなっている。僕たちが子どもの時代の戦後の日本には、学校にも家にも、日の丸が飾られて、大きな声で「君が代」も、「仰げば尊し」も歌っていた。日教組の先生でも体罰はあったし、命がけで子供を教えるいい先生はいっぱいいた。学級崩壊なんてどこにも無かった。
いま、日本はどんどん崩れている。無目的、無自覚の若者が増えている。日本人は大人も子供も、教師も親も、政治家まで、とても利己になった。
戦後の「民主化」教育のおかげである。
ぼくは民主主義も平和も、自由も人権も、尊重する。
しかしその果実を受けるには、人として果たすべき責任がある。
何もしないで、平和は守れない。命は尊い。しかし、人には自分の命をかけても守るべき大切なものがある。助け合ってこそ、日本人じゃないか。僕たちは静かに支えあう、東北の地震の被災者たちの姿にそれを見た。
自分のほかには何も守らず、自由と権利しか教えない教育は、本当の民主主義教育ではない。それは名前だけ「民主」がつく、利己の教育である。世界の民主主義国家で、自分を育む父母の国を愛すること、伝統と文化の歴史に誇りを持つことをしっかりと教えないのは、ただ一つ、日本だけではないか。
日本人は歴史に誇りを見失い、卑屈になり、利己になった。
「平和」のための試練をさけ、その日の安楽と快楽のみを求める人間になった。
かくしてアメリカは、日本人無力化の目的を達した。
しかし、アメリカの日本占領には、もう一つ大きな目的が隠されていた。
占領終了後も、日本を米軍の東アジアにおける軍事拠点として、アメリカの支配を継続することである。
主権が回復されて日本が独立国にもどれば、占領軍は去るのが常道である。
しかしそれではアメリカの目的は達せない。
アメリカは日本に居座るために、さらに大きな仕掛けを用意した。
(続く)
そろそろ、占領憲法に隠されたアメリカの意図が見えてきたと思います。アメリカは、なぜ無理やり、この占領憲法を独立前の日本に飲ませる必要があったのか、日本の本当の平和や民主化などとは関係のない、アメリカの理由です。
近藤隆雄 2011年12月1日


