2019年12月03日

クリスマスギャロップ表

あと二日もすれば本番二週間前。
ここから追い上げていくぞーと言っても、私が息巻いたからといって観に行こうってなるわけでもなし、
とりあえず、まだ席はあるのですよーってことだけはアピールして、あとはやきもきするのみ。

そしてその二週間前から稽古開始。
先月の二回はあってないようなものなので、実際はここからスタート。
お客さん来て来てと言っといて、ゴミクズみたいなものしかできなかったら、呼び込んだ分だけ恥でしかないので、それはそれで不安だけど。


前置きはさておき前回の続き。
結局、クリスマスギャロップは山本さんありきで書いた話だったので、
山本さんなしでやろうなんて一ミリも思わず、これは長編どころか今後再演もされることもないだろうと思っていた。

それは自己憐憫とかではなく、見た目も含めた愛らしさ、器用さ、声質、そういうところで誰も思い当たらなかったから。
もしそこで私が妥協して再演したら、初演を知ってる人からしたら何だかなーとなるだろうと思ったし、そこを振り切ってまでやる意味もなかった。
自分自身が初演の廉価版だとわかってて、稽古するなんて想像するだけでげんなりする。

それがなぜに今年になってと言うと、それはまあ澤井さんあってのことなんだけど、それすらも最初から考えていたわけではなかった。

実際30GPの楽屋前で澤井さんと水木たねさんに何の脈略なくちんすこうもらったときも、
「こんなかわいい女子たちが私にちんすこうなんてきわどい名前のお菓子をくれるなんて、evkkって素敵な劇団だな」ってことくらいしか考えてなかった。

そのあとは時の運もあって30GPは決勝に行けた。
決勝の朝に布団の中でもし優勝したら公演打つことになるな。
さてどうしようかと考えていた。
あのときの私ったら珍しく強気だったのだ。

そんな中、「あっ……待てよこれ」と私は思った。
「あのお菓子を持ってきてくれた澤井さんならやれるじゃないか」と。
そしたらそしたら優勝したらあれをやろう。
杮落としでもやって、12月でもやろう。

まあ結果は優勝できて、2月の頭に澤井さんにまさにダイレクトにDMで、6月と12月のオファーをした。
その当時、澤井さんはすでに年末鬼スケジュールが確定していて、それでも日程が被ってないからと受けてくれた。

時はあっと言う間に流れて、
3月末に始めて「Birthday(ちなみに私以外の関係者によってきっちりこの綴りで書かれることはない。birthdayかバースデー)」の読み合わせした帰り道。

山下さんと本ちゃんと、後々木山さんもだったかな?
三人が揃って言ったのが、「声が似てるね」ってことだった。
私は「そうかなー?」という感想だったし、ベースの部分で求めることは変わらずとも澤井さんは澤井さんだと思っていた。
だから澤井さんにその話はしなかったし、そんな野暮なことを直接言う人もいなかった。

そんな6月の杮落としの稽古も一週間切ったくらいの頃。
夜中に稽古を撮影したビデオを見ながらダメを取ってるときに、
「ありゃりゃ、私ったら初演の映像流してるわい」って思ったものの、
そんなことするわけもないとすぐに気づき、パソコンの画面の中でしゃべる澤井さんを見ながら、
そこで初めてなるほどなーと納得し、またこれ以上のキャスティングはないなーとぽかーんと思った。

でももちろん、澤井さんに山本さんの影を追うつもりは毛頭ないし、
今あるものは間違いなく澤井さんから生まれたものだし、
そこを意識して書いた結果、今回最後のシーンの解釈もガッと変えることになった。
書いていて、「あーこの話は結局そういうことだったんだなー。そりゃそうかー」って自分で納得したり。

お話は本当に何てことはない人情話。
何のひっくり返しもない、何かを問いかけるつもりもない。
それでも「Birthday」が投票で選ばれたということは、これは通じるし伝わるんだなと思った。

元々私の好きな古典落語の話がベースなので筋はシンプル。
落語は同じ演目でも噺家次第で天と地ほど受けるものが違う。
だからそれでいいのだと、間違っちゃないなって思う。

役者側がどう思ってるかはわかんないけども、台本の筋は問題ない。言い切る。
ただバランスがギリギリなので、話のテンポを間違ったら非常に緩慢なものになる。
もちろん私はそこを攻めるし、できなかったら役者が悪いと本気で思ってる。
そうなったらつまんない80分ではなく、面白いところだけの70分や60分にする。
演る側も観る側もその方が幸せに決まってるのだから。
間違っても「短編の方がよかったね」なんて、存在価値を全否定されるようなことになってはならない。
絶対にならない。


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