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報道って

ただの傍観者としては面白いし

そこから知識として得るものがある「時も」ある

だけど

妙な学習をすることもあると思う

自殺の連鎖とか

通り魔の連鎖とか

そういうのって

何故か

一つの犯罪を見て

もしくは一つの自殺を見て

勇気づけられるのか

模倣犯なのかは定かではないけれど

それに続くという現象がみられることを残念に思う

大津のいじめ自殺の問題が発覚してから久しい

あれから

いじめ事件は沢山明るみに出てきた

だけど

どれもきちんとした対応が取られているとは言い難いだろう

この前なんて

有名な親をもつ子どもがいじめに加担していたけど

3,000万円の寄付で口封じなんていう記事も見た

もちろん確証があるわけではないので何とも言えないけど

火の無いところに煙は立たないとはよく言ったもので

額こそ不明だけど

あながち間違ってないんだろうなーなんて思ってしまう

最近見た記事だと

葬儀の席で

生徒がいじめがあったと手紙を読み上げたとか

生徒も色々考えているなーって思う

つまり

もみ消したりされないようにとか

なるべく声を拾ってもらえるようにとか

そういう思いをもって臨んでいるんじゃないかとすら思えてくる

確かに

残された側も辛い

いつも思うんだけど

自殺する時に

どうして何も残さないんだろうかと思う

その子の優しさなのか

突発的なものなのか

そんな気力すら湧かないほどに追いつめられているのか

今振り返ると

自分が学生の時って

一日が長くて長くて長かった

今は年齢を重ねたせいか一日が短くて仕方ないけど

そうやって長く感じる一日も

学校がすべてではないって

誰か教えてあげるべきだと思う

自分は知識不足だったなと思うけど

学生時代

学校以外に自分の居場所があるかどうかなんて考えたこともなかった

だけど今は色んなネットワークがある

だから

取り残されたとか疎外感とか

それ以上に得られるものが沢山ある

それらのネットワークを教えるべきだと思うけど

それを広めないのは学校の面子のようなちっぽけなもののためで

守るべきものは生徒の重き命だと思う

学生時代を過ぎると色んな人に出会う

虐めていた人も虐められていた人も

もっと広い世の中に出て

新しい感性を身につけることと思う

そうした時に

学校が全てではなかったと解放されることだろう

それが「卒業後」でなくて在学中であっても

それほどまでに追い込まれるのであれば

他の居場所を探して欲しいと思う

自分も今だから思えることが沢山ある

虐めに負けたくないという思いがあったから屈しないできた

それが更に火を付けたらしくエスカレートしたけど

それでもヘコたれない自分に飽きたらしい

だけどヘコたれても相手がその手を緩めない

それが現代のイジメだと思う

相手の痛みが分からないから手綱を弱めるということを知らない

やり過ぎかどうかの見定めもつかないような

つまりは「犯罪行為」だということが分かっていない子どもたち

それを助長する

いけないことをいけないと正すことのできない教師

自分の場合

教師も加担していた

今考えるとゾッとするけど

結局は

いじめがある「雰囲気」すらも分からない教師のもとで学ぶ子どもが可哀想だ

察することのできる鋭い感性を持った教師でいてほしいものだ

だけど

隠ぺいしようとする校長や教育委員会をみると

学校だけじゃなくて

教育界そのものが隠ぺい体質なんだろうと思うと

どうしようもない

学校で望めないことは家庭でのフォローが大事なんだろうなー

家庭も学校に任せ過ぎ

高校生くらいになると子どもにもプライドがあるから

簡単に虐められているなんて親には言えないだろう

だけど高校生だと色んな知識もあるわけだから

学校が全てではないという結論を導き出して欲しい

それにいきつく手段を高校生程度ならあると思う

それより幼い子どもは

家庭で相談できるかどうかだと思う

学校に相談できるような場所がないのであれば

親くらいは庇ってほしいものだ

親だったら

子どもの変化に気付いてほしい

どうすれば良いかなんて分からないけど

何らか方法があるならと切に願う