奥野先生が亡くなったのはこの5月。とてもユニークな先生で、須磨水族館から金沢大学へ。その時の学生たちが、先生の思い出をつづった冊子は、大学での先生の姿がうががえ、とても面白かった。定年後、和歌山に引っ越して「粉河通信」というミニコミを自分一人で作っていたが、今度最終号が、先生の同僚だった福家先生の肝いりで出ることになり、私も先生の思い出を書いた。

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本を読めば先生に出会えるかな         正路怜子(元創元社・編集者)

奥野先生との出会いは『磯魚の生態学』である。創元新書の14冊目(新書のシリーズは途中でやめたので、この本は1996年に新装版で出している)13冊目は水原洋城さんの『サルの国の歴史―高崎山15年の記録から』である。京大理学部で、二人は一、二を争う秀才だった・・学生は二人だけだったが・・とあとがきに書いていたのをなぜか覚えている。今手元に本がないので、インターネットでチェックしたら1971年発行で、初版は360円だったらしい。発行部数は6000部か7000部だったはず。私は入社して7年目、生意気盛りで意気盛んだった。

時代も大阪に初めて革新自治体が誕生した年で、知事になった黒田了一さんは私の友だちのお父さんだった。京都・東京・横浜・沖縄・大阪で、社・共の共闘が成立し、日本の三分の一が革新自治体となり、平和や福祉や平等を大切にする時代が始まったと、希望に満ちた時代だった。亡くなった矢部文治社長が創元新書のシリーズを始めると言うので、私もあれこれ企画して提案した。

この2冊ができたとき、新聞に大きな書評が出て、売れ行きも好調だった。先生のお兄さんが一席設けてくれて、北浜あたりでみんなでごちそうを食べたのを覚えている。

もう忘れてしまったが、この二人を紹介してくれたのは、徳田御稔先生ではないかと思われる。『二つの遺伝学』というユニークな本をかいた方で、彼もずっと助教授で、京大を定年になったのではないだろうか。いつも電話で呼び出されては、「あまり一生懸命仕事をしてはいけませんよ」と助言?してくれた。

日本の出版社が90パーセントは東京という中で、創元社は大阪が本社。関東大震災の時に取次店(本の卸業)をやっていた先代が、「ひとたび地震が起こると日本の出版がつぶれる。大阪にも出版社を作ろうと」と始めた会社なので、大阪で頑張るのが社是だが、当時も今も大阪発は何かと不利である。著者の先生方には、ちょっと申し訳ない気もする・・・

それでも奥野先生はずっと創元社で本を出してくれたし、またそれぞれよく売れた。1978年には『生態学入門―その歴史と現状批判』を出版。どこかの大学の先生がテキストとしてずっと採用してくれてロングセラーだった。1989年には『さかな陸に上がる―魚から人間までの歴史』が出ている。この本をぼろぼろになるまで何度も読んだという友だちの娘は、大学で生態学を専攻し、今編集の仕事をしている。NHKのラジオ深夜便でインタビューを受けた時に、私の一番のお気に入りはこの本だと言うと、担当記者が先生に会いたいと言うので、和歌山のご自宅を訪問し、先生の車で根来寺までドライブした。

奥さまがお茶会で京都に来る時、先生はいつもアッシー君をしていたようで、大阪の新阪急ホテルに泊まっては、紀伊国屋書店で本をどっさり買い込んでいた。私はいつも「英国屋」という喫茶店で、先生とおしゃべりするのが大好きだった。私はいい加減な編集者で、本の中身はさっぱり分からないし、先生の好きなことを好きなように書くのがいい・・という立場だったので、取り立てて催促もしなかった。娘さんと会ったのもここだった。

そして1997年に『生態学からみた人と社会――学問と研究についての9話』という本を出版。金沢大学の退職記念だったのかしら。編集会議では、「今まで出した本が全部よく売れているのだから、断る理由はないね」とフリーパスだった。

というわけで、創元社にとって先生はすばらしい著者だったし、先生の担当編集者として幸せな日々を過ごすことができた。

残念なのは、今あげた本のうち『さかな陸に上がる―魚から人間までの歴史』だけが、オンデマンド出版、つまり注文があればすぐに印刷できることになっているが、ほかは絶版になっていることである。

インターネットで見ると、どうぶつ社発行の『金沢城のヒキガエル』が平凡社で復刊しているし、先生の本の古本のオークションもいっぱいあるし、ブログなどで紹介や書評もいっぱいあるし、もちろん図書館にもあるだろうから、本を読めば、先生と出会える。ぜひ若い人にも読んでほしいものだ。

自由奔放で無責任なようでいて、実は神経の細やかな優しい先生・・・「生態学会誌」にも「粉河通信」にも、気になりながら何も書かずすみませんでした。大学内の非正規雇用の待遇について怒っていた先生・・・私がこの10年、男女差別賃金の撤廃を目指して頑張っていた「住友裁判」について、書けばよかったなと反省しています。

でも今回は粉河通信の最終号です。

憲法9条を守ろうと言う先生の志、権威主義や形式主義が大嫌いの先生の志をぜひ引き継ぎたいと思います。時々現れて、意見を言ってくださいね。待っていますから。2010,12,5