2018年04月26日


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一日目。
私が着いたときにはこの距離感だった。
いくら読み合わせとはいえ、白井さんがちょっと遠すぎるじゃないだろうかと思ったけど、初っ端なからそういう細かいことを言うのは人として器が小さいと思われるかも知らないと、我慢する。
もしかしたら、この距離感に白井さんなりのポリシーとかジンクスとかあったら悪いし。
でも、こう……全体的にももっとぎゅっとしたかった。五人しかいないんだし。
いや、もういいんだけど。

まあさておき、ひたすら読む。
ちょっと前までは読み合せなんてただの準備運動だ! とっとと立って稽古するんだ!!
って考えだったけど、年末のときにそれしたら結構グダついて、読み合わせに戻したことがあったので、一番最初の稽古はひたすら読むことに。
あと稽古場が狭いので、あんまり動きたくないなーっていうのもあるんだけども。

読んでは注文つけて、また読んでの繰り返し。
本ちゃんがお家の都合であとから合流したので、最後はそこを重点的に返して稽古が終わる。
まあ、結局は実際に立ってみないと、どこまでどうなのこうなのというのは言い切れないよねって感想の初日。

ちなみに上の写真は本ちゃんが自分の座り位置から撮影。
内輪と客演と客演という位置関係。

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ほら、白井さんだけ私とバーター撮りですよ。
遠いから。
約一間半の心の距離。
頑張って無理して仲良くなろうと思った初日。


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すでに顔を合わせるのは三度目だけど、稽古終わりに改めて居酒屋へ。
まだまだ仲良くない感じが写真から伝わってきますね。一層の努力して無理して頑張ります。

まあでも、白井さんと池下さんがすでにお知り合いで、よく話が合うみたいでよかったなーと思う。
基本的にあまり人間的にクセが強すぎる人が苦手なので、お互いが「あいつ嫌い!」とかならなければいいやって気持ちはあるけど、仲がいいに越したことはない。


稽古が終わるのが遅かったので、少し慌ただしくなりながらも終電近くまで飲んでお開きとなる。







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稽古二日目。
メンバーは本ちゃん以外。
つまりこの写真は白井さんが撮ってくれている。
「稽古写真撮り忘れるんですよー。ってか写真撮るの苦手なんですよー」
みたいな話をしているところを、こっそり撮られてた一枚。
ちなみにこの写真をこの位置で撮ってるということは、白井さんとの距離感はそういうこと。
飛行機に乗ればどこにだって行ける時代だけど、白井さんの心の北朝鮮はなかなかにハムニダだね。
そろそろ怒られるかもなので、閑話休題。

昨日と同じ狭い稽古場だったけど、もう読み合せするのも飽きたので立って稽古。
立ち稽古と言っても、相変わらずのあまり動きのないお芝居。
いや、うちにしては動いている方だけど。

読み合せに引き続き反復しながら、こちらの注文をつけていく稽古。
まあ、ここは毎度毎度のことなんだけど、ニュアンスを伝えるのが難しい……。
理屈的にはそうなるんだけど、ニュアンスはそうじゃないとかね。
もうこれは当然のことながら、みんな育ってきた畑が違うし、見てきた風景も違えば、受け取り方も違う。
それを同じラインに並べようって言うんだから、そりゃ難しい。

どの湯加減が程良いのか、どこが面白い絵なのか、そういうところさえ伝われば、稽古の進みは鬼早いんだけど、だいたい稽古の中身ってのはこの異文化コミュニケーションの擦り合わせなんだよねーって思う。

木山さんは今回はやり易い役どころじゃないかなーって思う。
そんなに変な人じゃないから(笑)
私もそんなに大して癖がない。
大変なのは客演の二人と本ちゃんだろうなーと思うし、書いてる段階から思ってたし。
お話を面白くするのはこの三人で、木山さんと私はほぼ話を進める為のポジションなので。

何度か違うキャスティングも考えたし、身内に面白い役をあてがうべきなんだろうけど、守りに入るのではなく、ベストな完成形を目指すならこの配置だろうなと思ってのキャスティング。

客演のお二人からしたら、
「出てもいいと思ったのはこういう作品じゃない……」ってもしかしたら思ってるかもしれないけど、そこはもう手遅れなので仕方がない(笑)
ウェットなものも好きだけど、バカバカしいのも好きなのです。

現状は、「これ面白いの?大丈夫なの?」って感じだなーってのは何となく伝わってくるけど、もうそこは信じて付き合ってもらうしかない。

「ああ、それでもウケる……かも……知れない」レベルで本番に出すのは想像するだけで怖い。
「うへへへ……」って自分が面白いと思うものじゃないと無理。
毎度言うけども、その結果、もし滑って転んでだったら、もう土下座。
そりゃお客さんにももちろん悪いんだけど、それ以前に出てくれた役者に悪いと思うから。
関係ないお客さんにチケット代と電車賃払ってもらってというのもプレッシャーだけど、
膨大な稽古時間割いてもらって、舞台にあがって、役者が何の喜びも得られなかったらと思うとプレッシャー。
申し訳ないどころではない。
すでにこの二日だけで稽古時間だけで五時間拘束しているのだから。
放課後の部活の五時間と、大の大人の五時間は価値が違うもの。
だからまあ、多少渋く思われたとしても、私は私の面白いものを目指すし、ときに強要する。
極端に言えば、「お前のせいだ!」って言われたくないから、精一杯やる。

寄せ集めで、「あー演出が役者に気を遣って気を遣って作ったんだなー」ってのが透けて見えるもの。
稽古から打ち上げまでずっとお互い傷つけないように気を遣って、また次回よろしくお願いしますってなるんだろうなーってものが嫌い。
馴れ合うための作品作り。思い出作り。
接待だけしたいならお芝居じゃなくていいじゃん。
仲良くしたいだけならお芝居じゃなくていいじゃん。
居酒屋行って、互いにビールでも継ぎあって健闘を称えあってなよって思う。

別に稽古でいがみ合いたいわけではない。
本番前にパフォーマンス的に不機嫌を表すのも好きじゃない。
できれば最後まで楽しくありたい。
人間関係ゴミクズみたいな稽古場に一ヵ月二ヵ月通うのは地獄だしね。

ただ、自分が「いまひとつだなー」と思う豆腐を作っておいて、「でもこれをお客さんが美味しいって言ってくれたらいいなー」「美味しい豆腐ですって言えば、美味しいって言ってくれるだろ」っていうのが透けて見えるお豆腐屋さんは角で頭打って天国で幸せに暮らせばいいのにとは日々思う。

毎回「私はこれが美味しいと思うんだけど……」ってところまで持っていけるかも不安だし、仮にできあがってもそれが他人様のお口に合うかという不安もある。不安を解消するために稽古をし、本番が近づくことに怯えるのが私にとっての演劇。不安が解消されて赤字が残るのも演劇。
でもそうあるべきだとも思わない。間違ってる。誰かに奉仕してるわかでもないのに、勝手に苦しんでるだけなので、美徳ですらない。
そう考えたら、楽しく適当に、いいねステキね最高ねと稽古して、チケット代ぼったくるのが、人生としては一番健全なんじゃないのかなー、多少ゴミクズ呼ばわりされようがそっちの方が正解なんじゃないかなーと本気で思ったりもする今日この頃なのです。
ありもしない投資話を持ちかけてお金を集めると詐欺だけど、
質の悪いとわかってるものを、「面白いんです!」ってチケット売りさばいても、本番さえやれば詐欺に問われないじゃない。
まあ、そういうことをずっとぐるぐる考えてるのって愚痴。

……もうただの不平不満になってきたんだけど。
世の中には面白くて、お客さんも納得してチケットばんばか売れるのもあるけどね。
もちろんそれが一番なんだけどね。
そうなりたいね。

去年くらいからは、「だから演劇をやるのです!」って言える答えを探しながらお芝居したりしなかったり。
信念とかそういうことでなく、こんな非効率的なことを何も考えずにできるほど若くもないし、ほぼしんどいし、そりゃ「何でやってんだろ?」って普通に考えるよね。
ずっと「他にすることないからかなー」が答えだったんだけど。

最近見つけた、暫定的な私の答えは、
映画見たり本読んだり、人生ではっとしたり、そういうときにこれを誰かに伝えたい!
ってなってときにSNSに書き込むのではなく、
自分がやりたいお話にして、やりたいときにやりたいように作れるのが演劇。
自費出版だなって思うけど、今のところそれが「だから演劇をやってるのです!」なのです。

一発目から脱線したなー、時間もかかるし、あとで後悔もするし、だからブログは書きたくない。書きたくないのに書いちゃうし、書いちゃうから書きたくない。
でも稽古ブログはいくつかの役目があるので、書かないとなーなのです。

誰が読むのかなブログだけど、まあまた次回です。
ここまで読んだ人はありがとう。


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