というのに参戦してきた。ジョグトリップhttp://www.jogtrip.org/は、あの駄マラニックを主催していたあみりんこと網本氏が主宰するランニングイベントである。今回の距離は20キロメートル。ずいぶん控えめな数字だな、と思うかもしれない。
しかし、これには事情がある。
前にこのブログを更新したのは、2年前の春だ。2年前の春に、ぼくは九州を離れ、自宅のある大阪へ戻った。住宅ローンと子供の教育費のことや借金のことが頭から離れない毎日。朝起きては犬の世話をし、通勤電車に揺られて会社へ行き、戻ってきて寝るだけの生活が待っていた。駄マラニックで毎月走っていたのが夢のようだ。
そして、駄マラニックで毎月走ることは、ぼくのような運動音痴にも、それなりの脚を保障してくれていたのだけれど。
決して速くはないが、その代わり、一晩歩き、走り続けてもへこたれない体力を。
でも、50歳を過ぎてこの2年間は早かった。
萩往還で140キロをまがりなりにも時間内にゴールインしたのもまるで夢のようだ。体重も増えた。
体力は、それこそ坂を転がり落ちるように落ちた。その間、実は淀川寛平マラソン2017には参戦したのだけれど、時間内にゴールするのがやっと。サブ4、サブ3などどこの話か、ってぐらいだ。

今、マラソンブームだという。10人に一人の大人がフルマラソンを完走する時代になった。だけど、フルマラソンを完走した人たちのほとんどが、長距離走から離れていってしまうという。

どうやら、ぼくもそうなってしまっていたようだ。
だけど、これでいいのだろうか。
あの頃の気持ちを思い出したい。
もしかしたら、あの夏の入道雲のむこうに、40を過ぎてから遅れてきた青春とばかりに元気だったぼくが待っているのかもしれない。


そんなわけで、ぼくは、8月5日、青春18きっぷを購入して、各駅停車の人となったのであった。

十三夜の月ジョグトリップは、毎年8月に武雄駅付近をコースに開催されている。午前3時、という時間から準備を始めるのは、この時期は熱中症の危険があるからだ。気温が上がる前に走り切ってしまおう、というのである。だけど、車がない人は大変だ。ぼくももちろん車がない。だから、8月5日の午後9時過ぎに武雄温泉に到着したぼくは、武雄駅近辺でうろうろする。
本当は集合場所の公園にこっそりテントを張ろうと思っていた。けれど、テントがなかったので、とりあえず、虫よけスプレーをした。公園のベンチでうとうとしながらスタートを待つのである。ベンチに寝そべって夜空を見上げる。
夜空の真ん中には、十三夜の月が引っかかっている。
きれいだ。
そこでぼくはあることに気が付いた。今の時間に中天にあるということは、ジョグトリップのスタート時間である午前4時になったら、沈んでいるのではないか?
そんなことを考えながらも、うとうとしてきた。
そのとき、公園の遠くのほうで足音がした。
夜の足音はびくっとする。聞き耳を立てる。
次の瞬間、ぐえええ、とかうわ、という音。
嘔吐する音である。ここは、武雄温泉の駅前付近で、そのあたりは当然に飲み屋街だ。
気分をそがれて、目が覚めてしまった。

それでもうとうとしながら、寝たり起きたりしているうちに8月6日になり、午前3時になる。網本氏の「駄マラカー」改め「ジョグトリップ号」が到着して、テントを設営している。ジョグトリップになっても、やっぱり主催者の網本氏が全部やっている。ただし、今回は武雄市役所の公認を受けているので、テントは終盤まで設営していて構わないようだ。でも、ボランティアのいない大会だから、網本氏はやっぱりレーススタートと共に、コースを先回りして、エイド(オアシス、と呼ぶ)の点検に向かう必要がある。
そのさい、預かり荷物も積んで一緒に回る。このあたりは駄マラニックと変わらない。

参加者が集まってきた。
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ぼくもふらふらと起きて網本氏に挨拶する「お久しぶりです」「あ、さんべさんですか」

http://www.jogtrip.org/trip/index.php/view/514

十三夜の月ジョグトリップのコースは、前半は、同じジョグトリップの「武雄嬉野フル」と似ている。つまり、長崎街道の塚崎道と塩田道を合わせたコースである。途中、白漆喰の風情のある建物が見られたりする古の風情を感じられるコースだ。ただし、コースは途中のJAのあたりで右に折れて、こんどは武雄の「ゆめぎんが」という科学館へ向かう。ゆめぎんがの前には湖があり、その前に未来的なデザインの科学館がそびえ立つ。そして、コースは一周してスタート地点へと戻ってくる。
しゃれた言い方をすると、過去から未来へ向かうコースだ。

今回の参加者は20名ぐらいであり、ぽつりぽつりと集まってくる。ランニングのベテランから、始めたばかりの人まで思い思いに走れるのが、ジョグトリップの良いところだ。
そこに登場した人がある。「肥前山口から走って、いや歩いてきたったい。」
カッパ先生とその連れの人である。過去、このブログにも何度か出てきたこともある先生とも、2年ぶりだ。「筑後川マラソン」の実行委員で、大会の途中に出現する河童の中の人で、九州ランニング界の有名人である。昨日は宴会で、そのあと終電で肥前山口まで来て、武雄温泉まで走ってきたらしい。先生は饒舌だが、酔っていなくても結構饒舌なこともあるので、酒が残っているのか、残っていないのかよくわからない。「今日は、筑後川マラソンの会議のあるけん、完走してもせんでも、始発に乗らんばいかんとたい。そいけん、前半で戻ってくるね。」と先生。体調さえ完璧なら萩往還250キロや橘湾岸273キロを完走した先生にとっては、20キロなど屁でもないはずなのだが。(補足・今回はショートカットされたそうです)

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ジョグトリップで始められたのがエコカップである。紙コップを廃止して、マイカップを持参しようという試みは、橘湾岸ほか、いろんなマラニック大会で行われている。ジョグトリップのそれは、折りたたみ式のギミックの効いたコップだ。これを無料でもらえるので、次回参加のときから持参することになっている。
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同じく今回から始まったのが、完走状撮影のときのカブリモノである。もともと駄マラニックの頃から、完走した(つまり交通機関の利用含めどんな方法でもゴールまで戻ってきた)人は、記念写真を撮ってあとで送ってくれるのだが、今回の大会から、その際は、マスコット「ジョグトリ」そっくりのカブリモノをして撮影することになったそうなのである。
このあたりが、あみりん氏のユーモア感覚で、つまりそんな大会なのだ。ジョグトリップは。


スタート時間になり、ひさしぶりなので、宣誓を仰せつかった。「宣誓。我々ジョグトリッパ―一同は、ジョグトリップ精神にのっとり、時間いっぱいまでコースで気持ちよくトリップしながら、車に気を付けて安全無事にゴールまで戻ってくることを誓います」(うろおぼえ)とか、そんな感じのことをもそもそと誓う。
で、時間になったので、あみりん氏に見送られつつ、もそもそとスタートした。残念なことには、肝心の十三夜の月は、民家のむこうに完全に姿を消していた。

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公園を出発した20名ほどは、ゆっくりとしたペースで、月明かりのない、早朝の温泉街の闇の中を走っていく。武雄温泉の楼門が見える。温泉の象徴的な建物であり、東京駅を設計した辰野金吾博士(唐津出身らしい)の設計になるものである(重要文化財)。

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ジョグトリップになっても、この大会は、要するにプライベート大会に少し後援が付く程度なので、コースといっても普通の道である。ただし、道は、街道など、走って楽しい道がセレクトされている。これが道ソムリエあみりん氏の腕の見せ所であり、今回は、旧街道の風情がスパイスになっているといえる。ただし、公式マラソン大会と違って、交通整理もなければ、ボランティアが大勢で見守っているわけでもないので、コースには要所要所に、「白線引き」で→がひかれている。
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これがない場所は、だいたい道なりに行けばよい。あと、ゼッケンの中に一応の地図があり、参考になるようなならないような。もともとコースアウトとかも問わない大会なのだ。

もう一つは、トイレの問題がある。プライベート大会だから、当然、仮設トイレなどはない。だから、途中に便意を生じた場合の対応が大事である。これはおおむね公衆トイレか、ないところではコンビニで用を足すことになるので、あらかじめチェックしておくとよい。ぼくも、朝まで公園でうとうとしていたせいか、さっきから少し腹がゆるくなっている。前半のコンビニでトイレを借りよう、と決めて、道沿いのコンビニに入った。
すっきりして出てきたら、もう主な集団からは置いて行かれていた。

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コースは現代の道路をしきりに横断する。といっても、もともとは街道があったのである。そのあと、街道を突っ切る形で道路が引かれたのであり、道路はしょせん新参者だ。だから、道路はどうどうと横断したらよい。なにしろこちらが由緒ただしい長崎街道なのである。
慣れてくると、現代の街並みの中に、消えてしまったはずの街道が「見えて」来る。これがまた楽しいのである。

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途中、次第に夜が明けてきた。爽やかな夏の朝の中、運動不足のぼくの脚も、割と軽快に動いてくれている。武雄の市街を抜けて、コースは嬉野方面へと向かう塩田道へ入っている。視界いっぱいに、朝日に照らされた田圃があり、照らされて輝く山が見える。夏の田圃では、稲が順調に育っている。
今回、実は台風5号が心配されていたけれど、逸れてくれたようで安心である。

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やがて、10キロ地点のエイド(オアシス)に到着する。エイドには、ジョグトリップ号であみりん氏が先回りして待っていてくれた。
一般のマラソン大会では、気分が悪くなったランナーを回収するエイド車なども出る。しかし、主催者がなんでもやる大会なので、あみりん氏のジョグトリップ号はそのへんも兼ねていると思われる(ただし、基本、自分の体力と相談して、無理はしない大会であるから、実際にそういう話は聞いたことがないが)
ところで、駄マラニック時代から、あみりん氏の主催する大会では独自のエイド食で参加者を楽しませてくれている。稲荷寿司などが名高い。でも今回は秘密であり、スタート地点で、網本氏が、今日のエイド食はなんでしょうかとなぞかけをしていた。その答えがこれ。
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「桃の水大福」である。ぎゅうひの饅頭の中には、半ば凍った桃が包まれている。このシャリシャリした歯ごたえと甘さが、とても良い。(まあ、夏場のこととて塩分も欲しくなるけれど、それはさておき)。なお、買おうと思ったら、平戸の某和菓子店で買えるとのこと。
水分は、コーラ、麦茶、それに水が用意されている。ずいぶん以前の話だが、夏場の大会で参加者が多くて、あとから飲み物がないなんてこともあった。それから、あみりん氏が気を配ってすぐに補給するようになっている。麦茶が2本、封を切らないまま入っていたので不思議に思って聞いてみた。「実は、今回も麦茶を補給したんです。一番人気でね」とあみりん氏。

エイドを出発して、引き続き塩田道を走る。男女ペアのランナーが前を走っている。友達が共通の趣味を持っているのはとてもいいことだ、と思う。九州を離れて関西に戻ってから、ぼくの周りにはランニングを趣味とする人もいない。それがランニングから離れる原因の一つになったともいえる。

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塩田道は、街道の風情もあるのどかな道だけれど、やや退屈だ。というか、実はもともとの塩田道はもう一つ山沿いの側を走っているのだが、早朝夜間の暗い旧街道を避けて、わかりやすいよう新しい道沿いをコースにしてあるのである。

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のんびり走ったり歩いたりしながら、科学館方面への右折ポイントに出る。横断歩道の前に、人形が置いてある。すました顔の女の子の人形だ。最近だとちょっとタレントの水野しずを思わせる顔立ちでもある。

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右折をして、科学館方面へと進む途中、川にかかった橋のたもとには、河童の像がある。カッパ先生はもう走り終わっただろうか。それとも途中で戻ったのだろうか。そんなことを思う。なにしろ今回運動不足が極まったぼくは、究極の後方集団である。つまり最優秀ジョグトリッパ―候補だ。

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ジョグトリップは順位や速さを競う大会ではない。むしろ、最後に戻ってきた人を、「最優秀ジョグトリッパ―」として栄誉を称える慣習になっている。コースを最も楽しんだから、という理由だ。賞品はとくにない。今回、最後に戻ってきた人は、スタートにずっと遅れて走り出した人であった。最後から二番目に戻ってきた人は、実は、コースを二周した人である。ぼくは最後から3番目だったので、実質的には最優秀のはずなのだが。


時間を戻すと、男女ペアのうしろをぼくは走っており、やがて、ゆめぎんが近くの湖に到着した。
爽やかな風が吹いてくる。
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ここに、後半コースで使える公衆トイレがある。ぼくはトイレを利用しないでゴールまで行けると踏んで、そのまま走る。
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走りながら、「ゆめぎんが」の威容を見上げる。こんな立派な科学館のある子どもは幸せである。
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朝日が湖に反射して、きらきらとした光を送ってくる。52歳の運動不足のおじさん(おれ)もついうっとりする。
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しかし、うっとりばかりもしていられないことには急速に便意を催してきた。しまった、やっぱりゆめぎんがで行っておけばよかった、と激しく後悔するが、もう遅い。頭の中は、便意のこと、肛門括約筋のことしか考えられなくなる。液体に近い固体を必死で袋の口を締めてキープしている感じ。
もう、走れずにぼくは歩いている。ゾンビみたいな感じである。神よ、このゾンビを救いたまえ。

と、捨てる神あれば拾う神があるものである。武雄神社の前を過ぎたあたりの駐車場のわきに、トイレがあるではないか。必死の思いでトイレに入り、用を足した。

危ないところであった。そこからは、もう何か憑き物が落ちたみたいな感じになって、のんびりゴールに向かった。先ほど、男女ペアに抜かれているので、たぶんぼくが最後尾である。

ゴールに到着したぼくを、網本氏が迎えてくれた。
鳥のかぶりものをしてジョグトリ化して写真を撮る。
これを完走証を兼ねたはがきにして送ってくれるのである。

今回、月は見えなかったのだけれど、十三夜の月ジョグトリップは十分楽しい大会だった。月はひとりで天空にかかっているように見えるし、ランナーも走っているときは、とても孤独だ。だけど、月は遠くから地球を引っ張って、潮の満ち干を引き起こすし、ランナーもどこかで、別のランナーを引っ張っている。ジョグトリップは「ゆっくり走ろう」と呼び掛けている。ゆっくり走ると、別のランナーがよく見える。そして、ランナーは、「一緒に走ろう」と別のランナーを引っ張ってくれているようだ。
今回、失った40代の青春を求めて、青春18きっぷで武雄温泉まで参加して気づいたことは、自分をランニングへと引っ張ってくれる別のランナーの大事さである。
そう、それはちょうど、あの月のように(あるいはカッパ先生のように)遠くから呼びかけてくれているのである「また、走ってみないか」と。

ジョグトリップは大村湾129キロなんていう、上級者向けの大会もあるけれど、比較的手ごろな距離の大会もある。それは、フルマラソンを完走した後、遠ざかってしまっているお父さんたちの、「走り直し」のきっかけ作りにとても良い。

そんなことを考えながら、ぼくは再び各駅停車の人となった。