2018年01月24日

間が開くと、あーもうどうでもいいやってなっちゃうので、これは負けた夜中に冷えたこたつで気絶後、意識を取り戻して書いたものです。
(※↑ に、読み返して加筆修正して平らにしたものです。面白いかは知らない。
作品タイトルうんぬんに関しては最後に書いてあるからそこだけ気になる人はそこからどうぞ)

自分たちの出番が終わってしばらくしてからものすごく疲れが出てきて、次に心が死んだようになって、打ち上げもほとんどボケっとしていた。
帰ってからはこたつの電源を入れるのも、携帯を充電するのもあきらめて、リビングで気を失っていた。
今は、あー何だかんだあったけど楽しかったなーと遠い目で振り返る。

さておき。
そりゃまー本音を言えば悔しかった。
まさか悔しいなんて思うことになるとは思わなかった。
本をちゃんと削ってたら、無理やりにでもお客さんかき集めてたら……そんなことを考えもしたけど、
本は木山さんが混乱するし、4分近くも削る労力はあの状況ではとても避けなかった。
無理やりお客さん呼んでも、その人たちが「ひきわけ」を選んでたら、ひとりでもカヨコの大発明さんに勝ち票を入れてたら意味なかった。
そう考えるとどう考えても負けるべくして負けたのだなと納得する。
まあ、そもそも動員も知名度もポンコツのウチが、こんな接戦になるなんて一ミリも予想してなかったんだし、
棚からぼたもちで出て、さらに十分おいしい思いをして、そこで「だったらもっと……」というのは意地が汚い。
……ぞと、自分に言い聞かせるよ。

まあ、もし次があったらその時は勝つつもりで挑もう。
そう思わせてくれる今大会だった。
とりあえず負けたことにより、木山さんの家族サービスがキャンセルされなかったことだけはよかった(笑)

今回は本当に木山様々。そこに尽きる。
越えられたらいいなーと思う一線を(変な意味ではない)、私は正直諦めていた。
さすがに二週間では無理だし、木山さんがものすごく自分を追い込んでるのも知ってたし、その一線はただの自己満足かも知れなかったから。
別にそれを越えなくてもお客さんは怒らない。
それを越えたからって確実に私の思う結果がついてくるとは限らない。
それでも「どうせならそこに届きたいよねー」と最後の最後まであがいて手を伸ばして。
それでも私は「行けたらいいねー」「無理しないでいいよ」というスタンスだった。
結果的に最後の稽古で手が届き、小屋入りしたゲネでそれを昇華できた。ギリギリのタイミングで届いた。
それは私だけでなく、木山さんも手ごたえを感じたみたいだった。
最後の旅行のエピソードはそこに届くから本当の狙いが出てくるという、届かなければなぜあるのかわからないという、
そういう非常に役者に負担の大きい長いセリフ。
だからやりたいことは全部できたので、満足はしている。

ゲネでやりきった感が強すぎて、リハーサル時間が終わったら、稽古しまくろうと思っていたけど、
二人ともものすごくぽかんとした。
なので、とりあえずセリフが詰まらないようにだけ反復して、あとは疲れないようにしようと思った。
天王寺の稽古場を押さえていたので、二人で散歩がてら歩いていき、地下街でボリューミーな定食を食べて、木山さんの案内でハルカスの高層階のカフェで食後のコーヒーをすすった。
まだ何も始まってないのに、私たちは何かをやり切った気持ちだったのだ。
これで帰っていいですか?という気持ちだった。
結局、押さえてあった稽古場には使用開始時間を一時間近く過ぎてから辿り着いた。

3時間ちょっとの間に、通しをして、あまりに眠たいので30分だけという約束で1時間休憩し、ゲネの動画をチェックして、もう一度通すという、贅沢な使い方をした。
まあとにかく一番手は本番までの待ち時間が半端ないので、待ち疲れをしないようにという意味で取った稽古場でもあったのでよかったんだけど。

そこから再び劇場まで歩いて帰る。
道中、劇場まで歩いていくとどんどん緊張してくると木山さんが言うので、
じゃあ電車に乗りましょうかというと、
それはそれでどっちにしても緊張すると言う。
ただのわがままじゃないかと思った。

ゲネを終えて出来上がりに満足はしたものの、出来上がってみると二人してものすごく30GP全体のイメージに相応しくない気がしてくる。
何か社会派問題とか取り上げてる劇団さんみたいじゃないかと思えてくる。
重たい。場違いだ。カヨコの大発明さんにもこの空気のまま渡すというのはひどい。何か個々のカラーとかそういう問題じゃない気がする。
という気持ちになり、
すでに30分オーバーしていたし、後ろのスケジュールもつまってるので、やめておこうと思っていたカーテンコールのお喋りを、劇場に帰ってくるなり「やっぱり最後2分だけ喋ります」と伝える。
そこからカーテンコールに何を喋るか考え始めて、余計な緊張に見舞われ、すぐに後悔した。
喋ったら喋ったで4分近く喋ってたらしいけど、よくある「現場が先走った」というやつだと思うことにする。
まあ、走ったのは現場ではなく私なんだけど。

本番直前にセリフの抜けがないか、木山さんと軽く合わせるも、早回しだと木山さんがつっかえるので、これは心理的に逆効果だと思い、きっちり本番通りのテンポで最初から最後までセリフを合わせる。
開演15分前まで合わせてた。
おそらくカヨコの大発明の人たちは、「こいつら大丈夫か?」と思ったことだろう。もちろん大丈夫じゃない。
なりもふりも構ってられないのだ。

まあ結果的に本番はベストオブベストのものを出せた。
終わったあとの私たちの感想は「セリフ詰まらなくてよかったー……」という、素人みたいな言葉だった。
それくらいギリギリだった。
木山さんにセリフだけに気を遣って無難にやり過ごすこともできたけど、やっぱり100点満点を目指したかったから、本当にやってることはギリギリだった。

年明けにキャストチェンジをするとなったとき、ここまで持っていけるとは思っていなかった。
それでも私の言いたい放題を全部受け止め、地道に式を解いていき、あそこまでしてくれた木山さんには感謝している。
また自己満足かも知れないと思っていたラインは、やはり越えると越えないでは伝わるものが全然変わってくるのだなと確証得ることができた。
私が今後演劇を続けていくなら、これは大きな収穫だなと思う。
芝居が変われば、同じ台本でも上演時間が5分も伸びることがあるんだなというのも覚えておこう_(:3」∠)_


最後に、「何でムーンライトってタイトルなの?」って何回か聞かれて、
出ている人も身内も誰一人わかっていなかったので説明すると……もう説明しないといけない時点でダメなんだけど、悔しいし結構ショックだったので。
お話の最初と最後で男が「今日月が出てない」と言ってて、女も「お月様が沈むまで遊びに連れて行って」と言い、
そして最後のシーンで女が部屋の窓を閉めたときに窓の向こうに何かを見つけ、それに対して拝む。
そして女が部屋の明かりを消して出ていったあとに、照明が差し込むことで、「ああ、だからムーンライトかー!」……ってなる。
はずだったのだ。
どうやったらよかったのかなーって未だに考える。
照明に手を加えて細く差し込むようにしてもらったらよかったのかなと思いつつ、まあ1日4団体共通で照明を使うイベントでそんな無茶はできなかったさと思いつつ。
ってか、こんなにも伝わってなかったことが本当にショックだよ!

というオチで愚痴でお後がよろしいようで(*´ω`)


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