6月22日,昨年に引き続いて,伊万里と平戸を往復する駄マラニックに参加してきた。


旅が好きだ。もちろん交通機関を使っておいしいものを食べに行くというのも嫌いではないけれど,旅の本質ってそういうところではないような気がする。たぶん日常を離れて,ちょっとした非日常を経験しにゆくのが旅というものなのだと思う。
ランニングも,ぼくにとってはその延長みたいなところがある。もう近頃ははっきり自覚したのだけれど,ぼくはタイムを競うのは単に苦手なだけではなく,速く走ることには興味がないのだ。むしろ,普段とおらない旧街道を,そこを通った昔の人たちに思いを馳せながら,走っていくのが楽しい。自分の体力だけで,自分を取り巻く世界を感じながら走ったり歩いたりしていきたい。それがたぶん楽しいのである。

こんな自分に一番向いているのは,駄マラニックだという気がする。駄マラニックはもうおなじみの,「遅いがエライ」大会である。今回の「伊万里平戸駄マラニック」のコースは佐賀県伊万里市から,今福御厨街道という古の街道を通って平戸まで行き,平戸城を折り返して戻ってくるというマラニックだ。
http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=c5ea82215704e13171a8658b16f53e07

片道50キロ,往復合計の距離が100キロだが,制限時間がのんびりしているのでぼくのような遅い人でも楽しめるのである。で,おおむね松浦鉄道沿いだから(本数は少ないけれど),疲れたら電車に乗って帰ってくればよいのだ。

この「伊万里平戸」は毎年6月に開催されているのだけれど,梅雨の真っ只中なので,いつもコースは雨の中である。だから,これを走ると,気分はちょうど,安藤広重の「東海道五十三次」の「庄野」に描かれる雨の旅人みたいになる。
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今回もたぶんにもれず,雨の中だった。
JRの最終電車で,スタート地点の伊万里駅に着くと,駅の陸橋の下に,ランナーとおぼしい人たちが10数名集まってきて,ストレッチをしたりしている。ひさしの向こう側では,暗い闇の中で結構な勢いで雨が降っている。
一瞬,本当にやるのかい,と疑う僕。でも,走るって別に雨でもかまわない。もちろん雨合羽で体を冷やさないようにする必要はあるけれど,走ることには支障はないのだ。140621_2350~0001


正式スタートは午前1時なのだけれど,前回の博多唐津で完走していないので,今回ちょっと余裕を見てアーリースタートをさせてもらうことにした。数人がぼくと一緒にアーリースタートをしたので,集団となって,夜の闇の中を走る。雨はカッパの上から打ちつけてくる。靴に雨がしみてくる。今回のシューズはほとんどウォーターシューズと言ってもいいクライマクール(アディダス)なので,ぜんぜん気にならないが。

前の人たちになんとか着いてゆこう,と,点滅する赤ランプを追いながら走る。夜間のランには,点滅ライトは安全のため欠かせない。もちろん照明器具も。中にはくるくる回る円形のランプを付けている人もいて,これは5月の萩往還マラニックで配布していたやつだとすぐに分かる。

しばらくは公道沿いの歩道を走っていく。だから車道とは分離されていて,とくに不安はない。
前にはぼくよりもずいぶん若い女性ランナーが2名,あとは同年輩の男性ランナーと女性ランナー。こちらは駄マラニックでよく見かける方で,結構なペースで飛ばしていく。

道は海沿いを走っている。対岸に造船所があり,天気がよければ夜の闇の中に宝石みたいにきらきらと光る明かりが見えるところだ。しかし今日は雨天の中,そんなに楽しむ余裕がない。

鳴石,久原ときて,やがて10キロエイドに到着する。エイド食はかっぱ巻き。
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エイドを出て,また同じ集団で走る。波瀬,浦ノ崎と来て,福島口をすぎたあたりから,道は上り坂となる。そして上り坂の途中から,山道に入る。ヘッドライトが,雨の当たる暗い路面を照らし出す。暗くて,切り通しや林の中を通り,当然真っ暗だから,ちょっとだけおっかないところである。こんなところも集団で走れば,そんなに怖くはない。それほど上り坂は長くは続かず,やがて下りとなり,今福に出る。ここまで道路はアスファルトだ。しかし,その昔舗装道路などなかったころは,今福御厨街道はすぐに草に埋もれていただろう。

今福の町の中に出る。ファミリーマートで休憩。実際このあと,松浦に向かう山道へ入るのだが,しばらくはトイレも何もないので,ここで用事を終えておく必要があるのだ。マラニックではトイレは大事である。公衆トイレがあるときには利用できるが,そうそうトイレがあるとは限らない。だからコンビニエンスストアは貴重な有料エイドなのである(使わせてもらう以上は,当然何か買い物をするのはマナーだと思っている。)

しばし用事を足して,いよいよ山道に向かう。今福の町をしばらく通り沿いに走っていると,路面に書かれた白い矢印が左折を指示してくる。ここからがいよいよ,長い長い坂の始まりである。
前に走ったときは,左右に墓石がたくさんある墓地の中を通っていた。しかし宅地開発のためか,墓地はあらかた整理されて,更地になっていた。
家を買った人も,もし墓地があったと知っていたらあまりいい気分ではないかもしれない。でも,人類の長い歴史を見れば,死体なんぞが埋まっていない土地のほうが少ないかもしれない。

そんなことを考えつつ,ひたすら登る。やはり雨は降り続いていて,気分は凹んでくる。とともに,もっと雨に打たれて凹んでしまえばいい,とも思う。不思議な心境だ。

登りが終わり,道はなだらかな山道に変わった。ここから松浦まではほぼ道なりだが,とても長い道のりである。
途中に,20キロエイド。折り返しコースなので,80キロエイドでもある。
エイド食は桃の水大福。おいしいのです。
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再び集団で,山道を走る。景色はまっくらでよく見えないが,いつまで続くんだろうとややうんざりしてきたところで,道が細くなり,両側が杉林になる。記憶ではもう松浦への下りに向かうはずだ。
空がやや明るくなってきた。それとともに,林の間から,霧が湧いてくる。映画「ET」なんぞを思い出すほどの霧である。前を走る若い女性ランナー2人は何やらテンションを上げつつ,おしゃべりしながら走っている。

道はどんどん下っていく。そして志佐川沿いの道路に出た。
ここはもう松浦市街のはずれのはずだ。
そして,松浦市街へと入っていく。ファミリーマートがあり,ここで休憩する。
「たしかもう,30キロエイドは近いはずですよ」と,同行のランナーの人と話す。そんなことを言っていると,屋根のある駐車場にクーラーボックス。30キロエイド(70キロエイド)だ。エイド食は定番の「いなり寿司」である。
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今回アーリースタートをしたせいもあり,まだあたりは薄闇に包まれている。

松浦市街を出ると,ここからは月イチフル駄マラニックのコースを逆行することになる。つまり道路を逸れて,登り道に入る。そして風情のある,旧道の山道をしばらく走ることになる。ここはもうおなじみのコースなので,少し明るくなってきたこともあり,あまり不安はない。

御厨を過ぎて,道路沿いから少し入る。ここも旧道という感じの風情のある道だ。ここにトーマさんのエイドがあるはずだ。トーマさんはあみりんさんの友人であるらしく,お子さんと一緒に暖かいスープなどを出してくれる。ただ,アーリースタートをしていて時間が早いせいか,軽トラックにコーヒー大福は積んであるが,スープはまだだった。
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そろそろ明るくなってきた。ほんとうに自然に囲まれた感じの道だ。昔の旅人もこんな風景を見ていたんだろうか。
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そして松浦鉄道西木場を過ぎると,再び道は204号線沿いに出る。しばらく204号線を走り,それからまた,草深い旧道へと入っていく。「御厨今福街道」の標識が出ている。
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道は大変きつい登り坂だ。昔の街道は坂道もまっすぐ登っていることが多い。スイッチバック,なんてあまりしない。駕籠を運ぶ人たちは大変だっただろう。

このあたりから,ぼくは他の人たちとははぐれて,単独行になる。しばらく無心で走る。もう雨は小ぶりになっている。
どのくらい走ったり歩いたりしただろうか。道は再び道路沿いに出る。そしてしばらくスーパーなどが並ぶ道を走ったあと,田平へ着く。ここまできたら,平戸はもう目と鼻の先である。そして,遠くに赤い橋が見えてきた。
平戸大橋だ。
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雨はまだ降っている。この調子だと一日降り続くかもしれないな,とぼくは思う。
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平戸城のエイドにはあみりんさんが待っていた。
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つまり,こういうことだ。あみりんさんは,正規スタートとともに,全員の荷物を積み込んで,駄マラカーでスタートするのである。そしてエイドを設営しながら,平戸城に先回りして,そこでランナーが到着するのを待つ。だから,到着したランナーは50キロエイドで,自分の荷物から必要なものを取り出したり,預けたりできるのである。
ぼくは,もう邪魔になったヘッドライトを預けることにした。
50キロエイドで,ひさしぶりに芋餅に再会。
おいしいけれど,結構腹にもたれる奴である。
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時間に余裕があるので,トイレを兼ねて平戸城を散策。平戸城のトイレは結構きれいで,紙もあるのでお勧めである。
平戸城は,松浦党のうち,下松浦党に属する平戸藩の殿様の城である。
平戸の殿様では,「甲子夜話」を著した第9代の松浦静山が名君としてよく知られている。
貿易でもうけていた時代と違い,財政的に苦しかったため藩政改革も必要だった。そして,インテリの殿様だ。甲子夜話は,正編100巻,続編100巻,三編78巻に及ぶ大著で,当時の情勢や風俗から政治にいたるまで森羅万象に触れた本。静山は,平戸から世界情勢を見渡しているという,ちょっと凄い人だった。正式の名前は,「清」という。以前もちょっと書いたかもしれないけれど,もともと松浦党は嵯峨源氏の末裔で,源氏は天皇家の出身だから,代々一文字の名前を名乗っていた。上松浦党なんかはずっとそうだった。これに対して,平戸の松浦党は2字の名前の人が多かったのだけれど,有職故実を重視して,静山は,一文字に戻したのだそうである。


平戸城の狛犬。140622_0744~0001


トイレで休んで,足が復活してきた。さあ,折り返しに参りますか。
平戸大橋を再びわたり,道を走ったり歩いたり。もうあんまり無理はしないで,歩くときは歩く。体調を壊しても,迎えに来てくれるわけでもない。自分の調子は自分で管理しながら,この「旅」を最後までやりとげなくてはならないのだ。雨は相変わらず降り続いている。こりゃ,もう晴れないね。
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旧街道って激坂が多いのだ。

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きっと昔の旅人もこんな風景を見ていたんだろう。

雨のせいで,靴の中の足はふやけてぶよぶよだ。そのために豆ができていて,ややつらい。走れないのはそのせいもある。でも,この時期に雨が降ってくれるから稲は育つのだ。
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帰りがけはトーマさんが,暖かいスープを出してくださった。雨の中の親切。ありがたくいただく。
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こんどは,松浦フルのコースを順序どおりに走りつつ,発電所を眺めながら,御厨,松浦市を抜けて,ようやく再びあの,長い長い山道へ向かう。
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明るくなってくると,山道沿いにいくつかの史跡なんぞもあるのに気がつく。
松山田の六地蔵,なるものがある。これは円筒形の石にたくさんの地蔵の姿を刻み込んだもので,貴重なもののようである。140622_1301~0001


ここで後ろから走ってきた女性ランナーと一緒になる。
ぼくはヤギの姿を写真に撮ろうと思う。
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しばらく一緒に走って,抜いたり抜かれたり。そして,80キロエイドでひとやすみ。
この方,今回初めてなんだそうだ。ぼくはこのコースはもう3回目。
「駄マラニック,楽しいですよね」そんな話をする。楽しんでくれたらいいなあ,と思う。

正直,相当疲れてはいるけれど,自分の体力だけでやり遂げる楽しさや,肌で自然を感じる感覚など,ほかには代えられない貴重な経験がたくさん。駄マラニック,ってそういう「経験」である。
むかし,旅が成人式の代わりだという時代があったらしくて。若者は見知らぬ世界を知るために「グランド・ツアー」なるものに出かけたそうである。当時の旅は,いろんな危険も待ち構えていた。それとともに,旅はやはり自分の見方を変えてくれる,そんな気がする。駄マラニックは,足で行く旅だ。

今福町仏坂免。山道を終えて,行きは果てしない登り道が,こんどは果てしない下り道になる。爽快爽快。苦労は必ず,爽快感に形を変えて戻ってくるのだ。人生みたい。
やがて道は,今福の市街に戻ってくる。
今福を抜けると,行きにも通った,切り通しのある道を通って福島口へ。

後ろからさっきの方が追いついてこられる。
「もうここまで来たら,完走したようなものです,頑張って下さい」と声をかけて励まして,先に行ってもらう。
ぼくはちょっと,足の裏が痛くてあまり走れない。

切り通しを抜けて,福島口へ出てくる。でも実はここから結構,長いのである。

退屈な道路沿いをしばらく走る。いつの間にか,もう雨が上がっている。
そうか,止まない雨はないのだなあ。

90キロエイドで一休み。そこで今回は正式コースではないのだけれど,前回まで正式コースだった人工島の方へ行って見たくなる。そしてしばらく走っていたら,見慣れた人がいる。
草のつくKさんである。それと,今回スタートしてからしばらくご一緒していた,若い女性の方。
どちらも元気そうだ。
しばらく一緒に走る。

と,義母から電話。今,どのへんですか?ということ。孫が,おじちゃん(ぼくのこと)を待ち構えていて,電話をしろとうるさいのだそうである。小学校1年生のかわいい男の子だ。
ちょっとだけ話して,でもそんなに話すことは無い。
どのくらいに着きますか?と聞かれる。時計を見て,午後5時ぐらいには着きそうだ,と返事。
迎えにはゆけませんよ,と言われる。それでいいです,電車に乗って帰ってきます,と答える。

でも,そのうちに,「もしかしたら迎えに来てるかもしれない」「そんなに待たせるわけにはいかないな」という疑念が湧いてくる。

ふと,草のつくKさんにたずねる。Kさんは伊万里の人なので,土地に詳しい。
「午後5時に着けますかね?」「うーん,ちょっと難しいんじゃないでしょうか」
難しいと聞いても,なんとか間に合いたくなる。
そうすると足が復活してきて,なんだか走れそうな気持ちになる。

ということで,急遽,ぼくは俄かタイムトライアルに走る。
結構いいペースで腕時計を見ながら,伊万里へ向かう道を抜け,橋を渡り,さらに街を走る。
草のつくKさんが言っていたとおり,結構遠いじゃないか。ちょっと気分がへこたれそうになる。
しかし,そうなると,なんだか迎えに来ているような気もしてきて,ここであきらめてなるものか,とまだ走る。
スーパーやホームセンターを横目にみながらしばらく走り,午後5時を数分過ぎたころ,ぼくは伊万里駅に戻ってきた。

当然というか,やっぱり誰も迎えには来ていなかったけれど,ぼくはちょっとだけ,楽しかった。
速く走るのも,たまにはいい。


というわけで,恒例の6月「伊万里平戸」をぼくは十分楽しんだのだった。
この楽しさを一人でも多くの人が味わってもらえたら,いいなあと思う。
来年もたぶん,6月の第4日曜日に開催されるはずである。

そして,きっと来年も,天気は「庄野」ばりの雨になるはずだが,それもちょっとだけ,楽しみである。