2020年01月02日

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この時期に紛らわしい写真をあげて申し訳ない。
前回の30GPチラシです。
今回はとうとうチラシ画像すらなくなってしまうのかなー。
インディペンデントは毎回あんなに力いれてるのにないのかなー(・´з`・)
という一部から舌打ちが出そうな確信犯的な部分も含みつつ(˘ω˘)

少し長いかもだし、もう年明けて二日目だし、
正月っつっても暇なんだよなーってあくびしてる人はお付き合いください。

一月「フレンチとマニュアル」
まだあれが今年なのかと驚くけど。
もうさすがに記憶の彼方だけど。
ずいぶんと稽古したし、あの優勝自体は本当に時の運もあった。
謙虚アピールでなく、本当にめぐり合わせですなと思う。

あのときも最初は「二回戦はムーンライト」と考えていたけども、
初戦でEVKKさんと当たることがわかって、こりゃ無駄になる可能性大だなと思って引っ込めたので。
私どもからしたらそれくらいに期待してなかった。

ただ作品としては一切の安全牌を捨てて、今できる限界までやってきたことに関しては、
「作品としてだけは絶対に負けない!!」という気持ちはあった。

朝高の子らとも仲良くなれたし、
中野劇団さんとは関西演劇祭で一緒にテーブルセットをレンタルしたし、
ってか中野さんご近所さんだし。まあご縁です。

30GPはガチンコであるゆえに、信じられない番狂わせもあるので、
今回も同じ作品を観に来てくれる人にも楽しんでもらえるように、
「あれ、これってここまで面白かったっけ?」ってレベルまで昇華したものを出すつもりでいる。
遅い時間に、お金払って観に来てくれることに応えることがこちらの仕事だし、
そこを裏切っては、次も観に来てくださいねとは言えない。
ましてや決勝のチケットまで買ったよって言ってくれてる人達がいて、そこは応えないと嘘だろお前って思う。
「でへへ、応援ありがとです。でもやっぱ初戦でダメでしたー。でも他の団体さんも面白いから最後まで楽しんでね」
なんて、クソに生クリームまぶしたようなことは舌噛みちぎっても言いたくないのです。
もう金返せよって思うし、言ってもらえたら本当にお金返す。申し訳ないもん。

こんな近々での再演作品をこんな遅い時間に初演より高いお金払って観に来てくれるのは、そりゃもう愛ですよ。
私なら絶対行かない。
自分がやらないことを、自分の肉親でもないのにやってくれるんだから、数年前なら考えられないことなんだから、ここであぐらかけるほど偉くなったつもりもない。
……まあ、ここまで書いたらキャストも、うわっ今回めんどくせーぞって思うだろうし、多少のことは許してくれるに違いない!


まあ、30GPの話をしたらキリがないので次行こう。
まだ一つしか振り返ってない。


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六月 新1st杮落とし「Birthday」。
これは先のブログにも書いたのだけど、30GPの決勝の朝に思いついたことで、
30GPで澤井さんと出会わなければなかった。

寒い中、南港にビジュアル撮影に行った。
これも急な話だったので澤井さんは本当に来るのだろうかと、実際に会うまで疑っていた。
斉藤さんに海遊館の前でアホほど写真を撮ってもらったけど、結局使ったのは歩道から撮った写真だった。

予め会場下見をしてくれてた木山さんが終始機嫌が悪く、めんどくさかったのをよく覚えている。
帰りに顔合わせがてらに寄った居酒屋では、何の話をしたのか覚えてないけど、店員さんがこちらがストップと言うまでサラダにしらすを乗せてくれるというサービスがあり、
澤井さんがいつまでも「もういっちょ!」と言ってる姿を見て、マジかかわいいなと思った。

ただ、この杮落とし企画にエントリーする時点では何をするかは決まっていなかった。
ただ、エントリー用紙に「杮落としですので、お誕生日おめでとうというセリフで締めます」とだけ書いたのを覚えている。
結果、初演の「クリスマスギャロップ」に追加エピソードを足すことになった。
何て義に熱い、よくできた私なのだろう。偉い!と自画自賛。

ただやはり六月にやるには頭おかしい演目だった。
ここでは超人予備校さんとご一緒して、ミツルギさんとは今でも少し仲良くしてもらったりしている。っていうか、ミツルギさんは本当にちょっと涙がこぼれるくらいにいい方でたじろぐ。




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その翌週、六月 縁劇フェス「100年後」。
杮落としと同じメンバーで挑んだので、こんな無茶がきでた。

夫が下着をつけているのを必死で隠す話をしたいというところが発端。
下着をつけてることをお客さんが知ってる中、隠そうとするあれこれを見せるのか、
最後までわからないままにしておくのか、悩んだ結果後者になった。

とにかく慌ただしくしたい、レイクーニーみたいなのがしたい、
そろそろ自分にも書けるんじゃないか?というところでチャレンジした作品。
あとは落語のテイストをもっと出そうとしたのが、最後の夫婦の会話で、
「100年後に」ってセリフは、落語の「百年目」を意識したけど、そんなに見事なリンクではない。

まあ難しかった。自信はあったけど、これお客さんがついて来れてるかなーって部分は正直あった。
初日終わったときは胃がひっくり返りそうで、本当に明日から出たくないと思った。

あとから考えると、少し強引なところもあったのかなーと思ったり。
あと今までの曲合わせとは全然違う、「え、何それ踊ってるの?」ってレベルまでやったのは初。
たぶんもうあそこまでのはやらない。



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九月 関西演劇祭「面白くなるまで待って」。
もっとキャッチーな作品を再演したらよかったのだが、元々「100年後」を関西演劇祭にぶつけると決めていたので、
澤井さんと山下さんの出演が厳しくキャストチェンジするのもあって、
ネタ的要素をかなりカットして小ネタも極力避けて、「100年後」を大幅に改定した。
真夏のクソ熱い中、脳みそやられたのかと思われる格好で、難波の公園にビジュアル撮影をしたのはもういい思い出としよう。

久しぶりに赤穂君も呼んで、そしてとうとう有元さんにも出てもらちゃった。
ただ有元さんが出てみたいと言ってくれたうちの作品はおそらくこれじゃなかっただろうなーとか、
こういう役じゃないだろうなーとか色々申し訳ないなーってところはありつつ、おかげ様で何とか戯曲賞を取れた作品。
本当に口先ではなく、お陰様だと思ってる。

「100年後」からそうだったのだけど、私にとっては「これが書けたら、今後大きく変われる」と思った作品。
んー、まあ確実に今後の下地となる作品にはなったけど、まだまだヘタっぴだなーって部分はあるのは認める。
もっと角が取れて、もっと見事にミステリー要素を出せてパズルを組み合わせるようなことができるんじゃないかと頭を抱えながら、今の私の精一杯を費やした。
好みやあれはあるかもだけど、ごまかしいいわけなしに今の私の全力な作品。

イベントとしては筆舌につくしたくでもつくせない部分はあったけどあれもいい思い出としよう。するのだ。
有元さんはどう思ってるかは無視して、またご一緒していただけたらなと思ってはいるのである。



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十月 火ゲキ「青い恋人たち」。

初めて勝山さんにチラシをお願いしたのがこれ。
ただこれを作ってくれた勝山さんは内容も何も知らず、
「ここまで頑張ったんだけどうまく作れないから、あといい感じに仕上げてください」
と丸投げして、美しく修正してくれたチラシがこれで、
初演を知らずこのイメージで男女五人夏物語みたいなのと思って観に来た人の気持ちを大きく裏切ることになる。
のちに「チラシ詐欺」と言われる作品。

「顔青く濡れますか?」と響さんへ質問したことから始まった再演。
そして仁さんにも出てもらった。
考えてみたら有元さんも元は万化の人だったので妙な連鎖。

これは稽古日数がなかなかタイトだった気がする。
ベテラン二人があれやこれやと全部受け入れてくれたから、あの短期間でできあがった。
あれだけよくウケたのもそこに尽きる。

会話のやり取りが初演とは比べ物にならないくらいに早く、
初演で私が演じている役を仁さんにしてもらったのだが、
初演の動画を見た仁さんが、「あのスピードなら俺だってできるよ!」って言っててまったく本当にそうだよねーと思った。
フレンチとマニュアルからこっち、あきらかに会話のスピードがあがってるのだがもう戻せない。

あと何でもできると思ってた仁さんが、木山さんを実際にビンタすると知って非常にたじろいでたのが新鮮だった。
あれだけ客演をこなしてる人に初めての経験をさせたのは嬉しかった。
通し稽古が終わる度に、まずビンタの評価から始まった。

この稽古が始まるまで、
仁さんは「いい人」だとか「好き!」だとか、そういう評判をよく聞いていたので不安はなかったけど、
響さんは情報が少なかったので少しドキドキしてたが、非常にチャーミングで素敵な方だった。
ただ顔合わせの稽古場に行く途中、全然会話がはずまず、「あー早く着かないかなー」とか思ったのは今も秘密だ。



クリスマスギャロップ表

十二月 本公演「クリスマスギャロップ」。
二年ぶりの本公演。
四年越しの長編。
なのに稽古期間は二週間。

蓋を開けてみたら、二週間で十分だったし、それも役者のモチベーションの高さゆえのこと。
時間はあるに越したことはないけど、何とかなるだろうって気持ちで挑むそれとは稽古の進行度は天地ほど違う。

二度とやることはないと思った作品を再演だけでなく、長編でやることになるなんてね。
客演の山下さんですら「もう二度とやらないものだと思ってた」と語ったくらいに、私どもにとっては、もうここにはない作品だった。

思い出すことはたくさんあり、「あれー、ここどうしてたんだっけ?」という過去の動画に段取りを教えてもらったことも多かった。
初演の30GPでフルボッコにされた相手の響さんを、この作品に呼んだのも面白いもんだなと思ったり。

澤井さんが最後に過去のことを語り出すシーンはダメこそ出していたがあまり稽古場で詰めることは少なく、小屋入りしてから下心丸出しの新歓コンパの先輩みたいに、もっともっとまだまだ飲める!吐くまで行こう!!と長文LINEを送りながらとお願いした。
どうやったら初演と差別化できるのかとか、もうひとつ見せ場が欲しいなーと思ってのあのシーンだった。
初演から何となくあやふやにしていた部分だったし、そこを伏せて書こうと思ってたけど、
「最初から全部知っていて、ここまでは全部茶番だったとしたら、それはある意味残酷だし、切ないよね」
となってからは一気に書いた。
まあ本当に思い入れが強く、何だか蛇足になりそうなのでこの辺で。
楽しい本公演だったし、新しい思い入れができたと思うし、次があればこれを元に更にブラッシュアップしていくのだと思う。

四年前は知名度底辺で、全然話題になることもなくこちらの思いばかりだったものが、
今回の公演で観に来てくれた人に受け入れてもらえて、何だかようやく報われた作品だなと。

知られなければ観てもらえない。
観てもらえなければ始まらない。

でもやらないと知ってもらえない。
だけど無駄打ちしてたら繋がらない。

芸術なんて言葉は知ってもらって評価されて初めて芸術と呼ばれるのであって、
誰も見てないところで、「私はこれが面白いのだ」「受け入れてもらわなくてもいい」「私は媚びない」「この値段の価値はわかる人にはわかる」
どれを言い張ったところで芸術という言葉に逃げてるだけだ。

ただ、それがその先花開いて、多くの人の目に留まったなら。そこで初めて不遇の時代はドラマになる。
それ以外は「お爺ちゃんは絵がとっても上手だったのよー。すごく才能のある人だったの」って、娘が孫に語ってる思い出と一緒。
それはそれで大事にしたらいいし、否定はしない。
ただそれは趣味の話だ。

このまま続けたとして、「おかげさまで十周年!」って、
狭いところに友達集めて、声高らかにハピバースデー歌うようなのは恥ずかしい。
歳を食うのと一緒で演劇を十年続けるのなんて誰でもできる。
ただ漂ってただけなのに、「俺はこの世界に十年いるぞ」とか言う人にはなりたくない。
それはいわゆる老害だ。
その世界からしたらマイナスでしかない。
知ってもらって求められて需要があってこそ、誰かが言ってこその芸術。
そうじゃないもの、自分で名乗るものはすべてカルチャー。

私はこれだけしんどいなー何だろなーと思ってやってるのに、カルチャーだなんて嫌だ。
だから私は節操なく動員を求めるし。
もちろんその先の収益の話もする。
武士は食わねどで涼しい顔して、腹を空かせるつもりはない。
でも背に腹を変えるつもりもない。
あくまで両方そろってこそ。
300人にすら到達してないのに、「大成功です!」なんて白々しくて言えない。

という流れから最後にこれまた宣伝。
うまくいけばの話。
四年前に一回戦敗退した作品が「Birthday」として決勝二日目、今回の30GP最後の対戦枠に残る。
それは成長でもあるけど、そこで優勝できたなら私のこれまでやってきたことのひとつの結果として非常にわかりやすい。

ちょうど今年の八月で五年。
いい加減思わせぶりなことを言うだけではなく、
色々照らし合わせて、見極めの五年目にしたいと思っている。
30GPに優勝したらそれはもうやらざるを得ないし、気候のいい時期に新しい長編をやろう。
優勝できなかったらそれはもう、ようやく休むいいわけができるわけです(笑)

何だかダラダラ長くなりましたし、こんな感じではありますが、
本年もご贔屓にしていただけたら嬉しく思います。

三等フランソワーズ
中川浩六


2019年12月31日

クリスマスギャロップ表


稽古がどうだったとか振り返ってもいいのだけど、
何かあったかなーと思ったり、そんなことよりもっと皆が興味のあることってあるんじゃないのかなーってところで、
せっかくのこの料金システムで、実際どうなってるのかをぼんやりと濁しての結果報告。





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まずはあれだけ気にしていた動員ですが、上の表を見ていただいたらわかるように惜しくも300人には届かず。
それでも二年前よりキャストは減ってるし、劇団自体のチケットは倍以上伸びていて、
数字の内容は全然違うので、二年前と変わらないという結果にはならなかった。
……って、まあそりゃね、こんな負け惜しみみたいなことは言いたくないし、
やはりこの料金システムで300行かなかったのは少し情けないなーって気持ちは正直なところ。

「三等さん飛ぶ鳥を落とす勢いですねー」みたいに言われることもあるけど、どこの鳥を落としてるんだかマジウケる。
口コミで800人とか東京埋めたりとかできるレベルの人たちのことを考えると、吹けば飛ぶような存在ですな。
まあ地力も足りんです。

結果報告と言っても、
チケット代金の総額も平均値も、このリスクを負った私だけの情報なので公開する気はないのですが、
平均値で言えば、普通に入場料頂いた方がそりゃ高いです。

ただ、このシステムゆえに来てくださった方もいたことを思えば、
あながちそちらの方が収益が多かったとは言えないのもあります。
そもそもは「三等なんちゃらっての気にはなってるんだけどなー」って人に観に来てもらえたらなと、
この機会にお客さんの裾野を広げることができたらというのが第一の目的。

あとは、「ああ、あの後払いシステムやってたとこね。実際どうなんだろうねーあれ」と、
少しでも話題になれば、チラシを配るのとは別の宣伝効果もあるんじゃないかなと思ってのことです。

どちらも比較対象がないし、このシステムだから観に来たって声も直接的には耳にしないので、
「効果があった!」とは言い切れないんだけど、それでも来場者リストやアンケートを見てると、
初めてお目にかかるお客様もいるし、噂だけで滋賀や何とまあ広島からお越しくださった方もいて、
それは嬉しかったりするので、そこはやったからこそ得たものはあるなと思っております。


封筒の中身は各ステージ傾向も違ったりして面白いものでした。
一番、平均の金額が高かったのは千秋楽16時の回で、でも一番空の封筒が多かったのもこの回。
まあ空っぽの封筒は何回開けてもつらい気持ちになりますねー。
本当に面白くなかったのか、タダで観れるんだから払うのがもったいないと思ったのか、そこはもうわかんないってのがまた悔しいところで。

一方で何かの間違いかなって金額が入ってたりもしますし、お財布状況も違うので何ともですね。
入れてくださった方には感謝です。

でもこの料金システムでやるのはたぶんこれで最後。
先ほども書いたけど、元々少しでも知ってもらおうと始めたことだし、もういいかなと。
何よりアフタートークも動画配信もSNS口コミも、やれることは全部やってもらって、
それでも満席を連発できなかったのは間抜けだなーと思うし、
もう次のステップで勝負しないとなとも思ってるのもあって、これでおしまい。
次はしっかりチケット代を設定して、それで今回くらいに動員があればそれが成長。

こうやって色々と精算が終わってくると思うのは、
やはり30GPの副賞なしでの劇場公演は厳しいなーということ。
当たり前のように空席出してるようではダメだ。
でも地道に少しずつ頑張るってのもなーと思うので、やはり賞レース的なものにはもっと出ていかないとかなーとぼんやり考えますし、
日和り見過ぎず、新しい何かに挑戦していくのがいいのかなーとかも考えます。

一方で、やはり何かけじめをつけるきっかけがあればなーと思います。
何かずるずるこのまま続けていくのかなーと思ったり、
続けてたらいいことあるよという担保のない希望を抱くほど若くもないし、
でもまあ認知症予防にはなるんじゃない?と思ったり、
何かを見出したときには、「あー芝居も楽しいなー」って思うこともあったり。
部屋を見渡せば、何だかいかにもこれでもかってくらいに何もできない独身オッサンの部屋だなー。
これで大丈夫かい?
って思ったり。
誰かが構ってくれて、求めてくれて、認めてくれるというのは、
自分の人生において「これはこれで意味があるのだ」っていいわけできるんじゃないないかなーと思ったり。
相変わらずはっきりしない、思ったりばかりの毎日です。

一年が過ぎるスピードはどんどん速くなってて、
この一年はーとか来年一年はーとか、
簡単に言っちゃって、そんなに変わってないと思ってたけど、
ちらほらと年齢を実感することが増えてきて色々考えるお年ごろです。
とりあえず年明けの30GPを判断基準にして、
今決まってるものより先のスケジュールをどうするか考えようと思います。

何だかもうお爺ちゃんなの?ってくらいに、遠い目をしながら、
話はまとまらないので、ここでおしまいにします。

間に合えば、今年一年の振り返りもできたらなと思います。
ひとまずここまで読んでしまった方は、良いお年をお迎えください。


2019年12月16日

クリスマスギャロップ表


昔ショーレースで書いていたころに教わったことがある。
あらすじは物語の紹介を書くな。
プロでも何でもないお前の書く物語なんて世界中の誰も興味を持ってない。
あらすじでつまらん思われたら、中身は読んでもらえないと思え。そこでボツだ。
中身を読んでもらわないと始まらないのだから、あらすじは多少ハッタリを利かせてもいい。
極端なことを言えば、あらすじと全然違うけど内容がめちゃ面白ければ活路はある。
ただあらすじヘタクソなのに、話が神がかってるなんてことはまずない。
ただその逆はあるので、とりあえず読んでもらえるあらすじを書けカス。


なので思わせぶりなタイトルにしてみたけどどうかしら?
まあもうブログ書くとしたら公演後か、何なら年末だろう。
それすら書くか怪しいくらいのめんどくさがりな私なので、
公演前の最後のブログ、もしくは今年最後のブログになるだろう。


クリスマスギャロップの話である。
「Birthday(ちなみに「ばーすでー」で変換したら普通にこの綴りは出てくる)」
の下地がある分セリフの入りは早い部分もあるし、
むしろ下地があるせいで、妙なややこしさもあったりもした。

それを二週間という気の狂ったスケジュールでやっているのが今で、
正直言えば、もう出来上がってる。
人間追いつめられたらやれるもんだなと思うし、
追いつめられなくてもこれくらいやれたら大したものなのになとも思うし、
でも追いつめられてもやらない奴は本当やらないので、やっぱりそこは私以外の役者には感謝しかない。

私は稽古場で圧を出すタイプの演出ではない。
その代わり、めちゃくちゃ細かいし、できてないシーンは死んでもできてるとは言わない。
できたからってあまり褒めもしない。
役者からしたら、「止められなくなったからクリアかな?」って感じだろうなと思う。

時間は当然限られていて、すべてのシーンを自分の理想の90点代に持っていかないといけないので、
ひとまず90点越えてるシーンは放置する。

しかし稽古が進んでくるとスルーしてたシーンをもう一回ほじくり返す。
90点越えてるシーンを「もういい加減にして!お前気持ち悪い!!」
ってキレられるんじゃないかってレベルまで裏ごしする。
袖から出てきてからの視線が気に入らないとか、セリフ言う前に一呼吸置くだろとか、置くなとか、部分的に活舌が甘いとか、「そうした方が上手に見えるから」ってことをやる。
昨日は澤井さんと本ちゃんが来るまではずっと5分ほどのシーンをほじくり返していた。

結果どうなるか。
「ああー……ちょっと……ごめん、そこ最初のに戻そうか」
とか言い出したりする。
だから、たぶんもうできることは限られてきてるのかなと思う。

そりゃ私の理想の100点を目指すけど、結局は他人なので、そこを押し付けすぎると90点越えてたものが80台に落ちたりする。
そこが演出と役者との、自分と他人との間での落としどころだと私は思う。
そこが演劇の歯がゆいところでもあり、逆に他人とやるが故に妙なまぐれ当たりみたいな、
怪我の功名みたいな、棚からぼたもちみたいな、ラムネかと思ったらMDMAだったみたいな、そういう面白さも見つけることができる。

最初はあまり乗り気じゃないんじゃないかしらと思ってた響さんだけど、
この役は青い恋人たちの稽古で知った響さんのかわいらしさがよく出てる役だと思うし、
ベテランゆえの表現力を一切のエゴなく、くだらない方向に全振りすることを受け入れてくれることに感謝はしつつ、やはり一番は響さんにこの役を書いた私が偉いなーと自分をすごく褒める毎日だ。

一番最初の初演から付き合ってる三人に関しては、何が苦手で何ができるのかよく知ってる。
絶対に逃げないのもわかってるので、歯に衣着せぬ具合があれなのも認める。

まあこの作品に対する思い入れも思い出も、三人には言葉にできないものがあるってのもある。
劇団員になる前の本ちゃんとは、日の暮れる狭い稽古場で冒頭の二人のシーンを二時間延々と繰り返すという拷問のような時間を、

木山さにとっては、十年のブランク明けの最初の芝居なのに、芸創の制作者ボックスでの読み合わせで「何か嘘っぽいんですよねー」って言われた拷問のような時間を、

山下さんにとっては、「かっこ悪い!そんな人全然絶対好きになれない。0か100以外をください」と言われた拷問のような時間を共に過ごしてきた。

良い思い出を語ろうと思ったけど、初演の記憶はずっと拷問だったかも知れない。
あの頃は今よりも理屈での説明が少なかった気がする。

そんな拷問オーダーに「むずかしー」と言いながら毎回リボンをつけて持ってくる女優がいて、
夜中に稽古動画見て、「夜中に悪いんだけど、きみはものすごく上手だわ」ってLINEを送ったのも覚えているし、
お前かわいい過ぎだろって照れ照れ返事が返ってきたのも覚えている。

まあそんな懐かしい話は今はいいのだが、初演からの人たちのことを触れたらそこに触れないといけなかっただけ。


私自身澤井さんという人間を掴み切れてないところがあり、
澤井さんからしたらお前ごときに掴めるかというところもあるだろうけども。
まあ、嫌われてはないんだろうなーと思いつつ、そろそろセクハラツイートやめといた方が今後の為じゃないかと思わないでもないけど、訴状が届いてないのでコメントは控えさせてもらっている。

澤井さんは非常にバランスもいいし、見た目も声もいい、バランスがいい。
わかってて二回書いてる。
個人的に一番澤井さんとやってて思うのは「賢い」というところ。

演技力なんて言葉があるけども、それは芝居の圧にあてられて出てくるようなものなので、
結局は演劇なんてものは、思考と感情のバランスだと私は思う。

役者バカなんて言葉があるけど、本当にバカなら演劇はできない。
セリフ覚えてそれっぽく言うだけならそれこそバカでもできるし、そんなバカはよく見かける。
感情だけで押し切れるなら、高校演劇でいいし、そこらに涙もろい人はいくらでもいるし、
芝居っ気がある人間なんてうちの職場にもいる。

ただ、演劇というのはそれ一回こっきりが毎回すべてで、
毎回同じ立ち位置で同じように感情の導線を巡らせ、
なのに客席に向かって見えるように動き、
稽古場で何度も修正し、口にしてきたセリフを初めて口にするように喋る。

演劇とはそういうもんだと言えばそうなんだけども、
それがハイセンスな環境で守られてる芝居にお目にかかるなんてことは本当に稀。
だいたいはニュアンスでやってるものが多い。
その方が楽だし、しくじりも少ない。

そう。
そうだね。わかってる。知ってる。
脱線してる。
澤井さんは賢いって話だった。

「Birthday」は、クリスマスギャロップの初演をなぞったもので、解釈は一緒。
今回のクリスマスギャロップはそことは少し解釈が違う。

後半のシーンを書きながら、それまでずっと隠そうとしていたシーンの要が、
「果たしてそうなのか?」と思い、真逆にしてみたら何とも辛いエピソードになってしまった。
「ああ、この子は賢いし、ずっと大人だったんだなー」って気付き、その境遇を思えばそりゃそうかと思い、ずいぶんとあざといじゃないかと思ったり。

そんなあざとい主人公になってしまったのは、あざとい女優のせいなので、
そこはきっちりきちきちに責任を取ってもらわないといけないのである。
え、まだ詰めるの?って思われるだろうけど、まだ詰めるのである。
嫌がられてもつきまとうのが、ストーカーとしての役目である。


ここで冒頭に戻って。
あらすじはハッタリを利かせた方がいい。
ただ内容に関しては嘘をついてはいけない。
責任をもたなければいけない。
美味しいですって言ったものがまずかったら、
それは舌が悪いのか嘘吐きかのどちらかなので。

これほどキャッチ―でど真ん中な話で、確かな品質のものは早々ない。
今思い出せるもので、あそことあそこのお店でしかくらいでしか食べたことない。

私はというか、私達はその責任を負ってやるし、初日が明ければ残りの席は埋まると思っている。
その初日は残り10席だからそれも直に埋まるのでそれでいいのだ。
チケットのシステム的に、この時期になっても「気が向いたら行こう」って思ってる人に、
「観に来てください!」「面白いです!」と言っても届かないだろう。
そんなのはピザのチラシと同じくらいには、毎週タイムラインに流れて来るんだから無理もない。

いつでも予約できるようにはつぶやくけど、もう予約してほしいとは頼まない。
ただ席があるうちに予約しておく方が賢いと私は思う。

最後に再び冒頭の言葉に戻って。
付け加えておく。
宣伝において大事なことを。

押してもダメなら引いてみよう。