2017年08月10日

共産主義への抗議行動!

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画像左上:抗議文を朗読する高木脩平局長
画像右上:演説する筆者(有門大輔)


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☆活動報告 8/9 IN六本木・露大使館前

『護国志士の会』主催

ロシア大使館及び共産主義への抗議行動!

戦前・戦後にわたって政権内外を徘徊する共産分子

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 平成29年8月9日(水)、「反露デー(反ソ・デー)」と呼ばれるこの日、我が『護国志士の会』(高木脩平局長)単独主催にてロシア大使館(東京・港区)への抗議行動を展開した。

 例年、露大使館前での8月9日の抗議行動は『日侵会(日本侵略を許さない国民の会 =菊川明美代表=)』の主催で行なわれていたが、今年は事情により、「行動する保守運動」にあっては護国志士の会が担わせて頂いたものだ。

 主に昭和期の東西(米ソ)冷戦時代、8月9日は「反ソ・デー」と呼ばれ、右翼民族派団体が総出で旧ソ連大使館前に殺到して抗議行動を展開したものである。

 ソ連崩壊後は反露デーとして抗議行動が継続されている。

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画像上下:8月9日の大使館周辺の風景
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画像上下と右下:例年の如く、物々しい警戒態勢と熾烈な抗議行動
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画像左上:「国賊天誅」と大書きされた街宣車輌
牢人新聞社渡邊昇主幹による有田芳生(民進党参議員)宛ての檄文中、「天誅」という文言があったことで脅迫罪
の刑事事件にも発展しそうな状況だが、天誅とは単にスローガンとして用いられるものでもあると言えよう(関連記事

 8月9日は同6日の広島・原爆投下に続き、長崎に二発目となる原爆が投下された「日本人大虐殺」の日でもあるが、72年前の同日、旧ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して侵攻を開始。当時、満州(中国東北部)や北方四島などに居住していた日本人が略奪、暴行、虐殺そしてシベリア抑留という凄惨な目に遭わされたものである。

 旧ソ連による蛮行は筆舌に尽くすにも惨たらしいもので、非戦闘員への略奪、暴行、虐殺において、ある意味では、米国による原爆投下・大空襲よりも凄惨だったと言えよう(原爆・空襲などは一瞬での惨禍による瞬殺だが、ソ連兵の蛮行では日本人婦女子が半ば生殺しの状態だったとされ、このような表現をすることさえ憚られる)。

 主催者である高木局長からは、旧ソ連を母体とするコミンテルン(国際共産党)が仕立てた共産分子が世界中に散らばり、第二次大戦と東西冷戦を経た現在もなお、世界各国の至るところで共産思想に基づく様々な工作を仕掛けていることが指摘された。
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 共産党の対日工作で言うなら、戦後の現在のみならず、戦前とて同様か、それ以上に酷かったと言えよう。

 周知の通り、日本はドイツ、イタリアとの「日独伊三国同盟」を締結し、枢軸国とされながらも米・ソ・英・仏・中などの連合軍と戦火を交えた。

 この時の三国軍事同盟は「防共」「反共」、つまり共産主義を打倒しようとの観点から締結されている。そしてドイツは対ソ開戦に踏み切ったわけだが、戦後、ナチス・ドイツのハーケンクロイツが悪の権化であるかのようにタブーとして封印されている背景には、単に米英など戦勝国のプロパガンダだけではないと思う。

 そこには「ナチス・ドイツこそが世界史上、最も熾烈に共産主義(ソ連)と戦った事実」を封印したいがため、共産主義者による工作も多分に作用しているのだろう。知っての通り、第二次大戦の戦勝国は米国などの自由主義圏であると同時に、共産主義圏(旧ソ連)の勝利でもあった。

 一方、第二次大戦(アジアでは大東亜戦争)の開戦直前、日本の政権内部には「北進」してソ連と対決するか、東南アジアを植民地支配から解放し、欧米と対決する南進」論があった。

 結果、南進論を選択することとなり、先述の原爆投下の後、ポツダム宣言の受託で日本の敗戦となった。

 単純に考えても、同盟国のドイツがソ連と戦っている以上、極東アジアにあってはもう一方の側から日本が攻め込み、ソ連を挟撃する作戦が最も理に適っているだろう。そのことは近代史を習いたての小学生でも容易に想像がつく。

 ところが、日本は日ソ中立条約を締結する一方、南進の道を選択してしまった。ちなみに筆者・有門は小学6年生の時からここが疑問だったため、大阪の高校に通っていた頃、社会科であった担任教師に「対ソ開戦」について問い質したことがあった。さすがに左翼・共産思想にかぶれた日教組教師の回答だけのことはあった。「あの当時、日本はソ連とは中立条約を結んでいたんやで〜。ソ連と戦争なんか出来るわけあらへん(出来るわけがない)」の一点張りだった。

 …何よりも日ソ中立条約というのが金科玉条の大前提にあったのだ。後に一方的に破られることとなるソ連との中立条約であったが、そのこと(対ソ戦を回避したこと)を周りの大人の誰もが反省する姿勢にもなかったのである。

 その後、成人して右翼民族派運動に加わった頃、対ソ戦の回避が戦後右翼の間でもタブーになっていることを知らされた。

 右翼民族派陣営も加えてのことだが、日本社会はここらで真剣に対ソ戦回避を反省しなければならないのではないか

 右翼民族派も含め、保守層の大東亜戦争(第二次大戦)における日本への評価とは、「アジア解放の聖戦」だったというものである。

 いや、聖戦は聖戦で良い。結果として日本の開戦が欧米の植民地下にあった東南アジア各国の独立(加えてドイツの開戦によるアフリカの独立)に繋がったのであれば、それはそれで素晴らしい。

 勇敢に戦い、散華された日本軍将兵を讃え、哀悼の意を捧げたい。

 だが、国家の選択という歴史的事実における過ちを反省することと、それとは別問題である。

 開戦の直前、国際共産党(コミンテルン)やソ連と通じた共産分子のスパイが日本国内でも暗躍。北進論から南進論が主流となり、開戦当時の日本は東南アジアへの快進撃に国中が沸き立った。

 そして敗戦後も保守派は「日本がアジアを解放した」「植民地支配の欧米を撃ち払った」と大東亜戦争を絶賛している。

 …これでは開戦前から戦時中、そして敗戦後の今日に至るまで、未だ共産主義者の謀略に踊らされ続けているだけではないか?

 何よりも、北進論から南進論へと誘導した共産分子のスパイが日本国内に存在したということ。日本国内どころか、日本の政権、軍部(皇軍)の上層部に少なからぬ共産分子のスパイが存在したということなのだ。

 戦前の日本には特高警察(特別高等警察)も存在し、憲兵隊も存在した。共産党・共産主義者に対する摘発などは今以上に厳しく行なわれていたはずだが、それでも政権や軍部の中枢にまで共産分子のスパイが潜り込んでいたのである

 同盟国ドイツを援護射撃するように対ソ開戦に踏み切るどころか日ソ中立条約…加えて南方戦線への進撃…敗戦後もなおもアジア解放を絶賛するばかりで対ソ戦回避への反省を一顧だにしない…。

 日本人は今も昔も…戦前の政権も軍部も、戦後の保守派・右翼民族派も総じて共産主義者の謀略に踊らされ続けたままなのではないか?

 繰り返し、アジア解放のために戦って散華された日本軍将兵の英霊を顕彰することは大事である。

 しかし、その一方で歴史上の過ちはしっかりと検証して反省しなければ、再び現在そして未来の日本は同じ過ち(同盟国への背信と敗戦の惨禍)を繰り返すのではないか?

 開戦当時の日本で言えば満州建国やシベリア出兵、日中戦争などで大陸進出のノウハウはあった。

 一方、東南アジアへの進出では米軍との戦闘よりも、食糧や医薬品の不足により、伝染病の蔓延などで病死または餓死する将兵も相当数いたとされる。

 ぶっちゃけ日本が開戦に踏み切ったのは米国による「対日禁輸措置」による石油不足からだったが、資源確保のためにドイツに降伏したばかりの仏領(フランス領)インドシナに進駐したのだろうし、石油を確保するためだけならインドネシアを植民地支配していたオランダにだけ宣戦布告するという手もあった。

 ますます日本が東南アジアで戦った意義が分かり難くなってしまうが、やはり南方戦線での熾烈な戦いは共産主義者の謀略(南進論の煽動)の結果だったのだろう。しかも、日本人には不向きな東南アジアのジャングルにて…。

 飽くまでも結果論になってしまうが、まだ対ソ開戦による大陸での戦争のほうが十分に勝機はあっただろう。

 当時とは同盟国はナチス・ドイツからアメリカ合衆国に入れ替わっているが、日本が以前のままでは同じ失敗を繰り返す。

 例えば、今現在だって原爆投下やアメリカへの批判(反米、対米自立)を口実に、北朝鮮や韓国、共産支那(中国)、ロシアへの批判から矛先を逸らそうと躍起になる反米勢力が存在する。

 「日本を焦土にする」と宣言しているのはアメリカではなく、北朝鮮だというのに。

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画像上下:筆者・有門のツイートより
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 だが、こうした反米勢力(反米右翼)の実態というのをよく見なければならない。彼らの中には、つい最近も北朝鮮を訪問した者がいる。帰国後は北朝鮮スパイも同然に、北朝鮮当局の歴史観をそっくりそのまま述べているだけの者もいる。それも曲がりなりにも「右翼」や「愛国」を標榜する者でありながら、その内実は共産主義者そのもの…。

 そうした北朝鮮シンパ(またはロシア・シンパ)の反米勢力が民進党議員は言うに及ばず、自民党の都議会議員や区議会議員までを取り込みつつある。

 それら反米勢力にも通ずる民進党参議員の有田芳生(ありた・よしふ)に至っては、「ヘイト規制」を口実に、主に南北朝鮮・支那に批判的な保守運動への言論弾圧に公然と乗り出している。自民党から公明党、共産党・反原発グループに至るまで、与野党の議員と横断的に繋がりながら…。

 有田の名前である「芳生(よしふ)」は、共産党員の親が旧ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンから取って命名した。

 対米自立…(米軍)基地反対…原発反対…ヘイト規制など、かつてのソ連発の共産分子が今なお縦横無尽に、日本中の至るところに徘徊して日米分断・日本弱体化のための工作を張り巡らせている。

 こうした状況下にあって、高木局長は単に旧ソ連・ロシアへの抗議にとどまらず、「共産主義との戦い」と位置づけた抗議行動を展開したものだ。


抗議文

昭和二十年の今日、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄し、満州帝国及び朝鮮半島に侵攻、また日本の領土である南樺太、全千島列島を不法占拠。日本人の財産を没収、民間人を虐殺し、武装解除した軍人を抑留、過酷な労働を強制させ全体の一割に及ぶ多くの人命を奪った。また、収容所では共産主義思想の刷り込みを行い、日本へ帰らせた後のスパイとして利用した。

このような非人道的行為は決して許されるものではなく、断固抗議すると共に、戦後七十年以上が経過したにも関わらず、今だにスパイの影響を受け、日本人でありながら共産主義の肩を持ち、日本の国会議員でありながら当時のソ連指導者である「ヨシフ・スターリン」の名を名乗り、あらゆる反日活動に手を貸し扇動する「有田芳生」を始めとする、「反日日本人」と言える勢力も共に糾弾されるべき存在である。
 
我々は、七十二年前の今日に始まるソ連の暴挙を許さないと共に、そのソ連が崩壊しても尚、極めて非現実的で偽善的
で危険極まりない「共産主義」なる思想を実現させようとする亡霊及び、日本を侵略せんとするあらゆる勢力を退ける為、活動を続けていくものである。

平成二十九年八月九日

護国志士の会 局長 高木脩平
及び参加者一同

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画像上:ロシア大使館前で再び抗議文を読み上げ、投函した高木局長


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★「行動する保守運動カレンダー」より

8・11 蓮舫の議員辞職を求めるデモ行進
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Posted by samuraiari at 01:19│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
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