日々是好日(にちにちこれこうじつ)

めまぐるしく移り変わる日々に一喜一憂するなかで、昭和47年生まれの若輩が人と出会い、書物と出合い、多くを考え、学び、
そしてシルクの糸と社員の成長へと注ぎ込む。そんなプロセスを断片的ではありますが、お伝えしていきたいと思います。

平成30年 お盆休み

810日の大掃除で今年の前半が無事に終了いたしました。

7月からの猛暑であっても、事故や怪我もなく、また熱中症等で体調を崩した社員もなく、
無事に過ごせたことが何より嬉しいです。

 

ご承知の通り、日本の繊維産業は海外からの輸入品に押され、国内生産が日々生産量が減っています。

そんな中であっても、弊社では常に暮らしの変化を感じ取り、その時代、その時期にあった絹製品の企画や生産、
それらに伴う技術開発と設備の改善を並行して行っています。

「継続は力なり」

と言いますが、「株式会社 山嘉精練」の屋号が出来るまで、そして出来てからの今日まで、毎日毎日この作業を繰り返しています。

お取引頂く様々な企業先様にとって、アテにして頂けるような会社であり続けるために、
また、京都の地場産業、南丹の歴史と文化継承のために、
817日から稼働いたします。


今年は
40度を変える気温も観測され、お盆明けもさらにきびしい残暑が続くと聞きます。

みなさま、何卒ご自愛頂き、くれぐれもご無理なさらぬよう気を付けて下さい。

 

それでは、良いお盆休みをお過ごしくださいませ。

 

2つの比較

井上雄彦さんの絵が好きで、書店にあったこの2冊を衝動買いした。
眺めていると、様々な模様が湧きでては消えることを繰り返す不思議な感覚を体験することができる。
特に面白いと感じたのは、「墨」は古き良き日本の姿であり、「WATER」は
今の 日本の姿に思えてきたことである。


blog1804


日本人の感覚の中には“あえて”全てを伝えず、触れた人の赴くままに、感じるがままに委ねることで、
要するに完結しない終わり方が人も作品もさらなる進歩・発展を推し進めてきた事例がたくさんある。
「墨」も、作者も目にした人も、赴くままに自分にとって理想的な古き良き日本の姿を思い描き、
想像を膨らませ、時代を生きた迸る若者の生き様と無限の可能性を感じる。

これに対して、「WATER」は直接的に美しいと感じたが、
色が付き、よりわかりやすくなったことで、制約が生まれ、行く末を束縛する。

そう考えると、私が作り、また提案することも、完成させないこと、
または出来た物に執着しないことが、さらなる進化の種となる可能性が生まれる。

人々の暮らしも価値観も、ものすごい速さで変化することを時代というのであれば、
その都度都度に立ち止まり、白黒はっきりさせることなど無用の長物である。
逆を返せば白黒はっきりさせない日本人には未来が残されているのかもしれないと思った。

様々な開発に携わる中で、物に執着すれば、自ら制約を生み、行く先を拘束する。
やはり人にスポットライトを当てるのが本筋だと思う。
迸るほど生きているのは物ではなく人だから。

平成30年も3月ではなく「春」を迎えた

最近、制約が成長を妨げるなーーと感じることが多くなった。

例えば、このブログ。
私の場合、過去に書いたことを私自身が読み返すことはまったく無い。
ただ私が居なくなった後に、私を直接知らない人や未来において、平成に生きた日
本人の考え方や、ものづくりに対する価値観など参考になるものもあるかもしれないから、
少しぐらい残しても迷惑にはならないだろうという感覚で、
心が動いたときに、文字で残すくらいである。

以前に増して、ある程度の文章量に収めようとか、定期的に書こうという、
無意識の制約が更なる拘束を招き、文字におこしたことで、
物事をはっきりとさせてしまう、区切りを決めてしまうように感じてしまう、それが嫌になってきた。
物事の終焉は、寂しいという感覚だけではなく、自分の器量では決められないこと、という思いもある。

FaceBookやTwitterと違い、ここのブログは相手のところへ押しかけない。
ご自身の意思で見に来た人だけが見られるから、続けているということもある。



2月と3月。
2月といえば「寒い」「雪」を連想し、3月と書いた途端に「春」「桜」を連想する。
しかし3月でも「4月上旬の陽気」と言ったり、かたや「雪」も降るのに、
「春」と「桜」に縛られる感覚が、私自身嫌なのである。

その点、春夏秋冬という四季や、立春や啓蟄という二十四節気は、微妙に変化するあたりが好きである。
「お日さんがだいぶ伸びてきたなぁ」
まさに立春のころ、母が毎年口にする言葉。

「また草が生えてきたなぁ」
これは清明のころ、毎年聞く言葉。

知識ではなく、自然と調和し、五感に頼り、循環することだけを意識した生き方をする中で、気付ける人に成れる気がする。
また、そんな生き方の方が好きである。

こんなことを書いてるのも「春」のせいかもしれないが。。
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