桟敷よし子さんを追っかけて・・プロジェクトJ

1902年生まれの桟敷よし子さんの戸籍名はジョセフィン。日本女子大を出て、倉敷紡績の女工教育係となり、ストライキを組織し、地下活動に。治安維持法違反で刑務所に。保健婦となって満蒙開拓科学研究所へ。そして中国人民解放軍に参加。彼女の自伝「永遠なる青春」を読みながら、彼女の生きた時代を再確認し、その真摯な生き方を検証し、若い世代に引き継ぐための研究会をやっていますのでその報告をし、また全国の、彼女とかかわりのあった人たちとの交流。

北海道の北星学園、日本女子大、そして倉敷紡績、愛媛での保健婦活動、中国での暮らし、大阪淡路診療所など、彼女はあちこちで活動しているので、たくさんの人と交流しているはずで、その思い出などを全国的に集めたいので、連絡をお待ちしています。

  今日は9月9日、やっと秋が来た。それにしても今年の夏はひどかった。猛暑に地震に台風、さらに北海道でも地震。9月5-6と満蒙開拓団記念資料館と平塚らいてうの家を訪ねる平和バスツーに参加した。満蒙開拓記念館の事務局をクラスメートの正ちゃんのお姉さんの千代ちゃんの子供がやっているというのを聞いていたので、いつか訪ねたいと思っていたのだ。

 地元の樹をふんだんにつかった素朴な美しい建物で、まず初めにこの記念館の概要を紹介する映画をみた。歴史修正主義が跋扈し、加害の歴史が語られていない中、できて5年目の現在、すでに14万を超える人が見学におとずれ、長野県の新人研修にも使われているという。一昨年には天皇も見学に来たという。
 数年前に「望郷の鐘」という映画を高槻で上映した時に、ここ阿智村の開拓団のはなしや残留孤児の父とよばれた長岳寺の山本慈昭さんのことを知った。もう引っ越したが、近くの府営住宅に残留孤児の家族が住んでいた。今彼女はどうしているだろうか。
 13年間だけあった満州国、夫が子ども時代を過ごした満洲、コロ島や方正にある日本人の墓、ほとんど知らない現代史、もっともっと学び、考えたいが、いつも中途半端で、見出しだけ眺めて、気になる歴史。じっくり見たかったけど、さっと通り過ぎた。
 ホームページでじっくり見直したい。
 その夜は戸倉上山田温泉。3回お風呂に入ってのんびり。翌朝、テレビを見てびっくり。朝の3時過ぎに北海道で震度6.7の大地震。
 
 バスは9時発でらいてうの家に。こじんまりしたここも木造の素朴な家。
 夏の間の土・日・月だけの開館を特別に開けてもらって、地元の人たちから特別レクチュア。昔、城ゆきさんが、らいてうの資料を預かっていて、京都で日本母親大会があった時、特別展示をしたのを覚えている。雑誌「青鞜」の復刻本を持っているのに、実はまともに読んでなくて、宝の持ち腐れだ。暇になったらゆっくり読もう‥とおいている本だらけで、暇になった今は意欲がでない。

 広がる稲穂、高い山並み、気分転換にと参加したバスツアーだけど、腰も痛くなって疲れた。

 

  8月も間もなく終わりだ。8月中に身辺整理をしようと思ったが、暑すぎて何もできない。でもそろそろ秋の準備だ。震災以来、行き損ねていた朝のラジオ体操に、やっと4回行く。

 23日は新婦人の班会だったが、台風のため延期。公民館に行ったついでに「ミツバチと遠雷」という本を借りてきて読む。24日は高槻に辰巳コータローが来て、駅で演説。彼の人気は抜群。話もうまい。来年が6年目の改選。大阪選挙区8人中、彼以外は自民と維新と公明だとか、情けない大阪の政治地図だ。25日は原水禁世界大会の報告会。26日は洗濯に出していた着物の引き取り。夕方、新婦人の班ニュースの版下をMさんに届ける。久しぶりにNさんから電話。パソコンはやめてもっぱら手書きで日記や手紙を書くと、忘れた文字が書けるようになったとか。私も今のままでは漢字が書けない。せっかく書道小組や俳句の会に入っているのだから、秋からはブログではなく、ノートに手書きで、身辺雑記を書くことにしよう。27日は会議と新婦人新聞の配達。沖縄問題特集。9月の焦点は沖縄知事選挙だ。

 秋に向けて、体調整え、元気にスタートだ。

 夏祭りの準備の日に、突然、坐骨神経痛になり、これを徹底的に直さないとこれからの人生真っ暗だと…セカンドオピニオンでS整形外科へ。Mペインクリニックと同じ診断。背骨が少し歪んでいて、神経に当たるとのこと。痛み止めの薬をもらい、暇な時にリハビリを…といわれ、本日初めてウオーターベッドと電気治療と背骨の牽引を各10分ずつ体験。治療費は110円也。機械によるあんま・マッサージで、たいした効果はなさそうだが、暇な時に治療することにしよう。
 というわけで、健康対策は一段落。

  涼しくなりかけたがまだ暑いので、昼からはテレビ三昧。今日のBSシネマは「ジャイアンツ」。1956年の作品で、エリザベス・テイラー23歳、ロック・ハドソン28歳、ジェームス・ディーンも23歳。(翌年交通事故死)。

 前にも見たが、広々とした牧場風景や大邸宅での暮らしぶりや石油の掘削風景などは素晴らしい。テキサスの100年続く大牧場の3代目に東部から嫁いだ妻。政治や男の話から排除する女性差別や、白人以外は美容院でも食堂でも厳然と人種差別される現実、貧しい地域に押し込められているメキシコ人たち、日米開戦の時代、牧場からでた出た石油で一躍大富豪になった元牧童の男・・牧場主夫妻は喧嘩ばかりしながらも、子どもたちは親の跡は継がず、自分の生き方を貫く。なんだか古き良き時代のおめでたいお話だが、素朴で前向きのアメリカ南部の歴史のおさらいでもある。ロック・ハドソンはゲイであることをカミングアウトし、エイズで死んだそうだ。
 
 さて、このブログはしばらくお休み。忘れた漢字を思い出すためには手書きに限る、とNさんから言われ、パソコンではなくボールペンでノートに書くことにした。、また暇に任せてユウチュウブを見ていたら、次々と画面が変わり、ずっと見続ける中毒になってしまって、これも秋からは禁止。書斎の本と書類をを片付けることを最優先しなくては。

 

 

 8月18日に地域の夏祭りがあった。人権町づくり協会も実行委員のメンバーだったので、17,18,19の3日間は朝7時から夜遅くまで大忙しだった。自分の担当の「竹で作る水鉄砲」と、看板の整理とゴミ箱の管理が主な仕事。先輩のKさんとHさんの後をうろうろ。おまけに18日の朝は突然の座コツ神経痛で歩けなくなったので、8時半からの理事会にも不参加。
 午後には痛みも治まったので日吉台小学校のグランドへ。4時からのスタートだが、準備完了。櫓の周りには提灯がはりめぐらされ、屋台も準備OK.。ラムネ、たこ焼き、フランクフルト、焼き鳥、生ビール、日吉台せんべいetc

 19日の反省会で聞くと、焼きそばとかおでんの材料もすべて、実行委員会が注文しているらしい。もやしなど入れて増量しないと少なすぎると、担当したおやじの会の青年、チケットが売り切れたからと100円を握りしめてかき氷に並ぶ子どもがたくさんいて、何とかならないか、警備担当だけど、警察が時間通り来なくて困った、どうも富田林から逃げた犯罪者を大阪府警が3000人体制で捜索していて高槻からも応援に出ているらしい・・・と反省会では率直な意見や提案が。

 参加者は5000人とかで、日吉台にこんなにたくさんの子供がいたのかとびっくり。自治会の役員だと高齢者が多いので、親父の会とか応援隊の三人娘とか、やる気のある個人をスカウトして、新しい試みに挑戦している。9条の会と新婦人も見習わなくては・・。

 盆踊りも、芥川高校のダンス部の流れに続いて踊るスタイルで、そろいのゆかたのプロ集団はだんだん減っている・・親父の会の青年がプラカードをもって踊りまくり、「みんなに迷惑かけました」と謝っていたが、まさに踊る阿呆に見る阿呆で、参加者みんなが踊れる盆踊りになるための過渡期かも。

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