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親から

妙な名前をつけられて可哀想だと

小さな子どもを対象に

時々こういう記事を見てきた

更には

そういう妙な名前をつける親は

あまり頭がよくないという記事も見た

結局のところ

○村束麻呂もそれなんじゃないかと思う

親が権威的で

家庭内はうまくいってなかったんだろうなと

きっと

子どもの話なんて聞いてない

自己保身のために

自分の子どもの方が被害者なんだと

ビラを撒いたんだろうね

信じられない

そんな子どもに育てて申し訳なかったとか

そういう気持ちは無かったんだなーって思う

そして呆れる

「おたくの子は死んだけど,うちの子は今から生きていかないといけない」

そんなニュアンスの発言をしたというのに驚いた

全然悪いとか

子どもを叱ったりとかしてないんだろうね

そりゃ”そういう子”にもなろうだろう

そして

その子はノウノウと生きていくんだろうね

名前を変えるなんて配慮もしてもらって

何でも周囲がおぜん立て

転校した先でも暴力をふるっているって

どういう神経なんだろう

何も学んでないし

新しい遊び場が得られた

その程度なんだろう

少なくとも

加害者と呼ばれていることを

もう少し考えるとか

子どもと話をするとか

そういうことができれば

今とは違った対応になると思うけど

これって感覚の違いとか

そういう言葉では表現しがたいなー

担任に対してもそう思う

イジメなのか遊びなのかも分からない人が

子どもに何を伝えられるっていうんだ

そんな人から学べることなんて何一つないと思う

きっと

このまま放置するんだろうね

そして

教員側も何知らぬ顔して

今まで通り教鞭を取り続けるんだろう

嘘で塗り固められた大人から教わる子ども達に同情する

教育委員会や校長も

妙に堂々としていて腹立たしい

少しでも謙虚に

被害者本人や被害者家族に申し訳ないというものが溢れていれば

大変だったんだねとか思うけど

欠片も思うことが出来ないっていうのは

やっぱり”そういうこと”なんだと思う

加害者側を糾弾することで

「あなたも加害者と同じ事をしている」なんて言う人がいる

どこが同じなんだ?

加害者は反省しているのか?

転校した先で首を竦めて着席しているのか?

人が一人亡くなっているのに

横柄にも今も暴力をふるい続けているということは

第二第三の被害者を出さないとも限らない

そう考えると

「傍観者」こそ最低だ

見て見ぬフリをするのか?

「加害者にも人権を」

とかフザけたことを言いつつ

次にまた自殺者が出てしまった時

本当にそう言えるのか?

せめて

「いけないことはいけない」と言う

善悪をハッキリさせられるような支援をしたいと思う

また

他の中学でのイジメ問題も

最近よく出てくるようになった

大津に触発されてか

隠すことに後ろめたさを感じ始めたのかは分からない

だけど

大人は学ばなければならない

いじめに対するしっかりした取りきめをするとか

子どもは大人の決めた枠組みの中にいるのだから

そういう仕組みを作る必要があるだろう

そして

大津の自殺問題は

厳しい決着をつけるべきだ

それを基準として

「たかだか子どものいじめ」

と思っている

加害者や教師,保護者に対して

もっと危機感を持ってもらわなければと思う

”イジメはだめだよ”

と言う教師がイジメが何なのか分からないなら

それを分からせないといけないし

やることは山ほどある

少なくとも

処罰の対象になるほどに

イジメはそんな生ぬるい言葉で片づけられるものではないって

植え付けなければならないものだと思う

悪が蔓延しているとは思いたくないけど

そんな世の中なんだなと思うと悲しい