6月23日の日曜日に行われた、伊万里〜平戸までを往復する駄マラニックに参加してきた。
駄マラニックは、もう説明不要と思うけれど、松浦在住のあみりん氏こと網本氏が主催するマラニックのシリーズで、駄菓子のような気軽さで参加してほしい、という意味で「駄」がついているようだ(聞いたわけではないけれど)。

とはいえ、100キロは気軽な距離ではないと思う。たとえば、「ちょっとお使いに行って来てくれん?」とおつかいを頼まれて、「どこ?」と聞き返したら、それが50キロ先のトウフ屋さんでトウフを買ってきてくれ、というおつかいだったら、「だが断る」というと思う。それがたとえ、「はじめてのおつかい」だったとしても。

しかし、駄マラって、同時に、どこか子どもがはじめてお使いにいくみたいな、ワクワク感があるのですよ。
走ったあとはしんどいけど、またすぐに走ってみたくなる。見慣れない景色をみにゆくというワクワク感。
これは論より証拠、走ってみたらすぐ実感できると思うので、おすすめしたい。スポーツエントリーから、日本全国どこでもエントリー可能だし。

実は前も書いたが、この伊万里平戸、去年の6月10日に初めてエントリーしたのだけれど、苦い思い出がある。初めて100キロに参加して、意気込みよろしく平戸に到着したのはいいけれど、帰り道、道を見失ってしまい同じところをぐるぐる、おまけに次から次へと出てくる坂の連続。ついに足が自分の思うように上がらなくなり、松浦を目の前にした発電所前から「ワープ」したという思い出である。
でも、決していやな思い出ではなく、むしろ最後まで楽しかった。不甲斐なかったのは自分の体力だ。
松浦鉄道から降りて走ってきたのがくやしくて、写真付き完走状用の写真を撮影するあみりん氏の前で、「汽車ポッポ」のポーズを取り、「鍛えなおしてきます」と言ったら即座に

「いや、鍛えなおさんでください」

といわれたのも前に書いたと思う。
鍛えなおさずにたのしく力をつけるのには、駄マラに限る、というわけで、駄マラへの参加も10回をこえた。
というわけで、今回の目標は、「100を最後まで走りきること」にした。

さて、今年の6月23日は台風3号が熱帯低気圧になってしまったものの、梅雨のまっさかりで天候は怪しく、天気予報を何度も見直した。気象庁によれば、自信満々の「A」で、当日の降水確率は20パーセント、ということらしかった。

前日は、伊万里の親戚のところで、親戚の子ども3人(小1、幼稚園、1歳)と遊んでいた。で、夕食をいただき、子どもを添い寝させて、よるの10時すぎの松浦鉄道の最終で、伊万里駅まで出てきた。同じ便に、どうやら「駄マラー」と思しきランナーの姿もちらほら。時間まで、駅近くのファミレスで時間をつぶし、受付開始の午前0時、駅に出てきてみると、なんだか「スタート」とか言っているではないか。あわててよく聞いてみたら、「アーリースタート」ということらしかった。
駄マラのよさは時間制限がほぼないに等しいことで、今回も午後7時までゴールで待っていてもらえる。もともと「遅いがエライ」を標榜する大会であり、実際に最終の完走者は「最優秀駄マラー」と呼ばれる。しかも、電車で「ワープ」しても、「完走」扱いで完走状を送ってくれるので、ワープをためらう理由もない。だから、本当はアーリースタートの必要はないような気もするのだが、アーリースタートとか聞くと、なんだかタイムを競うカッコイイ大会みたいである。

ぼくは通常スタートなので、まだまだ時間がある。
タイムカードを出して印字しようとする。最近の新機軸で、タイムをレコードするためにタイムレコーダーを印字するようになっている。タイムが記録されるという意味では真面目な用途だが、「タイムレコーダー」という言葉の洒落という気もする。ぼくは、前の大会で印字したカードを再び、持ってきた。しかし、タイムカードって本来、カレンダーにしたがって印字するように作られており、月1,2回出勤する人用には作られておらず、あみりん氏が苦戦しているが、前の出勤記録と重なってしまって、うまく打てない。やめようかなあ、とあみりん氏。新しいカードをもらって、印字する。
駄マラは主催者が個人で主催しているので、エイドの準備から、コースの白線引きからなにからなにまで、主催者がやる。たぶん並大抵の苦労ではないはずで、その代わり、変更も主催者の裁量といえば裁量といえるかもしれない。
今回、あみりん氏のほかには、氏の友人のトーマさんという方が家族総出でエイドに協力していただいているようだ。

今回の「伊万里平戸100」の参加者は40名くらいである。コースは真夜中に伊万里を出発して、しばらく国道204号線沿いを走る。波瀬(はぜ)で10キロエイド、波瀬から福島口まで海岸沿いで、福島口から内陸に入り、鷹島口(今福)まで半島横断し、今福からこんどは山登りをして峠を越えたりしつつずーっと山の中を走る。ここで20キロエイド。実はここから松浦市まで抜けるあたりのコースが一部、去年と変更されている。で、松浦市内に入り、30キロエイド。その後、おなじみの「松浦フル」のコースを逆行しつつ御厨まで抜け、御厨から西木場に向かう途中で40キロエイド。さらに西木場から中田平へは平戸街道御厨筋の旧道を抜けて、中田平から平戸までは基本的に公道沿いを走るという、そんな感じ。ところどころ、「御厨・今福街道」を通るので、旧道の風情を楽しめるコースだが、反面、坂がきついところもある。坂を前にして呆然として「冗談はヨシ子さん・・・。」と呟きたくなる瞬間が、なんどかある(笑)。
コースはこちらを参照。http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=878a281be20c509b00fbae357ef5d00e

駄マラはこういう気楽な大会なのだが、参加している人は、ぼくよりもベテランのランナーも多くて、毎年萩往還を走ってます、というような方々もいる。中学時代のぼくの恩師も参加されている。別の大会に出場した際に、手を骨折して入院しておられたそうである。制限のきつくない駄マラは、自分のペースで走れるので、たぶん入院後のリハビリランにもいいのである。あみりん氏の友人で、市民ランナーで「走るイラストレーター」の萩野多恵子さん(http://www.q-taeko.com/)も出られている。そんな諸先輩方の中、僭越なのだけれど、走歴2年半の自分に、選手宣誓をせよとあみりん氏からご指名があったので、宣誓をした。
「宣誓。われわれ駄マラーは、駄マラニック精神に則り、のんびりゆっくりダラダラと、コースをたのしみつつ走り、車に気をつけ、こりゃもうアカンと思ったらいさぎよく公共交通機関によるワープも辞さず、無事に元気でゴールまで戻ってくることを誓います」。

あまり受けなかった気もするが、駄マラニックって、こんな感じの大会なのだ。ぼくの中では。

時間が来て、走り出す。今夜はスーパームーンの筈だが、曇り空のため、あまりよく見えない。広い公道沿いだが、午前1時の伊万里近郊は夜の闇に包まれている。カジカがわやわやわやわやと鳴いている中を黙々と走っていく駄マラー集団。

途中、波瀬のエイドに着く。エイド食は、プチトマトである。当たり前といえば当たり前だが90キロエイドも同じ内容だとわかってしまうのが、少し残念。

波瀬のエイドから今福に向かう途中、新装開店のコンビニエンスが2軒ある。どちらかがあみりん氏の親戚にあたる由。どちらだったか思い出せなかったので、両方に立ち寄る。最初の店で、栄養ドリンク「レッドブル」を買い、ここぞというときに飲もうと思う。トイレをお借りする。新しくできたばかりのトイレの床を、5ミリほどのカニがこそこそと這っている。海辺なのだ。

それにしても、暗いので景色があんまり見えない。だから走っていても、どこが福島口で、どこが鷹島口で、って感じである。暗いと距離感がわからないし、風景も見えない。もっとも、帰りに明るくなった同じコースを通るので、そのときの楽しみといえば、いえるかもしれない。


それでもいくつか、印象に残った景色はある。
海辺を走っているときに、造船所だろうか、それとも工場だろうか、海を挟んだ対岸に無数の明かりがきらきらと光り、うっとりしつつ走ったりした。

また、途中、ひなびた港町のようなところから、狭い坂を上り始めたかと思うと、気がついたらあたり一面、ぼんやりした闇の中に浮かび上がる墓石だらけで戦慄、という瞬間もあった。そこをのぼっていくと、苔むした、古い切り通しがあり、というか帰り道ではじめて切り通しだと気がついたんだけど、よく見ると文字が刻んだりしてあって、なんだかぞくぞくしつつ走った。
この大会、割と夏向きである。

さて、いつのまにかコースは山登りになっている。もっとも、山登りといっても、昼間なら楽しめるはずの展望もないし、ここまで上ってきたと確認することもむずかしい。だから、黙々と上るだけである。

坂、というと、やっぱり綱引き走法である。手を綱引きのポーズにして、口の中で「つーなーひーきー」と小声でつぶやいたりする。あたりが静けさに包まれていると、声に出すのがさすがにためらわれるのである。夜のしじまに念仏みたいに「つーなーひーきー」と唱えていたら、不気味でしょう。つまり「綱引き走法潰し」の時間帯といえるかもしれない。
いいもーん、口に出さなくってもつなひき走れるもーん、などと唐突にくまもん化しつつ、走る。

力をつけようと思って、レッドブルを開けて一口。と、気分が悪くなる。缶なので、残せないと思い、値段が高いこともあって、全部飲み干してさらに気分が悪くなる。レッドブル、運動のときは不向きだなあ、と思う。

ぼくは、たぶん今福から松浦までの山道を走っているのだ。しかし、月は隠れていて、遠くがよく見えない。ときどき、雨がさあっと降ってくるが、気にならない程度の雨である。
しかし夜道なので不安はある。ミスコースをしているのではないか、大事な矢印を見落としているのではないか、という不安である。

この点、アイフォンを持っている人は、「Lat Long Lab」のウェブを参照して、GPSと照らし合わせて現在位置がわかるはずである。そうでないぼくは、何とかするしかないけど、どうしたらいいのか、さしあたり思いつかない。

根性。

そんな言葉が浮かぶ。
しかし、なかなか矢印がみあたらず、不安になってきたあたりで、20キロエイド。ほっと安堵する。
エイド食は、「太巻寿司」である。最近の駄マラではほぼ定番。
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ここで一人の駄マラーの方と出会う。












足が痛い感じで、ストレッチをしておられた。
一方ぼくは右足のふくらはぎがつりそうな感じで、しばらく様子を見つつ走っている。全力で走ると、たぶん一気につりそうだから、なるべくふくらはぎに力を入れないで、フトモモとケツで走ろうとしている。ただ、時々、ふくらはぎが自己主張してくる。「オレさ、いつでも攣(つ)れるんだぜ」と主張しているようだ。少し休んで、ふくらはぎを揉んでみる。で、また走り出す。

そんなちょっとしたトラブル?はあるけれど、今福から松浦までの区間で、この峠道は、ずっと一本道で傾斜はあまりなく、たぶん見晴らしもいいので、「走れる」区間である。調子がよければ楽しいはずだ。

ただ、なかなか松浦市に着かない。それがちょっと精神的にこたえる。弱気になる。

と、不意に、道が下りになりはじめる。時間は午前5時を回り、しらじらと夜が明け始めるころである。ただ曇りときどき雨で、天候はよくないので、そんなに明るくはない。それでも、だんだんあたりの景色が見えてきて、気がついたらおなじみの志佐川沿いの風景だ。

ちょっと元気が出て、松浦市内を走る。と、ここで30キロエイド。商店街の曲がり角に古びたバーがあり、その入り口に駄マラニックの幟旗が立ててあり、置いてある。
30キロエイドは、あみりん氏の知人でもあるという和菓子やさんが開発した、白玉だんご(マスカットと桃あん入り)である。ちょっと贅沢な感じ。中身のマスカットが凍っていて、噛みしめると、しょりしょりと氷の感触が気持ち良い。
と、見ると、エイドボックスの前に鳥の落し物がたくさん。見上げたらツバメが巣を作っており、親ツバメがじっとしている。「落し物してごめんなさいね」とでも言う感じ。


130623_0554~0001さて、ここからは松浦フルのコース逆行であり、よく知っているから迷う心配もなく、安心する。知った道の安堵感は相当なもんである。
早朝の松浦市内は、なかなかいい感じである。




ここから御厨までは松浦フルの逆コースであるが、途中国道204号線とつながっている道を通らず、コースはそのまま御厨町内に入っていく。街中を通り、ちょっとした山に入ったあたりで、40キロエイド。
エイド食はいなり寿司である。これも駄マラでおなじみの奴だ。
なぜか有人エイドであり、ジャージ姿の中学生ぐらいの女の子が番をしている。
「雨が降っている中、ご苦労さま!」
「雨があたらないところをみつけたんで・・・。」
みればちょっと木陰になっている。しかし、蚊がうるさいだろうなあ、と同情する。
がんばってくださいと言ってくれた。感謝して少し拝む。で、その場をあとにする。

130623_0648~0001道は国道204号にいったん出るが、そのあと、脇道みたいにして、「御厨・今福往還」と木製の立て札があり、みあげると、急坂になっている。白い矢印は、そちらを向いている。
ちょうど犬を散歩させておられる女性の方が2名。「おはようございます」とご挨拶をする。
挨拶をしつつ、見上げる。走る気がなくなる急坂である。









130623_0650~0001木々に囲まれて鬱蒼と暗い。
思わずウッソー、と言いたくなる。
冗談はヨシ子さん、と言いたくなる。
冗談を言っている余裕があるなどと思わないでほしい。足は相当疲れてきているし、右のふくらはぎの自己主張も続いている。そこでこの急坂である。
しょうがないので、極限まで歩幅を狭めて、ピッチで上る。
これを「ヨシ子さん走法」と命名することにする。

道は山の中や畑の中を通って、続いている。矢印がなければまず確実に迷う道だ。
で、そのうち再び204号線に出てきて、あとは平戸まで204号を走る。

ときどき駄マラーの人に追いつかれたり、追い越したり(ほとんどないけど)。

ペースが違うので、あまり一緒に走らない。少し挨拶するぐらい。
それでもいいのである。映画や演劇などは一人で楽しむ派だ。

130623_0755~0003相変わらず曇り空の下、赤い平戸大橋が見えてくる。平戸大橋は化粧直しをしたようで、朱色のペンキがあざやかだ。ここも「元祖平戸島駄マラニック」でおなじみの景色である。
走って渡る。
平戸城エイドに到着した時間は、たぶん9時か10時かそのくらい。ずいぶんイイカゲンだけど、今回、「ぜんぶ走る(ときどき歩くけど)」という目標だから、はなっからタイムは気にしていないのである。


平戸城エイドではあみりん氏が、雨避けの下で待っておられる。
リュックを預けようか、迷う。ぼくのランニング時のリュックは、大阪の天六商店街で、千円で購入したリュックである。サイズがちょうどいいので重宝している。しかしランニング用とかではないので、時間が経つと、ちょっと肩が凝るのだ。だから予想どおり午後からくもりになるのであれば、雨合羽と一緒に預けてしまうと身軽になるなあ、なんて考えたりしたのである。
結局、預けることにした。
ぼくは今回、「阿蘇カルデラ」のTシャツを着て走っている。例のDNSのやつであり、気分だけ、阿蘇カルデラって奴である。それに下は身軽な短パン。腰にはポーチを巻いて、中に小銭や保険証を入れている。これだけならずいぶん気軽そうだ。
もっとも、結果的には、午後もいっそう激しく雨が降ったりしたのだが、そんなことはこの時点ではまだ、知るよしもない。
50キロエイド食の「押し寿司」をいただき、まだまだ不平顔の右ふくらはぎをもんでやりつつ、あみりん氏と少し駄話。
「今回も最優秀駄マラー狙いますからね」(ぼくは、「九十九島100」の最優秀駄マラーなのだ。)
「ふふん、どうですかねえ。最優秀駄マラー賞、なかなかハードル高いですよ」。

130623_0845~0002平戸城を少し見て回る。天守閣風の資料館ややぐらは再建であり、当時のものではない。しかし城の縄張りはよく保存されている。山鹿流の兵法を応用したとか。
お殿様もみんな、あの街道を通ったんだなあ、と考える。山道などは当時の雰囲気そのままの筈だ。











130623_0846~0001猫がいた。




















さて、いよいよ後半戦スタートである。
ふたたび平戸大橋を渡る。
130623_0932~0001田平町で、昆虫と車が戦っている。










130623_1016~0001田平町内を抜けて、また御厨今福街道に入る。ゆきに下り坂だったところが、今度はのぼり坂に変じて、ぼくを苦しめる。その代わり、のぼり坂だったところが、下り坂に変わって笑顔で迎えてくれる。
人生みたい。
いや、なんでもかんでも人生に例えるのはトシヨリの悪い癖である。





しかし雨が止まない。それどころか時々、ざーっと結構な勢いで降ってくる。
なんだか雲が増えてきたみたい。











130623_1059~000140キロエイドに着いたら、トーマさんのお母さんが娘さんに「じゃあよろしくね」と言って車で立ち去るところだった。「あまりたいしたもの、残ってないんですけど」
再びいなり寿司と、梅干をいただく。ミカンを切ったものがあったのでこれもいただく。
「このミカン、なんですか」「ええと、なんとか言うミカンです。けっこう甘いとおもうんですけど」
娘さんは足のほうをちょっと眺めながら「蚊にだいぶん食われました」とつぶやく。
一日中、雨と蚊の中、エイドの番をするのは大変だろうと思う。
礼を述べて走り出す。

道は御厨に入る。学校などがある。去年のことを思い出す。去年はここでもう、足が自分の思い通りに動かなくなったのだ。「足が棒になる」とはこういうことを言うのか、と感心したものである。
去年座って休んだ坂がある。その前を今年は小走りで通る。

「四十坂」という言葉がある。桜坂なら「愛と知っていたのに〜オーイェイ」であるけれど、シジュウ坂はオーイェイではない。どうやら転がり落ちるもののようである。ぼくは48歳。去年は47歳であり、ちょうど転がり落ちる最中である。
でも、転がり落ちるのに少し抵抗して、それどころか坂を少し戻れたみたい。
この歳になって、自分が強くなる、というのはやっぱり嬉しい。

それにしてもこの雨、止まないものか。薄いランニングのシャツを通して、やや冷えてきた。

松浦市内に着く。ファミリーマートでトイレを借りる。
汚い話だが、おしりの周りがちょっとかぶれてきた。
駄マラーの大先輩であるinanekoさんによれば、これには「馬油」が効くらしい。
生憎今回、これを忘れた。
かわりに「ギャツビー」の殺菌作用のあるウェットタオルを購入。
トイレに入り、用を足した後に、ひとふきする。

いや、目が覚めるのなんの。しみるのなんの。

痛みとかかぶれとか、そんなこと忘れてしまった。
よい子は決して真似をしてはいけない。



ここからは、松浦から今福まで、あの長い長い道を通る。
しかし行きの時は、暗くてよく見えなかったので、少し楽しみではある。

志佐川沿いを走り、つづら折りの坂をのぼる。
途中で、携帯に電話。「今、どの辺ですか?。こどもが心配して、いつおじちゃんは伊万里につくの?って言うから電話してみました。」義母である。
だいたいそういうときはこどもはそんなに心配していないもんなのだけど、嬉しい。

ここで後ろから軽快に走ってきた女性ランナーに抜かれる。
走りはベテラン風である。
ぼくはおとなしく歩いて上る。右ふくらはぎがいつご機嫌を損ねるかわからないので、のぼりはなるべく自重。
でも、ちょっと走れそうだな、という気がしてきたので、少しペースをあげる。

それにしてもずいぶん上ってきた。はるか遠くに海が見える。
道は気持ちの良い田舎道である。天気がもう少しよければ、最高なのだが。
田舎道に沿って、途中、「六地蔵」とか「調川城跡」などの史跡の看板が立っている。
つまりそんな昔からこの道を通って、人は行き来してきたのである。
ちょっと感慨にふける。

130623_1403~0002ヤギがいたりする。





雨の中、80キロエイドに着く。太巻すしをいただく。
雨がだいぶん強くなっている。

ここからはくだりが多いのでちょっと走ってみようという気になる。
鷹島口まで走って下る。
自分のどこにこんな元気が残っていたのか、不思議になる。
前のランナーを抜いたりもする。
なぜ走っているのか、自分でもわからない。
走れることが嬉しいので、走っているというのがいちばん近い気がする。

怪しい切り通しを抜けて、墓地の中を抜けて、走る。
130623_1450~0001怪しい名前の店がある。

















130623_1500~0001人柱橋、なんていう恐ろしい名前の橋もあったりする。
なんてことない橋なのだが。
言い伝えがあるのだろうけど、知らない。(あとで調べたらこんなのがあった。http://www.city-matsuura.jp/www/contents/1317110138973/index.html




もうあとはあんまり覚えていないけど、福島口について、なんだかほっとする。






だがそこで、すさまじい雨が降ってきた。
この状態での雨は堪える。
気持ちがそがれる。
失速して、左手に海を見ながら、うなだれてとぼとぼ歩く。
シャツはずぶぬれで、寒い。

そこを後ろから、さきほどの女性ランナーが抜いていく。
軽快な足取りだ。これがベテランというものかと思い知る。



そこからはもうゆっくりゆっくり、90キロエイドでトマトと、あまり残っていないドリンクをいただく。




伊万里に着く前にまた、義母が電話をくれる。
迎えにゆきましょうか、ということだ。ありがたい。


伊万里市に入ったあたりから、少しずつまた、走り出してみた。
去年の自分と比べると驚愕である。まだちょっとだが、走れるのだ。
自分にこんな力があったのか、と感心する。
そして雨の中、ようやくゴールをした。
時間はもう6時近かった。タイム的には問題外である。阿蘇カルデラのTシャツを着ているのが申し訳ないぐらい。
しかし、去年よりも自分が成長していることがわかった。
頑張らないで頑張った成果である。
ゴールには義母がいて、付近の人とお話している。
誰とでもお話する人である。


あみりん氏に記念写真を撮ってもらい、たずねる。
「最優秀駄マラー賞でしょ」
「残念、まだいます」
今回、惜しくも最優秀駄マラー賞は逃したようだ。
inanekoさんとも少しお話しする。


で、義母宅で泊まり。小学1年と、幼稚園児と、1歳児に足といわず乗っかられながら、それでも楽しく過ごした。

右ふくらはぎは、最後まで攣らなかったし、ゴールするころにはむしろ、痛みは全く消えていた。
つくづく、人体は不思議である(お尻の周りも)。
で、次の駄マラは、7月7日の「月イチ」である。