突然に賢ちゃんが逝ってしまった。
その日があまりにも呆気なくやって来たので、葬儀が済んでも私は心の動揺を抑えきれないでいる。
賢ちゃん、一体何があったの?

平成も残すところあと10日程になった日曜日。
賢ちゃんは愛車プジョーにミニベロサイクルを乗せて、早朝4時に家を出た。
向った先は賢ちゃんのホームコース『椿ライン』

小田原のコインパーキングにプジョーを停めてミニベロで湯河原を目指す。この日は上空に寒気があるものの良く晴れていた。賢ちゃんは朝の冷気を気持ちよく感じながら左手に拡がる相模湾の美しさに見惚れていたに違いない。

午前8時「これから登るよ」の連絡を奥様に入れ、賢ちゃんは湯河原から椿ラインを登り始める。
椿ラインは湯河原から頂上の大観山口まで約20km弱の道のりで標高1000mまで登る。
5月の榛名山ヒルクライムレースに向けて、この日は小径車でより負荷をかけての練習だったようだ。

賢ちゃんのその後の行動は判っていない・・

恐らく、2時間近く苦しい登り坂のトレーニングをして、大観山口で休息を取った後に遠くに相模湾を見やりながら気持ち良く椿ラインを駆け降りて来たと思う(以前、賢ちゃんは相模湾の見える椿ラインの下りが好きだと言っていた)

午前11時前、椿ラインを通行していた人が倒れている賢ちゃんを発見した。

場所は湯河原の温泉街まであと2km弱の左コーナー。
通報を受け救急車が出動するも容体が深刻なためにドクターヘリで伊勢原市の東海大学付属病院へ緊急搬送された。
緊急手術、そして懸命な治療を施すも賢ちゃんの意識は戻らずに4日後の4月25日午後3時過ぎに息を引き取る。
享年54歳。
榛名山ヒルクライムレースで毎年記録を更新し続ける中、さらに高みを目指している最中のことだった。



賢ちゃんが私のところへやって来たのは賢ちゃんが32歳の時だった。
歳の瀬も押し迫った頃と記憶している。
面接が決まって、賢ちゃんから丁重な文面のハガキが届いた。
「面接を楽しみにしています」そして御礼の言葉。

1次試験と面接はとても優秀な成績。
そして、またしても丁重なハガキ。
「1次試験の当落は兎も角、とても有意義な時間でした」

そして、2次面接では、さらにじっくりとお話が出来た。私にとっても実りのある面接の時間だった。
話を聞けば聞くほど、私は賢ちゃんの中にある根っ子の部分に惹かれてゆくのだった。
それまでも多くの人と面接をして来たけれど、これほどまでに物事の本質について考察をしている人は知らなかった。
今、世界で起こっていること、人類が向かっている先、戦争と平和、歴史や風土、文化、芸術、文学、物理や数学、生物学や宇宙のこと・・・ありとあらゆることに興味と関心を持っている人だった。
そして、御礼の言葉が記されたハガキ。

さらに合格と採用通知の際にも、喜びと感謝の言葉が綴られたハガキが届く。

採用してからも今日まで、賢ちゃんから頂いた数多くの言葉や文章。
私の発した言葉や文章に対して必ず自分自身の言葉で返してくれる思いやりのある誠実な人でした。
私は賢ちゃんの言葉にどれだけ救われ励まされたことだろう・・

宅建取引主任者の資格試験に挑戦した際の集中力も見事でした。
試験における傾向と対策を詳細に分析して試験勉強をして見事に一発で合格したのも可能性を追求する賢ちゃんらしい能力だった。

最近ややもすると、気持ちや思考が軽んじられて単語や結果のみでコミニュケーションが取られかねない風潮の中で、賢ちゃんから学ぶことは大きなものがあるのではと私は気づき始めていました。
「今こそ賢ちゃんから学ぼう!」と、この連休明けから行動しようとしていた矢先の事故が残念でなりません。


火葬場で賢ちゃんの骨を拾った翌朝。
私は賢ちゃんがしたように朝4時過ぎにクルマにロードバイクを乗せて椿ラインへ向った。

賢ちゃん、あの日、椿ラインで何があったの?

賢ちゃんの気持ちになって、あの現場を走ってみれば何か見えるかも知れない。
私も賢ちゃんと同じ可能性を追求する気質を持っている・・
特に走ることと走らせること。
これは賢ちゃんと私の特技。
だから、私には見えるものがあるかも知れない。
もしかすると私でないと判らないかも知れない・・あの日の賢ちゃんの気持ちと行動。

椿ラインの現場近くでバイクを降ろし、上り下りを繰り返す。
あの左カーブ。

さらには大観山から下ってみる・・
新緑の中から遠くに相模湾が望める。
気持ちいいなぁ。
そんな風に駆け降りてきたに違いない・・

そして、あの左カーブ。

賢ちゃんは手前の右カーブを抜けてあの左カーブのエイペックスを目がけていたはず・・


私は賢ちゃんの奥様からの第一報を聞いたあと、『かもめのジョナサン』(リチャード・バック著)の主人公のジョナサンを想っていた。

『カモメのジョナサン』は1970年代全世界で4000万部以上の大ベストセラー小説。

ジョナサン・リヴィングストンはカモメの群れから独り離れて大好きな飛行訓練に明け暮れる。
失速する程の低速飛行や超低空飛行・・

とりわけ一番の課題はスピード。
スピードに挑戦するも上手くいかない。
彼はハヤブサの短い翼にヒントを得て高い高度から急降下を繰り返し、やがて時速342kmのカモメの速度記録を打ち立てる。

そして、次から次へと飛行術を会得してゆく・・
やがて、自身の肉体的な技術だけでなく精神力をコントロールする世界に入ってゆく。
生きることの意味、そして自由。

以前、賢ちゃんとは『かもめのジョナサン』や『翼の贈物』そしてリチャード・バックについて語り合ったことがありました。

椿ラインを走り、あの左カーブのエイペックスへ向かった時の気持ちとアクシデント。

私のひとつの推理を賢ちゃんに話すと・・
「そっ、そっ、そうなんだよね!!」
人差し指を振りながら溢れんばかりの笑顔の賢ちゃんに会うのはもう少し先にするからね。
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さようなら、賢ちゃん。
そして、ありがとう。