2014年03月24日

次男の旅立ちの日に

今日次男が春から入学する高校の寮にむけて出発しました。

この連休中に部のOB戦をしてもらい、仲間の家に泊まって、
2日間楽しんだようです。
今日は私は仕事でついていけなかったため、
当初は嫁さん一人で車を運転し送り届ける予定でしたが、
かえりが一人で寂しいからと、次男の親友とそのお母さんが、
一緒についてきてくれたようです。

常にポジティブな次男も、さすがに緊張している様子でした。
昨晩は次男の希望で、行きつけのカレー屋さんに行って家族の送別会。
お店のマスターにも挨拶して、お持ち帰り用のカレーをもらって恐縮。

昨年、TOEICを受けていた私。
目標は900点だと、次男に話したところ、
満点は何点?と聞いてきた。
990点だよと答えると、なんで満点目指さんのや?とやり返してきました。
よーっし、と頑張って取った895点。
まだ目標にも少し届いておりませんが、負けられません。

常に頂点を目指そうとする次男の気持ちは褒めてやりたいです。

しかし、今日一日は何か心に大きな穴が開いたようで、
昔懐かしい、失恋したときの気分。

さて、書類の整理でもして、気を紛らわせましょうか。

sanjyutsu at 18:26|PermalinkComments(12)

2014年03月21日

近況

永らくご無沙汰しました。

今の病院に就職して三年になります。

前回の書き込みから我が家も大きな変化がありました。

私は、昨年春から内科部長として多忙な毎日を過ごしています。
石の上にも三年といいますが、消化器内科以外の疾患も診ています。
仕事の合間に、簿記三級とFP技能士三級を取得し、さらには
TOEICにも取り組み、895点まで点数を伸ばしました。
嫁には、そんな勉強してどうするの?」と言われますが....。

嫁は、エステのお店で修業をしていましたが、指の関節を痛め、
そちらは今は趣味程度にして、近くの整形外科でパートの看護師しています。

長男は、希望の県立高校には進めませんでしたが、私立高校の特進コースに進学しました。
入学後もあまり勉強はしていませんでしたが、昨年秋からなぜか勉強が好きになり、
真ん中あたりだった成績も、数字がクラストップ、理科がクラス二位となりました。
欲が出てきたのか、昨年末になって突然「医学部に行きたい」と言い出しました。
英語が苦手で、さらに国語もできないのでまだまだ難しいですが、
ようやく目指す目標が出来たようです。

次男は、部活を頑張り、地区大会で団体準優勝、個人三位になりましたが、
県大会ではなかなか勝てませんでした。
中学校では、劣悪な練習環境であったため、何を思ったのか、またまた突然、
「県外の高校に行きたい」と言い出しました。
しかも遠く離れた高校で、何度も全国制覇した高校です。
正直、大丈夫かな、と思ってますが、やりたいことはやらせる方針のため、
送り出すことにしました。
それなりの進学校のため、まずは入学試験に受かるか心配しましたが、
年明けから猛勉強して、何とか合格しました。
もう、来週始めからクラブの寮に入り、一日中練習、来月始めから他県で合宿らしいです。
多分三年間は、ほとんど家に帰ってこなくなりますが、
国体選手として活躍したいという第一の夢に向かって頑張ってもらいたいものです。
ちなみに、高校出た後は、二浪して?医学部に行きたいそうです。
しかも、志望校は名古屋大学医学部!夢のスケールが違います。笑

娘は、小学校を卒業し、中学校でもバレーボールを続けるようです。
長男が落ちた県立進学校にすすんで、看護学部へ入り、看護師さんになりたいそうです。
それにはまだまだ勉強が必要ですが。

それぞれが夢に向かって頑張っています。
夢の実現のためサポートしていきたいとおもいます。

最後に、「バクマン」最終回で主人公が語った言葉を子供たちに。
「夢は、人に言われて目指すものじゃない。自分の意思で叶えるもの」

これからも頑張ります!




sanjyutsu at 00:41|PermalinkComments(0)

2011年12月31日

今年ももう終わりですね

家族は下で紅白を見ていますが、私は池上さんの番組をちら見しながらブログ書いています。

今年もいろいろありました。

まずは資産運用から。

前の病院最後の日に東日本大震災が起こり、津波の映像も医局のテレビに流れていましたが、
各部署への挨拶などで事の重大さを知るのはその日の夜でした。
日経先物を1枚買い建てていた私は、指数の急落によりかなりの損失を被りました。
でも被災された方々の悲しみや苦しみと比べるとくらべものになりません。
幸い翌月曜日の高いところでなんとか返済しそれ以上の損失は避けることができました。
今年は日経も右肩下がりで、先物はそれ以降も低調でした。今はノーポジです。

4月に家に戻って新しい職場に就職し、月の手取り額も増えました。
それ以降、毎月定期預金を積み立てたり、余裕資金で安くなった株も現物でコツコツ買うようにしました。
復興関連の太平洋セメント、最近では割安になったNEC、業績が順調な伊藤忠商事など。
さらに米ドルと豪ドルのMMFも今月から定期的に買い付けることにしました。
昨日は、今の金融資産の額を確定し嫁に伝えました。(今までは結婚以来ずっと秘密でした)
嫁の予想額の1/3しかなく、申し訳ないのですが仕方ありません。
そろそろ円高も終焉し、株価も来年はある程度期待できるのではないでしょうか。


精神面について

震災が起こったあと、2週間ほどはショックで放心状態でした。
人と人との繋がりの重要性が再認識された1年でした。
幸せは自分の心が決める。すべての事に感謝して生きようと思いましたが、
煩悩の多い自分にはなかなか難しいようです。

11月に医局の後輩が急逝しました。大変なショックでした。
大学病院の診察室は隣でしたので、彼の一生懸命な診察の様子は今も脳裏に焼き付いています。
自分も若くないので、死ぬ間際に「いい人生だった」と思えるような毎日を過ごせたらと考えております。


仕事について

新しい職場になって消化器内科以外の病気についても診察する機会が増えました。
田舎の病院では80代、90代の患者さんは珍しくありません。
家族にとってはなるべく長期間入院させておきたいのですが、
認知症が悪化したり、長期臥床で歩けなくなったりするなど問題もあり、
なるべく早く退院させるように心がけています。

医者に対するクレームでよく言われるのは、医者はパソコンばかり見てちゃんと話を聞いていない、
待ち時間ばかり長く、診察時間は短いなどです。
しかし、今のシステムではある意味仕方がないことです。

医者もゆっくり、じっくり話を聞いて、診察も丁寧にできればよいと考えています。
でもそれをすると診察がいつまでたっても終わりません。
日本のように何時でも何処でも、誰にでもかかれるシステムである以上、混雑は解消できません。

さらに今後医療訴訟は確実に増えることが予想されます。
先日知り合いの弁護士さんと飲む機会がありましたが、
弁護士さんの数が増えて、ひとりあたりの仕事が減っているそうです。
今は借金の過払い訴訟がまだありますが、それがなくなると確実に医療訴訟に向くとのこと。

医者も自分の身を守るためには、患者さんの発言や検査成績、治療内容、指導内容など、
診療録にきちんと記載しておかなければいけません。
それが、パソコンを一生懸命たたかなければいけない理由のひとつでしょう。

アメリカは診察に大きな制限があるため、完全予約制で十分に診察時間をとれるのです。
どちらが良いかわかりません。アメリカは医療訴訟大国です。

必要以外には病院を受診しないシステムを構築することが今の現状を緩和する手段ですが、
十分に検討する必要があります。

家族について

嫁はエステの勉強をして、先生のお店で修業中です。
来年あたりに自宅で開業することを目指しています。

長男は高校受験ですが希望の高校に行けるかわかりません。
でも頑張り屋の彼ならやってくれると思います。

二男は中学生になり、部活に没頭しております。
学校へ行かない日々が続いた小学生の頃と見違えるほどです。
もう少し勉強も頑張ってもらいたいです。

娘は小4になり、バレーボールのクラブに入りました。
まだ下手ですが、楽しんでしているみたいです。
ちなみに、まだ私と一緒に寝てくれます。

腰が痛くなってきましたので、これくらいにしますが、
来年も皆様にとって良い年になりますように。

来年こそは頻回に更新したいと思っております。
来年もよろしくお願いいたします。

sanjyutsu at 22:40|PermalinkComments(3)

2011年08月06日

戻ってまいりました

昨年春に大学病院を退職し、地元にもどり、単身赴任で病院勤務していましたが、
今年の春から再び自宅に戻ってきました。

私が単身赴任になった途端、さまざまな問題が家族、親族に生じ、さらに長男が来年春に高校受験です。

一家の大黒柱がいないといろいろと不都合が生じるというわけです。

正直なところ、地元のほうが高校の選択肢も多いし、出来れば県のトップ高、もしくは私が卒業した二番手高に進学してほしかったのですが、長男にその気はないようです。
それはそうです、ここが彼の”地元”なのですから。

昨年秋から就職活動を行い、医局の大先輩が副院長をされている病院にお世話になることにしました。

今日はその病院で当直中です。

忙しい病院ですが、夜は比較的時間の制約もなく、一内科医として働いております。

また書き込みますので、よろしくお願いいたします。

sanjyutsu at 07:00|PermalinkComments(2)

2009年12月04日

僕の出した結論

お久し振りです。

この10ヶ月間、いろいろなことがありました。

そして今一番の身近に起こった変化。
それはついに来年の春に大学を離れる事になったことです。

開業している同期の先生からも
次の教授選に出たらどうだ、という励ましもいただきましたが、
まだまだ力不足であるし、たとえなったとしても、
自分のような若輩者が医局員たちを引っ張れるわけがない。

夏には県立病院の消化器内科への転勤を勧められ、
将来的にはそこのトップにと期待していただいたのですが、
忙しいままで人生を終わるのは嫌と思い始めた自分。

そして男手一つで育ててくれた父親。
年々年老いていくのを見るたびに、
生きている間に親孝行の真似事でもいいからしてあげたい。

さらに次男の不登校など諸条件が重なり、
出した結論は地元へ帰るということ。

そして、消化器内科医というキャリアを捨てて、
健診部門の医者になることを決めました。

それが良かったのか悪かったのか、まだわかりません。

しかし、気分を変えてまたやり直したいと考えております。
Make a fresh start!
高校時代に英語の時間に習ったフレーズです。

落ち着いたらまた書き込みします。

10ヶ月間記事がなくても毎日のようにアクセスがありました。
ここに期待して訪れてくださった皆様に感謝いたします。

落ち着いたらまた再開いたしますので、
もうしばらくお待ちください。

医は算術


sanjyutsu at 18:36|PermalinkComments(5)

2009年02月12日

お尻に火がついた

さて、一昨年に文部科学省の研究費を獲得したが、
もうすぐ2年になる。

ということは、今年の春に報告書を書かなくてはいけない。
2年間もあるのだからと思うであろうが、
なかなか、いい研究成果がいつも出るわけではない。
研究は幸運に恵まれれば、半年ですばらしいものになることもあるが、
10年かかっても芽が出ないものも少なくはない。

大きな研究室になると、すでにある程度結果が出たものを、
まだこれからする研究として、研究費を申請したりする。
そうすれば、間違いなく結果は出るし楽である。

しかし、それは、科学研究費の意図するものとは違ってしまう。
本来はアイデアはあるが、お金がなくて研究ができない。
そういう研究者に大切なお金は配分されるべきである。

残念ながら、日本ではいまだに、コネと過去の実績があり、
大風呂敷を広げた研究者が研究費を獲得できる傾向にある。

アメリカは日本よりは公平であり、アイデアと実現性の勝負である。
だから、研究費の申請書書きは、ボスのもっとも大事な仕事であり、
多くの時間をかける。
アメリカ時代、私のボスも何日も部屋に閉じこもり、
必死で分厚い申請書を書いていた。

向こうは自分の給料すら研究費から出す。
だから、一流の研究者は裕福であるし、
研究室の大きさがボスの偉大さに比例する。
そして、研究室が凋落するにつれて、人が減り、部屋が狭くなる。

一方、日本は大学の研究者は大学から給料をもらっており、
申請書も数枚書くだけである。

今回、私も研究費を獲得するために、
それなりの大きさの風呂敷を広げてしまった。
そして現時点で発表できるような結果は出ていない。

この2-3ヶ月で2年分近くの仕事をしないといけない。
かなりやばい状態である。

sanjyutsu at 23:10|PermalinkComments(5)日記 

2009年02月09日

漢検

最近話題の漢検。
私もある程度読めるが、なかなか書けない。
先月DSiを自分用に買ったときに、
漢検のDSソフトを一緒に購入した。

やってみると、2級はコンスタントに合格点が取れる。
漢検を受けてみようと思い立った。

さて、勉強はいつするか。
次男がバスケを昨年から始めた。
そして火〜金まで毎日7時から朝練がある。

私は最近、次男を小学校に送り届け、
そのまま大学へ出勤するようになった。

仕事が始まるまでの1時間ほどの間、
何かを学ぼうと考えた。
まずは、字が綺麗にかけるように、
ボールペン字を始めた。

嫁からは、
「そんなちょっとなぞっただけで上手くなるはずない。」
と言われたが、やらなければ上手くはならない。
ひらがなでも書き方があることを知り、驚いた。
それより、私よりひどい君のくせ字をなんとかしなさい。
心の中でそう思っている。

ボールペン字だけでは時間が余る。
そこで、漢検のテキストを少しずつやることにした。
日本漢字教育振興会が出している「漢字学習ステップ2級」を買った。
毎日、1ステップずつすることにした。
今のところ1ヶ月少々で終わる予定だ。

試験は6月にある。
8割以上できれば合格。
とりあえずの目標は年内に準1級。

何かに打ち込んで達成したときの喜びがたまらない。

sanjyutsu at 12:22|PermalinkComments(2)日記 

2009年02月07日

インフルエンザ騒動

嫁のインフルエンザはリレンザが奏功しすぐに解熱。
しかし、息子の熱は下がらず。
むしろ悪化している様子。
しかも関節痛もなく、わりと元気。
これはインフルエンザにしてはおかしい。

昨日も一日中38℃台後半の熱が続いていた。
解熱剤を内服させても全く効果なし。

咳がひどいので、もしやマイコプラズマ?と考え、
家でマイコプラズマに効果のあるクラリスロマイシンを探す。

ようやく次男が以前もらったクラリス入りの粉薬を1包のみ発見。
昨晩飲ませた。

夜のうちに発汗し、朝は平熱に戻る。
やっぱりマイコプラズマかな。
クラリスロマイシンの在庫?がないので、
朝一番に同期の先生の医院に行き、
クラリスロマイシンを処方してもらう。

インフルエンザとマイコプラズマが同居するなんて。
うちは「感染列島」ならぬ、「感染家族」か。(爆

sanjyutsu at 16:48|PermalinkComments(0)日記 

2009年02月05日

ついにインフルエンザ発生

今日の午後は同期の先生の医院で外来をしていた。
そのとき、嫁からメールが。

急に熱が出てきて関節痛もあるとのこと。
インフルエンザに違いない。
そう考え、外勤先まで来るように話した。

嫁がインフルエンザと聞いたとたん、
なにか寒気がしてきたような。
しかし、まだ熱はない。

1時間ほどして嫁は長男を連れて来院した。
長男も高熱が出始めたのだと。
ともに38℃を超えている。

インフルエンザの検査をしたところ、
嫁はA型のインフルエンザが確定。
長男も淡く陽性の線が出ているような。

二人にリレンザを処方した。

院長である同期の先生は、私を気遣い、
発病予防にとリレンザを1箱出してくれた。
そして嫁の症状を取るための薬もいくつか処方してくれた。

実は2年くらい前のリレンザが2日分あった。
まだ熱が出ていない次男とともに、
リレンザを吸引した。

忙しいのでインフルエンザで休むわけにはいかない。

sanjyutsu at 21:18|PermalinkComments(0)日記 

2009年02月03日

胃カメラをうける

昨日は朝から朝食を抜いていた。
午前中も検査があったが、胃カメラを受けるためである。

入局して1年目の後期研修医の卒業試験として、
実際に胃カメラの被検者となったのである。

当然、午前中の検査が終わる頃に行われるのだが、
その時を待っている途中で研修医室にぶらりと入ったとき、
お菓子が置いてあり、思わず手を伸ばしてしまう。

いかん、いかん、カメラ前だ。
そう思い直してカメラ室へと向かう。

普通はお金を払って胃カメラを受けるのであるが、
何回も身銭を切るわけにもいかず、
喉の麻酔のみでカメラを受けた。

その結果、胃には特に問題はなかったが、
ベテランがやるのと比べると、辛かった。
まず、「唾液を飲まないで、垂れ流しにして」といつも言うが、
そんなのは無理だとわかった。
そして、「げっぷをしないで」というのも無理である。

まあ、今回は合格点をやろう。
あと2回はカメラを飲まなくてはいけない。

大昔、師匠に緊張しながら胃カメラをして、
途中で「もう、抜け」「お前、下手くそやな」
と言われた自分の昔よりははるかに上手であろう。



sanjyutsu at 07:52|PermalinkComments(0)日記