その場に立つ

浦和興産株式会社・社長ブログ

2月の上旬、私は冬の北海道で車を一人走らせていた。

カーラジオからのニュースは、クルーズ船ダイアモンドプリンセス号で発生した新型コロナウイルス感染者数の増加や海上に於ける隔離の問題を報じ続けていた。

未知のウイルスが中国の武漢から世界中に拡散して行く様子を思いながら、私は高校生の頃に読んだ小説〝ペスト〟が頭の中に重なって離れなかった。
フランスの小説家アルベール・カミユの〝異邦人〟を読み絶望的な衝撃を受けた私は、その後カミユが発表した〝ペスト〟に描かれた感染症に立ち向かう人々の連帯に救いを感じた覚えがあった。

フランスのある町に音もなくペスト(ペスト菌)がやって来て、一人また一人感染者があらわれ、やがて多くの市民がペストの恐怖の中で感染し倒れて行く・・

昔読んだ小説の中の世界と、いま直面している現実の世界が重なり、これから起こりうることがぼんやりとではあるけれど見えていたんだと、今あらためて思う。

国内初の新型コロナウイルスの感染者は1月16日に発生(武漢から戻った人)以来、クルーズ船を除くと現れなかったが、私が北海道から戻ると同時に感染者が現れはじめた。

2月13日に4人、14日8人、15日12人・・

〝ペスト〟で描かれた感染症の始まりが現実のものとして動き始めた。

2月16日、私はアルコール消毒液を12本発注した。
ここから新型コロナウイルスとの戦いの日々が始まってゆく。
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翌17日月曜日朝、経営会議で新型コロナウイルス対策が話されたが具体的な行動までは至らなかった。

しかし、アルコール消毒液がやって来て、マスクの備蓄を確認(災害対策用にマスクが1,800枚防災倉庫にストックされていた)
翌週の25日からアルコール消毒の徹底やマスクの着用(この時点では推奨)テレワークの可能性まで経営会議の議題に上がっていた。

全国で20人前後で推移していた感染者数だったが、3月初旬から日に40人前後に増加。(埼玉県でもこの頃から感染者が現れ出す)
この感染者数、3月24〜25日を境に100人を超えて4月11日の720人まで急カーブで増え続けた。
オーバーシュート、パンデミック、ロックアウトといった言葉が現実味を帯びていたのもこの頃だった。

私たちの会社でも前例の無い感染対策の動きが急加速して行った。
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3月26日の朝会議に臨む際に書かれたノート。

この日、私たちの会社に災害対策本部を設置、危機に備える〝レベル1〟を発動。
3密を防ぐ方法への検討、本社社員のテレワーク化、子連れ出社を可能にし、会議や勉強会を極力減らし、日常の業務に集中する方向へ調整する。
売り上げの低下を想定して資金調達の検討も必須事項だった。

4月2日、山田コンサルの増田社長の来社を受け、彼のアドバイスでリスク管理が急加速した。
そのアドバイスは、
「会社内を小チーム化して分散し、万一感染者が現れても濃厚接触にあたらぬようにして事業を止めないようにしなさい。
コロナの影響は少なくても1年半は続くのでBCP(事業継続プラン)をしっかりと立てて、組織の持続的成長を目指しなさい。」

目から鱗の思いだった。
そこからの動きは早く、業務グループは2チーム、情報グループは3チームとテレワークへの準備が進んで行った。

最初は困難に思えたテレワークもリモートソフトの導入やZOOMを活用して運用が始まった。

ここで学んだことは4月7日に発せられた緊急事態宣言の下で生かされ、緊急事態措置の実施下でも出社する人員を抑えながら、事業(物流)を止めることなく(勿論、感染者も出さず)営業を続けて行くことが出来た。

しかし、毎日毎日のコロナとの戦い(この頃は共生と呼べるような余裕はなかった)は、戦時下というのはこういうものか?と思うほど、プレッシャーが掛かっていたと思う。眠れぬ夜を何度も過ごした。

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 小池都知事の発した〝ステイホーム〟

ゴールデンウィークは文字通りのステイホームで過ごした。
と言っても、例年この時期は庭木の手入れと畑作り。
いつもと変わらない日常だった。
庭木の手入れも畑仕事も進んだ。

その合間に〝ペスト〟を取り寄せて半世紀ぶりに読み始めた。
フランス領アルジェリアのオラン市で鼠の死体が現れ、やがてその数は日に日に増えて行く。
ついで原因不明の熱病者が続出する・・ペストの発生。

当時、高校生であった私はこの小説を読みながらペストという感染症の恐怖を知る。
目に見えることもなくやって来るペスト、感染後、高熱を発して痛みと苦しみのうちに死んでゆく市民の姿はあまりにも衝撃的だった。

その時は未知の事であり(当時から更に半世紀前のスペイン風邪の大流行など知るよしもなかった)
フィクションの世界であったのだけれども、こうして50年後の今、新型コロナウイルスによる感染が大流行し、国から緊急事態宣言が出された現実の世界で起こっていることやそこに生きる人々の恐怖、それに伴う行動がそっくりそのまま描かれていることに気づかされる。

新型コロナウイルスによる感染が身近に迫って来てからの行動を迷う事なく進めることが出来たのは高校生の頃、読んだ〝ペスト〟によることが大きかったのではないだろうか?
そう思うと、出会ったものがその後の人生の中でつながって行くことの妙を感じた。

出会ったものはまだあった。
医師のリゥーと共に保健隊(ペストに立ち向かう民間人によるボランティア)に参加するタルーの言葉の中に私にとってはとても大切な言葉がある事に気づいた。

都市封鎖されたオラン市にたまたま滞在していた旅行者タルー、彼は危険を顧みずに保健隊に入りペスト患者の世話をしている。
そのタルーに医師のリゥー(主人公と言える人物)が尋ねる。
「いったい何があなたをそうさせるんです、こんなこと(保健隊の危険な任務)にまで頭を突っ込むなんて」
「知りませんね。僕の道徳ですかね」(タルー)
「どんな道徳ですかね?」(リゥー)
「理解すること、です」(タルー)

もうひとつ。
それから数ヶ月、リゥーとタルーは保健隊で共に過酷な仕事を続けている。
ある夜、友情を確かめ合うようにお互いの身の上を話し合ったのちの言葉。
リゥーは心の平和に到達するためにとるべき道について、タルーには何かはっきりした考えはあるか、と尋ねる。
「あるね。共感ということだ」

〝理解〟と〝共感〟
この言葉の意味を高校生の私はどれだけ理解をしていたのだろうか?
しかし、今の自分につながるキーワードとも言える言葉に再開したような気がした。


新型コロナウイルスと戦いが長期に渡ることに皆が気づき始め、〝コロナとの戦い〟から〝コロナとの共生〟へと意識と行動が変わってゆく。

私たちも長丁場に備え、壁に窓を開ける、網戸を設置する、窓には軒を出して雨を防ぐ、パーテーションを取り払い風通しを良くするといった施設の改修工事と新規の休憩室やロッカールームの設置工事が急ピッチで進んだ。
特効薬やワクチンが当たり前のようになった現代でも、未知のウイルスを防ぐ手立てというのは実は我々自身の予防の心がけと極めてシンプルな行動(マスク、手洗い、接触を避ける)に委ねられるという現実を知る。

私たちもここ数ヶ月困難に立ち向かう中で、〝ペスト〟に描かれた人々の中に生まれる連帯感に近いものが生まれ、それが強いエネルギーとなっている。
誰も経験したことのない未知のウイルスの下での感染予防と業務との両立を続ける中で様々なことを学んで来たことは大きな財産だ。
しかし、ここへ来て(7月4日)東京を中心に感染者が再び増え、東京都では3日続けて100人を超え、全国でも200人を超えて第2波への懸念が現実味を帯びて来ている。

100年前のスペイン風邪の流行を知る者はほとんどいない現代に新型コロナウイルスの第2波がやって来た時に私たちはどう向き合って行くのか?
未知のものとの遭遇する中で私たち一人一人に歴史が委ねられていることを思う。

私達はここ数ヶ月で単なる感染予防や仕事の仕方だけではないものに気づき始めたと思う。
働き方は勿論のこと、生き方にも大きな影響を及ぼし始めている。
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これから何が変わって何が変わらないのか?
大きな節目の時だと思う。
結局のところ、また元に戻るだけなのか?
あるいは新しい価値による何かが生まれるのか?
そんな時代に巡り合えたことを幸運だと思い、これから起こる未知との遭遇にしっかりと向き合って行こうと思う。










 

今、世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス。
欧米のトップ は「第2次世界大戦以来最大の危機である」(独メルケル首相)
「これは戦争だ!」(米トランプ大統領)という発言が相次いでいます。

現在、感染拡大が急速に拡がる日本国内でも、見えない敵(ウイルス)と闘っている人達が多くいます。
その闘いの最前線の一つが厚労省クラスター対策班です。
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3月22日放映された『パンデミックとの闘い』(NHKスペシャル)で、そのクラスター対策班内部に初めてカメラが入りました。

このクラスター対策の心臓部で指揮を執っているのが、東北大学押谷仁教授です。
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押谷先生は2003年SARSの世界的な感染爆発の際にWHOで感染拡大を封じ込める際に指揮を執った方だと知られています。

この番組が放映されたのは、多くの人の緊張状態が緩んだあの3連休最終日の夜でした。

押谷先生は「日本はギリギリの状態で何とか抑えている。武漢から始まった(感染拡大)第一波はなんとか抑えた。しかし第二波は非常に厳しい戦いになる」

押谷先生は、とても早い時期(2月初旬)東北大学のホームページに「新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか」と題して4回メッセージを発信していました。
これから大変な闘いになることを予見し、その中で〝想像するチカラ〟がこのウイルスとの闘いには必要であると説いていました。
多くの人には見えていないもの(ウイルスは勿論のこと、これから先に起こり得ること)が押谷先生には見えているのだと思いました。

見えない敵に対して、自身の知見を活かして闘うクラスター対策班隊長の苦悩と奮闘する姿に、私は最大級の敬意を持たずには入られませんでした。


このクラスター対策班の中でもう一人、驚くべき人物が居ました。
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北海道大学の西浦博教授です。
彼の専門は理論疫学。今回の感染の拡がりを数理モデルで説いています。
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この夜の番組の中で
「どうやってこの感染に対応するかと言うのはただ単に政策論者であったり専門家が決めることじゃなくて・・(私は国民)皆と向き合いたいと思っています」
と、言ってくれました!!

昨今の責任逃れの答弁を繰り返す政治家たちの言動に何ともやり切れない思いを感じていた私にとっては、
今の日本にもこれだけの人物がいたんだ!!
まさに拍手喝采!!ものです。

私はこのNHKスペシャルを翌日から会社で都合6回放映して、社員全員で新型コロナウイルス感染拡大防止の最前線で行なっていることを共有しました。
私達の会社でも新型コロナウイルス感染拡大に伴う様々な問題が長期戦になることを見越して、社員で共通のベースを作っておきたいと考えての行動です。

2月25日から動き出した(私達の会社でも同日から対策がスタートしました)厚労省クラスター対策班は、この放送があった約1ヶ月の間、不眠不休の闘いを行なって、何とかこらえて来ていました。
この日本独特のクラスター対策は感染拡大のオーバーシュートも見られずに海外からも注目されていました。

しかし、この頃から大都市圏を中心に孤発例(感染ルート不明)が出始めて、クラスター対策班の人々の人手不足も手伝い、彼らは疲弊していたようです。
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次の打つ手として、3月の始めから、西浦先生の〝人の接触を8割減らすことが流行を収める〟という提言が出て来ます。
彼の数理モデルから導き出されたのが〝人の接触を8割減らす〟

この8割を減らす訴えは、当初、政府の人達には苦笑いされたり、曲げて伝えられたそうです。
しかし、彼は信念を持ってSNSも駆使して〝8割〟を訴え続けています。
おかげで、最近は〝8割おじさんガンバレ〟の応援も多いと聞きます。

緊急事態宣言が出ましたが、ここへ来て、安倍首相や西村大臣も〝人の接触を8割減らす〟ことを感染阻止の中心に据えて、新たな政策の発信を始めています。
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医療崩壊、オーバーシュートが起こりつつあるこの国の現状を考えると、〝8割おじさん〟の数理モデルによる訴え、そして、何より国民一人一人の心がけと行動が今問われていると考えます。

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私は対コロナウイルス最前線で闘う押谷先生、西浦先生を始めとしたクラスター班の皆様や各自治体の保健所などの機関、そして何より医療の現場で懸命に働く医療従事者の皆様に敬意を表したいと思います。
私もこの危機に対して、覚悟を持って自分の役割を果たしたいものです。

 

映画『フォードVSフェラーリ』は私を1960年代へ連れて行ってくれる。

この映画に登場するキャロル・シェルビーとケン・マイルズのふたりが 少しばっかりややこしくなった現代社会に生きる私に、もっと純粋に!もっと情熱を持って生きよう!
そんな気にさせてしまうくらい、ふたりの生き方は清々しくカッコいい。
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ルマン24時間自動車レース。王者のフェラーリを打ち負かす為にフォードが選んだ男がキャロル・シェルビー。何故なら、彼はルマン24時間で勝った唯一のアメリカ人だった。1959年アストン・マーティンに乗って勝利している。

そのシェルビーが聴衆を前にルマンへの挑戦を語るシーンがいい。 

「私の父が言った、やりたいことがある人間は幸運だ。目標に向かって何をすべきか見えているからだ。幸運なことに私はその一人だ」

そして、シェルビーはヘンリー・フォード2世に直訴する。
「ルマンに勝つにはケン・マイルズが必要だ。何故なら、あのクルマ(GT40)は彼が作ったんだ!」

ケン・マイルズの言動を良く思わないフォード2世にシェルビーは詰め寄る。
「 デイトナ(デイトナ24時間)でマイルズが勝ったら彼をルマンで乗せてくれ!もし負けたら、俺の会社(シェルビー・アメリカン)をフォードに差し出す!」

自分の信念に従って、目的に向かって全てを賭けるシェルビーとマイルズ。

リスクを取らないことを常に念頭に置く現代人とその社会から見たときに、到底彼らの行動は正気の沙汰とは思えない?
しかし、一方で彼らの純粋な生き方に何か懐かしい男の生き方を感じる人も多いのではないだろうか?

現代社会の数値化されたもの、コンプライアンスやリスクヘッジなどに重きを置かれた管理社会から60年代のもっとシンプルで純粋な世界へ行ってしまいたい・・
この映画の中のシェルビーとマイルズの情熱的でピュアな行動を見ていると、そんな想いに駆られてしまう。
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そして、デイトナに勝利したシェルビーとマイルズ(彼らを良く思わない反対勢力の妨害を振り切って)ふたりはルマンへ挑戦する。
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この映画を監督したジェームズ・マンゴールはこの映画のテーマを語っている。
「今は、私たちは非常に企業的な考え方になっていて、リスクを取るのではなく、責任を問われないように守る態勢をとっている。スポーツも企業化されている。目標を達成する為にリスクを冒す、それに、絶望的に見えた時にも勇気を失わないこと。これらのことには私に大切な意味を持つものだ。」

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マイルズを心の底から支える妻モリー、チャーミングで気丈な面を併せ持つ素敵な女性。
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父を尊敬する一人息子のピーター。父親のチャレンジを応援し続ける。
ケン・マイルズ一家の家族愛の姿にもノスタルジーを感じてしまう・・・

やっぱり、映画はいいものです。
現代社会が何か置き忘れてしまった世界を見せてくれます。



 

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