101027 hand laid


フィニックスボートの認知度強化月間でございます(?)。
いつもはアリソン、トライトンといったボートメーカーを強く推奨していますが、新たにフィニックスボートも「推奨銘柄(?)」に加えたいと思います。

まず、基本的に「バスボート」という乗り物はFRPの製作方法についてある程度の経験のある方ならばだれでも作れることができます。 よって北米では毎年いくつものバスボートメーカーが新たに誕生し、その一方、多くが市場から淘汰されてしまいます。

フィニックスボートも新たに誕生したバスボートメーカーの1社です。 ですが、フィニックスはそんじょそこいらの新参組とは大きく異なるメーカーです!

創業メンバーがバスボート業界屈指の面子から成り立っている、というだけで興味を持ったのが3年前、そして今年の9月にようやく工場を訪問し、ボートに試乗することによって管理人としてはフィニックスボートへの信頼をいっそう強めた次第です。

ゲリー・クラウズ社長とは?

まず創業者で社長のGary Cluse氏ですが、1980年代前半にあのアール・ベンツ氏が代表を務め、当時としては北米でバスボートの生産台数として1、2位の地位にあったストラトス・ボートに就職しました。  彼はBASSの選手でもありました。

最初は製造ラインの工員だったのですが、勉強熱心でとてつもなく努力家であることがベンツ氏に認められ、わずか数年でストラトス社の幹部に抜擢されたのです。 そして97年、ベンツ氏がトライトン社を立ち上げると同時にマーケティング部門のディレクターとしてスカウトされたのです。

その後、ジェンマー社からスカウトされ、同社の傘下にあったチャンピオン社そしてストラトス社と同時に2つのボートメーカの社長を務めました。 そして3年前、ジェンマーを退職し、フィニックスボートを立ち上げたのです。

ヒミツのお話:

・ジェンマーとの競業避止: チャンピオンとストラトス両社の社長であったゲリーさん。 ジェンマーを退職される際にはジェンマーから1年間の競業避止義務を課せられてしまいました。 退職後1年間はボートに関連する業務についてはいけなかったのです。 避止期間をようやく解かれた2007年にゲリー氏はフィニイックスを立ち上げたのです。

・実はジェンマーの株も譲渡されていたのですが、同社の破綻にともないもはや紙くずになってしまったよ、とのこと。 あらら。

・すごいのは創業者のゲリーさんだけではありません。 フィニックス社の創業メンバーにはハンクベーカーさん(Hank Baker)という30年ほど前からバスボート業界の顧客サポートの現場でとてつもなく信頼されているカリスマも名をつらねています。

・設計を担当するゲリー・ストラムさん(Gary Strahm)はストラトスのチーフデザイナーを務めていた方です。 なんと小学生のころから父親のFRPボート工場を手伝っていた、というデザイナーです。 フィニックスのハル形状はストラトスと似通っているのですが、同じデザイナーが設計しているから似通ってくるのは当然ですよね。
・その一方、ストラトス社のニューモデルがチャンピオンの形状を踏襲していることの最大の理由はチーフデザイナーであるストラムさんが辞めてしまったことによるものです。

・ゲリー社長にアール・ベンツさんとの交流は続いていますか?と聞いたところ・・・少し間をおいて、「いや、やはり競合ですからね」とポツリと一言。 大先輩であるベンツ氏を尊敬する一方、彼の袂から離れていったことにより、とても複雑な心境であることだけは確かです。

・管理人がゲリー社長と初めてお会いしたのは1997年です。 トライトンに訪問したときにアール・ベンツさんより、「こちらは頼りになる人だから」と紹介されたのが当時マーケティング部長であったゲリーさんです。 フィニックスの立ち上げを知ると同時に早速ゲリーさんに電話を入れたのですが、10年ぶりであったにも関わらず、いきなり「ヒロですよね! よく覚えてますよ! あのときは寒かったですね」と当時お会いしたときの状況をよく覚えていてくれました。

画像はフィニックスボートの工場を見学したときのものです。2名の職人さんがハンド・レイドでグラスファイバーを積層しているところですが、FRPの作業を経験したことのある方ならば、その手つきから彼らが相当の熟練工であることを察知していただけると思います。 というかこの工程の作業は通常は5〜6名で進めることが多いのですが、わずか2名できるということは、相当熟練しているのだと思います。

p.s. ゲリーさんがフィニックスを立ち上げてから3年が経ちます。 その間、実際にお会いしたり電話で長話ししたりしていますが、彼は口癖のようにいつも言うことがあります・・・
「正直なところストラトスとチャンピオンの2社の社長を務めていたころは仕事に追われていました。 親会社であるジェンマーからとてつもないプレッシャーもありました。 ようやく自分のメーカーを立ち上げることができ、信頼できる仲間たちと自分たちが本当にすばらしいと思えるボートを提供できる環境になり
ました。 世の中には優れたバスボートメーカはたくさんあります。 我々はそのような市場に強引に割り込んで入ってしまったのですが、是非、フィニックスも選択肢の一つとして検討していただければ、と思っています」 自由に解き放たれた「不死鳥」が今後どう飛躍していくのかとても楽しみです。