2018年09月28日

暗闇_180928_0030
暗闇_180928_0008
暗闇_180928_0130
暗闇_180928_0012
暗闇_180928_0123
暗闇_180928_0039
暗闇_180928_0063
暗闇_180928_0073
暗闇_180928_0082
暗闇_180928_0086
暗闇_180928_0104
暗闇_180928_0090


今回の舞台写真は、師匠のシンさんに見守られながら、木山さんが撮ったものです。
こうやって並べてみると大したもんだね。

暗闇に関しては、終わったら色々言い訳しないとなーと思っていたので、
やることは目白押しだけどブログ。

まず作品の好き嫌いに関してはもうどうこう言わない。言うけど。
面と向かって言われたわけではないけど、嫌だって人もいると思う。
そこを賛否両論あるよねと逃げるつもりもない。
私が気まぐれにやりたいようにやった作品がこれだったってだけ。

個人的には、「状況的にも展開的にも暗闇で、最後にそういう意味でも暗闇」という暗闇というタイトルではははっと最後に笑ってもらえたらなーってところが一番。
オチがわかってしまえば、最初の暗転から最後の暗転まで堂々と嘘をついている。
まあ、わかりにくくはしてるけども。
そこを楽しんでもらいたかったんだけど、そうは思えなかった人には退屈な最期だったと思う。申し訳ない。

何でこんな話になったか思い返してみると、
元々は六月の應典院の縁劇フェスで「のぞみちゃん」の存在を知り、
結局寝坊して見れなかったんだけど、芝居のイメージとユニット名がすごくいい感じだなーって思ってて、
たまにはこういう雰囲気のもいいよねーとも思ってて、
色々頭抱えてたら、気が付けばそういうテイストになっていた。
だから、女の子のひとりは「希」って名前にした。
どうせなら、もうひとりも一文字にしよう。
なんか似通った言葉はないかなってところで「恵」にした。
そして稽古を5回くらいしたときに、ハッと気づいた。
「めーさん……小藤めぐみやん」って。
当時、台本を読んでたみんな、何か意図があってそういう風にしたのだろうと思って黙っていたらしいが、ただのボンクラだった。
名前変えようかと提案したが、二人ともすでにセリフを覚えていたため、そのままでいいということになった。
これが「あなたもめぐみっていうの?私と同じね」事件の真相。
めーさんのお知り合いは妙な先入観から入ったことだと思う。ごめんなさい<(_ _)>

今回は小藤のめーさんも本ちゃんもすごく懸命に取り組んでくれた。
次から次へと新しい箱を開けてくれるのは楽しいもので、こっちもどんどん箱を用意したくなる。

普通に考えたら本ちゃんにああいう役は当てない。
けど、前回の「青い恋人たち」で色々試行錯誤しているのを見て、だったらもっと試行錯誤し甲斐のある役を当てたら、何かしらがっしり手にするものがあるんじゃないかしらと思っての配役だった。
結果的に大正解だったと思う。本ちゃんも嬉しいだろうけど、私も嬉しい。
稽古から見ていて何度も「おお!?」と思った。
偶然かなと思ってたころもあったけど、ああ理解して、狙ってやってるんだなって嬉しく思った。

この先私がいつまでお芝居をするのかわからないけど、ダラダラと十年二十年やってしまったときに、そのときにまだ本ちゃんも一緒にやってたら、その年月の分だけの何かを持った女優になってないとだなと思ったので、ずいぶんと偉そうな言い方になるけど育成という名目もあったり。
作家や演出ばっかりフィーチャーされて、その劇団員は何もわかってないんじゃないの?って劇団は嫌だ。
私の好きなあの劇団もどの劇団も、作演が素敵で、且つメンバーがその世界観を体現することに特化している。
どうせ長くやってるなら、そういう集団にしたい。
なのでまあ、できれば私と世界観を共にしてくれる人間がたくさん集まればいいなーとも思ったり。
ただ、ストイックに活動してないので、そんなところがメンバー募集かけてもなーとか思ったり。

脱線した。
まあ、色んな意味で実験的なお芝居に付き合ってくれためーさんには感謝しかないし、
相手役をめーさんにしてよかったと思っている。
毎回、演出プランを自分なりに咀嚼して、自分のエゴもしっかり織り込んで出してくるのがすごく好きだった。
本来そうあるべきだろうと思う。
稽古中、何度も賢いなーと思った。

あの芝居を見て、「あの程度で?」って思う人もいると思う。
特に役者なんかやってると、そう思う人もいるだろう。
というか、誰がやってるのを見ても、「あの程度で?」「私ならこうするのに」と思うような、本だなと自分で思う。
どこまで掘り下げて、どこまで割り切って、どこまでやらしく、どこまですかしてやるかは演出の好みだ。
でも、私の作るお芝居としては二人ともよくぞという気持ちでいっぱいだ。
それくらいにうるさく細かく注文をつけたし、応えてくれた。
まあ、初めて自分の作ったものを客席で見たので、そりゃ袖中で見るよりも「あーーーそこはそうじゃなくってー!」って思ったけど(笑)
終わった感想としては楽しかったなーとも思うし、
めーさんのブログを読んで、そんなこともあったなーと懐かしく笑ったり。

あと、落語の補足として大事なことを最初に言い忘れていた。
あとで叩かれたら大変なので書くと、
あのネタは私のオリジナルではありません。
立川志の輔師匠の「親の顔」という落語を勝手にカットしたコピー落語です。
ただオリジナルが神様の創作物なので、できれば見ないでいただけると助かる。
まあ、緊張した。おしゃべりしてる間は何ともなんだけど、落語に入った途端ド緊張した。
また始まる前も終わった後も楽屋での挙動がおかしかった(笑)
羽織紐の結び方がわからなくなるくらいに狼狽していた。
楽しくない、怖い、帰りたい、何だか眠たい、もう落語どころか役者もやめよう、もしくは控えよう、向いてない、バーカバーカと頭の中で何度もぐるぐる考えていた。
そして、そんな人が出る11月の一人芝居……(˘ω˘)

わかっちゃいたけど長くなった……だからブログはダメだ。

冗談抜きでお芝居なんて何でやってるんだろう?
100の労力の見返りが4とか5くらいしかないのにって何度も思う。
趣味にしては見返りが少ないし、仕事でももちろんない、時間もお金もバカみたいに使う。
それでもやっぱり続けているのは、「また観に来るね」って人がいてくれるから以外にない。

今回、延期になっても来てくださった方、延期になったから来てくださった方、私が愚痴ったから二回も見てくださった方(笑)、あとカーテンコールではふざけたけど、見に行きたかったーって言ってくださる方。
私の血縁でも同級生でもないのに、応援してくれる人たちがいるから、こんなことを続けてるんだなーと改めて思ったり。

それゆえに後に引けないのも事実だけども、それがなくなるのも怖いというのも事実。
で、やっぱり感謝の気持ちは絶えない。
信用を失わないように、どうせやるなら後悔のないように、踏ん切りつくまでは続けるのかなと思うのでした。

ここから16日までは「フレンチとマニュアル」の稽古。
何の役にも立たない話だけど、仕事終わりに気持ちよく笑って、余裕があれば一杯ひかっけて帰りたくなるお芝居にしたいなと思います。
がんばるぴょん。

2018年09月01日

cba17ed45ea9f54bdf93712c5abcdb938_17178924_180901_0015
cba17ed45ea9f54bdf93712c5abcdb938_17178924_180901_0004
cba17ed45ea9f54bdf93712c5abcdb938_17178924_180901_0002
cba17ed45ea9f54bdf93712c5abcdb938_17178924_180901_0005
cba17ed45ea9f54bdf93712c5abcdb938_17178924_180901_0007
cba17ed45ea9f54bdf93712c5abcdb938_17178924_180901_0008
cba17ed45ea9f54bdf93712c5abcdb938_17178924_180901_0011
cba17ed45ea9f54bdf93712c5abcdb938_17178924_180901_0009

パソコンが壊れたのをいいことに、すっかりブログを書くのをやめてしまった……。
ツイッターの方が早いし、効率がいい。
ビデオダメ出しも、ブログも、始まるとダラダラと書いてしまうけど、正直大嫌いだ。
自分の時間が取られる。寝不足になる。結果につながらなかった時の徒労感が半端ない。あと、ブログは毎回いっぱい書いてるとバカだと思われる。

ただまあ、一回くらいは書こうか……という今。

暗闇に関しては、本当に二人とも前向きに挑んでくれた。
すでに過去形だけどくれた。
毎度毎度目に見えて先に進んでいるのを見てると、演劇やってて楽しいなと思った。
嫌なことを言われ、腹立つこともあったと思うけど、腐ることも驕ることもなく、本当に真摯に向き合ってくれた。本番のために。

今回は稽古動画を見せてから、がらりと芝居の質が変わった。
私がどれだけ言葉を重ねても、「んー??」って感じだったのが、
「ああ、そういうことね!」ってなって、一気に地に足がついた感じになった。
先日の合同通しで久しぶりに稽古を見た木山さんのシンさんが、「え、ずいぶんと変わったね!」とわかるくらいに違うのだから。
セリフも演出プランも変わってない。
稽古を繰り返したらできるよになったわけでもない。
単純に役者が「ああ、なーんだそいうことを言いたかったのかー」って理解しただけのこと。

反対意見もあるだろうけど、やはりビデオで自分の芝居を客観的に見れるというのは大きいと思うし、
演出側との意見のすり合わせとしてもいい。
例えば、
地面を這いずり回る黒い虫→ゴキ〇リかな?→違うそんなに早くない→カブトムシ?→違う。
というやり取りをするよりも、映像で「この虫だよ」って見せた方が早い。
「あー何だアリのことかよー。だったらはいずり回るじゃなくて、地中に穴を掘って巣を作るとか、甘いものに群がるとかの方がわかりやすいよー」
ってことかなと。
同じ答えでも、人それぞれアプローチの仕方は違う。
5-3=2の人もいれば、1+1=2の人もいるし、もっと複雑な式の先に2を導き出す人もいる。
だから、最初から「2」という答えがわかったら話は早いんじゃないかと思う。
紀伊国屋の前というより、阪急の中央改札出てエスカレーター降りて左の方がしっくりくる人もいるかも知れないし。
今回はパソコン壊れてたのもあって、動画見せるのがずいぶんと後半になったけど、もしかしたらそれが返って良かったのかもしれない。


自分で書いた本を自分で解説するのもカッコ悪いけど、「暗闇」は役者サイドからしたらやってみたくなる台本だと思う。
私が演出しても女優を入れ替えたら違ったものになるだろうし、演出を変えたらなおのことだし。
どこを見せるのか、抑えるのかは人それぞれの好みによる。
だからこれを見た役者や演出さんの中には、「私ならあそこでこうするのになー」って意見は絶対にある。
この先、女優オーディションするなら、この台本を使うと思う。
何が出来て何ができないのか、どういう好みなのかどういうクセがあるのかがよくわかる。
等身大以上のものが出ないようになっている。
面白くなかったら、女優二人がポンコツなのか、演出がポンコツなのか、もしくはその全部か。
そういう台本。

十月は万化さん効果で、お客さんも集まるだろうし、うちもある意味「期待に応える」お話を出す。
しかし、今回の方がしかけとしては断然面白い。
個人的にこれがたくさんの人に受け入れられたらいいなーと思っている。

イベントノルマはすでに達成してるけども、そこは小藤様々なだけで、なーんかね。
わかっちゃいるし、そりゃそうだけど、知ってもらわないとお客さんは来ない。
30GP初戦敗退ではやっぱりサッパリだなーって思う。
役者の手売りではなく、劇団チケットだけでノルマ達成したいものだし、それくらいのニーズもないようなら、応援してもらえないものなら、とっとと滅びてしまえとも思う。
存在しててもしてなくてもいいものなら、いらない。
金にもならないし、時間だけ食って、人気もないなんてバカバカしくてやってられない。

稽古はあと一回のみ。
そこで足りない部分を詰めて仕上げる。
私は自分の好きなものを好きなように作る。
それが好きだと言ってもらえたら幸い。


2018年06月10日

2018_06_09_17
2018_06_09_14
2018_06_09_12
2018_06_09_18
2018_06_09_24
2018_06_09_22
2018_06_09_8
2018_06_09_1
2018_06_09_23


池下さん写真を見て思うのだけど、女優単体を撮るにあたっては、シンさんより木山さんの方が女性ならではの優しさがある。
シンさんの写真はたまーに、「これ女優としてはすごく良い表情なんだけど、女性としては世間に見せてあげたくないなー……どうしたもんかなー」というある種、意地悪な写真をあげてくることがある。
早い話、ぶっさいくな顔で写っているのである。

まあ、前から木山さんの写真はセンスあるなーと思ってたんだけど、こないだ飲んだときにシンさんも褒めてたので、やはりそういうことなんだろう。
シンさんの元で修行したら、新しい趣味として、または仕事してできるようになるかもしれない。
その場合、弟子がシンさんの仕事場を荒らすことになるだろうけど。

さておき、稽古。
前回の稽古から私なりにお願いをしたので、ずいぶんと稽古がスムーズになった。
まあ、早い話、「客演に全然信用されてねえなー」ってことだったので(笑)
そりゃまあ、各々培ってきた知識も技術もあるのだけど、結局私がルールブックなのでね、
そこで相反してもどっちつかずになるので、そこを飲み込んで折れてもらった。

強引でも身勝手でも何と言われても、私がイメージした人に私がイメージして書いたセリフをイメージ通りに口にしてもらうと楽しいのだ。
笑っちゃう。好きーってなる。もう相手がどうあれ私は好きーってなる。

それでもできるだけ、シーンの面白さをわかって楽しんでもらいたいので、
何でそう言わせたいのか理屈で説明するようにしている。
それが鼻につく部分もあるかもだけど、そこは他人同士なんだから説明しないと伝わらないのは当たり前だと思っている。
例えば、白井さんも私も理屈っぽいので、理屈で話したら早いときもあるし、同じライン上で話してるようでも、そうじゃないってときもある。
私も「そこはそういうものだから」とか「お芝居の嘘だから」で済ませるときもあるし。
それこそUSBで脳を直結してイメージを遅れたらいいんだけど、そうはいかないし、そんな恐ろしいことしたくない。何だ脳を直結って。


でもまあ、本当に人それぞれ。
何でそんなことが今気になるの?ってこともあるし。
何でそれが気にならないの?ってこともある。
でもそこが引っかかるって言ってもらえたら、そこを解決しましょうかとなるし、
そこをこうして欲しいと言えばいいだけなので、話は早い。
元々できる客演のお二人なので、やってくれさえすれば早いのだ。
それだけの技術があることを踏まえてオファーして、キャスティングしているのだから。

今回の稽古だけで、七割は仕上がった。
いや、次回通してみて元に戻ってなければだけど。
しっかし、たったそれだけの話だったのに、つまらないところでずいぶんと躓いたものだ。
ただ、毎度毎度のことなんだけど、残りの三割をどこまで稼げるかが大変なので、ここからが始まり。
世の中何でも70点までは容易い。
いつも残りの30点がややこしくできている。
そこをどれだけクリアできるかが差別化というものだし、そこをちらりとも見せられないなら、三等フランソワーズである意味がない。
その他の部分はお話も何も特別なことしてないんだから。

他の人が、「100点だー」「そこはバレないよー」と思ってるところこそが本当に面白いし、そこができてこそのお見事なのです。
「バレないよー」でできあがった面白さと、そこをしっかり踏まえた面白さは、全然違う。
やればやるほどお客を舐めて甘えて、基礎の基本を無視して、ヘタな変化球ばかり投げたがるのは素人だと思う。いや、私がプロだってわけではないよ? 食えてない人間のプロ意識なんて言葉は、素人の寝言だと思っているので。

ただ、客が気づかなければ、あんこの質を下げてもいいという考え方は、結局それ以上のお客さんはつかないし、違いのわかるお客さんは離れていく。
職人としても、そこ止まりだと思う。
かといって、寡黙にこつこつ頑張ってたら報われるというものでもないし、愚直という言葉は嫌いなので、何とかしたいなーとも思っているし、頭を抱えるところよねー。

私は素人だし、役者としてもへぼいし、小劇場界では誰お前だけど、
私の敬愛する神々がどういう風にセリフを吐き、どういうときに動き、動かず、どこを押さえて、何をはずすのか、それこそ演劇一年生くらいの気持ちで分解して、理解して、再現できるように、理屈で説明できるようにしている。

最近よく考えてるんだけど、
料理を前にしたとき、コックになりたいのか、料理評論家になりたいのか、似たもの作って儲けたいのかで言えば、私はコックになりたいというか、ずっとコックのつもりで生きているので、レシピは何か、調味料は何かが気になる。
なぜ自分は感動したのかが騙されたのかが気になる。同じように自分も感動させたいと思うから。「あれは天才だから」では悔しいもの。
一番恥ずかしいのは、自称コックの、料理評論家気取りの、似せるのもヘタクソな「この料理の味わかる俺スゲー」なツイッタラー。

演劇やる上での理想は、小劇場で商業レベルのきっちりした完成度の演劇をしたいと思っている。
もちろんそこには「私の思う」「私の理想の」という枕詞がつくんだけども。
そういう意味では、本ちゃんも木山さんもそういう風に持っていきたいと思っているし、信じて欲しいと思っている。
私もまだまだ勉強する。
ただ問題は私の気力はそこまで頑張れるかどうかだけどね。

あと、付け足すような形になるけども、今回本ちゃんが面白い。
今までで一番良いと思う。
アドリブもデタラメではなく、採用率も高いし、しっかり役に乗ってるって感じがする。
いや、ダメなところは言って、良いところ言わないでおくと、どんどんセルフカットしていくから(笑)


何か偉そうなことたくさん書いてけども、たまにはいいじゃないの。
身内以外に誰がここまで読んでいるのか知らないけど、イラっとした人がいたらごめんなさい。


お口直しに木山さんのもぐもぐ写真を載せておきますね。

20180609_191457_200
20180609_191513_683


寿司食ってるよ……。