2017年05月15日

強制力

人は相手への信頼感があってこそ、「あの人の喜ぶことをしてあげたい」とやる気になることができる。
信頼感がない相手に対して、人はやる気になることはできない。

ゴールデンウィークの初め、4/28-30にシンクロナイズスイミングのJapanOpenが開催された。
いよいよ2020の東京オリンピックへ向けて「マーメイドジャパン」の指導である。
日本代表というと、あの有名な井村ヘッドコーチがすぐイメージされる。
昨年のリオ五輪では3大会ぶりに日本にメダルをもたらした。それ以前では今や世界第2位というランキングを誇る中国も井村さんの指導のもとで掴んだレベルだ。

彼女の指導方法は徹底したスパルタ式と呼ばれ、一日10時間以上に及ぶ練習を課すという。

彼女の理論は「人生経験少ない子たちに自主性を重んじたり、褒めて伸ばすなんてのは無責任だ」と言い切る。
そして本当に彼女たちにメダルを取らせてあげたいから、人として成長させてあげたいから、私は責任を全うする。とも言う。
いまどきは根性論やスパルタ式は非科学的だと捉えられたり、やれパワハラとかいう風潮がある。
彼女は根性論だけでは勝てないことなど十分知っている。
しかし根性がないと勝てない。
根性は必須条件だという。
以前「チームに必要とされていない」と離脱した子がいた。
その子に「必要とされてないんじゃなくて、必要とされる人間になるのが先」だと言ったという。
過度に練習を課すのも選手の限界を伸ばすためなのだ。

そのためにも基礎の身体づくりには力を注いでいる。
こういった指導力も互いの信頼関係の強さあってこそだ。

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2017年05月08日

特定の人

アドラー心理学のなかに「人間はいつも{特定の人}のことを考えて行動している」という言葉を残している。
人のやる気をという感情についても同じことが言えるのではないだろうか?
人がやる気になるのは、もちろん「自分の幸福のため」「自分の思いを実現するため」「自分らしい生き方をするため」という側面がある。
その一方で「大切な人のため」「家族のため」「自分らしい生き方をするため」という側面がある。
言い換えれば「自分のため」だけを考えて行動しても、強いやる気は生まれてこないのである。
それに加えて「人のため」を思ってこそ、力強いやる気が生まれてくる。

これは人の精神力に働き、自分の夢をどんどんかなえていく人に共通している。
「こんな商品を」「こんなサービスを」「私がガンバレばみんなが喜ぶ」というように他人への意識を働かせることで充実感を得られる。
そのときの重要なポイントは相手の立場になる」というスタンスである。

いくら頑張っても、喜んでもらう相手のためになっていなくては意味がないし、喜んでもらえない。
そうなると自分のモチベーションも下がってしまう。
ここであらためて確認しておきたいのが「3つの感」である。
ひとつは相手の気持ちに寄り添う「共感」
二つ目は相手を信頼する「信頼感」
三つ目は人に貢献する「貢献感」

この3つの要素はひとりの人間が意欲的に充実した人生を実現していく上で、とても重要な要素となってくる。
相手の目となって看て、耳となって聴いて、相手の心になって感じていくという事だろう。

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2017年05月01日

好奇心

正常な人間は、人生の課題と困難がやってきたときに、それに対処するために十分なエネルギーと勇気を持っているとされている。
これを言い換えるとエネルギーと勇気を得ることができるのだろう?
これは日常生活の中でちょっとした工夫と心得を持つことが得られる。
例えば生きていくからエネルギーを作り出すために大切なのは「好奇心」というものがある。
「こんなことを試したら、うまくいくのではないか?」「これを解決したら、どんな世界が待ち受けているのだろう?」「この先、自分の人生には何が訪れるだろう?」
このような好奇心が人生の課題と困難を乗り越えていけるエネルギーを創りだしてくれる。
小説家、森鴎外の言葉に「未知の世界への好奇心が僕を刺激する」とある。
このなかの「刺激する」ということはまさしく、生きるエネルギーが活性化させると捉えることができる。
人生の課題と困難にぶつかったときは、それを乗り越えた先に見える「すばらしい自分の将来」がどのようなものになっていくか想像してみるといい。
そうすれば、自分の課題と困難を乗り越えるために必要な生きる意欲を作りだしていけるだろう。
何事に対しても、やる気に満ち溢れている人は、このように先のことに対して、いいイメージを抱くことが非常に上手い。
ようするに「将来の先取り」とでもいうか、イメージしたシーンに対して「よし、やってやるぞ!」という気概に変えるのである。

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2017年04月24日

要請コスト

今週は新入社員たちがいよいよキャンプを卒業する週であるが、日々成長を重ねてくれていると期待するところだ。
一つ課題として与えられているのは、困ったときに素直に助けを求められるかどうかである。
というのも、ある傾向として、自分に自信のない人ほど、周囲に「助けてください」と言えないからである。
人は、他人に「助けて欲しい」と援助を要請した場合、相手からどう思われるかということを考える。
また、そのことで自分はどういう立場に立たされるかということを考える。
こういったことを「要請コスト」という。
自分が得る利益と払う犠牲とを計算し、周りの人たちに助けを求めるかどうか判断することなのだが、では払う犠牲とはなんだろう?
それは周りの人たちから無能な人間だと思われ、プライドが傷つけられたり、自分の評価が下がって、今の立場が危うくなり、将来性がなくなるとかである。
その他、恥をかく、助けてもらった相手にこの先、頭が上がらなくなる。

なんていうこともあるだろう。
その為に、周りの人に助けを求めたり、やめてしまうのだ。
結果はどうなるだろう?
問題を一人で抱え込んでしまい、どうしようもない状態にはまり込み、最後には問題を解決すること自体から逃避してしまう。
ところが自信のある人は恥をかく、無能と思われる、評価が下がるというようなことは気にしない。
困った問題に直面したら、余計な心配はせず、素直に助けを求めるということを忘れたくないものだ。
これは新人に限った事例ではない。
やる気のない自分に陥らないようにするには、すべてオープンしていくことである。

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2017年04月17日

自己決定感

「自己決定感」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
聞いたことがなくても、7つの習慣的発想をしていけば、なんとなく理解はできるだろう。
自分の行動を他人に決定されるのではなく、自分自身で決定していること」とあり、想像した通りの内容だと思われる。
個々で大切なのは自分自身で決定しているということよりも、それを「実感」できているか否かである。
自己決定感の強い人は、何事にも積極的なので、意欲的に自分の人生を切り開いていくことができる。
逆であれば、消極的でやる気のない生活を送ってしまいがちになる。
世間でいう、指示待ち人間などがこれに当てはまっていくのだろう。
これは人から言われて、どうこう変わるものではない。
自分がやりたいことを持ち、それを実現するために自らが積極的に働き掛けていくしかないのである。
もちろん、自分がいくらやりたいことを貫いても、周囲の環境がそれを許してくれないシチュエーションも多々あろう。
また、周囲からの要請で、やりたくないこともしなければならない場合もある。
そういった「社会的なジレンマ」はチームで動いている組織では日常茶飯事だ。
こういった思い通りにならない状況の中でも自分がやりたいこと、自分の夢や希望、、志を実現していこうという気概を持っていたいものである。
アドラー心理学に「自分次第で、状況が変えられる」という考え方がある。
自分がやりたいことを実現するための努力を続けていれば、いつかチャンスが巡ってくるということだ。
状況は変えられる!

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2017年04月10日

キャリア

今週、カーブスジャパンのマネージャー研修の中でも解説された「キャリア」という言葉がある。
近年、世間で頻繁に使われているのだが、そもそもキャリアの定義とは何なのだろう?
キャリア官僚・キャリア組などのエリートのイメージがあったり、一昔前ではキャリアウーマンなんて言葉もあった。
大抵が大雑把なイメージで捉えられて使われていることが多いのだが、一般には仕事・経歴・就職・出世などのことでよく使われている。
厚生労働省が提唱している概念としては「時間的持続性ないし、継続性をもった概念」として定義されている。
つまり仕事等の点や結果を指しているのではなく、働くことに関わる「継続的なプロセス(過程)と働くことにまつわる「生き方」そのものを指しているのだ。
つまり、キャリアを積むということは、この仕事の経験を積むという事だけではなく、その仕事に取り組むプロセスの中で身に着けていく技術・知識・経験に加えて、人間性を磨いていくこと、そしてプライベートも含めた自分自身の生き方を磨いていくというように解釈すべきだ。

昨日行われた研修ではキャリアを「実績」「経験」「能力(スキル・マネジメント・マインド)」そして「信頼(人間性・責任感)」と定義された。
まさしく4番目のその人間の信頼の度合いというところに繋げていくものであることが見えてくる。そこには誰もが高い評価をしてくれる実績を積み上げなければならないし、それに必要な豊富な経験、そしてレベルの高い能力を身につける必要がある。それにより、どのような環境変化にも人を支えられることができるし、それはまた自分を支えることでもある。


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2017年04月03日

得手不得手

自分が持っている能力に適していることをするときには、すべてのことがうまくいく。
しかし、自分の能力が適していないことをするときには、苦労ばかりが多くて得られるものは少ない。
真言密教の開祖、空海の言葉である。

人の能力には向き、不向きがある。
誰もが得意とするもの、不得意とするものがあるのだ。
人付き合いはうまいが、一人でコツコツ何かをやるのは苦手だという人がいたり、頭が良くて考えるのは得意だが、手先は不器用で何かを作るのは苦手とか。

まあいわば長所と短所みたいな捉え方なのだが、大切なのは自分が何に向いていて、何に向いていないのか?ということを自分自身でよく知っておくことだ。そして、できるだけ、自分に向いているもの、自分の能力を活かせることに従事していけるように努力することが大切だ。

自分の得意とすることに特化することにより、事がうまくいき、自信も得られ、やる気も増してくるという好循環が生まれてくる。
これが逆のパターンになると自信もやる気も失ってしまう。

もちろん人生には自分の思い通りにはいかず、いろいろな事情でその意に反したことに従事しなければならないシチュエーションのときもある。
そんなときは、とりあえずやってみる!

意外に上手くいったり、後から振り返ってみると、それなりにできていたりするときもある。
それはそれで新たな自分と出会えたりするときもある。
確かに自分をよく知ることは非常に大切なのだが、最初からそれがよく分かっている人はそうはいない。
つまりそれを知るために、それを見つけることができるまであきらめないことだ。

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2017年03月27日

GEST

牛角の接客のスタイルに「GESTオペレーション」というものがある。
「GEST」すなわち、お客様に接するときのスタンスをGESTの頭文字を使って、皆で共有していくというものである。
最初のGはGenki(元気)、EはEyes to Eyes (目から目ということで、しっかり相手に目線を合わして、気持ちを伝える)、SはSmile(笑顔)、そしてTはTalk(話す)。
つまりこの4要素は人がコミュニケーションをとるときの礼儀ともいえるスタンスである。
オペレーションという形で紹介したが、実は心の持ち方、すなわちマインドである。
これはお店を運営していく上で、対お客様だけではない。
スタッフ同士でもこれがしっかりと実践できたなら、どれだけ生産性を高めることができるか、計り知れない。
その他に「10大接客用語」というものもある。
 屬△蠅とうございます」
◆屬い蕕辰靴磴い泙察
「はい、よろこんで」
ぁ屬しこまりました」
ァ崋採蕕い燭靴泙后
Α屬待たせいたしました」
А嵜修渓ございません」
─崑今、お伺いいたします」
「ありがとうございました」
「お気をつけてお帰りください」
          以上である。
よく見ると、ありがとうという感謝の言葉が,鉢の2つの枠に掲げられている。
,里△蠅とうはお客様を出迎えるいらっしゃいませの言葉の前に来店に対する感謝の気持ちを心で発するありがとうで>、はその気持ちをお帰りの際に再度言葉で発して、お客様に感謝の意を伝えていくのである。
これらはたしかにマニュアル化されたものなのだが、これをいかに一人ひとりがマインドに変えていくかが重要だ。

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2017年03月20日

自信

人生を有意義に生きていくには自分に自信を持つということが非常に重要な条件となってくる。
自分への自信があってこそ何事にも意欲的に取り組んでいけるものだ。

アドラーは「すべての人の目的は、優れたことを成し遂げるということだ。しかし自分への自信を失ったとき、その人の人生は生産的なものから非生産的な方向へと転じてしまう。」と言っている。
生産的な人生とは生きることに意欲的に取り組み、大きなことを成し遂げたり、すばらしい作品を創造したり、つまり自分の夢を叶えていく人生で、非生産的な人生とは生きることにやる気を失い、実りあることを何ひとつ創り上げることができない人生をいう。

人間にとって幸福なのは、もちろん、生産的な人生を生きることだ。
そして、その原動力となるものが自信だ。

では自信とはどのようにすればもてるのだろう?
自信とはどこかよそからもたらされるものではない。
自らの気持ちの持ち方や行動によって、意欲的に作り上げていくものなのだ。

自分の中に生きる自信をただぼんやりと生まれてくるのを待っているだけではいけない。
自分のほうから積極的に生きる自信を創り上げていこうという努力をしている人が「やる気に満ち溢れている人」ともいえるかもしれない

もうひとつは「自分に与えられたものを、どう使うか?」である。
誰も特別な才能があったり、とび抜けた能力に恵まれているわけではない。
ありふれた才能の中にこそ、人を驚かせるようなことを成し遂げることが可能なのだ。
それは自分の才能をいかに上手に使うかということだ。

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2017年02月27日

2つの心理

先週、新しいチャンレンジについて記したのだが、確かにそれは人のやる気を高めていくものであり、効果性は高いものがある。
しかしながら、そこにはマニュアルも確実な成功法則もない。
すべて手探りで始めていかねばならず、当然のことながら、試したことが失敗することも数多くある。

しかし失敗することを恐れていたら、そもそも新しいチャレンジなんてできるわけないし、強い意欲も湧いてこない。

人には2つの心理がいつも働いている。
ひとつは成功したいという「成功達成欲求」。もう一つは失敗したくないという「失敗回避欲求」。
この2つは誰の心にもある

ただし人によって、「失敗回避欲求」よりも「成功達成欲求」のほうが強いのだ。
心理学では「成功したい」という気持ちより、「失敗したくない」という思いのほうが強いタイプは物事に消極的でチャレンジ精神が弱いと言われているが、一方でその逆の人は何事に対しても意欲的でチャレンジ精神が旺盛だ。
面白いことに失敗を恐れれば恐れるほど成功したいという気持ちは薄らいでいく。

ではどうしたら失敗することに対して怖れなくなるだろう。

それは楽観視するしかない。
「失敗したら失敗したときのことだ」ぐらいの気持ちを持つことができれば、恐れる気持ちは薄れ、成功したいという気持ちはおのずと強まっていく。

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2017年02月20日

新しいチャレンジ

向上心とは「よりすぐれたもの、より高いものを目指して努力する心」という意味だが、心理学では「自分が何を目指しているかによって、そのやる気の度合いに変化が出てくるという。

人は働くときに目指していることを「職務満足」というが、それは自分の努力が認められるであるとか、責任ある仕事を与えられる、自己成長を感じられる、周囲が自分に対して協力的、自分の望む報酬が得られている、健康的な環境等々である。

これらはすべての人間の向上心を高める原動力となっているのだが、最も人間の向上心を高めるものは「新しい仕事にチャレンジし、いい仕事をやり遂げる」ことだと言われている

「新しい仕事にチャレンジする」こと自体に人はやる気を感じる。

その上に、いい結果がでればさらにまた新しいことにチャレンジして、もっといい仕事をやり遂げたいという、さらなる向上心が生まれる。

考えてみれば人間の歴史は、絶えず新しいチャレンジのもとにある。

ふと考えると人間はなぜこのように絶えず新しいことにチャレンジすることが好きなのだろう?

それはたぶん、新しいことにチャレンジすると、そこに強い働きがいであったり、やりがい、生きがいというものが存在していくからだろう。

この「〜がい」という存在自体が人間の生命力を活性化させていき、新しいチャレンジをしていくやる気に火をつけるのである。

新しチャレンジを続ける限り、いつまでも若々しい意欲を生み出していける。


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2017年02月13日

内発的動機

老子の言葉に「足るを知るものは富む」というのがある。
足るとは満足する意味だが、富むとはお金が儲かるとか家が裕福になるという意味ではない。
ここでいう「富む」は心に大きなエネルギーが満ち溢れた状態になれる」という意味だ。

つまり富む状態であれば、人生を意欲的に生きていけるという解釈になる。
人には「外発的動機」と「内発的動機」がある。

例えばお金が欲しいという欲望があって、それが仕事への意欲ややる気に繋がっていく。
こういった頑張る感を外発的動機という。
お金だけに限らず地位や名誉、権力といった、いわば外発的な価値を得るためのやる気だ。

一方で「より良い仕事をしたいという意欲」で自分の意欲ややる気に繋げていくのが「内発的動機」だ。
これは人間の内面から湧き出てくる意欲を意味しているので、外発的動機よりも持続性があり、長続きするといわれている。

お金が欲しいちう一心で頑張っていくと、ある程度のお金を得た段階で目標を見失ってしまう。
目標を見失うとやる気を喪失してしまうのが人間だ。
そういった意味では内発的な動機は常に目標設定がレベルアップしていき、目標を見失うことはない。
その人の心の中でずっと持続されるのだ。
内面から湧き上がってくる意欲があれば、心に大きなエネルギーで満ち溢れた状態でいることができる。
つまり「富む」である。

どんどんと新しいチャレンジをして、自分の可能性を大きく広げていくことができれば、
「足るを知る」つまり満足する心を持てる。
意欲的か否かの選択は「全て自分次第」である。

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2017年02月06日

明日へのやる気

明治、大正、昭和と長きに活躍した大倉喜八郎という実業家がいる。
鹿鳴館、帝国ホテルなどを設立、東京経済大学の前身、大倉商業学校の創設者でもある。
彼の手がけたビジネスは建設はもとより、貿易、化学、製鉄、食品など非常に多岐にわたる。

そんな彼の残した言葉に「今日はよく働いたと夕方になって満足することほど、私にとって大きな楽しみはなかった」と述べている。

この言葉は、日々新鮮なやる気を持続して暮らしていくためには「いかに満足する」ということが大切かを感じさせる。
「今日のよく働いた」という満足感はあるへのやる気に繋がっていくからである。
ところが、人によっては、どんなに一生懸命働いても満足感を得られないタイプの人間も意外に多い。

このタイプの人間は自分の努力に満足するどころか、「自分にはまだまだ努力が足りない」、まだ頑張れたはずだ!と自己卑下してしまう。

自分に厳しい、完璧主義、まじめな頑張り屋さんといった性格が強い人にこういう人が多いといわれる。
これはこれで素晴らしいと思うが、来る日も来る日もこれではどうか?と思う。

次へ次へという発想はマネジメント的には必要だが、ある意味、完結することも必要であり、その上で更なる高みにチャレンジしていくほうが効果性は高い。

「もうこれ以上頑張れない」という状態になるより、満足感の得られる「今日一日、一生懸命生きる」という目的にしたほうがよい。
仮にその日、成果が得られなかったとしても、明日へやる気に繋げていくためには、「よく働いた」という満足するように心がけたい。

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2017年01月30日

やる気の優先

先週、物事を始めるきっかけや継続性のことについて記したが、いずれにしろ「まずはやってみる」という優先事項がなければ、それこそ何も始まらない。
よく、「しばらく経って、やる気になったら、やってみます」というスタンスの人がいる。
これは「やる気にならなかったら。いつまで経ってもやらない」と言っているのと同じである。

勉強もそうでしょう。
「勉強をやる気になったら勉強する」と言っている子供も
「やる気にならなかったら勉強なんてしない」と言っているのだ。
こんなことを言っている人は往々にしていつまで経っても勉強を始めることはないだろう。
結局は「やる気にも、その気にもならなかったから、まだ何もしていない」と言い訳するのがオチだろう。

つまり、「やる気になってから、やる」などと考えていては、やる気は来ない。
やらなければならない勉強があるのなら、とにかく「やる」というスタンスでいなければならない。
「やってみるから、やる気が出てくる」というのがほとんどだからだ。

まずは勉強を始めるとき机に座って、本を開いてみるというアクションが次へと進む。
ある有名な画家が「まずは絵筆を持って、何でも描いてみなさい」と衆に述べた。
これもまずはやってみることを優先する、やってみれば、やる気が湧いてくるという意味を述べたものだ。

ではなぜやってみるとやる気が出てくるのだろう。

例えば1枚目の絵は花の絵を描いた。
その次じゃ風景画を描いてみたいというように次のステップが見える時にやる気というものは出てくるのだ。
つまり、行動は次の行動をイメージさせるということだろう。

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2017年01月23日

七日間

人のことは言えないが、世の中には「飽きっぽい」と言われている人が多い。
何かを始めてはすぐに放り投げる。という行動を何度もい繰り返してしまう。
それが行動習慣として身についてしまうのだ。
また、何をするにしても「どうせ自分には長続きするはずがない」と思い込んでいる。
そういう考え方が癖になっているのだ。

健康のために30分のウォーキングをする気になったとしても、身についている「何かを始めては、すぐに放り出すという行動習慣「考え方の癖」を変える必要がある。
そのための方法として、なにはともあれ「七日間がんばって続ける」という方法が有効だという。

何をやるにしても最初の七日間は大変だが、七日間頑張れば、精神積にも体力的にも少し楽になってくる。
その段階で「これからまた七日間頑張ってみよう」と考える。
短い期間に限って頑張り、その期間を積み重ねていくことによって、「始めたことを長く続けていく」という
新たな行動習慣が身についていけるだろう。

それに従って、「長続きするはずがない」という考え方に癖も改まり、「粘り強く物事を続けていける」という自信も生まれてくるだろう。
人は「1つのことが習慣になると、それを変えることを嫌おうとする。これは人間の普遍的な本能のようなもの」といわれている。

それゆえ「とりあえず七日間がんばってみる」ということが有効な手立てとなってくるのだ。

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2017年01月16日

環境

2017年も好調にスタートした、テニスの錦織。
今年はGS4大大会の優勝が期待される。
彼は14歳のときにアメリカの名門、「ニック・ボラテリー・テニス」に留学している。
プロテニス選手を養成する完全寄宿制の国際テニス選手養成学校である。

プロスポーツのコーチたちは皆、偉大な選手になるには偉大なチームに入るしかないという。
少し不思議に聞こえるかもしれない。
というのは、まずは偉大な選手にならなければ偉大なチームに入れないのではないかと普通思う。
誰もが偉大なチームに入れるわけではなく、本当に優れたチームは限られているだろうし、試験もあれば厳しい基準もあるだろう。
優れたチームほど、自分たちの基準の高さを死守しようとする。
プロのコーチが言いたいのはそういったチーム特有の文化と選手のあいだには、互恵関係が生じるということだ。

先週、記した「対応原則」に基づいていうなら、ある特徴によって集団に選ばれた者がその集団に属したことで、さらにその特徴が強化されるということになる。
人は周囲のやり方に合わせていくようにできている。
集団に溶け込もう、周りのやり方に合わせようとする人間の欲求は非常に強力なものだ。

またこういった見方もある。
無意識のあいだに集団に溶け込み、新しい行動のしかたや考え方を身に着けていけるということだ。
このことから、いかに組織や集団が個人に及ぼす影響力が大きく、環境が人を形成していることが理解できる。
またそれぞれの組織が個々へ良い影響がいきわたるようなレベルを保つことも肝要だ。


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2017年01月09日

対応原則

人間形成の理論に「対応原則」というものがある。
人の考え方や感じ方、行動に持続的な変化をもたらす要因を掘り下げていくと、
人間の性格は幼年期を過ぎても変化することが最近分かってきている。

「対応原則」が示唆しているのは、私たちは自分の性格特性に合った状況に引き寄せられて、そのような状況に身を置くことで、その性格特性がさらに育まれ、強化され、増幅されるということだ。
この関係は好循環と悪循環のどちらにもつながる可能性があると言われている。

ある追跡調査で、数千名の青年たちがやがて成人して就職するまでの間で
敵愾心(てきがいしん)の強い青年たちの多くは社会的地位の低い職業についており、
生活費を稼ぐのにも苦労していた。
そうした状況のせいでさらに敵愾心が強くなり、ますます社会的な地位を下げていった。

一方、人付き合いのいい青年達は人格形成の好循環を経験していった。
社会的地位、高収入で安定し、ますます社交的になっていった。

幼い女の子が自分のレーズンの箱を開けられず、
「こんなのムリだ、もういいや!」とつぶやいたときから、なんでもすぐあきらめる悪循環に陥ってしまうかもしれない。

新しいことに手を出してはすぐにやめるの繰り返しでは好循環に入るチャンスを逃してしまう。
好循環とは「もがきながらでも、努力を続けることが進歩につながり、それによって
自信が生まれ、もっと大変なことにも挑戦できるようになることだ。

小さな勝利を励みにするスタンスを忘れたくない。

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2016年12月05日

継続

脳は筋肉のように鍛えられるという。
能力を「固定思考」でとらえてくると、逆境を悲観的に受け止めるようになってしまう。

このようになると、困難なことはあきらめてしまうだけでなく、最初から避けるようになってしまう
それとは逆に「成長思考」で捉えていくと、逆境を楽観的に受け止められるようになり、粘り強くなれる。
新しい試練が訪れても臆せず立ち向かうため、さらなる強さが培われる。

あるエビデンスによると、脳の構造の変化で突出した分野ごとに、その領域が強化されることが解っており、
ある1つの分野に特化すればするほど、脳は適応力をいかんなく発揮するらしい。
これは筋トレと同じで、ある個所を鍛えれば、そこは発達していく。

こういった特性を活かしていくためには、壁にぶつかったり、挫折したときに、どういう対処をしていったらいいのか?が重要になってくる。

「挫折してもめげない!」なんていうのは少し現実離れしている。
挫折してもめげない人はいない。
しかし、挫折してめげても、めげたままではなく、立ち直るという行動や考え方をとれるかどうかで、大きな違いが生まれる。
立ち直れる人の特性は、「いつも自分ひとりで立ち直らない」という点である。
人に助けを求め「希望」を持ち続けるという行動をとっている。

助けを乞うというと、何か他人任せに自分では解決していかないと思いがちであるが、ここでいう「助け」とはやる気を継続するために、希望を持ち続けるために、困難な局面に際したとき、応援してもらうという意味である。
これがあるとないとでは大違いである。

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2016年11月28日

「意義」と「目的」

もし人類の祖先が食物と性交に対する強い意識を持っていなかったら、命を長らえ、多くの子孫をつくることはできなかっただろう。
人間は誰でもある程度は「快楽原則」によって動かされている。
一方で、人間は進化し、「意義」と「目的」を探求するようになった。

もっとも、深い意味において、人間は社会的な生き物であり、周囲の人たちとつながって、互いに奉仕することも、やはり生存の確率を高め、孤独な人よりも周囲の人たちと助け合って生きるほうが生き残りやすい。
つまり、繋がりを求める気持ちも、快楽の欲求と同じように、人間の基本的欲求だといえる。

したがって、我々はある程度快楽とを得られる幸福も「意義」と「目的」を得られる幸福も、どちらも同じように追及するようにできているのだ。
つながりからくる、意義も目的も基本的に人の役に立つというスタンスがある。

ある消防士が「人々を助けたい!」という、すばらしい動機があったとしよう。
どころが、いざ仕事となると、今一つ実が入らない。
なぜか?
それはもうひとつの動機である、「仕事そのものに対する興味」が欠けていたからだ。
いくら「人を助けたい」という思いがあっても、本人が仕事に興味をもって楽しんでいない限りは、大きな努力に結びつくことはないのである。


この社会的動機(仕事を通じて人の役に立ちたい)と仕事そのものに対する動機(仕事が楽しい)の関係性はどこか「意義」と「目的」に通じるような気がする。
そう捉えていくと、この社会的動機という意義は誰もが養えるということになる。


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2016年11月21日

意図

何十年も同じ仕事をしていても、中程度のレベルにとどまっている人は世の中にたくさんいる。
1つのことを長い間しているのに「まあまあ」か「そこそこ」というスキルの程度を指す。

一方、トヨタ方式といわれる、今や世界的な用語となった「カイゼン」がある。
継続的な改良という意味で用いられるのだが、世界中のビジネス文化に大きな影響を与え、成功者の誰もがこれを行っているのだ。
卓越した技術や知識を身に着けているにもかかわらず、さらに上を目指したいという強い意欲だ。
常に、「もっと!」という気持ちを抱いており、これはスポーツ界のアスリートたちにもよく聞く言動だ。

そこにはある秘密が隠れている。
先に例としてあげた時間にある。

「どれだけ長時間取り組んだか?」ではなくどれだけ集中して、質の高い取り組みを行ったか?」ということだ。
ある機関の調べで、エキスパートたちの練習量が並外れて多いわけではなく、練習に仕方が他とは一線を画するという。

何千時間の練習を積み重ねているだけではなく「意図的な練習」を行っているというのだ。

その方法は3つあるといわれ、
まず「ある1点に的を絞り高めの目標を設定する」
この際具体的な弱点の克服に努め、達成していない困難な目標を選ぶ。

二つ目に「しっかりと集中して努力を惜しまない」
意外にもチームプレイで競技するものでも、練習時間の7割はテクニックを磨くため1人で練習し、調整する。

3つ目は「改善すべき点を理解し、うまくできるまで何度でも繰り返す」
克服を積み上げることが熟練の境地に至ることができる。

sansen_itto at 12:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!