2017年07月24日

優先順位の法則

大企業の社長でも中小企業の社長でも、スポーツチームの監督でも小さなグループのリーダーでも、優れたリーダーなら必ずやらなければならないのが「優先順位」を決めて行動するということだ。
優秀なリーダーなら、優先順位の大切さを直感的に感じているが、全員が優先順位を決めているわけではない。
それにはいくつかの理由がある。
まずは、人は忙しいと、何かを成し遂げたような勘違いをする。
しかし忙しければ、仕事の成果も上がっているかと言えば、決してそうではない!
行動がそのまま実績になることはない。
また優先順位をつけるためには、常に先を読み、何が重要なのかを考えなくてはならない。
次に何が起こるか。
あらゆることをチームの組織やビジョンと関連づけていくことは難しいことだ。
そしてもう一つ言えることは優先順位を決めることによって、「やりたくないこと」にも着手していかねばならないということがある。
ではどうして優先順位をつけていくとよいのか?というポイントを確認していく。
それは「パレートの法則」。世にいう2:8ニッパチの法則というやつです。
要するに重要度の上位20%に入る仕事に集中すれば、利益の80%を得られるというものです。
逆説的に見ると対して重要でない80%のことに注力していても成果は20%しか得られないということがいえます。
そこで優先順位の指標となる3Rを紹介しておきます。
*Requirement(何が求められているか)
*Return(成果)
*Reward(報酬)
です。
この3Rを頭において「やるべきこと」の順番を決めていくのです。

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2017年07月17日

切断

相乗効果を考えるとき、互いに決断するシーンというのが付きまとう。

一番シンプルに考えるとき、何かをまず捨てることを決めて、その後どうするかを考えるとき。
もう一つは何かを加えると決めて加えたものをどう生かすか考えるとき。

この二つを比較してみると事後的な成果が対照的に現れるという。
意外に捨てる場合にはその後発展し、加える場合には思わしい成果が出ていないというのである。
それを方程式mに落とし込むと*捨てる2−1=3であり、*加えるは2+1=1といった感じである。

ともに算数の答えとしては間違っているのだが、人間の心理を考えると、正しい方程式になる。
1をマイナスした場合は穴ができるので、それを何かで埋めようと懸命に考えたり、あるいは1をマイナスしたことにより、それが邪魔していた別のものが表に出てきたりする。
いずれにしてもマイナスするプロセスから何かが生まれることを意味している。

逆に加える場合、1が加わったため、それまであった2との関係が複雑になる。
あるいは2が安心してしまう。だからねじれや歪み、緩みなどが出てしまう。
プラスすることで何かが余分となり、それが邪魔して思わぬ結果が出ないことが多い。


資源不足と嘆くのではななくむしろ余分なものを捨てることをまず考えてみたらどうだろう?
捨てた後に、新しい資源が生み出されてくるかもしれない。
それは人々のエネルギーだったり、眠っていた能力や設備であったりするかもしれない。
切断の痛みを押さえようとする力は強い。


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2017年07月10日

絶対勝利の法則

勝利を手にするリーダーと、惨敗してしまうリーダーとの違いは何か、考えたことがあるだろうか。
何がチームを勝利を導くのか。

勝者と敗者を分ける資質を特定するのは難しい。
リーダーを取り巻く状況も異なれば、危機を乗り越えるために解決すべき課題も様々だ。

ただ、勝者に共通しているのは、敗北を受け入れないことだ。
勝利以外の選択は存在しないと言ってもいい。
彼らは常に「勝利するために何をすべきか」に意識を集中させている。
これが「絶対勝利の法則」だ。

最高のリーダーとは困難に立ち向かい、人々を勝利に導くためにはどんな努力も惜しまない。
次の7つの特質に着目してほしい。
♢リーダーシップとは責任である。
♢敗北は許されない。
♢情熱の火が消えることはない。
♢創造性は不可欠である。
♢途中でやめることは考えられない。
♢献身は議論の余地なし。
♢勝利は必ず訪れる。


リーダーはこのような心構えで、ビジョンを掲げ人々を勝利に導くという固い決意をもって困難に立ち向かう。
さて、それではチームとしてはどのような要素がそろっていれば、絶対勝利が可能となってくるのだろう。

大きく分けて次の3つが考えられる。
まずは何といっても「ビジョンの統一」
それそれがバラバラの目標を掲げていては話にならない。
次は「スキルの多様性」
いうまでもないがどんな組織にも、成功するには多彩な才能が必要だ。
3つ目は「リーダーによる的確な采配」
つまり、ビジョンは放っておいて、自然にまとまるというものではないということだ。

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2017年07月03日

仏像

仏教の教えは言葉で伝えるものだが、さらに多くの人に伝えるために、目に見ても教えが伝わるように作ったのが仏像だと言われている。
仏像の並ぶ立体曼荼羅の中心にあるのは、大日如来を中心とする五知如来、その右に五大菩薩、左に五大明王が配置されている。

如来は世界を照らす存在として中心に位置し、その如来が変身した姿と言われているのが菩薩と明王だ。
菩薩はやさしい顔をしていて慈悲の心を表現していて、明王は悪を憎んでにらみつけている。

この明王のいかめしい怒りの表情は外の魔に向いているだけでなく、人の心の中にも向けられているという。
そしてその手には、人の煩悩を縛るロープと煩悩を断ち切る剣を持っているのだ。

つまり如来は慈悲のやさしい顔だけでは人を救えないこともある、そういう追い払えないものを人間の心は持っているがゆえに、その部分に向いている明王の存在を造ったのだ。

今でふうの教育理論に充てると、きちっと叱って導く、つまり正しく成長させていくという考え方なのだ。
そしてさらに不動明王の像をよく見ると、顔の丸みや肌などで優しさを表現の中に含め、この怒りは人を救うという慈悲の心から発しているということを表しているという。

厳しいが優しいといったところだろうか。

慈悲と怒り、この二つの要素が、人を導いていく制度の中には必要で、そしてそこには人間の欲望のエネルギーがベースにあり、段階ごとに上位レベルで浄化されていき、成長していけるのだ。

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2017年06月26日

距離感

人生には3つの課題があると言われている。
それは「仕事の課題」「交友の課題」「愛の話題」である。
そして、後の方にいけば行くほど課題は難しくなる。

ある会社員の男性はこのような悩みを持っていた。
それは「商品を売り込む商談は全く緊張することなく普通に話せるのだが、雑談になると途端に緊張して話せなくなってしまう」というものだった。
また、この男性は女性と話すときも同様に緊張してしまうという。
この事例をもとに先の3つの課題に当てはめると、そのものズバリである。
商談とはすなわち仕事。
これは人間関係の中では一番簡単な?ものである。
しかしそれ以上に難しいのが交友の課題であり、愛の課題なのだ。
雑談や異性との付き合いの方が仕事より難しい。

では、なぜそうなのか?
それは交友の課題や愛の課題は、仕事以上に「濃い」関係だからである。
従って難しさが増すとは当然のことだと言えよう。
では、どう対処していったらいいだろう?

一番難しいと言われる「愛の課題」にフォーカスしてみる。
夫や妻に対して注意や助言をしても、全く聞き入れてもらえなかったのに、赤の他人が自分とまったく同じことを伝えたらすっと聞き入れられて腹が立った。
なんていう話は誰もが経験があるだろう。
人は身近にいる人の忠告を疎かにしがちなのだ。

距離が近い人よりも、適度に距離がある人の方が話を受け入れられやすいのだ。
富士山は遠くから見ていると美しいのだが、いざ近づいてみると岩だらけ。
近くに寄らねば見えないこともあるが、距離感は大事である。

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2017年06月19日

対人

「もう年で若い人には勝てません・・・」は個人の悩みのように聞こえるが実はそうではない。
そう言いながらも「年の割には結構頑張っているでしょ?」と他人にアピールしている。
「最近、鬱(うつ)っぽくて・・・」などという言葉も、鬱(うつ)になりそうなほどに、繊細でナイーブな自分をアピールしている人がいる。
「忙しくて貧乏暇なし。たまには休みが取りたいですよ・・・」という言葉も忙しさをアピールしているだけで、決して落ち込んでいるわけではない。

このように一見すると内面の悩みの吐露のような言葉も、すべてそこには「相手」がいて「目的」がある。
つまり「使用の心理学」というやつなのだろう。

我々の言葉や感情にはすべて相手がいて目的があるので常に観客を意識して言動を発している。
それほどまでに対人関係というものは大切なものだから、悩みも対人関係に帰結する。

体調が悪いことや神経症に冒されていることもまた、対人関係上の問題であり、病気になることで特別な存在となり、相手への優越をアピールできる。
その為に、その人にとっては病気は必要なものとなってくる。

会社や社会全般という人の集まりの中で自分の居場所を確保できるかという悩みは、そのために、自分がどのような役割を果たし、どのように貢献すればいいのかという悩みにつながる。

つまり人は常に悩みに直面しているのだ。
人は一人では生きられない。
もし、この悩みから解放されたいと願うのなら、宇宙でたった一人になるしかないのである。

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2017年05月29日

水車

全ての行動の動機は「愛」と「怖れ」の二つから起きており、自分の行動の背後にあるものがどちらであるか認める必要がある。
時には怖れは怒りなどの感情のブレの前段階で必ず抱いている気持ちであることを認める必要がある。
それではどうやって自分自身の怖れという感情をなくしていけばよいのだろう?
それは自尊心を育むということで解消されるのではないだろうか?
つまり自分の存在を認め、信頼する心を持つということで、これが欠落してしまったり、不足してしまうと、その不足分を人に依存してしまう。
依存するということは常に人からの評価を怖れてしまう状態を指す。

最近ではめっきり、見かけなくなってしまった「水車」。
水車は川の流れ、つまり地球の重力を変換させ、異なる形でエネルギーに変えていけるツールである。
しかしこの水車が軸を持たなかったら、エネルギーを発することができるだろうか?
答えはNOである。
水車は車輪の中心に軸があるから水の流れを効率よく、異なるエネルギーに変換できているのだ。
つまり「中心軸」がしっかり定まっていなければならない。

これは人間にもいえる。
人間の持つべく中心軸は価値基準だといえる。
真の豊かさを追求していくには不可欠なものだろう。
言いかえれば自分の人生において、最も望んでいること、これが中心軸。
これが定まっていると、感情や衝動によるブレはなくなるだろう。

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2017年05月22日

トンネル視

大手の百貨店であった、ある女性接客係の話なのだ。
彼女の接客態度はとてもよく、また日ごろからよく勉強をして豊富な商品知識を持っていることから、お客さんたちから好評を得ていた。
また職場の上司からも期待をされていた。
しかし、ある日、彼女はある一人のお客さんから「あなたのような態度が悪い店員は会ったことがない。失礼にもほどがある」と、散々文句を言われた。
彼女はひどく落ち込み、それがトラウマとなって、その後仕事への意欲を失ってしまった。
上司からは「君はたくさんのお客さんから喜ばれている。たった一人のお客さんから文句を言われたことだけを気にすることはない」と慰められても、彼女はなかなか立ち直ることができなかったという。
このように、「沢山のお客さんに喜ばれている」という全体像を見ずに、たったひとりのお客さんという限定的な事実のみ意識をとらわれてしまう傾向を「トンネル視」という。
トンネルの中からは出口の光景しか見えない。
周囲の全体の光景は見えてこないことから、物事の限られた一部分しか見えなくなる心理状態をいう。
常日頃、文句やクレームなど無縁の人ほど、陥りやすい傾向にある。
ではどうしたらトンネルを出て、全体像をみることができるのだろう?
それは自分の行為に対して喜んでくれた数多くのお客さんの笑顔や感謝の言葉、また満足そうな表情を具体的に思い出せばいいのである。
視野を広く幅の広い考え方で捉えることは、感情的に何かを捉えるのではなく、理性的に物事を判断していける自己リーダーシップなのだ。

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2017年05月15日

強制力

人は相手への信頼感があってこそ、「あの人の喜ぶことをしてあげたい」とやる気になることができる。
信頼感がない相手に対して、人はやる気になることはできない。

ゴールデンウィークの初め、4/28-30にシンクロナイズスイミングのJapanOpenが開催された。
いよいよ2020の東京オリンピックへ向けて「マーメイドジャパン」の指導である。
日本代表というと、あの有名な井村ヘッドコーチがすぐイメージされる。
昨年のリオ五輪では3大会ぶりに日本にメダルをもたらした。それ以前では今や世界第2位というランキングを誇る中国も井村さんの指導のもとで掴んだレベルだ。

彼女の指導方法は徹底したスパルタ式と呼ばれ、一日10時間以上に及ぶ練習を課すという。

彼女の理論は「人生経験少ない子たちに自主性を重んじたり、褒めて伸ばすなんてのは無責任だ」と言い切る。
そして本当に彼女たちにメダルを取らせてあげたいから、人として成長させてあげたいから、私は責任を全うする。とも言う。
いまどきは根性論やスパルタ式は非科学的だと捉えられたり、やれパワハラとかいう風潮がある。
彼女は根性論だけでは勝てないことなど十分知っている。
しかし根性がないと勝てない。
根性は必須条件だという。
以前「チームに必要とされていない」と離脱した子がいた。
その子に「必要とされてないんじゃなくて、必要とされる人間になるのが先」だと言ったという。
過度に練習を課すのも選手の限界を伸ばすためなのだ。

そのためにも基礎の身体づくりには力を注いでいる。
こういった指導力も互いの信頼関係の強さあってこそだ。

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2017年05月08日

特定の人

アドラー心理学のなかに「人間はいつも{特定の人}のことを考えて行動している」という言葉を残している。
人のやる気をという感情についても同じことが言えるのではないだろうか?
人がやる気になるのは、もちろん「自分の幸福のため」「自分の思いを実現するため」「自分らしい生き方をするため」という側面がある。
その一方で「大切な人のため」「家族のため」「自分らしい生き方をするため」という側面がある。
言い換えれば「自分のため」だけを考えて行動しても、強いやる気は生まれてこないのである。
それに加えて「人のため」を思ってこそ、力強いやる気が生まれてくる。

これは人の精神力に働き、自分の夢をどんどんかなえていく人に共通している。
「こんな商品を」「こんなサービスを」「私がガンバレばみんなが喜ぶ」というように他人への意識を働かせることで充実感を得られる。
そのときの重要なポイントは相手の立場になる」というスタンスである。

いくら頑張っても、喜んでもらう相手のためになっていなくては意味がないし、喜んでもらえない。
そうなると自分のモチベーションも下がってしまう。
ここであらためて確認しておきたいのが「3つの感」である。
ひとつは相手の気持ちに寄り添う「共感」
二つ目は相手を信頼する「信頼感」
三つ目は人に貢献する「貢献感」

この3つの要素はひとりの人間が意欲的に充実した人生を実現していく上で、とても重要な要素となってくる。
相手の目となって看て、耳となって聴いて、相手の心になって感じていくという事だろう。

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2017年05月01日

好奇心

正常な人間は、人生の課題と困難がやってきたときに、それに対処するために十分なエネルギーと勇気を持っているとされている。
これを言い換えるとエネルギーと勇気を得ることができるのだろう?
これは日常生活の中でちょっとした工夫と心得を持つことが得られる。
例えば生きていくからエネルギーを作り出すために大切なのは「好奇心」というものがある。
「こんなことを試したら、うまくいくのではないか?」「これを解決したら、どんな世界が待ち受けているのだろう?」「この先、自分の人生には何が訪れるだろう?」
このような好奇心が人生の課題と困難を乗り越えていけるエネルギーを創りだしてくれる。
小説家、森鴎外の言葉に「未知の世界への好奇心が僕を刺激する」とある。
このなかの「刺激する」ということはまさしく、生きるエネルギーが活性化させると捉えることができる。
人生の課題と困難にぶつかったときは、それを乗り越えた先に見える「すばらしい自分の将来」がどのようなものになっていくか想像してみるといい。
そうすれば、自分の課題と困難を乗り越えるために必要な生きる意欲を作りだしていけるだろう。
何事に対しても、やる気に満ち溢れている人は、このように先のことに対して、いいイメージを抱くことが非常に上手い。
ようするに「将来の先取り」とでもいうか、イメージしたシーンに対して「よし、やってやるぞ!」という気概に変えるのである。

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2017年04月24日

要請コスト

今週は新入社員たちがいよいよキャンプを卒業する週であるが、日々成長を重ねてくれていると期待するところだ。
一つ課題として与えられているのは、困ったときに素直に助けを求められるかどうかである。
というのも、ある傾向として、自分に自信のない人ほど、周囲に「助けてください」と言えないからである。
人は、他人に「助けて欲しい」と援助を要請した場合、相手からどう思われるかということを考える。
また、そのことで自分はどういう立場に立たされるかということを考える。
こういったことを「要請コスト」という。
自分が得る利益と払う犠牲とを計算し、周りの人たちに助けを求めるかどうか判断することなのだが、では払う犠牲とはなんだろう?
それは周りの人たちから無能な人間だと思われ、プライドが傷つけられたり、自分の評価が下がって、今の立場が危うくなり、将来性がなくなるとかである。
その他、恥をかく、助けてもらった相手にこの先、頭が上がらなくなる。

なんていうこともあるだろう。
その為に、周りの人に助けを求めたり、やめてしまうのだ。
結果はどうなるだろう?
問題を一人で抱え込んでしまい、どうしようもない状態にはまり込み、最後には問題を解決すること自体から逃避してしまう。
ところが自信のある人は恥をかく、無能と思われる、評価が下がるというようなことは気にしない。
困った問題に直面したら、余計な心配はせず、素直に助けを求めるということを忘れたくないものだ。
これは新人に限った事例ではない。
やる気のない自分に陥らないようにするには、すべてオープンしていくことである。

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2017年04月17日

自己決定感

「自己決定感」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
聞いたことがなくても、7つの習慣的発想をしていけば、なんとなく理解はできるだろう。
自分の行動を他人に決定されるのではなく、自分自身で決定していること」とあり、想像した通りの内容だと思われる。
個々で大切なのは自分自身で決定しているということよりも、それを「実感」できているか否かである。
自己決定感の強い人は、何事にも積極的なので、意欲的に自分の人生を切り開いていくことができる。
逆であれば、消極的でやる気のない生活を送ってしまいがちになる。
世間でいう、指示待ち人間などがこれに当てはまっていくのだろう。
これは人から言われて、どうこう変わるものではない。
自分がやりたいことを持ち、それを実現するために自らが積極的に働き掛けていくしかないのである。
もちろん、自分がいくらやりたいことを貫いても、周囲の環境がそれを許してくれないシチュエーションも多々あろう。
また、周囲からの要請で、やりたくないこともしなければならない場合もある。
そういった「社会的なジレンマ」はチームで動いている組織では日常茶飯事だ。
こういった思い通りにならない状況の中でも自分がやりたいこと、自分の夢や希望、、志を実現していこうという気概を持っていたいものである。
アドラー心理学に「自分次第で、状況が変えられる」という考え方がある。
自分がやりたいことを実現するための努力を続けていれば、いつかチャンスが巡ってくるということだ。
状況は変えられる!

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2017年04月10日

キャリア

今週、カーブスジャパンのマネージャー研修の中でも解説された「キャリア」という言葉がある。
近年、世間で頻繁に使われているのだが、そもそもキャリアの定義とは何なのだろう?
キャリア官僚・キャリア組などのエリートのイメージがあったり、一昔前ではキャリアウーマンなんて言葉もあった。
大抵が大雑把なイメージで捉えられて使われていることが多いのだが、一般には仕事・経歴・就職・出世などのことでよく使われている。
厚生労働省が提唱している概念としては「時間的持続性ないし、継続性をもった概念」として定義されている。
つまり仕事等の点や結果を指しているのではなく、働くことに関わる「継続的なプロセス(過程)と働くことにまつわる「生き方」そのものを指しているのだ。
つまり、キャリアを積むということは、この仕事の経験を積むという事だけではなく、その仕事に取り組むプロセスの中で身に着けていく技術・知識・経験に加えて、人間性を磨いていくこと、そしてプライベートも含めた自分自身の生き方を磨いていくというように解釈すべきだ。

昨日行われた研修ではキャリアを「実績」「経験」「能力(スキル・マネジメント・マインド)」そして「信頼(人間性・責任感)」と定義された。
まさしく4番目のその人間の信頼の度合いというところに繋げていくものであることが見えてくる。そこには誰もが高い評価をしてくれる実績を積み上げなければならないし、それに必要な豊富な経験、そしてレベルの高い能力を身につける必要がある。それにより、どのような環境変化にも人を支えられることができるし、それはまた自分を支えることでもある。


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2017年04月03日

得手不得手

自分が持っている能力に適していることをするときには、すべてのことがうまくいく。
しかし、自分の能力が適していないことをするときには、苦労ばかりが多くて得られるものは少ない。
真言密教の開祖、空海の言葉である。

人の能力には向き、不向きがある。
誰もが得意とするもの、不得意とするものがあるのだ。
人付き合いはうまいが、一人でコツコツ何かをやるのは苦手だという人がいたり、頭が良くて考えるのは得意だが、手先は不器用で何かを作るのは苦手とか。

まあいわば長所と短所みたいな捉え方なのだが、大切なのは自分が何に向いていて、何に向いていないのか?ということを自分自身でよく知っておくことだ。そして、できるだけ、自分に向いているもの、自分の能力を活かせることに従事していけるように努力することが大切だ。

自分の得意とすることに特化することにより、事がうまくいき、自信も得られ、やる気も増してくるという好循環が生まれてくる。
これが逆のパターンになると自信もやる気も失ってしまう。

もちろん人生には自分の思い通りにはいかず、いろいろな事情でその意に反したことに従事しなければならないシチュエーションのときもある。
そんなときは、とりあえずやってみる!

意外に上手くいったり、後から振り返ってみると、それなりにできていたりするときもある。
それはそれで新たな自分と出会えたりするときもある。
確かに自分をよく知ることは非常に大切なのだが、最初からそれがよく分かっている人はそうはいない。
つまりそれを知るために、それを見つけることができるまであきらめないことだ。

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2017年03月27日

GEST

牛角の接客のスタイルに「GESTオペレーション」というものがある。
「GEST」すなわち、お客様に接するときのスタンスをGESTの頭文字を使って、皆で共有していくというものである。
最初のGはGenki(元気)、EはEyes to Eyes (目から目ということで、しっかり相手に目線を合わして、気持ちを伝える)、SはSmile(笑顔)、そしてTはTalk(話す)。
つまりこの4要素は人がコミュニケーションをとるときの礼儀ともいえるスタンスである。
オペレーションという形で紹介したが、実は心の持ち方、すなわちマインドである。
これはお店を運営していく上で、対お客様だけではない。
スタッフ同士でもこれがしっかりと実践できたなら、どれだけ生産性を高めることができるか、計り知れない。
その他に「10大接客用語」というものもある。
 屬△蠅とうございます」
◆屬い蕕辰靴磴い泙察
「はい、よろこんで」
ぁ屬しこまりました」
ァ崋採蕕い燭靴泙后
Α屬待たせいたしました」
А嵜修渓ございません」
─崑今、お伺いいたします」
「ありがとうございました」
「お気をつけてお帰りください」
          以上である。
よく見ると、ありがとうという感謝の言葉が,鉢の2つの枠に掲げられている。
,里△蠅とうはお客様を出迎えるいらっしゃいませの言葉の前に来店に対する感謝の気持ちを心で発するありがとうで>、はその気持ちをお帰りの際に再度言葉で発して、お客様に感謝の意を伝えていくのである。
これらはたしかにマニュアル化されたものなのだが、これをいかに一人ひとりがマインドに変えていくかが重要だ。

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2017年03月20日

自信

人生を有意義に生きていくには自分に自信を持つということが非常に重要な条件となってくる。
自分への自信があってこそ何事にも意欲的に取り組んでいけるものだ。

アドラーは「すべての人の目的は、優れたことを成し遂げるということだ。しかし自分への自信を失ったとき、その人の人生は生産的なものから非生産的な方向へと転じてしまう。」と言っている。
生産的な人生とは生きることに意欲的に取り組み、大きなことを成し遂げたり、すばらしい作品を創造したり、つまり自分の夢を叶えていく人生で、非生産的な人生とは生きることにやる気を失い、実りあることを何ひとつ創り上げることができない人生をいう。

人間にとって幸福なのは、もちろん、生産的な人生を生きることだ。
そして、その原動力となるものが自信だ。

では自信とはどのようにすればもてるのだろう?
自信とはどこかよそからもたらされるものではない。
自らの気持ちの持ち方や行動によって、意欲的に作り上げていくものなのだ。

自分の中に生きる自信をただぼんやりと生まれてくるのを待っているだけではいけない。
自分のほうから積極的に生きる自信を創り上げていこうという努力をしている人が「やる気に満ち溢れている人」ともいえるかもしれない

もうひとつは「自分に与えられたものを、どう使うか?」である。
誰も特別な才能があったり、とび抜けた能力に恵まれているわけではない。
ありふれた才能の中にこそ、人を驚かせるようなことを成し遂げることが可能なのだ。
それは自分の才能をいかに上手に使うかということだ。

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2017年02月27日

2つの心理

先週、新しいチャンレンジについて記したのだが、確かにそれは人のやる気を高めていくものであり、効果性は高いものがある。
しかしながら、そこにはマニュアルも確実な成功法則もない。
すべて手探りで始めていかねばならず、当然のことながら、試したことが失敗することも数多くある。

しかし失敗することを恐れていたら、そもそも新しいチャレンジなんてできるわけないし、強い意欲も湧いてこない。

人には2つの心理がいつも働いている。
ひとつは成功したいという「成功達成欲求」。もう一つは失敗したくないという「失敗回避欲求」。
この2つは誰の心にもある

ただし人によって、「失敗回避欲求」よりも「成功達成欲求」のほうが強いのだ。
心理学では「成功したい」という気持ちより、「失敗したくない」という思いのほうが強いタイプは物事に消極的でチャレンジ精神が弱いと言われているが、一方でその逆の人は何事に対しても意欲的でチャレンジ精神が旺盛だ。
面白いことに失敗を恐れれば恐れるほど成功したいという気持ちは薄らいでいく。

ではどうしたら失敗することに対して怖れなくなるだろう。

それは楽観視するしかない。
「失敗したら失敗したときのことだ」ぐらいの気持ちを持つことができれば、恐れる気持ちは薄れ、成功したいという気持ちはおのずと強まっていく。

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2017年02月20日

新しいチャレンジ

向上心とは「よりすぐれたもの、より高いものを目指して努力する心」という意味だが、心理学では「自分が何を目指しているかによって、そのやる気の度合いに変化が出てくるという。

人は働くときに目指していることを「職務満足」というが、それは自分の努力が認められるであるとか、責任ある仕事を与えられる、自己成長を感じられる、周囲が自分に対して協力的、自分の望む報酬が得られている、健康的な環境等々である。

これらはすべての人間の向上心を高める原動力となっているのだが、最も人間の向上心を高めるものは「新しい仕事にチャレンジし、いい仕事をやり遂げる」ことだと言われている

「新しい仕事にチャレンジする」こと自体に人はやる気を感じる。

その上に、いい結果がでればさらにまた新しいことにチャレンジして、もっといい仕事をやり遂げたいという、さらなる向上心が生まれる。

考えてみれば人間の歴史は、絶えず新しいチャレンジのもとにある。

ふと考えると人間はなぜこのように絶えず新しいことにチャレンジすることが好きなのだろう?

それはたぶん、新しいことにチャレンジすると、そこに強い働きがいであったり、やりがい、生きがいというものが存在していくからだろう。

この「〜がい」という存在自体が人間の生命力を活性化させていき、新しいチャレンジをしていくやる気に火をつけるのである。

新しチャレンジを続ける限り、いつまでも若々しい意欲を生み出していける。


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2017年02月13日

内発的動機

老子の言葉に「足るを知るものは富む」というのがある。
足るとは満足する意味だが、富むとはお金が儲かるとか家が裕福になるという意味ではない。
ここでいう「富む」は心に大きなエネルギーが満ち溢れた状態になれる」という意味だ。

つまり富む状態であれば、人生を意欲的に生きていけるという解釈になる。
人には「外発的動機」と「内発的動機」がある。

例えばお金が欲しいという欲望があって、それが仕事への意欲ややる気に繋がっていく。
こういった頑張る感を外発的動機という。
お金だけに限らず地位や名誉、権力といった、いわば外発的な価値を得るためのやる気だ。

一方で「より良い仕事をしたいという意欲」で自分の意欲ややる気に繋げていくのが「内発的動機」だ。
これは人間の内面から湧き出てくる意欲を意味しているので、外発的動機よりも持続性があり、長続きするといわれている。

お金が欲しいちう一心で頑張っていくと、ある程度のお金を得た段階で目標を見失ってしまう。
目標を見失うとやる気を喪失してしまうのが人間だ。
そういった意味では内発的な動機は常に目標設定がレベルアップしていき、目標を見失うことはない。
その人の心の中でずっと持続されるのだ。
内面から湧き上がってくる意欲があれば、心に大きなエネルギーで満ち溢れた状態でいることができる。
つまり「富む」である。

どんどんと新しいチャレンジをして、自分の可能性を大きく広げていくことができれば、
「足るを知る」つまり満足する心を持てる。
意欲的か否かの選択は「全て自分次第」である。

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