ずいぶんこのブログを更新していなかったのだけれど,ぼくは別に何もしていなかったわけではなく,たとえば福岡県久留米市の「筑後川マラソン」を走ったり,山口県下関市の「下関海響マラソン」を走ったりなど,それなりにいくつかの大会を走ったりしていた。ただ,そんな風にしているうちに,どうやらぼくの膝には『駄マラ神』が棲み付いてしまったらしい。
駄マラ神というのは,ランナーが速く走ろうとすると腹を立てて邪魔する神様らしくって,ぼくの場合は左ひざに住んでいて,ぼくが快調に飛ばしていると,だんだん膝のあたりを痛めつけてくる。
「遅く走れ!何をそんなに速く走っているのじゃ。狭いニッポン,そんなに急いで何処へ行く!」などとチクチクと痛めつけてくるのである。

そんなわけでこの2大会,ぼくの成績は振るわなかった。いや,振るわなかったのではなく,昨年よりも遅かった。これらは公式大会であって,「タイム」がある程度重要である。そんなわけで,ぼくはこれらの大会についての記事は書かないのだ。


そうこうしているうちに,11月がやってきた。自分でもちょっと早いなあと思うのだけれど,やってきたから仕方がない。世間ではいろんなことがあった。あの高倉健さんが亡くなられたというのもひとつだ。健さんは,若い頃は任侠映画に出て,「死んでもらいます!」などと物騒なことを言っていたけれど,最近は,昔の実直な九州男児の典型みたいに,「不器用ですから。」なんて呟いていた。いや,実際は不器用ではなかったらしいけど,健さんにあこがれて,男どもは,「不器用ですから。」なんて呟いたりするのである。

健さんの最後の映画は「あなたへ」という映画で,このロケ地は平戸島の薄香という漁港だったようだ。11月といえば,ぼくは毎年,駄マラニックで平戸島を走ることにしている。と,いうわけで,ぼくは11月,駄マラニックで平戸島を「不器用ですから」などと呟きながら走ることにしたのである。

11月23日の連休の中日,とてもいい天気になり,絶好のラン日和。ぼくは伊万里市の親戚のうちに泊まって,朝からMR(松浦鉄道)でたびら平戸口を目指した。MRはむかし国鉄だったけれど,今は第3セクターの1両のディーゼル車が走っている。
たびら平戸口は,鉄道としては「日本最西端の駅」だ。到着したのは午前7時38分。駄マラのスタート時間は午前8時なので,それまでに田平公園へ行かないといけない。
と,駄マラニックの主催者あみりん氏から電話が入ってきた。
「大丈夫ですかぁ。もうすぐ始まりますけどぉ」
「あ,大丈夫です。今平戸口に着きました!」あわてて駅を出て,坂を下って上って田平公園へ向かうぼく。
いいウォーミングアップ,かも。

hirado001


田平公園についたら,もう,ランナーを歓迎するよさこい踊りが始まっていた。今回の参加者は20名足らず。ちょうど本日,長崎市では,「橘湾岸スーパーマラニック秋のステージ103キロ」があっていて,マラニックのファンはそちらへ流れてしまった感もある。この,平戸島駄マラニックはいちおう橘と兄弟大会ということになっていて,平戸島を一周する52キロのマラニックだ。ぼくの膝には駄マラ神が住み着いているので,103キロなんて走ったらきっと怒り出すだろう(詳細は昨年走ってきたのでそのときの記事を参照)。今年は平戸島を走ることにする。

それにしても,ひとつの島を一周する,ってなんでこんなにわくわくするんだろう。島,というとスチーブンソンの「宝島」とか,なんだかロマンを感じるのだ。冒険とかが待っている気がするのである。

さて,午前8時,20名足らずの参加者は田平公園をスタートした。
hirado002

コスモスに見送られる駄マラーたち。

田平公園を降りて,平戸大橋を渡り,いよいよ平戸島へ入る。

hirado004


平戸大橋は朱塗りの橋で,とても綺麗だ。で,橋を渡ってしばらく走ると,遠くに平戸城が見えてくる。平戸城は,松浦党の末裔のうち,長崎県方面へ分かれていった松浦氏が治めていた城である。一時期オランダ船貿易で栄えたこともあったけれど,鎖国とともに南蛮貿易は長崎の出島へ移っていった。松浦氏はたいへん経済的に苦しかったらしいけど,陶磁器産業などを興しながら幕末まで永らえた。そんな代々の殿様の中には,平戸から世界を眺めていた松浦静山なんて立派な人もいた。静山が80歳を過ぎてからの「甲子夜話」(東洋文庫)は今でいえばブログである。今静山がいたら,カリスマブロガーになっていたに違いない。

足が調子がよいのでついつい飛ばしたくなる。そこに「ゆっくり走ろう」なんて標識が出ている。そうだ,駄マラ神を怒らせないようゆっくり走るんだっけ。
hirado008


城を通り過ぎると平戸市へ入ってくる。中心部を過ぎると道は上り坂になる。そんな上り坂の途中に「薄香別道」なんてバス停もある。こちらを入っていくと,健さんの遺作のロケ地「薄香」に出るのだ。ついつい顔も健さんみたいな気持ちになって「不器用ですから。」なんて呟きつつ,黙って走っていく。

hirado010


道をどんどん走っていくと,やがて人家が消えて,気持ちのよい田舎道に出る。ふだんなら思い切り飛ばすところだ。しかしぼくの膝には駄マラ神がいるので,あまり怒らせないようにする。
hirado012


道をのんびりと走っていると,烏瓜がぶらりと下がっている。秋だなあ,と思う。

hirado016


空は抜けるような青空だ。風はすずしい。道はどこまでも気持ちよく続いている。やはりというか,ついつい走りたくなる。そんなとき,こんな看板。

hirado018


そうかそうか。スピード落とすんだったよね。と落とす。柿の実がなっている。秋だ。
hirado020


やがて10キロの無人エイドに出る。駄マラニックはあみりん氏がひとりで開催しているので,エイドに人を置くわけにはいかない。だから,だいたい10キロぐらいおきに,クーラーボックスが置いてある。参加者はそこから勝手に飲み食いして,あとはきちんと蓋をして片付けていくのである。
本日の10キロエイドは,かっぱ巻きであった。梅がほどよい酸味で,体の疲れを癒してくれる。もう一個,食べる。
hirado022

hirado021


ここで長崎から来られたご夫婦と一緒になる。ほんとは長崎の,橘のほうに参加する予定だったが,いろいろあってこちらに参加したとか。夫婦で同じ趣味,って素敵である。

途中,ナフコのあるあたりでトイレを借りられるとかで,ぼくは先に行く。
ナフコを少し過ぎたあたりで,交差点を右折する。ここから海沿いの道へと向かうのである。
hirado024


ここからの道はほんとに田舎道になる。そしてどんどん進んでいくと,やがて眼前に海が開ける。
hirado026


一昨年は公民館でトイレを借りたけれど,本日は人けもない。
右手に海を見ながら,気持ちよく進む。
トンネルがある。それを抜けると,遠くに生月大橋が見える。
hirado029


海沿いの断崖絶壁沿いの道を走る。なんだか日本じゃないみたいな風景だ。
hirado030


さて,このまま進むと生月大橋まで行ってしまうので,コースは左折して山へ入る。
つづら折りに上っていく道は,さらに狭くなる。
このあたりでぼくの膝に棲んでいる駄マラ神が怒り出したようだ。
我慢して上っていく。しかし,・・・。
ランニングは足で地面を蹴ることである。蹴らなかったら,単なるウォーキングだ。しかしぼくの左足はすっかり駄マラ神がへそを曲げていて,地面を蹴れないのである。だから,左足は自然,びっこを引くみたいなかんじになる。
いやだなあ,と思いつつ,今日はもう,最優秀駄マラーを狙う覚悟で走る。駄マラニックは「遅いが偉い」マラニックなので,大会でもっとも遅かった人は「最優秀駄マラー」として表彰されるのである。

峠を越えるとこんなバス停がある。バスなんてほんとに来るのかしら。来たらネコバスだったりして。
hirado033


山道のくねくね道を下っていく。と,20キロエイドに出る。エイド食はコーヒー大福だ。これ,水分補給にもなるし,意外に大福と合うのである。
hirado037


大福はパワーフードである。つまり,ここから先は上り坂になるのだ。けっこうしんどい上り坂が続く。
膝が痛む。先ほどのご夫婦は先へ行ってしまわれた。
hirado040

ぼくはのんびり進む。昨年も咲いていた黄色い花がぼくを迎え,送ってくれる。

hirado041


ここから道を登ったり下ったりしながら進む。そんな道の傍らには,例によって「馬鹿1号」「馬鹿2号」が張り出していて,隙さえあれば,ぼくのランニングパンツやシューズに種をつけようとする。

hirado044


晴天の涼しい空気の中,ぼくは気持ちよく歩いていく。そう,走れないのだ。膝が痛くて。でも気分は爽快だ。
曲がり角を曲がると海が見えたり,浜が見えたり。
海が本当にきれいだ。
hirado047


だらだらと進むと,やがて道は根獅子(ねしこ)の海水浴場付近へと出る。

hirado049

hirado050


このあたりでも,ぼくは走れない。仕方ないのである。地面を蹴れないのだ。
平戸島はキリシタンの歴史があるところである。生月島は隠れキリシタンの伝説のあるところだ。ぼくらはキリシタンというと弾圧されてきた,というイメージがある。それはマチガイではないのだが,たとえば大村純忠みたいなキリシタン大名がいるところではかえって仏教寺院が弾圧されたりしたという歴史もある。ローマはキリスト教を国教にしたあと,ジュピター神やその他の神々を「異教の神々」とした。宗教の本質は,絶対性にある。「神さまっているかいないかわからんけど,とりあえず信じましょう」ということでは宗教にならない。人間は絶対的なものを信じたい生き物だ。だけど,「わたしの絶対」と「あなたの絶対」は,どこかで必ず衝突するのが宿命ってものである。
ぼくなんかはだから,宗教はなるべく「こころの問題」にとどまっていてくれれば平和でいいと思うのだけれど。
根獅子にもキリシタンがいた。殉教した名前も伝わらない6名の信者のことを,平戸の人々は「おろくにんさま」と呼んだ。今は,根獅子の浜近くには,マリア像が建てられている。「ルルドの聖母」と呼ばれているのだ。

hirado053


根獅子の浜を過ぎると,再び道は登りに入る。浜をみわたす坂を上っていくのだ。

hirado056


調子が良かったら最高の道のはずなんだけどなあ,とぼくはぼやきつつ上っていく。坂の途中,左折する。根獅子の小学校などもある。そんな坂道を登るぼくを,後ろから来た駄マラーが追い越していく。

しばらくぼくは足を引きずりながら歩いていった。道は山道。そしてまた,下り道に入る。
そこを,あみりん氏が駄マラカーですれ違う。
「やあ,大丈夫ですか?もうすぐエイドですよ!そこを曲がったらすぐだからね」
「ありがとうございます。本日は,最優秀駄マラー,狙っていきますからね!」

あみりん氏は軽自動車のバン「駄マラカー」に乗って走り去った。

そこから,でもだいぶん進んで,やがて31キロエイドにつく。「成功園」というお店の前だ。成功,というのは平戸出身の国際人,「鄭成功」から取っているのだろう。鄭成功(国姓爺)については前の平戸島のときに書いたので繰り返さないけど,平戸の商人の家に生まれ,台湾にわたって,まさに清国の台頭で滅ぼされようとする明の遺臣を助けて戦った人だ。成功は,日本風の戦術を持ち込んで善戦したのだけれど,結局歴史は清国へと流れていった。

hirado057

エイド食はいなり寿司。駄マラニックの定番。甘いいなり皮と酢メシのマッチングが絶妙だ。

hirado058


そこを過ぎて,やっぱりぼくは歩いていく。どうにも走れないのだ。しばらく行くと,紐差教会が見えてくる。
昼をだいぶ過ぎていて,今日はお昼の鐘の音は聞けない。本日はもう急がないと決めたので,開き直ってのんびりと進む。

hirado061


さて,紐差を過ぎると,道は比較的交通量の多い海沿いの道をいく。正直,路側帯しかないから,しんどい。

hirado063


だけど眺めは最高だから,まあ,いいとする。
ところで,しばらくいくと,ちょっと見ておきたいところがあったので,ちょっと寄り道をすることにした。本日はどうせ急がないのだ。

見ておきたいのは宝亀教会である。明治時代に出来た木造の教会であり,平戸ではもっとも古い部類に属する。キリシタン関連遺跡が世界遺産候補になったので,今のうちに見ておきたいと思ったのだ。
ぼくはカトリック系の幼稚園に通ったので,お祈りの時間があった。幼稚園内には教会があって,そこでお祈りしていたのである。ただ,ぼくはどうやら,お祈りするよりは居眠りしていた記憶である。そんなことを思い出しながら,道を左折して,宝亀教会へ向かう山道を登る。

hirado065


宝亀教会はいっけん,レンガ造りに見えるけれど,実は木造の教会である。教会の近くまで行ってみる。中へ入らないけれど,入り口の窓ガラスから中を覗いてみた。

hirado066


ステンドグラス,と言っても本場フランスのものと違って,なんだか甘い幼いころの記憶がよみがえってくるような,そんな教会の中だ。甘い光の中,居眠りをしている幼稚園児のぼくがいるような気持ちになって,宝亀教会を後にした。

さて,コースに戻るけれど,基本的には退屈な道である。右手に広がる海を見ながら,上ったり下ったり。走れたらいいのだけれど,そうもいかない。
hirado068


やがて,道は川内漁港へと向かう道を降りていく。川内漁港は,こじんまりした漁港である。ちなみにあの川内優輝選手とはなんの関係もない(と思う)。
ここは川内かまぼこが有名だ。エソなどを原料にして,パイプ状のものでくるんであるカマボコだ。
川内漁港に向かって降りていくと,川内カマボコの店が並んでいる。その中に,さかんに湯気を出している店があった。我慢できず戸口を空けると,おじさんが
「今,てんぷら揚がったところだけど,いりますか?」
と話してくる。
「1枚下さい」
と返事すると,おじさんは物足りなそうな顔をする。ランニング大会があるってことで,もっとたくさん客が来ると思っていたのだろうか。まことに申し訳ない。

hirado070

1枚購入。1枚60円だ。口にほおばって,かみしめると甘くて,魚のうまみが染み出してくる。
思わず,1枚しか買わなかったことを後悔した。最高の味である。

でも,その店から100メートルもいかないうち,43キロエイドがあるのだった。

hirado071


道路をはさんでお向かいに,おばあさんたちが座っていて,拍手をしてくれる。で,聞いてくる。
「お兄さん,最後のほうかい?」
「たぶん,ぼくがわりと最後のほうだと思います」
お互い,少し黙り込む。

hirado072

エイド食は,蔦屋のカスタードプリンだ。カラメルが別についていて,プリンの蓋を開けてから,上に掛ける。そして,スプーンですくって食べる。味は本格的なプリンである。というかこういう手のかかるものを出してくるのが,「急がない大会」駄マラニックならでは,という感じがする。

川内漁港を過ぎた頃はもう3時を回っていただろうか。
傾きかけたお日様が海をきらきらと照らしている。
hirado073


川内漁港をすぎて道は,また続いていく。
ひたすら耐えるかんじ。
思わず顔が健さんになって,「不器用ですから。」などと呟きながら上っていく。

このあたりは相当車が多くて,路側帯のぼくは車にあおられるかんじで進んでいく。
あまり楽しくない。ちなみに,来年1月の「平戸下方街道駄マラニック」ではこの部分は通らない。その代わり,自動車会社のロケに使われたという川内峠の爽快な道を通るらしい。

辛抱しつつ道を進んでゆくと,はねられた猫が道端に転がっていた。顔があっちの方を向いてしまっている。
プライベートなマラニック大会は公安委員会に道路使用の届出を出していないから,交通整理も行われていないし,残念なことにはときどき事故も起こる。
気をつけなくてはなあ,と思いながら,ぼくは走っていく。日本全国で1年間に交通事故で亡くなる人はだいぶん減ったけれど,それでも4000人を超えている(警察庁調べ)。こうしている間にもいくつもの命が失われ,その代わりにいくつもの命が誕生していく。ぼくはいつまでこうやって,地上にいられるのだろう。ふと,さきほど見てきた教会の景色が浮かぶ。

それからどれくらい進んだだろうか。48キロエイド。ここのエイド食は,最終エイドの定番であるプチトマトだ。
hirado076
hirado077


さて,ぼくはそろそろ平戸大橋に戻ってきた。のんびりと橋を渡る。
hirado078


時間は4時を回っていただろうか。朱塗りの大橋の下をのんびりと船が通っていく。

hirado083


橋を渡りきり,スタートのときに見送ってくれたコスモスが再びぼくを迎えてくれる。

hirado084


そんなこんなで,今年の平戸島駄マラニックが終わった。
ちなみに,この翌週,薄香では,「健さんをしのぶ会」がしめやかに開催されたそうである。
時代はこうやって移り変わっていくのだ。

さて,次の駄マラニックは,日本でいちばん遅いフルマラソン大会「佐世保フル駄マラニック」の予定ですぞ!