その場に立つ

浦和興産株式会社・社長ブログ

5月の連休の終わる頃、ボーくんがわが家にやって来ました。
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正確には保護犬の施設から連れてきたんです。 
ボーくんが居たのは遠く離れた町でした。
なので、引き取る前日にその町の近くのサービスエリアで車中泊し、朝早く迎えに行きました。

私が迎えに行くと、ボーくんは私を新しい飼育係のおじさんと思い、いつもの散歩コース?に誘ってくれました。
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保護活動法人の方のお話では数ヶ月前に保健所から引き取って来たとのことで、ボーくんの今までの暮らしについては一切判らないとのことでした。

カルテによるとボーくんは10才なのですが、歯や目からの印象ではもう少し若く見えます。
残念なことですが、フィラリア陽性反応が記されていました。

この保護活動法人では、たくさんの犬や猫を保護しているそうです。
ペットブームの影でこういう活動を続けている方々には頭の下がる思いです。

長い道中、休憩を何度か入れて明るいうちに家に着くことが出来ました。
ボーくんには新しい家に慣れてもらわなくてはなりません。
少し落ち着いたところでシャンプーを入念にして乾かし、ブラッシングをします。
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シャンプー後のサッパリした顔です(笑)
脚がまだ濡れています。

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”おやすみなさい”の場所も見つかったようです。
ボーくん、長旅ご苦労さまでした。

夜泣きすることもなく、ボーくんは朝までぐっすりと眠りました。

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朝になると家の外と中を点検です。


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老衰のために寝たきりのライス(ライスも捨て犬のお母さんから生まれたところを譲り受けてきました)の食事につきあっています。

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昨日から環境も変わって、ボーくんもいろいろと大変な思いをしているのでしょう。
朝ごはんを食べたらぐっすりとお休みです。


一緒に暮らしてみると、ボーくんの不思議なことが見えてきます。

声とか音とかがあまり聴こえていない?
実際と逆の方向から聴こえるの?(呼ぶと反対方向を向く??)
目があまり良く見えていない?(特に近くは・・??)
TVがついていると逃げだす(TVの画面の光に反応しているの??)
鍋やポットからの湯気を感じると逃げだす(湯気が見えるの??)

過去に何か辛いことがあったような・・
何かしらトラウマになっているような様子があります。

でも、散歩が大好きです。
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わが家の歴代の誰よりも散歩上手です。
わき目も振らずにせっせと歩く様子はまるで修行僧にも見えます(笑)

クルマに乗るのも大好きで外の景色を良く見ています(遠くは見えるのかな?)
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コロナが収まったら、どこか遠くへ行きたいと思います。

そうそう、
ホームセンターへ行った際にお店のショッピングカートに乗せてみたら、これが気に入ったようで降りようとしません(笑)
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店内を見て回るのが好きだそうです。

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ボーくんもケーキやドーナツが大好きです(我が家の犬たちはみんな好きでした)
あっ、そんなにはあげませんよ。
健康第一です。

そうそう、フィラリア症の治療は永年かかりつけの獣医さんの指導のもとで安全第一にゆっくりと続けています。

今年の夏は雨が良く降りましたね。
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小雨のときは散歩決行です。
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レインコート姿が”みつばちマーヤ”みたいでかわいいです。

こんなふうにボーくんがわが家にやって来て4か月。
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お互いにまだ判らないことが多々ありますが・・(笑)
日々、少しづつ理解と共感をしあっていきたいと思っています。




 

4月になったばかりの春。
次郎とリボンが死んでしまった。
同じ年の次郎とリボンは大の仲良し。
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8年を生きて来て、亡くなったのはたったの5日違い。
こんなことがあるのだろうか?

リボンがやって来たのは8年前。
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当時の我が家にはモモ(ゴールデン・レトリーバ)とライス(雑種)そしてノアくん(イングリッシュ・コッカー・スパニエル)の3匹がいたのでリボンは4匹目でした。
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リボンは同じ犬種のモモをお母さん代わりにしてスクスクと育っていきます。
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レットリーバは猟の獲物を回収する犬。
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ボールをくわえて来るのは本能です。
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ボールが大好き。

生まれて半年もすると、身体も大きくなります。
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美人さんになって来ました。

モモがいつもお母さん代わりです。
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リボンを迎えて初めてのお正月。
我が家の道を挟んだ駐車場に最近、貧相な犬が居ることに気づいていました。
最初は何処かで飼われているのだろうと思っていたが・・。

24節気の大寒の頃。
冷たい北風が強く夜でした。
夕飯をとりながら、話題は駐車場にいる犬のことになりました。
家内の話では、近所のおばさんがその犬を嫌がって保健所に連絡すると言っていたと云う。
寒いし・・保健所!?

気になり、懐中電灯を照らしながら駐車場へ。
隅っこにある物置の陰で、その犬は丸くなって震えていました。
「わんこー」と呼ぶと、頭を上げてこちらを向きます。
「寒いでしょ、うちに来る?」
すると、立ち上がって「うん、行く」と(笑)

怪我をしているのか?右の後ろ足を引きずりながらついて来ます。
我が家の門を開けて、
「入る?」と訊ねる。
「うん」(笑)

ガレージに古い毛布を敷くと、その上へ。
ドッグフードを差し出すと、お腹が空いていたのか、もの凄い勢いで食べる。
少し落ち着いたので、
様子を見ると、びっこを引く脚には傷の跡。
そして、小さな首輪がはち切れそうに首を締め上げていたので首輪を外しました。

翌朝、名前は『次郎』として、交番に「飼育受託書」を届け、飼い主を探しながら次郎は我が家の犬4匹と暮らし始めました(その後、無事に家族になりました)
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右の後脚に傷がありました。
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次郎がやって来た翌朝、モモはすぐに新入りの次郎に寄り添います。
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次郎も安心したのか、この通り。

我が家にすっかり馴染んだ次郎、1か月もすると少年のようになって来ました。
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ベージュ色の3匹です。
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やがて、お母さん役だったモモが亡くなります。
http://blog.livedoor.jp/sano_ceo/preview/edit/372f8a0ebc58c0c79fa4d92a4329bd62

それからは、次郎とリボンはいつも一緒でした。
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ノアくんと次郎。
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ノアくんも昨年1月に亡くなりました。
ノアくんは個性あふれる、なんとも可愛いワンコでした。

犬の時間は人間の5倍以上のスピードで駆け抜けていきます。
毎日を楽しそうに過ごす次郎とリボンも例外ではありません。
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7才の誕生日を間近に控えた昨年3月初旬の早朝。
突然、次郎に”てんかん”の発作が起こりました。
発作自体はすぐに収まったのですが、かかりつけの獣医さんに相談すると、
「年齢を考えると脳腫瘍かも知れない」と言われましたが、検査のハードルの高さや治療の困難さを考えるとこのまま様子を見ようということになりました。
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次郎の発作は3月に12回、7月3回、8月4回、9月3回とありましたが、それ以外ではいたって元気に日々の散歩や生活を楽しんでいました。

そして10月。
今度はリボンに異変が起こりました。
急に様子がおかしくなりお医者さんへ駆けつけると緊急手術。
脾臓に出来た腫瘍が破裂した為に脾臓を摘出しました。
リボンはすぐに回復したものの腫瘍を病理検査にまわした結果は悪性。
「残念だけど、リボンの余命は3か月くらい」と先生に言われてしまいました。
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抗がん剤などの治療の道もありますが、今までの経験から自然に任せることにします。

幸いなことに余命3か月を宣告されたリボンは何事もなく、年が明けた1月16日元気に8才のお誕生日を迎えることが出来ました。
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なおも、次郎の発作は10月1回、11月3回、12月2回、1月4回とありましたが、それほどひどくはなく、いたって元気に私との散歩や日々の暮らしを楽しんでいます。
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もちろん、リボンもいつも一緒です。

余命3か月と言っても人間の時間にすると1年半くらいでしょうか?
ならば、その倍の6か月を生きることは人間の時間で言えば3年になります。
それだけに何気ない一日一日を大切にして生きて行こうと犬たちと約束しました。

ですから、昨年の10月からこの冬はとても充実した時間になりました。

コロナ禍ゆえに、遠くへ旅をする訳ではありませんが、近場の公園や河川敷はもちろんのこと、毎日早めに会社から帰り、夕方の散歩は次郎とタップリと40分〜50分位楽しむことを続けていました。
体調を考えるとリボンの散歩は短めですが、それでも彼女は満足していました。
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リボンの容態に変化(極度の貧血)が起こったのは3月23日でした。昨年の余命宣告の日から5か月余りたっていました。
いよいよその時が来たかと覚悟しました。

しかし、翌日には持ち直し元気になります。リボンの自然治癒力のチカラを知ります。
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この頃からの不安は次郎でした。
次郎の最後の発作は1月でした。
(発作のほとんどが早朝でしたので)その日から私は次郎と一緒に寝ていました。それ以来発作はなかったのですが、もしも先にリボンが居なくなってしまったら次郎は大丈夫だろうか?
次郎はいつもリボンと一緒でお姉さんのように慕っていました。ですから、そんな心配が日増しに大きくなっていました。

リボンは29日も容態が急変しました。しかし、この日も乗り越えてくれました。
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4月1日は次郎のお誕生日(保護犬なので暫定的ですが)
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次郎8才のお誕生日をリボンも祝いました。
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しかし、翌々日の4月3日の夕方、リボンの容態が悪くなり寝たきりになります。

この日、次郎は私との夕方の散歩を楽しみました。その後、珍しく自分でフリスビーをくわえて来たので庭でフリスビーで遊びました(次郎はフリスビーが得意です)
その後、不調のリボンの顔を覗き込み、心配そうに顔をしばらく舐めていました。
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そして、一緒に寝たりしていました。
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リボンの呼吸が荒くなっていたので私も覚悟を決めて寝ました。
夜中に何回か目を覚まし、リボンの様子をみます。
リボンはなんとか持ち直したようです。

そして、4月4日の明け方でした。
突然のバタバタする音に目覚めると次郎の発作です。
いつもより長い発作が起こり、少しおさまると外へ飛び出して家の周りを走り出しました。
次郎は幻覚を見ているのでしょうか?様子が今までとは違います。
30分以上走り回って突然に倒れ込みました。
ひどい痙攣が続いているので処方されていた痙攣止めの座薬を使用したのですが・・
気がつくと次郎は呼吸を止めていました。

発作から1時間半くらいの時間が経過していましたがまさに悪夢を見ているようでした。
次はリボンと覚悟は出来ていましたが、なんで次郎?
言葉では言い表せない無念の思いがありました。

居間で亡くなった次郎と2晩過ごし、4月6日にサリー、初代リボン、モモ、ノアくんの眠る畑の一角に埋葬しました。

その翌々日の夜、リボンが4度目の不調になりました。それでも自分で庭に出て排泄をしました。
そして、しばらくデッキの上で涼んでいました。やがて寝室に入りいつもの場所で眠り始めました。
貧血でだるそうでしたが穏やかな様子です。

夜中の2時過ぎくらいでしょうか、リボンの呼吸が荒くなっていました。
それから6時間程、呼吸は大きく辛そうでしたが、どこか痛がるわけでもなく、リボンは逝きました。
余命3か月の宣告から人間の時間でいえば3年近く生きたのではないでしょうか?
しかも、先に甘えん坊の次郎を見送って・・
苦しむことなく・・
偉いなぁ。
立派な大往生でした。
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翌日、リボンは次郎の隣に並んで埋葬しました。
共に8年生きて来て、大の仲良しで、亡くなったのはたったの5日違い。
リボンも次郎もいつか”虹の橋”の向こうで会うことを約束して。
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新型コロナウイルスによってこれから起こるであろうことの重大さに私自身が行動を起こし始めたのは昨年の2月16日だった。
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あれから1年。
未知の感染症が世界中に広がり、感染した人は世界で1億835万人、死者は238万人を数える(2月14日現在 ジョン・ホプキンス大学による)
日本では感染者数414,582人、死者6,932人 (2月13日現在NHKまとめ)と約100年前に流行したスペイン風邪以来の大きな感染症となっている。

会社でも業務と感染予防の両立に最大限の注力を続けてきた。
昨年の3月に立ち上げた災害対策本部は危機に備える〝レベル1〟を発動して今日まで継続中である。
その日から社内の防災連絡LINEを通して私は毎朝のメッセージを皆に欠かさずに送ってきた。

昨年末の第3波の際、日ごとに増える感染者数を前にして、
「いよいよ正念場だな」 と覚悟する。

政府は1月7日に2度目となる緊急事態宣言を発出。
翌8日をピークに感染者数は徐々に下降してきたが、医療機関の逼迫は続いている。さらに変異ウイルスが市中に広がってきていることも懸念される。

いよいよ日本国内でも新型コロナウイルスのワクチン接種が始まろうとしている。
世界で一番ワクチンの接種が進むイスラエルを始めとして各国からワクチンの有用性と副反応についてのデータや知見が集まってくる中で、世論はワクチンに対する不安論からワクチン待望論に変わっているように感じる。
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そんな時にやって来た。
昨夜、2月13日午後11時8分頃、福島県と宮城県を震度6強の大きな地震が突如襲った。

私はすでに床に入った寝込みに突然、携帯の緊急ブザーが大音量で鳴り響き、地震の接近を知らせるアナウンスが入る。
足元で寝ていたリボンと次郎の犬たちも異変に気づき飛び起きた。こんな時に犬の感覚は鋭い。
やや間があったのちに大きな揺れがやって来る。揺れが長く続く事で大きな地震が起こっていることを思った。 
震源地は福島県沖で地震の規模はマグニチュード7.3、震源の深さは約60キロメートルと深く、津波警報は幸いに発令されなかった。
 
テレビをつけるとNHK仙台放送局の映像が流れてきた。
非常に激しい縦揺れと横揺れが地震の大きさを教えてくれる。
もうすぐ3.11のあの日から10年になろうという時に、あの日と同じ地域を襲う大きな地震。
10年前にあの地震を経験した人たちのことを思う。
あの日を知る人たちは瞬間的に巨大津波がやって来ることを思ったに違いない。その恐怖は知るものでないとなかなか判るものでないと思う。


さいたま市南区は震度4。
経営会議メンバーに明日の朝、会社の内外の調査をすることを伝える。

今朝のニュースには避難所の様子が映し出されていた。このコロナ禍ゆえに密を避けるために避難所内にテントが設営されている。
ここ1年のコロナ禍で、台風や地震などの自然災害が発生した際の避難所の問題がたびたび指摘されてきたが、これは訓練ではなく実際の出来事が起こったことをニュース映像は伝えている。

10年前に3.11を経験した地域と人達が、あの時は余震や津波、そして放射性物質に怯る日々を過ごした。そしてまた、コロナという見えない感染症ウイルスに怯えながら余震がおさまるまでの日々を過ごさなくてはならない。

私はこのコロナ禍の1年、どうか首都直下型の巨大地震や超大型の台風が来ないことを祈ってきた。
コロナだけでも経験したことのない大きな困難に直面しているのに、そこへさらに大きな自然災害がやって来たら大変なことになることは容易に想像つく・・
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〝平時から非常時へのビジネスモデルの転換〟
今期のスローガンへの取り組みをもう一段アップデートしようと思う。 

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