January 13, 2008





「希望」




何でもあるから、希望がないのか
何にもないから、希望しかないのか



海外へ飛び立つ、というラストシーンは昔から映画や小説でよく使われてきた。昔の主人公たちはアフリカや南米やシベリアといった未知なる土地に自己実現を求めて旅立って行った。それは基本的にロマンチックな行為だった。1ドルがまだ360円で、海外旅行と言えばJALパックぐらいしかなかった時代のロマンだ。

近代化を達成した後の日本は、シベリアだろうが南米だろうが情報が溢れていて海外へ飛び立つだけではもうロマンチシズムは得られない。現代の逃避は、閉塞して充実感の得られにくい日本社会からの戦略的な逃避でなければならない。考えてみれば、閉塞感の強まる日本社会において海外へ飛び立つ、という行為は残された数少ない希望のひとつかもしれない。



「あの国には何でもある、本当に何でもあります、ただ、希望だけがない」
                   『愛と幻想のファシズム』 村上龍




希望というのは、いまよりももっと良くなるだろう、という思いだ。
近代化途上のアフリカは貧しいが、希望だけはある。



いまの日本に希望は、ないか?
いまの君に希望は、あるか?
いまの俺には希望、しか、ない。



もちろんそれは社会的な希望などではない。
誰とも共有することのない、誰とも共有することの出来ない。
個別の希望だけど。



今年もよろしく。



サムライ@ロメ





(04:34)