2017年09月

2017年09月15日

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もう画像の大きさ変えるの面倒なのでそのままで。
ずっと夜のシーンなので暗い暗い。
いつも以上に動きがない。
二人ともゲネで写真撮ってもらうことを忘れて、メイクも何もしてない(笑)

もう本番終わってから十日も過ぎたけど、振り返り。
っていうか、まだ十日か。
あ、長いですよ。

振り返るといっても、ものすごくしんどかったという記憶くらいしか残ってないんだけど思い出す。
まー余裕がなかった。
西山さんが本番前の余裕のない私を見て落ち着いたと言われるくらいに余裕がなかった。
あと、西山さんにファンデーション借りたら、面会に来てくれた山下さんから「やばいくらいに白かった!」って言われて、2st目は拭き取った顔で出た。

書いた本人としては後半のシリアス展開から、もう一度笑って、もう一度シリアスへと戻して、ちょっとだけ救いのある最後でちゃんちゃんってつもりだったけど、一度シリアスに入ると二度と笑ってもらえないんだなーと思った。
まあ展開が展開なのでってことなのかな。

裏話としては、
ずいぶん昔からいつかやりたいなーって思ってた、会話に登場する第三者が出てこないというお話。
結局この出てこない第三者に感情移入できるのかが肝よねーって思ってたので、
それにしてはエピソード少ないかなーと思って、西山さんにも相談してみて高知の旅行話を付け足したのです。
だったら、何だかバカバカしい思い出話の方がよかろうって。
あそこが意味のある1ページとして見せられるか、何だろうこのエピソードって思われるか色々実験劇場だったんだけど、難しかったかなーって気持ちもあるし、実験としては未消化で終わったなーってのもある。
まあ案の定突っ込まれたかーって感想もいただきました(笑)

出来栄え。
せっかく褒めてもらえたんだから、百点ですと言いたいけど、私も西山さんも大いに、それはもう「うわぁぁぁぁ( ;´Д`)」ってくらいに反省多き出来でした。
昨日の晩、パソコンも届いたのでとようやく撮ったものを見たのですが、それはもう「速い!速いよ!二人とも超速い!え、何なの?おしっこでも我慢してるの?」の連続でした。
あのときはゆっくりなくらいだと思ってたところすら速い。
まあそれでも西山さんが相方ならではのお芝居になったと思いますし、やっぱり上手いなと思います。
あと西山さんがよく声が通るので、私はもっと声出さにゃねと思いました。ちょっと素人臭い課題です。
またもっとゆとりがあって、そのときにまだお芝居続けてたら、手直しして再度挑みたいなと思います。
ウェディングプランと違って、この先の年齢の方がやりがいのある作品なのでね。


あとは内容が内容なので、特に関係者には色々と憶測も思うところもあるだろうし、
私のほうも「まったくそんな気全然ないです」とは言わないし、「そうじゃないのです」というのもあるしでちょっとそこら辺のお話を整理したいというか、いいわけをしておきたいのです。

まず、この本を書いたのは3月でした。
私は火ゲキで西山さんの存在をもっと知らしめたいという思いがあったのと、
12月の台本のこともあったので稽古も少なく済ませたいということで、
昨年のオムニバスでやった二人芝居のウェディングプランの再演をしようと思っていました。
もちろん集客は度外視で、ノルマは12月の宣伝費として飲もうという考えでした。
今考えるとそのときはまだ見ぬだった相手団体に失礼極まりない思考だったのですが、当時はべっつにいいじゃんって思ってました。

ただ西山さんが「できればこのスパンで再演ものはちょっと……」みたいな感じだったので、じゃあ新しいの書こうと、前回は結婚するまでの話だったので、今度は離婚の話をするぞと思ったのです。
ただ離婚はもちろん結婚どころか、その手前からというか、最近はひとりが気楽だわと思い始めてる人間なので、世の中にはどういう離婚エピソードがあるのかしらと本を読んだりしてました。
入退院していた友人が亡くなったのはそんな最中でした。
(んーどうかな、んー知ってる人が読んでると思うとどうにも何か書きにくいんだけど許してください)

まだ寒い時期で、コートを羽織ってお通夜に行ってきました。
ああいう席というのはそういう風にできているもので、
色々思い出し、その人はその人で自分の葬儀の準備を予めしていたので、それはそれは忘れられない忘れようのない、それこそがあの人の狙いだったのかしらと思うような夜でした。
そのあと数人で食事に行って、献杯して故人の思い出で盛り上がるのだろうと思っていたのですが、どうにも早々に言葉は尽きて、ぼーっとしていました。
やはり自分と歳の変わらない人がいなくなるというのは、理不尽で悔しいばかりで、生前のことを語っても盛り上がれないんだなーて思いました。
持ち直したと思っても、ひょんなタイミングで理不尽な気持ちがまた襲ってきて、「何でだろうなー」という考えても無駄なことを考えながら駅から家まで自転車を漕ぐのでした。

へっぽこすっとこ無味無臭の売れてない知れてない私でも、役者をしたり本を書いたりしていると、こういうときに頭の中でするのは習慣的に感情にタグ付けすることで、
それがどうだという話でもなく、そうしないと今自分の中に起きているものは全部無駄になっちゃうのでそういう風になっているのです。
そうしないと、こんな大きく複雑な感情が「すごく悲しい」のひとことで終わっちゃうから。

だからこのときも夜中に自転車漕いで泣きながらもどこかでは、あー今これお芝居みたいだなーとか思ったりするのです。お芝居だったらいいのになーとか、そうしたらきっといい芝居で終わるんだろうなーとか。

家に帰って上着をハンガーかけて、ポケットからネクタイを出して、黙々と着替えていくときにもあー本当お芝居みたいだなと思ってて、酷い話かもだけどお布団に入るころには「これは今書こうとしている話とつながるなー」と思っていました。
翌日には書き始めてました。
だから、捧げるとかこの思いを台本に残すとかではなく、憐憫に浸って書くつもりもなく、単純にネタに使わせてもらいました。というか、失ったもののこと考えると到底捧げるほどのものでもない。
そりゃまあ思うところはありますけども。
だから、何が言いたいかというと、その人に書かせてもらったということです。
申し訳ないという気持ちではないのですが、知ってる人から怒られたら謝るしかないなーって気持ちはあります。

まあでもまさか、そこから三か月後にまた友人を亡くすとはさすがに思いもしませんでした。
嫌が応にも思いは強まるものですが、かといってじゃあそれを背負って芝居するねとはやはり思わず。
単純シンプル明快にただただ辛かった。
芝居再開してからずっと付き合ってもらってたし、クリスマスギャロップの稽古は楽しすぎた。
そのほかの稽古もどれも楽しすぎたし、思い出が強すぎた。
だからそれが全部逆さまになったから辛すぎた。

楽しかった思い出を胸に君の分も生きていくなんてことはとても言えない。
楽しかった分、全部苦しくなっちゃったから。
だからそんなもの背負ってお芝居はできない。
センチメンタルに浸れるほど軽くはない。

お芝居に話を戻すと、私ごときがだけど私のブログなのであれとして、
改めて思うのは、世の中に溢れている言葉というのは必ずしもリアルではない。
お芝居に使うのだから完全にリアルである必要はないけど、
日本テンプレート百科事典から引っ張ってきたような言葉を吟味せず、自分の肌でパッチテストもせずに、それが万人の常識だとして使うのはやっはり違うなと。キモいなと。
想像で書かなきゃいけないときの方が多いんだけど、嘘を書くからこそ共感してもらいたい本当を書こうと思うのです。
だからとびきり嬉しいこともとびきり辛いことも不安なことも、しっかりタグ付けしとかないとと思うのです。
私の知ってる感情で、私の知らないひとたちのことを書く。
白々しい気持ちで嘘を掘り進めていくと、砂山のトンネル開通みたいにふと向こうからも手が繋がるときがあって、そういう瞬間だけ本を書いてて楽しいって思える。あとはずっとツライ( ;´Д`)
偉そうですね。そうですね。
話とっちらかってますか。そうですか。

まあ、それでもあのセリフは恥ずかしいなーってものもあるんですけどね。
お芝居する人としてどうなのって感じですけども、ウェットなセリフというのは恥ずかしい。
演出するのが恥ずかしかった(笑)

だから、そう、
相変わらずだらだら書いたけど、今回は本当に書かせてもらったということが言いたかったのですよ。
そういうちょっと後ろ暗いところがあった上で作ったお芝居なので、過分に評価してもらえたのは結果としてホッとした。
まあでもでも、できれば十日もどってやり直したい(T_T)
でもあの余裕のない状況ではあれが実力だなと納得するのが正解かなとも思ったり。

三ヵ月間火ゲキやってきて、思い返してもまだしんどいことの方が多く浮かんでくるけど、
これも年を明けたら懐かしく愛おしくなるのかしら、なるんだろうね、それでまたやっちゃうんだろうね。
……って思うから、すべてを費やしてしまおうというのが12月。
これでコテンパンのすっからかんのすかんぴんだったら、
辞めるとは言わないかもだけど、思い出に背中押されて「またやるか!」ってのはないだろうと思う。
「すっごいコケた!!」って記憶の方が大きいだろうから(笑)
背水の陣的なことでなく、ある意味諦める理由作りなのかもな12月。
諦められるように全力を尽くす!
後ろ向き肯定!!

あ、すでにチケットご予約くださった皆様ありがとうございます。
さすがに百人とはいかないけど、まだ三ヵ月足らずあるのに、わあーって思う数の方にご予約いただいてます。
何人かって書きたいけど、人気な人たちに笑われたら嫌なので書きませんけど、わあーって数字(語彙力)。
本当に励みになってます。
いつかのどこかの誰かに期待するのではないというのは心強いです。
キャンセルも変更もぎりぎりまでやってるので、予定が合わなくなったら無利しないでください。
できればキャンセルは、希望を持たせるという意味で一週間前くらいまで待っててください(笑)

思うままに書いたので、何が言いたいのって感じですが、本当にもうそういうのがブログだろって思ってるんでご容赦ください。

稽古ブログをいまさらあげるのも何だかなーと思いつつ、記録なのであげる。


稽古7回目。
このブログを下書きに保存している間にパソコンが壊れたので結構詳細。
この稽古始まって以来、自力で無遅刻で来れたぞ!って思ったら、西山さんが急用で30分遅れ。
なので、駅近くの大きい方の稽古場でひとりで入るとおさらいして、座布団があったので枕にして横になる。
この日を含めて残すところあと2回って稽古だったので、衣裳であるスーツを着てきたんだけど、上着を忘れてきてしまう。
むしろ上着が必要だったのにものすごくポンコツ間抜けな感じだった。

冒頭シーンの細かい所をつけて、一回通す。
グダグダだった。私が悪い。何がどう悪いって、眠い。
セリフの掛け合いしてるのに、脳が寝るもんだからセリフがすぐに出てこない。
どういうセリフなのかすら思い出せない。
2秒くらいしてようやくぼやーっと台本が浮かび上がってくるみたいな。
まあとにかく酷かった。本当にこのタイミングでこれはやばいと思ったので、いきなり15分の仮眠タイムを申し出る。
西山さんが持ってきてくれたドーナツを食べて寝る。
おかげでだいぶと持ち直した。

そんな私が西山さんにあーだこーだ言うのだから笑えるのだけど、もう時間がないので小姑みたいに注文する。
台本のダメだし見てても思うけど、これ演出なのかな?とよく思う。
まあ、そんなの演出じゃない!って言われたらそっかーって思うだけなんだけど。
動きがイヤだとか、セリフの音がイヤとか、ニュアンスがイヤとか、じゃあもうお前ひとりでやれば?って感じなんだけど、私が演劇がいいなって思うのは役者に台本の意図が伝わってなくても、「このセリフはねー」って言えるところ。
他のジャンルの脚本じゃ読んだままがすべてだから。
字面で伝わらなきゃゴミくずなので。

ああ、稽古の話だ。
なのでまあ、うるさい。
15ページある台本の中で、99%は西山さんに不満はない。楽しい。
ただ残りの1%というか4つほどのセリフだけずっとやだって首を振り続けている。
別に変じゃないけど、狙ってるところそこじゃないからなーって感じ。
思い通りのものを出して「何じゃこりゃ」って言われるのは仕方ないけど、
自分も「何じゃこ……ま、いっか」って出して「何じゃこりゃ」って言われると後悔しかない。
だからもうできるまであの手この手でやる。
西山さんもあきらめるつもりはないので、そこは助かる。


稽古8回目。西山家。
最後の稽古。

もうここは本当によく覚えていないんだけど、いつもより30分早めに始めて、冒頭のシーンを一時間くらい返して、そのあと最後のシーンをこれまた結構返した。
ここら辺の時間は西山さんがせっかちさんなので、何度も返した稽古だったのを覚えている。
もっとゆっくり、もっとしなっと、もっと音楽に合わせて、ともっともっとの稽古だった。
あとは片っ端からダメをつぶす稽古だったと思う。
一番ネックとしていたところは、この期に及んで押し付けていてはどっちつかずみたいなことになると思い、西山さんと話し合ってプランを変えた。
結果としてクォリティーはあがった。

途中、糖分が足りなくなるので休憩を挟む。
ワッフルを食べながら40分も話し込んでしまう。
最後の稽古だというのに。
ただ最後の通しは今までで一番手応えはあった。
それでも、帰ってビデオ見たらあーだこーだと思うところは出てきたんだけど。

本番前日に休みで稽古ができるというのがいいなと思った月曜日だった。

2017年09月01日

つぶやくには長くなったので……。

もうひと月以上前に書いて、あげるかどうか迷ったのですが、それこそ迷ってる方もいるようなので本番までになるべく早くと思いまして。
こちらから言うのもなーと思いつつ、じゃあ誰が言うんだって話なので、差し入れにに関してです。

私個人と三等フランソワーズ宛てには本当にお気になさらないでください。
いえ、良い人ぶってるわけではなく、元々良い人なのでお気になさらないでください。
チケット買って時間使って来ていただくだけでもう本当に十分に愛です。
仕事終わりのゴールデンタイムにどれほどの価値があるのか身をもって知ってます。
そんな中わざわざ来てやってるのに、「何か差し入れがないと……」って気を遣ってやる必要なんてないのです。
観劇後にそのお金でご飯でも食べて、いい気分で帰ってもらった方が嬉しいですし、
何なら飲みに行って感想を語りあってもらった方が嬉しいです。
それを知らせてくれるともっと嬉しい。
もちろん何だあの芝居は! とくだをまいてもらってもいいのです。

そりゃもちろん「あげるよ!」ってものはありがたくいただきますし、
劇団関係での何というか儀礼的な差し入れもありがたくいただきます。
ただ差し入れないと声かけづらいとか思う必要もありません。
まあ全然気の利いたことは言えませんが、声をかけてもらえると嬉しいものです。
面白かったじゃなくてもいいです。
「あそこちょっと引っかかったんだけどさー」とかでもいいですし。
コロスとか言われない限りは大丈夫です。

ただ、今回の火ゲキは先攻なので一番多くの人がロビーにいるであろうタイミングではあまり面会の余裕がないのですけども、ごあいさつくらいはできます。
いえまあ、私も面会されるのは嬉しいのですが、面会行くのは死ぬほど苦手なので無理しなくて結構です。

観劇にしろ何にしろ、どうかご自分が楽しくなるためにお金を使ってください。
応援してくださる方に関しては、この芝居にお金払うのもったいなくなってきたなって思ったらそれはお別れのときです。
お芝居を続けている内は、そうならないように自分の目一杯をお出ししていくつもりです。

お金大事だよって話でした。