最近はマラソンブームである。このブログで取り上げただけでも、淀川寛平マラソン、佐賀さくらマラソンなど1万人クラスのメジャーな大会が、アッという間にエントリー満杯、なんて事態が普通に起こるようになってきた。ぼくもこの間の下関海響マラソンに申し込もうとしたのだが、つい忘れていて「まだ1日目だから大丈夫だろう」なんてPCに向かうと、

「エントリーを締め切りました」

などという表示が出て唖然として、聞けば2時間足らずで一杯になったしまったそうなのである。
そんなこんなで、昨今のブームの中、うちの会社でも、見回してみると結構ランナーはいるのだった。

ぼくの同僚(仮にヒロシ君としておこう)が、来年の佐賀さくらマラソンにエントリーしたいという。
彼は真面目な人間であるから、佐賀のジョギングのメッカ、といっても過言ではない佐賀城のお堀の周りを、毎日10キロ程度走って、週末には20キロの距離をこなし、鍛えているそうなのである。
で、一度フルマラソンの距離を体験したほうがいい、というので、ぼくの頭に浮かんだのが、月イチ駄マラニックだった。

松浦市の誇る「毎月フルマラソン大会を主催する男」あみりん氏の主催する、「月イチ松浦フル駄マラニック」は、松浦市を舞台に毎月第1日曜日に開催されるマラニック大会である。エントリー料は3000円と、安いし、「スポーツエントリー」から簡単に申し込める。社会人であれば、月一回飲み会を我慢すれば何とかなる額である。しかもコースは川山海港発電所牛猪と変化に富み、楽しいこと請け合いである。それに、まずエントリー満員でお断り、などということはない(将来はわからないけど)。

ということで、「映画などは一人で楽しむ派」の僕には珍しく、「友マラニック」となったのであった。

夏場の「月イチ」は熱中症対策のため午前6時スタートであるから、車を持たない人は現地に宿泊する必要がある。今回選んだのはスタート&ゴール会場である「海のふるさと館」に程近い、「ビジネスホテル海風」。宿泊料は食事なし5250円とやや高めだが、松浦市にはあまり宿がないので仕方がない。他方、部屋で無線LANが使えるので、パソコンを持ってゆけば、遊べる。冷蔵庫もある。松浦海のふるさと館で、海鮮つまみを買ってきて、冷蔵庫でビールを冷やして一杯、なんてこともできるのだった。というわけで、ヒロシ君と翌日の無事を祈って軽く一杯飲み、翌日に備えたのだった。

130707_0527~0001130707_0528~0001前日まで曇り空から、時折風雨が強く降りつける天気だったが、一夜明けると、どうやら雨はあがっていて、海から上がる太陽の日差しはまぶしい。しかし、見上げれば、山から灰色の雲が次から次へと湧いて流されてくるあやしい空模様である。ただ雲の向こう側には青空なども見えて、どうやら梅雨明けは近いと思わせる。

海のふるさと館に近い公園の東屋では、すでにあみりん氏が受付を開始していて、広い駐車場に止めた車から、ランナーの人たちが三々五々集まってきていた。今回の参加者はだいたい40名ぐらい。ぼくらも、走る格好をして、そちらに向かう。ぼくはいつものよれっとした帽子に、シャツにパンツといういでたちだが、ヒロシ君はランニングタイツなども履いてびしっと決めており、どこから見ても真面目な「ランナー」という様子である。他方、ヒロシ君の奥さんは、「こんな季節に走って、熱中症になったらどうするの?」とだいぶ心配していた様子。だから今日は、ぼくは彼に終始ついて走ることにした。

今日の駄マラニックは、七夕ということで、エイド食に「コーヒー大福」が登場しているらしい。それから、タイムカードは機械の不調のために、今回からは廃止された様子である。

スタート時間が近づいたが、全員で記念写真を撮ったり、そこにいつもの怪しげな長身の外人のおじさんがにこやかに現れて写真に入ったりしているうちにスタート予定時間を過ぎ(笑)、6時1分スタートである。

ぼくはゆっくり、ペースを落として先頭集団からは少し離れ、後ろの集団よりは少し先行して走り出した。ヒロシ君も少し後をついてくる。ときどき振り返りながら、離れないように注意して走る。

130707_0618~0001コースは志佐川沿いに入る。曇り空の下、川沿いに広がっている田の面では、田植えの済んだ稲が、ときどきどうっと吹いてくる風に揺られている。用水路の水がコロコロコロと水音を響かせて流れている。きのうの雨を含んだ志佐川は水かさを増し、ざわざわと流れている。気温はやや高めでじわっと汗をかいてくるが、そこに吹いてくる風がすずしい。うしろの方では、「主婦ランナー」と思しい人たちが、楽しそうにおしゃべりしながら走っている。

のどかだ。
昔、「ぼくのなつやすみ」というゲームがあったと思うけど、ゲームなんかではなくて、リアル田舎の夏休み、という雰囲気である。いろんな自然の音や匂いがいちいち子どものころの記憶を思い出させてくれる。


そんなことを考えながら、ヒロシ君の方を見ると、彼は平気な感じでついてきている。よしよし、と思ってまた前を向いて走る。

130707_0643~0001本日は牛はこっちを向いてくれていなかった。


















コースはやがて坂に入る。高度差250メートルの上りである。今日は、ときどきヒロシ君の方を振り返りながら、ゆっくり上る。上り坂はきつければ歩けばよいのだが、彼は走ってついてくる。


130707_0714~0001「坂は、見えないつなを引くつもりで(やってみせる)、つなひきをする感じで走るといいよ」
と有森流つなひき走法を伝授する。

ヒロシ君が答える。
「つなが見えません」

綱引き走法があっけなく敗れ去る一瞬であった。




とは言いながらヒロシ君は頑張って上り坂も走ってついてくるのであった。




杉林に囲まれた上り坂を上り詰めると、劇的に見晴らしの良い峠に出る。
ここを初めて走ったとき、ぼくはちょっと感動したものだ。
そこをちょっと降りて、月イチ駄マラのコースは、12キロ地点で、やまびこロードに入る。
ここで12キロエイド。
エイド食は、太巻寿司である。





やまびこロードのコースは、気持ちの良い直線道路である。ついつい飛ばしそうになるけど、今日はヒロシ君のナビゲート役である。
振り返りつつゆっくりゆっくり走る。

しかし、いつもの自分よりもペースを落とすと、いろんな発見があってよいのである。必死に走ると周囲がその分見えなくなる。ゆっくり走ると、風景がよく見える。


ぶおおおん、ぶおおおおん、と、ウシガエルが鳴いている。
「ウシガエル、あれ、ウシガエル」と話しかける。
「ああ」という感じでヒロシ君が返事をする。


曇り空の下、やや強めの風が吹いている。
風は用水路の表面にさざ波を立てている。
地球の表面にはいつも風が吹いている。暖められた海水が上昇気流を生み出し、地球の自転が、風を生み出す。その同じ風が海に海流を作り、船を押し流したりもする。
ライアル・ワトソンという人の「風の博物誌」は、そういう風にまつわるあれこれを集めた本である。
地球上に水が生まれたということも不思議だし、風が生まれたということも不思議だ。
ぼくらは毎日不思議の中に生きている。
そんなことをぼんやり考えながら走る。
走っていると、人は哲学者みたいな気分になるのかしら。
ともあれ、汗をかいた肌の表面に吹き付ける風が気持ちよい。



ときどきヒロシ君を振り返る。ヒロシ君はゆっくりだが、きちんと走っている。
とはいえ、初参加だからそんなにペースは上がらない。

そんなわけで、結構追い抜かれたりする。



途中で、「初参加でーす」「21キロエイドってまだですかぁ?」と、ランニングウェアでビシッと決めた若い女性二人組がにこやかに話しかけてきて、ぼくは「あ、もう20キロは過ぎてますよ。」と答えた。
美女二人組は軽やかにぼくらを追い越していった。


一瞬、「ヒロシ君を置いて、この女性たちにゴールまでビターッと付いていこうか」とのよくない考えが脳裏をかすめた。いい年をこいてナサケナイとすぐに思いなおしたけれど。
いや、ヒロシ君には誠に申し訳ない。哲学者が煩悩に負けそうになった一瞬であった。


こないだの伊万里平戸100キロで顔見知りの常連さんが追いついてきて、追い越していく。
「しんどかったですねえ」
「はあ」と返事をする。
そのまま常連さんは追い越していく。

気分は上々である。
急がない、速く走らない、いけるところまで走ってワープも可、と割り切ることで、どれだけ幸せになることか。
いや、あみりん氏の言うとおりだなあ。




130707_0826~0001見上げれば、曇り空に、高圧送電線が、はるか上空でジジジジ、ジジジジと音をたてている。
SF作家のレイ・ブラッドベリの初期作品に、電線に乗って全世界を駆け巡るというファンタジーがあったなあ、と思い出す。
電線を使ったインターネットも実用化は可能だそうであり、SF作家の想像力に時代が追いついた感じ。

電線に乗ってワープすれば、アッという間にゴールに着くけれど、ゴールを通り越してしまいそうだ。






で、ようやく21キロエイドについた。エイド食は、「コーヒー大福」である。大福に、クリームの混じったコーヒーがおいしい。
いつのまにか空は晴れ間が覗いている。だんだん暑くなってきた。そのせいか、もうドリンクが残っていない。ただ、大福の甘さと水分のせいで、のどの渇きはあまりない。


「ここから先はちょっと林道みたいなところを走るよ。森林浴ゾーンとか、呼ばれているんだ。」
そう説明する。
月イチのコースは、坂を下りて林道を通る。ヒロシ君は膝にきているようで、坂を下りるのが辛そうである。

風がある。森林浴ゾーンの日陰が気持ちよい。
ヒロシ君はまだ、ちゃんと走っている。感心する。ぼくが去年このコースを初めて走ったときには、今ころだともう歩いていたはずだ。さすがに、毎日鍛えているだけのことはあるなあ、と思う。


森林浴ゾーンを終えて、松浦火力発電所が見える下り坂に出る。
日陰が少ないので、暑い。
熱中症注意である。
ヒロシ君の方を見る。まだ元気に走っている。ちょっと安心する。
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木々を見上げる。リズミカルに並んだ木々が、なんだか音楽を奏でているみたいである。


「ここらへんで、前にイノシシが死んでいたことがあったよ」
ヒロシ君に説明する。
ヒロシ君は、わかったようなわからないような返事をする。
だいぶ元気がない。
「こんな感じの道がずーっと続いて、28キロでコース唯一のコンビニに着くから、そしたら休みましょう。」
ヒロシ君はうなづいたみたいな感じである。だいぶ辛そうだ。
それにしてもだいぶ暑くなってきた。
エイドで水分が十分補給できなかったら辛いだろう。


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ヒロシ君はゆっくりだが、ちゃんと走っている。真面目である。
ぼくは、コース途中で昼寝をしていたネコを脅かしたりしつつ、テキトーに走っている。
この辺に性格の違いが現れているようだ。

それにしても、友達を誘って走る、というのはなかなか楽しいもんだ。
ぼくは今まで一人で参加していたけれど、これからは手当たりしだいに駄マラニックの布教に努めようか、となんとなく思う。




御厨のコンビニに着く。
この調子だと31キロエイドにもドリンクは残っていない公算が高い。
遅いランナーのために、ちょっと寄付するか。そう思って、アクエリアスの2リッターペットボトルを買う。
これをぶら下げて走ることになる。
自分用には、スイカのジュースというわけのわからないものがあったので、購入して500CCを一気に飲み干す。
それにしても暑い。



コンビニをスタートする。ヒロシ君の様子をみながら、ゆっくりゆっくり走る。
コースはやがて海沿いの道に出る。きのうの雨でコースが荒れていたらしく、ちょっとだけ変更されていて、防波堤の内側をエンエン走る。
もういつのまにか天気はかんかん照りになっている。日陰がないので、けっこう辛い。

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130707_1040~0001フナ虫がぞわぞわいる。海ゴキブリという風情である。
海沿いなので、ビキニのチャンネエ(業界人風)とかいないかなあ、とか思っていたが、世間はそんなに甘くないのである。
いるのは海ゴキブリだけである。



ヒロシ君はコンビニで買ったドリンクをときどき飲みながら、歩きを入れている。
無理はいけないので、ぼくも歩いてついていく。
ドリンクが空いた様子なので、ぼくはぶら下げていた2リットルのペットボトルの封を切る。
「入れようか」ヒロシ君のボトルに詰め替えて、渡す。


ヒロシ君はさすがに辛そうである。
「今日は行ける所まで、ということでもうワープしてもいいよ」
そう言うと、「もうそろそろ無理かも」と返事がある。


31キロエイドに到着。ドリンクはやっぱりなかった。封を切り、少し減った2リッターのアクエリアスをクーラーボックスに置き、少し戻って、座り込んでいるヒロシ君のところに戻る。
下田海水浴場でワープを決断する。これ以上無理をすると、楽しくない。
松浦観光タクシーに電話。「下田海水浴場まで来れますか?」と聞くと大丈夫だという。
やがてタクシー到着。
「天国のようだなあ」冷房の効いたタクシーで、少し元気になったヒロシ君が言う。





タクシーに乗りながら外を見ると、元気な駄マラーの人たちが走っている。
運転手さんに説明する。「駄マラニック、っていって毎月マラソン大会なんですよ。今回も40名ほどが参加してるんです。松浦市議会でも話題になってたりして。」へえ、と運転手さん。
途中、ミスコースして国道を走っているおじさんもいた。
40キロエイドをスルーすることになるので、ちょっと辛いかなあ、と思いつつ、涼む。
40キロエイドを見ることはできなかったけど、たぶんプチトマトなのかもね、と思う。
海のふるさと館に到着。

駄マラニックはタクシーによるワープも公式の手段である。つまり完走状がもらえる。
ヒロシ君は元気になり、少しくやしそうである。
「もっと涼しくなったら、また来ます」と言う。
ぼくもそうだった。去年の伊万里平戸でワープしたとき、「次は完走しよう」(ワープも駄マラでは完走扱いではあるけれど)と思ったものだ。
それにしても、初フルマラソン参加のヒロシ君が、楽しい思い出を作ってくれたらよいと思う。

ヒロシ君はタクシー代を出してくれた。
櫻梅閣でお風呂に入り、さっぱりとして、帰りの電車でいっぱいやりつつ帰った。
帰ったら、ヒロシ君の奥さんが心配して迎えに来てくれた。
「いや、彼の走りっぷりは立派でしたよ」と説明する。

友達を誘って駄マラって、楽しいねえ。本当にそう思う。それが美女でなくても、楽しい。



で、ぼくの次の駄マラは来週の「イダテン平戸街道」である。
これは初参加。楽しみ。