【ボランティア活動メモ】
■活動日:2011年12月14日〜15日
■活動場所:宮城県南三陸町
■活動内容:ヘドロ・瓦礫撤去
<作業1日目>
お手伝い先は、宮城県南三陸町中心部の志津川・廻館(まわりだて)地区と決まり、瓦礫撤去チームと側溝チームに分かれることに。私たちのチーム10名は側溝チームの担当となり作業内容の説明を聞きました。その時はこのあと待つ壮絶な作業は想像もつきませんでした・・・。各団体にボランティアリーダーが一人つき、私たちのチームには個人ボランティアの方も加わりました。
ボランティアセンターから移動して着いた現場は、津波時に住民の方が高台から撮った映像がTVでよく流れていた坂道の真下でした。リーダーの説明では、この溝に埋まった土砂を除去できれば坂の上にある高校の水道が使えるようになると言っていました。
簡単な説明のあと、いよいよ作業がスタート。側溝にはヘドロ化した土砂とガソリンと瓦礫が混ざって詰まっていて、流れず固まっている状態でした。
まずは、側溝に入りスコップでヘドロ化した泥を掘り出す作業隊と、側溝の脇に掘り出された泥の中に混ざっている壁の欠片やコンクリートの塊、砕けた瓦、木材、衣料、金属、電気製品などを細かく仕分ける舞台に分かれ、それぞれ分別をしていきました。
ヘドロ化した泥は側溝に30cmほどは蓄積していて、午前中は力のある男性を中心に泥かきを進めていましたが、途中からは男女関係なく気づけば側溝に入り泥かきをしていました。膨大な量を前にして本当に終わるのかと少し焦りもありました。
津波が残した瓦礫混じりの土砂は、生活に密着した品々やどうしたらこんなに粉々になるのかと思うほどの壁や瓦、折れ曲がった金属類が「掘れば掘るほど出る」状態。ヘドロとガソリンの折り混ざった異臭や、瓦礫に土砂と油の重さが加わり、心身ともに壮絶な現場でしたが、みんな尻込みせず黙々と作業を続け、どんどん瓦礫の山が大きくなっていきました。
1日目の作業で大きな瓦礫の山ができ、この溝にこれだけの瓦礫が埋まっていたのかと思うと驚きました。掘れば掘るほどキリのない作業に一旦区切りをつけ1日目が終了。


<作業2日目>
同じく側溝チームとして作業。1日目とは違い、もう1団体5-6名の個人の方達が加わり総勢20名弱での作業となりました。午前中は雪が降ってきて作業に影響あるかと思いましたが、午後は晴れたため順調に作業が進みました。途中、町の警報が鳴り、ボランティアセンターでの注意事項の「逃げるときは距離ではなく高さ。とにかく高台へ向うこと」と言われたことが頭をよぎりました。(その警報は火災でしたが)
前日の疲労と腰への負担が積み重なり過酷な1日となりましたが、2日目は殆どリーダーの指示もないほどチーム全員が自分の頭で考え周りをよく見て自分で判断して行動していたのが印象的でした。リーダーからは「当初3日間の作業予定だったところを2日間でほぼ完了して驚いています。」といったお褒めの言葉もいただきました。
<天候>
1日目は晴れ、2日目は午前中は雪が降りましたが午後は太陽が出てきて結局晴れました。天候は変わりやすかったのですが、ほぼ晴天&曇天の中での作業だったので、休憩中も体を動かせば耐えられる寒さでした。逆に言えば作業中は汗ダラダラになるほどでした。
<その他>
・ボランティアセンターや現場に向かう途中、荒れた地面や建物の基礎部分ばかりが目立ちました。
・昼食を買うために立ち寄ったセブンイレブンは仮設でしたが、それでも十分な品ぞろえでした。
・作業現場でのトイレは運良く、水を使わずに汚物処理ができる「バイオ式トイレ車」を利用できました。このバイオトイレは、便器の中に詰め込んであるオガクズが水分を吸収・消臭してくれるらしく、さらには微生物が固形排泄物を分解してくれるという優れもの。バイオトイレ車の中は広くて暖房完備だったので快適でした。
・宿泊した旅館「南三陸温泉」は素晴らしい眺めの温泉があり、冷えた体とを筋肉痛を癒してくれました。
■感想
震災の記憶がどんどん薄れつつあるように思います。
そんな中、ボランティアに行きたいと思っても個人ではなかなか踏み出せないでいたところ、今回会社の制度を活用しこのような活動ができました。きっかけは何でもいいと思います、被災地を自分の目で見たことがない人は、ぜひ足を運んでみてほしいと思いました。
冬は積雪や路面凍結でボランティアの数が激減するようです。実際、ボランティア参加者による車の事故等が発生しているため規制も少なくなってきている今、被災地の現状を実際に見た者として、今後も自分にできることを何らかの形で支援しようと思っています。
今回の活動は、今後の復興のための、膨大な果てしない作業の、ほんの一握りにしかならない作業だったかもしれませんが、重機が入れない所は人海戦術で地道に日々作業するしかできない事も分かり、その一助ができたことは貴重な経験でした。
作業の途中、ふと通った車から助手席のおかあさんが私たちのほうに向かって頭を下げている姿が焼き付いています。被災に遭われた方々が早く普通に暮らせるよう、どんな形でもいいので今後も協力をしていきたいと思っています。

■活動日:2011年12月14日〜15日
■活動場所:宮城県南三陸町
■活動内容:ヘドロ・瓦礫撤去
<作業1日目>
お手伝い先は、宮城県南三陸町中心部の志津川・廻館(まわりだて)地区と決まり、瓦礫撤去チームと側溝チームに分かれることに。私たちのチーム10名は側溝チームの担当となり作業内容の説明を聞きました。その時はこのあと待つ壮絶な作業は想像もつきませんでした・・・。各団体にボランティアリーダーが一人つき、私たちのチームには個人ボランティアの方も加わりました。
ボランティアセンターから移動して着いた現場は、津波時に住民の方が高台から撮った映像がTVでよく流れていた坂道の真下でした。リーダーの説明では、この溝に埋まった土砂を除去できれば坂の上にある高校の水道が使えるようになると言っていました。
簡単な説明のあと、いよいよ作業がスタート。側溝にはヘドロ化した土砂とガソリンと瓦礫が混ざって詰まっていて、流れず固まっている状態でした。
まずは、側溝に入りスコップでヘドロ化した泥を掘り出す作業隊と、側溝の脇に掘り出された泥の中に混ざっている壁の欠片やコンクリートの塊、砕けた瓦、木材、衣料、金属、電気製品などを細かく仕分ける舞台に分かれ、それぞれ分別をしていきました。
ヘドロ化した泥は側溝に30cmほどは蓄積していて、午前中は力のある男性を中心に泥かきを進めていましたが、途中からは男女関係なく気づけば側溝に入り泥かきをしていました。膨大な量を前にして本当に終わるのかと少し焦りもありました。
津波が残した瓦礫混じりの土砂は、生活に密着した品々やどうしたらこんなに粉々になるのかと思うほどの壁や瓦、折れ曲がった金属類が「掘れば掘るほど出る」状態。ヘドロとガソリンの折り混ざった異臭や、瓦礫に土砂と油の重さが加わり、心身ともに壮絶な現場でしたが、みんな尻込みせず黙々と作業を続け、どんどん瓦礫の山が大きくなっていきました。
1日目の作業で大きな瓦礫の山ができ、この溝にこれだけの瓦礫が埋まっていたのかと思うと驚きました。掘れば掘るほどキリのない作業に一旦区切りをつけ1日目が終了。


<作業2日目>
同じく側溝チームとして作業。1日目とは違い、もう1団体5-6名の個人の方達が加わり総勢20名弱での作業となりました。午前中は雪が降ってきて作業に影響あるかと思いましたが、午後は晴れたため順調に作業が進みました。途中、町の警報が鳴り、ボランティアセンターでの注意事項の「逃げるときは距離ではなく高さ。とにかく高台へ向うこと」と言われたことが頭をよぎりました。(その警報は火災でしたが)
前日の疲労と腰への負担が積み重なり過酷な1日となりましたが、2日目は殆どリーダーの指示もないほどチーム全員が自分の頭で考え周りをよく見て自分で判断して行動していたのが印象的でした。リーダーからは「当初3日間の作業予定だったところを2日間でほぼ完了して驚いています。」といったお褒めの言葉もいただきました。
<天候>
1日目は晴れ、2日目は午前中は雪が降りましたが午後は太陽が出てきて結局晴れました。天候は変わりやすかったのですが、ほぼ晴天&曇天の中での作業だったので、休憩中も体を動かせば耐えられる寒さでした。逆に言えば作業中は汗ダラダラになるほどでした。
<その他>
・ボランティアセンターや現場に向かう途中、荒れた地面や建物の基礎部分ばかりが目立ちました。
・昼食を買うために立ち寄ったセブンイレブンは仮設でしたが、それでも十分な品ぞろえでした。
・作業現場でのトイレは運良く、水を使わずに汚物処理ができる「バイオ式トイレ車」を利用できました。このバイオトイレは、便器の中に詰め込んであるオガクズが水分を吸収・消臭してくれるらしく、さらには微生物が固形排泄物を分解してくれるという優れもの。バイオトイレ車の中は広くて暖房完備だったので快適でした。
・宿泊した旅館「南三陸温泉」は素晴らしい眺めの温泉があり、冷えた体とを筋肉痛を癒してくれました。
■感想
震災の記憶がどんどん薄れつつあるように思います。
そんな中、ボランティアに行きたいと思っても個人ではなかなか踏み出せないでいたところ、今回会社の制度を活用しこのような活動ができました。きっかけは何でもいいと思います、被災地を自分の目で見たことがない人は、ぜひ足を運んでみてほしいと思いました。
冬は積雪や路面凍結でボランティアの数が激減するようです。実際、ボランティア参加者による車の事故等が発生しているため規制も少なくなってきている今、被災地の現状を実際に見た者として、今後も自分にできることを何らかの形で支援しようと思っています。
今回の活動は、今後の復興のための、膨大な果てしない作業の、ほんの一握りにしかならない作業だったかもしれませんが、重機が入れない所は人海戦術で地道に日々作業するしかできない事も分かり、その一助ができたことは貴重な経験でした。
作業の途中、ふと通った車から助手席のおかあさんが私たちのほうに向かって頭を下げている姿が焼き付いています。被災に遭われた方々が早く普通に暮らせるよう、どんな形でもいいので今後も協力をしていきたいと思っています。


































神秘的。





お〜い!
小蓮華山 登頂!






