2012年07月20日

第79話 「黄忠、矢に当たる」

こんばんは、哲舟です!

劉備に、孫小妹との再婚・和睦を一蹴された孫権。
諸葛瑾(しょかつきん)は、こうなっては魏(曹丕)に投降し、
臣下の礼をとって援軍を出してもらうしかない、といいます。

呉の主である自分が投降・・・。
孫権は、その言葉に顔色を変えます。しかし、彼はいつでも冷静。
劉備や曹操のように激するところがありません。
「しばし、考えたい」そういって、魯粛(ろしゅく)の墓前に詣でます。

彼にとっての真の師は周瑜ではなく、やはり魯粛だったのだなと思わされます。
どうすれば良いか思案にくれていると、
そこへ、呉の文官の長老的な人物・張昭(ちょうしょう)がやってきました。

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「父と兄の祖業をやすやすと手放して良いものか・・・」
悩む孫権に、張昭は諸葛瑾の言葉を後押しします。
一国の主たるもの、数多の屈辱に耐えることも欠かせぬ所業であると。
張昭のこの言葉に、孫権も覚悟を決めます。

「赤壁の戦い」の時と異なり、事態は急を告げています。

あとはいかに、呉の主としての威厳を損なわずに魏に臣従するかです。
その使者には、趙咨(ちょうし)が選ばれました。
弁舌が巧みで、度胸もすわっている文官です。

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魏の新たな都となった、洛陽(らくよう)にて曹丕(そうひ)に
謁見した趙咨は、孫権がいかに優れた君主であるかを話します。

呉の兵は少ないが、水軍は天下一。
加えて長江が砦となり、難攻不落。

曹丕とて、戦わずに孫権が投降するのであれば、それに越したことはありません。

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趙咨の弁舌と才知に感心した曹丕は、孫権の投降を認めました。
むろん、呉の国すべてが魏の領地になるのではありません。
今回の場合、領地は据え置いた、ごく形式的なものです。
張昭が言ったように、呉が蜀に攻め滅ぼされることを曹丕も望んでいません。

司馬懿(しばい)に、今後の政策を相談する曹丕。

「朕(ちん)は、蜀を攻めず呉も救わず、座して眺め、機を見て動く」

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隙に乗じ、両軍の疲弊を待って漢中あるいは荊州をとる。
「いずれが勝とうと、最後に勝つのは陛下です」
そういって司馬懿は、曹丕の英邁さを褒めます。

曹丕は、孫権に対し、呉王の位と九錫(きゅうせき)を与えただけで
結局、援軍は出しませんでした。
九錫とは皇帝が臣下に与える9種類の恩賞で、
衣服や楽器、弓矢など、戦いには何の役にも立たないものです。

司馬懿は劉備の勝利を予測していますが、
勝負とは、どう運ぶかわかりません。
どちらが勝っても良いように手を打つわけです。

まさに姑息(こそく)といえますが、これこそが乱世における身の処し方です。
これは劉備と曹操が戦っていたときの孫権と同じ戦略。
曹丕の援軍を期待した孫権のもくろみは、あてが外れてしまいました。

そのころ、攻め取った秭帰(しき)城では、劉備が軍議を開いていました。
張苞(ちょうほう)、関興(かんこう)ら、若い武将たちは、
連戦連勝を喜び、「あと20日もあれば建業(呉の都)を攻め落とせる」と息巻いています。

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しかし、劉備はそれを厳しく戒めました。
「孫権は9歳のときに単身敵陣へ乗り込み、父(孫堅)の亡骸を取り返した男だ。
 それにまだ呉の強力な水軍とも戦っていない。些細な勝利に浮かれてはならぬ」

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さすがは歴戦の将でもある劉備。
叱られて、意気消沈する関興(かんこう)。関羽の子も、まだ未熟です。

それに賛同するのは、老将・黄忠(こうちゅう)です。
程普、韓当、甘寧、周泰などの名将が、まだ戦場に姿を見せていないことを
不審に思い、油断してはならぬことを若い将に教え諭します。

そこへ、秭帰(しき)で敗れた孫桓(そんかん)が、
今度は夷陵(いりょう)城に入って守りを固めたとの情報が入ります。

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劉備は、出陣を志願する張苞(ちょうほう)に攻撃を命じますが、
本気では攻めず包囲に留めろと指示。そうして呉の援軍をおびきよせ、
援軍が来たら、もろとも倒すという戦術に出ました。

呉の主力を叩かねば、本当の勝利は得られない。
数々の死闘を潜り抜けてきた経験がものを言っているのでしょう。

一方、曹丕が援軍を出さず漁夫の利を得ようとしていることを知った孫権は
今度は夷陵城が包囲され危機に瀕している報に接し、援軍10万を出そうとします。

しかし、旧臣の程普(ていふ)が、それを制します。
守りの堅い秭帰城を簡単に攻め落としたはずの蜀軍が、
夷陵城を攻め落とせずにいるのは、何かの企みがある・・・。

程普はそういって諌めますが、
孫権は「思いすごしだ」と言い、出陣を命じてしまいました。

韓当(かんとう)、周泰(しゅうたい)らが出陣の準備をしていると、
そこへ陸遜が現れ、「痛ましきかな!」と騒ぎはじめました。

陸遜は、自軍の将兵たちが敗れて死ぬことを憐れんで
出陣を止めさせるために騒いでいるのですが
韓当は不吉なことをいう彼を捕え、孫権のもとへ送ってしまいました。

一方、孫権が援軍をやすやすと出したことを、劉備はいぶかしみます。

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「孫権は策士です」と、馬良(ばりょう)も用心するよう進言。

すると黄忠が、呉軍を谷間に誘い込んで殲滅する策を思いつき、
みずからが囮(おとり)の役を買って出ることを志願。
黄忠は韓当ら、呉の名将たちが出てきたと知り、
警戒する一方、今こそ己の武勇を発揮する場であると奮い立っています。

劉備は、黄忠が70歳を超えていることや、
貴重な五虎将の生き残りである彼を囮に使うことをためらいますが・・・
その熱意と懇願に負けて出陣を許しました。
関羽と張飛が死に、馬超は漢中を守り、趙雲は成都で留守を固めています。

「わしには雲長も翼徳もおらぬ。そなたまで失いたくない。必ず生きて戻れ」
劉備は黄忠の手をとって約束させ、送りだしました。

一方、夷陵をめざして進軍する呉軍。
総大将をつとめるは歴戦の名将・韓当(かんとう)、副将は周泰(しゅうたい)です。

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そこへ、程普(ていふ)が馬車を飛ばし、前線に追いついてきました。
病気の身をおして来た程普をみて、周泰は驚きますが、
「足手まといにはならぬ」と不退転の覚悟をする彼をみて、
みずから御者をつとめて進軍を続けます。

夷陵付近に砦を構え、様子をうかがう韓当ひきいる呉軍。
そこへ、黄忠ひきいる蜀軍がやってきて対峙します。

黄忠はさっそく総攻撃をしかけます。
しかし砦の守りは堅く、たちまち苦戦に陥り、黄忠は撤退を命じます。
その隙に、韓当は砦を出て追撃にかかりました。

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「敵が流した鮮血で、我らの鎧を赤く染めるのだ!」
後方にいた劉備は、知らせを受けて狙い通りだと見て呉軍の殲滅を命じます。

黄忠の撤退は罠で、呉軍を富池口(ふちこう)という谷間へおびき寄せるため。
追ってきた呉軍ですが、隘路をみて伏兵を警戒し、
追撃をやめ、矢を射るだけに留めました。韓当はさすがに名将です。

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呉軍が追って来ないのを見て、作戦が失敗することを恐れ、
黄忠は敵をもう一度誘い出そうと引き返しましたが・・・
呉軍が大量の矢を放ったため、たちまち矢を胸に浴び落馬してしまいます。

「最後まで闘い、馬の背で死ぬ!」
続けざま、何本もの矢を浴びながらも再度馬に乗って突撃する黄忠。

それを見た周泰は、猛将の黄忠を討ち取る絶好の機会を見て突撃します。
すると、山あいに潜んでいた蜀の兵がどっとわきだし、
呉軍めがけて矢や丸太の雨を降らせました。
「しまった!」とみて、韓当は撤退を命じますが・・・。


【呉の宿将たち】
孫権の父、孫堅(そんけん)の代から仕えてきた名将の中でも、
程普(ていふ)、黄蓋(こうがい)、韓当(かんとう)、祖茂(そぼう)は
とくに名将として知られ、四天王的な将軍たちです。

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しかし、祖茂(そぼう・左)は早くに亡くなり・・・

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赤壁の戦いで「苦肉の策」を実行した功労者、
黄蓋(こうがい)もすでに他界しています。

残るは、援軍の総大将をつとめている韓当と、
馬車で前線に現れた程普の2人だけです。

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韓当は今まであまり目立ちませんでしたが、4人の中では一番最後まで生きます。

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程普は呉の重臣たちの最年長で、
昔、洛陽で孫堅が玉璽(ぎょくじ)を見つけたとき、
すぐにそれと鑑定するなど、知識も豊かな名将です(第6話)。
赤壁の戦いでは、周瑜に次ぐ副都督を務めたのも彼です。

呉の屋台骨を支えてきた功臣らが、国の滅亡の危機を見過ごせるはずがなく、
老いた体に鞭打って、労をいとわず前線に出て蜀軍を迎え撃つのです。

さて、両軍の戦いの行方はいかに?
皆さん、また来週お会いしましょう。

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第76話~第80話 

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コメント一覧

1. Posted by 三国歴女   2012年07月20日 20:55
4 哲舟さん、こんばんは。ご苦労様です。
赤壁以来の国難に立たされた呉君孫権はかなりプライドの高い人物でしたが、賢明な判断をしましたね。後顧の憂いを絶つため、巍帝曹ひ(変換できずすみません)に頭を下げて臣下の礼をとりました。孫権も大物ですね。かつて曹操が“息子を持つなら、孫仲謀がよい”と言っただけのことは有ります。政略に長けた曹ひもなかなかのしたたかぶりですね。
天下の3分の2以上を掌握していた巍帝国の優越、余裕を物語っています。
呉による荊州奪還の影の立て役者・陸遜は呉随一の知将ですが、この時は呉軍の経験豊富なキャリア組に抑えられていますね。若造の出る幕ではないということでしょうが、後に大都督となる陸遜の知謀が遺憾なく発揮されるでしょう。
蜀の五虎大将・黄忠の至誠・忠誠本当に胸に迫ります。彼をいたわる劉備の「黄忠に教わった。いかにして人生を悔いなく生きるか、後々までその名を青史に刻めるか」の名言。数々の修羅場をくぐり抜けてきた劉備にしか語れない言葉ですね。
2. Posted by ずぅ   2012年07月20日 22:03
最近の劉備がかっこいい~♪
黄忠ももっとかっこいいぞ☆彡

劉備と黄忠の二人の場面は
それぞれの心情がにじみ出て
涙を誘いますね

このまま呉を落としちゃえばいいのに~
3. Posted by yamaneko5646   2012年07月21日 09:29
こんばんは=!

先ほどまで 夏ばてしておりました。
「三国歴女」さんと「ずう」さんの コメントに 励まされてyamanekoも!

「張詔」の言葉が 印象的でした!
三国のどれが欠けても 天下は乱れる!

それで 「曹ひ」に謁見した「趙し」の弁舌鮮やかなこと!
「孔明」を 彷彿とさせる感じ!

「劉備」も しっかりしましたし、佳境に入ったことが ひしひし伝わります。

おとり作戦!今回は 粘りますね!
来週は、、、また!


 
4. Posted by まんてんまま   2012年07月21日 11:56
哲舟さん、こんにちは!

前からずうっと気になっているのですが。このドラマが終わる前に、お教えください。

この、日本のドラマは、放送時間の都合で、オリジナルより短くなっているのですか?それとも、もともとの中国の映像の編集のせいで中国版と同じなのか、お教えください。

(劉備が呉から脱出するとき、呉国太が将軍に何か頼んでいたように?とか、その前の超雲が孔明から預かった文書、ひと月後のあともうひとつ最後に読めといったところ、78話の孫権が、劉備に和睦をこうのは、最初からではなくて、途中でとか言っていたように???。実際は最初に和睦場面をやり、その後、戦闘場面になりました。どうでもいいのですが???)
5. Posted by リリィ   2012年07月21日 15:25
土・日は放送がなくて寂しいです。

まだまだ先は長い・・・・・と思ってましたが残り十数回!

役者さんも吹き替えの声もすごく良くて!!!
久しぶりにハマッて見てるドラマ。

でも登場人物の生き死にや結末を知ってるせいか見ていてせつなくなるんです。(わりと早くから・・・)主人に話すとバカにされますが!

歴史だから変えられないし・・・・

劉備ももう少しでお別れですね。

録画して残してる分(お気に入りの回)を何回も見ているのですが、元気です、三兄弟!!

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