2020年01月02日

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この時期に紛らわしい写真をあげて申し訳ない。
前回の30GPチラシです。
今回はとうとうチラシ画像すらなくなってしまうのかなー。
インディペンデントは毎回あんなに力いれてるのにないのかなー(・´з`・)
という一部から舌打ちが出そうな確信犯的な部分も含みつつ(˘ω˘)

少し長いかもだし、もう年明けて二日目だし、
正月っつっても暇なんだよなーってあくびしてる人はお付き合いください。

一月「フレンチとマニュアル」
まだあれが今年なのかと驚くけど。
もうさすがに記憶の彼方だけど。
ずいぶんと稽古したし、あの優勝自体は本当に時の運もあった。
謙虚アピールでなく、本当にめぐり合わせですなと思う。

あのときも最初は「二回戦はムーンライト」と考えていたけども、
初戦でEVKKさんと当たることがわかって、こりゃ無駄になる可能性大だなと思って引っ込めたので。
私どもからしたらそれくらいに期待してなかった。

ただ作品としては一切の安全牌を捨てて、今できる限界までやってきたことに関しては、
「作品としてだけは絶対に負けない!!」という気持ちはあった。

朝高の子らとも仲良くなれたし、
中野劇団さんとは関西演劇祭で一緒にテーブルセットをレンタルしたし、
ってか中野さんご近所さんだし。まあご縁です。

30GPはガチンコであるゆえに、信じられない番狂わせもあるので、
今回も同じ作品を観に来てくれる人にも楽しんでもらえるように、
「あれ、これってここまで面白かったっけ?」ってレベルまで昇華したものを出すつもりでいる。
遅い時間に、お金払って観に来てくれることに応えることがこちらの仕事だし、
そこを裏切っては、次も観に来てくださいねとは言えない。
ましてや決勝のチケットまで買ったよって言ってくれてる人達がいて、そこは応えないと嘘だろお前って思う。
「でへへ、応援ありがとです。でもやっぱ初戦でダメでしたー。でも他の団体さんも面白いから最後まで楽しんでね」
なんて、クソに生クリームまぶしたようなことは舌噛みちぎっても言いたくないのです。
もう金返せよって思うし、言ってもらえたら本当にお金返す。申し訳ないもん。

こんな近々での再演作品をこんな遅い時間に初演より高いお金払って観に来てくれるのは、そりゃもう愛ですよ。
私なら絶対行かない。
自分がやらないことを、自分の肉親でもないのにやってくれるんだから、数年前なら考えられないことなんだから、ここであぐらかけるほど偉くなったつもりもない。
……まあ、ここまで書いたらキャストも、うわっ今回めんどくせーぞって思うだろうし、多少のことは許してくれるに違いない!


まあ、30GPの話をしたらキリがないので次行こう。
まだ一つしか振り返ってない。


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六月 新1st杮落とし「Birthday」。
これは先のブログにも書いたのだけど、30GPの決勝の朝に思いついたことで、
30GPで澤井さんと出会わなければなかった。

寒い中、南港にビジュアル撮影に行った。
これも急な話だったので澤井さんは本当に来るのだろうかと、実際に会うまで疑っていた。
斉藤さんに海遊館の前でアホほど写真を撮ってもらったけど、結局使ったのは歩道から撮った写真だった。

予め会場下見をしてくれてた木山さんが終始機嫌が悪く、めんどくさかったのをよく覚えている。
帰りに顔合わせがてらに寄った居酒屋では、何の話をしたのか覚えてないけど、店員さんがこちらがストップと言うまでサラダにしらすを乗せてくれるというサービスがあり、
澤井さんがいつまでも「もういっちょ!」と言ってる姿を見て、マジかかわいいなと思った。

ただ、この杮落とし企画にエントリーする時点では何をするかは決まっていなかった。
ただ、エントリー用紙に「杮落としですので、お誕生日おめでとうというセリフで締めます」とだけ書いたのを覚えている。
結果、初演の「クリスマスギャロップ」に追加エピソードを足すことになった。
何て義に熱い、よくできた私なのだろう。偉い!と自画自賛。

ただやはり六月にやるには頭おかしい演目だった。
ここでは超人予備校さんとご一緒して、ミツルギさんとは今でも少し仲良くしてもらったりしている。っていうか、ミツルギさんは本当にちょっと涙がこぼれるくらいにいい方でたじろぐ。




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その翌週、六月 縁劇フェス「100年後」。
杮落としと同じメンバーで挑んだので、こんな無茶がきでた。

夫が下着をつけているのを必死で隠す話をしたいというところが発端。
下着をつけてることをお客さんが知ってる中、隠そうとするあれこれを見せるのか、
最後までわからないままにしておくのか、悩んだ結果後者になった。

とにかく慌ただしくしたい、レイクーニーみたいなのがしたい、
そろそろ自分にも書けるんじゃないか?というところでチャレンジした作品。
あとは落語のテイストをもっと出そうとしたのが、最後の夫婦の会話で、
「100年後に」ってセリフは、落語の「百年目」を意識したけど、そんなに見事なリンクではない。

まあ難しかった。自信はあったけど、これお客さんがついて来れてるかなーって部分は正直あった。
初日終わったときは胃がひっくり返りそうで、本当に明日から出たくないと思った。

あとから考えると、少し強引なところもあったのかなーと思ったり。
あと今までの曲合わせとは全然違う、「え、何それ踊ってるの?」ってレベルまでやったのは初。
たぶんもうあそこまでのはやらない。



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九月 関西演劇祭「面白くなるまで待って」。
もっとキャッチーな作品を再演したらよかったのだが、元々「100年後」を関西演劇祭にぶつけると決めていたので、
澤井さんと山下さんの出演が厳しくキャストチェンジするのもあって、
ネタ的要素をかなりカットして小ネタも極力避けて、「100年後」を大幅に改定した。
真夏のクソ熱い中、脳みそやられたのかと思われる格好で、難波の公園にビジュアル撮影をしたのはもういい思い出としよう。

久しぶりに赤穂君も呼んで、そしてとうとう有元さんにも出てもらちゃった。
ただ有元さんが出てみたいと言ってくれたうちの作品はおそらくこれじゃなかっただろうなーとか、
こういう役じゃないだろうなーとか色々申し訳ないなーってところはありつつ、おかげ様で何とか戯曲賞を取れた作品。
本当に口先ではなく、お陰様だと思ってる。

「100年後」からそうだったのだけど、私にとっては「これが書けたら、今後大きく変われる」と思った作品。
んー、まあ確実に今後の下地となる作品にはなったけど、まだまだヘタっぴだなーって部分はあるのは認める。
もっと角が取れて、もっと見事にミステリー要素を出せてパズルを組み合わせるようなことができるんじゃないかと頭を抱えながら、今の私の精一杯を費やした。
好みやあれはあるかもだけど、ごまかしいいわけなしに今の私の全力な作品。

イベントとしては筆舌につくしたくでもつくせない部分はあったけどあれもいい思い出としよう。するのだ。
有元さんはどう思ってるかは無視して、またご一緒していただけたらなと思ってはいるのである。



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十月 火ゲキ「青い恋人たち」。

初めて勝山さんにチラシをお願いしたのがこれ。
ただこれを作ってくれた勝山さんは内容も何も知らず、
「ここまで頑張ったんだけどうまく作れないから、あといい感じに仕上げてください」
と丸投げして、美しく修正してくれたチラシがこれで、
初演を知らずこのイメージで男女五人夏物語みたいなのと思って観に来た人の気持ちを大きく裏切ることになる。
のちに「チラシ詐欺」と言われる作品。

「顔青く濡れますか?」と響さんへ質問したことから始まった再演。
そして仁さんにも出てもらった。
考えてみたら有元さんも元は万化の人だったので妙な連鎖。

これは稽古日数がなかなかタイトだった気がする。
ベテラン二人があれやこれやと全部受け入れてくれたから、あの短期間でできあがった。
あれだけよくウケたのもそこに尽きる。

会話のやり取りが初演とは比べ物にならないくらいに早く、
初演で私が演じている役を仁さんにしてもらったのだが、
初演の動画を見た仁さんが、「あのスピードなら俺だってできるよ!」って言っててまったく本当にそうだよねーと思った。
フレンチとマニュアルからこっち、あきらかに会話のスピードがあがってるのだがもう戻せない。

あと何でもできると思ってた仁さんが、木山さんを実際にビンタすると知って非常にたじろいでたのが新鮮だった。
あれだけ客演をこなしてる人に初めての経験をさせたのは嬉しかった。
通し稽古が終わる度に、まずビンタの評価から始まった。

この稽古が始まるまで、
仁さんは「いい人」だとか「好き!」だとか、そういう評判をよく聞いていたので不安はなかったけど、
響さんは情報が少なかったので少しドキドキしてたが、非常にチャーミングで素敵な方だった。
ただ顔合わせの稽古場に行く途中、全然会話がはずまず、「あー早く着かないかなー」とか思ったのは今も秘密だ。



クリスマスギャロップ表

十二月 本公演「クリスマスギャロップ」。
二年ぶりの本公演。
四年越しの長編。
なのに稽古期間は二週間。

蓋を開けてみたら、二週間で十分だったし、それも役者のモチベーションの高さゆえのこと。
時間はあるに越したことはないけど、何とかなるだろうって気持ちで挑むそれとは稽古の進行度は天地ほど違う。

二度とやることはないと思った作品を再演だけでなく、長編でやることになるなんてね。
客演の山下さんですら「もう二度とやらないものだと思ってた」と語ったくらいに、私どもにとっては、もうここにはない作品だった。

思い出すことはたくさんあり、「あれー、ここどうしてたんだっけ?」という過去の動画に段取りを教えてもらったことも多かった。
初演の30GPでフルボッコにされた相手の響さんを、この作品に呼んだのも面白いもんだなと思ったり。

澤井さんが最後に過去のことを語り出すシーンはダメこそ出していたがあまり稽古場で詰めることは少なく、小屋入りしてから下心丸出しの新歓コンパの先輩みたいに、もっともっとまだまだ飲める!吐くまで行こう!!と長文LINEを送りながらとお願いした。
どうやったら初演と差別化できるのかとか、もうひとつ見せ場が欲しいなーと思ってのあのシーンだった。
初演から何となくあやふやにしていた部分だったし、そこを伏せて書こうと思ってたけど、
「最初から全部知っていて、ここまでは全部茶番だったとしたら、それはある意味残酷だし、切ないよね」
となってからは一気に書いた。
まあ本当に思い入れが強く、何だか蛇足になりそうなのでこの辺で。
楽しい本公演だったし、新しい思い入れができたと思うし、次があればこれを元に更にブラッシュアップしていくのだと思う。

四年前は知名度底辺で、全然話題になることもなくこちらの思いばかりだったものが、
今回の公演で観に来てくれた人に受け入れてもらえて、何だかようやく報われた作品だなと。

知られなければ観てもらえない。
観てもらえなければ始まらない。

でもやらないと知ってもらえない。
だけど無駄打ちしてたら繋がらない。

芸術なんて言葉は知ってもらって評価されて初めて芸術と呼ばれるのであって、
誰も見てないところで、「私はこれが面白いのだ」「受け入れてもらわなくてもいい」「私は媚びない」「この値段の価値はわかる人にはわかる」
どれを言い張ったところで芸術という言葉に逃げてるだけだ。

ただ、それがその先花開いて、多くの人の目に留まったなら。そこで初めて不遇の時代はドラマになる。
それ以外は「お爺ちゃんは絵がとっても上手だったのよー。すごく才能のある人だったの」って、娘が孫に語ってる思い出と一緒。
それはそれで大事にしたらいいし、否定はしない。
ただそれは趣味の話だ。

このまま続けたとして、「おかげさまで十周年!」って、
狭いところに友達集めて、声高らかにハピバースデー歌うようなのは恥ずかしい。
歳を食うのと一緒で演劇を十年続けるのなんて誰でもできる。
ただ漂ってただけなのに、「俺はこの世界に十年いるぞ」とか言う人にはなりたくない。
それはいわゆる老害だ。
その世界からしたらマイナスでしかない。
知ってもらって求められて需要があってこそ、誰かが言ってこその芸術。
そうじゃないもの、自分で名乗るものはすべてカルチャー。

私はこれだけしんどいなー何だろなーと思ってやってるのに、カルチャーだなんて嫌だ。
だから私は節操なく動員を求めるし。
もちろんその先の収益の話もする。
武士は食わねどで涼しい顔して、腹を空かせるつもりはない。
でも背に腹を変えるつもりもない。
あくまで両方そろってこそ。
300人にすら到達してないのに、「大成功です!」なんて白々しくて言えない。

という流れから最後にこれまた宣伝。
うまくいけばの話。
四年前に一回戦敗退した作品が「Birthday」として決勝二日目、今回の30GP最後の対戦枠に残る。
それは成長でもあるけど、そこで優勝できたなら私のこれまでやってきたことのひとつの結果として非常にわかりやすい。

ちょうど今年の八月で五年。
いい加減思わせぶりなことを言うだけではなく、
色々照らし合わせて、見極めの五年目にしたいと思っている。
30GPに優勝したらそれはもうやらざるを得ないし、気候のいい時期に新しい長編をやろう。
優勝できなかったらそれはもう、ようやく休むいいわけができるわけです(笑)

何だかダラダラ長くなりましたし、こんな感じではありますが、
本年もご贔屓にしていただけたら嬉しく思います。

三等フランソワーズ
中川浩六


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