俺と塩リターンズ

ちかごろランニングを覚えた中年男がぼそぼそ語るブログです。

2007年07月

7fa723f4.jpg近所の松原湾まで散歩。夏だね。

f57b448f.jpg松江に出張。台風4号が来ている。湿度が高くてなんだか蒸し器の中のシュウマイになった気分。

956055c5.jpgさあもう東京サラバ。まあこのネットワーク時代だけど、ネットで伝わらないものは確実にあるので、よかったと思う。
それはともかく、小明ちゃんは台湾に留学しちゃうのかな?

353a06eb.jpg新宿で天ぷら。生ビールに酔っぱらって一句。

「江戸前の しじみの泥に 沈みたい」

そんな気分だったという以外には、意味はとくになし。

9c878943.jpg
df99b92f.jpg
聖蹟桜ヶ丘に住んでいたころ
ただ時間をつぶすために通っていた喫茶店
階段を上ると
まるでツリーハウスみたいに居心地がよく
コーヒー1杯で長居をしたものだった。
好きだったナゴムのトリオ「クララサーカス」の
「木の上で暮らす」というフレーズを頭の中で繰り返しながら
友達を作る勇気もなく
バッハの流れる中で木製のパズルに黙々と取り組み
夜も9時になり閉店が近付くと
ママさんが黙々と包丁を研ぐ。
ぼくはぎこちなく立ち上がり
歩いてアパートに向かうが
すぐに近くのゲーセンで
自己嫌悪しつつバブルボブルなんかやってたかも。

あれから20年経つけどケトルドラムは健在です。
若い人は来ないらしいけどそれは惜しい。
だいいちオシボリが臭くない喫茶店はどれだけ貴重だと君は分かっているか。
背中はだいぶん曲がったけれど声は20年前と変わらないママも健在です。
京王線住民で、いろんな理由でツリーハウスに上った気持になりたい人は来たらいいと思う。

ただし日曜は定休日です!

5f2847f8.jpg
7fc94ef0.jpg
昔話をしてもいいですか。
今から20年前ぼくはこの町にアパートを借りて住み
野猿街道を通って大学に通う大学生で
ヤマハでピアノを教える娘と恋をしたりして
まああれがぼくの青春だったのかな。
そのころはまだ携帯電話なんてものはなく若者はアゴヒゲを生やしてもいなかった。
あの頃のぼくは今よりは痩せていてまだ見た目はましでした。
でも、行動なんて矛盾だらけだったし(だから若者が言行不一致だろうと自分は気にしないのだが)
そんな自分も自分なりのやり方で社会と関わって行かざるを得ないのだと
それは断じてカネの問題問題ではなく
それが生きるということなのだと思ったのは
もう若くないサと君に言い訳したそんな年頃でしたよ。

いつのまにか20年も経ちましたよ。
サザエでもないのにクダを巻きながら20年振りに食べた「からきだ」のアコウ鯛焼き定食はやっぱりうまかった。

情報って何だろう。
おにぎりの情報は砂漠の飢えた旅人のおなかを満たさない。
拳銃の情報は、棍棒ほどにも人の体を傷つけない。
けれど人にこころがある限り
情報はナイフよりも鋭く人を傷つけ
あるいはどんなごちそうよりも
人のこころを満たし続けるだろう。

情報、それは人のこころに響きあうもの。
私もここに書かれた数行の情報に過ぎないのだから

a5b5fcf4.jpgDAXテーシャツと小明(あかり)のポラ付きでござる。
折角だからパンケーキマウンテン見たよ!
アメリカンジョークて笑えないね!
日本版が出来ないかな?
松本人志監督とかで!

このページのトップヘ