2018年09月01日

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パソコンが壊れたのをいいことに、すっかりブログを書くのをやめてしまった……。
ツイッターの方が早いし、効率がいい。
ビデオダメ出しも、ブログも、始まるとダラダラと書いてしまうけど、正直大嫌いだ。
自分の時間が取られる。寝不足になる。結果につながらなかった時の徒労感が半端ない。あと、ブログは毎回いっぱい書いてるとバカだと思われる。

ただまあ、一回くらいは書こうか……という今。

暗闇に関しては、本当に二人とも前向きに挑んでくれた。
すでに過去形だけどくれた。
毎度毎度目に見えて先に進んでいるのを見てると、演劇やってて楽しいなと思った。
嫌なことを言われ、腹立つこともあったと思うけど、腐ることも驕ることもなく、本当に真摯に向き合ってくれた。本番のために。

今回は稽古動画を見せてから、がらりと芝居の質が変わった。
私がどれだけ言葉を重ねても、「んー??」って感じだったのが、
「ああ、そういうことね!」ってなって、一気に地に足がついた感じになった。
先日の合同通しで久しぶりに稽古を見た木山さんのシンさんが、「え、ずいぶんと変わったね!」とわかるくらいに違うのだから。
セリフも演出プランも変わってない。
稽古を繰り返したらできるよになったわけでもない。
単純に役者が「ああ、なーんだそいうことを言いたかったのかー」って理解しただけのこと。

反対意見もあるだろうけど、やはりビデオで自分の芝居を客観的に見れるというのは大きいと思うし、
演出側との意見のすり合わせとしてもいい。
例えば、
地面を這いずり回る黒い虫→ゴキ〇リかな?→違うそんなに早くない→カブトムシ?→違う。
というやり取りをするよりも、映像で「この虫だよ」って見せた方が早い。
「あー何だアリのことかよー。だったらはいずり回るじゃなくて、地中に穴を掘って巣を作るとか、甘いものに群がるとかの方がわかりやすいよー」
ってことかなと。
同じ答えでも、人それぞれアプローチの仕方は違う。
5-3=2の人もいれば、1+1=2の人もいるし、もっと複雑な式の先に2を導き出す人もいる。
だから、最初から「2」という答えがわかったら話は早いんじゃないかと思う。
紀伊国屋の前というより、阪急の中央改札出てエスカレーター降りて左の方がしっくりくる人もいるかも知れないし。
今回はパソコン壊れてたのもあって、動画見せるのがずいぶんと後半になったけど、もしかしたらそれが返って良かったのかもしれない。


自分で書いた本を自分で解説するのもカッコ悪いけど、「暗闇」は役者サイドからしたらやってみたくなる台本だと思う。
私が演出しても女優を入れ替えたら違ったものになるだろうし、演出を変えたらなおのことだし。
どこを見せるのか、抑えるのかは人それぞれの好みによる。
だからこれを見た役者や演出さんの中には、「私ならあそこでこうするのになー」って意見は絶対にある。
この先、女優オーディションするなら、この台本を使うと思う。
何が出来て何ができないのか、どういう好みなのかどういうクセがあるのかがよくわかる。
等身大以上のものが出ないようになっている。
面白くなかったら、女優二人がポンコツなのか、演出がポンコツなのか、もしくはその全部か。
そういう台本。

十月は万化さん効果で、お客さんも集まるだろうし、うちもある意味「期待に応える」お話を出す。
しかし、今回の方がしかけとしては断然面白い。
個人的にこれがたくさんの人に受け入れられたらいいなーと思っている。

イベントノルマはすでに達成してるけども、そこは小藤様々なだけで、なーんかね。
わかっちゃいるし、そりゃそうだけど、知ってもらわないとお客さんは来ない。
30GP初戦敗退ではやっぱりサッパリだなーって思う。
役者の手売りではなく、劇団チケットだけでノルマ達成したいものだし、それくらいのニーズもないようなら、応援してもらえないものなら、とっとと滅びてしまえとも思う。
存在しててもしてなくてもいいものなら、いらない。
金にもならないし、時間だけ食って、人気もないなんてバカバカしくてやってられない。

稽古はあと一回のみ。
そこで足りない部分を詰めて仕上げる。
私は自分の好きなものを好きなように作る。
それが好きだと言ってもらえたら幸い。


2018年06月10日

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池下さん写真を見て思うのだけど、女優単体を撮るにあたっては、シンさんより木山さんの方が女性ならではの優しさがある。
シンさんの写真はたまーに、「これ女優としてはすごく良い表情なんだけど、女性としては世間に見せてあげたくないなー……どうしたもんかなー」というある種、意地悪な写真をあげてくることがある。
早い話、ぶっさいくな顔で写っているのである。

まあ、前から木山さんの写真はセンスあるなーと思ってたんだけど、こないだ飲んだときにシンさんも褒めてたので、やはりそういうことなんだろう。
シンさんの元で修行したら、新しい趣味として、または仕事してできるようになるかもしれない。
その場合、弟子がシンさんの仕事場を荒らすことになるだろうけど。

さておき、稽古。
前回の稽古から私なりにお願いをしたので、ずいぶんと稽古がスムーズになった。
まあ、早い話、「客演に全然信用されてねえなー」ってことだったので(笑)
そりゃまあ、各々培ってきた知識も技術もあるのだけど、結局私がルールブックなのでね、
そこで相反してもどっちつかずになるので、そこを飲み込んで折れてもらった。

強引でも身勝手でも何と言われても、私がイメージした人に私がイメージして書いたセリフをイメージ通りに口にしてもらうと楽しいのだ。
笑っちゃう。好きーってなる。もう相手がどうあれ私は好きーってなる。

それでもできるだけ、シーンの面白さをわかって楽しんでもらいたいので、
何でそう言わせたいのか理屈で説明するようにしている。
それが鼻につく部分もあるかもだけど、そこは他人同士なんだから説明しないと伝わらないのは当たり前だと思っている。
例えば、白井さんも私も理屈っぽいので、理屈で話したら早いときもあるし、同じライン上で話してるようでも、そうじゃないってときもある。
私も「そこはそういうものだから」とか「お芝居の嘘だから」で済ませるときもあるし。
それこそUSBで脳を直結してイメージを遅れたらいいんだけど、そうはいかないし、そんな恐ろしいことしたくない。何だ脳を直結って。


でもまあ、本当に人それぞれ。
何でそんなことが今気になるの?ってこともあるし。
何でそれが気にならないの?ってこともある。
でもそこが引っかかるって言ってもらえたら、そこを解決しましょうかとなるし、
そこをこうして欲しいと言えばいいだけなので、話は早い。
元々できる客演のお二人なので、やってくれさえすれば早いのだ。
それだけの技術があることを踏まえてオファーして、キャスティングしているのだから。

今回の稽古だけで、七割は仕上がった。
いや、次回通してみて元に戻ってなければだけど。
しっかし、たったそれだけの話だったのに、つまらないところでずいぶんと躓いたものだ。
ただ、毎度毎度のことなんだけど、残りの三割をどこまで稼げるかが大変なので、ここからが始まり。
世の中何でも70点までは容易い。
いつも残りの30点がややこしくできている。
そこをどれだけクリアできるかが差別化というものだし、そこをちらりとも見せられないなら、三等フランソワーズである意味がない。
その他の部分はお話も何も特別なことしてないんだから。

他の人が、「100点だー」「そこはバレないよー」と思ってるところこそが本当に面白いし、そこができてこそのお見事なのです。
「バレないよー」でできあがった面白さと、そこをしっかり踏まえた面白さは、全然違う。
やればやるほどお客を舐めて甘えて、基礎の基本を無視して、ヘタな変化球ばかり投げたがるのは素人だと思う。いや、私がプロだってわけではないよ? 食えてない人間のプロ意識なんて言葉は、素人の寝言だと思っているので。

ただ、客が気づかなければ、あんこの質を下げてもいいという考え方は、結局それ以上のお客さんはつかないし、違いのわかるお客さんは離れていく。
職人としても、そこ止まりだと思う。
かといって、寡黙にこつこつ頑張ってたら報われるというものでもないし、愚直という言葉は嫌いなので、何とかしたいなーとも思っているし、頭を抱えるところよねー。

私は素人だし、役者としてもへぼいし、小劇場界では誰お前だけど、
私の敬愛する神々がどういう風にセリフを吐き、どういうときに動き、動かず、どこを押さえて、何をはずすのか、それこそ演劇一年生くらいの気持ちで分解して、理解して、再現できるように、理屈で説明できるようにしている。

最近よく考えてるんだけど、
料理を前にしたとき、コックになりたいのか、料理評論家になりたいのか、似たもの作って儲けたいのかで言えば、私はコックになりたいというか、ずっとコックのつもりで生きているので、レシピは何か、調味料は何かが気になる。
なぜ自分は感動したのかが騙されたのかが気になる。同じように自分も感動させたいと思うから。「あれは天才だから」では悔しいもの。
一番恥ずかしいのは、自称コックの、料理評論家気取りの、似せるのもヘタクソな「この料理の味わかる俺スゲー」なツイッタラー。

演劇やる上での理想は、小劇場で商業レベルのきっちりした完成度の演劇をしたいと思っている。
もちろんそこには「私の思う」「私の理想の」という枕詞がつくんだけども。
そういう意味では、本ちゃんも木山さんもそういう風に持っていきたいと思っているし、信じて欲しいと思っている。
私もまだまだ勉強する。
ただ問題は私の気力はそこまで頑張れるかどうかだけどね。

あと、付け足すような形になるけども、今回本ちゃんが面白い。
今までで一番良いと思う。
アドリブもデタラメではなく、採用率も高いし、しっかり役に乗ってるって感じがする。
いや、ダメなところは言って、良いところ言わないでおくと、どんどんセルフカットしていくから(笑)


何か偉そうなことたくさん書いてけども、たまにはいいじゃないの。
身内以外に誰がここまで読んでいるのか知らないけど、イラっとした人がいたらごめんなさい。


お口直しに木山さんのもぐもぐ写真を載せておきますね。

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寿司食ってるよ……。



2018年06月08日

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小道具の確認、オープニングの確認等々してたら、稽古開始が随分と遅くなってしまった。
生中に動く芝居なもので、色々段取りの確認もあったりで時間が食われる。
もうしばらくはテーブルトークしかしたくないなと改めて思う。

お芝居自体は改善されている部分は改善されているし、前には進んでいる。
ただやはり初動が遅かったし、進むペースも変わらないので、いつ仕上がるんだろうなーという感想。
これまでの芝居より稽古4回分くらい遅れている感覚なので、どうしたもんかなーと思っている。
どうしてそんなモチベーションがあがらないこと書くんだって意見もたまにあるけど、その方が読み物としても面白いじゃない(笑)
「元気です」「楽しいです」「絶好調です」「仲良しです」ってだけの稽古日誌なんてみんな書いてるし、読む意味ない。

私自身、最後の稽古まで「どうしたもんかなー」って書いてたらどうしようって気持ちもある。
でも、「稽古絶好調です!」って書いてて、観に行ったらグダグダだったときの詐欺金返せ表出ろ感って半端ないから、せめて自分のところは正直であろうと思う。
嘘ついてまで観に来てもらって、つまんないなーって思われて、二度と来てもらえないことに何のメリットもない。
チケット一枚売れたからって、いくらの儲けになろうか。
人ひとりを数時間不幸にするに値する額じゃないのは確かだもの。

前回の「明日の工場」で初めてうちを観て、アンケートに「また観にいきます!」って書いてくれて、本当に今回予約してくれている人もいる。
すっごく超嬉しい。
今回のチケットの特性上ひとりではないかもしれない。
そうすると、私としては料金後払いにしてよかったなーと思うし、ここで返ってきたなーとも思う。
でもね、ここからは想像だけど、そのお客さんが友達に「面白いから!」って誘って観に来てくれて、実際面白くなかったらどうだろう?
そのお客さんに恥をかかせたことになる。信頼を裏切ったことになる。

私自信、過去にそういう経験がある。後輩に「面白いから!」って誘って面白くなかったのだ。
後輩は、「中川さんがそこまで言うなら、ぜひぜひ!」と言ってくれたのにそれを裏切ってしまった。
「ごめんね」「前回は面白かったんだけど」「ごはん奢るね」
たくさんいいわけをした。

そこは商業で、再演だったけどキャストががらりと変わってて、つまんなくなっていた。
動員重視のキャスティングにがっかりした。
それまで毎回欠かさず観に行っていたけど、その先十年観に行くのをやめた。
東京でもう一回観たけど、また裏切られてそこから三年くらい観に行くのをやめた。
おととし観たら面白かった。
それでも、また裏切られるかもという気持ちが、慎重にさせるし、慎重にしているうちにいつの間にか終わっている。

やってる方からしたら、年何回かあるうちの一回の失敗かもしれないけど、観に行く方からしたら一回裏切られたものに、安くもないお金と時間かけて再び観に行くわけがない。
味が落ちたなと思ったお店にはもう通わないし、愛着もない。

だからせめて、こんな雑文まで見にくるくらいにうちを好いてくれているお客さんには、選択できる基準にしてもらいたい。
「今回はやめておこう」「いや、そうは言っても」という先の、正解不正解はお客様の判断。
まあ、私のクォリティーの基準にも寄るんだけどね。
でもそこは「私の面白いものを作る」が一番なので、それこそもう趣味とか求めているクォリティーの基準が合わなかったということで、残念ですが……ってことだと思う。それはそれでいいのだ。

よくない追い込み方法かもだけど、役者は役者で頑張るしかなくなるしね。
そういう思いがあるから私はこのクソめんどくさい稽古ブログを書いている。
たった30分のお芝居だけど、私にはオファーを受けたからには責任がある。
イベント主催サイドに対しても、せっかく呼んだのにこれかーって思わせたくないし、思われたくない。
お客さんにも思わせたくないし、思われたくない。

このお芝居に置いて、総責任者、現場監督は私。
だからその手前においての、各セクションの責任、職人としての仕事の責任を私は問う。
多少窮屈かもだけど、この現場では私のルールとクォリティーに則って仕事をしてもらう。

できる範囲で、過去に何度も作ったものを作るというのは違う。
できることを駆使して、新しいものを創造するためにやっているのだから。
そうじゃないなら演劇なんてやめる。つまんない。未練も何もない。
演劇なんてしてない方が時間もできるし、生活豊かになるんだから。お金もバカスカ貯まる。
でも、日常の仕事では味わえない、カルチャーセンターの範疇では味わえない、そのわずかながらも濃厚な味を求めてやっている。
それを味わえないなら、金と時間の無駄。
今すぐ他のためになる趣味でも始める。
字汚いから、お家でアイスコーヒー飲みながらユーキャンのボールペン字講座でも始める。

満員御礼で恥かくくらいなら、お客さんガラガラの方がいい。
どうせ赤字なんだし、今更大して痛くもないし、今回なんてチケットたくさん売っても、大して儲からないんだし。

でまあ、ここまで書いて、「そんなにやばいのか!?」って言うと、そうでもない。
たぶんそこそこ面白い。
ただ取りこぼしがめちゃくちゃ多い。

面白いところの三割だけ齧って、捨てられてるような感覚にがっかりする。
残り七割の美味しさを説明するけど、やはり三割しか齧ろうとしない。自分の知らない味だからかなと思う。
だったら、はなから三割程度の台本書いておけばよかったなー。あれだけ頭抱えて書いて、これだけ書き換えて、更に時間かけてわかってもらおうとダメ出し書いて……それでも捨てられる七割。何だこれ。
睡眠時間削って、自分の楽しい時間も削って、あれこれしても響かないなら、もう謝って投げてしまった方が賢いんじゃないかとすら思う。

まあ残り6回の稽古。
そのうち一回はメイクだ衣裳だでほとんど潰れるので、ほぼ5回。
期間は二週間。
何とかなるか、何ともならないか、役者も私もここからがふんどしの締めどころであり、覚悟の度合いが結果にでるところだと思う。
ぼけっとしててもたった二週間、必死こいてもたった二週間。
時間は平等。終われば自由。できればいい気持ちで夏を楽しみたい。
客席も舞台上もどちらも目いっぱい楽しいお芝居にしたい。
そのためには、私一人が頑張っても無理。

私が信頼して、「これは勝ったな……」と思ったキャスティングが、間違ってるなんて思わない。
ただ私が信頼しているそのキャスティングを、またそのキャスティングに信用してもらえないと、これ以上良いものにはならない。
たった二回のハッピーエンドの為に、それまでの間だけでいいので、力を合わせていけたらなと思う。