ホームステイ日記
June 23, 2006
ホームステイの話 (無理やり)衝撃の結末
ふと自分のブログを見直してみて 反省中です。
カテゴリーを作って途中になっているものが何と多いことか。。。
「999単語」を挫折中なのは自覚していましたが
「ホームステイ」も3日目までで終わっているではありませんか!
何事にもこんな調子なサラやんです。
5年前まだまだ韓国語がよく分からない状態で一週間のホームステイに行き
ホームステイ先のお父さんの入院
せっかく楽しみにしていた韓国料理が吐き気の為まったく食べられなかったことなど書いてきました。
(よければカテゴリー「ホームステイ」からご覧下さい)
他にも楽しかった事色々あったのですが
5日目には「占い」に行きました。
韓国語では 점을 보다 と言います。
坂を上る途中の뒷 골목(裏通り)に位置する
小さな一軒家がその할머니(おばあさん)の占い館でした。
いわゆる四柱推命で生年月日と生まれた時間で占います。
もともと占いを信じる方ではありませんでした。
旅行話のネタの一つに行っただけとも言えます。
夫はとても優しくいい人だ
(そりゃそうだ!3歳の子供を残して1週間のホームステイ
見れば誰でもそう思うよ!)
子供は頭がいいよ
(そう言われて嫌がる親はいないよ!
3歳の子供は皆天才なんだって!)
隣で通訳してくれる友達の苦労も知らず。。。
一人気楽に心の中で「ツッコミ」を入れていました。
ところが。。。
次の一言で友達と私 凍り付いてしまいました。
もしかして妊娠しているかもよ
(そうなんです。韓国に来て急に吐き気が止まらず
もしかして?と思っていたんです。。。)
할머니は言い切りました。
男の子だよ
占いが終わって友達が何と言ったか!言うまでもなく
薬局で検査薬を買え!!!
結果から言うと 大当たりでした。
その時お腹にいた子がもうすぐ5歳になる次男坊です。
習慣性流産で何度も涙を流した私ですが
運命とはなんとも不思議なものですね。
長男の場合は仕事が恐ろしく忙しく、階段を1階から3階まで一日何往復もしていた時に授かりました。
次男は韓国で発覚!思わず名前を「韓国」にするか?と思ったほどでした。
予想外にホームステイ中に妊婦になったサラやんでしたが、吐き気の原因がハッキリしたことで残りの2日は用心しながら楽しく過ごせました。
生年月日から占う韓国のサイトを見つけました。
한번 점을 볼까요? (一度占ってみませんか?)→こちら
韓国語でのコメントはこちら
March 21, 2006
ホームステイの話 釜山の虚心庁へ
3日目
ステイ先のお父さんの入院という事態になって
家には子供達しかいません。
どこか他に変わった方がいいんじゃないだろうかと
不安と心配で一杯でした。
友達がいてくれたからよかったものの
もし一人なら どうしていただろうと思うと
自分の計画性のなさも今更ながら反省。。。
三日めも友達と行動を共にし。。。
本当は汗蒸幕に行きたかったのですが
体調がすぐれないときに行くにはあまりにも疲れるだろうと
温泉とチンヂルバンをかねた「虚心庁」(허심청)へ。。。
サラやんは釜山に行くたびここに行くのが楽しみです。
一日中いても楽しめるくらいです。
虚心庁があるのは釜山の東部 サラやんが
ホームステイしていたのは釜山の西部
地下鉄で約30分かかります。
その地下鉄の中で 面白いもの発見
(後に韓国じゃ普通の事だと知りましたが…)
車内販売です。
ワゴンを押して「お弁当に〜ジュース〜」
の車内販売じゃありませんよ。
突然、車両内におじさんが入ってきて
「여러분 안녕하십니까」
ナンだ?ナンだ?と思っていると。。。胸のポケットから
なにやら商品を取り出し、テレビショッピングよろしく
説明が始まったのです。
詳細はサラやんのその頃の韓国語力では全くといっていいほど
分かりませんでしたが。。。
最後に
「저를 살려 주십시오」 (私を助けてください)
するとですね。。。
何人もの人が買うんですよ〜〜〜
不思議です。。。
その後、買う人たちの中にも
さくら(바람잡이)がいると聞きましたが
韓国の「なんでもあり」な部分が地下鉄には
あふれています。
ぜひ 地下鉄乗ってみてください。
でも最近見かけない気もするけれど。。。
どうなんでしょう??
しりとり・韓国語でのコメントはこちら
March 12, 2006
ホームステイの話 お腹の調子が…
二日め
ステイ先のお父さんが入院される事態になっている事も
知らず、二日めは朝から友達と会っていたサラやん。
10時前に待ち合わせの駅で一人立っていると
韓国人と間違われたのか 道を尋ねられました。
ドキドキしながら…
「저는 일본 사람이에요.」
あ〜今ならもう少しは気の利いた言葉があろうに…
あの頃はそれさえも「言えたよ〜
」って気分だったのです。
日本語の授業に
10時からと11時からの2回
友人が教える日本語教室に一緒に参加しました。
小学校のPTAに、空いた教室を開放して
希望者が自由に参加するものでした。
なので皆さんお子さんが小学生のお母さん方で
話は日本の歌手や映画のことで盛り上がりました。
映画では「失楽園」「ラブレター」
歌手では「近藤真彦」さんが昔大好きだった・・・などなど
「ギンギラギンにさりげなく」を聞きながらソウルの
市庁前広場でローラースケートをしたものよ〜〜〜と
すっかり若い日のご自身を懐かしむ方まで・・・
勉強時間はあっという間に終わり
当然のように「一緒にお昼」となりました。
韓国の方のこういうところが大好きです。
一度お話すればもう「友達」感覚で気軽に食事に行ったり
カラオケに行ったりします。
ところが。。。
まるで食欲が出ない。それどころか吐き気まで・・・
韓国でこんなに辛い事はないです。
美味しいものが食べられない辛さはもちろんですが
勧めてもらっているのに食べられない事。。。ある意味
「拷問」かもしれません。
オモニ達
これなら食べられるはず!辛くないから大丈夫!
ゆっくり食べれば治るよ!せっかくだから食べてみて!
サラやん
「本当に食欲がなくて食べられないんです。私も
食べたい気持ちはいっぱいなんです。」
韓国の方のこういうところは少々キツイです。
ご好意を受けられない時、自分としては日本と違い
かなりはっきり断っているつもりなのですが…
まだまだ断り方が下手なようです。
こんな中一つだけ美味しいと感じながら食べられたのが
きゅうりのお漬物 でした。
日式(日本食)料理屋さんを経営されているオモニのお店で
出していただいたもので 少し酸っぱく さっぱりしていて
これだけは気に入って、お土産にまでいただきました。
勘のいい方なら なぜ食欲不振になったか。。。
お分かりですか?
このホームステイ回顧録の最後には衝撃の事実が…
え?引っ張りすぎ?
いや〜〜まだまだ続きますよ〜〜
しりとり・韓国語でのコメントはこちら
March 05, 2006
ホームステイの話 お父さんが…
韓国到着
空港に迎えに来てくださったホームステイ先のお母さんと
私の友達!
3人で車に乗ってまずはお家に荷物を置きに…
友達いわく。。。
ピアノが2台に冷蔵庫も2台(そのころキムチ冷蔵庫は未発売)
ここのお家はきっと
「부자」(お金持ち)に違いないと。。。
ご両親と2人の兄妹の4人暮らしで
お母さんは日本語がお上手でした。
二日め
次の日の朝、みんなで朝食中にお父さんが
「이가 아프다」(歯が痛い) ので
歯医者に行くとおっしゃっていました。
朝食後家を出て 友達とあちこち出かけて
夜9時半頃に家に帰ってみると…
お父さんもお母さんも留守
家には息子さんと娘さんとその家庭教師の大学生の女性だけ
息子さんに聞くと…
「イガ アパヨ」
????
今頃歯医者に行かれたのかな?
午前中に行けなかったのかな?
詳しく聞こうにも日本語を話せる人は誰もいない
追い込まれました。

辞書を探して
「아버지는 아직 병원에 있어요?」
「네」
「이가 아파요?」
「네」
「저는 먼저 샤워해도 괜찮아요?」
「네」
(心の声)おめ〜さん頼むから会話を広げてよ!
「네」以外言ってないよ。。。
それとも私が韓国語分からないと思ってる?
ところが私は大きな大きな誤解をしていたのです。
韓国語が分かっていなかったのです。
お父さんは朝は確かに「이」(歯)が痛かったのですが
その日のうちに「이」に似た違うところが痛んで
病院に入院する事態になってしまったのです。
どこかというと。。。
「위」(胃)!!
嘘のような本当の話です。
3日目からは お父さんは入院生活
お母さんは看病生活
果たしてサラやんはどうなってしまうのでしょう。。。
つづく
March 03, 2006
ホームステイの話 出発前
動機
子供が小さくてまだまだ手がかかった頃なので
真面目に勉強していたわけではなかったのですよ。
子供が生まれるまでは仕事をしながら独学
何度か3・4日の韓国旅行には行っていました。
今のように韓国ドラマも頻繁にやっているわけではなく…
ただ幼稚園に入るまでには行きたい!!という
強い思いで実家に頼み込み 子供を一週間預かってもらって
行く事になりました。
出発まで
今ならインターネットで「韓国ホームステイ」と入力すれば
簡単にホームステイ先も見つけられるでしょうが
当時はまだネットが常時接続でなかった事もあり(泣)
たった2つ見つけたホームステイ受入れ先の電話番号を控えて
電話をしました。
どんな会社かも分からない
日本語を話せる方がいるのかも分からない状態だったので
저는 일본 사람이에요.
ホームステイ 하고 싶어요.
일본말 할 수 있는 사람 계세요?
これだけを大きく紙に書いて 震える声で電話をしたのを思い出します。
今から思えば あの時ナゼ韓国にいる友達に電話を頼まなかったか?
不思議なのですが
とにかく「何とかなる」の精神でドキドキしながら電話をしたのです。
会社: 네 ○○(社名)입니다.
사라: 저는 일본 사람이에요.
ホームステイ 하고 싶어요.
일본말 할 수 있는 사람 계세요?
(言えた〜やった〜〜
)
会社: 잠시만요.
사라: 에?
会社: (かなりゆっくり)잠시만 기다리세요.
サラやんのメモには「チャムシマンニョ????」
なんじゃ?なんじゃ?「少々お待ちください」は
「잠깐만요」じゃないの???
暫くして電話に出てくださったのは 一応
日本語の出来る方
お互いの不足部分は英語で。。。
(といってもサラやんはほとんど聞いていただけな気が…)
最後に困ったのが
ペクシミリ 送ります。ペクス 送ります。
日韓の英語の発音の違いを実感したのも
これが初めてではなかったでしょうか…
ペクシミリ は ファクシミリ=FAX です。
こんな言葉も理解できないまま 1週間も
韓国で一人。。。
さてさて どんな出来事がまっているのでしょうか。。。
次回は ホストファミリーのお父さんが…大変な事に…
つづく