2018年07月09日

オウム死刑囚と人災、時代背景…

弔意 豪雨犠牲者への哀悼と、被災地域へのお見舞い申し上げます。

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画像:100名以上の犠牲者を出した西日本一帯での「30年7月豪雨」
たかが雨とはいえ、こうも雨続きでは馬鹿には出来ない!

一方、その最中、オウム死刑囚への刑が執行されたが、時期的にもグッドタイミングだったと言える!


★外追声明!(30年7月8日付)

事実上の「外国人犯罪天国」を断じて許すな!

無罪放免…不起訴…難民認定…「文化の違い」で蛮行が許される司法…
http://gaitsui.web.fc2.com/statement/seimei2018_07_08/2018_07_08.htm

gaitsui


★「行動する保守運動カレンダー」より
8・3 再開のとき 第17回 移民反対・多文化共生反対街宣IN永田町

http://www.koudouhosyu.info/skantou/scheduler.cgi?mode=view&no=1435


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口座名:特定非営利活動法人 外国人犯罪追放運動


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☆刑執行とタイミング

人命尊重…を言うなら災害時の「人災」こそ責任追及を!

 先週、麻原彰光こと松本千津夫らオウム死刑囚7人への刑が執行された。

 未だ現存しているオウム死刑囚もいるが、これで平成初期に発生したオウム事件は事実上、終焉したとされる。しかし、未だ病床にある被害者らとその家族、遺族にとっては傷が癒えることも、事件についての終わりもない。

 来年、今上天皇陛下の譲位と新天皇の即位を控え、平成時代に起きた事件については平成時代で終わりにせよとの内閣府の方針を受けての死刑の執行であったと聞くが、先帝陛下が危篤状態にあられた時、昭和時代に起きた事件についても昭和時代でケリをつけてさえいれば、その後の平成時代における治安状況も違っていただろう。

 今回のオウム死刑囚への刑執行を受けて、相変わらず死刑制度が云々…をしているのは一部メディアと左がかった馬鹿ジャーナリストのみ。

 あらためて死刑制度の存続を大多数の国民が支持しているということが浮き彫りとなった。

 信者の親族拉致・殺害や(オウムに敵対的な弁護士一家の)拉致殺害は言うに及ばず、地下鉄サリン事件などは障害どころか、被害者を一生涯にわたって病床に寝たきりにさせてしまうなど、その責任を負わせるには死刑以外の刑罰はない。

 それも比較的、速やかに執行することが国民世論の一致するところであっただろう。

 マスコミは「世界的に死刑廃止の向きにある…」などと云々するが、こと日本にあっては他国がどうあろうと知ったことではない。

 たとえ世界中の国が死刑を廃止しようとも、古来、それこそ武家時代から存在した「死罪」を廃止するわけにはいかないのである。

 そんなに死刑制度の問題点を云々したいのであれば、公然と粛清が行なわれている北朝鮮や未だ公開処刑をやっている支那(中国)に対して言うべきだろう。

 むしろ驚くべきことに死刑確定者だけでも百数十人が生存している我が国こそ、支那に倣って果断なる死刑執行に踏み切らなければならない。

 ところで今回のオウム死刑囚への刑執行について、岡山県ほか中国地方など西日本一帯を襲った「30年7月豪雨」の真っ最中にやるとは何事か…と憤った議員だかがいると聞いた。

 確かに連日の雨で土砂災害や河川・堤防の決壊、水害で死亡者と行方不明者が多数の大災害だが、こう言っては犠牲者の方々には気の毒な言い方になるものの、こういう時期だからこそ溜まりに溜まった死刑囚への刑を執行する意義がある。

 死刑囚の人命とやらを云々する向きもあるが、既に法律によって人権を剥奪されているから死刑囚となっているに他ならない。

 その死刑囚への刑執行を云々して人命が何とやら…と言うのであれば、災害で亡くなられた方々の人命を云々するのが急務だろう。

 例えば岡山県での堤防の決壊にせよ、T字型の河川で堤防が途切れ、橋がかかっている箇所がある。そうした場所は大抵、河川の両サイドの岸は特に頑丈な造りになっている。

 ところが、岡山県での堤防決壊を見ると、T字型の河川の両サイドは然したる補強もされていなかったことが専門業者の指摘で明らかになっている。

 こうした致命的なミスで人災を招いてしまった場合、昔の日本人なら誰に責任を問われるまでもなく、自ら切腹さえやったものだったが、それが今では隠し切れるだけ隠して逃げ切れるだけ逃げ切れというのが当たり前になってしまっている。

 これが社会の体たらくであり、そこまで体たらくになってしまっているがゆえ、一歩間違えれば人命に関わる工事さえ手抜き同然で利益最優先の儲け主義に走ってしまう。結果、誰もが責任逃れに終始。

 本来、河川敷などの建設を管轄する国土交通省(旧建設省)がしっかりと改善指導して自治体が早急な対策を施さなければならないが、それが放置されてきたのも政治の責任。

 特に民主党(当時)政権時代の「事業仕分け」などで各分野における大幅な予算が削られたりしたことは未だ記憶に新しい。

 大阪・高槻市で学校プールの壁が倒壊し、小学3年生の児童が下敷きになって亡くなられるなど、先の「大阪北部大地震」にせよ今回の豪雨災害にせよ、いかに人為的なミスで尊い人命が失われたことか?

 そのことの徹底した責任追及と、改善に向けた議論なくして死刑制度を云々している場合ではない。

 まったく対等・同列には考えられないが、そうした人為的なミスが原因となった災害で多くの方が亡くなられているにも関わらず、刑確定から何年、何十年が経ってもなお死刑囚が生き長らえている状況はおかしい。

 勿論、死刑囚は刑の執行で生命を絶たれて当然。一方、大災害にあって人為的なミスで亡くなられた方々は悔やんでも悔やみ切れない犠牲。この二つの事象はまったく無関係な出来事だが、断言して、こういう状況だからこそ果断に死刑を執行しなければならない。


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☆70年代…90年代と20年ごとに続いた日本破壊の次に!?

 次に一連の「オウム事件」が起きた時代背景について考察してみたい。

 ちなみに筆者(有門大輔)はこのオウム事件のあった年の3月に二十歳で上京して、同年より民族派・政治運動に関わり始めた。

 当時の時代背景は世紀末に向け、非常に世の中が退廃的な風潮になった中で起きた事件だったと言える。国民世論の政治的関心は史上最低というくらいに低くなり、左右両翼の運動が極めて下火になった時代でのカルト事件であった。

 このオウム事件(平成7年=1995年=)ほかカルト宗教にまつわる事故、事件が頻発したのも90年代から00年にかけてのことだった。以降、カルト宗教は2010年代の現在に至るまで、少子高齢化に伴なって新規信者の獲得・確保も困難になり、緩やかに衰退を辿っていく。

 このカルト騒乱の90年代より約20年前の「1970年代」には何があったのかを考察したい。

 ちなみに筆者・有門は70年代の真ん中くらいに当たる1974年(昭和49年)に生まれている。

 50年代、60年代の安保闘争を経て、学園闘争・左翼運動が緩やかに衰退していく過程で極左過激派・暴力集団によるテロ事件が日本国内外で頻発した。

 まず、70年(昭和45年)には赤軍派によるよど号ハイジャック事件、翌71年〜72年にかけては連合赤軍によるリンチ殺人事件か浅間山荘事件が発生。同じく72年にはイスラエルのテルアビブ空港で日本赤軍メンバーによる銃乱射事件。

 74年には東京・丸の内で極左過激派を名乗る者らによる三菱重工爆破事件。77年には収監中の極左メンバー釈放を要求したダッカ航空機ハイジャック事件が発生したものだ。

 要するに70年代は極左テロが吹き荒れ、それから20年後の90年代にはオウム事件をはじめとするカルト犯罪が頻発するなど、所謂宗教テが吹き荒れた時代だった。

 ここからが本題で、70年代、90年代と約20年ごとに大きな問題を噴出させた戦後日本だが、その90年代から約20年後には何が起きたかをご記憶だろうか?

 極左テロとも終末思想を唱えたカルト犯罪とも異なり、現在の「2010年代」には新大久保(東京・新宿区)での反韓デモがヘイトスピーチとして世間を騒がせた(と言うかマスコミと左翼が勝手に騒いだ)ネット発の右派市民運動「行動する保守運動」が隆盛を極めた。

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画像:新大久保デモの様子

 その動員数は最大でも1千人前後だったが、少子高齢化時代であることを勘案すれば、時代に沿った相当数を動員していると言えるだろう。

 第一、行動する保守運動の場合、運動体としても個々人としても「戦後日本からの脱却」を掲げている点で前出の極左テロともカルトとも、その性質をまったく異にしているどころか、同列には論じられない。

 新大久保をはじめ池袋(豊島区)や川崎市(神奈川県)、西川口(埼玉県川口市)といった関東の要所から大阪府では在日コリアンの多いことで知られる鶴橋でのデモ行進のほか、各地での抗議行動に際しては逮捕者や刑務所への収監者まで出してしまったことも事実だが、それらマスコミで大々的に報じられた刑事事件の割には、行動する保守運動では人一人とて殺害していないどころか、ガラス一枚さえ割っていない。

 その点、行動する保守運動にあってその一翼を担う『護国志士の会』の高木脩平局長がテロ暴力や反社会行為からの完全決別を宣言したことについて、これを評価するとともに支持・賛同するものだ。

 かつての極左テロやカルト犯罪と同様、自らの行ないを正当化しつつ主義主張を実現しようとテロ暴力・反社会行為に狂奔すれば、この法治国家
にあって絶対に生き残ることは出来ない。

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画像:護国志士の会による池袋街宣で演説する瀬戸弘幸氏と高木脩平局長(右端)

 この高木局長の方針表明は、行動する保守運動を牽引する瀬戸弘幸氏(ブログ『日本よ何処へ』主宰)の方針に沿って、その意を汲んだものだ(同方針の表明後、公安調査庁がややもガッカリした反応を示していたことは見過ごせない)。

 一方、その行動する保守運動への対抗(カウンター)・妨害勢力として2013年初頭より台頭したのが総称でしばき隊とされる勢力である

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画像:新大久保での反韓デモに対するしばき隊の妨害

 しばき隊こそは、その母体が前出の極左および一部カルトによって成り立っており、さらにその背後には北朝鮮(朝鮮総連)も関わっていると見
なければならない。

 行動する保守運動にあっては北朝鮮系の朝鮮民族学校(総連の傘下)に対しても激しい攻勢を仕掛け、今なお同校への補助金支出をめぐって全国的な廃止運動を展開しているためである。

 オウム事件もサリン精製施設やサリン散布など、その背後には北朝鮮など外国暗部の関与が指摘されながら、警視庁も公安調査庁もそこへの捜査には至っていない。

 法廷で何ら反省の姿勢を示すことなく、ふざけた態度に終始していた麻原こと松本千津夫への審理や尋問は話すだけ無駄というもので死刑執行は当然だが、サリン製造から散布に至るまではいかに理工系出身と言えども一宗教団体信者に出来るものとは思えず、もしかするとオウムを隠れ蓑にした北朝鮮工作員によるテロだったのではないかという見方もある。

 他方、この2010年代に隆盛を極めた行動する保守運動デモに対しては前出の極左系とカルト系に加え、その背後は北朝鮮(南朝鮮系の韓国民団もだが)も同然であるということに留意しなければならない。

 ネット発の右派市民運動に対しては北朝鮮が攻撃を仕掛けては妨害をしているも同然。

 日本人拉致事件をはじめ、その「北朝鮮との戦い」であるとの原点さえ忘却しなければ、日本国そのものの対北朝鮮の戦いと同様、ネット発右派市民運動の行動する保守運動は必ずや生き残って勝利する。

 70年代の極左テロは共産国家を理想社会とし、90年代のカルトは教団による独善的な社会を理想郷とした。しかし、2010年代の行動する保守運動は古来からの『日本』そのものの姿を理想としている限り、絶対に極左やカルトのように潰されたり衰退することはない。

 その意味でこの2010年代は今なお正念場にある。


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Posted by samuraiari at 22:42│Comments(4)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
カルト邪教政党・集団ストーカー問題 | 「護国の鬼」シリーズ
この記事へのコメント
連合赤軍メンバー まだボランティアと称して活動中
今度の豪雨災害でボランティア派遣と称してバス代や協力費
ボランティア参加費で集めて活動資金にする。
極左や過去のテロ事件関係者は人の不幸で金儲けヤメテほしい。
Posted by テロリスト情報公開 at 2018年07月10日 09:44
情報を有り難うございました。

被災地での極左の活動。三国人による暴動とは違った意味での「暴動」となりそうですね。
この人たちでしょうか、被災地でボランティアや復興作業の足を引っ張り、被災民からも不評なのは?

コンビニに僅かに並んだ飲料をボランティアもどきが独占しては意味がありませんし、被災者への救援物資としてナマモノや華美な衣服を送っても場違いでしかありません。
Posted by 有門大輔 at 2018年07月11日 22:19
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素人が被災地に救援に行くよりも義援金を送った方が効率的であるということが現実です。それがリアリズムでしょう。
Posted by morico13 at 2018年07月13日 11:50
>morico13さん
誰かの役に立ちたいという心意気は分かりますが、ボランティアが救助されていては心意気だけが先行してしまった結果です。
散見される傾向として「そういうつもりはなかった」と言うのがありますが、そういうつもりも、どういうつもりも、結果そういうことなのでしょうと。
Posted by 有門大輔 at 2018年07月18日 23:01

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