いきいきシニア元気塾

自分らしく生きて生を全うしよう。その願いの実践を紹介する

2014年02月

2014介護予防大作戦in東村山』新展開への私見

       2014「介護予防大作戦」展開への私見

下地 恵得

東村山市に於ける「介護予防大作戦」は、これまで3回実施されました。

開催:第1回2008年7月 東村山市中央公民館における中央大会

 第2回(同12年)及び第3回(同13年)には地域開催と、中央大会

<開催主体>

「介護予防大作戦in東村山」は、次の構成による実行委員会によって実施されました。

東村山市役所、東村山社会福祉協議会、東村山市地域包括支援センター 

東村山市老人クラブ連合会、東村山いきいきシニア

     東京都老人総合研究所 介護予防緊急対策室(第1回開催のみ参加)

 

2008年に行われた第1回介護予防大作戦(以下、大作戦)で、地域への浸透
が見ら
れなかったことへの反省から、2012大作戦では、中央だけでなく各町
においても実
施され、2013大作戦でも踏襲されました。

                                                                                                  

<大作戦の2大目標は達成された>

目標:1.地域(町ごと)における介護予防の知識と技術の普及

2.地域住民間の連携と協同の推進

 2012大作戦では、事務局を担う社会福祉協議会(以下、社協)が、地域に働き
かけ、
率先して実施を先導しました。その甲斐あって、その動きも機運もなかっ
た各地域に介護
予防の意識が上がり、関連諸団体間の連携が緒につきました。

 

この時点で、2013年までの大作戦の初期の目標は達成された、と判断します。

 

<新しい展開⇒住民のための、住民による主体的活動へ>

 住民活動は、「民(住民)主導、官(行政)支援」の姿が理想です。現行の実行
委員会の
構成は“官”に偏り、上からの目線になりがちですので、初期の目標
達成なった今、現行
の実行委員会を解散して、新たに各地域の代表者で実行委
員会を構成し、住民主導体制を
整えるべきだと思います。

 それによって、市の全住民のネットワークが成るとともに、市民の自立心をより
強固に
することができます。これは民主主義の根本に通じることでもあります。
それに、活動資
金作りも楽になります。

 

<標榜する「大作戦」に相応の内容を>

 現在、大作戦はイベント開催が目的化の様相ですが、本来は手段に過ぎません。
「大」と
言い、「作戦」といいますから、その名にふさわしい方向性と内容が
求められます。

介護予防は実践にあり! パートⅢ  こうして元気塾は広がった

Ⅰ見出し

  *はじめに
1.新山手塾 ~福祉と医療は連携が必要~       4.元気塾、順次開設
2.多摩湖塾 ~あなたの近くにまいりましょう~  5.美住塾 ~こんな手順で立ち上げました、具体例
3.青葉塾 ~おばあちゃんの居場所がほしい~ 6.スタッフはこうして集まりました

Ⅱ.元気塾の誕生

 *はじめに
 いきいきシニア設立総会の時に、趣旨に賛同して入会された者で運営委員は構成されましましたが、
元気塾は、その運営委員が、自分の地域で中心になって立ち上げました。持続性のある活動は、地元
に繋がりのある者によって主導されなければ根付きません。それは、信頼関係があって安心が得られ
るからです。
 それから、いきいきシニアの場合、1994年に東村山社会福祉協議会主催の「市民福祉カレッジ」終
了者で作っている「福祉さんき会」(代表下地)のメンバー(40名)が大きな力になりました。
 こうして集まった運営委員に開塾を勧め、応援しながら広めて行きました。
 
1.第2号;新山手元気塾
 2000年6月13日に諏訪元気塾を発足しましたが、同17日には新山手病院
の会議室で「新山手元気塾」を立ち上げました。
 下地がそこに定年退職になるまで勤務していた関係で、会議室の使用など頼み
易かったという事情があります。それに、病院に来る人は自分の健康問題に
より深い関心があるでしょうから、元気塾への賛同者も多かろう、との皮算用も
ありました。これはあまり当たりませんでした。

 病院の中で開催するのには、ほかに深い思い入れがありました。定年退職して
福祉関係のボランティアするようになって気が付いたことは、医療機関と福祉活動
とが全く連携状態にないということでした。
 平成5(1993)年発行で厚生省健康政策局総務課編集の「日本の医療」では、
「・・・各医療機関が他の保健・医療・福祉サービスの供給主体との連携のもとに
健康増進、疾病予防から治療、リハビリテーション、さらに福祉サービスに至るま
での・・・」係りの必要性を声高にうたっていながら、現場では一向にそんな形は
見られません。
 そこで医療機関の中に地域への窓口を作りたいとの願いがありましたので、新
山手塾では病院の医師その他の専門職の方々に講演をして頂くなど、生活習慣
病予防や介護予防への理解と知識を地域へ発信して貰っています。

 2.多摩湖元気塾  ~あなたの近くへ行きましょう~
 3番目に出来たのは「多摩湖塾」でした。
 00年9月21日の諏訪での元気塾の集まりに、鈴木さん夫妻が始めて見えました。
奥さんは元は幼稚園の保母さんだったようですが、今は弱視が進んでほとんど見え
ないために、もっぱらご主人の肩につかまって移動しています。
 その鈴木夫人から質問がありました。「この元気塾はとてもいいところですけれども、
私の住んでいる多摩湖からは遠いし、目の不自由な私には来るのが困難です。どう
すればいいのですか」深刻だけれども難しい問題です。が、下地は即座に答えました、
「では、あなたの近くに行きましょう。元気塾は、必要としている人に対して〝こっちい
らっしゃい”とは言わず、〝近くに参りましょう”がもっとうですから」。
何の心づもりもないまま手形を切ってしまったのです。
その辺の事情を鈴木さんが書きとめてあります。
『     心のささえ 元気塾
 私たち夫婦は、12年9月21日保健婦の町田さん誘いで諏訪町の福祉センターえ
出かけて行きました。所が、なんの会か、わからず、年会費をおさめて会場に入りまし
た。いきいき元気で年をとり、ボケないやうにという会で、良い話だと思い、私ども夫婦
は、下地会長に、しつもんしました、遠い人は、どうしてくれば良いかを尋ねました。・・』
 
そのような経緯があって、多摩湖塾立ち上げの準備に取り掛かりました。自治会長の所に
鈴木さんと下地が一升瓶を下げて開塾の挨拶に行きました。会場は多摩湖ふれあいセン
ターと決まりました。こうして01年6月14日に多摩湖塾が誕生しました。
 
次は その頃、鈴木美千代さんの寄せた述懐です。
『私は、視覚障害で多摩湖町に引き越してきた二、三年は外出もせず、友達もなく、さみしい
思いをしていましたが、元気塾に入会して大勢の友だちができました。とくに、いきいきの
会長下地さん他の皆さんが、目の不自由な私にこえをかけてくれます。人と人の心、
やさしさ、にかんしゃしております。・・・』

 多摩湖塾にに続いて、2001年9月12日には「富士美塾」、同12月19日には「本町フレンズ塾」
が誕生しました。本町フレンズは、都営本町アパート第4集会所で開かれています。地域の老人会
が解散したので、残された会員の方たちで  いきいきシニア に入会して、元気塾を立ち上げた
異色のケースでした。
 翌02年2月23日には、「秋津元気塾」が秋津公民館で。

3.おばあちゃんの居場所がほしい
越えて03年3月15日には第7場番目の元気塾として「青葉塾」が下堀自治会館でそれぞれ立ち
上がります。青葉塾は、次のエピソードが切っ掛けでした。 秋津町や、富士見町は、会の運営委員
で それらの地域とかかわりのある者が中心になって塾を開いたのですが、青葉町には心当たりの
者はいませんでした、でも何とか広めたい地域です。 そんなある日、会員のSさんから電話がかか
ってきました、「・・・私の友人のAさんは外に出ていることが多いので、高齢のお義母さんは昼間は
ひとりで留守番することになってしまっている。そのことが気がかり。で、もし、近くに出かけて行って
仲間と楽しく過ごす所があれば―、とAさんが話しているのだけれど、「元気塾」をこの近くに作れない
だろうか」このSさんの話を受けて始動したのが「青葉元気塾」です。 

4.久米川町、野口町、萩山町、栄町、本町において順次開塾
 03年4月には「新諏訪塾」を福祉センターにおいて、同10月3日には「久米川塾」が久米川ふれあ
いセンターに於いて開設されました。更に、04年2月9日に「野口塾」が猿田彦神社の社務所におい
て創設、7月17日には「萩山塾」が萩山サロンにおいて立ち上がりました。「栄元気塾」が06年4月
19日に栄町ふれあいセンターで、同6月15日には「本町塾」が13番目の元気塾として、都営本町
アパート7号棟ピューアだんらん室で、07年6月12日には恩多ふれあいセンターにおいて「恩多元気
塾」がそれぞれ立ち上がりました。

5.立ち上はこんな手順で、美住塾での具体例

 「いきいき美住元気塾」誕生まで
年月日
07.3.12  初顔合わせ  出席:浅沼事務局長、本戸健康長寿発信部長、美住スタッフ3名
          いきいきシニアの生い立ちと活動、元気塾等の説明を受ける。
   4.24 第1回打ち合わせ   出席:浅沼、美住スタッフ3名
         *会場、会場使用料等について
         *開催日時:10月より開始。月1回開催、毎月第2木曜日13:30~15:30 
         *開塾までの日程
            7月・・・・地域への開塾の挨拶
            9月・・・・発会式の案内と出席依頼状発送
           10月・・・・11日(木)発会式
   6. 6 第2回打ち合わせ   出席:浅沼、本戸、美住スタッフ3名
         *挨拶状、その他について
                    ―挨拶状は直接手渡し
         *配布先 
           自治会、老人会、民生員、福祉協力員、保健推進員、市役所関係
           社会福祉協議会、西部包括支援センター、他
   6.27 美住スタッフ打ち合わせ  4名出席
         *配布先名簿作り
         *ポスターについて  どんなポスターにするか
                       どこに掲示するか・・・いつ掲示するか⇒9月なってから
                       掲示以外に、個別に宣伝するには?
                        その他
   7. 5 第3回打ち合わせ   出席:浅沼、美住スタッフ3名
         *挨拶状発送先確認
         *挨拶状作成
   7.18 美住スタッフ打ち合わせ  出席:3名
         *挨拶状発送手配
         *挨拶回り  7/22~28  自治会、その他へ
   8.23 第4回打ち合わせ  出席:浅沼、本戸、美住スタッフ3名
         *原稿検討 ⇒ 案内状、ポスター、チラシ
         *発会式に備えて準備するものの確認及び当日の役割分担、他
  10. 4 第6回打ち合わせ 出席:浅沼、本戸、美住スタッフ7名
         *式次第、来賓名簿、その他について最終確認
  10.11 「いきいき美住元気塾」発会式挙行
         *参加 44名(うち男性10名)
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
                          雑  感
                                 いきいき美住元気塾長 村上 千恵子
 誰もが気軽に出かけられる場所があれば・・・と、思い始めてから3年、それが心に残り続けて
いた時にいきいきシニアの塩澤さんから、会員にならないかとのお誘いを受け、何も分からない
まま仲間に入れて頂きました。そのお陰で「いきいき美住元気塾」を立ち上げることができました。
 
 3月の顔合わせに続いて何回か打ち合わせを行いましたが、美住町のスタッフは3名くらいしか
出席しないうえに、毎回メンバーが変わるという状態でした。これには些かの不安もありましたが、
”その時が来れば何とかなるだろう”と、楽天的に構え「出来る人が、出来る時に、出来ることを
すればいい」と、出席を無理強いをすることなく、欠席の人には電話で経過を伝える――という
やり方で勧めてきました。
 スタッフ全員が揃ったのは9月末、発会式を2週間後に控えてのことでした。その日から、全員が
積極的に協力して役割を分担し、スムーズに開塾まで進め、9月末に初めて顔を合わせたメンバー
とは思えないほどの結束で、とても嬉しく思いました。

6.スタッフはこうして集めました
 美住塾を立ち上げたのは10人のスタッフでしたが、そのスタッフの中心になったのは村上千恵子
さんでした。村上さんは、社会福祉協議会の福祉協力員をしていた頃に、サロンのような高齢者が
集まって寛げる場を作りたいと協力員仲間に図りましたが叶いませんでした。それで、いきいきシニア
への入会を機に「美住元気塾」の創立を目指し、身近な仲間に趣旨を話して賛同をいただき、その
仲間が、また別の仲間に声をかけるなどして10人のスタッフでのスタートとなりました。





              
 

       


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