第16話~第20話
2012年04月27日
今週もいよいよラスト。ストーリーも、いよいよ盛り上がってきましたね。
今日は地味ながら、見どころがかなり多い回です。
さて、曹操の横暴に苦しむ献帝に招かれた劉備は、献帝の待つ宮殿へ向かいます。
そこを門番にとがめられますが、劉備は逆に睨みかえし、
「どけ・・・」と、静かに脅してまかり通ります。
さすが、かつては涿(たく)県を仕切ったヤクザ者。凄みがあります(笑)。

宮殿では、まず奥さんの董貴妃(董承の娘)に拝謁。
献帝は、なんと厠(トイレ)に劉備を招き入れました。
宮殿内でも曹操の目が光っているためで、厠でしか本音を話せないのだとか。
さすがに皇帝のトイレ。マンションのワンルーム並の広さ。
献帝はそこで曹操の傀儡となっているわが身を嘆き、己を「金の籠の中の鳥だ」と形容。
「曹操は董卓より何倍も狡猾で厄介」といい、
先日の狩りのときの例をあげて曹操の横暴を訴え、劉備に助けを求めます。
劉備もまた、曹操の横暴に耐えかねていた一人。
涙を流して献帝の訴えを聞き、曹操を討って漢王室を復興すると誓いました。
慟哭する献帝・・・。俳優、羅晋さんの名演技が光ります。
献帝は、漢王室の復権という皇帝の立場というより、
「劉協」という一個人として悲痛な叫びを、劉備に訴えているのですね。
その苦しみが、憂国という思いとの挟間で揺れ動きます。
劉備は劉協の思いを胸に刻み、屋敷へと帰りました。
その後、献帝は自らの血で書いた「曹賊を除け」との詔勅を帯に入れ、
義父の董承に託しました。

董承は、玉帯を曹操に見つかり、あやうく奪われそうなところを何とか切り抜けます。
「どうだ、わしのほうが似合うだろう」と曹操はいいますが、
あえて無理に奪わず、董承へ返してやりました。
一方、劉備は自邸に籠もり、野良仕事に精を出す日々を送っていました。
もちろん曹操に警戒されないようにです。
そこへ董承が訪ねてきて、劉備に献帝からの詔を託しました。
受け取った劉備は、必ず実行することを誓います。
その後、劉備は、曹操に呼び出されます。呼びに来たのは許褚(きょちょ)と張遼。
許褚はいつになく横柄で、無理やり劉備を連れていきます。
わざと顔に泥をぬり、畑仕事の途中であることをアピールして、
劉備は曹操のもとへと向かいます。
曹操は、劉備が献帝に何事かを頼まれたことに感づいているようで、
話をしながらも、しきりに劉備の様子を観察。
一方の劉備、何事もなく畑仕事をしているように芝居を打ちます。
まさに腹の探り合い。
原作などを読んで「劉備は無能だ」とか言う人がいますが、
これらのピンチを、ことごとく切り抜けているだけでも、
相当に頭が良かったと思います。天性の「勘」を持った人といえましょう。
梅林の中を歩きながら、曹操は「梅酸、渇を断ず」の逸話を劉備に聞かせます。
行軍中、水がなくなって渇きを訴える兵に「この先に梅の林がある」といって、
それを想像した兵たちの口に唾が湧かせ、渇きを和らげたという話です。
自慢話であることは言うまでもないです(笑)。
卓を囲み、酒を酌み交わす2人。
2人は話し込みますが、両者の価値観は真逆で、
話せば話すほど溝が深まっていくような印象を受けます。
そして名場面がやってきます。
有名な、青梅を肴に「酒を煮て英雄を論ず」の場面。

「真の英雄と呼べるものは誰だ?」という曹操の問いに、
劉備は袁術、袁紹、孫策などの名前を挙げますが、曹操はどれもこれも否定。
「天下の英雄は、劉備と曹操だけだ」の名台詞を吐きます。
謙遜する劉備に、曹操は流暢に畳み掛け、
「そなたにとって仁義とは、人を殺す武器だ」と、核心をつきます。
不意に雷がなり、劉備は持っていた箸を取り落としました。
痛いところを突かれ、本当にびびったのか、計算で箸を落としたのか・・・?
それまで、モグモグとなにやら食べていた劉備が可愛らしく見えますが、
すべて打算でやっているとすれば・・・。
とりあえずは、うまく取り繕って、その場を切り抜けることに成功しました。
そこへ、荀彧が入ってきて、公孫瓚(さん)が袁紹に敗死したとの情報をもたらします。
また、袁術が部下の反乱にあって袁紹のもとへ逃れている途中であるとも。
袁紹、袁術を組ませては厄介なことになる、と悟った曹操と劉備。
劉備は、朝議で袁術討伐へ向かうことを献帝に訴えて許可され、
兵を率い、許都を離れて徐州へと舞い戻るのでした。
劉備は、曹操のもとから体よく脱出することに成功しましたが・・・。
【このひとに注目!】

◆董承(とうしょう) ?~200年
曹操排除を計画し、劉備へ依頼する人。娘を献帝の側室(董貴人)として嫁がせたことで「国舅」(こくきゅう・皇帝の舅という意味)と呼ばれる。
史料による記述を中心に紹介すると、もとは董卓の娘婿である牛輔という武将に仕えていた。李傕・郭汜・張済とは同僚にあたるが、献帝を守るため対立する。長安が李傕、郭汜ら旧董卓配下の将軍に乗っ取られ、献帝を連れて洛陽へと舟で逃れた。そのとき、逃げる舟に官人たちがすがり付いてきたが、董承は矛で彼らを撃ち払って逃げた。文官というより、武将であったことを伺わせる人物である。
みなさん、今週もありがとうございました。
コメントもありがたく拝見しています。また来週お会いしましょう!
2012年04月26日
みなさん、こんばんは! ストーリー・テラーの哲舟です。
さ、今日からいよいよ第2部「中原逐鹿」(ちゅうげん・ちくろく)のはじまりです。
第1部「群雄割拠」は、昨年の再放送という形でしたからね。
今日から始まった第19話以降は、BS初放映となります!
・・・呂布との戦いを制し、ついに徐州城を手に入れた曹操。
一方、美女貂蝉は亡き夫・呂布を想って悲しみにくれていました。
貂蝉は曹操に、夫の遺体を引き取りたいと願い出て、その体を川辺で洗い清めます。
背景には美しい滝が流れていて、印象的な場面。中国へ行きたくなりますね(笑)。
その夜、曹操軍は、さっそく祝勝会を開きました。
猛将の許褚(きょちょ)が、喜色満面で兵に酒をふるまっています。
彼が呂布と戦うシーンが描かれなかったのは、ちょっと残念。
たとえば「横山光輝・三国志」では、許褚と典韋の2人を
呂布が軽くあしらい、底知れぬ強さを発揮するシーンが見事に描かれています。
それはさておき、荀彧(じゅんいく)が浮かない顔をしているので、
問いただすと、曹操の身の上を案じているとか。
そう。曹操は、未亡人となった貂蝉のもとへ行っていたのです。
荀彧は、曹操が人妻好きであることを指摘したうえで、
張繍の叔母(雛氏・すうし)の一件を例にあげます。
曹操はこの前年(197年)、雛氏に夢中になり、
情事の最中に張繍に奇襲され、危うく助かったという事件がありました。
しかし、そのために典韋という豪傑と、息子の曹昂が戦死し、
さすがの曹操もいたく悲しみました。
(本作ではこのシーンはカットされ、典韋も登場しません)
荀彧は、その二の舞にならないよう、許褚に貂蝉殺害を依頼します。
許褚はためらうことなく、曹操と貂蝉のいる白門楼へ向かい、
貂蝉を斬り殺そうとしますが、それよりも早く貂蝉は七星剣で自害して果てました。
どのみち、貂蝉が死ぬつもりだったことを曹操も悟っていたようですが、
天下の美女を手に入れられなかった悔しさが、少し顔に滲んでいた気がします。
さて、一難去った曹操ですが、悩みのタネはつきません。
強大な勢力を誇る袁紹、公孫瓉(さん)が健在なことに加え、
一時的に曹操のもとに身を寄せている劉備の処遇に迷うのです。
劉備は徐州の民に非常に懐かれており、
ここに残していけば徐州は彼のものになってしまう・・・。
ということで、曹操は許都へ引き揚げるにあたり、
劉備に「献帝に会わせる」ことを口実に同行させることに決めたのです。
劉備は、許都で献帝と対面。劉備はいつになく神妙な様子。
献帝は、劉備が中山靖王の末裔であり、自分の親戚であると知り、
大いに親しみを覚えます。劉備は左将軍に昇進し、
宜城亭侯(ぎじょうていこう)に封じられます。
この優遇ぶり、曹操は面白いはずがありません。
「ケッ」と、不快心をあらわにし、劉備に対してますます警戒心を強めていくのでした。
曹操は、かねてから帝位簒奪の野望を抱いていますが、実行しません。
漢の皇帝の位を露骨に簒奪し、皇帝を名乗ってしまえば、
多くの人から反発を買うことは必至。袁術がいい例です。
自分の部下の中からも反発する者が出てくることを曹操は恐れているのですが、
それが誰なのか、この時点では曹操は分かっていません。
そこで、参謀の程昱(ていいく)の勧めにより、
曹操は公の場でそれを見極めるべく、許田にて献帝立会いの巻狩りを催します。
その狩りの場で、曹操は献帝の弓を公然と取り上げ、
鹿を射抜くという大胆な行動をとりました。
ほとんどの者が曹操の腕前を称えるなか、
はたして、無礼な行いに怒りをあらわにする者たちも見受けられます。
劉備はかろうじて、顔色を変えることはしませんでしたが、
関羽や、漢の忠臣・董承などは露骨に不快感を示しました。
そして、曹操の参謀・荀彧(じゅんいく)も曹操の行動を喜びません。
公衆の前で恥をかかされた献帝も、泣き寝入りするしかありませんでしたが・・・
エスカレートする曹操のふるまいに憤り、傀儡の悲哀を抱える献帝は
この状況を打破するため、劉備を呼びにやらせます。
【このひとに注目!】
◆程昱(ていいく) 141~220年
第17話から登場した、曹操の参謀の一人。以後、荀彧とともに曹操の覇業を陰で支える知恵者として活躍する。本作では曹操に早々と帝位につくよう進言するなど、どちらかといえば悪役のポジションにいる。
『正史』における程昱は、性格が強情で他人と衝突することが多く、「謀反をたくらんでいる」と讒言されることもあったが、実力主義の曹操は程昱を高く評価し厚遇しつづけた。身長は八尺三寸(約191cm)、見事な髭を蓄えていた。曹操と没年が同じだが享年は80歳。三国志の登場人物の中ではかなりの長命である。
2012年04月25日
さあ、いよいよ序盤・第1部「群雄割拠編」のラストがやってきました。
タイトルからも分かるとおり、今回の呂布の死をもって第1部が終わるわけです。
では、いつものように、ストーリー紹介をしてまいりましょう。
西暦198年。下邳(かひ)の戦い。
曹操の攻撃を受けて城を包囲され、追い詰められた呂布は、
曹操の求めで堀を挟んで向かい合い、会談に応じます。

「俺には5万の兵と100日分の兵糧がある!」と豪語する呂布。
城の守りも堅く、容易には落ちそうにありません。
曹操もそれを分かっています。まともに攻めては多くの兵と日数を
費やすことになるため、呂布を降伏させて無血開城させようとの狙いです。
昔話を始める2人。直接会ったのは、董卓の屋敷でのことだといいます。
以前、呂布が話したところでは、その後、滎陽(けいよう)で曹操を討ち取る寸前まで
追い詰め、言葉を交わしたそうですが、あれは「会った」うちに入らないのでしょう。
「人中に呂布あり、馬中に赤兎あり」などと、
曹操は呂布をおだてあげ、いい気分にさせておいて、
さらに、「降伏すれば、わしの全軍の指揮を任せる」と誘惑し、降らせようとします。
単純な呂布。その話に、まんざらでもない様子でしたが・・・
陳宮が曹操の足元に矢を射て、会見を打ち切らせてしまいます。
矢が曹操の頭に刺さったらどうなっていたの・・・
と考える前に、この時点で呂布が曹操にあっさり降っていたら、
どうなっていたんでしょうか。
その後、曹操配下として縦横無尽に兵を操る姿が見られたのかも?
やはり英雄並び立たずで、再び争うことになったのかもしれません。
少しだけ肝を冷やしたか、曹操は陣営に戻って小用をします。
このシーン、第2話で陳宮と連れ小便をやったときのことを、
視聴者に思い出させるためでしょうか。手の込んだ演出ですね。
ガオ監督に、ちょっと聞いてみたい気もします。
交渉が不調に終わったことで、郭嘉の立案によって
曹操は、下邳城に水攻めを仕掛けることを決めます。
一方の呂布は、陳宮の提案を受け入れ、城内と城外から、
曹操軍を挟み撃ちしようと出陣の準備にかかろうとしますが、
ところがその矢先、貂蝉が病気で倒れてしまいます。

貂蝉を心配するあまり、城外へ出られない呂布。
よりそっているうちに、とうとう戦機を逸してしまいました。
「貂蝉を看病したいから出陣できねえ」
・・・なんとも愚かな大将。これでは将兵はついてきませんよね。
結局、呂布は貂蝉さえそばにいてくれれば、他のことはどうでも良いのでしょう。
無双の豪傑・呂布は貂蝉を手に入れてから、
完全に「腑抜け」になってしまったようです。
そうこうするうち、曹操軍の水攻めが本格化し、
城内には水が入ってきてしまいました。
ここにいたり、軍師の陳宮もいよいよ打つ手がなくなります。
降伏するか、水中の魚となるか。もう、どうにもならない絶望感。
その折、曹操軍から矢文が撃ち込まれ、「呂布の首をとった者には・・・」と書いてあり、
それを読んだだけの将軍たちに、呂布は棒打ち50回の罰を与えてしまいます。
もはや疑心暗鬼で、正常な思考もできなくなっていたようですね。
罰を受けた3人の将軍は、本作では名前が出てきませんが、
侯成・魏続・宋憲という武将たち。史実では、呂布ではなく、
陳宮と高順を捕縛して曹操に投降、呂布はその後に自ら降伏するという流れでした。
そして、寝込みを襲われ、捕縛されてしまった呂布。
一度はその怪力で縄を引きちぎりますが、大勢に押さえ込まれて万事休す。
いくら強くても、しょせんは一人の力。数の前では無力なものです・・・。

とうとう、呂布が刑場に連行されて行きます。
原作および、正史では絞首(縛り首)される呂布ですが、本作では一味違い、
磔にされ、弓矢で射られるという劇的な最期を遂げます。
愛妻の貂蝉は、呂布とともに死のうとしますが、引き離されてしまいました。
呂布が死んだ後は、陳宮の番です。
曹操は、なんとかして陳宮を助けたいと説得を繰り返しますが、
曹操を嫌いぬいている陳宮は、曹操を罵ったり、「早く殺せ」というばかり。
並んで歩く2人は、まるで旧知の友のようにも見えますが、
これはもう完全なる曹操の片思い。陳宮が応えることはありませんでした。
自然の風景が美しい高台で刃が一閃し、ついに陳宮も首を打たれました。
涙を流す曹操。
後漢最強の猛将と、類希なる才知を持った軍師の死。
ここに、ひとつの時代が終わったような気がします。
【このひとに注目!】

◆張遼(ちょうりょう)
これまでにも、何度か姿だけは見せていたが、この回で初めてクローズアップされた武将。セリフも今回初めて与えられた。丁原、董卓、呂布という順番で仕え、ずっと呂布と同じ道を歩んできた。
呂布に忠誠を誓っていたため、当初は潔く斬られようとしたが、曹操が自ら縄をといて逃げるように促したため、それに感じ入って仕官することを決める。あっさりと曹操に降ってしまわずに、もう少し頑固なところを見せてほしい気もしたが。これ以後、曹操軍を代表する勇将として活躍する。
明日からは、BSフジ初放送となる第19話以降が始まります。
さて、死ねずに生かされてしまった貂蝉の運命やいかに・・・?
ご期待ください!
2012年04月24日
みなさん、こんばんは! 哲舟です。
今回は、徐州のあるじ、呂布に対して賛辞ばかりを投げかけ、
取り入ろうとする陳珪・陳登親子が登場しましたね。
この2人は、曹操の軍師・郭嘉が送り込んだ者たちですが、
そうとは知らぬ呂布、疑いもせずに上機嫌で杯を重ねています。
のんきな呂布。刻一刻と、曹操の魔の手が伸びてきていることにも気付きません。
そこへ、軍師・陳宮がきて、「あの親子は口八丁の詐欺師」といい、
重用しないように助言しますが、呂布は聞き入れません。
それどころか、陳宮が陳親子に嫉妬しているのだと思う始末です。
陳さんがいっぱい出てきて、書いているほうも混乱してきます(笑)。
陳宮は、愚かな主君・呂布に見切りをつけ決別しようとまで考えます。
呂布を補佐するという、自分の選択した道は正しかったのか、
ほかにふさわしい主がいるのではないか。しかし、呂布は自分を立ててくれるし、
曹操と違ってなにより素直だ・・・と結局、思い直します。
おそらく史実の陳宮も、こういう葛藤に悩んだと思うんです。
もし、陳宮が劉備あるいは劉表あたりに仕えていたら歴史はどうなっていたか・・・
とか、色々と考えてみると面白いですね。
狩りに出た陳宮は、曹操の密偵をとらえ、曹操の密書を入手。
その内容は、劉備が曹操に内通していることを意味するものだったため、
呂布は激怒し、劉備のいる小沛へ攻め込みます。
実はこれ、劉備と呂布の仲を裂くため、
曹操と郭嘉が仕組んだ計略でしたが、さすがの陳宮も見抜けなかったようです。
出陣にあたり、呂布は陳珪と陳登親子を徐州に残していこうとしますが、
陳宮は自分か、信頼のおける張遼、高順のいずれかに留守を任せるべきといいます。
呂布は、陳宮、張遼、高順のいずれも戦場で必要な人材だといい、
折衷案として、陳珪のみを城に残すことにしました。
それでも不安の色を隠せない陳宮・・・。
案の定、それが災いして陳親子は内外で裏切りの工作に動き、
徐州は曹操の手に落ちることになってしまうのですが・・・。
それを知る由もない呂布は、「大耳の賊め!」と叫んで、小沛に攻め寄せます。
(大耳とは、耳が大きかった劉備のことをいいます。ドラマではそれほど大きくありません)
面食らった劉備は曹操に援軍を求めたうえで籠城しますが、
「曹操の援軍が来る」という陳宮が書いた密書にだまされ、城を出てしまいました。
そこに精強な呂布軍が攻撃してきたから、たまりません。
たちまち乱戦になり、呂布と張飛が、久しぶりに戦場で刃を交えます。
しかし、やはり呂布のほうが強く、張飛は傷を負って落馬。
今回は、落馬する場面は直接描かれていませんが、
原作もそうなのですが、張飛って、前半は失敗ばかりで、
あまり活躍する場面がないので可哀想ですね(笑)。
乱戦の中、劉備はわずかな兵とともに戦場から逃れました。
そこへ、曹操軍が到着。
到着が早すぎる曹操に、劉備はいぶかしげな目を向け、
すべては曹操が徐州を得るために仕掛けた計略であったことを知ります。
曹操は最初からこうなることを見越して出陣していました。
そのために自軍が利用され、関羽・張飛とはぐれてしまったことに対し、
劉備は、珍しく怒りをあらわにしました。いわゆる、マジ切れというやつです。
しかし、無事に関羽と張飛が帰ってきて一安心。
3人とも、このうえない笑顔で再会を喜び合います。
そういえば趙雲もどこかへ行ってしまいましたが、もう少し心配しても良さそうな。
原作では、まだ公孫讃(こうそんさん)のところにいる頃ですが。
曹操が予想より2日も早く到着したことに焦る呂布は、
徐州城へ戻りますが、すでに陳珪が防備を固め、城門を閉ざしています。
城へ入れず、怒る呂布。すべては後の祭り。
陳珪の小憎たらしい顔、名演といえましょう。
呂布は曹操に背後から攻撃されることを恐れ、下邳(かひ)へと撤退していきました。
こうして、徐州城は曹操の手に落ちました。
曹操は兵に1日だけの休息を与え、すぐさま下邳へと攻め込みます。
城内で、のんびり過ごしていた呂布はそれを知って防戦にあたろうとしますが、
意外にも曹操はすぐに攻撃せず、呂布に面会を求めてきたのでした。
さあ、2人はどんな会話を交わすのでしょうか?
【このひとに注目!】
◆陳登(ちんとう)
父の陳珪(左)とともに呂布をだまし、徐州城を曹操に献上する役割を担う。もともとは陶謙の部下で、劉備が徐州へやってきたとき、徐州の主となることを積極的に勧めた。
呂布の死後は曹操に仕えて徐州などを治めた。軍事的な才覚もあったようで、南から孫策や孫権が攻めてきたときは徹底抗戦し、いずれも撃退して城を守り抜いている。優秀な政治家で、民からの人気も非常に高かったが、39歳の若さで病死。生の魚(刺身?)を食べたことにより、腹に寄生虫が宿ったという珍しい死因で、一度は華佗に治してもらったが、3年後に再発してしまったという。
◆高順(こうじゅん)
張遼(中央)の左隣にいる人物が高順。この第17話でようやく呂布に名前を呼ばれ、出番が訪れるが、チラッと映るだけで残念ながら活躍する場面はない。
『正史』の記録によれば張遼よりも格上の武将で、呂布一番の部下のように扱われている。敵の陣営を必ず攻め落とすことから、「陥陣営」(かんじんえい)の異名をとったほどの戦上手。198年に劉備の居城(沛城)を攻め落し、さらにその援軍に駆けつけた夏侯惇をも撃ち破った。呂布が曹操に敗れると、呂布や陳宮とともに処刑されてしまった。張遼が助命されたのとは対照的だが、曹操は高順を欲しくなかったのだろうか。曹操とどんなやりとりをして処刑されたのか、残念ながら伝わっていない。
2012年04月23日
皆さん、こんばんは。三国志TK、ストーリー・テラーの哲舟です!
週末は元気でお過ごしだったでしょうか?
さて、先週までは、孫策に玉璽をもらった袁術が
「皇帝」を名乗ったところまで進んだと思います。
その報告を聞いた曹操は、袁術の愚かさを笑います。
漢の皇帝は曹操の手のうちにありますから、大義はこちらにあるとして、
皇帝を後ろ盾とし、曹操は袁術討伐の兵を起こそうとします。
曹操は曹洪、許褚(きょちょ)を先鋒に、18万の討伐軍を派遣。
曹操もすごい兵力ですが、袁術軍は40万。その倍以上の大軍を擁しているとか。
そこで曹操は、独力ではなく、袁紹や公孫瓚(こうそんさん)、呂布などにも、
皇帝の名を使って出兵を促しました。
進軍中、曹操の馬車が暴走し、麦畑のなかに突っ込んでしまいます。
「収穫期の畑を荒らしてはならない」と、出陣前に自ら命じた曹操は、
軍法に照らして自分を斬らせようとしますが、家臣たちは
「法は尊きに加えず」という故事を持ち出して、それをいさめます。
曹操は、そこで髻(もとどり・束ねた髪)を切ってみせることで軍を引き締めることに成功。
これ、すべて曹操の計算のうちであることが表情からも見てとれますが、
もちろん、従軍する荀彧(じゅんいく)も、それを察しています。
さて、ここで呂布のいる徐州に場面が切り替わります。
今回から、呂布はヒゲを生やし始めました。
ちょっと貫禄がつきましたが、あまり似合わないような気も。
それにしても、このとき呂布は一体、何歳ぐらいだったのでしょう。
史実においても、呂布の生年は不明なので、わかりません。
おそらく曹操と同じぐらいだと思われますが、このドラマでは、かなり若く見えます。
そこへ、袁術の使者がやってきました。
用件は婚姻の申し入れ。呂布の娘を、袁術が妃にしたいという政略結婚の誘いです。
呂布はうまい話だと、ただちにそれを受け入れますが、
すぐに陳宮が反対し、使者を追い返しました。
最初から陳宮に相談すればいいんですよね。
呂布に娘がいるという設定は原作どおり。
このドラマでは、呂布の妻は貂蝉以外は登場しませんが、
その貂蝉との間にできた娘とすると、まだ3~4歳ぐらいでしょうから
袁術の妃にするには若すぎます。
登場こそしませんが、実際には原作(演義)のように正室(厳氏)がいて、
その間に生まれた娘という設定なのでしょう。
さて、呂布を徐州牧にまで任じ、諸侯に出陣を促す詔を送った
曹操でしたが、来たのは結局、劉備だけでした。
みな、どうせ曹操が出した詔であることを見抜き、加勢しなかったのです。
劉備は義に応え、数千の兵だけで曹操の呼びかけに応じたわけです。
軍師たちとの協議の結果、喜んで劉備を迎える曹操。
後ろにいる曹仁が、頼もしげに見守っている様子が、良い感じです。
ちなみに、ここで曹操の軍師3人が勢ぞろい。
左から、郭嘉・程昱(ていいく)・荀彧(じゅんいく)が並んだ貴重なワンカット。
荀彧は劉備を殺せといい、郭嘉は劉備は殺さず用いるべきといい、
程昱は、今は活かしておいて後で殺せと曹操に進言します。
本作では、賈詡(かく)が登場しないのが残念ですね。
さて、出陣にあたっては劉備が先鋒となり、袁術の拠点、寿春を包囲しました。
紀霊が張飛に斬られたとの報告が入りますが、
残念ながら、実際の戦闘シーンはカット。
あの紀霊が戦うシーン、見てみたかった!
しかし、戦闘は長引き、曹操の陣営は兵糧が不足してきます。
曹操は兵糧官に、「兵に与える食料の升を小さくしろ」と命じますが、
はたして、分け前を減らされた兵士たちの間には不満が噴出。
報告に来た兵糧官に横領の罪をかぶせ、曹操は兵たちの前で彼を斬らせました。
曹操の冷酷なる仕打ち。しかし、呂伯奢を殺したことに比べれば
大したことなさそうに見えてしまうのが、曹操のすごいところ(笑)。
曹操は、ありったけの食料と酒をふるまって兵の士気を高めることに成功します。
鶏肉の塊と、魚のようなものが見えます。
映っている分だけ見ると、兵の数に比べて足りないように見えますが、
あんまり気にしてはいけませんね(笑)。
腹を満たし、本格的な寿春城攻めを開始する曹操軍。
あらゆる攻城兵器を使った城攻めのシーンは、見ものでしたね。
袁術は一敗地にまみれ、城を捨てて淮南へと敗走していきます。
寿春へ入った曹操は、ともに戦った劉備を自分の手元にとどめようとしますが、
劉備は、「呂布が狼なら、曹操殿は虎。私は虎より狼のもとにいたほうが安心です」と
ズバズバ言い放って、そのまま小沛へ帰っていきました。
曹操も、戦いで失った2万の兵馬を補充するため、一旦許へと引き上げます・・・。
【このひとに注目!】
◆郭嘉(かくか)/王今心
今回から曹操の参謀、郭嘉が初登場。荀彧よりも幾分若く、なかなかのイケメン軍師といったところ。本作では、主に対呂布戦で活躍し、陳登を内応させたり、水攻めなどの策を曹操に授ける。
史実における郭嘉は、曹操から「郭嘉だけが、わしの真意を理解している」と絶大な信頼を寄せられていた人物。物事に深く通じ、的確な見通しを持っていたという。しかし、素行が悪く、模範的な行動に欠けていたので、弾劾されることもあった。しかし本人は意に介さず、曹操もその才能を愛して重用し続けたが、郭嘉は38歳の若さで病死する。素行が悪いことでは曹操も同じなので、ウマがあったのではないだろうか。