トップページ » 平和相互銀行・関連人物

平和相互銀行・関連人物

 

小宮山英蔵(創立者) 

小宮山美佐子(妻)
英蔵の死後、英一を後継者にすべく、精一と池田の追放を伊坂に依頼。

小宮山常吉(父、元参院議員) 
元々は山梨県で絹の仲介業を営んでいたが、1910年代に英蔵らと上京し、クズ鉄屋を始める。47年に、英蔵の支援を受けて参院選に立候補し当選。

小宮山重四郎(弟、元郵政大臣)
1963年、相互銀行法改正を狙う、英蔵によって政界に送り込まれる。76年、英蔵の政界工作によって郵政相に就任。一連の内紛には関与していなかったとみられる。長女は、衆院議員の小宮山泰子(国民の生活が第一)。

小宮山精一(弟) 

小宮山英一(長男) 

池田良子(長女) 

池田勉(良子の夫、副社長)
警察官僚出身。後藤田正晴の紹介で良子と結婚。1972年に入行。2代目オーナーと目されていたが、英蔵の急死後、英一と伊坂らの画策により、非常勤取締役に降格。

小宮山和子(次女)

小宮山義孝(和子の夫) 
英一を支持し続けた一人。岩間開発の社長を務めていた。


【実権派、四人組】

伊坂重昭(監査役) 

稲井田隆(社長) 

滝田文雄(専務)
国税庁出身。1953年に入行。主に情報工作を担っていたとされる。

鶴岡隆二(融資担当常務) 



【四天王】

安積正(正和恒産社長) 

作本宏義(旅友開発)

次郎丸嘉介(日誠総業社長)

杉尾英登(大洋)
重四郎が郵政相に就任した際に、秘書官に抜擢される。


楢崎敏夫(総武都市開発社長)

小松昭一(英蔵、英一の側近)
英蔵の側近として、政界工作を担当していた。英蔵の死後は、小宮山家の団結を訴え、英一と池田の関係修復に動く。

大池文雄(英一のブレーン) 

川越文雄(初代社長)
元大蔵省事務次官。相互銀行法成立に尽力。

河井信太郎(顧問弁護士、元東京地検特捜部長)
1970年、特捜部時代の部下である伊坂を英蔵に紹介。自身も検事退官後に、伊坂の招きで平相入り。


保毛茂正(専務)

田代一正(会長兼社長)
大蔵省出身。1985年12月、稲井田に代わって社長に就任し、実権派の排除、住銀との合併を進める。伊坂と真部を結びつけた一人。

河合弘之(弁護士)
英一の顧問弁護士。

古屋重信(足立産業専務)

青木伊平(竹下登・秘書) 

安倍晋太郎(元自民党幹事長)
平和相銀から献金を受けていた。西武による、クラウンライターライオンズ買収に関与。

大平正芳(元首相)
精一と関係が深かった。

勝間田清一(元社会党委員長)
英一の結婚披露宴に出席。社会党が、三宅坂に社会文化会館(党本部)を建てた際、英蔵が多額の寄付をした。

岸信介(元首相) 
太平洋クラブの顧問を務めた。英蔵の依頼でヂーゼル機器仕手戦の収拾に関与。石井進を住友側に寝返らせたともいわれる。

田中角栄(元首相) 
英蔵と関係が深かった。英蔵の死後は、伊坂に近かったとされるが、伊坂と英一の内紛が表面化する直前に脳梗塞で倒れた。

玉置和郎(参院議員)
杉尾秀人と関係が深かった。伊坂からの依頼で、精一を社長から辞任させる。

中曽根康弘(首相)
英蔵、作本宏義と関係が深かった。赤字であった平和相銀の関連会社から、献金を受け取ったとして国会で追及された。

中村長芳(岸信介・秘書)
太平洋クラブ、クラウンライター・ライオンズのオーナー。

福田赳夫(元首相) 
政界の中で最も英蔵に近かったとされる。1976年に政権に就くと、重四郎を郵政相に任命した。

坊秀男(元大蔵大臣)
大蔵相在任時の1977年に、秘書の田口日出男がヂーゼル機器仕手戦に参加。相場維持に協力したとされる。

竹下登(大蔵大臣) 

山口光秀(大蔵省事務次官)
1985年6月に磯田と会談。

吉田正輝(大蔵省銀行局長)

磯田一郎(住友銀行会長) 

西貞三郎(住友銀行副頭取)

河村良彦(イトマン代表) 

佐藤茂(川崎定徳社長) 

桑原芳樹(住宅信販社長)
佐藤の側近。提携関係にあった平和相銀の関連企業から、平相株を入手し、佐藤に提供。

佐々木隆治(佐々木通商社長)
佐藤の指示で、藤島興産の江馬自由らと平相株のサルベージを行う。

佐藤衛(託正社長)
佐藤茂の秘書的存在。流失した平相株を集め、佐藤に提供。

真部俊生(八重洲画廊社長) 

石井進(稲川会会長)
平和相銀の用心棒的存在で、伊坂とも関係が深かったが、岸信介の説得を受け住友側に寝返る。1989年、住友側から謝礼として、茨城県のゴルフ場・岩間カントリークラブを譲渡される。

児玉誉士夫(右翼)
英蔵と関係が深かった。ジャパンライン株買い占め事件に介入した際に、英蔵にジ・ライン株を買い取らせた。ロッキード事件が起きた際、平和相銀も特捜部の捜査を受けた。

豊田一夫(右翼)
平和相銀が持て余していた鹿児島県の馬毛島を、国に買い上げさせるため、伊坂とともに政界工作を行う。

笹川良一(日本船舶振興会会長)
1973年、ゴルフ場規制法案をめぐって平和相銀と対立。しかし、77年に岸信介や加藤嵩らの要請で、ヂーゼル機器株問題の収拾に乗り出す。ナヒモフ号引き揚げ計画では、平和相銀の協力を得られなかった。

笹川陽平(笹川良一・三男)
一時、平和相銀に籍を置いていた。良一の代わりにヂーゼル機器株の名義人となる。1985年3月、英一から平和相銀株の買い取りを依頼される。

志賀敏行(右翼)
英一の後見人。英一と佐藤茂を結びつけたのは、志賀だとされる。

福本邦雄(フジ・インターナショナルアート社長)
料亭松山で行われた、青木・伊坂会談に同席。

横井英樹(ホテルニュージャパン・オーナー)

桜井義晃(廣済堂社長) 

加藤嵩(誠備代表)

徳間康快(徳間グループ総帥)
重四郎の衆院選初当選に貢献。以降、英蔵の支援を受けて徳間グループを成長させる。英一と池田の和解会談に同席。

池浦喜三郎(日本興業銀行会長)

北裏喜一郎(野村證券会長)
英蔵の依頼でヂーゼル機器株問題に関与。

氏家斉一郎(読売新聞重役)
徳間と、英一・池田の和解会談に同席。

今里広記(日本精工社長)
佐藤茂に平相株の買い取りをすすめたとされる。

小佐野賢治(国際興業社主)
英蔵と関係が深かった。平相株の買い取り候補の一人であった。

渡辺広康(東京佐川急便社長)

伊藤栄樹(検事総長)

田中森一(東京地検特捜部検事)

山内隆次(大阪証券信用社長) 

大野伸幸(親日興発社長)

岸広文(広洋社長)

北川良平(サン・グリーン社長)

佐古一(大成建設社長) 



銀行の墓碑銘謀略銀行 (角川文庫)


コメント
1. Posted by くれど   2012年08月12日 16:24
池浦喜三郎というところが 通ですね

平和相互銀行事件を 金屏風だけでとらえていると

絶対 出てこない人です

仮面銀行は 面白かったのですが 他にお勧めはありますか



2. Posted by santama55   2012年08月15日 18:22
くれどさん、コメントありがとうございます。

『朝日新聞の調査報道』という本を参考にしました。平和相銀の歴史とか、人間関係が分かりやすくまとまっていると思います。

今度、仮面銀行読んでみます。
3. Posted by くれど   2012年08月26日 23:57
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%B7%9D%E8%B6%8A%E6%96%87%E9%9B%84&rlz=1C1FTJC_jaJP482JP483&sugexp=chrome,mod=2&sourceid=chrome&ie=UTF-8#hl=ja&rlz=1C1FTJC_jaJP482JP483&tbm=bks&sclient=psy-ab&q=%E2%80%9D%E5%B0%8F%E5%AE%AE%E5%B1%B1%E5%95%86%E5%BA%97%E2%80%9D&oq=%E2%80%9D%E5%B0%8F%E5%AE%AE%E5%B1%B1%E5%95%86%E5%BA%97%E2%80%9D&gs_l=serp.12...41369.56332.3.63717.32.30.2.0.0.5.222.5331.0j27j3.30.0...0.0...1c.FYlzchI1Vq8&psj=1&bav=on.2,or.r_gc.r_pw.r_qf.&fp=eb498e1d7fda9e94&biw=1600&bih=775

小宮山商店についてのメモ
コメントを書く




情報を記憶: 評価:  顔   星