令和2019年、人類は月へと移り住んだ。小惑星が地球に衝突することが予想されたため、政府は急遽、月へコロニーをつくり、人類を移住させたのである。そのまま何世代かが過ぎ、地球の記憶は人々の中から薄れようとしていた。小惑星の衝突は避けられたという人もいたし、小惑星が地球を粉々にしたという人もいた。
そんな中、地球探査隊が組まれた。隊長アミモトの下、選ばれた隊員が、地球の様相を調査するために地球へ向かったのである。
探査機の窓から見える地上は、美しかった。「小惑星の衝突は実際には起きなかったのか?」「わからん」「そろそろ着陸するぞ。」そこはかつて長崎県の「シカマチ」と呼ばれた地域である。
一瞬衝撃が機体を包み、やがて静寂に変わった。
「空気成分は有害なものを含みません」「よし、ベース設営」
アミモト隊長以下、あわただしく探査機を出て、設営に入った。

「シカマチ」に夜明けが訪れようとしていた。息をのむほど美しい空の色だ。
探検隊はこれから、「シカマチ」の現状を探査する。午前5時にベースをスタートし、南へと進み、「冷水岳」の頂上へ向かい、高所から「シカマチ」の全体像を把握する。そして、いったん海岸へと降り、そこから再び「長串山」へ上り、再び降りて、かつて「シカマチ」の行政府があった場所を横目に見ながらベースキャンプまで戻ってくる。全行程31キロメートル。帰還予定は午前11時だ。
必ず無事に戻ってくるという隊員代表者の誓いを聞きながら、午前5時、我々は出発した。

何代にもわたって人が放棄したにもかかわらず、道路の状態は良好だ。ふと「もしかしたら人類がすべて月に避難したというのは誤りで、ここに住み続けていた人たちがいるのではないか」との疑念が心をよぎる。心をよぎるとともに、下腹部を疑念がよぎった。便意である。宇宙船の中で我慢していたのでこらえきれなくなったのと、宇宙船が冷房が効きすぎていたため体調を崩したらしい。
便意をこらえつつ、「雉を撃つ」場所を探していると、向こうに明かりが見えた。近づくと「あなたとコンビニ」と書いてある。あわてて地球百科を調べると古代に「家族商店」と呼ばれた商店であるようだ。
「24時間営業していたらしい」「昔の人間は無茶なことをするな。いつ寝るんだ。」「ともあれ、トイレがあれば使わせてもらおう。」「まて、当然買い物をするのがマナーだぞ。」
ウィン!自動ドアが開いた。いらっしゃいませと店員があいさつをする。おれは、棚に「はちみつ梅」というものを認め、これを非常食として購入することを決めた。
(30分後)
「なかなか快適な店だったな」「人類いたじゃないか。もう設定が破綻しているぞ。」「細かいことを気にするんじゃない。何が起こるかわからないところだ。用心しろ。」
道は次第に上り坂となってくる。おれは抗重力推進装置のパワーを上げた。足元に違和感がある。さいきん体重が増加したせいか、抗重力推進装置のサスペンション「KAKATO」に違和感を感じるのだ。
無理はできない。緊張が走る。
そのときおれは、道端にあるものを見つけた。
「JIZOU」と呼ばれる宗教的遺物である。昔の「シカマチ」の人々はこれを崇拝して、無事を祈ったのだ。おれも無事を祈ることにした。

そんなことをしているうち、他の探検隊員とは全くはぐれてしまった。
おれは、何となく不安になって、アミモト隊長の作成した地図を見る。もうすぐ左折らしい。そのとき、地上に矢印があった。

アミモト隊長は先行調査の際に、目印となるべき白線を現地に残してくれているはずだ。これはそれに違いない。左の道へ入る。
坂道は次第に急になる。抗重力推進装置のパワーを上げるが、体重が重いせいか限界がある。
「ダイエットしとくんだったな」
「ツナヒキ」モードに入ってみるが、しかし、いかんせんパワーが出ない。苦しい。
それでも景色はすばらしく美しい。小惑星が衝突するというのはやっぱりデマだったのかもしれない。平和と静寂、そして、月では聞くことがなかった「セミ」の声がする。
そのうち、おれはある標識を発見した。「六地蔵」という。

六地蔵は、六体をワンセットとして作られた「JIZOU」の一種だ。これは中世というから、鎌倉期から室町期に作られたと推測される遺物である。かなり風化が進んでいるが、しかし小惑星の衝突の熱を受けた形跡はない。どうやら、小惑星は地球に衝突しなかったようだ。

だいぶ抗重力推進装置が熱を持ってきたため、一休みを入れることにする。「家族商店」で購入した「はちみつ梅」を取り出して、口に一粒放り込む。塩味と酸味と甘さがすべて備わった完璧な非常食である。おれの目に狂いはなかった。

元気を出して、再び抗重力推進装置に点火し、坂道を登っていく。


夏とはいえ、早朝はまだ涼しい。高度を稼ぐにつれて、「シカマチ」の山なみと、その向こうに海が見える。素晴らしい眺めである。抗重力推進装置の調子も上がってきた。

明星峠という方向に入る道があるが、そちらへは行かず左折する。そちらへ行くと、「長串山」へ行ってしまい、冷水岳の探査ができないからだ。
霧が湧いてきた。



右の脇には赤土が見える。地質的には佐世保付近は全て火山活動が作り上げた地形だといわれる。実際、今回も、噴火堆積物が作り上げたスコレー丘のような地形や、赤土が見えた。
小惑星が衝突していれば、これらは一変して地獄のようになっていたはずだが、おそらく無事だったのだ。そのとき、先行する探検隊員の二人の姿が見えてほっと安堵する。
進んでいくと道端に青い可憐な花が咲いていた。小さな花があつまって大きな花を形作っている。地球百科によれば、「アジサイ」という花らしい。
かつて、人々はここにアジサイを植えて楽しんだのだという。おれも心を癒された。しかし、どうやらここまで癒されすぎたらしく、予定時間が危ない。アミモト隊長が途中、補給ポイントとして設置してくれているはずの、13キロ地点「オアシス」は午前7時に撤収予定であり、それまでに到着しなければならないが、それが怪しくなってきた。
補給がないとなれば生命の危険である。いや、そこまでではないけれども。
焦って抗重力推進装置のパワーを上げるが思いのほかスピードがあがらない。やはり体重のせいか。
「ダイエットしとくんだったな」
既に午前7時をだいぶん回ったころ、ようやく冷水岳公園が見えた。


公園の中を通っているとき、探査機で移動中のアミモト隊長と出会う。まだ「オアシス」は撤収していないそうである。
安心して公園の中を抜けて「オアシス」に到着した。オアシスはちょっとした野外音楽堂のようなところである。

補給食は「イナリズシ」である。これは抗重力推進装置のパワーを5パーセントアップさせてくれるが、調子に乗って食べすぎると腹にもたれて5パーセントダウンしてしまうというものである。
「オアシス」ではアミモト隊長のパートナーの方が番をしておられた。先ほどの隊員2名の方とも合流して少し話をしたあと、出発することにした。
ここからは下り道である。抗重力推進装置の調子が良ければ最高の下り坂だが、おれの場合、サスペンション「KAKATO」の調子が今一つである。しかし、眺めは素晴らしい。



そこで、おれは特有の匂いに気が付いた。

「うし」である。地球では「うし」を飼って、牛乳を取ったり、肉を取ったりして暮らしている。月の人工コロニーではなかなか経験できない独特の匂いである。
アミモト隊長の引いた矢印が、別の矢印とバトルしている。


やがて人が住んでいるような場所に来た。やはり、月に全人類が逃げたというのは誤りであり、小惑星衝突を信じないで住み続けていた人々はいたのである。そのうちに、「シカマチ」のサインと、海が見えた。澄み切った海である。「真珠」の養殖場所もあるようだ。


右折して、こんどは「長串山」への登りへ入る。おれは、抗重力推進装置の出力を上げた。
そこでおれは、なんと、人間の首を発見した。


緊張が高まる。地上に残された人類はいつの間にか、殺し合いをするようになって、人の首を路傍にさらすようになっていたのか。
しかし、そのとき、一人の男が近づいてきて俺に話しかけた。
「何をしておられるんですか」「地上探査中です」「かかし、珍しいですか」
さらし首は「かかし」といい、有害な鳥などを脅して農作物を守るためのものらしい。よく見ると人形の首である。
「これから長串山に向かうんです」「ご一緒しましょうか」男は隊員とも違う格好をしている。
せっかくなので同行してもらうことにした。
道はやがて山道へ入る。

昼なお暗い、林道だ。
ところどころ荒れている。
「先日集中豪雨がありましてね」
おれの様子を察して、男はそう言った。
林道はやがて今までにない急な上りにさしかかった。
おれは「はちみつ梅」を取り出して、口に放り込んだ。

終わりのない上りはない。やがて上りは終わり、見晴らしの良いところへ出た。


ふと見まわしたが、見知らぬ男はいなくなっていた。あれは幻だったのかもしれない。
遠くに「クジュウクシマ」と呼ばれる島々が見える。地球の言葉で「99の島」を意味する語だが、しかし実際には200余り存在する。大地が沈み込み、海が間に入り込んで複雑な海岸線と島々を作り上げたのである。大地は常に動いているのだ。そうだとすると、地球が小惑星の衝突を免れたのはほんの偶然であり、いつまた自然は運命の悪戯で人類に牙をむくかもしれない。
そんなことを思いつつ、アミモト隊長が設置してくれた二番目の「オアシス」に到着した。ここも9時撤収予定であったけれど、すでに時間は9時半を過ぎている。厳格な地球探査のスケジュールに影響を与えていると思うと申し訳ない気持ちになる。オアシスで先行していた調査隊員の男性と出会い、少し話をした。

ここでの補給食は、「マーコットプリン」である。

ゆるく、なめらかな舌触りのプリンの上に、ミカンの一種であるマーコットの甘酸っぱいジュレが乗っているシャレオツな補充食である。思わず一瞬で食べ終わり、二個目が欲しくなるが我慢した。
しかし二個目を欲しくなった罰が当たったのか、再び下腹部を不安が襲った。そこで、オアシスを下った駐車場わきのトイレまで行き、キジを撃った。お腹の中がカラになった。すっきり。
ここからは下りである。お腹も下りであった(シャレ)。
気分よく坂を下りる。もっともおれの抗重力推進装置の「KAKATO」は相変わらず痛みをともなっておりサスペンションが不調である。
「ダイエットしとくんだったな。さっきマーコットプリンの2個めを我慢して本当によかった」
そう思いつつ下っていくが、しかし、そろそろ気温が上がり始めている。

海辺が近くなる。「大加勢」という地名のようだ。少々元気のないおれに加勢してもらいたい。そんな気持ちで抗重力推進装置のパワーを入れる。
途中「エビス」を発見する。これも「シカマチ」の人々の信仰の対象である。

それにしても暑い。

後ろから探検隊員2名が追いついてくる。1名の方は「ワープポイント」で「バス」というワープ手段をとるらしい。もう1名の方は、まだ時間があるからと先行して行かれた。

ここからは道は平たんだが、地球の夏の照りつける太陽とのたたかいとなる。おれは、道路わきの無人の「自動販売機」に試みにコインを入れてみた。ごとん、と音がして「麦茶」が出てきた。冷たい。やはり、ここには小惑星衝突を信じない人たちが住み続けてきたのだ。
ペットボトルのキャップを外すのももどかしく、口の中に液体を流し込む。少し麦のかおりのする懐かしい液体がのどを冷やしながら胃に降りて行く。生き返る気持ちだ。
「シカマチ」の行政施設のある地点まで到達する。時間は午前10時を回っている。どうだろう、午前11時までにベースに帰還できるだろうか。

いくつかの入江を過ぎて、左折する。ちょっとした上り坂だ。抗重力推進装置の「KAKATO」が痛みを伴ってきている。

ちょっとだけ道路わきによって海を眺めてみる。きれいな色をしている。しかし、暑い。

抗重力推進装置のスイッチを入れたり切ったりしながらだましだまし進んでいく。
到達時間に間に合いそうもないので、アミモト隊長に「メール」で連絡を入れる。
「大丈夫です。お待ちしています。」と力強い返事が返ってくる。
黙々とうつむきながら、どれほど走っただろうか。
焼けた道路のむこうに木陰が見えた。意外なほど大きな樹が路面に影を落としている。

そのとき、おれに声をかける男がいた。隊員とも違う、先ほどの見知らぬ男である。
「あれは、『希望の樹』と呼ばれているんですよ」
なぜ、おれが考えていることがわかるのだろうか。男の説明では、小惑星が衝突するという説明がなされてこの地域も月へと移住を迫られたが、そのとき、住み慣れたこの町を離れたくないと、ここに住み続けることを選択した人々がいた。
「わたしは、明日を信じる証として、ここに樹を植えたんです」
おれは、思い出した。昔の宗教者の言葉にこんなのがあったな。
「地球の滅亡が明日に迫ろうとも、私は今日、リンゴの木を植える。」

まてよ、この木はずいぶん成長した樹だが、男はそれにしては若そうだ。
おれは、不思議に思ってふりかえったら、そこに男はいなかった。
いつのまにか俺の抗重力推進装置の調子は回復し「KAKATO」の痛みも消えていた。

ベースキャンプに到着したのは午前11時半を過ぎていた。
アミモト隊長とそのパートナーの人、途中に会った二人の探検隊員の人、それから、このブログの読者の方ほか数名の方が、故障しかかった抗重力推進装置をだましだまし作動させて、ヨタヨタと到着したおれを迎えてくれた。

「最優秀ジョグトリッパー賞です、おめでとう!」
そう、これは、シカマチ(鹿町)を舞台にした、ひとつの心の旅(ジョグトリップ)の物語である。
(物語は一部フィクションを含みます)
そんな中、地球探査隊が組まれた。隊長アミモトの下、選ばれた隊員が、地球の様相を調査するために地球へ向かったのである。
探査機の窓から見える地上は、美しかった。「小惑星の衝突は実際には起きなかったのか?」「わからん」「そろそろ着陸するぞ。」そこはかつて長崎県の「シカマチ」と呼ばれた地域である。
一瞬衝撃が機体を包み、やがて静寂に変わった。
「空気成分は有害なものを含みません」「よし、ベース設営」
アミモト隊長以下、あわただしく探査機を出て、設営に入った。

「シカマチ」に夜明けが訪れようとしていた。息をのむほど美しい空の色だ。
探検隊はこれから、「シカマチ」の現状を探査する。午前5時にベースをスタートし、南へと進み、「冷水岳」の頂上へ向かい、高所から「シカマチ」の全体像を把握する。そして、いったん海岸へと降り、そこから再び「長串山」へ上り、再び降りて、かつて「シカマチ」の行政府があった場所を横目に見ながらベースキャンプまで戻ってくる。全行程31キロメートル。帰還予定は午前11時だ。
必ず無事に戻ってくるという隊員代表者の誓いを聞きながら、午前5時、我々は出発した。

何代にもわたって人が放棄したにもかかわらず、道路の状態は良好だ。ふと「もしかしたら人類がすべて月に避難したというのは誤りで、ここに住み続けていた人たちがいるのではないか」との疑念が心をよぎる。心をよぎるとともに、下腹部を疑念がよぎった。便意である。宇宙船の中で我慢していたのでこらえきれなくなったのと、宇宙船が冷房が効きすぎていたため体調を崩したらしい。
便意をこらえつつ、「雉を撃つ」場所を探していると、向こうに明かりが見えた。近づくと「あなたとコンビニ」と書いてある。あわてて地球百科を調べると古代に「家族商店」と呼ばれた商店であるようだ。
「24時間営業していたらしい」「昔の人間は無茶なことをするな。いつ寝るんだ。」「ともあれ、トイレがあれば使わせてもらおう。」「まて、当然買い物をするのがマナーだぞ。」
ウィン!自動ドアが開いた。いらっしゃいませと店員があいさつをする。おれは、棚に「はちみつ梅」というものを認め、これを非常食として購入することを決めた。
(30分後)
「なかなか快適な店だったな」「人類いたじゃないか。もう設定が破綻しているぞ。」「細かいことを気にするんじゃない。何が起こるかわからないところだ。用心しろ。」
道は次第に上り坂となってくる。おれは抗重力推進装置のパワーを上げた。足元に違和感がある。さいきん体重が増加したせいか、抗重力推進装置のサスペンション「KAKATO」に違和感を感じるのだ。
無理はできない。緊張が走る。
そのときおれは、道端にあるものを見つけた。
「JIZOU」と呼ばれる宗教的遺物である。昔の「シカマチ」の人々はこれを崇拝して、無事を祈ったのだ。おれも無事を祈ることにした。

そんなことをしているうち、他の探検隊員とは全くはぐれてしまった。
おれは、何となく不安になって、アミモト隊長の作成した地図を見る。もうすぐ左折らしい。そのとき、地上に矢印があった。

アミモト隊長は先行調査の際に、目印となるべき白線を現地に残してくれているはずだ。これはそれに違いない。左の道へ入る。
坂道は次第に急になる。抗重力推進装置のパワーを上げるが、体重が重いせいか限界がある。
「ダイエットしとくんだったな」
「ツナヒキ」モードに入ってみるが、しかし、いかんせんパワーが出ない。苦しい。
それでも景色はすばらしく美しい。小惑星が衝突するというのはやっぱりデマだったのかもしれない。平和と静寂、そして、月では聞くことがなかった「セミ」の声がする。
そのうち、おれはある標識を発見した。「六地蔵」という。

六地蔵は、六体をワンセットとして作られた「JIZOU」の一種だ。これは中世というから、鎌倉期から室町期に作られたと推測される遺物である。かなり風化が進んでいるが、しかし小惑星の衝突の熱を受けた形跡はない。どうやら、小惑星は地球に衝突しなかったようだ。

だいぶ抗重力推進装置が熱を持ってきたため、一休みを入れることにする。「家族商店」で購入した「はちみつ梅」を取り出して、口に一粒放り込む。塩味と酸味と甘さがすべて備わった完璧な非常食である。おれの目に狂いはなかった。

元気を出して、再び抗重力推進装置に点火し、坂道を登っていく。


夏とはいえ、早朝はまだ涼しい。高度を稼ぐにつれて、「シカマチ」の山なみと、その向こうに海が見える。素晴らしい眺めである。抗重力推進装置の調子も上がってきた。

明星峠という方向に入る道があるが、そちらへは行かず左折する。そちらへ行くと、「長串山」へ行ってしまい、冷水岳の探査ができないからだ。
霧が湧いてきた。



右の脇には赤土が見える。地質的には佐世保付近は全て火山活動が作り上げた地形だといわれる。実際、今回も、噴火堆積物が作り上げたスコレー丘のような地形や、赤土が見えた。
小惑星が衝突していれば、これらは一変して地獄のようになっていたはずだが、おそらく無事だったのだ。そのとき、先行する探検隊員の二人の姿が見えてほっと安堵する。
進んでいくと道端に青い可憐な花が咲いていた。小さな花があつまって大きな花を形作っている。地球百科によれば、「アジサイ」という花らしい。

かつて、人々はここにアジサイを植えて楽しんだのだという。おれも心を癒された。しかし、どうやらここまで癒されすぎたらしく、予定時間が危ない。アミモト隊長が途中、補給ポイントとして設置してくれているはずの、13キロ地点「オアシス」は午前7時に撤収予定であり、それまでに到着しなければならないが、それが怪しくなってきた。
補給がないとなれば生命の危険である。いや、そこまでではないけれども。
焦って抗重力推進装置のパワーを上げるが思いのほかスピードがあがらない。やはり体重のせいか。
「ダイエットしとくんだったな」
既に午前7時をだいぶん回ったころ、ようやく冷水岳公園が見えた。


公園の中を通っているとき、探査機で移動中のアミモト隊長と出会う。まだ「オアシス」は撤収していないそうである。
安心して公園の中を抜けて「オアシス」に到着した。オアシスはちょっとした野外音楽堂のようなところである。

補給食は「イナリズシ」である。これは抗重力推進装置のパワーを5パーセントアップさせてくれるが、調子に乗って食べすぎると腹にもたれて5パーセントダウンしてしまうというものである。
「オアシス」ではアミモト隊長のパートナーの方が番をしておられた。先ほどの隊員2名の方とも合流して少し話をしたあと、出発することにした。
ここからは下り道である。抗重力推進装置の調子が良ければ最高の下り坂だが、おれの場合、サスペンション「KAKATO」の調子が今一つである。しかし、眺めは素晴らしい。



そこで、おれは特有の匂いに気が付いた。

「うし」である。地球では「うし」を飼って、牛乳を取ったり、肉を取ったりして暮らしている。月の人工コロニーではなかなか経験できない独特の匂いである。
アミモト隊長の引いた矢印が、別の矢印とバトルしている。


やがて人が住んでいるような場所に来た。やはり、月に全人類が逃げたというのは誤りであり、小惑星衝突を信じないで住み続けていた人々はいたのである。そのうちに、「シカマチ」のサインと、海が見えた。澄み切った海である。「真珠」の養殖場所もあるようだ。


右折して、こんどは「長串山」への登りへ入る。おれは、抗重力推進装置の出力を上げた。
そこでおれは、なんと、人間の首を発見した。


緊張が高まる。地上に残された人類はいつの間にか、殺し合いをするようになって、人の首を路傍にさらすようになっていたのか。
しかし、そのとき、一人の男が近づいてきて俺に話しかけた。
「何をしておられるんですか」「地上探査中です」「かかし、珍しいですか」
さらし首は「かかし」といい、有害な鳥などを脅して農作物を守るためのものらしい。よく見ると人形の首である。
「これから長串山に向かうんです」「ご一緒しましょうか」男は隊員とも違う格好をしている。
せっかくなので同行してもらうことにした。
道はやがて山道へ入る。

昼なお暗い、林道だ。
ところどころ荒れている。
「先日集中豪雨がありましてね」
おれの様子を察して、男はそう言った。
林道はやがて今までにない急な上りにさしかかった。
おれは「はちみつ梅」を取り出して、口に放り込んだ。

終わりのない上りはない。やがて上りは終わり、見晴らしの良いところへ出た。


ふと見まわしたが、見知らぬ男はいなくなっていた。あれは幻だったのかもしれない。
遠くに「クジュウクシマ」と呼ばれる島々が見える。地球の言葉で「99の島」を意味する語だが、しかし実際には200余り存在する。大地が沈み込み、海が間に入り込んで複雑な海岸線と島々を作り上げたのである。大地は常に動いているのだ。そうだとすると、地球が小惑星の衝突を免れたのはほんの偶然であり、いつまた自然は運命の悪戯で人類に牙をむくかもしれない。
そんなことを思いつつ、アミモト隊長が設置してくれた二番目の「オアシス」に到着した。ここも9時撤収予定であったけれど、すでに時間は9時半を過ぎている。厳格な地球探査のスケジュールに影響を与えていると思うと申し訳ない気持ちになる。オアシスで先行していた調査隊員の男性と出会い、少し話をした。

ここでの補給食は、「マーコットプリン」である。

ゆるく、なめらかな舌触りのプリンの上に、ミカンの一種であるマーコットの甘酸っぱいジュレが乗っているシャレオツな補充食である。思わず一瞬で食べ終わり、二個目が欲しくなるが我慢した。
しかし二個目を欲しくなった罰が当たったのか、再び下腹部を不安が襲った。そこで、オアシスを下った駐車場わきのトイレまで行き、キジを撃った。お腹の中がカラになった。すっきり。
ここからは下りである。お腹も下りであった(シャレ)。
気分よく坂を下りる。もっともおれの抗重力推進装置の「KAKATO」は相変わらず痛みをともなっておりサスペンションが不調である。
「ダイエットしとくんだったな。さっきマーコットプリンの2個めを我慢して本当によかった」
そう思いつつ下っていくが、しかし、そろそろ気温が上がり始めている。

海辺が近くなる。「大加勢」という地名のようだ。少々元気のないおれに加勢してもらいたい。そんな気持ちで抗重力推進装置のパワーを入れる。
途中「エビス」を発見する。これも「シカマチ」の人々の信仰の対象である。

それにしても暑い。

後ろから探検隊員2名が追いついてくる。1名の方は「ワープポイント」で「バス」というワープ手段をとるらしい。もう1名の方は、まだ時間があるからと先行して行かれた。

ここからは道は平たんだが、地球の夏の照りつける太陽とのたたかいとなる。おれは、道路わきの無人の「自動販売機」に試みにコインを入れてみた。ごとん、と音がして「麦茶」が出てきた。冷たい。やはり、ここには小惑星衝突を信じない人たちが住み続けてきたのだ。
ペットボトルのキャップを外すのももどかしく、口の中に液体を流し込む。少し麦のかおりのする懐かしい液体がのどを冷やしながら胃に降りて行く。生き返る気持ちだ。
「シカマチ」の行政施設のある地点まで到達する。時間は午前10時を回っている。どうだろう、午前11時までにベースに帰還できるだろうか。

いくつかの入江を過ぎて、左折する。ちょっとした上り坂だ。抗重力推進装置の「KAKATO」が痛みを伴ってきている。

ちょっとだけ道路わきによって海を眺めてみる。きれいな色をしている。しかし、暑い。

抗重力推進装置のスイッチを入れたり切ったりしながらだましだまし進んでいく。
到達時間に間に合いそうもないので、アミモト隊長に「メール」で連絡を入れる。
「大丈夫です。お待ちしています。」と力強い返事が返ってくる。
黙々とうつむきながら、どれほど走っただろうか。
焼けた道路のむこうに木陰が見えた。意外なほど大きな樹が路面に影を落としている。

そのとき、おれに声をかける男がいた。隊員とも違う、先ほどの見知らぬ男である。
「あれは、『希望の樹』と呼ばれているんですよ」
なぜ、おれが考えていることがわかるのだろうか。男の説明では、小惑星が衝突するという説明がなされてこの地域も月へと移住を迫られたが、そのとき、住み慣れたこの町を離れたくないと、ここに住み続けることを選択した人々がいた。
「わたしは、明日を信じる証として、ここに樹を植えたんです」
おれは、思い出した。昔の宗教者の言葉にこんなのがあったな。
「地球の滅亡が明日に迫ろうとも、私は今日、リンゴの木を植える。」

まてよ、この木はずいぶん成長した樹だが、男はそれにしては若そうだ。
おれは、不思議に思ってふりかえったら、そこに男はいなかった。
いつのまにか俺の抗重力推進装置の調子は回復し「KAKATO」の痛みも消えていた。

ベースキャンプに到着したのは午前11時半を過ぎていた。
アミモト隊長とそのパートナーの人、途中に会った二人の探検隊員の人、それから、このブログの読者の方ほか数名の方が、故障しかかった抗重力推進装置をだましだまし作動させて、ヨタヨタと到着したおれを迎えてくれた。

「最優秀ジョグトリッパー賞です、おめでとう!」
そう、これは、シカマチ(鹿町)を舞台にした、ひとつの心の旅(ジョグトリップ)の物語である。
(物語は一部フィクションを含みます)
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