2018年06月10日

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池下さん写真を見て思うのだけど、女優単体を撮るにあたっては、シンさんより木山さんの方が女性ならではの優しさがある。
シンさんの写真はたまーに、「これ女優としてはすごく良い表情なんだけど、女性としては世間に見せてあげたくないなー……どうしたもんかなー」というある種、意地悪な写真をあげてくることがある。
早い話、ぶっさいくな顔で写っているのである。

まあ、前から木山さんの写真はセンスあるなーと思ってたんだけど、こないだ飲んだときにシンさんも褒めてたので、やはりそういうことなんだろう。
シンさんの元で修行したら、新しい趣味として、または仕事してできるようになるかもしれない。
その場合、弟子がシンさんの仕事場を荒らすことになるだろうけど。

さておき、稽古。
前回の稽古から私なりにお願いをしたので、ずいぶんと稽古がスムーズになった。
まあ、早い話、「客演に全然信用されてねえなー」ってことだったので(笑)
そりゃまあ、各々培ってきた知識も技術もあるのだけど、結局私がルールブックなのでね、
そこで相反してもどっちつかずになるので、そこを飲み込んで折れてもらった。

強引でも身勝手でも何と言われても、私がイメージした人に私がイメージして書いたセリフをイメージ通りに口にしてもらうと楽しいのだ。
笑っちゃう。好きーってなる。もう相手がどうあれ私は好きーってなる。

それでもできるだけ、シーンの面白さをわかって楽しんでもらいたいので、
何でそう言わせたいのか理屈で説明するようにしている。
それが鼻につく部分もあるかもだけど、そこは他人同士なんだから説明しないと伝わらないのは当たり前だと思っている。
例えば、白井さんも私も理屈っぽいので、理屈で話したら早いときもあるし、同じライン上で話してるようでも、そうじゃないってときもある。
私も「そこはそういうものだから」とか「お芝居の嘘だから」で済ませるときもあるし。
それこそUSBで脳を直結してイメージを遅れたらいいんだけど、そうはいかないし、そんな恐ろしいことしたくない。何だ脳を直結って。


でもまあ、本当に人それぞれ。
何でそんなことが今気になるの?ってこともあるし。
何でそれが気にならないの?ってこともある。
でもそこが引っかかるって言ってもらえたら、そこを解決しましょうかとなるし、
そこをこうして欲しいと言えばいいだけなので、話は早い。
元々できる客演のお二人なので、やってくれさえすれば早いのだ。
それだけの技術があることを踏まえてオファーして、キャスティングしているのだから。

今回の稽古だけで、七割は仕上がった。
いや、次回通してみて元に戻ってなければだけど。
しっかし、たったそれだけの話だったのに、つまらないところでずいぶんと躓いたものだ。
ただ、毎度毎度のことなんだけど、残りの三割をどこまで稼げるかが大変なので、ここからが始まり。
世の中何でも70点までは容易い。
いつも残りの30点がややこしくできている。
そこをどれだけクリアできるかが差別化というものだし、そこをちらりとも見せられないなら、三等フランソワーズである意味がない。
その他の部分はお話も何も特別なことしてないんだから。

他の人が、「100点だー」「そこはバレないよー」と思ってるところこそが本当に面白いし、そこができてこそのお見事なのです。
「バレないよー」でできあがった面白さと、そこをしっかり踏まえた面白さは、全然違う。
やればやるほどお客を舐めて甘えて、基礎の基本を無視して、ヘタな変化球ばかり投げたがるのは素人だと思う。いや、私がプロだってわけではないよ? 食えてない人間のプロ意識なんて言葉は、素人の寝言だと思っているので。

ただ、客が気づかなければ、あんこの質を下げてもいいという考え方は、結局それ以上のお客さんはつかないし、違いのわかるお客さんは離れていく。
職人としても、そこ止まりだと思う。
かといって、寡黙にこつこつ頑張ってたら報われるというものでもないし、愚直という言葉は嫌いなので、何とかしたいなーとも思っているし、頭を抱えるところよねー。

私は素人だし、役者としてもへぼいし、小劇場界では誰お前だけど、
私の敬愛する神々がどういう風にセリフを吐き、どういうときに動き、動かず、どこを押さえて、何をはずすのか、それこそ演劇一年生くらいの気持ちで分解して、理解して、再現できるように、理屈で説明できるようにしている。

最近よく考えてるんだけど、
料理を前にしたとき、コックになりたいのか、料理評論家になりたいのか、似たもの作って儲けたいのかで言えば、私はコックになりたいというか、ずっとコックのつもりで生きているので、レシピは何か、調味料は何かが気になる。
なぜ自分は感動したのかが騙されたのかが気になる。同じように自分も感動させたいと思うから。「あれは天才だから」では悔しいもの。
一番恥ずかしいのは、自称コックの、料理評論家気取りの、似せるのもヘタクソな「この料理の味わかる俺スゲー」なツイッタラー。

演劇やる上での理想は、小劇場で商業レベルのきっちりした完成度の演劇をしたいと思っている。
もちろんそこには「私の思う」「私の理想の」という枕詞がつくんだけども。
そういう意味では、本ちゃんも木山さんもそういう風に持っていきたいと思っているし、信じて欲しいと思っている。
私もまだまだ勉強する。
ただ問題は私の気力はそこまで頑張れるかどうかだけどね。

あと、付け足すような形になるけども、今回本ちゃんが面白い。
今までで一番良いと思う。
アドリブもデタラメではなく、採用率も高いし、しっかり役に乗ってるって感じがする。
いや、ダメなところは言って、良いところ言わないでおくと、どんどんセルフカットしていくから(笑)


何か偉そうなことたくさん書いてけども、たまにはいいじゃないの。
身内以外に誰がここまで読んでいるのか知らないけど、イラっとした人がいたらごめんなさい。


お口直しに木山さんのもぐもぐ写真を載せておきますね。

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寿司食ってるよ……。



2018年06月08日

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小道具の確認、オープニングの確認等々してたら、稽古開始が随分と遅くなってしまった。
生中に動く芝居なもので、色々段取りの確認もあったりで時間が食われる。
もうしばらくはテーブルトークしかしたくないなと改めて思う。

お芝居自体は改善されている部分は改善されているし、前には進んでいる。
ただやはり初動が遅かったし、進むペースも変わらないので、いつ仕上がるんだろうなーという感想。
これまでの芝居より稽古4回分くらい遅れている感覚なので、どうしたもんかなーと思っている。
どうしてそんなモチベーションがあがらないこと書くんだって意見もたまにあるけど、その方が読み物としても面白いじゃない(笑)
「元気です」「楽しいです」「絶好調です」「仲良しです」ってだけの稽古日誌なんてみんな書いてるし、読む意味ない。

私自身、最後の稽古まで「どうしたもんかなー」って書いてたらどうしようって気持ちもある。
でも、「稽古絶好調です!」って書いてて、観に行ったらグダグダだったときの詐欺金返せ表出ろ感って半端ないから、せめて自分のところは正直であろうと思う。
嘘ついてまで観に来てもらって、つまんないなーって思われて、二度と来てもらえないことに何のメリットもない。
チケット一枚売れたからって、いくらの儲けになろうか。
人ひとりを数時間不幸にするに値する額じゃないのは確かだもの。

前回の「明日の工場」で初めてうちを観て、アンケートに「また観にいきます!」って書いてくれて、本当に今回予約してくれている人もいる。
すっごく超嬉しい。
今回のチケットの特性上ひとりではないかもしれない。
そうすると、私としては料金後払いにしてよかったなーと思うし、ここで返ってきたなーとも思う。
でもね、ここからは想像だけど、そのお客さんが友達に「面白いから!」って誘って観に来てくれて、実際面白くなかったらどうだろう?
そのお客さんに恥をかかせたことになる。信頼を裏切ったことになる。

私自信、過去にそういう経験がある。後輩に「面白いから!」って誘って面白くなかったのだ。
後輩は、「中川さんがそこまで言うなら、ぜひぜひ!」と言ってくれたのにそれを裏切ってしまった。
「ごめんね」「前回は面白かったんだけど」「ごはん奢るね」
たくさんいいわけをした。

そこは商業で、再演だったけどキャストががらりと変わってて、つまんなくなっていた。
動員重視のキャスティングにがっかりした。
それまで毎回欠かさず観に行っていたけど、その先十年観に行くのをやめた。
東京でもう一回観たけど、また裏切られてそこから三年くらい観に行くのをやめた。
おととし観たら面白かった。
それでも、また裏切られるかもという気持ちが、慎重にさせるし、慎重にしているうちにいつの間にか終わっている。

やってる方からしたら、年何回かあるうちの一回の失敗かもしれないけど、観に行く方からしたら一回裏切られたものに、安くもないお金と時間かけて再び観に行くわけがない。
味が落ちたなと思ったお店にはもう通わないし、愛着もない。

だからせめて、こんな雑文まで見にくるくらいにうちを好いてくれているお客さんには、選択できる基準にしてもらいたい。
「今回はやめておこう」「いや、そうは言っても」という先の、正解不正解はお客様の判断。
まあ、私のクォリティーの基準にも寄るんだけどね。
でもそこは「私の面白いものを作る」が一番なので、それこそもう趣味とか求めているクォリティーの基準が合わなかったということで、残念ですが……ってことだと思う。それはそれでいいのだ。

よくない追い込み方法かもだけど、役者は役者で頑張るしかなくなるしね。
そういう思いがあるから私はこのクソめんどくさい稽古ブログを書いている。
たった30分のお芝居だけど、私にはオファーを受けたからには責任がある。
イベント主催サイドに対しても、せっかく呼んだのにこれかーって思わせたくないし、思われたくない。
お客さんにも思わせたくないし、思われたくない。

このお芝居に置いて、総責任者、現場監督は私。
だからその手前においての、各セクションの責任、職人としての仕事の責任を私は問う。
多少窮屈かもだけど、この現場では私のルールとクォリティーに則って仕事をしてもらう。

できる範囲で、過去に何度も作ったものを作るというのは違う。
できることを駆使して、新しいものを創造するためにやっているのだから。
そうじゃないなら演劇なんてやめる。つまんない。未練も何もない。
演劇なんてしてない方が時間もできるし、生活豊かになるんだから。お金もバカスカ貯まる。
でも、日常の仕事では味わえない、カルチャーセンターの範疇では味わえない、そのわずかながらも濃厚な味を求めてやっている。
それを味わえないなら、金と時間の無駄。
今すぐ他のためになる趣味でも始める。
字汚いから、お家でアイスコーヒー飲みながらユーキャンのボールペン字講座でも始める。

満員御礼で恥かくくらいなら、お客さんガラガラの方がいい。
どうせ赤字なんだし、今更大して痛くもないし、今回なんてチケットたくさん売っても、大して儲からないんだし。

でまあ、ここまで書いて、「そんなにやばいのか!?」って言うと、そうでもない。
たぶんそこそこ面白い。
ただ取りこぼしがめちゃくちゃ多い。

面白いところの三割だけ齧って、捨てられてるような感覚にがっかりする。
残り七割の美味しさを説明するけど、やはり三割しか齧ろうとしない。自分の知らない味だからかなと思う。
だったら、はなから三割程度の台本書いておけばよかったなー。あれだけ頭抱えて書いて、これだけ書き換えて、更に時間かけてわかってもらおうとダメ出し書いて……それでも捨てられる七割。何だこれ。
睡眠時間削って、自分の楽しい時間も削って、あれこれしても響かないなら、もう謝って投げてしまった方が賢いんじゃないかとすら思う。

まあ残り6回の稽古。
そのうち一回はメイクだ衣裳だでほとんど潰れるので、ほぼ5回。
期間は二週間。
何とかなるか、何ともならないか、役者も私もここからがふんどしの締めどころであり、覚悟の度合いが結果にでるところだと思う。
ぼけっとしててもたった二週間、必死こいてもたった二週間。
時間は平等。終われば自由。できればいい気持ちで夏を楽しみたい。
客席も舞台上もどちらも目いっぱい楽しいお芝居にしたい。
そのためには、私一人が頑張っても無理。

私が信頼して、「これは勝ったな……」と思ったキャスティングが、間違ってるなんて思わない。
ただ私が信頼しているそのキャスティングを、またそのキャスティングに信用してもらえないと、これ以上良いものにはならない。
たった二回のハッピーエンドの為に、それまでの間だけでいいので、力を合わせていけたらなと思う。

2018年06月07日

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色々やることがあったり、さじを投げかけたり、めんどくさくなったりしていて、放置していたブログ。


5/22
約十日ぶりの稽古。
メンバーは本ちゃん以外。
久しぶりに狭い部屋での稽古。
もうよく覚えていない。

5/25
全員揃っての稽古。
観劇フェス企画制作の前田さんが稽古を観に来て下さる。
しかしまあ、余裕がないので特にお構いもなく、しかし雑談を交えつつ稽古を始める。
台本の最後の方を若干変更したので、そこの稽古をした。
動いてみると、何だかまだしっくり来ないけど展開的には前より面白い。

とりあえずせっかくのお客様なので、変更した部分までの通しを見ていただく。
そりゃ人間関係もあるので、前田さんは多少なりは笑ってくれるが、現時点での完成度は自分自身がよくわかっているので、優しさに感謝しつつ、この段階で見てもらえたことにも感謝。
帰り道、歩きながら前田さんに「間とかリズムとかあってくれば、もっと面白くなりますね」という感想をいただく。
それがすべてで、そこの相互理解の溝が問題で、そこが遅々として進んでないというのが現状というか、ここまで稽古を重ねても一向につまんないなーの原因なので、どうしたもんかねーって頭を抱えていたので、やっぱりそこが丸見えなんだなーって思う。

木山さんがお家に帰ってもごはんがないと言うので、ご飯を食べに行こうという流れに。
「木山さんと本多さんが行くなら行きます!」と、大人げないくらいに露骨な仲間外れ発言をする池下さんだったが、別れ道で白井さんが「僕は今日は(※正確には今日も)帰ります」と言うと、池下さんも「じゃあ私も帰ろうかなー」と言って帰っていった。
今回は非常に良い人間関係だと思う。
何と言うか、ビジネスライク的なお付き合いというか、そういうの大好きなので、どんどん溝を深めていきたい。

さておき、時間も遅いし、さくっと食事をしたかったので四人でサイゼリヤに向かう。
前田さんは、人間同士の本来あるべきコミュニケーションを取れる方なので、一緒に初めましてよろしくお願いします的な食事にも付き合ってくださる。
そして、勢いでサイゼリヤの激安ワインの、白と赤をデキャンタ(500ml)で注文する。
飲む飲むと言っていた本ちゃんが、全然飲めず、前田さんと私とでほとんどたいらげる。
喋っていると、前田さんのお知り合いが木山さんの知り合いで、何だかもうよく覚えてないけど短い時間に色んな事をしゃべって楽しかった。
客演二人なんていようがいまいが楽しかったから問題ない。客演なんて行きずりの関係。


5/28
久しぶりのスタジオキヤマ。
メンバーは本番間近の白井さん以外。

行きの電車で普通電車13駅立ちっぱなしになるかと思ったが、5駅目くらいで奇跡的に空いた目の前の座席に座る。
白井さんがいないので、別に他意はないけど、白井さんがいないので、ダメ出しを潰す稽古に使う。
物理的には潰れているけども、ニュアンスまでは届いていない感じ。
たくさん説明しても嫌がられるだけだし、言わないともちろんダメだし、難しい。
でもここが埋まらないと、巷でよく見かける、畑違い丸出しのプロデュース芝居になるので、どうにかしたい。
ここが平行線なので、稽古回数の割にはずっと同じことを言い続けているのが現状。


6/1
シンさんが写真を撮りに来る。
上の方の写真がそれ。
メンバーは白井さん以外。

セリフも入ってきて、ダメ潰しも前回やり、そして今回も白井さんが不在の稽古。
もしかして今日稽古なくてもよかったんじゃないかと、稽古場についてから気づく。
そんな気持ちもあったせいで、いつもより雑談タイムが長くなってしまった。
おさらいと、少しのダメ出しだけで終わった稽古だった。



6/4
應典院でのスタッフ通し。
21時という遅い時間からの通しだが、一時間早めに集まって合わせようということになる。
白井さんと池下さんは19時に集まって稽古すると言っていたので、それにちょっと遅れて19時半に應典院に行ったら誰も来てなかった。
騙されたと思ったけど、どうやら近くの公園で稽古していたらしい。
白井さんは、前日までの本番も含めて四日目の應典院。

20時ごろから、ロビーでセリフだけ合わせ、その後一階の楽屋的なスペースで通し。
てっきり二階のホールでやるものだと思っていたので、実寸であれこれ試すぞっていうのはできず。
そして順番を呼ばれて部屋に入っていく感覚に、ツベルクリン注射を思い出す。
また、部屋の雰囲気からオーディション会場みたいだと言う声もあり、そこそこ緊張する。
今まで1stで小家主の相内さんに甘やかされ、だいぶと勝手がわかってた通しばっかりしていたので、これまた全然違うもんだなーと思う。
セリフが詰まったり、全然出てこなかったり(私が)だったけど、ダメ潰しは少しは効果出たかなって感想。
白井さんは、セリフが入り、何ならちょっと鼻につくようなアドリブを多数入れるくらいの余裕を見せていた。
今回は客演二人にメインを任せているので、少し安心した。
まあこれからなんだけども、ああ何とかなるかもしれないって思った。
いや、とりあえず通すことに夢中だったので、しっかりとは見れていないんだけど、通しの最中はそういう風に思った。
当然ながら、これからどこまでクォリティーを上げられるか。
スタッフの方もところどころ笑ってくださったけど、私が逆の立場ならつまんなくても少しは笑ってあげようと思うので真に受けていられないし、何より私自身がいまいちだなーって思っているので、そこを詰めていきたい。
うちの場合、内輪ウケが激しいシーンは本番滑るという傾向があるので、本当に自分の面白いしか信じないと決めている。

現状、注文は通っているけどニュアンスが違うからつまんないシーンが多いので、それを修正しつつ、役者にもそれを楽しんでもらえたらなーと思う。
セリフが伝える意味が一緒でも、音やらタイミングやらが違えば笑えない。
ちょっとずれただけで笑えない。そもそも何が揃えば正解なのか面白いのかわかってないと狙いようもない。

稽古も本番も同じ状況は二度とないから誤差は絶対に出るんだけど、
ど真ん中ぴったしのところを常に狙って、それでも出る誤差と、誤差3センチをありとして出るものでは全然違うし、ヒット率も違う。
本来、終盤の稽古は、ぶれないように、柔軟に、新鮮に挑めるように繰り返すための稽古なので、いつまでも同じ箇所のダメ潰しをやっているわけにはいかない。
ここから先の稽古は全員参加なので、しっかり積み重ねていきたい。
……と、珍しく意識を高く持つのであった。

通し後、久しぶりに五人で飲みに行った。
客演のお二人の本音はわからないけど、断りづらかったのか付き合ってくれた。
池下さんは自転車だったので、「終電が……」という逃げ道がなかったのが大きかったのかもしれない。
そんな意地悪なことを言っていると應典院に水筒を忘れていると連絡があり、池下さんの自転車を借りて取りに戻る。
みんなで毒を吐き出しながら安酒を煽る時間はやはり楽しいものだ。
「昔はその為に演劇をしているんじゃない!」みたいのこと言ってたけど、今はそれが目的でもいいんじゃないかなとすら思う。いや、違うけどね。

そう言えば、池下さんが何回か前の稽古で、
「雑談しないなら、稽古場に来る意味がない」みたいな発言をしていた。
問題発言だけど、迷言だけど、ちょっとそれは言い過ぎじゃないですかとは思ったけど、めちゃ笑ったけど、まあコミュニケーションはあった方がいい。
何にも知らない人間と芝居するのと、多少なりとも知ってるのとでは後者の方が断然良い。
もちろんその関係が良好であることが前提だけどね。