2018年10月22日

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来月には関東に行く井上信治さんが、当日に駆けつけて、ぶっつけで撮ってくれた写真です。
これがシンさんの遺作になるので、しみじみサクッと選びました。
まあ、過去の写真を見返しても、いい写真だなーと思います。
「ここ!」ってところをきっちり押さえてるのも嬉しいし、
実際の1.5倍盛りくらいのちょうどいい感じに撮ってくれるので、すごいいい芝居みたいじゃんって思ったものです。
稽古写真は、うちに出てくれる役者さんのモチベーションをあげるいい材料でした。
当たり前に、専属で稽古写真を撮ってくれる人がいるというのはありがたいものだなと、亡くなった、否、いなくなる今になってしみじみと思います。
いやいや、最近虚空さんの稽古ばっかり撮りに行ってたとしても!それはそれだから!!向こうはOMS戯曲賞だから!!

初めて会ったその日に頼んでもないのに子供の写真見せられたのも、日帰り旅行に行ったのも、山下さんと引っ越し手伝ってもらったのも、面倒ごとの仲裁に入ってもらったのも、志の輔師匠を森ノ宮に観に行ったのも、芸創でクソ高いクソ芝居見た帰りのバスで「あれが面白いのか?あれが正しいのか?」と議論したのも、電話口で言葉の行き違いからヤミ金業者みたいな罵倒を受けたのも、てめえなんだその物言いはってなったのも、うまい焼肉も、さんまも、肴も、思い出すと、シンさんはどれも美味しかったなーと思います。
ずっと私の一ファンでいてくれて、それこそたくさん持ち上げてくれました。
ちょっと言いすぎだよ!ってところもあったけど、ネガティブな方向に折れやすい私の骨を支えてくれたのはシンさんだったので感謝しております。
私が芝居をやめるのが先か、シンさんが大阪に戻ってくるのが先かはわからないけども、私の遺影はシンさんの写真から選ぼうと思うよ。
……という、前置きが長くなりましたが、知らない人は「そういう人がいたんだなー。ご冥福を……」と思っててください。

さて、
ここからも長いです。ここからが長いです。

すっかり稽古ブログを書くのが嫌になり、とうとう一度もあげなかった今回ですが、最後くらいはとお酒を片手に振り返ってみようかなと。
いや、11月の台本を書かなくていいのかなんてのは野暮な話で、構想だけはスピルバーグなみにあると言っておくのです。
スピルバーグが構想構想と言い出し始めてから、スピルバーグってハンバーグの名前だったのかしらと思うくらいの興味がなくなった感じですけども。
まあ、それに負けないくらい構想が迷走してるし、瞑想という名の睡眠に事欠かないここ最近。

「フレンチとマニュアル」
そもそも、「暗闇」が台風でずれ込んだのがよくなかった。
なんだかんだ言っても、目の前の公演が最優先で、それが終わらないと次に本腰を入れるなんてのはモチベーション的に無理なのだ。
それに多少何とかなるだろうという楽観もあり、いざ本格的に始めると非常に大変だった。

まずセリフが恐ろしく入らない。
でもテンポが遅いのも許せない。
どうやったら楽しくなるのかわからない。
ないなしずくしで、「こっちのほうが暗闇だよ!」と何度も思った。

また、自分すら迷子なのに、それを木山さんに踏襲させようとするから大変だった。
「理屈は無限にあるけど、自転車運転するのにいちいち、そんなこと考えないんだから、フィーリングで、ニュアンスで、モチベーションで、イメージをセンシティブにエンジョイワッショイしようぜ!」
みたいなことを言って、「それがわかんねえんだよ!」と木山さんが頭を抱えることが多々々あった。

それでも、努力と根性と理屈だけでそれをこなしてくる木山さんはすごい。
しかし、一旦くずれると、一から立て直しになるので、そこが大変だったと思う(笑)
せっかく立てたジェンガをがしゃんって崩すような稽古が多かった気がする。
いや、がしゃんってするのはいつも木山さんなんだけど。
それを見ては、「あんた、ストイックすぎるで……(*´Д`)」と引いてたんだけど。

もっとわかりやすい例えなら、このお芝居は懐かしいところでダンレボとか、ドラムマニアとか、そんな感じだなと。
リズムに乗って、音楽を楽しみつつ流れてくる矢印をこなせばいいのだ。
そんな中、徹底的に楽譜をこさえて解明して挑んでくるのが木山さんだった。
それはそれで私は好きだ。
理屈がないのに、ニュアンスだけでセリフを言われるとイライラする。

ただ、今回に関してはあまりにもセリフ量と仕事量が膨大で、攻略が困難すぎる。
こう言っては何だけど、百パーセント完璧にこなすのは、はなからムリなのだ。
もうそこを含めて楽しまないとムリ。
にもかかわらず、私は細かく注文するので、余計に混乱したと思う。
楽しめって言ったあとに、「あそこが遅い」「早すぎる」「もっと立てないと」と、
無限に攻めるのでもう何が何やらだっただろう。

それでも本番きっちりこなしたのだから、私は文句はない。
本番前にDVD焼いてくれたり、小道具も言わずともそろえてくれたり、すべてやってくれたことにも感謝している。
最終的には私が何を言っても、「まだまだこんなもんじゃない!」という、エースでもねらうのかよってくらいの熱量と頭痛で挑んでたので、どう言ったら納得してくれるのかということに悩んだ(笑)
「100点満点だよ!」っていうのは、見え透いた嘘だしね。
「私も木山さんも、これが今の目一杯。これが今のベストオブベスト」という、嘘のない、物は言いようともいった感じで本番に挑んだ。

たかだか、30分のイベント芝居。
稽古回数も途中からわからなくなったけど、追加追加で20回近くやってる。
それこそ理屈とか損得とか費用対効果とか考えたら、間違ってるんだけど、そこはもうお客様のためとかそういうことではなく、
どうせやるなら、今より先が見えているなら、やらないわけにはいかない。
見なかったことには、知らなかったことにはできないってだけ。
だからもう、やるんじゃなかったとか、始めるんじゃなかったとか後悔する。
そんな精神的によろしくないやり方が正解かというと、どうだろうねーと思う。

ひと様がのんびり稽古して、面白くないのに「面白いです!」ってつぶやいてるのを見て、案の定「面白くなかった……」という感想を聞いたりすると、腹も立ちながら、でもそれくらいでいいんじゃないの?とも思ったり、それよりはマシなんじゃないの?って思ったり。

でもそれなら、最初からやらなくていいのかーというところにたどり着く。
こなすのが目的になってるなら、「これが見せたいの!面白いと思うの!」ってのを出せないなら、先はないし、存在する意味がない。どこか似たような会話劇をするところにでも入ればいい。
お客さんにバレないうなぎ風味の魚って何だろうと悩むなら、それはもうなぎ屋やめるときなんだと思う。
私は悩む。
あるときから、あるきっかけを境に。
演劇を続ける理由と、やめる理由をずっと考えている。
代わりになる理由と、続けられなくなる理由のどちらかが巡ってこないかなーって。
しんどいのになーって。

今続けているのは、言葉を選ばないなら惰性で、
何だかよくわからないけど、やらなくちゃいけないと思ってやっている。
あとは死ぬ間際に、しゃべる話題に困らないかなとか。それくらい。

でもやるからには内容は惰性では、いつまでも答えが出ないので、目一杯やる。
お金もコネもないから、大したことはできないけど、よそのお店ではやらないことをやろうと常に思っている。
口が悪い分、その口に恥じないようにしようと。
だから、よそ様がバレないと思って平気で書く水増し台本も書かない。
さっきと言ってることが違うじゃんという、作家のご都合台本も書かない。
今続ける理由は、それを見てくれている人がちゃんといること、それが徐々に認められていること。
「これって正解?」と適度に疑いながら、過度に期待しないようにしながら歩いている。

来月11月が終わったら、その先はどうしようかなーとか、あの件はどうなるのかなーとか、色々思うところはあるのです。
あるのですが、一番最後にそのすべての根幹にあるのは、観てくださる方がいるから。
「應典院の公演見て来ました!」とか、
「虚空さんのアフタートーク見て来ました!」とかね。
そりゃ嬉しいですよ。そういうことを報告してくれることが嬉しいの。
だって、そんなの言ってもらわないとわからないもん(笑)
「ああ、無駄じゃなかったんだなー、ちゃんとちゃんとここまでつながってるんだなー」って思うから。

だからね、もし思ってくれるなら、どうかどうか今後ともご贔屓に。
私もそのご贔屓にお応えできるよう、もう少しだけがんばります。
好きな映画を誰かに教えたくて仕方がなくなるように、
あなたの好きを、誰かにも教えたくて仕方ないくらいの好きにまで昇華できるように。

ちょっとかなり脱線してけど、飲んでるから仕方ないと思って。
いつもやりたいお芝居には必ず下敷きがあるけど、今回の下敷きは少々身の丈に合わなかったかもしれない。
もっと華麗にステップ踏めると思ってたのに、
実際踊ってみると、「お、おおお!? こんなところにこんな筋肉を使うの?」って感じだった。
いや、実際には筋肉は使ってないですよ。比喩だよ比喩。
実際、オープニング含めても30歩も歩いてないよ。

でもでもまあでも、やってよかった。
木山さんはどうだったかわからないけど、私は楽しかった。
そりゃ本っっっ当にしんどかったけど、楽しかった。
私の無理難題を理解しようと頭を抱え、私以上のモチベーションで挑んでくれた木山さんには感謝しかない。
本人にも話したけど、そこまで私のお芝居に身をやつしてくれる女優は他にいない。
それがすごく嬉しかった今回のお芝居でした。
ありがとうございました。

そして誰がどこまで見てるのか知らないこの長文ですが、私ならまず見ないですが、
ご来場くださった、面白いと笑ってくださった皆々様に感謝でございます。

2018年09月28日

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今回の舞台写真は、師匠のシンさんに見守られながら、木山さんが撮ったものです。
こうやって並べてみると大したもんだね。

暗闇に関しては、終わったら色々言い訳しないとなーと思っていたので、
やることは目白押しだけどブログ。

まず作品の好き嫌いに関してはもうどうこう言わない。言うけど。
面と向かって言われたわけではないけど、嫌だって人もいると思う。
そこを賛否両論あるよねと逃げるつもりもない。
私が気まぐれにやりたいようにやった作品がこれだったってだけ。

個人的には、「状況的にも展開的にも暗闇で、最後にそういう意味でも暗闇」という暗闇というタイトルではははっと最後に笑ってもらえたらなーってところが一番。
オチがわかってしまえば、最初の暗転から最後の暗転まで堂々と嘘をついている。
まあ、わかりにくくはしてるけども。
そこを楽しんでもらいたかったんだけど、そうは思えなかった人には退屈な最期だったと思う。申し訳ない。

何でこんな話になったか思い返してみると、
元々は六月の應典院の縁劇フェスで「のぞみちゃん」の存在を知り、
結局寝坊して見れなかったんだけど、芝居のイメージとユニット名がすごくいい感じだなーって思ってて、
たまにはこういう雰囲気のもいいよねーとも思ってて、
色々頭抱えてたら、気が付けばそういうテイストになっていた。
だから、女の子のひとりは「希」って名前にした。
どうせなら、もうひとりも一文字にしよう。
なんか似通った言葉はないかなってところで「恵」にした。
そして稽古を5回くらいしたときに、ハッと気づいた。
「めーさん……小藤めぐみやん」って。
当時、台本を読んでたみんな、何か意図があってそういう風にしたのだろうと思って黙っていたらしいが、ただのボンクラだった。
名前変えようかと提案したが、二人ともすでにセリフを覚えていたため、そのままでいいということになった。
これが「あなたもめぐみっていうの?私と同じね」事件の真相。
めーさんのお知り合いは妙な先入観から入ったことだと思う。ごめんなさい<(_ _)>

今回は小藤のめーさんも本ちゃんもすごく懸命に取り組んでくれた。
次から次へと新しい箱を開けてくれるのは楽しいもので、こっちもどんどん箱を用意したくなる。

普通に考えたら本ちゃんにああいう役は当てない。
けど、前回の「青い恋人たち」で色々試行錯誤しているのを見て、だったらもっと試行錯誤し甲斐のある役を当てたら、何かしらがっしり手にするものがあるんじゃないかしらと思っての配役だった。
結果的に大正解だったと思う。本ちゃんも嬉しいだろうけど、私も嬉しい。
稽古から見ていて何度も「おお!?」と思った。
偶然かなと思ってたころもあったけど、ああ理解して、狙ってやってるんだなって嬉しく思った。

この先私がいつまでお芝居をするのかわからないけど、ダラダラと十年二十年やってしまったときに、そのときにまだ本ちゃんも一緒にやってたら、その年月の分だけの何かを持った女優になってないとだなと思ったので、ずいぶんと偉そうな言い方になるけど育成という名目もあったり。
作家や演出ばっかりフィーチャーされて、その劇団員は何もわかってないんじゃないの?って劇団は嫌だ。
私の好きなあの劇団もどの劇団も、作演が素敵で、且つメンバーがその世界観を体現することに特化している。
どうせ長くやってるなら、そういう集団にしたい。
なのでまあ、できれば私と世界観を共にしてくれる人間がたくさん集まればいいなーとも思ったり。
ただ、ストイックに活動してないので、そんなところがメンバー募集かけてもなーとか思ったり。

脱線した。
まあ、色んな意味で実験的なお芝居に付き合ってくれためーさんには感謝しかないし、
相手役をめーさんにしてよかったと思っている。
毎回、演出プランを自分なりに咀嚼して、自分のエゴもしっかり織り込んで出してくるのがすごく好きだった。
本来そうあるべきだろうと思う。
稽古中、何度も賢いなーと思った。

あの芝居を見て、「あの程度で?」って思う人もいると思う。
特に役者なんかやってると、そう思う人もいるだろう。
というか、誰がやってるのを見ても、「あの程度で?」「私ならこうするのに」と思うような、本だなと自分で思う。
どこまで掘り下げて、どこまで割り切って、どこまでやらしく、どこまですかしてやるかは演出の好みだ。
でも、私の作るお芝居としては二人ともよくぞという気持ちでいっぱいだ。
それくらいにうるさく細かく注文をつけたし、応えてくれた。
まあ、初めて自分の作ったものを客席で見たので、そりゃ袖中で見るよりも「あーーーそこはそうじゃなくってー!」って思ったけど(笑)
終わった感想としては楽しかったなーとも思うし、
めーさんのブログを読んで、そんなこともあったなーと懐かしく笑ったり。

あと、落語の補足として大事なことを最初に言い忘れていた。
あとで叩かれたら大変なので書くと、
あのネタは私のオリジナルではありません。
立川志の輔師匠の「親の顔」という落語を勝手にカットしたコピー落語です。
ただオリジナルが神様の創作物なので、できれば見ないでいただけると助かる。
まあ、緊張した。おしゃべりしてる間は何ともなんだけど、落語に入った途端ド緊張した。
また始まる前も終わった後も楽屋での挙動がおかしかった(笑)
羽織紐の結び方がわからなくなるくらいに狼狽していた。
楽しくない、怖い、帰りたい、何だか眠たい、もう落語どころか役者もやめよう、もしくは控えよう、向いてない、バーカバーカと頭の中で何度もぐるぐる考えていた。
そして、そんな人が出る11月の一人芝居……(˘ω˘)

わかっちゃいたけど長くなった……だからブログはダメだ。

冗談抜きでお芝居なんて何でやってるんだろう?
100の労力の見返りが4とか5くらいしかないのにって何度も思う。
趣味にしては見返りが少ないし、仕事でももちろんない、時間もお金もバカみたいに使う。
それでもやっぱり続けているのは、「また観に来るね」って人がいてくれるから以外にない。

今回、延期になっても来てくださった方、延期になったから来てくださった方、私が愚痴ったから二回も見てくださった方(笑)、あとカーテンコールではふざけたけど、見に行きたかったーって言ってくださる方。
私の血縁でも同級生でもないのに、応援してくれる人たちがいるから、こんなことを続けてるんだなーと改めて思ったり。

それゆえに後に引けないのも事実だけども、それがなくなるのも怖いというのも事実。
で、やっぱり感謝の気持ちは絶えない。
信用を失わないように、どうせやるなら後悔のないように、踏ん切りつくまでは続けるのかなと思うのでした。

ここから16日までは「フレンチとマニュアル」の稽古。
何の役にも立たない話だけど、仕事終わりに気持ちよく笑って、余裕があれば一杯ひかっけて帰りたくなるお芝居にしたいなと思います。
がんばるぴょん。

2018年09月01日

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パソコンが壊れたのをいいことに、すっかりブログを書くのをやめてしまった……。
ツイッターの方が早いし、効率がいい。
ビデオダメ出しも、ブログも、始まるとダラダラと書いてしまうけど、正直大嫌いだ。
自分の時間が取られる。寝不足になる。結果につながらなかった時の徒労感が半端ない。あと、ブログは毎回いっぱい書いてるとバカだと思われる。

ただまあ、一回くらいは書こうか……という今。

暗闇に関しては、本当に二人とも前向きに挑んでくれた。
すでに過去形だけどくれた。
毎度毎度目に見えて先に進んでいるのを見てると、演劇やってて楽しいなと思った。
嫌なことを言われ、腹立つこともあったと思うけど、腐ることも驕ることもなく、本当に真摯に向き合ってくれた。本番のために。

今回は稽古動画を見せてから、がらりと芝居の質が変わった。
私がどれだけ言葉を重ねても、「んー??」って感じだったのが、
「ああ、そういうことね!」ってなって、一気に地に足がついた感じになった。
先日の合同通しで久しぶりに稽古を見た木山さんのシンさんが、「え、ずいぶんと変わったね!」とわかるくらいに違うのだから。
セリフも演出プランも変わってない。
稽古を繰り返したらできるよになったわけでもない。
単純に役者が「ああ、なーんだそいうことを言いたかったのかー」って理解しただけのこと。

反対意見もあるだろうけど、やはりビデオで自分の芝居を客観的に見れるというのは大きいと思うし、
演出側との意見のすり合わせとしてもいい。
例えば、
地面を這いずり回る黒い虫→ゴキ〇リかな?→違うそんなに早くない→カブトムシ?→違う。
というやり取りをするよりも、映像で「この虫だよ」って見せた方が早い。
「あー何だアリのことかよー。だったらはいずり回るじゃなくて、地中に穴を掘って巣を作るとか、甘いものに群がるとかの方がわかりやすいよー」
ってことかなと。
同じ答えでも、人それぞれアプローチの仕方は違う。
5-3=2の人もいれば、1+1=2の人もいるし、もっと複雑な式の先に2を導き出す人もいる。
だから、最初から「2」という答えがわかったら話は早いんじゃないかと思う。
紀伊国屋の前というより、阪急の中央改札出てエスカレーター降りて左の方がしっくりくる人もいるかも知れないし。
今回はパソコン壊れてたのもあって、動画見せるのがずいぶんと後半になったけど、もしかしたらそれが返って良かったのかもしれない。


自分で書いた本を自分で解説するのもカッコ悪いけど、「暗闇」は役者サイドからしたらやってみたくなる台本だと思う。
私が演出しても女優を入れ替えたら違ったものになるだろうし、演出を変えたらなおのことだし。
どこを見せるのか、抑えるのかは人それぞれの好みによる。
だからこれを見た役者や演出さんの中には、「私ならあそこでこうするのになー」って意見は絶対にある。
この先、女優オーディションするなら、この台本を使うと思う。
何が出来て何ができないのか、どういう好みなのかどういうクセがあるのかがよくわかる。
等身大以上のものが出ないようになっている。
面白くなかったら、女優二人がポンコツなのか、演出がポンコツなのか、もしくはその全部か。
そういう台本。

十月は万化さん効果で、お客さんも集まるだろうし、うちもある意味「期待に応える」お話を出す。
しかし、今回の方がしかけとしては断然面白い。
個人的にこれがたくさんの人に受け入れられたらいいなーと思っている。

イベントノルマはすでに達成してるけども、そこは小藤様々なだけで、なーんかね。
わかっちゃいるし、そりゃそうだけど、知ってもらわないとお客さんは来ない。
30GP初戦敗退ではやっぱりサッパリだなーって思う。
役者の手売りではなく、劇団チケットだけでノルマ達成したいものだし、それくらいのニーズもないようなら、応援してもらえないものなら、とっとと滅びてしまえとも思う。
存在しててもしてなくてもいいものなら、いらない。
金にもならないし、時間だけ食って、人気もないなんてバカバカしくてやってられない。

稽古はあと一回のみ。
そこで足りない部分を詰めて仕上げる。
私は自分の好きなものを好きなように作る。
それが好きだと言ってもらえたら幸い。