俺と塩リターンズ

ちかごろランニングを覚えた中年男がぼそぼそ語るブログです。

2013年07月

7月14日、平戸から佐世保まで、平戸街道を走るマラニックに参加してきた。
この炎天下に走ろうという物好きなランナーは、30人とちょっと。誰かが「真夏の甲子園」と表現していたけれど、連日「熱中症で○○人搬送!」とか報道されている中での大会である。
そんな季節に、嬉しそうに走っているランナーという人種は、やっぱりどこかヘンなのかもしれない。


ところで、この大会は2006年の「平戸街道ちょこっとマラニック38キロ」に始まり、毎年続いていて、今回で8回目。歴史のある大会だ。とはいえ、駄マラニックはもともと、ランニング仲間で走っていたのがだんだん大きくなって、今のような形になったらしく、このイダテン平戸街道などは、いちばん内輪色を濃く残している大会、のような気がする。まず、「イダテン」というのは、主催者あみりん氏の古くからのランニング仲間の某氏のことである。今回のゴール地点は端的にいうと、その個人であるイダテン氏のお宅である。だらだらと走って、だらだらと汗をかいたあとは、そのイダテン氏のお宅でお風呂を使わせてもらい、宴会までしてしまおう、というまさに「寄り合い」という言葉で表現するのがぴったりな感じだ。


今回のコースになっている平戸往還(街道)は、平戸藩主である松浦氏(かの松浦党の傍流であるが、本流を打ち負かして壱岐や佐世保一帯を支配することになった)が、参勤交代などに使っていた街道だ。もちろん当時からするとだいぶ変わった部分もあるが、多くは旧街道の風情を残すコースである。ちなみに平戸街道には、多くの場所に「平戸街道」という立て札が設置されているので、「ああ、ここが平戸街道なのだな」とよく分かるようになっている。
平戸街道についてはウィキぺディアなどに詳しい解説があるので、それを見るといろいろなことが載っているけど、あの伊能忠敬が木星観測をしたとか、吉田松陰が平戸遊学のために通ったとかいうエピソードもある。吉田松陰が眺めた景色、だと思うと、感慨も湧いてくるかもしれない。
他方、昔の街道は、なるべくまっすぐに作られているので、多少のアップダウンはお構いなしである。

お殿様「地図をこれへ。」
家来「はは〜」
(お殿様、硯で筆に墨をたっぷり含ませて、地図上にいいかげんな感じでぐいと力強く直線を引く。)
お殿様「ではここに道を作れ。」
家来「は?なんと申されましたか」
お殿様「このへんに街道を作るのじゃ。」
家来「…お言葉ですが、等高線というものがございまして。」
お殿様「…等高線など、どこにあるのじゃ?」
家来「(しまった、この時代の地図に等高線はなかったっけ。まあいいやどうせ道を作るのは俺じゃないし)はは〜。かしこまりました。」
というわけで、平戸街道は、等高線などお構いなしの、アップダウンの激しい、足の喜ぶコースになったのではないかと想像する。そんなことはどこにも書いてないのだけれど。



130714_0741~0001当日午前8時10分にMR(松浦鉄道)たびら平戸口駅に集合。いい天気だが、時々シャワーのような雨が降る。お天気雨、という感じ。駅の建物の中で、主催者あみりん氏が受付を開始した。いつもはジャージ姿のあみりん氏は、江迎まで走るということで、今回はランナーの格好をしている。集まってきたランナーの人たちもそれぞれ思い思いの格好である。聞けば、午前4時に佐世保からこの大会まで「走って」来ている人もいるとのこと。続けてこの大会に参加すると、この暑い季節に70キロ超を走ることになるわけで、本当に走るのが大好きな人たちである。

午前8時30分になったので、ランナー一同、スタートする。今回のコースは多くは平戸往還に沿っているが、ところどころは公道を走ったりする。いつもながら、いろんな道をおりまぜた巧みなコース設定だ。
130714_0841~0002たびら平戸口駅の前の坂を下って、左に折れて、山の中の坂道を登る。その昔、日の浦本陣があったところであり、日の浦本陣自体は取り壊されたらしいが、坂の上には、日の浦本陣が覗かれないように作られたという塀がまだ残っている。(写真左側)





130714_0842~0001坂を上り、トンネルをくぐると、雪国だったら嬉しいのだが、当然そんなことはなくて、空には夏の雲がニコニコと白く光っている。ランナー諸氏は思い思いにおしゃべりをしながら走っていく。前に参加した大会のことだったり、ランナー歴の話だったり、共通の知人の話だったり、いろいろ。
あみりん氏も走っている。

ぼくは例によって、あまり話すこともないので、前を走る人のふくらはぎとかを見ながら走っている。それにしても見事なふくらはぎである。無駄な脂肪がそぎ落とされ、筋肉の形がくっきりと浮き上がった、鍛え上げられたふくらはぎだ。ふくらはぎの教科書、というようなものがあれば、カラー口絵部分に、「ふくらはぎ」と表題をして載せられるようなふくらはぎである。あるいは「ふくらはぎ」という絵本があれば、真っ先に採用されそうなふくらはぎだ。それを見て幼い子どもたちが「ぼくも大きくなったらあんなふくらはぎになるんだ」と夢に胸ふくらませて、将来は日本のトップアスリートに成長する。

今日は本当に暑いので、気がつくと、なんだかわけのわからないことを考えている。






気を取り直してだらだらと走る。

130714_0848~0002130714_0857~0001今回、宴会に間に合えばいいという感じで、あんまり突出して飛ばす人はいない。暑いということもあるかもしれない。














平戸街道は少しだけ車どおりの多い国道に出たかと思うと、再び昔の風情を残した田舎道に入る。
田舎道の脇では、回転のこぎりをもった地元のおじさんが雑草刈りをしていたり、いちご農家の人がイチゴに水をやったりしている。見上げると、夏の空だ。だけど、街道の両脇には杉が植林され、すずしい日陰を作ってくれているので、そんなに暑くない。


















130714_0912~0001途中、本山の一里塚がある。
こういうものがあると、「街道」という風情があって、なかなかよい。ぼくは、焼酎の「海童」も「二階堂」も好きだが、街道も好きなのである。










道は田圃の中を抜け、林の中を走っていく。


130714_0936~0001




前を走る駄マラーの人を見ながら、ぼくはだらだらと走っている。その昔、交通手段がなかったころには、馬に乗らなければ、街道を「歩く」しかなかっただろう。旅だって、今ぐらい気楽にでかけることはできなかったはずで、昔の人にとっては、旅に出ることは命がけであったかもしれない。
とはいえ、昔も今も、旅は楽しいものである。
駄マラニックは、足で行く旅だ。今は、車やバイクや電車や飛行機など、いろんな交通手段があるけれど、自分の足で行くことにはそれとはまた違ったたのしみがある。
もっとも、現代人のぼくたちにとっては、時間は常に不足がちだ。せっかちでこらえ性がない現代人にとっては、歩くスピードでは遅いのである。だから、走る。


130714_0940~0001気がつくとため池の前に出ていた。これは大正時代に作られたため池で、旧平戸街道はこの下に水没してしまった。今でも水が減ると、旧街道の松並木の切り株が見えるといわれているが、見えなかった。












130714_0944~0001前を行く駄マラーのひとたち。
気温は結構高くなっている。事前の予想では、晴れのち昼前から曇り、ところにより雨、という感じの、晴れても降っても的中、と言い張れるちょっとズルい天気予報だったが、雨など全然降る気配もない。
これはやっぱり外れだと思うなあ。気象庁の人は、「ところにより雨、って言ってたでしょ。雨が降らなくってもそこは「ところ」じゃないからです!」と言い張るかもしれないけど、雨を期待していたこちらにとっては拍子抜けである。

愚痴をいいつつ走る。








130714_0944~0002長人駕籠立場。駕籠立場とは、駕籠をかつぐ人たちが一休みした場所らしく、こういう石碑がところどころにある。



















130714_0947~0001130714_0948~0001道は江迎町に近づく。本来の平戸街道は、「長坂」という急坂を一気に下ることになっているが、自動車道はつづら折れの坂道になっている。この長坂で、日本全図を作ったことで有名なあの伊能忠敬が、木星観測をしようとしたという石碑が立っている。天候の都合から断念したそうであるけれど、伊能忠敬になった気持ちで空を見上げてみる。
空はひたすらな青空であり、もちろん木星など、どこにも見えない。
ぼくも木星観測を断念して、伊能忠敬みたいな気分になり、長坂を下っていく。

途中ベテラン駄マラー(ランナー)の人が、「ショートカットします」と「平戸街道」の表示のある旧長坂へ入っていく。いや、ショートカットではなくて、そちらが本来の平戸街道ではあるのだけれど、じゃあイダテン平戸街道のコースはショートカットではなくて、ロング何とかになるのだろうか。
暑さのためやや混乱しつつ、つづら折れの坂道へと走っていく。






















130714_0957~0001長坂を下り終わり、橋をわたる途中、川沿いに岩を切り開いた細い道がみえる。これが当時の平戸街道であるらしい。

江迎には江迎本陣という当時の宿場がそのまま残されている。これは全国的にも珍しいもののようである。もっとも、ゆっくり寄っている時間もないので、今回は先を急ぐ。

江迎の外れのコンビニで少し休む。今回の「イダテン平戸街道」にはエイドがない。これはワンウェイコースであり、主催者も宴会に参加するので、エイドを回収している余裕がないから、かもしれない。その代わり、参加費用は500円と激安。スポーツ保険とゼッケンの代金ぐらいである。
エイドの代わりになるのが、コンビニエンスストアや自動販売機であるけれど、これも限られているので、コンビニを見つけたら、忘れずに飲み物を仕入れて、リュックに入れて走る。
もともと初期の駄マラニックはそんな感じだったらしい。
今は参加者が増えて、無料エイドを置くようになったが、当初は本当にランニング仲間がリュックをしょって一緒に走る、という感じだったのだそうである。








130714_1011~0002コンビニを出て、しばらくだらだら走る。道から右手を見ると、真ん中に右手の中指が見える、というのはむかしはやった山田邦子のギャグだけれど、走りながら右手の方を見ると切り立った断崖絶壁の上に、岩の塊が突き出しているのが見える。これが平戸八景のひとつに数えられている「高岩(高巌)」である。平戸街道はこの岩の下を通っていたが、ときどき崩落してくるので、川のこちらがわに変更されたとか。長崎県北部は、第三紀に堆積してできた砂岩層の上に、火山の噴火でできた赤土層が積もっているが、長い間の風雨によって砂岩層が露出して削られて、奇岩怪石のたぐいがたくさんある。佐世保市内にも、「めがね岩」とか「福石観音」などいくつかの奇岩怪石がある。

高岩は現在でも崩落が続いているらしい。
さすがに高いわ〜。怖いわ〜。落ちてきそうだわ〜。
などと感嘆しつつ走る。






道は県道227号線を、江里峠へと走っている。区分された歩道が途中で消滅し、道路わきの路側帯しかないのに対し、交通量は結構多く、ひやひやする。両脇は山に挟まれて、田んぼには稲がそよいでいるのどかな景色だが、ひやひやしつつ走る。
130714_1022~0001ひやひやしていると、駄マラニックおなじみのニオイがしてくる。
見ると、牛小屋がある。それにしても、牛小屋と遭遇する確率の高い大会である。月イチ松浦フル、陶芸の里、そしてこのイダテン平戸街道でもそうである。
牛小屋のほうをみると、牛と目が合う。
牛はじっとこちらを見ている。こちらも牛をじっと見つめ返す。


・・・・・・・・・・

牛が一瞬にやりと笑ったように見えたのは、暑さのせいだったろうか。

いやいやそういうことをしている場合じゃなかったっけ、と思い返して、先を急ぐ。







車にひやひやしているうちに、道は左に入りホッとする。
130714_1039~0001道は、細い山道である。それでも時折車が来る。道が細いせいか、すれ違いに苦労しているようだ。なるべく邪魔をしないように小走りに上る。

と、向こうに待っていた車の中から一人のおばさんが話しかけてくる。
「どちらへゆきんさるかね?」
「佐世保まで走っていくんです」
「暑いのに大変でしょう。ここをずーっと行くと、水が湧いているからね。」
礼を言って進む。
その言葉のとおり、しばらく行くと、水が湧いていて、差し込まれた管の先から冷たい水が流れている。
水を手のひらに受けて飲み、顔や手のひらに掛ける。気がつくと、地名も「清水」というらしい。
昔の旅人にとって、水はどれほどありがたいものだったろうか、と想像する。



130714_1048~0001木立の中を抜けて上っていくと、江里峠に出る。立て札によれば、「エリ」というのは「山寄り」とか「谷の奥」をさす「イリ」が転化したものらしく、全国に「エリ」峠はあるという。その言葉どおり、谷の奥の山寄りを走るのどかな山道である。





道は江里峠をはるか佐々町までえんえん下る。
セミの声がわんわんと響く。セミってこんなにうるさかったっけ。
まるで「セミマシン」という騒音を発する機械をこっそり裏で操作している、と言われたら信じてしまいそうな音だ。
そんな中を全力で駆け下る。まさにイダテン走り。痛快痛快。
130714_1051~0001駄マラニックがランニングの大会だなあと思うのは、こんな道があるからだ。
林の中の舗装道には、枯葉が積もっており、峠大好き峠族のバイクや自転車も、さすがにここを攻めようとは思わないだろう。しかし足なら別である。足で峠を攻める。攻めれば攻めるほどこちらの足が疲れる、という難点はあるけれど、まあとにかく、走るほどに、気持ちの爽快感はアップしていく。


江里峠をずっと下り、佐々川を渡って清峰高校の横を進む。
ここからは佐々の街中をしばらく走る。

三柱神社の横を抜け、スーパーの横を抜けてしばらく進み、左に折れて、道は住宅街を進む。
と、ここで嬉しいことに、私設移動エイド。
130714_1145~0001プチトマトと冷凍マンゴー。
暑い中エイドでランナーを待ち受けるのも相当大変だと思う。
感謝して先を急ぐ。



ここから道は再び峠に向かう。半坂峠、という。なーんだ半坂か。全坂(というものがあるとすれば)の半分だな、などと思っていたら甘い。
これが激坂である。走れないぐらいの激坂なのである。もともと「半坂」は、泥を意味する「ハネ坂」が転化したもので、半分という意味でもないようだ。ちなみに、半坂は、平戸松浦家を、宗家松浦家が迎え撃った古戦場であるという。





130714_1201~0001半坂をひたすら歩いて上る。








こらえて上る。途中で犬がワンワン吼えていて、思わず、犬嫌いの人はここでワープするかもしれない。










と、木立が切れて、日が差す。
半坂の駕籠立ち場である。かごをかついでいた人たちがここで一休みしたはずだ。
130714_1215~0002-0001眼下にははるか遠く、海が見える。すばらしい眺めだ。





あとはまた、爽快な下りを走り、本山駅の横を越して、中里町に到着。



中里も本陣があったところである。
中里には、主催者あみりん氏の親戚がコンビニエンスストアを営んでいて、そこでゼッケンを見せると、アイスがサービスで出るようだ。
途中、「犬堂観音堂」という小さなお堂がある。その昔、犬を飼っていたお侍が、鹿狩りに行った。と犬がワンワン吼えるので、まわりを見たが、何もいない。お侍はとうとう犬の首を刎ねてしまった。と、犬の首は飛んで行き、お侍を狙っていた大蛇にかぶりついた。
お侍は命に代えて自分を守ってくれた犬に感謝をして祀ったのだという。
なんだか美談といえば美談のような気もするけれど、まあ、犬には迷惑な話かもしれない。最後の役割は果たしたわけだが。



そんなものを見ながら、アイスアイス、アイスを目指せと、だらだら走ってきたのだが、なかなかコンビニにはたどり着かない。
路上に引かれた矢印ともしばらく出会わない。
ふと不安になる。
道は将冠岳のほうに向かっているようだ。

実は、殿様がぐいと引いた直線よろしく佐世保まで一直線の平戸往還だが、将冠岳と弓張岳を越えるのはさすがに困難であって、ここで東側に迂回する。そして左石や山の田を通って佐世保に向かうのである。
その迂回するはずの、将冠岳が正面に見える。
やはりこれはどこかおかしい。


そこでめったに使わない携帯電話のGPS地図を開けてみる。
これは無料のやつなので大雑把な地図しか出ない。しかしコンビニエンスなどのランドマークは出るので重宝するのである。と、やはりヘンである。コンビニから遠ざかる方向へ歩いているようだ。


どうやら迷ってしまったようだ。というわけで、今来た道を戻り、さらにコンビニに向かう。


まあ、時間制限のゆるい駄マラだから、時間は気にしないが、しかしアイスは気にするのである。
130714_1317~0001ようやくたどりついたコンビニで、昔懐かしい竹下のかきごおりをいただく。


店でトイレを借りて用を足してホッとした後、店の外に座り込んで、カキ氷の封を切る。
少し封を切った口から、カキ氷本体にかじりつく。
しかしカキ氷がこんなにおいしいとは。
着色料とか甘味料のチープな味が、また実によいのです。なんというか、もたれない感じ。
ランニングを続けていると、胃が疲れるから、炭酸水がいいよ、というのは、今回の「平戸街道」にも参加されているコーセーさんから教わった話だけれど、カキ氷も疲れた胃にはちょうどいいと思う。
カキ氷が歯にしみる。キーンとなる。でもまたそれがよい。



これから道は佐世保市街に入る。
左石という地名がある。
しらない人は、「石」を「右」だとうっかり勘違いしてしまい、「さゆう」と呼んでしまうかもしれない。
これは「ひだりいし」と読む。道の傍らに巨岩があり、これを「左石」というのだそうである。


ぼくは佐世保市で育ったので、このあたりは懐かしいところである。
バスで櫻の聖母幼稚園に通っていたのだが、なにを思ったかバス停が来ても降りなかったので、一緒にいた兄が途方に暮れた、という逸話(というほどでもないが)などもある。
あれから40年以上が流れたのである。
ふと時間の流れを思う。


佐世保市街をだらだらと走る。


平戸街道は佐世保市街にもそこかしこに残っている。平戸街道は、本来は代官屋敷の裏から宮地嶽神社へ登り、名切谷におりるのだけれど、イダテン平戸街道はこれを省略したりしつつ、佐世保玉屋を過ぎたあたりの中佐世保駅の先から左に折れて、体育文化館の裏を抜ける。

体育文化館には、2014年の「がんばらんば国体」の垂れ幕がかかっている。
国体はがんばらんばだが、駄マラは頑張らないのが決まりである。
いわば「がんばらん」大会が駄マラといえるかもしれない。

道はスナックとか飲み屋街の裏を抜けて、峰の坂という急坂を上る。
坂の上り口には、どこかユーモラスな仏像が2体、祭ってある。
どちらも目の表情がおもしろい。
130714_1423~0001峰の坂はもっとも長い急坂と言われているらしい。
これは到底走れない急坂である。途中、「善意の杖」が置いてある。
ここは今も生活道路である。お年寄りは大変だろう。そんなときのために、杖が置いてあるのである。
これ、最初は平戸街道と関係ないのかと思っていたけれど、途中にちゃんと、平戸街道の標識が出ている。
一息ついて、振り返るともうずいぶん高度を稼いでいる。


峰の坂をのぼりつめると、道は国道バイパスに出る。
子どものころ、旅行で佐世保からよそにでかけるときには必ずこのバイパスを通って佐世保を出ていた。いわば旅へのあこがれを誘うバイパスだったのだ。
道ってものには、いつもそんな風に、あこがれを呼び覚ます面がある。
聞けば街道好きの人たちは多い。全国の街道を歩いている人がいるという。そんな人たちも、街道のもつ旅へのあこがれに魅せられて歩いているのだろうか。


て、バイパス沿いにちょっと進むとスーパーの前に出る。さらに行き、学校の横を抜ける。
実はここもちゃんとした平戸街道だという。

イダテンさんのお宅はもう近い。



ゴールであるイダテンさんのお宅についたのは午後2時半も過ぎていただろうか。
片手にビールを持ったゴキゲンなあみりん氏とイダテンさんご本人が、いつもの駄マラカーの横で迎えてくれた。
「駄マラニック」の幟の横で記念撮影。
イダテンさんから、家で採れたレモンの砂糖漬けをいただく。
おいしい。クエン酸が体に満ち満ちていく。
もう一枚いただく。またおいしい。
さらにクエン酸で体が一杯になる。
さらに5枚、6枚いただく。
と、さすがにすこしだけ気分が悪くなる。

「もう家では始まってますよ」とあみりん氏。
イダテンさんのご自宅にお邪魔して、即席のお風呂とシャワーをいただき、さっぱりして宴会。
あみりん氏の昔からのランニング仲間の人たちを含め、集まったランナーの人たちから、いろんな話をうかがい、楽しく飲んで、午後7時過ぎ、解散。
さきほどまでご機嫌で歌を歌ったりしていたあみりん氏は、いつの間にかぐっすり眠っていた。
こうやって駄マラニックも歴史を刻んでいく。


外に出てみると、日が長くなっていて、まだ夕焼けがきれいだった。
次の駄マラは、8月4日の「月イチ」だけど、ぼくは一回お休みして9月1日の月イチから復帰しようかと思っている。ランニングシーズンの「締め」にはいい大会となった。

最近はマラソンブームである。このブログで取り上げただけでも、淀川寛平マラソン、佐賀さくらマラソンなど1万人クラスのメジャーな大会が、アッという間にエントリー満杯、なんて事態が普通に起こるようになってきた。ぼくもこの間の下関海響マラソンに申し込もうとしたのだが、つい忘れていて「まだ1日目だから大丈夫だろう」なんてPCに向かうと、

「エントリーを締め切りました」

などという表示が出て唖然として、聞けば2時間足らずで一杯になったしまったそうなのである。
そんなこんなで、昨今のブームの中、うちの会社でも、見回してみると結構ランナーはいるのだった。

ぼくの同僚(仮にヒロシ君としておこう)が、来年の佐賀さくらマラソンにエントリーしたいという。
彼は真面目な人間であるから、佐賀のジョギングのメッカ、といっても過言ではない佐賀城のお堀の周りを、毎日10キロ程度走って、週末には20キロの距離をこなし、鍛えているそうなのである。
で、一度フルマラソンの距離を体験したほうがいい、というので、ぼくの頭に浮かんだのが、月イチ駄マラニックだった。

松浦市の誇る「毎月フルマラソン大会を主催する男」あみりん氏の主催する、「月イチ松浦フル駄マラニック」は、松浦市を舞台に毎月第1日曜日に開催されるマラニック大会である。エントリー料は3000円と、安いし、「スポーツエントリー」から簡単に申し込める。社会人であれば、月一回飲み会を我慢すれば何とかなる額である。しかもコースは川山海港発電所牛猪と変化に富み、楽しいこと請け合いである。それに、まずエントリー満員でお断り、などということはない(将来はわからないけど)。

ということで、「映画などは一人で楽しむ派」の僕には珍しく、「友マラニック」となったのであった。

夏場の「月イチ」は熱中症対策のため午前6時スタートであるから、車を持たない人は現地に宿泊する必要がある。今回選んだのはスタート&ゴール会場である「海のふるさと館」に程近い、「ビジネスホテル海風」。宿泊料は食事なし5250円とやや高めだが、松浦市にはあまり宿がないので仕方がない。他方、部屋で無線LANが使えるので、パソコンを持ってゆけば、遊べる。冷蔵庫もある。松浦海のふるさと館で、海鮮つまみを買ってきて、冷蔵庫でビールを冷やして一杯、なんてこともできるのだった。というわけで、ヒロシ君と翌日の無事を祈って軽く一杯飲み、翌日に備えたのだった。

130707_0527~0001130707_0528~0001前日まで曇り空から、時折風雨が強く降りつける天気だったが、一夜明けると、どうやら雨はあがっていて、海から上がる太陽の日差しはまぶしい。しかし、見上げれば、山から灰色の雲が次から次へと湧いて流されてくるあやしい空模様である。ただ雲の向こう側には青空なども見えて、どうやら梅雨明けは近いと思わせる。

海のふるさと館に近い公園の東屋では、すでにあみりん氏が受付を開始していて、広い駐車場に止めた車から、ランナーの人たちが三々五々集まってきていた。今回の参加者はだいたい40名ぐらい。ぼくらも、走る格好をして、そちらに向かう。ぼくはいつものよれっとした帽子に、シャツにパンツといういでたちだが、ヒロシ君はランニングタイツなども履いてびしっと決めており、どこから見ても真面目な「ランナー」という様子である。他方、ヒロシ君の奥さんは、「こんな季節に走って、熱中症になったらどうするの?」とだいぶ心配していた様子。だから今日は、ぼくは彼に終始ついて走ることにした。

今日の駄マラニックは、七夕ということで、エイド食に「コーヒー大福」が登場しているらしい。それから、タイムカードは機械の不調のために、今回からは廃止された様子である。

スタート時間が近づいたが、全員で記念写真を撮ったり、そこにいつもの怪しげな長身の外人のおじさんがにこやかに現れて写真に入ったりしているうちにスタート予定時間を過ぎ(笑)、6時1分スタートである。

ぼくはゆっくり、ペースを落として先頭集団からは少し離れ、後ろの集団よりは少し先行して走り出した。ヒロシ君も少し後をついてくる。ときどき振り返りながら、離れないように注意して走る。

130707_0618~0001コースは志佐川沿いに入る。曇り空の下、川沿いに広がっている田の面では、田植えの済んだ稲が、ときどきどうっと吹いてくる風に揺られている。用水路の水がコロコロコロと水音を響かせて流れている。きのうの雨を含んだ志佐川は水かさを増し、ざわざわと流れている。気温はやや高めでじわっと汗をかいてくるが、そこに吹いてくる風がすずしい。うしろの方では、「主婦ランナー」と思しい人たちが、楽しそうにおしゃべりしながら走っている。

のどかだ。
昔、「ぼくのなつやすみ」というゲームがあったと思うけど、ゲームなんかではなくて、リアル田舎の夏休み、という雰囲気である。いろんな自然の音や匂いがいちいち子どものころの記憶を思い出させてくれる。


そんなことを考えながら、ヒロシ君の方を見ると、彼は平気な感じでついてきている。よしよし、と思ってまた前を向いて走る。

130707_0643~0001本日は牛はこっちを向いてくれていなかった。


















コースはやがて坂に入る。高度差250メートルの上りである。今日は、ときどきヒロシ君の方を振り返りながら、ゆっくり上る。上り坂はきつければ歩けばよいのだが、彼は走ってついてくる。


130707_0714~0001「坂は、見えないつなを引くつもりで(やってみせる)、つなひきをする感じで走るといいよ」
と有森流つなひき走法を伝授する。

ヒロシ君が答える。
「つなが見えません」

綱引き走法があっけなく敗れ去る一瞬であった。




とは言いながらヒロシ君は頑張って上り坂も走ってついてくるのであった。




杉林に囲まれた上り坂を上り詰めると、劇的に見晴らしの良い峠に出る。
ここを初めて走ったとき、ぼくはちょっと感動したものだ。
そこをちょっと降りて、月イチ駄マラのコースは、12キロ地点で、やまびこロードに入る。
ここで12キロエイド。
エイド食は、太巻寿司である。





やまびこロードのコースは、気持ちの良い直線道路である。ついつい飛ばしそうになるけど、今日はヒロシ君のナビゲート役である。
振り返りつつゆっくりゆっくり走る。

しかし、いつもの自分よりもペースを落とすと、いろんな発見があってよいのである。必死に走ると周囲がその分見えなくなる。ゆっくり走ると、風景がよく見える。


ぶおおおん、ぶおおおおん、と、ウシガエルが鳴いている。
「ウシガエル、あれ、ウシガエル」と話しかける。
「ああ」という感じでヒロシ君が返事をする。


曇り空の下、やや強めの風が吹いている。
風は用水路の表面にさざ波を立てている。
地球の表面にはいつも風が吹いている。暖められた海水が上昇気流を生み出し、地球の自転が、風を生み出す。その同じ風が海に海流を作り、船を押し流したりもする。
ライアル・ワトソンという人の「風の博物誌」は、そういう風にまつわるあれこれを集めた本である。
地球上に水が生まれたということも不思議だし、風が生まれたということも不思議だ。
ぼくらは毎日不思議の中に生きている。
そんなことをぼんやり考えながら走る。
走っていると、人は哲学者みたいな気分になるのかしら。
ともあれ、汗をかいた肌の表面に吹き付ける風が気持ちよい。



ときどきヒロシ君を振り返る。ヒロシ君はゆっくりだが、きちんと走っている。
とはいえ、初参加だからそんなにペースは上がらない。

そんなわけで、結構追い抜かれたりする。



途中で、「初参加でーす」「21キロエイドってまだですかぁ?」と、ランニングウェアでビシッと決めた若い女性二人組がにこやかに話しかけてきて、ぼくは「あ、もう20キロは過ぎてますよ。」と答えた。
美女二人組は軽やかにぼくらを追い越していった。


一瞬、「ヒロシ君を置いて、この女性たちにゴールまでビターッと付いていこうか」とのよくない考えが脳裏をかすめた。いい年をこいてナサケナイとすぐに思いなおしたけれど。
いや、ヒロシ君には誠に申し訳ない。哲学者が煩悩に負けそうになった一瞬であった。


こないだの伊万里平戸100キロで顔見知りの常連さんが追いついてきて、追い越していく。
「しんどかったですねえ」
「はあ」と返事をする。
そのまま常連さんは追い越していく。

気分は上々である。
急がない、速く走らない、いけるところまで走ってワープも可、と割り切ることで、どれだけ幸せになることか。
いや、あみりん氏の言うとおりだなあ。




130707_0826~0001見上げれば、曇り空に、高圧送電線が、はるか上空でジジジジ、ジジジジと音をたてている。
SF作家のレイ・ブラッドベリの初期作品に、電線に乗って全世界を駆け巡るというファンタジーがあったなあ、と思い出す。
電線を使ったインターネットも実用化は可能だそうであり、SF作家の想像力に時代が追いついた感じ。

電線に乗ってワープすれば、アッという間にゴールに着くけれど、ゴールを通り越してしまいそうだ。






で、ようやく21キロエイドについた。エイド食は、「コーヒー大福」である。大福に、クリームの混じったコーヒーがおいしい。
いつのまにか空は晴れ間が覗いている。だんだん暑くなってきた。そのせいか、もうドリンクが残っていない。ただ、大福の甘さと水分のせいで、のどの渇きはあまりない。


「ここから先はちょっと林道みたいなところを走るよ。森林浴ゾーンとか、呼ばれているんだ。」
そう説明する。
月イチのコースは、坂を下りて林道を通る。ヒロシ君は膝にきているようで、坂を下りるのが辛そうである。

風がある。森林浴ゾーンの日陰が気持ちよい。
ヒロシ君はまだ、ちゃんと走っている。感心する。ぼくが去年このコースを初めて走ったときには、今ころだともう歩いていたはずだ。さすがに、毎日鍛えているだけのことはあるなあ、と思う。


森林浴ゾーンを終えて、松浦火力発電所が見える下り坂に出る。
日陰が少ないので、暑い。
熱中症注意である。
ヒロシ君の方を見る。まだ元気に走っている。ちょっと安心する。
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木々を見上げる。リズミカルに並んだ木々が、なんだか音楽を奏でているみたいである。


「ここらへんで、前にイノシシが死んでいたことがあったよ」
ヒロシ君に説明する。
ヒロシ君は、わかったようなわからないような返事をする。
だいぶ元気がない。
「こんな感じの道がずーっと続いて、28キロでコース唯一のコンビニに着くから、そしたら休みましょう。」
ヒロシ君はうなづいたみたいな感じである。だいぶ辛そうだ。
それにしてもだいぶ暑くなってきた。
エイドで水分が十分補給できなかったら辛いだろう。


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ヒロシ君はゆっくりだが、ちゃんと走っている。真面目である。
ぼくは、コース途中で昼寝をしていたネコを脅かしたりしつつ、テキトーに走っている。
この辺に性格の違いが現れているようだ。

それにしても、友達を誘って走る、というのはなかなか楽しいもんだ。
ぼくは今まで一人で参加していたけれど、これからは手当たりしだいに駄マラニックの布教に努めようか、となんとなく思う。




御厨のコンビニに着く。
この調子だと31キロエイドにもドリンクは残っていない公算が高い。
遅いランナーのために、ちょっと寄付するか。そう思って、アクエリアスの2リッターペットボトルを買う。
これをぶら下げて走ることになる。
自分用には、スイカのジュースというわけのわからないものがあったので、購入して500CCを一気に飲み干す。
それにしても暑い。



コンビニをスタートする。ヒロシ君の様子をみながら、ゆっくりゆっくり走る。
コースはやがて海沿いの道に出る。きのうの雨でコースが荒れていたらしく、ちょっとだけ変更されていて、防波堤の内側をエンエン走る。
もういつのまにか天気はかんかん照りになっている。日陰がないので、けっこう辛い。

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130707_1040~0001フナ虫がぞわぞわいる。海ゴキブリという風情である。
海沿いなので、ビキニのチャンネエ(業界人風)とかいないかなあ、とか思っていたが、世間はそんなに甘くないのである。
いるのは海ゴキブリだけである。



ヒロシ君はコンビニで買ったドリンクをときどき飲みながら、歩きを入れている。
無理はいけないので、ぼくも歩いてついていく。
ドリンクが空いた様子なので、ぼくはぶら下げていた2リットルのペットボトルの封を切る。
「入れようか」ヒロシ君のボトルに詰め替えて、渡す。


ヒロシ君はさすがに辛そうである。
「今日は行ける所まで、ということでもうワープしてもいいよ」
そう言うと、「もうそろそろ無理かも」と返事がある。


31キロエイドに到着。ドリンクはやっぱりなかった。封を切り、少し減った2リッターのアクエリアスをクーラーボックスに置き、少し戻って、座り込んでいるヒロシ君のところに戻る。
下田海水浴場でワープを決断する。これ以上無理をすると、楽しくない。
松浦観光タクシーに電話。「下田海水浴場まで来れますか?」と聞くと大丈夫だという。
やがてタクシー到着。
「天国のようだなあ」冷房の効いたタクシーで、少し元気になったヒロシ君が言う。





タクシーに乗りながら外を見ると、元気な駄マラーの人たちが走っている。
運転手さんに説明する。「駄マラニック、っていって毎月マラソン大会なんですよ。今回も40名ほどが参加してるんです。松浦市議会でも話題になってたりして。」へえ、と運転手さん。
途中、ミスコースして国道を走っているおじさんもいた。
40キロエイドをスルーすることになるので、ちょっと辛いかなあ、と思いつつ、涼む。
40キロエイドを見ることはできなかったけど、たぶんプチトマトなのかもね、と思う。
海のふるさと館に到着。

駄マラニックはタクシーによるワープも公式の手段である。つまり完走状がもらえる。
ヒロシ君は元気になり、少しくやしそうである。
「もっと涼しくなったら、また来ます」と言う。
ぼくもそうだった。去年の伊万里平戸でワープしたとき、「次は完走しよう」(ワープも駄マラでは完走扱いではあるけれど)と思ったものだ。
それにしても、初フルマラソン参加のヒロシ君が、楽しい思い出を作ってくれたらよいと思う。

ヒロシ君はタクシー代を出してくれた。
櫻梅閣でお風呂に入り、さっぱりとして、帰りの電車でいっぱいやりつつ帰った。
帰ったら、ヒロシ君の奥さんが心配して迎えに来てくれた。
「いや、彼の走りっぷりは立派でしたよ」と説明する。

友達を誘って駄マラって、楽しいねえ。本当にそう思う。それが美女でなくても、楽しい。



で、ぼくの次の駄マラは来週の「イダテン平戸街道」である。
これは初参加。楽しみ。

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