2018年05月08日





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どうですかこの写真。
この日撮ってくれた三枚とも同じような構図。
やっつけ感がすごい。
もし写真コンクールに出したら、一番大きな仕分け箱の段階で落選してるよね。


稽古5回目。
メンバーは白井さん以外。
中之島で本番だけど観に行けなくてごめんなさいという気持ちで稽古。


稽古のある日は気力と体力を温存しながら一日を過ごすのだけど、この日は帰宅してすぐに、つまらないミスで職場にトンボ帰りするハメになり、その時点で残りのすべてのエネルギーを使い果たしてしまい、そのあとも色々あって、稽古場に着くころには早く帰りたいという気持ちが体中にみなぎっていた。 

そんな前置きからの稽古。
序盤うろ覚えながら台本をはずしてみる。
木山さんもはずす。
台本を持つ持たないは色々持論があるけど、私はとっととはずすことを推奨する派。
台本持って立ち稽古しても、結局手を放した時にまたニュアンスが変わってくるし、台本持ってると「今私のお芝居がへっぽこなのは台本見ながらやってるからですよー」という逃げ場所にしてしまうという心理があるから。
というのは、自分を鑑みてのことなんだけど。

でも、30分足らずの五人芝居で五回目の稽古で、セリフがワンシーンも入ってないというのはいいわけのしようもない。
稽古の行きの電車で十分読めばワンシーンくらい付け焼刃のうろ覚えだけど入るもの。
台本に若干の手直しが入ったにしろ、すでに四回も稽古しているので、ニュアンスが全然わからないということもないだろうし。

もちろん台本持ちながら徐々に手放していってもセリフは覚えられるし、楽ちんだけど、お芝居はセリフ覚えてからの作業量の方が圧倒的に多いと思っている。
セリフのニュアンスを理解しながら、感情をと折り合いをつけながら、段取りを気にしながら、ダメ出しを気にしつつも、自分との折り合いを探りながら、テンポも気にしつつ、セリフは走りすぎてないか、リズムが単調じゃないか、セリフは何を立てないといけないのか、舌は回る?回らないならどうしよっか?感情的にはこっちだけど、シーンとしては重くなるからこっちかしら?その間?……と、本来はやることがいっぱいなのだ。
もちろんこんな忙しい作業を本番でできるわけがないので、本番を想定して、人前でやる緊張感もありながら試してみるのが稽古だと思っている。それが試せない稽古なんて意味ない。ただの準備運動。

っていうか、お芝居なんてセリフ覚えてからがようやくあれこれ考えたり、段取りが馴染んできたりして楽しくなってくるんだから、早くめんどくさいセリフ覚えを済ませた方がいい。
12月の稽古のときも嫌なこと言ったんだけど、「頑張ります!」って言うなら、まず初っぱしで頑張れることなんてセリフ覚えることしかないんだから頑張ってよ……って思うのです。
だからみんな正確には「頑張る所存です!」みたいな感じなんだろうね。
まあ、会社のお仕事じゃないから仕方ないかと思うところもあるけどね。
それゆえにサボってもいいし、サボらない役者なんて三時のおやつより演劇大好き西山さん以外会ったことない。

うまくサボってるなーって人もいれば、バレないだろう言われないだろうと思ってそのまま稽古に来たなーとか、一生懸命やってきたんだなーでも変わってないなーとか、自分がサボる側の人間なのでだいたい何となくわかる。
ツイッターで「稽古してます!」ってあげてても、実際稽古場で見たら、やってきたかきてないか、付け焼刃か、そりゃわかる。
前回、どこまでできてたか覚えてないと思ってるみたいだけど、こちとらそこを詰めるのが目的なので覚えてるのです。
ってか、「稽古してます!」ってツイッターに書いて、全然同じもの出してくるってことは、「稽古してきたけど、全然変わらないへっぽこな私を見て!」ってアピールをしたいのかなー?ってことになるし、あそこら辺の思考がよくわかんないんだけど。

でも池下さんなんかは、その辺非常にさっぱりしてて気持ちが良い。
「この一週間忙しかったから!」
どうですか、この清々しさ!正直者!!
もうこれ以上何も言えないじゃないか!!(笑)
まあ、「セリフ覚えてたんだけど、電車の中に忘れてきちゃった☆」って言うわけにもいかないんだけど。

でもでもね、ここまで書いたけど何でもいいのです。あくまで私の「どうしてセリフは早く覚えなきゃいけないのか」ということへの思うところを書いただけなので。
それこそ本番で超絶ピークのお芝居を持っていけるなら、寸前まで台本持っててもいいのです。
その代わり、そうじゃなかったら、そりゃ、まあ、ねー。

でも、本番一週間前から段取りとセリフ合わせに注ぐ集中力を、作品の精度にあげるのに使えたら、有意義だろうなー。
まあ、つまんなかったらカットして、カーテンコールで自分でしゃべって帳尻合わせたらいいんだけどね。


セリフがまったく入っていない内は、こちらもそこに時間は割けない。効率悪い。
よっぽど何か持ち込んでるなら別だけど。
とりあえず、この五回の稽古ではまだ何も始まってない感じ。
100の工程の1くらいだなーと。
でも、稽古予定の四分の一はもう終わってるので、当初の計算とずいぶんと違うなーって思っているのです。
まあ、一日おしゃべりで潰したのもあったけどね!!
でも、あの日も私も含め誰もセリフ入ってなかったから意味なかったしね。

稽古の進みがいいと、稽古場に行くのも正直楽しい。
スタッフワークもやるぞって気になる。
その逆だともう本当に、やりたくない作業に毎日心を重くしながら、この芝居大丈夫か?という稽古を繰り返すという、
本当に、「あれ? 演劇ってこれのどこが楽しいの?」ってなってくる。

いつにも増して書きっぱなしの文章だけど、もういいのです。
さてまあ、面白いお芝居になるといいですなー。


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