第86話~第90話

2012年08月06日

皆さん、こんばんは! ストーリーテラーの哲舟です。
今日は第90話。来週月曜の最終話を除けば、
いよいよラストウィークとなってしまいます。
残り少ない日々、気を引き締めて綴ってまいります!

さて、第2次北伐において、陳倉(ちんそう)城を落とし、
剣閣道で張郃(ちょうこう)を討ち取り、勝利を手中にした諸葛亮(孔明)。

しかし、孔明はここで病にかかり、さらに悪天候を理由にして
漢中(かんちゅう)への全軍撤退を命じます。
陳倉城をはじめ、落とした城のすべてを捨ててゆくよう指示したのです。

「いつ、追撃命令が来るのだろう」と待っていた将軍の魏延(ぎえん)らは、
せっかくの勝利を無にするような命をくだす孔明に対し、あからさまに反発しますが、
軍令に逆らうわけにもいかないために従い、撤退を開始。

いっぽうの魏軍は、蜀軍が次々と撤退していくと知り、対策を練ります。
先ごろ、大都督に復帰したばかりの曹真(そうしん)は、
蜀軍の撤退は孔明の罠ではないかと疑いますが、
息子の曹爽(そうそう)が、まず陳倉(ちんそう)まで様子を探りに行くよう進言。

90-95-06
それを聞き入れた曹真は、全軍に陳倉への進軍を命令。
すると蜀軍はまさに撤退するところで、魏軍は大軍をもってこれを追撃します。

孔明の撤退が本当だと知り、魏軍は勝利の喜びに湧き、
次々に城を取り戻しにかかるのでした。
曹真は有頂天になって陳倉城の奪取を喜び、みずから駐屯します。

副都督の司馬懿(しばい)は恥をしのび、曹爽の活躍を皇帝・曹叡に対して
上奏する仕事をみずから引き受けます。そんな屈辱的な仕事に対し、
息子の司馬昭は不満を口にしますが、司馬懿はなぜか不適な笑みを浮かべるのです。
初めは気付かなかった司馬昭も、考えた末に孔明の撤退の意図を見抜きます。

いっぽう、なんとか漢中まで撤退し終えた蜀軍。
曹爽の巧みな指揮に追撃を受けた王平(おうへい)は、
5000の兵を失うなど苦戦したすえに逃げ帰っていました。
逃げるばかりで不満顔の魏延や王平に、孔明は時を待つよう言い含め、なだめます。

90-01
その後、魏が奪い返したばかりの祁山(きざん)一帯は、長雨に見舞われていました。
降り続く雨に陣中はひどく濡れ、武具は錆び、兵糧にはカビが生え、
曹真が本営を置く陳倉城の兵士たちの間にも不満の声が起きます。

息子の曹爽が、雍涼への撤退を勧めますが、
曹真は聞き入れず、防備を強化して駐屯を続けるよう命じるのですが・・・
なぜか蜀軍が攻めてこないと楽観視した曹真、舞妓たちに舞わせ酒におぼれます。

90-03
いったい、この女性たちはどこから呼んできたのでしょうか・・・(笑)?

そこへ、じっと機会をうかがっていた孔明の指示を受け、
魏延ら率いる蜀軍が出陣し、ついに陳倉へ猛攻撃をしかけてきました。
むろん孔明の病というのは、仮病でした。

あわてて応戦を命じ、城壁の上から矢を放たせる曹真ですが、
長雨にさらされた弓の弦は腐って使い物にならず、
鎧もボロボロでろくな抵抗もできません。

90-95-01
部屋にこもり、腰が抜けて動けない曹真は、曹爽らの助けをかりて馬に乗り、
やっとの思いで陳倉城を捨てて撤退しますが、その途中で馬から落ち、
したたかに腰を打って動けなくなります。

どうやら腰の骨が折れたようで、「この場で私を殺せ」と、
息子に命じますが、曹爽には父を討つことができません。

進退窮まっていると、そこへ司馬懿が援軍を率いて現れます。
蜀軍の追撃を追い払った司馬懿は、動けない曹真の横に座り込み、
その背中を、ばしんと叩きます。屈辱と痛みに顔をしかめる曹真。

90-95-07
司馬懿は、曹真が腰を痛めていることを察し、もう一度強く背中を叩きました。
すると曹真は激しく吐血し、そのまま気を失ってしまいます。

血を噴くのは、このドラマにおけるいわゆる「死の合図」です。
実際はこのように、みんながみんな血を吐くことなどあり得ないのですが・・・(笑)
もはや、すっかりお約束になりました。
それにしても無表情にとどめをさす司馬懿が恐ろしい。

曹真はそのまま絶命してしまったようで、
息子の曹爽がその棺を守り、都・洛陽へと帰っていきました。

曹真が死んだことで、邪魔者のいなくなった司馬懿は
大将軍に命じられ、大都督に復帰、再び魏全軍の指揮官へ返り咲いたのです。

読者の方も指摘しておられましたが、本当に浮き沈みの激しい司馬懿。
沈んでも沈んでも、必ず浮かび上がってくるという不気味さがあります。

231年、祁山にて、魏・蜀の両軍は対峙。司馬懿と孔明は陣頭で顔をあわせました。

両者は初めて会うはずですが、なぜか旧知の仲のように言葉を交わします。
ちなみに、このとき孔明51歳、司馬懿は53歳。

90-02
2人とも、表情や声色は穏やかですが、言葉は相手への皮肉と罵倒に満ちています。
孔明は以前、王朗を口先だけで殺したほど。
この2人とは、間違っても口喧嘩したくはないですね・・・。

そういえば以前にも、曹操と袁紹、劉備と曹操などが
こうして陣頭で言葉を交わしたことがありました。

念のために書いておきますが、実際は、こうして両軍の大将が
戦場で2人きりになって言葉を交わすことなどあり得ません。

前線で戦う将軍同士は別ですが、写真もない時代、
お互い、相手の大将の顔は見たことがないはずで、
ほとんどの場合は、顔の知らない者同士が戦っていたわけです。
まあ、それではつまらないために、ドラマではこういう演出をするのです。

さて2人は、陣形くらべで勝負することにします。
先に動いたのは司馬懿。その布陣は「混元一気の陣」。

内心、司馬懿の指揮に感心しながらも、孔明は楽に見破り、
「そんなものはわが軍の一兵卒までもが知っている」といいます。

司馬懿に促され、今度は孔明が自軍に指示を与えます。
さて、孔明がとった布陣は、はたしていかなるものでしょうか?
・・・残念ながら、ここで時間が来てしまいました。また明日もお楽しみに!


◆更新も残り少なくなりましたので、皆様からいただいたご質問などに、3夜続けてお答えします。例によって、フォローしきれないものもあると思いますが、ご了承ください。

Q.あれ?放送じゃ司馬親子の担ぎシーン無かったですよね。見るからにいいシーンなのに・・・(不徳さん)
Q.司馬懿親子が棺を担ぐシーンはなぜなかったのか残念。我々が観ているVTRとブログ管理者が観るVTRは違うもののようですね。(先生さん)

A.第89話で、張郃(ちょうこう)の棺を担ぐシーンですね。はい、そうですね。どうやらBS放送版ではカットされてしまったようです。これだけに限らずテレビ放映版は放送時間の都合やCMを入れる関係で、本編およびオープニング・エンディングの何分かをカットしたものが放送されています。
私もBS放送版を用意してもらい、なるべくそれを見ながら執筆しているのですが、時間の都合で事前の用意や確認が間に合わない場合があるのです。そういうときは製品版(市販DVDもしくはレンタル版)を参照しています。今後も、同じようにカットされた部分を紹介してしまうかもしれませんが、なにぶん平日毎日放送ということで、どうかご理解いただければ幸いです。ご指摘のシーン、ブログから削除しようかとも思いましたが、良いシーンなので敢えて残すことにしました。気になる方には大変申し訳ありません。

Q.あれ?劉禅が228年に17歳って…? 207年生まれなので、228年には21歳では? これでは趙雲が208年に長坂で阿斗を救出した時に、まだ生まれてない事になってしまう。(悶朗さん)

A.第88話で劉禅が自分で言っていましたね。おっしゃるとおりで、21歳が正しいです。ドラマのアレンジかと思いましたが、長坂坡のときにちゃんと生まれていますものね。制作側の計算ミス・・・というには、歴史ドラマにしてはお粗末ですね。私も残念に思います。

Q.曹丕と曹節とのやりとりの中で、曹丕は曹節を字幕では「妹よ」と書いていますが、会話では「姐姐(ジェイジェ)」と発しています。これってお姉さんの事ですよね? 同じく曹節は曹丕を「兄上」と字幕では書いてありましたが、発音は「弟弟(ディーディ)」と言っています。これは弟の事ですよね? 実際は、どちらが上なのでしょう? (keikoさん)

A.史実では、曹丕が兄で曹節は妹なので字幕が正しいです。ただ、本作のオリジナル(中国語)版では逆に設定されたようですね。しかし、日本で発売されたとき日本語字幕を監修された渡邉義浩さん(三国志学会事務局長)が、字幕を史実に基づいた形にしたのだと思われます。中国語が分かる方は「オヤ?」となるでしょうね。そうそう、杏仁酥は見つかりましたか(笑)?

Q.武田信玄も空城の計を実際用い、成功したと、聞いたことがあります。(Zoeさん)
Q.「空城の計」という兵法があったのでしょうか?あったとすれば見破れるでしょうし、孔明のオリジナルなのでしょうねえ! (yamaneko5646さん)

A.第86話「空城の計」で孔明が行った空城の計。これは原作小説でも名シーンですが、正史『三国志』にはなく、残念ながら創作です。しかし、第87話の人物紹介のところでも解説したように『正史』では趙雲がこの計を用いて魏軍を撤退させています。それが、演義では孔明がやったことにされてしまっているんですね(笑)。
また、Zoeさんのいうように日本の戦国武将でもこれを使った人がいます。ただ、それは武田信玄ではなく、徳川家康なんです。家康は「三方ヶ原の戦い」で武田信玄に敗れ、浜松城に逃げ込みました。追撃してきた武田軍(信玄の家臣)は、そのときに城門が開け放ったままだったので、伏兵がいると疑って撤退したそうです。ちなみに「三国志演義」が日本に広まるのは江戸時代からなのですが、もしかすると、家康はそれ以前に「三国志」あるいは「孫子の兵法」を読んでいたのかもしれません。武田信玄も「孫子の兵法」を愛読していたようです。


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2012年08月03日

※昨日は当89話分の更新が遅れ、申し訳ありませんでした。
ふだんは17:55に更新を設定するところ、20:55に設定してしまった操作ミス、およびその後の更新確認が遅れたことが原因です。更新を楽しみにしていただいていた方々にご迷惑、ご心配をおかけしたことをお詫びします。2012.8.4追記

こんばんは、哲舟です!

蜀軍に負けてばかりで、
不甲斐ない魏の大都督・曹真(そうしん)に代わり、
曹叡は司馬懿(しばい)を呼び戻して
再び軍権を与え、前線へと派遣しました。

曹真は雍涼(ようりょう)へと引っこんで静養し、
司馬懿が大都督の座におさまったのです。
副都督の郭淮(かくわい)が、司馬懿を出迎えます。

89-02
敗戦続きで士気が乱れている魏軍には逃亡兵が続出中とか。
司馬懿は、今後逃亡者が出た場合には
その上官を斬るという厳しい布告を発し、軍律をただします。

司馬懿は、ただ厳しくあたるだけでなく、
将兵に肉と酒を与えたり、手柄を立てた者には褒美を与えたりする一方、
見せしめとして棒打ちの刑を与えた郭淮には、
兵士に手加減をするように言い含め、その傷を気遣うのでした。

さすがは司馬懿。きめ細やかな手腕で将兵の心をつかみ、
たちまち軍の士気を高めていきます。

いっぽう、蜀の諸葛亮(孔明)は比較的守りの薄い、
武都(ぶと)と陰平(いんぺい)を目的地に定め、包囲を開始しました。

それに対し、司馬懿は孫礼(そんれい)を援軍として赴かせます。
この援軍は、孔明がしかけた魏延(ぎえん)の伏兵にかかって
全滅しそうになりますが、それを郭淮が救援します。

司馬懿は、孔明の伏兵があることを知っていて、まず孫礼を派遣、
さらに郭淮を送りこみ、二重の援軍を送りこんで、
孫礼の窮地を救わせたのです。

やすやすと孔明の計にはかからぬ司馬懿。
さすがに曹真とは違います。

そこで、孔明は次の一計を案じ、みずから武都へと進軍し、
役人や民の慰労と称し、前線に出ます。

孔明が前線に来たと聞いた司馬懿。
その大胆さに感服しつつ、司馬懿は蜀軍の軍営を襲って、
兵糧を焼き払うよう命じます。

魏軍随一の歴戦の名将・張郃(ちょうこう)が
みずから志願し、その役目を果たすことになりました。

勇んで攻め入る張郃ですが、
もぬけの殻だと思われた蜀の軍営から伏兵がどっと沸きます。

89-15
たちまち包囲される張郃軍ですが、さすがに歴戦のつわもの。
包囲を突破し、その場は撤退に成功します。

89-08
しかし、孔明は周到に伏兵をめぐらせていました。
第2陣を率いるは、張飛の息子・張苞(ちょうほう)。

張苞は、張郃に一騎打ちを挑み、斬りかかりました。

89-12
若い張苞の挑戦を、老将・張郃は少しもひるまずに受け、
一進一退の攻防を展開。激しい火花が散ります。

勝負は互角に思えましたが、衰えを知らぬ張郃の武勇は、
張苞のそれを上回り、彼を馬から叩き落しました。
張苞は関興に救われ、退却していきます。

しかし、その間に、蜀軍の包囲はますます厳重になり、
さしもの張郃も逃げ場がなくなり、次第に狭い谷間へ追い込まれます。

孔明は、非常にも張郃にとどめを刺すため、
姜維(きょうい)を剣閣道に待ち伏せさせました。

89-14
張郃が来ると、姜維は投降を呼びかけますが、
張郃はむろん、応じるはずがありません。
いっせいに放たれた矢に全身を貫かれ、張郃は絶命しました。
曹操以来、長年魏に仕えた名将の見事な最期でした。

かくして、張郃軍2万は壊滅。
張郃の遺体を自ら担いで哀悼の意を表する
司馬懿、司馬昭(しばしょう)親子。

89-05
司馬懿はまんまと孔明の罠にかかったことを知って悔やみ、
張郃の死を悼むのでした。

そのころ、曹真は陣中で療養していました。
療養というのは名ばかりで、仮病を使ってただ寝ているだけです。

そこへ司馬懿の敗報が伝わり、曹真とその子・曹爽(そうそう)は大喜び。
この親子は魏軍がどうなろうと、司馬懿が負けるほうが嬉しいようです。

曹爽は曹叡(そうえい)に、曹真を大都督に復帰させるよう頼み込みます。
曹叡はそれを許し、司馬懿とともに全軍の指揮をとるよう命じました。
司馬懿を信頼している曹叡も身内の頼みには弱いようです。

魏軍も決して一枚岩ではなく、むしろ足の引っ張り合いをしているのに
まだ持ちこたえているあたり、国力の強大さを感じます。

89-11
これ以後、曹真は大都督、司馬懿は副都督となります。
現場に復帰した曹真は、さっそく諸将に対して進軍を命じるのでした・・・。

さて、それに対する司馬懿の思惑やいかに。
そして、孔明の出方はどうなりますやら。

それでは皆さん、また来週お目にかかりたく存じます!


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sangokushi_tv at 20:55コメント(9) 

2012年08月02日

こんばんは!哲舟です。

馬謖の軍令違反などによって、第1次北伐は失敗したものの、
その後、軍の整備を行い、準備を完了した諸葛亮(孔明)は、
次は陳倉(ちんそう)城を攻めるべく、第2次北伐を開始しようとします。

孔明は、改めて出陣の意志を表明すべく、
劉禅への上奏文「後・出師表」をしたためていました。

88-26
しかし、その矢先・・・。
姜維(きょうい)が悲痛な面持ちで部屋に入ってきて、告げます。

「趙雲死去」の報でした。

聞くや否や、筆をとり落とす孔明。
常に冷静な彼が、声にならない叫びをあげ、我を忘れて取り乱します。
趙雲は自邸で病にかかり、ただ、「北伐」と三度叫んで遺言もなく逝ったとか。

88-28
その場に倒れ込む孔明。あふれ出る悲しみをこらえ切れず、号泣します。
趙雲は孔明にとって、一番の忠実な部下であり、
また、ともに先帝劉備に仕え、その志を生で知っていた戦友同士でもあります。
孔明にとって、彼は部下と言うより兄に近い感情があったでしょう。

その嘆きの深さ、無念さを思うとやりきれません。
人材不足の蜀軍にとっても無二の存在であった
彼の死の損失ははかり知れません。

孔明は涙をこらえ、「後・出師の表」の続きを綴ります。
「前・出師の表」と異なり、こちらは『正史』の本文にはなく、
裴松之が引用した史料にあるだけなので、実在を疑われることもあるのですが、
本作では採用されているため、その意訳を、再び紹介しておきましょう。

 「私は、先帝から魏の討伐を託されました。敵の力はあまりに強く、蜀の力は弱く、放っておけば蜀は魏に滅ぼされるでしょう。しかし、だまって滅亡を待つよりは、先手を取って魏を討つべきです。識者は無謀だといいますが、魏軍は東西で戦をしているために疲弊し、今が進撃の好機です。かつて曹操は、常に危険を省みず戦っていました。私のような小人物は、なおさら身を危険にさらさなければなりません。
最近、趙雲をはじめ優秀な将兵を数多く失いました。四方から集めた精鋭も数年後には大部分が失われるでしょう。いま戦わず、じっとしているのは愚策です。先帝は呉と結んで蜀を獲得し、夏侯淵の首をとりました。のちに呉が同盟を破り、関羽は敗北を喫し、先帝は挫折しました。物事とはこうしたもので、何事も予測しがたいのです。北伐の成否は予測できせんが、私は戦います。死ぬまで力を尽くす覚悟です」

88-29
劉禅は引き留めようとするのですが、孔明の決意は固く翻りそうもありません。
許しを得た孔明は、こうして再び北伐を開始したのです。

さて、いっぽうの曹叡(そうえい)は、なんら功績もあげずに
ぬくぬくと過ごしている大都督の曹真(そうしん)を叱責。
無理矢理、蜀との最前線である雍涼(ようりょう)へと派遣し、蜀を迎撃させます。

司馬懿が失脚したのも、もとはといえば曹真の讒言です。
病と称した司馬懿は前線に赴くのを拒んだ以上、
曹叡としては、曹真に責任をとってもらうしかないと考えたのです。

88-23
こうして、西暦228年、「陳倉の戦い」(孔明の第二次北伐)が始まりました。
果敢に陳倉に攻めかかる蜀軍ですが、
司馬懿が防衛の指揮官として推挙した郝昭(かくしょう)は、さすがに名将。
その鉄壁の守りをなかなか攻め落とせず、戦死者は増えるばかりです。

さすがの孔明も攻めあぐねているところへ・・・
敵の大将曹真が、陳倉の近くまで援軍として出向いてきたとの報が入ります。

88-06
孔明は、曹真が来援したことで、
計略が仕掛けやすくなったことを喜び、姜維(きょうい)に命じて実行させます。

曹真は、まんまと計にかかりました。
姜維は偽りの投降の密書をしたため、魏の陣営に届けたのですが、
曹真はこれを喜び、すっかり信じ、姜維を迎え入れようと進軍するのです。

曹真は、姜維が指定した地まで進軍し、
約束通り、孔明の陣営に攻めかかります。

合図と同時に、姜維が内側から挙兵する手筈になっていたのですが、
姜維は、曹真軍を万全の態勢で待ち構えてり、たちまち包囲してしまいます。

88-01
曹真軍を取り囲んだ姜維の総攻撃が始まりました。

88-11
曹真の将兵は次々と討たれ、自身も魏延(ぎえん)に斬りかかられて落馬し、
この場で討たれるよりは・・・と自害を覚悟しますが、
息子の曹爽(そうそう)と王双(おうそう)が援軍に来ます。
王双が魏延を食い止める間、曹真は命からがら退却していきます。

孔明は、この一戦で曹真を討ちとろうとしたのですが、
追撃があまく、取り逃がしてしまったことを残念がります。
また、兵糧も残り少なくなってきたことで、追撃をせずに撤兵するよう命じました。

88-15
撤退は、曹真をおびき出すための孔明の策だったのですが、
行軍中の魏延は酒をあおり、追撃をかけない孔明の慎重な戦法を批判します。

孔明に呼び出され、咎めを受けても、魏延は反省の色も見せませんでしたが、
曹真軍を待ちうけるために伏兵として待つよう命じられ、しぶしぶ出兵しました。

孔明の読み通り、蜀軍が撤退したことを知ると、
曹真は反撃のチャンスとばかり、大軍をもって追撃にかかりますが
曹真軍は孔明の罠にはまり、伏兵にかかって大敗を喫します。

その後、陳倉城も蜀軍の攻撃にさらされ、
郝昭(かくしょう)は兵の半分を王双に与えてしまったため、防ぎ切れず陥落。
郝昭は責任をとって自害してしまいました。
曹真が頼みとする猛将・王双も戦死します。

またもや敗れ、陣営に戻った曹真は、絶望するばかりでしたが・・・。

部下の郭淮(かくわい)の進言により、
息子の曹爽を洛陽へ戻らせ、弁明に行かせたのです。

88-19
傷だらけの曹爽を見て、曹叡もさすがにそれ以上責める気になれず、
ついに司馬懿を呼び戻すよう、命令を下すのでした・・・。


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2012年08月01日

こんばんは!哲舟です。

雍州の小さな城、西城。
城門を開け放ち、望楼の上で悠然と琴を奏でる諸葛亮(孔明)。

87-13
その情景を目前にした司馬懿(しばい)の大軍は、
動くことができずにいました。

司馬懿は琴の音に耳を澄ましたまま、命令を下しません。
孔明はただ、弦を弾き続けています。

87-01
やがて司馬懿の子、司馬昭(しばしょう)は、
ハッタリだと思い、攻撃を父に勧めますが、司馬懿は許さず撤退を考えます。

司馬懿は、城内とその周りの山中に伏兵がいると疑い、
速やかに撤退を命じました。

87-12
魏軍が見えなくなると、孔明は手を止め、
「天はわが軍を救いたもうた」と安堵します。

用心深く、慎重な性格の孔明が大胆な策を用いたので、
疑い深い司馬懿はそれを深読みし、兵を退いた。

敵の性格を利用した、乾坤一擲の策でしたが、
ひとまず蜀軍は命拾いし、撤退に成功するのです。

このあたり、城兵たちがもう少し安堵したり、
孔明に命を救われたことに感謝したりするシーンが
あっても良かったように思いました。

陣へ戻った司馬懿は、西城には老兵がわずかに
1000ほどいたに過ぎなかったと知らされ、
孔明との知恵比べに敗れたことで落胆の色を隠せませんでした。

蜀軍の将兵は孔明の知略や、魏延(ぎえん)の活躍によって
漢中へと撤退を終えていました。

ひとり、趙雲(ちょううん)だけが戻らないと知り、
安否が心配されましたが、趙雲は副将の鄧芝(とうし)を伴って
無事の帰還を果たしました。

すみません。わたくし以前、鄧芝は本作に登場しないと書きましたが・・・
ここに出てきましたね(笑)。まあ、使者として活躍するシーンはなく、
ホンのチョイ役に過ぎませんが。

87-17
趙雲は老いてなお、しんがりを務め、敵将3人を討ち取って
味方を無事に撤退させるという活躍を見せたのです。
孔明は、褒美を与えようとしますが、趙雲は
「功なき者に報奨など無用です」とそれを辞退します。

孔明は、趙雲の帰還を大いに喜び、温かい言葉をかけましたが
それにも劣らぬ活躍をした魏延には、
簡単にねぎらいの言葉をかけただけでした。
そんな様子を、魏延本人も察して面白くなさそうに見ています。

このように、人材を贔屓するところがあったことは
孔明の欠点といえば欠点ではありますね。
本作では、孔明の長所ばかりでなく短所もこうして描いています。

まあ、魏延は己の功績や武勇を鼻にかける性格であり、
どちらかといえば張飛や関羽などに似たアクの強さがあります。

その時点で、孔明とはソリが合わないのは目に見えていますが・・・。
五虎将のうち4人が亡くなり、人材の乏しい蜀軍にあって、
魏延の軍事的才能と武勇は欠かせないために
孔明も一応、重用はしているのです。

そこへ、街亭で大敗した
馬謖(ばしょく)と王平(おうへい)の二将も帰還してきます。

87-10
王平は、馬謖の軍令違反で敗れたにも関わらず、
みずからを罰して欲しいと願い出ます。

敗戦の責任のすべてが馬謖にあると知った孔明は、
王平を罰することはせず、続いて引き据えられてきた、
馬謖をきつく叱りつけます。

87-09
馬謖は、みずから処罰を願い出ます。
副将の王平は、軍法を違えた罪で処刑すべきだと進言しますが、
趙雲や魏延らは馬謖の長年の功や得難い才能に免じて、
一命は助けるように願い出ました。

諸将に感謝しながらも、死罪を願い出る馬謖。
孔明は、昔から愛弟子として目をかけ、息子のように扱ってきました。
その彼の命は、いまや孔明の一存に委ねられています。

87-03
孔明は命令を下します。
午の刻に刑を執行せよ、と・・・。

刑場へ引き出されていく馬謖に、魏延が酒をふるまいます。
馬謖はそれをひと息に飲みほし、蜀軍が大業を
成就せんことを祈り、跪きます。

87-05
魏延の号令のもと、刀が振り下ろされ、
馬謖の首は落ちました。

孔明は全軍の規律を正し、示しをつけるため、
文字通り愛弟子を泣きながら斬らせたのです。

「泣いて馬謖を斬る」

このエピソードはもちろん「正史」にも記録があり、
馬謖は軍令違反はしたものの、有能で才ある者として描かれています。

この言葉、現代ではあまり使われなくなりましたが、
ひと昔前の日本では、会社などで、なにか不祥事などを起こして、
やむをえず処分された人物などがいた場合に、時おり使われたようです。

もし、あなたならば馬謖を斬るでしょうか?
それとも、人材を惜しんで一命を助けるでしょうか?

さて、馬謖を処罰しても、街亭というこの上ない要地を
失ったことには変わりありません。

敗北の責任は、全軍の責任者である自分にありとして、
孔明は、自らの進退を劉禅に問い、罷免を申し出ます。

孔明を罷免してしまえば、他に誰が全軍の指揮をとり、魏と戦うのか。
それに面食らった劉禅は李厳(りげん)と相談のうえ、
右将軍への降格に留め、軍権はそのままで北伐は続行するよう命じました。

いっぽう、司馬懿は曹叡(そうえい)に勝利をたたえられていました。
しかし、孔明を逃したことを咎められたうえに野心を疑われ、
軍権をはく奪されてしまいます。

おそらく、曹真(そうしん)たちの仕業だと思いますが、
曹叡のもとには、弾劾状が山ほど届けられていました。

87-16
曹叡自身は司馬懿に褒美を与え、重用したいのですが、
諸官らの司馬懿に対する反発は根強く、かばい切れなかったのです。

司馬懿は、命だけはとりとめたことを感謝し、
曹叡から与えられた洛陽の屋敷に住むことになります。
おそらく、曹叡も臣下たちのあまりの讒言に疑心暗鬼になり、
司馬懿を目の届く範囲に置いて、監視したかったのでしょう。

司馬懿邸の周りは、近衛兵が取り囲んでいました。
これは軟禁であるとして、息子の司馬昭は悔しがりますが・・・
憤慨して曹叡の悪口を叫ぶ息子を、司馬懿は殴打します。

助け起こしにきた静姝(せいしゅ)を、司馬昭は突き飛ばしてしまいます。
司馬懿は、息子ではなく、愛妾の静姝のほうを大事そうに抱き締めるのでした。

しかし翌年、大司馬の曹休が、呉の陸遜との合戦(石亭の戦い)に大敗し、
亡くなったことで、司馬懿の運命が再び好転します。

司馬懿は曹叡の呼び出しを受けて参内しますが、
1年ですっかり体がなまってしまったようで、階段を上るのさえ一苦労。

曹叡は、呉との戦いで多くの水軍を失ったことを気に病み、
司馬懿に今後の対策を相談するために呼んだのです。

蜀の侵攻を防ぐため、陳倉(ちんそう)を守備するよう進言する司馬懿。
曹叡はそれを実行するため、司馬懿を派遣しようとしますが、
司馬懿は病のために出陣を断ります。
代わりに、郝昭(かくしょう)という有能な将軍を推挙しました。

そのころ、蜀では孔明が再び北伐の機会をうかがっていました。
曹休ひきいる魏軍が、陸遜に大敗した情報が届き、
その隙に乗じ、第二次北伐の準備を進めていたのです。

敗戦から1年が経ち、兵馬・兵糧とも再び充実してきました。
さて、次なる孔明の作戦は・・・?


【このひとに注目!】
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◆趙雲(ちょううん) 
字/子龍 ?~229年
蜀の先帝・劉備が任命した、五虎大将軍唯一の生き残りも、今回が最後の出番となってしまう。
「正史」では、原作小説に比べて活躍の場面は少ない。しかし、智勇に優れていたのは確かなようで、身長は8尺(約184cm)、姿や顔つきが際立って立派だったという記述がある。また「長坂坡の戦い」(208年)では劉備が曹操の大軍に追われて逃走したとき、阿斗(劉禅)を抱え甘夫人を保護したのも事実。「定軍山の戦い」では、危機に陥った黄忠を救出し、見事な撤退戦を演じた。このとき「空城の計」で魏軍を撤退させており、これが演義における孔明の「空城の計」のもとになったともいう。劉備から「子龍は一身これ胆(度胸の塊)なり」と賞賛された。
近年、趙雲が主演の映画が香港で制作され、2009年に日本公開された。アンディ・ラウ演じる趙雲もなかなかに魅力がある。DVD化されているので、ご興味のある方は、「三国志 アンディ・ラウ」で検索を。

sangokushi_tv at 17:55コメント(7) 

2012年07月31日

こんばんは!哲舟です。
皆さん、オリンピックもいいですが、三国志もぜひ観てくださいね(笑)。

いよいよ、残り10話・・・。
丹精こめて綴りますので、よろしくお願いします。

さて、魏の若き皇帝・曹叡(そうえい)から、
初めて正式に軍権を与えられた司馬懿(しばい)は、
都の洛陽に近い、宛城(えんじょう)に駐屯し、兵を集めていました。
ここで軍を整えた後、都で曹叡に謁見するためです。

86-01+1
そこへ、友人の申儀(しんぎ)が訪ねて来ます。

●魏が負けて滅びるのを傍観し、自分が帝位について覇業を成す。
●曹叡に忠誠をつくして蜀と戦い、魏のために手柄を立てること。

申儀は、司馬懿が今とるべき道を上のように
2つ示しますが、迷わず後者を選びます。

「私は大業を成就して名をあげたい。
 夢の中でも孔明と勝負しておるほどよ」

司馬懿は、友に対して正直に言います。
彼がこれほど、正直にものをいうのは初めてのことかもしれませんが、
はたして、それは魏のためを思ってのことか、
自分の野望のためなのか。ここではハッキリわかりません。

さて、申儀はまた、新城の孟達(もうたつ)が蜀に寝返り、
洛陽で謀反を起こそうとしている計画を、司馬懿にもたらします。

司馬懿は、即座に新城へ向かい、使者をとらえると
孟達を城外に誘い出し、その首を素早くとってしまいました。

蜀の諸葛亮(孔明)にとって、
この孟達の計画が露見したのは、なんとも痛い出来事でした。

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司馬懿は、曹叡に謁見すると、
孟達の首を手土産として献上したのです。

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もし、孟達が謀反していたら自分の命が危なかった・・・
曹叡は司馬懿の忠誠心と大手柄を褒めたたえ、宝剣を与えたうえで
洛陽と長安の軍の指揮権を、司馬懿にすべて委ねることにします。

都の洛陽、そして蜀軍の進軍ルートである雍州との境に位置する長安。
その軍のすべてをゆだねられた司馬懿は、まさに魏の司令官となったのです。

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司馬懿は、諸将を集めて軍議を催しました。
そこには、歴戦の将・張郃(ちょうこう)、関羽を荊州で破った徐晃(じょこう)
といったベテラン、若手の郭淮(かくわい)、孫礼などの将軍が集っています。

司馬懿は言いました。
「私が諸葛亮ならば秦嶺を越え、子午谷を抜けて長安を奇襲する」と。

奇しくも、魏延(ぎえん)が孔明に献策したルートです。
これを通れば、魏軍も相当に苦戦を強いられたと徐晃も予測しますが、
しかし、慎重な孔明はその手を使わず、
着実に一歩一歩進む戦法で来るはずだと司馬懿は読みます。

その場合、最初に奪うべき要地は、「街亭」(がいてい)だと司馬懿は予測。
街亭は漢中の喉元であり、これを奪えば蜀軍の兵糧や武器の補給路を
断つことが容易になるとみた司馬懿。
張郃(ちょうこう)を先鋒に任じ、街亭へと急がせました。

いっぽう、蜀の陣営には、孟達が捕えられて処刑され、
司馬懿が全軍の指揮権を握ったとの報がもたらされていました。
孔明をはじめ、諸将は落胆を隠せません。

孔明は、司馬懿が街亭を狙ってきていると読み、
防衛のために軍を出そうと諸将に呼びかけます。
すると、諸将に先んじて、馬謖(ばしょく)が名乗り出ました。

86-04
「街亭を守れなければ首を差し出します」

不退転の決意を示す馬謖ですが、孔明は躊躇します。
司馬懿は曹操に劣らぬ才があり、張郃も天下の名将。
実戦経験の浅い彼では勝てないだろうと踏んだのです。

しかし、蜀漢への篤い忠義心を示す馬謖。
趙雲のとりなしにより、孔明は王平(おうへい)を副将につけて、
街亭へと向かわせることを決定しました。

馬謖、王平が退室した後も、なぜか不安の色を隠せない孔明は、
高翔(こうしょう)と魏延を、万一のときのための救援に赴かせます。

なおも不安がる孔明の様子を見て、趙雲も不思議に思って尋ねます。
「20数年一緒に戦っていますが、かような姿は初めてです」

孔明は、趙雲に本心を話します。
これまで、自分とは対照的に、それまでずっと日陰にいた司馬懿を
得体のしれない人物と見て、大いに恐れているのだと・・・。


その孔明の不安は、早くも的中します。

街亭へ到着した馬謖は「平地の五叉路に陣を敷け」との孔明の指示を無視し、
小さな山の上に陣を張ろうとします。

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孔明の命令を守ろうとしない馬謖。副将の王平が諌めますが
自信満々の彼は、まったく聞く耳を持ちません。

軍を駐屯させるには、飲み水や飯を炊くための水を
常に川から補給しなければならないのですが、
この山は、川から遠い小さな山でした。

そんな小山の上に陣を敷いた場合、大軍に包囲されてしまえば
兵糧や水の補給も望めず、孤立無援の死地となります。

馬鹿でも分かりそうな愚行を犯そうとする馬謖に対し、
王平は喰い下がりますが・・・

馬謖は長年学んだ兵法を持ち出し、
兵糧を失った兵は死に物狂いになって戦うこと、
兵は高いところにいるほうが有利であり、
山の上から攻め下れば竹を割るような勢いで敵を突破できること。

しかも、自分は丞相に意見を求められたこともある。
その自分の命令は絶対であるなどと、王平に向けて怒鳴るのです。

古来、『孫子の兵法』にも「兵は詭道(きどう)なり」と書かれているように、
戦いとは詭道、つまりは「騙し合い」であって、
敵の裏をかき、あえて死地に陣を張って勝利に結びつける例もありますから、
馬謖の言い分も、見方を変えれば尤もなのですが・・・。

しかし、王平は「丞相の命令には逆らません」と言い切り、
やむなく自分だけで5000の小勢でもって
山の下に布陣し、敵に備えることにしました。

蜀軍がすでに街亭に到着していることを、
息子の司馬昭(しばしょう)から知らされた司馬懿は、
孔明の鋭い読みと才能に改めて感じ入り、街亭を諦めようとしますが・・・

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「蜀軍は小山の上に布陣しています」と、司馬昭は喜んで報告。
それを聞いた司馬懿は耳を疑い、みずから偵察に出ることにします。

司馬懿は街亭をその眼で確認すると、山上に布陣する蜀の指揮官が
名ばかりの無能な者であると見破りました。

好機とみて、ただちに街亭を包囲にかかります。
さすがは司馬懿。行動を起こすとなると迅速なこと、この上ありません。
しかし、攻めずに包囲し、水源を断つに留めました。

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魏軍の数は、馬謖の2万を大きく上回る15万。
それでも余裕しゃくしゃくの馬謖は、
包囲されるに任せ、魏軍の疲弊を待つことにするのですが・・・。

案の定、数日すると、馬謖軍の将兵は
脱水症状に苦しめられることになりました。
水を汲みに行こうにも、麓は完全に包囲され、ままなりません。

その様子を見た司馬懿の軍は、一気に攻め上りました。

馬謖は攻撃を命じますが、
高いところにいる兵が有利といっても、
それは兵が同数程度で、満足に動ける場合のみ。

飢えと渇きに苦しんだ将兵はろくな抵抗もできずに大敗。
街亭は、早々と魏軍に奪われてしまいました。

そのころ、街亭の王平から届けられた布陣図を見た孔明は、
馬謖の敗北を即座に悟り、愕然として立ち上がります。

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事態は深刻です。
かつて「夷陵の戦い」で陸遜に大敗した時のように。

蜀軍は街亭を失ったことで、これまでに攻め取った城や領地を
すべて放棄して退却しなければならなくなったのです。

街亭はそれだけ重要な拠点でした。
こうなった以上、全軍を漢中まで撤退させ、
少しでも味方を安全に退却をさせなければなりません。

「先帝・・・わたしの眼は節穴でした」
孔明は天を仰ぎ、「馬謖を重用するな」と言い残した劉備に詫びたのです・・・。

劉備の言葉を忘れたわけではないでしょうが、
自分が手塩にかけて育ててきた人材である馬謖の願いを
聞いてしまったことが、痛恨のミスにつながりました。
孔明、一世一代ともいえる失策です。

孔明は、西城に置かれた大量の兵糧を持ち去るため、
みずから城へ入ります。

そこへ迫り来る魏の大軍。
西城は極めて小さな城で、兵も1000未満。
とうてい防げないばかりか、逃げ切ることもできません。

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孔明は一計を案じ、城門を開放し、兵に民の身なりで門を掃き清めさせて、
司馬懿の軍を待ち受けることにしました・・・。これぞ、タイトルの 「空城の計」。

この作戦、はたして吉と出るか凶と出るか?
明日をお楽しみに。


◆ドラマ三国志 Three Kingdoms 人気投票 実施します!
いよいよドラマも残り10話となりました。そこで、
視聴者および ブログ読者の方々による、人気投票を実施したいと思います。
くわしくは、
こちらをご覧いただき、どしどし投票してください。

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