なんくる日記

一期一会な日々の感想を綴る 気まぐれ日記

もう1年!

九州のばぁちゃんが昨年5/3に他界してからもう1年。

→ばぁちゃん、ありがとう!

この1年は色んな事があって、色んな事を思う年でした。

↓今更ながら2013年〜2014年前半を振返り。

1月
毎年恒例の館山へ麻里ちゃんのお墓参り。みんなで初めての一泊旅行が楽しかった。

2月
飲み友達が結婚♪アットホームな雰囲気と、いつも一緒に飲んだくれてた二人の結婚式、心からおめでとう!

3月
難病を克服した先輩が会社に復帰。壮絶な闘病生活を考えると、これは本当にすごい事。

4月
ばぁちゃんに会いに父と九州へ。LCCを初めて使ったけど片道往路は3600円と本当に安かった。あんなに元気だったばぁちゃんが寝たきりになっていて。この時が最後になるとは思わなかった...いや思ってたのかも。

5月
GW初日にばぁちゃん逝去。
急きょまた九州へ飛んでいき通夜から告別式まで。電話で知らせを聞いた瞬間、父親が号泣したことを後で聞いた。おばぁちゃん子だった父親はバリバリ働いていた母親(私のばぁちゃん)に育てられた記憶があまりないと言っていたけど、やっぱり親子の絆はあるのかなと!

国立競技場3h耐久マラソン参加!
改修工事で壊される国立競技場のトラックで走ることができて楽しかった!味の素スタジアムの6時間耐久と違って3時間で終わるというところも気持ち的に楽だったかな(^_^)v

6月
2011年以来のボランティア参加!
2年経っても変わらない景色にショック。それを知れた事は良かった。

同級生と約25年ぶりに再会。
会社の人がやっているバンドのライヴに行ったらそのバンドの女性ボーカルが高校時代の同級生ということが発覚!しかも同じ駅近辺に住んでいた事もわかりビックリした〜!!

7月
お台場マラソン参加!!
真夏日の大会でバテバテだったけど、最後まで何とか走りきった…と思ってた最終周回で竜巻のような突風が発生してテントが吹っ飛んであわや大惨事ということで大会中止のハプニング!

母、緊急入院。
父からの電話で母親の様子がおかしいということで駆けつけたところ、左の顔が完全に落ちていたので即病院へ。脳梗塞でそのまま入院。当の本人は案外ケロリとしていて良かったけど、改めて何が起こるかわからない人生に面食らった出来事。

9月
母、リハビリ専門の病院へ転院。
ここでのリハビリは付き添いOKだったので先生と色々話をしたり学ぶことも多かった。

10月
タートルマラソン参加!
あいにく大雨の中でのrunとなり、記録は望めなかったけど、初めて10kmを走りきれて嬉しかった。

11月
味スタ6h耐久リレーマラソン参加!!
マラソン参加が続いて、まるでマラソン好きのようになっているけど、それは少し違うんだよなー、だらだらの生活にこういったイベント参加でピリリとした刺激があるのがいいんだよねと思いながら走っている私。何よりも走りきれたあとの打ち上げは最高ね!

金時山リベンジ成功!
3回目の登頂にして、見事、富士山の眺めを堪能!絶景!やっぱり山っていい♪

12月
安室奈美恵のライヴへ初めて行った。MC無しの歌とダンスのパフォーマンスのすごさに感動!この月はライヴ続きで、6月に再会した同級生のライヴにも。それぞれの生活や仕事があって時にはバラバラになっても、この歳まで音楽をバンドを続けているのってすごい事。

1月
新年早々、大風邪を引いて館山へ行けず…。会社も仕事始めの日に休んでしまう程ひどい風邪だった。

2月
ある企業の女性でとびきり面白い人との飲み会があり、立場や環境が違えど人間力のある人たちと話すと刺激があるなぁ。

3月
母、リハビリ施設へ。
半年間お世話になった病院からリハビリ施設へ転院。病院の先生方の間でアイドルだったという母親ということもあり、皆さんに送られて病院を出る時は母も私も涙涙のお別れ。素敵な出会いに感謝。

異動の季節。
ついに、仕事のパートナーが転勤となりお別れ。この異動という制度には慣れなれることもないだろうなぁ〜。悲しみのほうが大きくて感謝を伝えられなかったような。また会えたらいいな!

4月
実質二人分の仕事に追われて、余裕のない日々であっという間に1ヶ月経ってしまったので、5月はもうちょっと気楽にいこう!

そして5月。
ばぁちゃんの命日である今日、久々にブログを更新してみました。

なーんか色々あるけど、こんな事もあっという間に過ぎて行って、何とかなってるんだろうな。

同級生がやっているバンドの作った曲の歌詞にこんなフレーズがあったっけ。

♪うんざりするような毎日だけど
それは新しい未来を探るプロセスなんだ..


そんな風に思って頑張ろうっと!

ボランティア2013@南三陸町

【ボランティア活動メモ】

■活動日:2013年6月13日〜14日
■活動場所:宮城県南三陸町
■活動内容:瓦礫撤去

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今回のボランティア活動は、2011年以来2回目の参加となりました。南三陸町の変化に少し期待を寄せて行きましたが、2年ぶりの町の様子を見て、以前訪れた時と差ほど変わっていない現実にまずショックを受けました。復興はまだまだなんだと改めて感じたことが一番大きな印象です。

■作業について
今回の作業は、2日間とも瓦礫撤去でした。

1日目は、商店街の横のお祭り会場となる空き地の瓦礫撤去でした。お祭りに来る子供たちが安心して遊べるようガラス破片等は特に気をつけて撤去しました。同じ土地でも雨が降ると深く埋も れていた瓦礫等が地上に上がってきて何度撤去しても瓦礫が無くならない土地もあ るとのことでした。

2日目は、河岸の側溝で同じく瓦礫撤去作業 でした。道路からガードレール下3-4mの側溝までハシゴで降りて側溝に溜まった土砂を スコップ等でバケツに汲み上げるスタッフ、そのバケツを地上へと引き上げるスタッフ、引き上げたバケツを瓦礫置き場に 運ぶスタッフ、瓦礫を仕分けするスタッフと、それぞれの持ち場で役割分担をしての作業でした。

今回参加したメンバーは50代の方も多く、 前回参加時の30代中心の若手スタッフ と 体力的も違うにも関わらず、炎天下での作業を率先して行っている姿を見て励みとなりました。

そんな2日間の作業はあっという間で、まだまだやり足らない気持ちでいっぱいでしたが、身体は悲鳴を上げていた為、正直なところ2 日間で良かったと思うとともに、やることはいっぱいあるんだなと痛感しました。

■現地の声
2日間の作業の最後に、現地のボランティアリーダーの方のお話がありました。

「自分はここ南三陸町を第二の故郷と思っています。だから南三陸町の方に成り代わって御礼をします、ありがとうございまた。地元の方にとって、こうやって 撤去作業等で町が綺麗になっていくのはもちろん有難いことですけど、それよりも 作業に来ている沢山の人たちの“姿”を見ることが町民の方たちの励みになります」

と仰っていました。

南三陸町の方たちは、復興が進まず人がどんどん離れていっていることへの不安 を抱えていらっしゃいます。人が居なくなれば商売も成り立たない現状、特にこれからの町に期待ができなくなると若い人たちのモチベーションが下がってしまうこと、そして町全体が元気がなくなり更に復興も遠のいてしまうことが不安なのだと、淡々とそして切々と語られるお話が心に響きました。

■これから
一緒に作業をしていたスタッフの中には、お父様が志津川地区のご出身だということで、2年前に志津川地区で高校の水道を流すための側溝の瓦礫撤去作業をした事をお話し喜んで頂けました。こうやってボランティアに参加し、そして参加者同士 の 交流を持ったことで繋がったご縁。そういったご縁を忘れないこと、周りの人たちに繋げていくことが大事だと思いました。

また、個人で参加されている方たちに「会社で募って手を挙げて参加している」 事を伝えると必ず「いい会社ですね」と言われます。個人の方たちはもちろん自費で参加していますので、私達は本当に恵まれていると思いました。会社ボランティアがきっかけで訪れた南三陸町ですが、これも何かのご縁、これからも南三陸町を一層見守っていくつもりです。

ばぁちゃん、ありがとう!

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5月3日、私の大好きなばぁちゃんが他界しました。

4月に九州で最後に会った時、探し物をしていて、ふとばぁちゃんの部屋の引出しを開 けたら中学生の時に書いた“21世紀の自分”宛 てのハガキが出てきました。所謂ポストカプセル。

当時転校が多かった私は自分の住所では届かないと思ったのでしょう、九州のばぁちゃんの家はずっとあるからとばぁちゃん宛てに送っていたものでした。

すっかり渡すの を忘れていたんでしょうね…でもちゃんと届きました。

ありがとう、ばぁちゃん!

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国立競技場3.5時間耐久ランニング

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昨日4月28日、『国立競技場 3.5時間耐久ランニング』に参加してきました。

昨年も成り行きで参加したリレーマラソンと同じ要領で、国立競技場のトラックと外周約1.4kmをグルグル回る競技です。

前回の「味スタ6時間耐久リレーマラソン」のメンバーがほとんどで新メンバーも加わり総勢15名で参加。3チーム(4名×2チーム、3名×1チーム)でのエントリーで、私は4名編成チーム。そのメンバーでタスキを繋ぎながら何とか3.5時間を走りました〜!

最終的に何周できるかを競う耐久レースで、チームで、ソロで、沢山の人達が参加していましたが、中には小学1年生の男の子から、ナント70歳台の女性まで参加!私もすれ違いましたが、何だか元気をもらいました(^^)/

コースは、トラックを走ったあと、国立競技場の2階コンコースを回って再びトラックに戻ってくると言うルートで、トラックを出たあとの坂登りが予想以上にきついコースでした。

私はとにかく大会の雰囲気とか周りに影響されないよう淡々と走らなきゃと思てったのでタイムは良くもなく悪くもなく、といった感じでしたが終わってみると達成感もありホント楽しかったですね。

今回の醍醐味は、普通は走ることができない国立競技場のトラックを走ることができたこと。 東京オリンピックの名残が残る国立競技場は改修工事に入るらしく、このタイミングで走れたのはラッキーでした。

果たして5年後に改修された新しい国立競技場を走ることがあるのでしょうか…!

走ったことのないフルマラソンを走ったような筋肉痛というと大げさですが、本日は全身筋肉痛です(;_;)

私は陸上部時代から長距離は苦手ですが、リレーマラソンは面白いですね。駅伝と違い周回コースなのでみんなを応援できるし、途中で会話もできるし、何と言ってもみんなでやり抜いたという達成感がたまりません!記録ではなく記憶に残るってことで…参加できて良かったです♪

みんなに感謝!

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手を握る

お正月、実家に帰って母と食事をしに出掛けました。

歳を重ねるごとに、歩くスピードが落ちたのは勿論のこと一人でちゃんと歩けなくなってしまった母。

その日、映画を観に行ったのですが、座席への道のりの長いこと長いこと!いつもは入り口すぐそばの席なのですが、お正月だからか混み合っていて、少しだけ奥の席になり、人の前を通過することが普通にできない母がたった三席先の座席に辿り着くまで、そこに座っていた方々に大変なご迷惑をかけてしまいました。約1〜2分位の短い時間だったかと思いますが、いやぁ何もできず汗びっしょりになりました。

「横歩き」が出来ないんです。

ああいう狭い場所では、私も何もできず、横歩きで進んでもらうしかなく…横歩きって、腹筋とか足腰が弱ると難しいことがよぉーく分かりました。

その事があって、母が本当に弱った事を実感するのは遅すぎですが、改めて思い知らされたのです。

あぁ、そうかと。

移動するにしても何度も何度も休み休み歩く母に、認めたくない気持ちもありイライラすることもしばしば。

でも、あぁ、そうかと。

帰り道、いつものように母の手を取って歩いているとやっぱり二〜三歩進んでは休むので私も止まって。

今までは母を引っ張るために、体を支えるために手を繋いでいました。

今度は手をぎゅっと握ってみました。

ふと、母は私の手をしっかり握っていることに気が付きました。

こんな風に…
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(母の長ーい休憩中、撮影。笑)


ごめんね、お母さん。


そんな2013年の始まり。
今年はもう少し気持ちの余裕を。
そして成長しなきゃなぁ〜


初!6時間耐久リレーマラソン@味の素スタジアム

ひょんなキッカケで9月から皇居ランに参加して、あれよあれよと『味の素スタジアム 6時間耐久リレーマラソン 2012.11.3』に出場してしまいました!

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6時間耐久リレーマラソンは、1〜10人までを1チームとし、6時間タスキをリレーして走れた距離をはかります。

私が参加させてもらったのは、6人で1チーム。10時スタートから16時まで
の間に1周2kmを一人5〜6周(約10〜12km)を走るのですが、結構休みながら走れるのかと思いきや、スグに順番が回ってきてあっという間の6時間でした!

やはり皇居をマイペースに走るのとは大違いで、周りのハイペースにのまれ2km走り終わる頃にはもうゼイハーゼイハーw(++;)wと限界でタスキを渡すことになりました…

心が途中で何度も折れそうになったり、足が重くて痛くてペースが落ちたりしても、やっぱりタスキを繋ぐことが何とか走り続けられたんだなぁと思いました。

しっかし今回なんと、会社の人たちだけで18人(6人×3チーム)も集まったことがすごいなぁと思うとともに、こんな大勢を取りまとめてくれた方々、心折れた時も盛り上げてくれた方、そして誘ってくれた方に感謝・感謝!です(^^)/

3チームともみんな笑顔で全員走りきった後の打ち上げ、大盛り上がりだったことは言うまでもありません!

そしてもちろん翌日は、ひどい筋肉痛で動けなくなったことも… 言うまでもありませんっ(-_-;)

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『大友克洋GENGA展』

千代田区・湯島駅近くで開催中の『大友克洋GENGA展』に行ってきました。

面白かったのは、展示会タイトルのとおり『原画』メインの展示。原画を間近に見られるよう、紙を水平にしたガラスケースが部屋一面に飾られていたのは圧巻でした。ある意味その展示スタイルもアート!

とにかく、一作にかけた労力の大きさも伝わってくるし、ファンならたまらないんだろうなぁと周りを見ると、やはり一枚一枚真剣に見入っている人が何人もいました( ̄∇ ̄)

‥そう、私は代表作『AKIRA』も知らず“ストレンジャー“的な感じで訪れたので、大伴氏の繊細なタッチの絵や発想・原画にもちろん感動はしたけれど、漫画にはあまり興味がなかったので原画陳列コーナーはサラッと観る感じでした‥( ̄0 ̄;)

それはさておき、
この展示会の最後のコーナーでは、漫画『AKIRA』に出てくるバイクやライダースーツ、ある1シーンの実写版があり、みんな実際にライダースーツを着てAKIRAになりきってバイクに乗って写真を撮っていました。

↓これがそのバイク


↓ライダースーツ


(これまた『AKIRA』ファンにはたまらないんだろうな〜。笑)


そして

会場の出口には、被災地で活動している6つの団体の活動内容の紹介があり、チケット半券を入れるboxが用意されていて、自分が支援したい活動に投票できるようになっていました。この票数に応じて支援金が振り分けられるという仕組みだそうです。

宮城県出身の大友氏が、漫画家にできる被災地支援の1つとして本イベントを企画したとかで、入場料1500円のうちの500円やチャリティオークションの収益なども東日本大震災の復興支援として寄付されます。

そんなチャリティーも兼ねた美術展は他にもあると思うので、興味のある方は是非(*゜▽゜)ノ

『アーヴィング・ペンと三宅一生』展

東京ミッドタウンで今週日曜日(4/8)まで開催中の「アーヴィング・ペンと三宅一生 Visual Dialogue」展に行きました。



展示場はガーデン内にあり、ミッドタウンから少し離れてますが、20時まで開館しているので会社帰りの夜に行くと綺麗に飾られたイルミネーションガーデンを見ながら通り抜けられて、なかなかリッチな気分になります( ̄∇ ̄)


◆内容はこちら
21_21 DESIGN SIGHT公式サイト:
http://www.2121designsight.jp/m/program/visual_dialogue/


デザイナー三宅一生と写真家アーヴィング・ペン。2人の出逢いは、1983年に行われたファッション雑誌『VOGUE』の撮影だそうです。

三宅一生は、自分のデザインした作品の写真を見て、

「こんな見方ができるのか」

と驚いて、ペンにパリコレのための撮影を任せるようになったのがきっかけだそうです。

展示場は壁一面がコンクリ打ちっ放しのまっさらな建物でした。その壁に数々のポスター写真が飾られていました。遠目から見ているだけで鮮やかな色彩が目に飛び込んできます。


一枚の布からデザインされた衣服(作品)がペンの撮影した写真によって、また新しい作品になっているようでした。

撮影された写真の数々を、一部屋まるまる横長の大スクリーンに次々とカットを変え映し出していたコーナーはしばらく見入ってしまうほど。

白バックがうまく使われていて服の色が映えているし、モデルの素晴らしいプロポーションラインも作品にだなぁと思わせるような、平面な写真群なのにすごく立体的に見せている展示が面白かったです。

三宅一生といえば有名な日本のファッションデザイナーですが、私はあまりフッションに関する知識がないため、彼のデザイナーとしての仕事・作品も殆ど知らなかったし、ペンについてはそもそも名前も知りませんでしたが、2人の共作を映像展示により自然で心地よく見れた良い展覧会でした。

小さな展示場で建物そのものがアートなので、ぷらっと訪れてみると面白いかも。興味あれば是非。

明後日、日曜まで!

ばぁちゃん米寿祝い@大牟田

ばぁちゃん88歳のお祝いを、ということで父と一緒に11月末に福岡・大牟田市へ。

▼着いたらまずは大宴会!
大牟田1

この日は、ばぁちゃんを囲んで息子三人(長男である父親を始め三兄弟)が久々に揃ったし、孫たち(私を始め三人の従姉妹)とその子供たち(ばぁちゃんにとっては、ひ孫)が集まって賑やかな宴会となりました(^_-)

九州人、恐るべし‥ということで、まぁとにかく飲んだ飲んだ!

父親も久々に兄弟でたくさん昔話して笑って酔っ払って楽しそうで、気づいたら夜中2時。

私たちはいいけど、ばぁちゃんは‥というと、これまたナント夜型人間で元気、元気!(笑) 逆に、酔いつぶれるなんてことがない父親が珍しく泥酔という始末で笑えました( ̄∇ ̄)

本当に楽しかったみたいです。

‥しかし、翌日のじいちゃんのお墓参りに行けないほど父親を始め兄弟で完全につぶれてしまったのには“何やってんのぉ”と、苦笑い( ̄0 ̄;)

仏壇のじいちゃんに謝って、夕方にその日お墓参りの後に行く予定だった巷では有名な熊本県・平山温泉旅館へ。

なかなかの豪華な旅館で、美味しいご馳走と贅沢なゆっくりとした時間になりました。

ばぁちゃんの希望で、孫と一緒の部屋で泊まりたいということで高校生の従姉妹と三人で枕を並べて寝ることに(^^)

夜な夜な聞いたばぁちゃんの若かりし頃の話は本当に面白かったなぁ。じいちゃんが炭鉱の閉山になってから仕事が無くなり新聞社の営業所を始めたこと、女性としては珍しく(現在も?)所長になったこと、朝から晩まで本当に男のように働いたこと、地場のお客さんを本当に大切にしてきたこと、母親としては息子たちには何もしてやれず申し訳ないと思っていること‥聞いたことのないばぁちゃんの一面、いや半生が言葉の節々で伝わってきて、本当に時間が足りないくらいでした(*^^*)

ばぁちゃんの息子である父親も知らなかったような色々な思いがあることを知って、何だか感動しました。

人生はドラマチックです。

出来事だけではなくその裏にある思いも含めてのドラマなんだなぁと( ̄0 ̄)

そんな楽しい夜も終わり翌朝はまた家に戻り、出発の時間までのんびり過ごしました。

▼大牟田では当たり前、
 オーム牛乳とオームりんご。
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▼大牟田へ帰るとよく食べる豚骨ラーメン。
大牟田5

東京へ帰る日に連れてってくれたここのお店、『ラーメン ちゃんぽん たいほう』という看板で営業していますが、普通に「ラーメン」と頼むと豚骨ラーメンが出てきます(o゚▽゚)o

▼大牟田駅ホーム。
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いつも帰りは寂しくなるのですが、この日は平日ということもあり閑散としていて、ますます寂しくなっちゃいました。

でも、ばぁちゃんの話をゆっくり聞けたことも、父親のためにも、バタバタと決めた旅行だったけど帰って良かったなぁ〜と帰りの飛行機でしみじみと思いました( ̄∇ ̄)

またね、ばぁちゃん!


大牟田4

ボランティア2011@南三陸町

【ボランティア活動メモ】

■活動日:2011年12月14日〜15日
■活動場所:宮城県南三陸町
■活動内容:ヘドロ・瓦礫撤去

<作業1日目>
お手伝い先は、宮城県南三陸町中心部の志津川・廻館(まわりだて)地区と決まり、瓦礫撤去チームと側溝チームに分かれることに。私たちのチーム10名は側溝チームの担当となり作業内容の説明を聞きました。その時はこのあと待つ壮絶な作業は想像もつきませんでした・・・。各団体にボランティアリーダーが一人つき、私たちのチームには個人ボランティアの方も加わりました。

ボランティアセンターから移動して着いた現場は、津波時に住民の方が高台から撮った映像がTVでよく流れていた坂道の真下でした。リーダーの説明では、この溝に埋まった土砂を除去できれば坂の上にある高校の水道が使えるようになると言っていました。

簡単な説明のあと、いよいよ作業がスタート。側溝にはヘドロ化した土砂とガソリンと瓦礫が混ざって詰まっていて、流れず固まっている状態でした。

まずは、側溝に入りスコップでヘドロ化した泥を掘り出す作業隊と、側溝の脇に掘り出された泥の中に混ざっている壁の欠片やコンクリートの塊、砕けた瓦、木材、衣料、金属、電気製品などを細かく仕分ける舞台に分かれ、それぞれ分別をしていきました。

ヘドロ化した泥は側溝に30cmほどは蓄積していて、午前中は力のある男性を中心に泥かきを進めていましたが、途中からは男女関係なく気づけば側溝に入り泥かきをしていました。膨大な量を前にして本当に終わるのかと少し焦りもありました。

津波が残した瓦礫混じりの土砂は、生活に密着した品々やどうしたらこんなに粉々になるのかと思うほどの壁や瓦、折れ曲がった金属類が「掘れば掘るほど出る」状態。ヘドロとガソリンの折り混ざった異臭や、瓦礫に土砂と油の重さが加わり、心身ともに壮絶な現場でしたが、みんな尻込みせず黙々と作業を続け、どんどん瓦礫の山が大きくなっていきました。

1日目の作業で大きな瓦礫の山ができ、この溝にこれだけの瓦礫が埋まっていたのかと思うと驚きました。掘れば掘るほどキリのない作業に一旦区切りをつけ1日目が終了。

DSC_0136


ボランティア2


<作業2日目>
同じく側溝チームとして作業。1日目とは違い、もう1団体5-6名の個人の方達が加わり総勢20名弱での作業となりました。午前中は雪が降ってきて作業に影響あるかと思いましたが、午後は晴れたため順調に作業が進みました。途中、町の警報が鳴り、ボランティアセンターでの注意事項の「逃げるときは距離ではなく高さ。とにかく高台へ向うこと」と言われたことが頭をよぎりました。(その警報は火災でしたが)

前日の疲労と腰への負担が積み重なり過酷な1日となりましたが、2日目は殆どリーダーの指示もないほどチーム全員が自分の頭で考え周りをよく見て自分で判断して行動していたのが印象的でした。リーダーからは「当初3日間の作業予定だったところを2日間でほぼ完了して驚いています。」といったお褒めの言葉もいただきました。


<天候>
1日目は晴れ、2日目は午前中は雪が降りましたが午後は太陽が出てきて結局晴れました。天候は変わりやすかったのですが、ほぼ晴天&曇天の中での作業だったので、休憩中も体を動かせば耐えられる寒さでした。逆に言えば作業中は汗ダラダラになるほどでした。


<その他>
・ボランティアセンターや現場に向かう途中、荒れた地面や建物の基礎部分ばかりが目立ちました。
・昼食を買うために立ち寄ったセブンイレブンは仮設でしたが、それでも十分な品ぞろえでした。
・作業現場でのトイレは運良く、水を使わずに汚物処理ができる「バイオ式トイレ車」を利用できました。このバイオトイレは、便器の中に詰め込んであるオガクズが水分を吸収・消臭してくれるらしく、さらには微生物が固形排泄物を分解してくれるという優れもの。バイオトイレ車の中は広くて暖房完備だったので快適でした。
・宿泊した旅館「南三陸温泉」は素晴らしい眺めの温泉があり、冷えた体とを筋肉痛を癒してくれました。


■感想
震災の記憶がどんどん薄れつつあるように思います。

そんな中、ボランティアに行きたいと思っても個人ではなかなか踏み出せないでいたところ、今回会社の制度を活用しこのような活動ができました。きっかけは何でもいいと思います、被災地を自分の目で見たことがない人は、ぜひ足を運んでみてほしいと思いました。

冬は積雪や路面凍結でボランティアの数が激減するようです。実際、ボランティア参加者による車の事故等が発生しているため規制も少なくなってきている今、被災地の現状を実際に見た者として、今後も自分にできることを何らかの形で支援しようと思っています。

今回の活動は、今後の復興のための、膨大な果てしない作業の、ほんの一握りにしかならない作業だったかもしれませんが、重機が入れない所は人海戦術で地道に日々作業するしかできない事も分かり、その一助ができたことは貴重な経験でした。

作業の途中、ふと通った車から助手席のおかあさんが私たちのほうに向かって頭を下げている姿が焼き付いています。被災に遭われた方々が早く普通に暮らせるよう、どんな形でもいいので今後も協力をしていきたいと思っています。

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沖縄・北海道、芋焼酎、睡眠、ボルダリングが大好き。毎日「あぁ今日も楽しかった」と寝る前に思えたら幸せだと思う私です。(ののの)
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